【我、青龍、我はここに眠り、長き時を巡りて我が主を待ちつづける】
アメリカ合衆国。
ニューヨークシティ郊外。
夕焼けが照らす瓦礫の町を、光樹はただ高台から眺めていた。
そして、高台から眼下を眺める彼の後ろに、1つの影が現れた。
幻影の天使たち
第7話
影が現れると共に、その場に一陣の風が吹いた。
光樹は振り返らずに言った。
「・・・久しいな・・・」
「そうでも無いよ、100年とちょっとくらいだから」
妙に高い声が返ってきた。
光樹は立ち上がり、声のした方向を向く。
男の子がいた。
身長は150cmくらいか、丁度光樹の首の辺りに頭が来る状態である。
男の子は、胸に猫を抱いていた。
「・・・何故お前がここにいる・・・?」
「なんとなく?」
光樹の質問に、子供は小首を傾げ、言った。
「・・・で、それはなんだ・・・?」
「猫だけど・・・・・・?」
光樹が、猫を指差して訊くと、男の子は答えた。
はぁ、と息を吐き、光樹はぽりぽりと後頭部を掻く。
「・・・ノラか・・・?」
「うん、そうだよ」
光樹が右手で顔を押さえると、やれやれといった様子で首を振った。
「・・・ミブキ、放してやれ・・・」
「え〜?」
「・・・え〜・・・じゃない、お前は何のために来た・・・?」
「お話だけど?」
「・・・だったら、猫と遊ぶな・・・」
光樹が言うと、男の子は頬を膨らませ、不満そうにするが、素直に猫を地面に下ろした。
猫はみゃ〜、と鳴くと、どこかへと走り去っていった。
「あぁ・・・・猫・・・・ねこねこ」
うなだれる男の子を無視し、光樹は訊ねる。
「・・・で、ここにいるのはミブキ、お前1人か・・・?」
ミブキ、と光樹が再び呼んだ。
それに男の子は反応し、首を横に振った。
反応したと言う事は「ミブキ」がこの子の名前なのだろう。
そして、ミブキが言う
「ミリュウや、ミナキ、ミユルも居るけど待機中だよ、ボクは連絡係。え〜っと・・・・・・」
ミブキが空を見ながら、何かを言いよどんでいると、すかさず光樹からフォローが有った。
「・・・光樹だ・・・」
なんと呼べばよいか判らなかったようである。
「うんわかった、光樹様が来た事が、何か起こるのではないかと心配してるから、ボクが事情を聞きに来たんだけど・・・・・・」
そこで言葉を途切れさせると、ミブキは高台からニューヨークの町を垣間見る。
「事情と理由は、あれ?」
そして、瓦礫の山となってる町中を指差して訊ねる。
「・・・・あぁそうだ・・・」
光樹が言うと、ほっと、ミブキは胸を撫で下ろした。
「良かった、アレだけなら心配は要らないよね?」
「・・・だと良いんだけどな・・・」
光樹の言葉に ミブキは首を傾げる。
「どういうこと?」
「・・・・・・・・いや、大した事じゃないが・・・・・・」
光樹が、瓦礫の町の中の遺跡の方を指差して言った。
その光樹の言葉にミブキは複雑な表情を浮かべる。
「しょうが無いと思うよ、まさかこんな所にこんな遺跡が有るなんて思いもしないだろうし、しなかっただろうし、今回の件も無かったら気付かなかっただろうし」
ぶつぶつと指折り数えながら言うミブキの行動に、光樹は苦笑する。
「・・・しかたないな・・・・・・」
ミブキは首をかしげる。
「・・・お前たちの住処に案内してもらえるか、久々に顔を見たい。それと・・・直接話をしよう・・・」
ミブキに案内されて、光樹は町の中の、地下のバーに入った。
「いらっしゃい、注文は?」
明らかに外見が子供であるにも関わらず、バーの店長はミブキにそう訊いた。
ちなみにどうでも良い事かもしれないが、バーの店長は女性だった。
ミブキは人差し指を立てて、
「カフェオレを1つ♪」
と言った。
その言葉に、彼女はぴくりと眉を動かして、ミブキの後ろの光樹を見るが、すぐに自分の後ろの扉を指し示した。
「カフェオレなら奥へどうぞ」
「んじゃぁ遠慮なく」
言うと、ミブキはカウンター内に入り、扉をあけ、先に進む。
その後を光樹も続く。
「・・・ミブキ、今の女・・・・・・」
光樹が言うと、それを予想していたかのようにミブキが答える。
「うん、光樹様の考えてる通りだよ、あの人は光樹様の事知らないから判らないみたいだけど」
やはりか、と光樹は思いつつ、なおも奥に続く。
そしてその奥にあった扉をあけると、中に和風の空間が広がった。
