【我の名は玄武、母なる頭、その奥に主、来るまで我は眠る】

日本より、遥か北に位置する、世界一巨大な国。

ロシア連邦。

その北部、北極海に面する海岸に。

男は立っていた。

「俺だけ海底・・・・・・か?」






幻影の天使たち

第6話




四聖獣 玄武覚醒



穏やかに波が海岸に打ち寄せる。

青い空に、白い雲がちらほらと浮かび、更に青い海には、水平線に白い固まりが浮かぶ。

北極海。

極寒の北から吹く冷たい風が、人々の肌に軽い痛みを感じさせる。

そんな場所なのだ。

その海の、少々沖に行った所か。

穏やかな海面が、突然盛り上がる。

盛り上がったかと思いきや、水が直径2メートルほどの球体になり、宙に浮かび上がる。

よく見ると、その球の中に、何か人影のようなものが見える。

しかし、球を形成している水は常に流動しているのか、ゆらゆらと動き、中をうかがい知る事は出来ない。

海から離れた球体は、ゆっくりと移動し、砂浜の上で止まった。

すると、パシャンッ、とシャボン玉が割れるような音がすると、球が消滅し、球を形作っていた水が砂の上に降り注ぐ。

水は砂の上に少しだけシミを作るが、すぐにそれは消えた。

球が消えると同時に、スタッと、何かが砂の上に落ちる音が聞こえた。

否、降りたのだった。球の中に居た人物が降りる音だった。

冷たく凍える風が吹くこの場所に、半袖、ジーパン。

と言う、なんともまぁ見てるほうが寒くなる格好。

そしてさらに、まるで接着剤で固めたかのように 鋭く尖った黒い髪 ウニ頭

しかし、風が吹くとそれにあわせて動くのだから、固めたわけではないようだ。

彼は溜め息を漏らした。

「奥、って言うくらいだから海底だと思ったのに・・・・・・無かった」

星牙は、再び溜め息を漏らした。

「やばいな、ヒントが少なすぎる・・・・・・・・この辺りには違いないはずなんだけど・・・・・・」

と言うと、星牙は辺りを見渡す。

あたりに人の気配は感じられない、人影も見当たらない。

どうやら、星牙が海から水の球に包まれて出て来たところは誰にも見られていないようだ。

その事に星牙は、とりあえず、安堵する。

「どうしようか・・・・・・町に戻ってみるか、酒場でも言って、何か聞いてみるか?」

星牙は、あごに手を当て、自問自答する。

ぐるぐると思考をめぐらせながら、ああでもない、こうでもない、とぶつぶつと呟く。

そしてついに、星牙は1つの悟りを開いた。

「とりあえず、町に戻って、人に聞いてみるか、何か知ってる奴が居るかも知れんし」

結局、思考を巡らせるだけ無駄だったようである。

星牙は、町へと向かった。





「まいど〜」

星牙は財布から小銭を出すと、相手に渡した。

そして、相手から紙袋を受け取る。

その中には・・・・・・・

「フッフッフ、一度食べてみたかったんだよな、ピロシキ」

にんまりと、至福の笑みを浮かべ 星牙は袋の中の大量のピロシキを覗きこんだ。

がさがさと、袋の中に手を突っ込むと、一つ取り出してくわえる。

「うま♪」

星牙は満足そうに微笑む。

そして、ピロシキの屋台のおじさんに手を振る。

ピロシキを銜えながら星牙は思案する。

「さて、どうするか」

一つ目のピロシキをぺろりと飲み込むと、二つ目を取り出して銜えた。

「にしても情報すくねぇなぁ、さっきの人も知らないっつってたし・・・・・・」

ピロシキ屋のおじさんの顔を思い出して呟く。

「あの酒場の奴等も知らなかったし」

屈強な男達が酒を飲んでいた酒場を思い出して呟く。

ちなみに今現在はその男達は酒場の床で悶絶している。

二つ目を飲み込んで呟く。

「どっかに端末無いかな・・・・・・情報が欲しい・・・・・・」

三つ目を取り出し、宙に放り投げ、パクリと口でキャッチする。

「『ルイ』・・・・・・頼むかな?」








星牙はインターネットカフェを見つけると、その中に入った。

金を払い、パソコンを使おうとする。

すると、店員に咎められた。

店員は 星牙の手の中の紙袋を指している。

飲食物持ち込み禁止らしい。

星牙はしぶしぶと紙袋を預けた。

起動スイッチを押すと、パソコンが立ち上がる。

ロシア製のパソコンの起動音が鳴り、青い画面が表示された。

「WindowsXPか・・・・・・さて、どうかな」

呟くと、星牙は、両手をキーボードの上で躍らせた。

カタカタと、断続的に聞こえる音が、ネットカフェ内に静かに鳴り響く。

少しすると、音がやんだ。

画面には、黒い壁紙のホームページが表示され、黄色い文字で、こう書かれていた。

「ルイのデータ検索ページ」と。

星牙は、文字を打ち込むと、検索ボタンを押した。

3秒後、検索結果が表示された。

ちなみに、検索ターゲット、検索した文字列とは。

「玄武のありか」

そしてちなみに検索結果の一つには、丸文字フォントでこう書かれていた。

「ロシア連邦、○○シティ、○○ストリート、○○インターネットカフェ、3番台パソコン前」

それを目の前にし、星牙は苦笑する。

そして、パソコン台に常備されていた、インカムを取り、頭にはめると、マイクに向かって言った。

「相変わらず凄い情報の速さだな」

すると、画面から声が返ってきた。

【正確さと、情報の速さが売りだもん】

子供っぽいその口調に、星牙は苦笑する。

すると、その笑い声をマイクが拾い、再び画面から声が聞こえた。

【んで、どうしたの?星牙様だよね?ルイを使うなんて、珍しいね】

「イヤ、玄武の情報が少なくてな、おまえなら知ってるかと思って」

画面の右下に、女の子の絵が現れる。

【玄武ねぇ・・・・・・自分で感じないの?】

声と共に、女の子の口がパクパクと動く。

「自分でわからんから、お前にきいてるんだ」

星牙のその言葉に、画面の女の子の表情が変わり、けらけらと笑った。

【あはは、それもそうだね、んじゃ、ちょっと調べるね・・・・・・・・はい】

と言うと、画面に1つのニュース記事が現れた。

「何々・・・・・・・『スピッツベルケン島の北の外れに、遺跡が発見された』・・・・・スピッツ・・・どこだそれ」

パッ、っと、画面に地図が表示された、ロシアの地図だ。

北極海の島々の1ヶ所に、赤い丸がつけられている。

「ここがスピッツベルケン島か、よしわかった」

地図を閉じて星牙は続けて読む。

遺跡の入り口には、向かい合うように、蛇と亀の像があり、不思議なことに全く変質していなかった。
 政府は直ちに遺跡に調査団を送ったが、中にはトラップが仕掛けられており、押し寄せる水の前に調査団は一歩も前に進めなくなる
 単なる水に過ぎないが、これでは埒があかない、トラップの解除も不可能で、政府はこの遺跡の調査を永久に断絶する事に決定した


