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その5 野生のカンガルー1

この日はカンガルーの生態調査が課題。

トラックの後ろに生徒達が乗り込み、車を走らせながら裸眼で彼らを見つけ、その種類、車道からの距離などを調べる。

これを朝と夜2回行い、各種の生息地などの統計を採るのである。

昼間は生息地の植物の分布なども調べるのだが、

「・・・ワラビーの糞が1個、2個・・。」
「それはカンガルーのじゃないのか?」
「ワラルーのやったらどうすんねんな。」

一定範囲内で糞の数も種類別に数えなければならないのだ。
ちなみにカンガルーの仲間はサイズの違いによって呼び名が変わってくる。

大型→カンガルー
中型→ワラルー
小型→ワラビー

よって糞も様態が異なるらしい。(今だに判別できない)
しかしたかが糞といえど、調査に関わってくるとなぜか貴重な一品として糞ひとつひとつに重みを感じるようになる。

普段は偶然見たくもないモノなのだが、この時ばかりは会いたくて仕方が無くなる程なのだ。

ところでオーストラリアの動物園、
人間の住む郊外などで見られる昼間のカンガルー達は、寝転んで腹をボリボリ掻いている休日の父のようである。

実際にこの国の先住民、アボリジニーによる民族ダンスの中でもそのカンガルーのマヌケさぶりを取り入れたモノがある。

つまり、いわゆるあのカンタスの飛行機に付いている、勇ましく跳ぶカンガルーのシンボルの印象はどこにも見当たらないのである。

(写真wallaby;キャンプサイトでくつろぐ小型のカンガルーこと、ワラビー。食べ物をあさりに来る。ちなみに彼の呼び名はジャッキーである。)
そしてそれは夜、豹変する。


その5 野生のカンガルー2

「あッ、またいた!」

夜行性である彼らは夜になると跳び回っており、しかも各自持たされたライトの光が当たるとこちらをジッと見るほど敏感にもなっている。

車の前を凄いスピードで横切る暴走カンガルー族まで現れた。

昼間のジャッキーを見ているとこれは想像しにくい。

(写真jacky;昼間のジャッキー)

「やっぱ野生動物はエエなあ、厳しい自然に研ぎ澄まされてるって感じやね。」
(ジャッキーの眠そうな顔が頭に浮かんだが)

と、その時、
「お、あれは数の少ない珍しいワラビー種類のヤツだ。絶滅の危機にさらされそうなんだ。」

カンガルー専門の大学院生であり、私達の指導をしている彼は嬉しそうに指差した。その先にはやたら黄色がかったワラビーがおり、なぜか車の前まで近寄って来、そのまま動かなくなった。

「?」

と全員思ったのだが、ライトを消してみても動かず、ゆっくり車を進め追い払おうとしても車の進行方向真っ直ぐに跳ぶのである。

車が止まれば
「なんで付いて来るねんなぁ!」
とばかりにオドオド振り返り立ち止まるの繰り返しで、とうとう20分ほど経過してしまった。

ついに業を煮やした院生がトラックの荷台から飛び降り、散々追いかけ回した結果ようやく逃げてくれたが、その院生は息を切らして帰ってくるなり、絶叫した。

「ハアハアッ・・なんで奴らが絶滅しそうか知ってるか!?
あいつら皆揃ってとんッでもないボンクラ共だからだッ!!」

そういえばカンガルーとは、大型肉食動物などの天敵がいないがために、運良くこの大陸に生き残った有袋類である。(他の大陸に散らばった有袋類は南アメリカ大陸を除き、肉食の哺乳類によって種が途絶えたと言われている)

