そこはとても晴れた場所だった。
地平線に見える入道雲。
一年を通してほとんど雨が降らない場所。
広き台地。
乾いた不毛な死の世界とも呼ばれる、サハラ砂漠。
【我が名は白虎、母なる右腕、広き乾いた砂の大地にて我が主を待つ】
それだけをヒントに、男はそこに立っていた。
幻影の天使たち
第5話
飛行機が空港に着陸するのと同時に、飛行機全体に独特の衝撃が伝わる。
数秒ほどの後、衝撃は収まると、ゆっくりと移動をはじめた。
「・・・・・サハラ砂漠・・・・・か」
止まった飛行機から降り、空港を出ると、虎武は売店で買った近隣の地図を広げた。
「・・・・・・さすがに広いな、さて、どのように探すか・・・・・・」
地図に目を這わせながら虎武は思案する。
期限は3日。
しかし、ヒントとなるものはほとんど無い。
虎武は溜め息をついた。
「しらみつぶしにやるしかないか・・・・・・2日も有れば見つかるだろ」
虎武は、地図を畳むと、同じく売店で買ったリュックの中に放り込んだ。
そして、リュックを背負うと砂漠へと向かった。
30分後、虎武はサハラ砂漠に到着した。
どのような移動方法を使ったかは定かではない。
「埋まってる・・・・・な」
虎武は、一面の砂漠を見て最初にそう言った。
歩けども歩けども、一面砂だらけ。
虎武は、砂の上をひょいひょいと軽々と歩く。
砂に足を取られる事も無く、高さ百メートルもある砂丘さえもあっさりと越える。
時折り、膝を付き、瞳を閉じ、手の平を砂に触れて何かを瞑想している。
しかし、すぐに腰を上げると、また歩き始める。
休み無く、ずっと、ずっとその繰り返しである。
『どこだ・・・・・・応えろ・・・・・・』
際限なく繰り返されるその動作の中で、虎武はそう念じていた。
延々と繰り返す行動に、虎武も額に汗をにじませる。
背中に背負ったリュックの中から、水の入ったペットボトルを取り出し、ラッパ飲みをする。
喉を潤すと、虎武はリュックの中に水を戻し、再び歩き始めた。
「時間は三日有る、まだまだだ、こんな簡単に見つかるとは思っていなかったからな」
そう自分に言い聞かせると虎武は再び歩き始めた。
日は沈み、そしてまた昇った。
休みなしで砂漠を歩きつづけた虎武は、オアシスを見つけると、とりあえず一休みする事にした。
「ふぅ〜・・・極楽・・・・・・しかしいったいどこにあるんだ?」
虎武は背中からリュックを下ろし中からペットボトルを出した。
なぜか、そのペットボトルの表面に水滴がついていたが。
虎武はフタを開けると、美味そうに水を飲みながら溜め息を漏らした、すると
「はぁ・・・・・・・・、ん?・・・・あれは?」
虎武は、砂漠のはるか遠くに変な物を見付けた。
「あれは・・・砂嵐っ、まずい!」
虎武はとっさに隠れる場所を探した。
しかし、その行動は止まった。
――ドクンッ・・・・・・
「なっ」
虎武は思わず振り返る。
聞こえた音を、もう一度聞こうと、耳を澄ました。
――ドクンッ・・・・・・
今度ははっきりと聞こえた。
大地の胎動。
近しいものが側に居る事によって行われる共鳴。
――ドクンッ・・・・・・
再び聞こえた。
次の瞬間には、虎武はオアシスから飛び出していた。
広大な砂の上.にその身を立てて。
砂嵐は虎武のいるオアシスに向かって激しさを増しながら近づいてきていた。
そして、足を上げると、踏み鳴らすように砂を叩いた。
――ドンッ・・・・・
衝撃が砂漠を揺らす。
――ズザアァッ
砂が割れた。
虎武が叩いた、その点から、砂嵐に向かって砂が流れ、そして亀裂を生じさせた。
衝撃は、砂嵐を消し飛ばした。
砂嵐の名残で、宙に舞っていた砂がパラパラと降ってくる。
虎武の一撃は、砂漠から風を吹き飛ばした。
静寂が場を支配する。
突然、虎武が歩き出す。
砂嵐が発生した場所へ。
そう遠くは無かった。
