星と志保は、共に飛行機に乗っていた。

【我、名を朱雀、母なるへそ、中心にて主を待つ】

目的地はオーストラリア。

エアーズロック。

大地のへそとも呼ばれる、火の聖地。

二人は、何事もなく仕事を終えることができるのを説に願っていた。






幻影の天使たち

第4話




四聖獣 朱雀転生



アナウンスが鳴り響いた。

『この飛行機は、まもなく、オーストラリアに到着します、シートベルトを締めてください』

そのアナウンスによって、星と志保は目を覚ました。

「ん・・・・・・・・・・まだ着いてないのか・・・・・」

「そうみたいだね・・・・・・」

志保が窓の外を見ると、青い空と雲海が一面に広がっている。

星は、席の脇にあるボタンを押し、スチュワーデスを呼んだ。

1分も経たないうちに、スチュワーデスが星の所にやってきた。

「どうかなさいました?」

スチュワーデスは英語で星に尋ねた。

星は、日本語で答えようとしたが、相手が英語をしゃべっているならそれで・・・・と。

「何か飲み物を・・・・・」

星は、スムーズな英語で言った。

彼女はそれを聞くと、オレンジジュースを持ってきた。

「オレンジジュースでよろしいですか?」

「あぁ、構わない」

星は、スチュワーデスからオレンジジュースの入ったコップを受け取りながら、それに口をつけ、飲み始める。

オレンジジュースを飲みながら尋ねた。

「あと何分で着きます?」

「そうですね・・・30分以内には着くと思いますけど・・・何しろ天候が悪いので」

スチュワーデスは、星の問いに丁寧に答えた。

「ありがとうございます」

星は、オレンジジュースの入っていた紙コップを握りつぶし、ゴミ袋の中に放り投げ、再び眠った。

ちなみに、志保もジュースを貰っていた。

星の隣で、紙コップの縁をくわえながら、窓の外を眺めていた。





遅れに遅れて45分後。

ようやく飛行機は空港に到着した。

星と志保の2人は、降りてすぐに。

『ん〜〜〜〜っ、ふぅ』

と、荷物を傍らに置きつつ、思いっきり背伸びをした。

そして、自分の手荷物の中から、旅行のパンフレットを取り出した。

二人は、必死にパンフレットに目を這わせ、エアーズロックに行く良い方法を探している。

しばらくパンフレットに目を走らせているうちに、ある事に気がついた。


(考えてみたら、俺達旅行者じゃないんだよなぁ・・・・・)