「・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・」
「な、何その長い沈黙と不思議な溜め息は」
「・・・なんでアメリカに来てまで日本を味わなきゃならんのだ・・・・・・意味がわからん・・・」
「ぼ、ボクが作った訳じゃないもん、ミナキとミリュウが作ったんだもん」
「・・・まぁ、そんな事はどうでも良いが・・・」
「そんなことって・・・・だったら言わないでよ」
涙目になりながら、そのお座敷風な、和風な空間に入り込み、タタミの上に置かれている行灯の首をくるりと180度回転させる。
カチッ、と良い音がすると、その空間、部屋そのものがゆっくりと沈み始める。
「・・・なるほど、更に地下にいると言うわけか・・・」
光樹も沈んでゆく部屋の中に移動する。
下降していく床の上で、光樹は首を上に向ける。
「・・・なるほど・・・」
床の代わりとなる板が、側面から音も無くせり出してきて、頭上にフタをする。
見かけ上は元の状態と変わりはないだろうと光樹は思う。
1分ほどかけてゆっくりと床が降りていくと、これまたゆっくりと止まり、目の前の壁が空気が抜ける音と共に左右に開いた。
「ただいま〜」
ミブキは、開け放たれた扉から帰還の言葉と一緒に出て来た。
地下であるにも関わらず、日中の室内と変わらない明るさの室内。
そしてさらに、どこぞの豪邸にありそうなフローリングの床、その上に絨毯を敷き、ソファも置かれていた。
そして、そのソファにゆったりと座る長髪の女性。
ソファの目の前にあるテーブルに、湯気を穏やかに立て、心地よい香りを運ぶコーヒーカップ。
女性は、カップに口を運び、1口含み飲み込むと、その手に持っていたニュース雑誌をテーブルの上に置いた。
「おかえりなさい」
女性は顔を上げ、微笑むと、ミブキにそう言った。
「おかえり」
今度は男の声が聞こえた。
視線を移動させると、一風変わったタタミのところで、片手にダンベルを持っている男が目に入った。
ちなみに、ダンベルには『k』と、『7』と、『0』が二つ書かれていた。
傍から見てそんなに筋肉があるとも思えない男ではあるが、背は高く、そして髪の毛は天に向かって立てられていた。
根元は濃く、そして先端に行くにつれ、色鮮やかな紅の色に変わってゆく。
「あっ、おかえりなさ〜い」
三つ目の声が聞こえた。
どうやら、女性と、男性の声を聞いて、ミブキが帰ってきたのを予想した口調だった
ただ、はっきりとせずに、水の音と重なって少々聞き取りずらかったが。
キュッ、ガラッ、バタン、バサバサ。
奇怪な音が奥から聞こえる。
水音は止まったようである。
バタンッ、と扉が閉まるような音が聞こえた直後、死角になっていたところから中学生程度の身長をした少女が現れた。
白のワンピースを身体に纏い、少女の髪は黒く、艶やかに、少量の水滴を滴らせていた。
入浴中だったのであろう、ミブキが帰って来たことで慌てて出て来たのか、髪の毛の水をきちんと拭き取っていないようである。
それを見た、ソファーに座っている女性が苦笑いをしながら手招きをし、どこからか取り出したのか、バスタオルで少女の髪の毛を包み込む。
「あ、ありがと、ごめんね」
「いえ、気にしないで」
ぽんぽんと、タオルの上から叩き、髪の毛に残った水分を吸い取っていく。
あらかた吸い取り終わったのか女性はタオルを少女の髪から外す。
すると少女は、ポケットからバレッタを取り出し、髪の毛を上げ、止めて、ポニーテールの形にする。
しかし、それでも少女の髪は長く、ポニーテールにしていても、髪の先端は腰にまで届いている。
少女が頭を動かすと、それと一緒に髪の毛もふわりとしっぽのように揺れた。
「さてとっ♪」
少女が言うと、それを待っていたかのように、ソファに座っていた女性は音も無く立ち上がる。
男性も、その手に持っていたダンベルをゆっくりとタタミの上におろすと、立ちあがる。
「お客さんなんて、珍しいね」
少女が言うと、ようやく光樹はエレベーターから、室内へと降りる。
「・・・気付いていたのか。ミナキ・・・そしてミユル、ミリュウ・・・」
「当然でしょう」
女性が言う。
「恐れ多くも、貴方様の気配を感じ紛う訳ないでしょうに」
その言葉に、男も、少女も、当然と言う風に頷く。
「・・・まぁ、それは置いといて、久しいな」