歩いて数分、虎武は砂の上に立つ。
そして、腰をかがめ、砂の上に突き出た石を撫でる。
「これ・・・・・・か?」
砂漠から飛び出した小さな石を撫でながら、虎武がそういうと、再び鼓動が聞こえる。
それを聞くと、虎武はその石の周りの砂を少し掘ってみた。
すると、虎武は口元に笑みを浮かべた。
突然足を曲げると、一気に真上に跳んだ。
数メートルの高さで、上昇は止まり、そして空中で制止した。
そして、右手で地表を差して、呟いた。
『応えろ』
――ドクンッ
応えた。
砂漠に異変が起こる。
虎武の眼下の砂が渦を巻き、砂が地中に飲み込まれ始める。
すると、どうした事か。
蟻地獄のように、さらに砂は地中に吸い込まれてゆく。
まるで、砂漠そのものに意思があるかのように
すると、徐々に砂の中に、更に大量の石が姿を現し始める。
そして次の瞬間には、その石の上に乗っている砂が空中に巻き上げられる。
砂が地中に飲み込まれ、石の上に残った砂が空中に巻き上げられた。
そして、すり鉢の形をした砂の穴の中に、巨大なピラミッドが姿を現した。
虎武は、その光景に驚愕し、そして感嘆した。
「なるほど、これでは見つからないわな、考えたもんだ」
虎武は、砂の斜面を滑り降りると、正面の入り口からピラミッドに入っていった。
虎武がピラミッド内部に入ると、ピラミッドに有るまじき物がそこにあった。
「螺旋階段・・・・・・」
虎武はとりあえずその階段を上ることにした。
虎武がしばらく登っていると。
『カチっ』
と虎武の足元で何かを踏む音がした。
「ん?」
虎武が「何だ?」と下を見た瞬間。
――びしゅびしゅびしゅっ
「うおっ」
側面から槍が飛び出してきた、虎武は常人とは思えないような反応速度で、飛び上がって避けた。
「罠かよ、こりゃまた丁寧に・・・・・・・」
虎武の額に冷や汗が浮かぶ。
壁から飛び出してくる槍を避けながら、階段を上っていく。
そして再び。
『カチッ』
虎武の足元で音が鳴った。
「あ・・・・・・今度はなんだ?」
虎武が何が来ても良いように身構えていると。
『ガコンっ』
某お笑いグループの階段コントのように、階段が倒れ、スライダーのようになってしまった。
「ぐはっ」
階段が無くなった事により、虎武は足を取られ、あごを思いっきりぶつけてしまった。
「チクしょ〜〜〜あんなに登ったのに〜〜〜〜〜〜〜」
そして、ズルズルと滑り落ちて、1番下に戻ってしまった。
虎武が、一番下に着いたとき、階段は元の姿に戻った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・このやろぉ」
虎武は、立ちあがり、屈伸すると。
「意地でも登ってやる」
と言って、階段を勢い良く駆け上がる。
――カチッ、びしゅっ
「死ねぇッ」
――バキャッ
罠による槍攻撃を、汚い言葉と一緒に拳を繰り出し、全て破壊しながら虎武は登って行く。
そして、もう二度と同じ罠は喰らうまいと、スライダーの罠を飛び越え、しばらくすると。
――カチッ
と再び音がし、階段の上から大岩が転がってきた。
「でかいわぁっ」
――ごろごろごろごろごロ・・・・
大岩が虎武に迫る。
「しかた無い、使うか・・・・・・・」
虎武はそう呟き、目を閉じ、集中し始めた。
虎武の右手から湯気のようなものがにじみ出る。
その間にも、岩は虎武に迫ってくる。
距離、10メートルに迫った時、虎武は目を見開いた。
右手を掲げ、左手をそれに添える。
次の瞬間、右手を大岩に向かって一気に振り下ろした。
――ズバァンッ
すると大岩は、中心から真っ二つに切れると、虎武の横を転がり過ぎて行った。
それを確認した虎武は、さらに階段を上っていった。
しばらく登っていると、当然の如く、最上階についた。
そこは、とても広く、天井に開いた穴から日が差し込んでいた。