「・・・・・・12月20日」

【どう?】

画面の右下で、女の子がくるくると踊る。

「ビンゴだな、これだ、さんきゅ、今から行ってくる」

言うと、星牙はパソコンの電源を切ろうとする。

【あっ、ちょっとまってっ】

ルイの言葉に、星牙の指は、マウスをクリックしようとしたところで停止した。

【ちょっと待って】

画面に扉が表示され、その扉が開き、ルイはその中に入っていった。

【はいっ】

3秒後、扉から出て来たルイは、1つの文書を表示させた。

「何々・・・・・『我々は誇り高きトレジャーハンター部隊のものである』・・・・・・んなもんあるのか」

星牙は続けて読んだ。

我々、誇り高きトレジャーハンター部隊は、ついにあの遺跡の探索に乗りすことにした。
 強固に押し寄せる水のトラップを潜り抜け。
 そしてその奥に待ち受けるであろう、黄金の宝。
 我等はきっと持ち帰ってみせる。
 我等に賛同するものよ、遺跡に集まれ、日時は・・・・・・


「・・・・・・明日?」

その文書に書かれていた決行日は、丁度明日であった。

「で、何時だ?」

【現地時間の正午だね】

正午・・・と言う事は12時。

「・・・・・・・心配だな、ついでだ、俺も同行してみるか」

【もういい?】

ルイが聞くと、星牙は頷いた。

【じゃ〜ね〜】

画面の女の子が、手を振る動作をすると、パソコンの電源が切れた。






「さて、俺も戻るか」

星牙は立ち上がり、椅子を戻す。

店員からピロシキの詰まった紙袋を返してもらうと、ネットカフェから出た。

外に出ると、星牙は紙袋からピロシキを取り出して銜える。

「冷めてる・・・・・・」

と、呟くが、黙々と星牙はピロシキを食べつづける。

と、その時、星牙の進行方向に変な男の集団が現れた。

このとき 星牙はピロシキを銜えながら思った。

『モンスターが現れた コマンド?』

『モンスターが喋ってきた!』

『金を出しな、大人しくすりゃぁ何もしねぇよ』

星牙は溜め息をついた。

「はぁ・・・・・・面白くないな、三流だ」

想像を打ち消すと、星牙はピロシキを口から離し、流暢なロシア語で男の一人に溜め息混じりで聞いた。

「なんのようだ?」

「金を出しな、大人しくすりゃぁ何もしねぇよ」

と、ナイフを持ちながら、男は星牙が思い浮かべた事と一言一句たがわぬ事を言った。

思わず星牙は吹き出し、腹を抱えて笑い出す。

突然笑い出す星牙に、バカにされたかと思ったのか、男どもは一斉に星牙に飛びかかった。

襲い掛かる男どもを 星牙は笑いながら身体をずらし、軽やかにかわす。

そんな星牙に、男達は砂糖に群がる蟻。

飢えたハイエナのように襲い掛かった。

星牙はその場で高くジャンプした。

男達は、真上に跳んだ星牙を見上げる。

すると、その手に持っていた、バットやら、ナイフやら、ナイフやらを、空中に入る星牙に向かって一斉に投げつけた。

星牙は一つ溜め息を吐くと、食いかけのピロシキを銜えなおした。

「水よ」

と星牙は言ったが、ピロシキを銜えたせいで「みふほ」としか発音できなかった。

『ぽわん』

男達が投げたもろもろの進路上に、星牙を守るかのように空中に透明な水が現れた。

チャポンッ

と言う、小石が水の中に落ちた時のように良い音が、その水からした。

突然現れた水に、地上の男達は目を丸くする。

しかし、その次には、男達は逃げ惑う事になる。

水は、その体内に異物を飲み込んだまま、空中でくるくると回転し始めた。

その回転により、ぽよぽよと形を定めていなかった水が、綺麗な球状となった。

回転が加速して行くと、突然水はその体内のナイフを解放し始めた。

ビシュッ、ガツンッ

ナイフがアスファルトに突き刺さる。

回転により、遠心力を推進力として手に入れた。

そして、その力の解放。

加速されたナイフは、アスファルトをいとも容易く貫いた。

男達は驚愕する。

しかし、水の中にはまだまだ沢山自分たちが投げた武器が残っている事を思い出した。

星牙は空中に居る→水に阻まれ物を投げても届かない→水は回転してナイフを打ち返す→刺さったら即死確定

と言う、順序が、男達の頭の中で組み立てられた。

結果。

逃走。

男達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

星牙は、ちぇ、と不満そうに言うと、地面に下りる。

指をぱちんと鳴らすと、パシャッと水が弾け、アスファルトに降り注ぐ。

「お〜い、忘れ物・・・・・・もう居ないか」

水浸しになったナイフその他を 星牙は拾い上げた。

男達はすでにとんずらしており、影も形も無い。

仕方がないので、とりあえず星牙は地面に落ちたナイフを拾うと、1本だけ貰う事にし、ジーパンの後ろポケットに入れた。

後は海に向かって力いっぱい投げた。

音速を超えた。








翌朝。

午前7時。

ホテルから出て来た星牙を最初に出迎えたのは、少女だった。

その次に出迎えたのは北から吹く冷たい風だった。

ホテルの玄関の階段は全部で10段高さは同じ。

少女も、星牙も、その最上段に立っている。

少女の身長は150センチを少し超えたあたりか。

ちなみに星牙の身長は175センチくらいである。

結果、その少女を星牙は怪訝そうに見下ろす。

金髪に、灰色の瞳。

後頭部には真っ赤なリボンで髪をまとめている。

しかし、そのリボンの印象を打ち消すように、Tシャツにジーパンをはいている。

見た感じでは年は15くらいか、と星牙は憶測を立てた。

そういえばこの少女に似た人形がどこかに有ったな、とも星牙は思った

要するに可愛い、と言う事である。

しかし、そんな事は星牙にとってはどうでも良かったのである、実は。

少女から注がれる視線を無視し、その隣を通り過ぎようとする。

ところが。

「がしっ」

ズボンを掴まれた。

星牙はちらりと少女を見たが、なおも歩こうとする。