「そうですね・・・・・立ち話もなんですし、どうぞ、おかけになってください」
女性はそう言うと、ソファを示し、座る事を勧める。
光樹はそれに従い、彼女と向かい合うような形でソファに身体を沈めた。
「話して頂けますか?貴方たちが動く、その理由を」
男がそう言うと、光樹は首をひねって思案する仕種をした。
「・・・さて、何から話すか・・・」
「・・・最大の理由は、聖武具の回収だ・・・」
光樹が言う。
その言葉に、やはり、と女が頷いた。
そして彼女が訊ねる。
「では、他の方々も?」
光樹は頷く。
「・・・あぁ。それぞれ回収に向かった。鳳凰のこともあるから、朱雀と鳳凰は一緒に居る・・・」
え?と、男が顔を上げた。
「鳳凰、もしや、まだ所在が・・・?」
「・・・あぁ、麒麟は早い段階で見つけることができたが、鳳凰はまだだ・・・」
光樹がそう返事をした。
「では、貴公ら四聖獣は、ようやく復活なされるので?」
そうだ、と光樹が答える。
すかさず、少女が発言する。
「聖武具の気配は相当近くにならないとわからない・・・・・・だったよね?」
「・・・あぁ、聖武具が無かったら俺たちの力はお前たちの力に毛が生えたくらいしかないからな・・・・・・」
光樹の言葉に、少女達4人は苦笑する。
『聖武具無くても自分たちより強いんだよねぇ・・・・・・』と。
ちなみに、少女の名前はミナキ、紅の髪の男の名は、ミユルと呼ばれている。
「・・・積もる話は後でゆっくりとしよう、三日しか無いからな、お前たちにひとつ頼みたいことがある・・・」
「頼み・・・・・ですか?私共で何かお手伝いできることがあるのですか?」
「・・・最近・・・・ここ数年の間、時折りイヤな気配がする・・・」
光樹が言うと、4人は顔を見合わせる。
「イヤな気配・・・・・ですか?私共は気付きませんでしたけど」
「・・・いや、ほぼ間違いない・・・・・・【本】が復活しているかもしれん・・・」
ピシッと、その場の空気が凍りついた。
「本・・・・・・・って」
「あの本・・・・・ですか?」
光樹が肯定する。
「・・・【本】も巧みに気配を隠してはいるが、時折り感じるイヤな気配は隠せようもない・・・・・・ほぼ間違い無いだろう・・・」
「では・・・・・・・本が復活していると言うならば・・・・・・」
「洒落にならない・・・・・・あんなものが復活したら・・・・この世は・・・」
「終わる・・・・・・」
「冗談じゃないっ!ココまで僕達が一生懸命に支えてきたこの世界をぶちこわされてたまるもんかっ」
「・・・その通りだ、だからミブキ、落ち着け・・・」
立ち上がって叫んだミブキを、光樹は穏やかに諌める。
ミブキも素直にソファに座りなおした。
「・・・ミブキがいった通り、俺たちも【本】の好き勝手させない・・・・・・協力、してくれるな・・・?」
『ハイっ』
4人は声をそろえて応えた。
「・・・ではミナキ・・・」
「はいっ」
少女が元気よく立ち上がって返事をした。
「・・・ミリュウ・・・」
「はい」
今度は女が立ち上がった。
「・・・ミユル・・・」
「・・・はい」
男がゆっくりと立ち上がる。
「・・・そしてミブキ・・・」
「はいっ」
最後にミブキが立ち上がる。
「・・・青龍の名のもとに、南北アメリカ大陸の守護の任を一時解かせてもらう。そして・・・我ら四聖獣の補佐に廻れ・・・」
『お任せを、我ら四大精霊より転生し神獣』
「サラマンダーのミユル」
「シルフのミブキ」
「ウンディーネのミリュウ」
「ノームのミナキ」
『御名の元に、必ずや、主君の役に立つ事を御約束いたします』
4人は、声をそろえて答えた。
「・・・いい返事だ・・・・・・今日はココで休ませてもらうか、3日間の予定だが、聖武具を回収して、早く帰ってもギリギリまで集まらないと思うからな・・・」
「そうですか、では、ゆっくりとしていってください」
ミリュウはそう言うと、壁の一部分を、手の平で軽くなでる。
――ヴーン
機会音がすると、ミリュウがなでたその壁が、左右に別れてゆく。
その光景に、光樹は嘆息をする。
「・・・まったく・・・・・・改造のし過ぎは、後々大変だぞ・・・」
開かれた壁の向こうには。
超高級ホテルと見まがうほどの長い廊下と、一列に並ぶドアの群れ。
「どこでもお好きな部屋をお使いください♪」
ミリュウがにこやかに言う。