そして、何故かそこに白い虎が居た。
虎は、虎武の姿を見つけると、牙をむき出し、今にも飛び掛ろうとする。
それを、虎武が右手で制した。
「落ち着け、俺だ、忘れたのか?」
その言葉に、虎は目を瞬かせた。
そして、ゆっくりと虎武の元に近づいて、ネコが甘えるように、ゴロゴロと喉を鳴らした。
虎武は、虎の頭に手を置くと、その白い毛並みを少々乱暴に撫でた。
すると、突如声が聞こえた。
『乱暴であるな、我が
主
よ』
声に合わせて、虎の口が動いていた。
どうやら喋ったのは虎のようである。
虎が喋るなど、前代未聞のはずであるが、虎武は平然と受け流し、
「そう言うな、一種の愛情表現だ」
そしてその声に飄々と答えた。
『相変わらずであるな』
「気にするな、挨拶は後でしろ、とりあえず、戻れ」
御意、と言う言葉が聞こえると、虎が光に包まれ、消えた
そしてその代わりに宙に一対の
篭手
が現れた。
『名を、今一度、我は主の下に』
「俺の名は白田」
白田 虎武
「我が元に来たれ、白虎!」
虎武が叫ぶと、宙に浮いた篭手が光の玉になった。
虎武が両腕を眼前で交差させる。
光の玉は、宙を走り、虎武の腕にぶつかった。
すると、光の玉は虎武の腕を包み込んだ。
光が、具現化する。
虎武の肘から先を、先ほどの篭手が覆った。
白虎 降臨
「・・・・・・・弱いな」
虎武が手を覆う篭手を撫でながら呟く。
『このピラミッドの維持に力を放出しつづけているから、仕方有るまい』
声が答えると、虎武がなるほど、と言う風にうなずいた。
「・・・・・・戻しとくかな?」
虎武が呟くと、ご自由に、との声が還って来た。
虎武は苦笑すると、両手を広げた。
突然、ピラミッドを形成する石が、内部から音を立てて崩れ始める。
崩れ、かつては石だった砂が、虎武を目標ににじり寄ってきた。
すると、砂は虎武の両の手の前腕部に装着されている篭手に吸い込まれていく。
「ふむ、なかなか・・・・・・」
何がなかなかなのかは判らないが、次の瞬間、虎武の足元の石がぼふっ、と崩れた。
足場が崩れ、虎武の体がゆっくりと落下する。
砂になった石が、くるくると虎武の周りを回っている。
そして、徐々に、徐々に足場の石は崩れ、虎武の腕の篭手に吸い込まれてゆく。
篭手に砂が吸い込まれるのが終わったとき、虎武はすり鉢上の砂の穴の真ん中に立っていた。
虎武は軽く飛ぶと、その穴の中から飛び出す。
穴のほうに体を向け、くるりと手首をひねる。
すると、横から砂が流れ込み、見事に穴を埋め、隠した。
「さて・・・・・2日か・・・・・今何時かな」
くるりときびすを返すと、虎武は町のほうへ歩いていった。
その虎武の手には、さっきまで存在した篭手の姿は無かった。
数時間後、虎武は町にいた。
用事が済んだ今、ここにいる意味は無くなったので、虎武は飛行機に乗った。
空港でテレビニュースでピラミッドがどうとか言っていたが、虎武には興味が無かった。
そして、数分後、虎武の乗った飛行機は、アフリカの地を離れ日本に向って飛び立った。
虎武は疲れていたため、飛行機に揺られ、うとうとし、眠ってしまった。
しかし、そう時間が立たずに虎武は目を覚ました。
「・・・・・・なんだ?不思議な気配だ」
高度3万メートルを飛ぶ飛行機の中で、妙な気配を感じ、虎武は薄くまぶたを開ける。
薄目で、機内をきょろきょろと見渡すと、ほんのかすかな声が聞こえた。
虎武は五感の、聴覚に気を集中させる。
目を閉じ、口を閉じ、そして大きく息を吸って、呼吸を止める。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
30秒ほどそう聞いていると、虎武が深く息を吐き出した。
「ハイジャックか?また間の悪い」
虎武が溜め息混じりで言った。
「それに、この気配・・・・・・どこだ?」