しかし、少女は両手でジーパンをしっかりと握り締めている。

結果。

少女は星牙の足の動きに合わせて地面をずるずると引きずられる事になる。

星牙が足を止めて、後ろの少女を振り返る。

埃まみれ。

星牙の足が止まったのを確認すると、少女はジーパンから手を離し、自分の服についた埃をぱたぱたと払い落とす。

その様子を星牙は胡散臭げな目で見ていた。

少女は埃を叩き落とすと、ビシッっと星牙に指を突きつけて怒鳴る。

「ちょっとっ、いたいけな少女にこんな仕打ちをするなんて、この人でなしっ!」

ズゴンッ

少女の頭にツッコミが入った。

「っ〜〜〜〜」

「あ、悪い、つい」

星牙の意思とは関係無く、星牙の拳が動いた。

「ひどいわっ、暴力反対」

頭を抑え、涙目で、星牙の顔を見上げて訴える少女に、星牙は苦笑する。

「わかったわかった、あめ玉買ってやるから、それで勘弁な」

星牙は少女と視線を併せ、頭をワシャワシャと撫でながら、柔らかく微笑んで言った。

少女は少しだけ笑顔になるが、すぐに顔を真っ赤にし、頭の上の星牙の手を払い飛ばした。

「子ども扱いしないでっ、あたしはこれでも15よっ」

少女の言葉に星牙は意外そうな顔をした。

憶測では15としたが、まさかホントに15だとは、少し多めにかけてたのだが、と。

逆サバ読みである。

「ふむ、じゃぁ、昼食ご馳走しようか」

「そう言う問題じゃないわよっ」

ところで、何故星牙と少女は言葉が通じてるのか。

理由は簡単、星牙は極めてナチュラルにロシア語を喋っているからだ。

「仕方ないな、じゃぁマトリョーシカ買ってやるよ」

「ロシアのお土産品じゃないのっ、そんなもん貰ってもどうしろって言うのよっ」

相変わらず星牙と少女の漫才は続いている。

ちなみに今2人がいる所は町の通り道。

言うまでもなく目立っている。

人垣も出来ている。

「よしわかった」

ポン、と星牙が手を打つと、少女は怪訝そうな顔をする。

「話を聞こうじゃないか、俺に用事があるんだろう?ここは人目が有りすぎる、喫茶店にでも入って、話しを聞こうか」

星牙が言うと、少女は星牙のむこうずねを蹴った。

「最初からそうしてればいいのよっ、全く手間取らせて・・・・・・」

少女はそう言って歩き出すが、うずくまって足をさすった。

「痛〜、なんて足の硬さしてんのよぉ、蹴ったこっちが痛いじゃないの」

涙声で少女はそう言った。








カララン、と涼しい音が鳴る。

中からいらっしゃいませー、と言う声が聞こえる。

「さてと、どこに座るか・・・・・・」

後ろに少女を連れて 星牙は先に喫茶店内に入る。

店内に入ると、きょろきょろと見渡し、空いている席を探す。

「ちょっとぉ〜、レディーファーストじゃないの〜?」

後ろで少女がガスガスと星牙のお尻を蹴る。

「さて、空いてるところは〜」

少女の蹴りを思いっきり無視して呟く。

「ちょっと〜、無視すんじゃないわよ〜」

げしげしと足を蹴りながらおてんば少女が言う。

「あ、有った、あそこに座るぞ」

少女をとことん無視し、星牙は空いていた席を指差した。

星牙は少女を先に座らせる。

テーブルに備え付けられてあったメニュー一覧を見て、注文するものを探す。

星牙は、少し目を這わせただけで、メニューを元の位置に戻す。

ところが少女は、真剣そのものの眼差しでメニューを凝視している。

星牙は1つ嘆息すると、少女の手からメニューを奪った。

あっ、と少女が言う間もなく 星牙は近くにいたウェイトレスを呼び、注文を伝えた。

「ちょっと、何勝手に注文してんのよっ、まだ選んでる途中だったのにっ」

「いつまで経っても埒があかないだろうが、なんでも良いだろ」

少女の文句をさらりと受け流し 星牙は少女から視線をそらす。

少女は頬を膨らませるが、何を言っても無駄と悟ったのか、頬杖をついて、星牙から視線をずらした。

数分後、ウェイトレスがトレイに注文の品を乗せてゆったりと近づいてきた。

「お待たせいたしました」

と言うと、ウェイトレスは慣れた手付きでその手のトレイの上からテーブルの上に、コーヒーと、チョコレートパフェを移動させた。

「なっ、こ、これは・・・・あんた、これを頼んだの?」

少女は、目の前に置かれたチョコレートパフェ(かなり大きい)を指差して言った。

「そうだが、何か問題でも?」

コーヒーを1口すすり 星牙は答えた。

ごくりと少女はつばを飲み込む。

「ち、チョコパフェなんて、子ども扱いして、全く」

「要らないなら俺が食うが?」

星牙は、チョコパフェに手を伸ばす、すると少女の右手が目にも止まらぬ速さで動き、がしっと星牙の腕を掴んだ。

「だ、誰も要らないなんて言って無いでしょ、せっかく頼んでくれたんだし、ま、まぁ、食べてあげてもいいかな〜・・・って」

口内にとめどなく現れるつば込みながら少女は言う。

「イヤ別に、食べたくないなら俺が食べるが」

と言うと、捕まれていないもう1つの手を伸ばしてチョコパフェを自分の所に引こうとする。

すると今度は少女の左手が目にも止まらぬ速さで、星牙のもう片方の手もつかんだ。

「ダメ、私が食べるの」

「本音が出たか、最初からそれを言っていれば良いだろうに」

少女の口から出た言葉に苦笑しながら、星牙は両手を引っ込める。

少女は満面の笑みを浮かべながら、スプーンでチョコパフェの壁を削り、口に運んだ。

両手を両の頬に当てると、ぶんぶんと頭を振る。

「どうした?狂ったか?」

「違うわよっ、これは・・・・・・」

美味しかったから、と言おうとしたが、この男の事である、また揚げ足を取るに違いない。

そう判断した少女は口をつぐんだ。

「そうか、美味いか」

「あっ・・・・・・」

星牙が優しそうに微笑むのを、少女は近くで凝視してしまった。

テーブルをはさんで、向かい側に居る、星牙を。

優しい星牙の微笑みに、思わず少女は目をそらす。