ところが、光樹は手のひらで顔を抑えると、しかめっつらで言った。
「・・・ソファーで寝る、開けろ・・・」
――2日目
午前5時、光樹は目を覚ました。
ふぅ、と1つ息を吐くと、ソファから体を起こす。
首に手を添えると、コキコキと首を鳴らす。
「おはようございます、寝心地はどうでしたか?」
光樹が寝ていたソファーの、テーブルを挟んで向かい側のもう1つのソファーに座っていたミリュウが言った。
右手にコーヒーポットをもち、それからテーブルの上に置いたコーヒーカップに湯気を立てるコーヒーを注ぐ。
コーヒーを注ぐと、そっとカップを押し、光樹の前に置いた。
取っ手もきちんと光樹側に向けられている。
「お飲みになられますか?」
光樹は黙って取っ手を持ち、カップを口元に運ぶ。
1口含んで、飲み込む。
「・・・苦い・・・」
「お砂糖はご入り用ですか?」
ミリュウが、何処からか砂糖ポッドを持ち出して訊ねる。
「・・・いらない・・・」
光樹が言うと、ミリュウは少し残念そうにどこかにしまった。
ふぅ、と、光樹はコーヒーの表面に息を吹きかける。
するとその息で、水面に小さな渦ができる。
光樹は一気に飲み干すと、ソファーから腰を上げた。
「・・・残り三人は・・・?」
「まだ寝てます」
「・・・悪いが起こしてもらえるか・・・?」
早朝のニューヨ−クの町を冷たい風が吹く。
「うわ〜、寒いよ〜」
昨日、ミブキと光樹が一緒に入ったところから、今度は5人で出て来た。
ミブキが、ふー、と息を吐くと、息は白く吹きだした。
「寒いね、ところでどこに行くの?」
ミナキが、お気に入りのバレッタで髪の毛を後頭部で留めながら訊ねる。
「・・・青龍の回収だ・・・」
光樹はそれだけ答えた。
「私たちも一緒にですか?」
「・・・そうだ・・・何か問題でも・・・?」
「いえ・・・・・私たちを連れ出した理由はなんなのかと・・・・・」
ミリュウが、決まり悪そうに言いよどむと、光樹は鼻で笑った。
「・・・ずっと居るんだよ・・・人間がな、それを抑えてもらいたい・・・」
「居るって・・・・・何処にです?」
ミユルが訊ねる。
はぁ、と光樹が溜め息を漏らした。
そして、右手で、青龍の遺跡が有ろう方向を指差した。
「・・・遺跡で・・・べたべたと・・・剣を触ってるんだよ、人間が・・・」
『なるほど』
4人は声をそろえて言った。
光樹は、アメリカに来る前日、偶然点けたテレビでやっていたニュースで。
『先日、ニューヨークの町の遺跡から見つかった剣に、抜いた者には一万ドルの賞金が送られることになりました・・・・』
と、言う話題を見た。
「・・・抜ける訳ないのに・・・」
さらに、テレビに映されるのは、遺跡内部に次々と入って行く屈強な男たち。
力自慢の男たちが、己の力で剣を抜いてやろうという魂胆か。
しかし、力だけで抜けるはずもないことを、光樹以外は知らない
と、その時突然、遺跡内部に入っていった男たちが、逆再生のように吐き出された。
その光景をみて、光樹は思わず笑みを浮かべる。
「・・・仕事熱心なことで・・・」
光樹達一向は、テクテクと遺跡のある方へとゆっくりと歩いていく。
時折りミブキが立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回したり。
ミナキが地面の砂をかき集めて自由の女神の像を作ったりなど。
基本的にはミブキとミナキのせいで、遺跡に辿り着くのに一時間ほどかかった。
距離的には二キロしか離れていなかったのに。
「・・・ミリュウ、ミユル、あの2人、ちゃんと面倒見ろ・・・」
「申し訳ない」
「申し訳ありません」
二人揃ってしょんぼりとする。
2人の動作に、光樹は苦笑する。
パチッと2人の額を指先で軽く叩いた。
「・・・まぁ気にしなくていい、これからお前たちには色々してもらう事があるからな・・・」
『はいっ』
ミリュウとミユルは声を揃えて返事をする。
そして視界が開けた。
目の前に広がるのは瓦礫の山。
大半は片付けられていはいるが、さすがに全ては片付けられていない。
そして、遺跡に群がる相変わらずの男たち。
「・・・こんな朝っぱらから・・・」
光樹は物凄く深い嘆息を吐き出した、その時。
背後から大量の車がやってきた。
光樹達は横に避ける。
「・・・一体何事だ・・・?」
「多分大統領が来たんじゃないかな?」