再び瞳を閉じ、虎武は気配を探る。
「・・・・・・・よくわからんな、こっちにするか」
気配を探るのに失敗した虎武は、別の手段をとった。
右手の平を上に向けると、手の中に砂の固まりが現れる。
砂の固まりは、初めは球の形をしていたが、徐々に別の形になった。
砂は、子猫の大きさになると、その砂の猫の頭の先から、尾の先まで、光が伝う。
光が消えると、その猫は、つぶらな瞳を開けると、一つ鳴いた。
「俺が言いたい事はわかるか?」
虎武が猫に言うと、猫はニャッとうなづいた。
「わかるか?」
もう一度訊くと、再び猫はうなづいた。
「じゃ、行ってこい」
虎武はこっそりと猫を機内の床に下ろした。
虎武の意図を解した猫は、他の乗客に見つからぬように、とてとてと走り出した。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか、それとも・・・・・・」
女が居た。
飛行機のファーストクラスの室内で、ゆったりと本を読んでいた。
彼女は、この機がハイジャックされた事に気付いてはいたが、我関せず、と言う体制をとっていた。
するとその時、部屋の外から、何かカリカリと音がした。
彼女は、不思議に思い、その手に持った本から視線を外し、扉を見た。
すると、カリカリと言う音と共に、にゃ〜と言う声が聞こえた。
「・・・・・猫?なぜ猫が飛行機の中に?」
彼女がもっともな事を口に出す。
そして、椅子から身を起こし、扉に向かおうとしたその時。
スッ、っと、扉をすり抜けて、猫が室内に入ってきた。
「なっ」
彼女は咄嗟に飛びのく。
そして次に聞こえた声に、驚愕した。
「ここに居たのか」
扉が開かれ、男が入って来る。
男が部屋の中に入ると、プシュッと扉が閉まった。
そして男は、床に居る猫を持ち上げると、自らの肩に乗せた。
猫は嬉しそうにゴロゴロと男に擦り寄る。
「久しいな、お前だったのか、シンシア」
男が女にそう言った。
「なっ、何故私の名を」
彼女が驚く、と言う事はシンシアが彼女の名と言う事であろう。
「お前こそ、俺を忘れたのか?」
やれやれ、と言う仕種を手で行い、その手の隙間からシンシアの目をジト目で見た。
「・・・・・・っ、あっ!貴方は・・・・・・」
ハッとした表情で、シンシアが言おうとした言葉を、男が制した。
「その名前は今は使ってない、虎武だ、虎武と呼べ」
虎武は名乗ると、必死に頭の上に上ろうとしていた猫の首根っこを掴み、自らの頭の上に乗せた。
猫は嬉しそうに丸くなった。
「なぜ、貴方が・・・・・・いえ、貴方様が・・・・・・私を・・・如何するおつもりなのですか?」
シンシアが、丁寧な口調で虎武に訊ねる。
「いや、何、手伝って欲しいだけだ」
虎武が、幾度となく頭からずり落ちそうになる猫を支えながら言った。
「手伝う・・・・・・?」
「そうだ」
シンシアが訊き返すと、虎武が肯定する。
「私に、何の手伝いができると言うのですか?」
虎武は、頭の上の猫を撫でながら。
「もちろん、この機の奪還、ついてこい」
と言って、部屋から出る。
「はぁ・・・・・仕方ありませんね、流血沙汰はご遠慮お願いしますよ、虎武様」
言いながら、シンシアも虎武の後ろについて部屋から出た。
部屋から出た瞬間 目の前に銃を持った男が居た。
男が虎武に銃を向けるのと、虎武が男の腹部に膝蹴りを入れるのが同時だった。
「げぼはぁっ」
腹部の激痛に、男が呻き声を上げ、銃を落とした。
落とした銃を 男が手を伸ばして取ろうとするが、シンシアが蹴って、手の届かない場所に行かせる。
「ぐぁっ」
虎武が男の手を背中に回し、ギリギリと締め上げた。
「さて、教えてもらうか」
笑顔で言う虎武を見て、シンシアは怪訝そうな顔をした。
「あの、流血は止めてくださいね」
「11人か、結構多いな」