「どうした?顔が赤いぞ、風邪か?」

星牙は首をかしげて少女の顔を覗き込む。

「な、なんでも無いわよっ、人の顔覗き込まないでっ」

と、顔をトマトのように真っ赤にして少女はパフェで星牙から顔を隠す。

「そうか?なら別に良いんだが・・・・・はやく食べないと、溶けるぞ」

右手でカップを持ち、それに口をつけながら、左手でチョコパフェを指差し、言った。

「わ、わかってるわよっ、多いのよこのパフェ、1人で食べると・・・・・・」

「太るな、絶対、確実に、100%」

極めてにこやかに言う星牙。

「・・・・・・・少しでも見直したあたしがバカだったわ」

「・・・・・・気にするな」

星牙は、少女に聞こえないように呟いた。









「ごちそうさまでした」

少女はそう言うと、パフェを平らげ、その手に持ったスプーンを置いた。

「遅かったな」

星牙はその手に持っていたコーヒーカップをテーブルに置く。

「・・・・・・・・あんた、ひょっとしてずっと飲んでたの?」

「イヤ、これで3杯目だ、気付かなかったか?」

気付いてなかった、いったいいつの間に。

と言う少女の思いはひとまず関係無いので割愛する。

「さて、本題に入ってもらおうか」

「そうね・・・・・・」

星牙が、テーブルに肘を立てると、両の手の指を絡み合わせる。

「まず名を聞かせてもらおうか」

星牙が言うと、少女は頷いた。

「リアラ、リアラで通ってるわ、そう呼んでちょうだい」

「判った、ではリアラ、何故俺を捕まえた?理由と目的を言え」

星牙が訊くと、リアラは黙って腰につけていたポーチの中から折りたたまれた紙片を取り出す。

そしてそれをまた黙って星牙に渡す。

星牙もまた黙ってその紙片を開く。

「何々?・・・・・・・・・・・・『我々は誇り高きトレジャーハンター部隊のものである』・・・・・またこれか」

星牙は嘆息して、畳みなおして少女に返す。

「これがお前の目的か?」

星牙が訊くと、少女はこくりと頷いた。

「参加するのか?」

再び少女が頷くと、星牙は複雑な表情をした。

「悪い事は言わない、諦めろ、あの遺跡はお前みたいな子供には無理だ」

少女じゃなくても無理だが、と星牙は心中で付け加える。

「バカ言わないでっ、政府でさえ探索を諦めた遺跡なのよっ、そこの謎を解いた暁には、あたしの名前は一気に上がるわっ」

「なるほど、そんなことか・・・・・・何故俺に声をかけた?その理由は?」

「昨日の夕方、ちんぴらとのいざこざの時に使ったあれ、何?」

星牙の眉がぴくりと動いた。

「見ていたのか、気付かなかったな」

「何なの?あの中に突然現れた水は。あんたを守るように現れてたみたいだけど・・・・・・」

「答える義務は無いな」

星牙がそっぽを向いてそう言うと、リアラは唸り声を上げる。

「まぁ、そんな事はどうでも良いとして、私が声をかけた理由は、これよ」

リアラは、腰のポーチから、小さな袋を取り出す。

そして、星牙の目の前に置いた。

星牙はその袋を取ると、中に入っているものを取り出した。

「ダイヤか・・・・・・?」

星牙の手の上で美しく光沢を放つ。

それは、親指の爪ほどの大きさの、ダイヤモンドだった。

「それで、あんたを雇いたいの」

リアラは、星牙の手の中のダイヤを指差して言った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」

星牙は指先でダイヤをもてあそびながら間抜けな声を出した。

「雇うって?俺を?何のために?」

「あんた、強いでしょ?あたしのボディーガードになってよ」

はぁ、と星牙は溜め息をこぼした。

「諦める気はないのか?」

「無いわ」

即答だった。

再び星牙は溜め息をこぼす。

そしてダイヤを袋の中に入れなおすと、リアラに返した。

「ボディーガード、やってやるよ、だがそれは要らない」

「えっ・・・・・・どうして?」

星牙は少し考える仕種をすると。

「良いものを見せてやろうとおもってな、遺跡の本当の姿と、その存在意義をな」

そう言うと 星牙は席を立つ。

「そろそろ出よう、いつまで居座られると迷惑だろうから」

「そうね」

リアラも一緒に立つ。

レジに連れ立って行くと、星牙が金を払った。

会計を済ますと、二人は店を出る。

時計を見ると、すでに9時半だった。

「そろそろ行くか、他にどんな奴が居るのか見てみたい」

そうして二人は一緒に、近くの空港に向かった。

目的地は『スピッツベルケン島』

北極海に存在するその島へ行くため。

二人は飛行機に乗った。







二人はスピッツベルケン島の北のはずれへと着いた。

うっそうと茂る森の中に、その遺跡はぽつんとあった。

書いてあった通り、遺跡の前には台と、そしてその上にある蛇と亀の向かい合った石像。

そして、その奥にぽっかりと侵入者を待ち受ける遺跡の入り口。

ここに来るまでに、リアラと星牙の漫才が幾度か繰り広げられているが、時間が無いので割愛される。

飛行機の中で2時間半を過ごし、北の外れに来るまで30分かかった。

現在時刻は11時半。

リアラはきょろきょろと辺りを見回す。

「知ってるやつはいるか?」

星牙が訊くと、リアラは頷いた。

「マムシのディレンタ、 特攻 猪突猛進のシュワルツェ、 デビルイヤー 地獄耳 のポポモフ、壮観な眺めよ」

リアラがごくりと喉を鳴らす。

「へぇ・・・・・・小物にしては名が通ってるみたいだな」

――ビシッ

星牙がさらりと言った言葉に、辺り一帯にガラスにヒビが入ったような音が聞こえた。

「ちょ、ちょっとあんた、何とんでもない事をさらりと言っちゃってんのよっ」

リアラが星牙の服を掴んでそう言う。

「だって・・・なぁ、みんな大したことなさそうだし・・・・・」

――ビキビキッ

更にガラスに亀裂が入ったような音が聞こえた。