ミナキが答えた。
地面の砂を集めて固めて、なんだかわけのわからないオブジェを作って持っている。
「・・・大統領・・・?」
「ハイ、そのようです、昨日ニュースで報道されていましたから」
「・・・なんのために・・・?」
「さぁ・・・・・・?人間の考える事はぼくたちにはわかんないよ」
ミリュウとミブキが口々に答える。
「まぁ、俺たちには関係の無いことでしょう」
「・・・そうだな・・・」
と、大統領の車と、それの護衛の乗っている車等を無視して、光樹達は遺跡へと向かった。
奇異の目で見られた。
当然だろう、遺跡の前で群がってる男を掴んで投げ捨てたのだから。
光樹や、ミユルが投げ捨てるのはわかる。
光樹は180近い男であったし、ミユルも170は軽々と行く長身であった。
さらに、170と、長身とは言え、女であるミリュウと、
まだ子供にしか見えないミブキとミナキもが、男達を吹き飛ばしたのだから。
「ちょっとどいてね」
と言って、男の腹部にミブキが手を当てると、突然男は腹にボディーブローを喰らったかの衝撃を受けた。
「邪魔〜」
と、ミナキが言って、両手を左右に広げると、群がる男達の足が地面から浮き上がり、何かに引っ張られるかのように遺跡から遠ざかった。
あたりに居た人間を退かせると、ミブキ、ミリュウ、ミユル、ミナキの4人は、青龍の遺跡の四方に立つ。
「ふむ・・・・・これで良いか・・・では光樹様、ここは俺たちが受け持ちます、どうぞ先に行って下さい」
「ここは私共にお任せを」
「邪魔はさせないから」
「いってらっしゃ〜い」
四人が光樹に手を振る。
「・・・30分・・・」
光樹はそれだけを言うと、遺跡の中へと消えた。
「さて」
4人は同時に瞳を閉じた。
そして、胸元で腕を交差させる。
吹き飛ばした男達が、復活して、遺跡に近寄ってくる。
と、その時、4人の身体が4色の水晶に包まれた。
地上に立つ、四本の水晶の柱。
次の瞬間、空間にに揺らぎが起こる。
――ピシッ
遺跡を正方形の形で囲む四つの水晶の間を、虹色の壁が阻む。
そしてさらに、遺跡の上空に、謎の光が現れ、そこから放射線状に四本の水晶の柱に光が注ぐ。
――ビシィッ
降り注いだ光が、遺跡の上空を阻む壁を作り出した。
野次馬が壁に近づき、叩くがびくともしない。
水晶に近づき、叩き殴るが、それでもびくともしない。
しまいには、大統領が軍を呼んで、一斉に銃撃を行うが、それでも壁は傷1つ付く事はなかった。
遺跡の中は、誰がつけたのか、電球で通路が明るく照らされていた。
通路の壁の両面に取り付けられているライトは、奥までずっと続いていた。
おもむろに、光樹は床を這っている電気供給用コードを掴むと、グイッと引っ張った。
――ブチブチブチッ、バキッ、バキンッ
まとめて引きちぎった。
一本のコードで繋がっていたライトを光樹は遺跡の外に蹴り飛ばすと、奥に進んだ。
最深部についた。
もちろんそこは剣が刺さっている空間である。
所が、今まで男達が入ったときとは打って変わって、その部屋の内壁自体が静かに明滅している。
光樹は一歩足を踏み入れた瞬間。
突然、部屋の中の空気が渦を巻いて剣に集約した。
「・・・青龍・・・・・・」
風が渦巻き、剣の上にホログラフのように1人の少女の形を作り出した。
少女はまるで眠っているかのようにまぶたを閉じ、穏やかな顔をしている。
不意に、少女の目がパッチリと開かれた。
そして、音も立てずに光樹の前の前にやってきて。
「遅いっ!」
と、怒鳴った。
「・・・やかましい・・・」
光樹が右手で少女の頭を殴ろうとするが、空を切った。
再び少女は剣の上に戻ると、空中でぺたりと座るような格好を取った。
「来るの遅すぎっ、気付くの遅すぎっ、デリカシーなさすぎっ」
「・・・はぁ、開口一番に3連発か、相変わらずだな・・・・・・最後のはわけわからんが・・・」
「口答えしないっ」
少女はビシッと光樹を指差した。
「・・・人を指差すな・・・・・・愚痴くらいは聞いてやるから・・・」
光樹の言葉に、少し顔に笑みを浮かべると、腕を組んでぶつぶつと少女は言い始める。
「大体、
主
は鈍いんだよ、ず〜っと前からぼくは気配垂れ流しにしてたのに・・・・・」
「頭のビルが崩れたから、
主
が来るかな?と思って喜んだのに、来るのは汗臭くてむさっ苦しい男達ばっかでさ〜」