締め上げた男からグループの人数を聞き、その後気絶させ、両手足を固定し、シンシアの部屋にほうりこんで虎武が言った。
「目的は、彼等のリーダーの解放、みたいですね」
「そうだな、ハイジャックみたいに、無関係な多人数を巻き添えにするなど非効率的な事は、それぐらいが関の山だろう」
彼等の用件は、先日アフリカで捕まった、男達のリーダーの解放だった。
「で、なんだっけ?こいつらの活動内容」
「・・・さぁ、重要でない事は覚えませんから、私は」
「ははは、俺もだ。まぁ、どうでも良いか、そんな事」
リーダーが居るからには、彼等は何か活動をしていたはずだが、『どうでも良い』との一言で片付けられた。
いと、哀れなり。
しかし、それを差し引いたとしても、無関係なヒトを巻き添えにする時点で、彼等の中に正義は無い。
「さてと、俺はとりあえず操縦室に向かう、そこまでに居るゴミは俺が掃除するから、お前たちは後部のチリを片付けてくれ」
「はい、お任せ下さい、私にできることなら・・・・・・・・お前たち?」
シンシアが、首をかしげる。
『たち、って事は複数ですよね?私以外に居るんでしょうか・・・・?』
と、シンシアが考えていると、虎武が頭の上から猫をつまみ、シンシアに渡した。
シンシアはその猫を腕に抱きかかえる、が、虎武の意図がわからず妙な顔を作った。
「はい?あの・・・・これはいったい・・・・・・」
なんとも形容しがたい表情のシンシアの顔を、意地悪そうな表情で微笑みながら虎武は見る。
そして、シンシアの顔と、猫を順に指差して、言った。
「お前たち」
「はいっ!?」
『猫?この猫も数に入ってるんですか?』
との意思が、「はいっ!?」の一言に含まれていた。
驚きを隠せないシンシアに苦笑すると、虎武は猫の頭を二回、ぽんぽんと叩いた。
すると、猫は不満げにみゅ〜、と鳴くと、シンシアの腕から音を立てずに床に降りた。
シンシアが猫を不思議そうに見る。
すると、猫の身体が光に包まれ、次にその身体の体積が膨れ上がった。
膨れ上がった猫の体積は、シンシアのへそのあたりで止まった。
光が消えると、そこに小さな女の子の姿が有った。
目が二つ、口が一つ、鼻が一つ、眉が二つ。
金髪に青色の一対の瞳。
身長に見合った幼く、可愛い顔立ちに、白のワンピースを身にまとう。
ところが、何故か頭の側面に耳がついていなかった。
「・・・・・・・・耳は?」
虎武が言うと、女の子はにこっと笑った。
「にぱっ」の方があってるかな。
虎武が視線を少女の頭に移動させると、そこにネコの耳に相似した物体が生えていた。
ピコピコと動いていた。
「それで良いのか?」
と虎武が訊くと、ネコミミ少女は、頬を染めながら嬉しそうにコクコクとうなずいた。
「そうか、じゃぁ、よろしく頼むぞ」
虎武は、女の子の頭を撫で、言った。
「お任せ下さい」
と、シンシアが言うと、虎武は前方に、シンシアと少女の2人は後部に、2手に分かれた。
シンシア・少女サイド――
機体後部を任された。
敵に見つからないように、シンシアはシートに身を隠しながら後ろへ、後ろへと進む。
打って変わって、少女の方は、嬉しそうに、楽しそうにシートの背もたれの上をぴょんぴょんと飛び移りながら移動している。
白のワンピースが、その動作につられてフワフワとなびく。
その様子を見て、シンシアは苦笑する。
『見えてますよ・・・・・・』
と思ったが、あえて口には出さなかった。
何が見えているのかは全く判らないが。
「ところで、なんて呼べば良いんですか?」
シンシアが少女に訊いた。
少女は動きを止めると、シートの背もたれの上で目をぱちくりとしながら小首を傾げた。
その動作がなんとも愛らしい。
少女は背もたれの上から飛び降りて、シンシアの下に来た。
右手で、手招きをして、耳貸して、と言うジェスチャーをする。