この乾燥を生き抜く姿は逞しいのだが、警戒心や攻撃心が足らないため、どうしてもこのようなボンクラ君が生まれてしまうのであろう。

けど数が少ないので、人間は責任を取るためその種類を守る。
一方、見事数を増やしすぎたアンチ・ボンクラ種類は自然界のバランスを崩すため、人間が責任を持って狩る。

ジャッキーという「個人」を見て考えてみて、「それもなんだかなあ、」と思ったりもした。

その6 解剖

「なあ、カンガルーの解剖って説明ノートに書いてあるけど。」
「まさかあ、私達はやらないわよ。教諭がちょこっと見せてくれるだけじゃないの?」

これは行きのバスの中での会話である。
ハッキリ言って自分達がやるとは微塵も思っていなかったのであるが、
その夜はやって来た。

「さーじゃあやりますかあ!!」
と白衣を着た女教諭がなんとも爽やかに、狩られたワラルー(中型カンガルー)の死体を一人で担いできたのだ。

彼女は「ヨイショオ」とグッタリしたワラルーをテーブルの上にドドンと載せた。

生徒一同「うわあッ」

女教諭「(有無を言わさず)さッやるわよ」

生徒1「まだ温いんやけど・・。」

生徒2「君よく切開できるね・・俺、普段は違う学部だから解剖は初めてなんだ・・(無言で遠のく)」

生徒3「あ・・こいつ口に草くわえたまんまだ・・幸せに飯食ってた最中だったろうに・・。」

女教諭「肺?それはココね。わかりやすく見せてあげるわ。(とストローで死体の口から息を吹き込み肺を膨らましている教諭)

生徒一同「オオー」

生徒4「ウッ・・く・・臭・・。カンガルーの中身って胃ばっかり・・。」

(カンガルーの中身は殆どと言ってよいほど消火器系統で埋めつくされている。消化の悪い草を食べているからでもあるが、乾燥に打ち勝つため、できるだけの水分を食物から搾り出す必要性があるから、らしい。)

生徒5「センセ、俺の前の彼女が事故で筋肉障害持っちゃったんだけどさ、ここって人間で言うここの筋肉だよね?これがさ、こうなって逆になっちゃってさ」

生徒6「写真だ写真、あ、その切った尻尾ボクのお尻に付けて。」

女教諭「アラァ、こんな所に寄生虫が」

生徒一同「ウェエ」
気が付くと最後まで残った生徒は二人だけとなった。
悪臭を放ち、解剖を続けるにつれグロテスクになるワラルーの近くにそう長く居れるモノではないらしい。

ところで解剖に対してその問題点を話し合う時間が前に設けられた。
教育のために、いくら数にゆとりのあると言えどこのように殺して良いものか?
教育にそこまでする意義はあるか?という点に対して、
生徒は真剣に延々と議論したのである。

まるで遊んでいるかのように見えるので、ここで誤解を解いておきます。

その7 最終日

私がこの国でするキャンプで一番楽しみにしているモノと言えば星である。

内陸のほうまで来ると、街の明かりも全く届かなくなるので
信じられないほどの無数の星を満喫できる。

片方の地平線から天の川が登り、その向かいの地平線に弧を描いて下ってゆく白い道がはっきりと見える。

こんな信じられないような美しい星空の下、この頃生徒は皆小汚い茶色に染まっていた。

タンクから引いていた貯め水がとうとう無くなり、そのタンクの下に残っていた泥水がすべての蛇口、簡易シャワーから流れてきたのだ。

「どうりでシャンプーが泡立たないと思ったわ」
などど大ボケをかます生徒もいたが、

「いやあ、サッパリしたぁ」と真ッ茶色な顔でシャワー室からさっそうと出てくる強者もいた。

こういう場所に居ると、今までの私生活がまるで遠くに感じる。
トイレが壊れれば皆外で、泥水が出ればそれで顔も皿も洗い、
動物を見つけては皆を呼び、植物がそこにあれば種類を調べ、日が暮れれば火を焚くのである。

しかし、大変な事が起きた。日常生活にも野外生活にもオーストラリア人である彼らには重要不可欠なものがこの最後の夜を前に消えてしまったのだ。

「・・・ないッ・・ビールがないッ!!」

初日から飲み続けていたので無くなって当然なのである。
はっきりいって彼ら自身のせいなのであるが、その様子はもうこの世の終わりのようであった。

そんなふうに夜も更け、この最終日、焚き火を前に二人の男が静かに会話をしているのを私は聞いていた。

「なあ、俺、思ったよ・・こんな奥地の自然の中じゃ、人間のルールもなけりゃモラルも無いんだなぁ・・・。」

「・・ああ・・それとビールもな・・。」

(他のメンバーによる参考写真とコメント;campsite;As the sun sets in the west, two lonely figures wander while wondering where the hell all the beer went.
Photographer: L.W)

・ ・・夕日が西へ沈む時、ビールは何処へ消えたかと、寂しげな二つの人影がキャンプサイトをさ迷い歩く

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