「ベタベタベタベタ人の身体を触って・・・・・・くすん、汚されちゃった・・・・・・」
「・・・悪かったから、謝るから、頼むからそういう発言はするな・・・」
「え〜、愚痴くらいは聞いてくれるって言ったじゃん〜」
少女が頬を膨らませて不満気に言った。
「・・・わかった、聞かないから喋るな・・・」
「ひどっ!」
光樹のあまりにも横暴な言葉に少女はがっくりと肩を下ろす。
しかし、そんな事にもめげず、少女は少女の役割を果たそうと必死に努力をしようとした。
「さてと、まぁ、お話はここまでで置いといて、と」
遺跡の中にずっと居たはずなのに、どこで覚えたのか『置いといて』と言うジェスチャーをして話を勧める。
「こほん」
わざとらしく少女は咳払いをする、実際わざとだが。
『主よ、主よ、主のいまのお名前を・・・』
はぁ、と光樹は溜め息を1つ漏らした。
「・・・俺の中は龍蒼・・・」
龍蒼 光樹
「・・・我が元に、来たれ・・・・青龍・・・・・・」
光樹はゆっくりと右腕を前に持ってくる。
すると、再び室内に風が起こると、部屋の内壁の明滅が止まり、一気に明るくなった。
虹色の壁に阻まれ、中の状態を全くと言って良いほど把握出来ない人々は、様々な工具を取り出した。
壁の要となっている、4人を包む水晶を破壊しようとしだした。
『光樹様〜、ダイヤモンドカッターなんて持ってる人居るよぉ〜』
『ミナキ、光樹様と約束しただろ、30分耐えるんだ』
『そのとおりです、光樹様からの命、けっして途中で投げ出しては行けません』
『そう、ご主人様の命令は、最優先で守る!』
テレパスで話し合う4人の水晶に、カッターの刃が当てられた。
するとその時、突然
――ドォンッ
地震のような振動が、街に伝わった。
遺跡が光で包まれ、そして更にその光が徐々に膨れ上がっていく。
突然、光樹の姿が光の頂から飛び出した。
「・・・30分・・・・・・ご苦労だった・・・」
光樹がそういうと、四方の水晶を一瞥する。
――パキィン
ガラスが砕けるような音がすると、4人の身体は水晶の中から解放される。
それと同じく、人々を阻んでいた虹色の壁も消え、ハイエナの如く群集は群がってきた。
「・・・青龍よ、弾き飛ばせ・・・」
了解、と言う声が、虚空からその場にいた全ての者に聞こえた。
その直後大砲のような轟音が聞こえたかと思うと、光の上に浮かぶ光樹と、疲労で地に膝を付くミブキ達四人。
合わせて、五人以外の人間全てが蜘蛛の子を散らすように、元遺跡が有ったところから勢い良く弾き飛ばされた。
「あれが・・・・・・聖戦士、青龍の本当の姿・・・・・・」
「力強く、そして美しき御方・・・・・・」
ミブキらの呟きには反応を示さず、光樹は瞳を閉じ、両手を左右に広げた。
すると、再び先ほどの光樹のように光の中から飛び出してくるものが有った。
それは、ずっと刺さっていた、けっして抜けなかった1本の剣であった。
「ぼくの名前は青龍。我が主、光樹様にのみ従う、聖武具、青龍」
光樹の目の前で止まり、そしてそのまま空中で制止すると、そのような声が聞こえた。
すると今度は風が巻き起こった。
足元の光が消えると、今度は風が旋風となって辺りに吹き始める。
そしてその風は、光樹の後、前、左右、そして上下から吹いて来て、目の前の剣へと集い始める。
風を吸収し、剣の刀身が、肥大化する。
1m程度であった刃が、瞬く間に2倍の長さになった。
そして、その剣の柄を、迷わず光樹は手に取った。
青龍 復活
突然、何が起こったのかわからず、当惑する人々を尻目に、光樹の手に握られた剣は吸い込まれるように手の平の中へ消えた。
そして、今度は両手を胸元に引き寄せ、向かい合わせる。
『えっ・・・・・・?』
地面に膝を付いていた4人が、同時に驚きの声を上げる。
そして次の瞬間、4人の身体は光に包まれ小さな光の欠片になり、導かれるかのように光樹の手の中へと吸い込まれて行った。
「・・・・・・・・・・・・・・・おつかれさま・・・・・・・・・」
光樹はそれだけ唱えると、瞳を閉じる。
一陣の風が光樹を包み、光樹の姿をその場から消した。
翌日、光樹の姿は、初日に彼が居た高台に有った。
傍らに鞄を置き、瞳を閉じて何かを唱えている。
と、その時突然、光樹の背後の草むらから、がさがさと音がし、数人の男達が現れた。
「こいつか・・・・・・?」