シンシアは足を曲げて、少女の身長にあわせる。
少女は微笑み、シンシアに耳打ちする。
と言っても、今その場に、シンシアと少女の2人以外2人はいないのだが。
「あのね・・・・・・・・・」
少女は自分の名前を言った。
シンシアは訊くと、立ちあがり、少女の頭を撫でた。
少女は恥ずかしそうに頬を染めた。
「可愛い名前ですね」
「ねねこも、この名前、好きなの」
頬を染め、微笑みながら、ねねこが言った。
「では、さっさと後部を奪還して、虎武様の所に戻りますか?」
ねねこは、こくりとうなずいた。
虎武サイド――
疾風のようだった、と後に男は言った。
通路を歩いていたら、突然影から何かが飛び出してきた。
それが何かを確認する間もなく、目の前が真っ暗になった。
その手に持ったフルオートマシンガンは、一声もあげる事無く、沈黙を余儀なくされた。
たった一撃。
ただの一撃、虎武は男の首筋に衝撃を与えた。
しかし、それだけで十分だった。
男は悶絶し、虎武は痕跡を残さずに次の獲物の元へと移動した。
1人、2人、3人。
通路を歩いていた男を仕留め、次に虎武は乗客を見張っている3人組を狙った。
彼等からしてみたら、一方的だった。
正面に何か影が見えたと思ったら、次の瞬間には飛行機の床に猛烈な口づけだったのだから。
乗員、乗客たちは、何が起こっているのかわからず、ただ目の前で銃を持った男達が倒れていく光景に目を丸くする。
「とりあえずここはこれだけか?」
突然頭上から声が聞こえた。
何事かと上を見上げると、飛行機内部の天井に虎武が立っていた。
「コレで4人か、残りはどこにいるか・・・・・あ、ごめん」
呆気に取られる人たちの表情に気付き、虎武は下に降りた。
「で、残りはどこにいるか知らない?」
虎武が、乗員の一人に聞くと、彼は操縦室の方を指差した。
「何人いるかわかる?」
と、再び虎武が訊くと、彼は右手の指を一本だけ立てた。
「1人か・・・・・合わせて5人か、後部に残り居たのかな」
と、呟きつつ、虎武は操縦室に向かった。
シンシア・ねねこサイド――
後部のチリを掃除機で吸い込むかのように10秒で片付け、二人は前方にゆっくりと向かう。
「呆気なかったですね」
「うん」
シンシアの言葉に、ねねこは素直に答えた。
「後部には4人でしたから、虎武様は6人って事になりますね」
「ご主人様なら平気だよ、強いもん」
胸を張って言うねねこに、シンシアは苦笑し、微笑む。
「そうですね、あの方は強いですから」
虎武サイド――
「え〜っと、これかな?」
虎武が、壁にあるボタンを適当に押した。
すると、虎武の目の前に有った扉が開いた。
「あ、開いた」
これ幸いと、虎武は扉をくぐり、中に入った。
中には、機長と、副機長に銃を突きつけ、見張っている男が1人居た。
虎武は、男が振り返るよりも速く、首筋に一撃を加えた。
銃を落とし、男は倒れこむ。
ところが、気を持ち直し、男はこらえた。
すると虎武は、非情にもさらに一撃を加えた。
今度こそトドメになったのか、銃を落とし、男は気の床に濃厚なキッスをした。
機長と副機長も解放され、安堵の溜め息をついた。
「コレで5人、全部かな?」
指折り数えている時に、シンシアとねねこがやってきた。
「虎武様」「ご主人様〜」
ねねこが嬉しそうに虎武に抱きついてきた。
「はは、ご苦労」
「苦労ではなかったですけどね」
シンシアの言葉に、虎武も、シンシアも苦笑いを浮かべる。
「結局、半々になったな、数」
虎武が、ねねこの頭を撫でながら言う。
「半々・・・・・・ですか?」
シンシアが驚きの表情で言う。
「5人ずつ、半々だろ?」
虎武が、地面で昏倒している男を足で蹴りながら言う。
しかし、首を振ってシンシアが否定した。
「いえ、私たちは4人しか相手にしていませんよ?」
「うん、4人だけ」
シンシアの言葉をねねこが肯定する。