そして、トドメに星牙は、みんなに聞こえるギリギリの声で言った。

「期待はずれだな、もうちょっと腕の立つ奴がいるかと思ったんだけど」

――バリン

ヒビどころではない、確実に砕けた。

殺気をぷんぷんと放ちながら、辺りに居た男達が星牙の所に近づいてきた。

星牙に言われた事がよっぽど気に障ったのだろう。

男達の中には、自分の得物を剥き出しにしているものも居る。

それを見て、星牙は1つ溜め息をこぼす。

言い過ぎたなか?とも思ったが、まぁ思いっきり本音なので星牙は何も言わない。

右手を水平に伸ばして、壁を作るようにしてリアラを自分の後ろに行かせた。

「下がっていろ」

己のみを壁にして女を守る。

しかし、そんな星牙の行動に腹を立てたもろもろの男達は、一斉に星牙に飛びかかろうとして・・・・・・。

転んだ。

「ずででででっ」という効果音がしっくり来そうな状況で、男達は一人残らず地面に転がっていた。

男達の口から『ちくしょうっ』とか『何も無いところで何故転ぶんだっ』とか、ここでは書けないような罵詈雑言が飛び交う。

そして、誰も気付いていなかったが、男達の足元の地面に、少しだけ掘り起こしたような、盛り上がりがあった。

「・・・・・・・・・?」

星牙だけはそれに気づき、頭の上に疑問符を浮かべる。

と、その時、男の声がした。

「何をしてるのかな〜?見苦しい喧嘩はご法度だと言っていたでしょ〜?」

頭上から声がした。

星牙やリアラ、そして男達も上を見る。

男が居た。

薄い藍色の髪が、頬にかかり、少しだけ外側に跳ねる形。

額にバンダナを当て、ショルダータイプのカバンを右手に持ち、ぶらりと吊り下げていた。

彼は、頭の上の木の枝に腰掛け、星牙や男達のやりとりを見ていたのか、頬杖をつき、溜め息を軽く漏らした。

「よっ、と」

男が体を動かすと、男はするりとその枝から降りた。

スタっ。

男は軽やかに地面に降りると、ぽんぽんと、軽く身体についているであろう埃を払い落とす仕種をする。

男達は、その男の姿に、目を見開き、驚きを隠せないで居た。

口々に『ジラフだ、ジラフが来た。あのジラフが来た』と言いあっていた。

リアラは、男達と同じような反応。

星牙は、それとは違った反応を返した。

ジラフと呼ばれた男が、星牙の顔を見て、軽く微笑んだ。

「久しぶりだね、かれこれ半世紀くらいかな?」

ジラフがそう言うと 星牙は首を振った。

「細かいようだが、40年だな、どこに行っていた?」

星牙が言うと、ジラフはけらけらと笑った。

「いや ちょっとね、中国の 九龍 クーロン 城探索と・・・・・・それぐらいかな、退屈してたからさ、今日は暇つぶしに来たんだけど・・・・・・」

言うと、ジラフは遺跡の方を見た。

「まさかこんな所に玄武があるとはねぇ、これでようやく四聖獣が完璧に復活するのかな?」

「そうだな、ようやくだ・・・・・・・」

ジラフと星牙がそのような会話をしていると、リアラが星牙の背中を叩いた。

星牙が振り向くと、耳貸して、というジェスチャーをする。

「なんだ?」

星牙が腰を落とすと、リアラは星牙に耳打ちする。

「なんなの?あんたまさかジラフと知り合いなの?」

リアラが言うと 星牙はきょとんとした。

「あぁ、ジラフって呼ばれてるのか・・・・・・まぁ、確かにまんまかもしれんが・・・・・・」

「質問に答えて」

リアラが促がすと、星牙は苦笑する。

「そうだな、これ以上ってほどない知ってるぞ、俺たちはな」

星牙がそういうと、ジラフも、クスクスと笑った。

「ジラフが・・・・・・あのジラフが・・・・・・ジラフと知り合いだなんて・・・・あんた一体どう言う人間関係してんのよっ」

「え〜と、図解するとこう・・・・」

「書くなっ」

木の枝を拾って、地面に人物相関図を書こうとした星牙を、リアラが怒って止めた。

星牙たちの人間関係を知るいいチャンスだったのに。

「さてと、そろそろかな」

ジラフが腕時計を見てそう言うと、手を叩いた。

「え〜、このたび、トレジャーハンター部隊により、探索予定された玄武の洞窟ですが・・・・・・」

オォオォオォ、と言う歓声が男達の間から発せられた。

「え〜、ぼく、トレジャーハンター部隊、臨時執行者、ジラフの名の元に」

「ここで、解散を命じさせていただきます」









辺りに沈黙が立ち込める。

ジラフだけが、ニコニコと顔に笑みを浮かべていた。

「な・・・・・なにぃ〜〜〜〜〜〜!!!?」

男達の驚愕の声が怒号となって森に響き渡った。

「どう言うことだジラフっ、解散だとっ!?ふざけるなっ、我々は何のために集まったと言うのだっ!?」

男の一人が、怒声そのままに、ジラフに抗議した。

他の男達も一様に頷く。

それに、ジラフは言いにくそうに後頭部をぽりぽりと掻いた。

「イヤ、星牙が居るし、みんなが行く必要は無いから・・・・・それに無駄に労力を使う必要も無いでしょ」

ジラフが、親指で星牙を差して言った。

「それが納得出来ないのだっ、俺たちが集まったのは、みんなで協力して遺跡のトラップをくぐり、奥にある宝を取るのが目的なのではないのかっ!?」

『いや、無いから』

宝は、と続き、ジラフと星牙の声が見事に重なった、口調も、抑揚も、ぴったりである。

その2人の、淡々とした口調に、男達は激昂した。

「ふざけるなっ、貴様っ!」

男がジラフに近寄り、胸倉をつかもうとした。

掴もうとした瞬間、目の前に居たジラフの姿が、男の視界から一瞬にして消え去った。

そして、男の首筋に冷たい感触が有った。

「静かに、死にたくなければ、殺されたくなければ・・・・・・」

人殺しはしたくない、とジラフが続ける。

男と、背中を合わせるようにジラフが立ち、その手に持った短刀を、肩越しに男の首に当てていた。

バカな、いつのまに、ジラフが持っているカバンはジッパーで閉じられている。

どこから短刀を取り出した!?