「あぁこいつだ、こんな目立つ奴、見間違えるはずが無い」
「おい、そこの男、こっちを向け」
男の一人が光樹を指差して言った。
ふぅ、と光樹は溜め息を1つもらす。
「・・・何か用か・・・?」
くるりと180度身体を回転させ、光樹は男達に言った。
うっとおしげな声で。
「おい貴様、昨日あの遺跡で何をやった」
「・・・遺跡・・・・・・?」
「とぼけるな、おまえが今立っているところから見えるだろう、あの瓦礫の中心の遺跡だ」
「・・・何も見えんが・・・?」
眼下の町並みを見回して、光樹は言った。
「あぁ、そのとおり、影も形も無い・・・・・で、だ」
男達はそれぞれ手に武器を持つ。
「・・・なんの真似だ・・・・・・?」
光樹が目を細めて行った。
「貴様、あの遺跡の中で何をやった・・・・・・剣はおろか、遺跡そのものすらなくなってしまったではないか」
ジャリ、と男達がすり足で光樹ににじり寄る。
「剣を渡してもらおう、抵抗しなければ痛い目に合うことはない、だが歯向かうのなら・・・・・・」
更ににじり寄る男達に、光樹は溜め息を洩らしながら傍らの鞄を掲げた。
「・・・こんな鞄の中に入ると思うか・・・?」
当然、入るわけは無い。
刃の部分だけで2メートルほども有る大剣である。
鞄一つに入るわけが無い。
それを確認させると、光樹は両手を広げて、何処にも隠していないことをアピールしてみる。
「・・・判ったな、何処にも無い、隠していない、剣は常にここに在る・・・」
と言うと、光樹は親指でトントンと自分の胸元を叩く。
「・・・わかったなら帰れ、お前たちの相手をする暇は無い、どうしてもと言うなら・・・」
光樹の髪の毛を、ふわりと風がなびかせる。
「・・・どうしてもと言うなら、判らせてやる、この剣の本質を・・・」
右手を前に出すと、その腕に風が巻きつく。
そして、形無きはずの風が、徐々に姿を変え、そして目視できるようになった。
「・・・・・・これが青龍・・・・・・」
この世の風を支配する、1本の剣。
「・・・・・・さぁ・・・・何処からでもかかって来い・・・直接身体に翻訳してやろう・・・・・・」
男達は、一斉に光樹に飛び掛った。
10秒後。
呆気なく終わっていた。
光樹が剣を天にむけて持つと、空気の渦を残し剣は光樹の手の中から消えた。
パチパチパチ、と拍手が聞こえる。
「お見事でした」
何処からともなく、ミリュウ、ミナキ、ミユル、ミブキの四人が現れた。
ぱちぱちと手を叩きながら、
ミナキが飛びついてきた。
「光樹様すご〜い」
すかさず光樹は避ける。
「わっ」
そしてその高台から落ちた。
『あ・・・落ちた』
声が重なる。
「あうぅ、避けるなんてひどいよ・・・」
ぴょんっ、と飛んできて、高台の上にミナキが戻ってくる。
「・・・つい・・・な・・・」
「はぁ・・・・やれやれ、いつまでも子供のままですね、ミナキ」
「うぅ、しょうがないもん、私はこう言う風に創られたんだから・・・」
「・・・まぁ、積もる話は置いといて、だ・・・・・・」
光樹が地面で爆睡中の男達をつま先でつつく。
「・・・俺はそろそろ戻るから、後は頼むぞ・・・」
「了解しました」
「了解」
「ラジャーっ」
「任されよ〜♪」
各々で返事の仕方は違ったが、四人ともしっかりと引き受けた。
「・・・頼んだぞ、ひょっとしたら、俺達でも予想のつかないことになるかも知れないからな・・・」
「きっと大丈夫だよ、ご主人様たちなら、きっとね」
ミブキが、少年特有の、無邪気な笑みを浮かべてそう言う。
「・・・感謝する、ミブキ・・・」
光樹はミブキの頭をくしゃりと撫でた。
そして、後を4人に任せ、光樹は日本へと戻る飛行機に乗った。
光樹が日本についた時、他のメンバーが彼を迎えた。
オーストラリアに行った星と志保。
アフリカ、サハラ砂漠に行った虎武。
ロシア、北極に行った星牙。
「・・・・・・ただいま・・・・・・」
『おかえり』
4人は声をそろえて答えた。
「・・・どうやら、回収できたようだな・・・変わりはなかったか・・・?」
光樹がそういうと、星と志保が顔を見合わせて苦い顔をした。
「・・・星、志保、どうした・・・?」
怪訝そうな顔をしながら、光樹は訊ねる。
「本が・・・・・・」
「本が復活している」
星の言葉を途中で遮り、虎武が言った。
「本・・・・・・?」
星牙が思わず反芻する。