虎武は顎に首を当てて考える。
『おかしいな、一人足りない・・・・・・・・・の男が嘘をついていたとは思えんし・・・・一体・・・・・・』
「どこかに隠れてる、って言う可能性は?」
虎武がシンシアに訊くが、それを首を振って否定する。
「見落とすなどと言う事はしません、これでも私は名を頂いていましたから」
それもそうか、と思い、虎武は再び考える。
ハイジャック犯から助けてもらった事についての、乗員や乗客、機長等からの感謝の言葉は無視である。
と、そのとき。
さっきまで椅子に座っていた副機長が、突然立ち上がった。
何をするかと思いきや、床に落ちた銃を拾うと、ねねこを捕らえ、羽交い絞めにし、ねねこの頭に銃口を向けた。
や、他の乗員、乗客が驚き、叫ぶ中、副機長が言った。
「よくも、よくも俺たちの計画を邪魔してくれたな」
男が言うと、虎武は目を丸くした。
「なるほど、これは驚いた。11人で、最後の一人がおまえか」
「そのとおりだ、よくも我等が同士を・・・許さん、許さんぞ、全員道連れにしてやる!」
男が手に持った銃のトリガーに指をかけた。
しかし、それでも虎武は溜め息一つ漏らしただけだった。
「ったく、手間取らせるなよ・・・・・・ねねこ」
羽交い絞めにされ、困惑気味にしていたねねこが、いきなり名を呼ばれてきょとんとした。
虎武は、くいっと顎で合図する。
すると、その意図を解したのか、ねねこは笑顔になる。
次の瞬間、男の腕の中に居たねねこの姿が消えた。
男は目を見開く、そして次にその目に映ったのは、飛行機の床のカーペットだった。
銃を床に落とし、後頭部に鈍痛が感じられた。
何とか踏み止まり、顔を上げると、白いスカートをひらひらとさせながら、右足を掲げているねねこの姿が映った。
「・・・・・・痛い、硬い・・・・・・」
涙目でねねこがそんなことを言った。
足を地面に降ろすと、すりすりと右足のすねをさする。
「グッ、き、貴様ぁ・・・・・」
男が、床に落とした銃を取ろうと手を伸ばした。
スカッ
手が空を切った。
「・・・・あ?」
男がなんとも間抜けな声を上げた。
「お探し物は、これですか?」
シンシアが、男が落とした銃を上げてみせる。
いつのまにか拾っていたらしい。
「か、返せっ・・・・・・ぐっ」
男が立ち上がって奪い返そうとすると、突然男は、自分の身体がとてつもなく重くなるように感じた。
「・・・・あんた達に付き合ってるほど暇じゃないんだ、そのまま寝ててくれ」
男が首を、虎武のほうに回すと、右手を突き出す虎武の姿が見えた。
「ぎ、ぎざま・・・・・・・ぐ・・・・・・ぐぉ」
「良いから、寝てろ」
虎武が言うと、更に男に重さが掛かった。
男はとうとう耐え切れずに、床にへばりついた。
「く・・・・・・そぉ・・・・・・」
悔しげにうめく男に、シンシアはその手に持った銃を投げ返した。
「はい、返しますよ」
ポイッ、と投げられた銃は、綺麗な放物線を描き、男の脳天に直撃する。
男はついに昏倒した。
「お、トドメトドメ」
虎武は右手を元に戻すと、拳を作り、親指だけを立てて、笑った。
「そんなつもりじゃなかったんですけど・・・・・」
シンシアは、こめかみに汗を浮かべ苦笑するしかなかった。
とりあえず、ハイジャック犯は退治した。
飛行機は、最も近い飛行場に緊急着陸する事になった。
シアが一つだけ溜め息をついた。
耳ざとくそれに気づいた虎武がシンシアの肩を叩く。
「どうした、元気が無いな」
「全くもう、緊急着陸ですよ?人間にあれこれ聞かれたらどうするんですか?」
シンシアが呆れ口調で虎武に言うが、虎武はあっさりと言った。
「着いたら即逃げる」
グッ、と右手の親指を立てて言うと、シンシアが手を額に当て頭を振った。
「全くもう、楽観主義に、忘れっぽい、それに後先考えずに行動、全くと言って良いほど変わりませんね」