しかも、目の前から消えたその一瞬の間に、一体どこから。

男は、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクとさせ、喘いでいる。

男達も、目を見開き、固唾を飲んでその光景を見ていた。

そして、リアラも例外ではなかった。

(何今の・・・・・・ジラフの手の短刀、どこから・・・・・取り出すような動作は無かった)

「おい、貢樹、やめとけ、殺したらおまえが困るだろ」

星牙がジラフに言った、ただ、ジラフとは呼ばなかった。

「殺す気は無いから、大丈夫だよ」

ジラフは星牙にそう返事をした。

「そんなに探索がしたいなら君たちで入ればいいさ、どうせ無理だとは思うけど、それを僕たちは止めない・・・・・・」

言うと、ジラフは男を解放する。

男は、膝をつき、肩で息をする。

男は思った。

これでも数々の修羅場はくぐってきたはずだ。

秘境のジャングルで猛獣との死闘にも勝ってきた。

ただ、こいつは違う、ジラフはレベルが違う・・・・・・と。

今でこそジラフは男に背を向けていたが、たとえ今の状態で投てき用のナイフを投げたとしても、振り返ることなく止められるだろう。

そうした漠然とした予感が、男の頭の中でぐるぐると巡っていた。

ちっ、と舌打ちすると男は立ち上がった。

「あぁわかったよ、俺達で勝手にやらせてもらう、何が見つかっても分け前からはやらんからな」

『ご自由に』と、星牙とジラフが声をそろえていった。

ペッ、と男達はつばを吐き捨てながら、ぞろぞろと遺跡の中に入っていく。

「何分持つかな?」

「何秒、だろ?」

男達についていくか、行くまいか、おろおろとしているリアラの横で、ジラフと星牙がそう言った。







15秒後。

「ぐわああああああああああぁ〜〜〜〜」

星牙の言う通り、分では無く、秒だった。

男達の絶叫と共に、遺跡の中から大量の水が轟音と共に噴き出してきた。

しかし、それでも男達は諦めず、再び遺跡の中に入っていった。

そして20秒後。

上と同じように絶叫と共に、大量の水が噴き出してきた。

しかし、それでも男達はなおも遺跡の中に入っていく。

そしてまた逆に、1人、また1人と、遺跡に入ろうとしなくなる。

無理も無いだろう。

突然目の前に水の固まりが現れたかと思えば、突然その水が瀑布となって男達を押し戻したのだから。

しかも、どんな原理になっているかも全く持ってわからない。

次第に、1人、また1人と、遺跡の前から姿を消してゆく。

「根性無いね」

「同感だな」

ジラフが呟くと 星牙が同意した。

「ちょ、ちょっと 何あんたたち平然と見てんの、一体どうなってんのよっ」

と、リアラが言うと同時に、再び遺跡の中から轟音と共に大量の瀑布が噴き出してきた。

「ガッデム、やってられるかっ!!」

と、とうとう男達は遺跡を諦め、身体を濡れ鼠のようにしながら、遺跡から立ち去った。

「やれやれだぜ」

と、どこぞで聞いたようなセリフを吐くと、星牙が誰も居なくなった遺跡に向かって歩き出す。

「お前らはどうする?」

振り向いて、リアラとジラフに 星牙は訊ねる。

その言葉に、リアラは当初の目的を思い出したようだ。

「と、当然行くわよっ、あたしは最初っからこれが目的だったんだから」

ジラフは、あごに手を当てて、少しだけ思案するような仕種を知る。

「そうだね・・・・・・入ってみようか」

ジラフの答えを聞くと、星牙はニヤリと笑うと、遺跡にはい・・・・・・らず、遺跡の前の、向かい合った蛇と亀の石像の蛇の方の前に立った。

「?どうしたの?入るんじゃないの?」

遺跡に入らず、石像の前で立ち尽くす星牙にリアラがもっともな事を訊くと、星牙は意地悪な笑みを浮かべた。

そして、手を伸ばすと、蛇の額についていた、宝石を取り外した。

星牙は、次にくるりと180度身体を回転させると、蛇から取り外した宝石を、亀の額に有ったくぼみに取り付けた。

――パチッ

と言う音がした、次には、石像が音を立てて地面に吸い込まれていった。

地面に石像が引き込まれ、しばらくは、全く反応が無かった。

星牙とジラフが瞑想するように目をつむり、リアラが困惑気味に星牙とジラフの顔を交互に見る。

と、その時。

――ゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

と、足元の地面が揺れるような、そんな感覚がリアラに伝わった。

――ぱしゃっ・・・・

「えっ?」

リアラは己の目を疑った。

目の前にあった、遺跡の入り口。

洞窟のように入り口が口を開いていた。

それが 不思議な音と共に、姿を消した。

そして、そこに残るのは大きな水溜りだけ。

リアラが驚き、当惑していると、今度は一際大きな揺れがあたりに満ちていく。

――ドゴォン

突然、遺跡があったところの地中から、轟音と共に水柱が吹き上げてきた。

土や砂と混ざり、水は茶色く泥水となり、辺りに降り注ぐ。

当然、星牙たちがいる所にも振ってくるのだが、星牙が右手を掲げると、水滴は空中で停止し、その場で落下する。

そのため、3人は全く身体を汚さずに済んだ。

「やれやれ、余計な手間をかけさせる」

星牙が、先ほど噴き出してきた水の所に歩み寄る。

「ちょ、ちょっとっ、危ないわよっ」

とリアラは言ったが 星牙は振り返らずに手をひらひらと振る。

星牙は、水が噴き出してきた所を覗き込む。

人一人が入れるような穴が 地面に開いていた。

水はすでに引き、穴の側面はどうやら固い岩で形成されているらしく、叩いたらコツコツと音がした。

ほぼ垂直の穴に星牙は飛び込んだ。

「あぁっ!」

リアラが思わず大声を上げる。

「速く来なよ、こんな体験、二度と出来ないからさ」

ジラフは、リアラの肩を叩き、そう言うと、一瞬にして跳躍し、穴の中に飛び込んだ。

リアラは慌てて穴に近寄る。

「速く来なよ〜」

と、穴の中からジラフの声が聞こえる。

リアラは少し躊躇していたようだが、意を決し、荷物をまず穴に放り投げ、自らもその穴の中に飛び降りた。

穴に飛び込むと、すぐに視界を闇が覆う。