と、旅行者でもないのに、旅行のツアーの日程を見ている自分達に気がついた。

「仕方ない・・・・人に聞くか・・・・・」

「そだね・・・・・」

星の言葉に志保が答え、星と志保はパンフレットをたたみ、荷物を持ち、空港を出た。




二人は、空港から、市街へと向かうバスに乗り込んだ。

とりあえず情報を集めるには都会が1番との事であろう。

二人はオーストラリアの首都、キャンベラに着くと、宿に荷物を置き、町に出た。

情報収集のついでに、町を観光する事にするらしい。

「考えてみると、オーストラリアも久しぶりだな」

星が隣に居る志保に話し掛ける。

「そだね、前に来たのは何年前だっけ?」

「何時だったかな・・・・・シンキの件だったから、30年前か?」

「へぇ、あれからもう30年になるんだ、時は早いものだね」

「そうだな・・・・・・」

ちなみに二人の外見は、どうあがこうとも、15歳から18歳。

無理を言えば20歳までならなんとかなる程度の外見をしている。

しかし、そんな外見とは全くかけ離れた会話を二人はしていた。

と言っても、2人が使用していた言語は英語でも日本語でも無かったので、街に居る人には何て言っているのかわかった人は1人としていなかったが。

しかし、二人の様子を見ると、とても用事に来たには見えない。

傍から見たらタダの若い観光客である。

街中の、CDショップや、ブランド服の店の中に入ったり、商品を物色している。

買い物袋に腕を通し、2人は街の中を歩いていた。







日、すでに暮れ、町のネオンが足元を照らす。

「暗いな」

「そだね」

星の言葉に志保が返す。

「・・・・・・ 尾行 けられているね」

「・・・・・・そうだな・・・・・・」

志保の言葉に、星が立ち止まって答える。

「いつごろからか?」

「三つ前、おもちゃ屋から出た時からだね」

星の問いに、志保は答える。

「やはりそこからか・・・・・」

「やっぱり気付いてたんだね」

「当然だ、この程度気付けないんじゃ名折れだからな」

星の言葉に志保は苦笑した。

「名折れなの?・・・・・・・どうしよっか?」

「人間じゃぁ・・・・・・無いな」

「・・・・・そうみたいだね、私たちに何の用かな」

「知らん、捕らえて吐かすしかないだろう」

「あはは、それもそうだね」

「じゃぁ、このまま歩いて、人気が少なくなったところで捕らえるか」

「良いねそれ、賛成。んじゃ、いこ」

と言って、二人は止めていた歩みをふたたび進め始めた。







二人の会話の内容を露知らず、2人の背後、百メートルほど離れた建物の影から、顔半分だけ出して覗き見ているものが居た。

「大丈夫、大丈夫、ばれてない、ばれてない、私が消した気配を悟れる人なんて存在しないんだから・・・・・・」

と、すでにバレバレである事を知らずに、2人の後姿を凝視している女性が居た。

尾行を始めて30分、突然足を止めた二人に彼女は内心ひやりとしたが、

ただ立ち止まって雑談しただけであると思う事にし、その早鐘のように鳴っている心臓を治めようとした。

手を胸に当てて大きく深呼吸する。

再三深呼吸をして、息を整える。

そして、歩き出した星と志保の追跡を再開した。





違和感を感じたのは10分ほど後だった。

2人の後をつけて行くうちに、徐々に人の喧騒から遠ざかっていく事に、彼女は気付いた。

何時からだろうか。

星と志保の二人が、町の路地裏に入ったのは。

デートスポットには程遠い路地裏に、一体何の用があるのか。

彼女はほんの少しだけ首を傾げたが、すぐに考えるのを止め、尾行を続行した。

しかし、その彼女の判断が、彼女にとって大きな間違いであったのだ。




ほんの数秒、せいぜい三秒から五秒程度のその刹那の時間。

たったその時間だけ、彼女は星と志保から目を離した。

そして、視線を戻した時、彼女は絶句した。

「2人が・・・・・・居ない・・・・?」

彼女は尾行していたことも忘れ、建物の陰から飛び出した。

「そんな、さっきまでここにいた筈なのに、いったいどこに・・・・・・」

「俺たちに何の用だ?」

突然声が聞こえた、彼女は心臓が口から飛び出るかのような衝撃を感じた。

彼女は、声のした方向、上方を見上げた。

そこには、路地裏の、建物の屋上に立ち、彼女の姿を見下ろす星の姿が有った。

彼女は我が目を疑った。