虎武は頷く。
「帰りの飛行機が、ハイジャックに遭った・・・・そこで本の1ページを見つけた・・・」
「バカな・・・・奴はオレ達が完全に滅したはず・・・存在しているはずが・・・」
「ウソじゃないよ」
志保が言う。
「あぁ、本当だ、ウソなんかじゃない、俺たちは本と直にやりあった・・・・・・守護天使を操っている奴とな」
星が言うと、星牙が舌打ちをする。
「洒落や冗談じゃぁ済まされないぞ・・・あいつらが集まる理由はこれか・・・・・・」
「やつら・・・って・・・・・・誰?」
志保が訊き返す。
「雫だ、【
ドロップス
】が集まるとの事だ、忠治が行った町へ」
志保は言葉を失う。
「忠治の・・・・・・【漆黒の覇者】の居る町に・・・?どうしてわざわざ・・・・?あの人1人で十分じゃないの?」
「全くわからん、雫らと連絡を取れたのは忠治の兄の【
白銀の貴公子
】だけだったし」
「・・・まぁ待て、議論しても埒があかない、本人に聞いてみよう・・・」
光樹が提案すると、全員顔を見合わせて頷いた。
光樹は携帯を取り出し、番号をプッシュする。
――プルルル・・・ガチャッ
数回のダイヤル音の後に、電話を誰かが取った。
『はい』
『・・・忠治か・・・?』
『あぁ、・・・・・・光樹か?』
『・・・・・・あぁそうだ・・・・・・』
『・・・・・・どうした?』
『・・・単刀直入に聞かせてもらう、お前はどこまで・・・知っている・・・?』
『・・・電話で話せるようなことだと思っているのか・・・?』
『・・・電話では話せないことなのか・・・?』
数秒の沈黙の後、忠治がゆっくりと口を開いた。
『・・・この街に天使が12人居た・・・』
『12人!?』
はっとして光樹が辺りを見回すと、別の空港の利用客が大声を上げた光樹に注目している。
『・・・大声を上げるな、迷惑だ・・・お前にもわかってると思うが、12人の天使は異常だ』
『・・・あぁ・・・』
『しばらくは様子見する事にしたが・・・本が復活している以上、天使達が狙われるのは必然だ・・・』
『・・・・・・当然だな、本は守護天使を襲う・・・』
『それをドロップスに連絡したら、奴ら来るそうだ。ひょっとしたらこの街が戦場になるかもしれん・・・・・・来るだろ?お前たちも』
『・・・・・・・・・・・・・・・・』
光樹は沈黙する。
視線で、他の4人を見ると、4人はこくりと頷いた。
『・・・あぁ、元からそのつもりだったからな・・・・・・行くよ、その町にな・・・』
電話の向こうから、ふふ、と笑い声が聞こえた。
『そう言うと思ったよ、こっちは結構面白い事になっているぞ、速く来いよ』
と、その時、志保が飛んできて電話を光樹の腕からひったくった。
『やっほ〜、おひさしぶり』
『ん・・・・・・志保だっけか?久しいな』
うんうん、と志保が頷く。
『久しぶりだねぇ、お兄ちゃんのほうは元気?』
『あ〜・・・・・・「お兄ちゃん」って柄か?太悟が』
志保は小首を傾げる。
『ん〜?まぁ良いじゃない、私はちょっと寄るところがあるから、遅くなるね。先に米っちたちからその町に行かせるね』
少し離れたところで。
「米っちはやめろ・・・・・・」
と、星が言うが、志保は無視した。
『んで、ところで、その町の名前は?』
『あぁ・・・・・・名前は・・・・・・』
ぷつっ、と志保は電話を切った。
「・・・・・・・なんて言ってた・・・?」
志保から携帯を返してもらいながら光樹が訊ねる。
「太悟を呼んだって」
「・・・なに・・・・・・?」
「太悟を呼んだって」
はぁ、と話を聞いてた星が深い溜め息を漏らした。
「そこまでする必要があるのか?雫に、太悟に・・・・・・」
「挙句の果てには貢樹まで・・・・・・」
貢樹?との声が重なって帰ってきた。
あぁ、と星牙が答える。
「ロシアに貢樹が居た、学校の仕事さぼってトレジャーハントだとさ」
『またあいつは・・・・・』
全員一斉に溜め息をこぼす。
「まぁ、ともかく、事情は少しわかったし、今日のところは早めに帰るか、忠治の居る町に行く準備もしなきゃいけないからなぁ」
虎武が言うと、全員一致で可決した。
「ん、先に行っててね、私は私の仕事をするから」
志保のその言葉を最後に、彼らは帰路についた。
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