顔を上に向けると見える日の光すらも、徐々に小さく見えなくなってゆく。

三秒後、突然暗闇から抜け、広いところへ出た。

「うわっ、わっわっわっ」

ほとんど自由落下、と言うより、自由落下で穴を落下していたため、リアラ自体のスピードはかなりの速さになっている。

速度はめんどくさいので計算しません。

この状態の速度で地面に激突したら確実に即死だが、そうはならなかった。

穴の真下は、水が溜まっており、そしてかなり深かった。

ドパァン、と、壮絶な音と水しぶきを舞い上がらせ、リアラは水の中に落下した。

ある程度沈むが、すぐに浮かび上がり、水面に顔をあらわす。

そしてリアラの目に、星牙と、リアラの荷物を持つジラフの姿が映った。

リアラは水の中から出ると、ネコのように身体を震わせ、水をはらい飛ばす。

そしてようやくリアラは顔を上げ、辺りを見渡す。

「何・・・・・ここ」

異常に広い空間、ドームのような形。

上を見ると、10mほど頭上に、リアラが落ちてきたであろう穴が開いていた。

「よく生きてたわね・・・・・・あたしも」

冷や汗を浮かべ、苦笑いをしながらリアラが漏らす。

穴からの距離は10m、水に落ちたのでなければ即死だっただろう。

穴の真下に水が、それもかなり深い水溜りが有ったのは幸運といえる。

リアラはなおも辺りを見渡す。

地中のはずなのにも関わらず、洞穴内は昼間のように明るい。

50メートルほど離れた所にいる、星牙の頭上。

中に浮かび、光を放つ妙な物体にリアラは気付いた。

「何・・・・・・あれ?」

ジラフの隣に立ち、リアラはそう訊ねた。

その質問には答えず、ジラフは温和な笑みを作って、星牙の背中を指差した。

「まぁ、見てごらん、君が初めてで、おそらく最後だからね」

わけのわからないジラフの言葉に、リアラは頭の上に疑問符を浮かべるしかできなかった。










――ぽわんっ

そのような音を立てて、突然室内の空中に巨大な水の固まりが出現した。

「出たね・・・・・・・」

ジラフが、水の固まりを見てそう言った。

「なっ、何?なんで水が宙に浮いてるの?」

「この世の中には、常識では解明しきれない事柄がいろいろあるのさ・・・・それよりも、動くよ・・・・・・」

リアラの肩に手を置き、ジラフは水の固まりを指差す。

水はゆっくりと星牙の元へと移動してゆく。

ちゃぽちゃぽと音を立てながら、水はゆらゆらと揺れる。

宙に浮きながら、水の固まりは星牙の目の前に来ると、止まった。

すると、どこからか声がする。

『お久しぶりです、マスター、2世紀ぶり・・・・・・でしたか?』

そのとき、ドンと音を立てて、頭上から何かが落ちてきた。

遺跡の入り口にあった、蛇と亀の向かい合う石像だった。

すると突然、動くはずの無い石像の、蛇と亀の目に光が灯った。

――パキパキパキパキ・・・・・・ミシッ・・・・・・ズシンッ

亀の石像が足を動かし、台から落ちる。

ところが、その時に身体がひっくり返り、起き上がれなくなる。

――ピキピキピキ・・・・・ギシッ

蛇の石像が動き出し、亀の石像に巻きついた。

――クルッ、ズシッ

蛇が亀に巻きつき、そして身体を動かすと、くるりと亀はひっくり返り、4本の足を地面にしっかりと立てる。

そして蛇は亀の甲羅に巻きつく。

すると突然、宙に浮いていた水がはじけると、亀とその亀に巻きつく蛇に降り注いだ。

水が当たったところが ほのかに光り始める。

光が、蛇と亀の身体の表面を伝う。

御影石のようなもので作られた蛇と亀の石像の身体を光が包み込む。

光が消えると、そこには黒い強固な甲羅を持つ亀と、それを護るかのように巻きつく、ヘビの姿が有った。

それを見ると 星牙は口元に笑みを浮かべた。

「あぁ、2世紀にもなるか・・・・・・すまなかったな、あの時、俺たちはああするしか方法が無かった」

いえ、と、星牙の目の前の亀と蛇、玄武の像から声が返ってきた。

『懸命の判断でした、あの時ああしなければ、マスター達の死により、どうなっていたか・・・・・想像もしたくありません』

そうだな、と星牙が答えた。

「思い出話はさておき、とりあえずは戻ってもらえるか?これが目的だったからな」

かしこまりました、と玄武の像が答えると、玄武の体積が急激に膨れ上がると、光がはじけて、消えた。

そして、空中に、くるくると回る一本の鎚が現れた。

『今の、マスターの名を、お教え下さい。そして、私は、今一度、マスターのお力に・・・・・・』

「俺の名は黒武」


黒武 星牙


「我が元に来たれ、玄武!」

星牙が叫ぶと、宙に浮いたハンマーは、光の玉となる。

星牙は右足を一歩前に出し、右腕をゆったりとした動作で持ち上げる。

光もまた、ゆっくりとした動作で 星牙の出した右手の中に入る。

右手を光が包むと、星牙が軽く握った右手の中で、光が鎚へと具現化する。

鎚は頭の両端の口が丸く、亀の甲羅のような、卵の殻を模したかのような曲線美をしていた。




玄武 覚醒




星牙は満足そうに鎚の柄を持つと、それを手の平の中でくるくると回した。

「お疲れさま、星牙」

ジラフが、右手を上げて星牙に言った。

「あぁ、そうだな」

手の中の鎚が再び光になると、星牙の手の中に吸い込まれるようにして消えた。

星牙は身体を回転させると、ジーパンのポケットに両手を入れながら、すたすたとジラフとリアラの下に来た。

「さて、帰るか」

星牙は2人の側に立ち、空中に指先で何かを描くような動作をする。

次の瞬間、目の前に何も見えなくなり、世界は暗闇に閉ざされた。







浮遊感があり、その直後、閉じているにも関わらず、まぶたをすり抜け、瞳に光を感じ、リアラはゆっくりと目を開いた。

「ここは・・・一体?」

と、リアラは辺りを見渡す。

うっそうと茂る木々に 土の地面、踏み固められた道。

すぐに遺跡の前、集まっていた場所だと言う事に気付いた。

「いつの間にここに・・・・・・」

出て来たの、と呟こうとした瞬間、ドンと音が聞こえ、少し離れたところで星牙が何かをしているのが見えた。

「何してんのよ」

リアラが星牙に言うと、「後片付け」と答えが帰ってきた。