これでも人並みよりは実力はある。

しかし、その自分に全く気付かれずに、一瞬のうちにビルの屋上に移動していた星の姿に。

絶句している女に、星はなおも言葉を投げかける。

ほんの少しだけ、言葉に殺気を混ぜて。

「俺たちに、何の用だ?」

ほんの少し、かすかに混ぜた殺気を感じ、彼女は戦慄する。

そして、その身の危険を感じ、その場を一目散に立ち去ろうと、来た道を振り返る。

しかし、そこには。

「ダメだよ、人の質問にはちゃんと答えなきゃ」

両腕を広げ、とうせんぼをするように志保が道の真ん中に立っていた。

女は、志保と、星の姿を交互に見ると歯軋りをした。

「で、答えるの?答えないの?」

今度は志保が言った。

有無を言わさないようなその口調に、女は黙想する。

そして、その瞳を大きく開き、険しい表情で言った。

「お断りです・・・・・・私はまだ死にたくはありません」

「そうか、手荒なマネはしたくないんだが・・・・・」

星が右手を上に掲げる。

その腕の中に、赤い炎が見える。

その炎を見て、女は舌打ちをする。

「私を殺すつもりなのですか・・・・?」

「それがイヤなら話す事だな、人外のものには遠慮はしないぞ、俺たちは」

星の強い口調に女は歯軋りをする。

ところが、その時、どこからか不思議な声が聞こえる。

『やはり、貴様では無理だったか・・・・・・・』

その声に、女の顔面が蒼白になった。

「お待ちください!もう少し私に時間を・・・・・」

『役立たずに用は無い、消えろ』

女の言葉が終わるよりも速く、何者かの声が突き放すように言った。

次の瞬間、女の足元の影が広がり、触手が影から飛び出て来た。

その触手は生物のように怪しく動いていたが、突然女の腕を、肩を、腹を、背中を、同時に貫いた。

「ぐっ・・・・ああぁあぁぁっ!」

突然の光景に、星も志保も目を見開く。

しかし、いち早く気を取り直した志保が、屋上にいる星に怒鳴った。

「米っち、落として、速くっ!」

言うが速いか、星は掲げていた腕を一気に振り下ろした。

するとその腕の中に宿っていた炎が、赤く、そして大きな火の玉となって、地面にいた女に落下して行った。

「邪悪なる物を、燃やせ」

星が言うと、影から伸びた触手に火が燃え移る。

「女には燃え移らない・・・・・やはり、この女は・・・・・」

触手は、炎に包まれ、消滅する。

女は、支えるものを無くし、地面に倒れる、体には火傷1つ無かった。

しかし、触手に貫かれた傷が、体のあちらこちらに深く残っている。

「志保、後は頼むぞ」

星が、屋上から飛び降りて言う。

「うん、任せて」

というと、今度は志保が左手の中に炎を宿らせる。

「聖なる炎よ、傷を癒せ!」

『ホーリーフレア』

志保が左手を女の胸の上に置き、右手をその上に添える。

左手に宿った炎が女の体を包み込む。

炎が、彼女の体の傷を覆う。

すると、一際赤く炎が燃え盛り、消える。

火が消えた後には、傷の痕は綺麗さっぱりなくなっていた。

「・・・・コレでオッケー?」

志保が聞くと、上出来だ、との答えが返ってきた。

「良かった・・・・で、この子どうする・・・・・・?」

志保が不安げに星の顔を見上げる。

志保の行動に、星が顎に手を当てて思案する。

「そうだな、とりあえずホテルに連れて行って寝かせるか、目を覚ましたら話も聞きたいからな」

「そだね、んじゃよろしく」

と言うと、志保は女の体を星の方に寄せる。

「・・・・・・俺がか?」

「私に背負わせる気?コレでも一応女なんだよ?」

志保の瞳が涙目になる。

「はぁ、わかったよ・・・・・・・よっ、と」

星は溜め息をつきながら、星は両腕で女の体を抱きかかえる。

「とりあえず今日は戻るか、これ以上町を彷徨う気にはなれん」

星が言いながら宿への道を進むと、志保も黙ってついていく。

志保も同じことを考えていたようだ。

こうして、星と志保の、オーストラリアでの一日目の出来事は終わった。






オーストラリア滞在、2日目。

星と志保は、ホテルから一歩も出る事はなかった。

昨日から、ずっと気を失っていた女が、ようやく目を覚ましたからである。

目を覚ましたは良いが、彼女は軽い記憶障害を起こしていた。

自分が昨日何をしたのか。

それどころか、自分の名前もすぐに浮かんでこない様子だった。