まぁな、と言う言葉が虎武から返ってきた。
「まぁ、どちらにしろ、逃げるしかないだろ。これ以上時間は取られたくないし、こいつも居るしな」
といって、虎武はねねこの頭を撫でた。
ねねこはうれしそうに虎武に抱きついた。
「乗客名簿に載ってない?」
とシンシアが訊くと、虎武は肯定する。
はぁ、と再びシンシアは溜め息を漏らす。
「仕方がありませんね、私もお付き合いしますよ」
突然のシンシアの言葉に、虎武は鳩がマシンガンを喰らったような顔をした。
豆鉄砲でした。
「お前、なんか用事が有るんじゃないのか?」
虎武が訊くと、シンシアは首を横に振る。
「私の用事はたいしたこと無いです、それよりも、何故虎武様はアフリカに?」
シンシアの質問に、論より証拠、と虎武は両腕を包む篭手を見せた。
「白虎・・・・・それが必要になったのですか?」
シンシアが再び訊くと、おそらくな、と虎武は答えた。
「そうだな・・・・・・・一つ頼めるか?」
「頼み?私にできることなら、何なりと」
シンシアの言葉を聞き、虎武は安心したような表情を浮かべ、そして訊いた。
「神獣の所在は判るか?」
シンシアは目を見開き驚いた。
しかし、まだ飛行機の中、大声を出すこと無く、小声で答えた。
「えぇ、少しは・・・・・・カンナや、シンヤのいる所なら・・・・・」
「それだけで十分だ、集めてくれ」
シンシアの言葉を途中で切って、虎武が言う。
「構いませんが・・・・・・どうして?」
シンシアが訊くと、虎武がポケットから四つに折りたたまれた紙を取り出した。
「それは・・・・っ!」
シンシアは、虎武の手の上でカサカサと動く紙を見て驚きの声を上げた。
「またしても、何が起こるのかは判らないが、こんなものが有る以上、横着していられない」
「確かに・・・・・・それにしても、それは一体どこで・・・・・・?」
シンシアが、紙を指して訊ねる。
「男の一人のシャツの胸ポケットに入っていた、まさかこんなものがこんな事の原因だとは・・・・・」
「【本】の・・・ページですね」
「そうだ、ひょっとしたら光樹達は本と合間見えている可能性がある」
虎武が淡々と言うと、シンシアが言う。
「エビルバイブル・・・・・・・・虎武様たちも知らない完全なる
魔の存在
・・・・・ですか」
「完全に消し去ったと思っていたが、しくじった、残っていたようだな」
ボッ、っと虎武の手の上の紙が燃え、燃えカスになって飛行機の床に落ちた。
「本は聖者と、守護天使の匂いを嗅ぎ付け、寄って来る性質がある」
シンシアが頷く。
「日本に、力を失っている聖者がいる、彼を嗅ぎ付けられたらやばい」
そうですね、とシンシアが言った所で機内に放送が流れた。
『これより、当機は空港に緊急着陸します。シートに座り、ベルトをお締めください』
放送を聞くと、シンシアと虎武は会話を打ち切る。
「では、また後で」
「あぁ、またな」
シンシアは自らの部屋に戻り、虎武も自分の席に座る。
ねねこは、丁度虎武の隣が開いていたのでそこに座らせた。
10分後、飛行機は無事に空港に着陸した。
しかし、着いて直後、機内から虎武達3人の姿が消えていた。
どこに言ったかと思いきや、その空港から50キロ離れた、別の空港にその姿があった。
「じゃぁ、後はよろしく頼むぞ」
と、虎武は、シンシアに言った。
そして、シンシアの隣に立つねねこの頭を優しく撫でる。
ねねこは嬉しそうに笑うと、大きく手を振って飛行機に乗り込む虎武を見送った。
虎武の姿が見えなくなると、シンシアはねねこに訊く。
「一緒に行かなくて、良かったんですか?」
「もうちょっと、力をつけてから」
ねねこが答えた。
「そうですか・・・・・それでは、行きますか?」
「うん♪」
笑顔でねねこは答える。
そして二人は向かう。
神獣の1人。
シンヤのいる元へ。
|