リアラが近づいてくる、するとそこの足元には、先ほど通った、深い穴があった。

ところが、それは通った時の面影は無く、石と岩と、そして土砂とですでにふさがれていた。

「ちょ、ちょっと、どうして埋めちゃうの?」

「それは、下の遺跡はすでに存在する意義が無いからだよ」

リアラの質問にはジラフが答えた。

「・・・・・・どういうこと?」

「言わなかったっけ?洞窟は玄武の洞窟、星牙を待つために存在するもの、星牙がすでにあの鎚を回収した以上、もう存在する意味は無いんだ」

「そう言う事だ、さて帰るぞ」

地面を踏み堅め、穴を跡形もなく見えなくし、己の荷物を持ち、星牙が言う。

「じゃぁ・・・これで終り?宝は?謎解きは?遺跡に付き物のトラップの数々は!?」

『だから、そんなもんは無い、って、言っただろ?』

星牙とジラフの2人が口をそろえていった。

その答えに へなへなと腰を砕き、地面にぺたんとリアラはへたり込む。

「そんなぁ・・・・・・」

うなだれて物凄く悲しそうに呟くリアラに、星牙とジラフは顔を見合わせて苦笑する。

「まぁ、手ぶらで帰らせるのもなんだし、土産をやるよ」

星牙が言うと、リアラがゆっくりと顔を上げる。

「土産・・・・・?」

「あぁ、たしか、貰ったやつが・・・・・中に入れてたはず・・・・・・」

膝を付き、視線をリアラに合わせ、カバンを地面に下ろし、星牙は中を漁る。

ごそごそ、がさがさと、カバンの中から音がする。

一体何を入れているのだろうか、とリアラが思った瞬間、星牙がカバンの中から木箱を取り出した。

「貰いもんだから・・・・俺はいらん、良かったら貰ってくれ、記念と、お土産だ」

星牙がリアラの手を取り、その上に木箱を置く。

「あ・・・ありがと」

思わずリアラは礼を述べると、手の平の上の木箱をまじまじと見る。

傍目には判らないが、結構大きかった。

おそらく、20cmから、30cm四方の立方体の木箱かと、リアラは指で箱を撫でて予想をつける。

そして星牙は腰を起こし、立ちあがる。

その星牙に ジラフが訊ねた。

「これからどうする?」

「とりあえず戻る事にする・・・・・・」

「どこに?」

星牙が、とある町の名前を言った。

すると、ジラフが少し驚いたような表情すると、言った。

「なんだ、遅かれ早かれ会うことになっていたのか」

「・・・・・・どう言うことだ?」

星牙が怪訝そうに訊くと、ジラフはクスリと微笑んだ。

「そこの町の小学校で、社会科の教師をしてるのさ」

「お前が?」

うん、と頷くのを見て、星牙は溜め息を漏らす。

「全く、教師がこんな所に来て大丈夫なのか?」

「それは平気、生徒たちはぼくが出かけると言ったら『お土産よろしく』とか『面白い話期待してるよ』とか言ってたから」

それに とジラフが言う。

「近々、その町の中の施設、統合される予定だから、学校、市民プール、その他もろもろ」

「・・・・・・?それがなにか?」

ジラフはぽりぽりと後頭部を掻いた。

「色々な、事情があって・・・・・・」

と、ジラフは星牙に耳打ちをする。

「雫たちが、その町に来るらしいんだ」

「あいつらが!?あの雫兄弟が!?」

星牙は思わず大声を上げる。

「あぁ、本当らしい・・・・・・」

「誰から聞いた?」

「忠治だよ」

ジラフが答えると、あいつか、と言う風に星牙が頷いた。

「それは・・・・・・なんとも・・・・・・雫が、しかも全員そろって・・・・・・」

「あぁ、いくらなんでもおかしい・・・・やはり最近感じるあの気配は・・・・・・」

腕を組み、う〜むと考え込む星牙とジラフの姿に、リアラはおずおずと声をかける。

「あの・・・・・・さっきから意味わかんないんだけど・・・・・・一体日本語で何喋ってるの?」

リアラの問いに、星牙とジラフは顔を上げた。

「日本語、わかるのか?」

「あ、うん、一時期日本でもトレジャーハントしたことあるから、たしなむ程度は・・・・・・」

と、ここまでいったところで、ジラフに肩を叩かれた。

「丁度良かったリアラ君、ここまで関わったんだ、ついでだ、ぼくたちと共に行動しないか?常人では体験出来ない貴重な体験ができるぞ?」

『貴重な体験』と言う素敵な響きにリアラの目が輝いた。

「ノった」

「なら話は速い、ぼくと一緒に日本に行こう、旅費はぼくが出す、生活費もぼくが負担するよ、どうかな?」

ジラフが言うと、リアラは即答した。

「願ってもないことね、ぜひお願いするわ」

「良いのかそんな即決で・・・・・・」

星牙が、リアラとジラフのやりとりを見て嘆息する。

「良いんだよ、お互い納得すれば、それよりも星牙、戻らなくても良いのか?」

「期限はあと1日ある、後1日、のんびりロシアの街を見て回るさ」

「そう、なら、日本でまた会おうか」

そうだな、といって、星牙はその場を後にする。

「貢樹・・・・で良いんだよな?お前の名前は」

去り際に星牙が訊くと、ジラフは肯定する。

「林水貢樹、この名前はまだぼくの名前だ、覚えておいてくれ」

と言うと、ジラフ改め貢樹は、去る星牙のうしろ姿に手を降った。








星牙がその場を去って後、リアラがなんとなく木箱を開けてみた。

そしてその中身を見て絶句した。

満月のように真円で、そして白く、見る角度によりその煌めきを変える、石だった。

思わずリアラは貢樹にその石を見せる。

「・・・・・・・オパールスフィアだ、星牙が持っていたのか」

「・・・・・・・・・・本物?」

リアラが唖然として呟くと、貢樹が頷いて肯定した。

「こんなものを平然とあげるなんて・・・・・・あいつ一体なに考えてるのよ・・・・・」

半ば放心状態になり、手の平で直径20cmのオパールの玉を持ち、リアラは呟いた。





リリス・アリア・ランフォード

それがリアラの本当の名前。

自らのフルネームの頭を取っただけにしか過ぎない簡素な名前であるが。

もはやその名は彼女が彼女である為に無くてはならない名前になってしまった。

星牙に、そして貢樹に。

出会ってしまった事は、彼女にとって、幸せなのだろうか。



第7話『四聖獣 青龍復活』に続く