星と志保は、急かすことなく、少しずつ彼女の記憶が落ち着くのを待った。

そして、ようやく落ち着いたのか、彼女がゆっくりと喋り始めたのは、それから三時間が経過した時であった。

「あの・・・ご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません・・・・・・」

うなだれる彼女の表情を見て、複雑そうに星と志保は顔を見合わせた。

それから、彼女は遠慮がちに質問した。

「あの・・・・ほんの少しだけ、私の話を聞いていただけますでしょうか・・・・?」

星と志保がうなずくのを見て、彼女はゆっくりと語り始めた。

「私の名前は、ナツキと言います。実は私は・・・・・・・」

「守護天使でしょ?」

ナツキの言葉を遮って志保が訊く。

突然の志保の言葉にナツキは目を丸くした。

「な、何故ご存知なのですか、まさか・・・・・・」

「話しの続きを・・・・・・。志保、お前も話の腰を折るな」

ナツキの言葉を制し、志保の言動を星が咎める。

ナツキは少しだけ不満そうな表情をしたが、すぐに続きを話し始める。

「あなたたちはご存知のようなので話します。ご存知のとおり、私は守護天使です」

ナツキが二人の顔を交互に見る。志保も星もこくりとうなずいた。

「守護天使は、主に人とは違うモノが、人としての体を与えられ、縁のある人や物を守護するためにメイドの世界などから送られた天使です」

ナツキは、なおも話した。

自分にはご主人様が居る事。

ご主人様は考古学の教授をしていること。

先日、手伝いで、一緒にエアーズロックに行ったこと。

ところが、そこで変な本を見つけたご主人様の性格が急変したこと。

「その後の記憶が、私には無いのです・・・・・・ご主人様が今どのような状態になっているのかが心配で・・・・・」

ナツキは顔を伏せる。

瞳に涙を湛えているのを見て、星と志保はボソボソと相談する。

「本・・・・・・か」

「あれだね・・・・・?」

「あれだな、まずいな・・・・・・」

「どうする?」

志保が訊く。

「なんにせよ、行かなきゃならんから、一戦交える事になるだろうな」

「どうする?今から行く?」

志保がまたも訊ねる。

しかし、部屋の窓から外の景色を見た星は首を横に振った。

「いや、今日はやめておこう、明日行く事にしよう、ナツキの主の事も気になるしな」

二人の会話を聞き取ったナツキが顔を上げた。

「エアーズロックに、向かうのですか!?」

ナツキの声に星が答える。

「あぁ、ついでの用もあることだし、お前の主も見つけて連れて来てやる」

「そんな、ここまでお世話になっておきながら、更にそんな事までお世話になるわけには・・・・・・!私、私も一緒に・・・・・・」

と、そこまでいったナツキの背中を軽く志保が叩く。

「つっ・・・・・・・!」

背中を軽く叩かれただけなのに、ナツキは顔をしかめてうずくまる。

「無茶言わないの、いくら私の力で傷は癒えたからと言って、苦痛までは取れないんだから」

「しかし・・・・・・・・・・」

「良い?人の好意は素直に受け取っておきなさい。あなたの主は、きちんと無事に連れてくるから、あなたは休んでおきなさい」

志保の優しい言葉に、ナツキは涙を零した。

「あ・・・ありがとうございます・・・・・・・」












翌日、二人はエアーズロックに向った。

部屋にナツキを1人残し、ほんの少しの荷物だけ持って。

街中でタクシーを拾い、エアーズロックまで一直線に行った。

エアーズロックに着くと二人は思わず見上げた。

地球最大の石。

石と言うには大きすぎるが、広い宇宙から見ると地球そのものすらも単なる石ころに過ぎないのだから、別に構わないだろう。

隣に立つ志保に、星は言う。

「確実だな・・・・・・・」

「・・・・・そうだね」

「朱雀の気配と、【本】の気配の二つが強烈に感じられる・・・・・」

「・・・・それに、どうやら本は私たちが来るのを待っていたみたいね」

「そのようだな」

と言うと、二人は跳躍し、エアーズロックの頂へと踊り出た。

そこには、本を持つ若い男が一人いた。

「あんたが・・・・・・・ナツキの主人か?」

そうだ、と答える声がある。

しかし、男の口は全く動いていなかった。

聞くと、初日に、ナツキと会った時に聞こえたあの声と同じ声だった。

「貴様が操ったのか・・・ナツキを、ナツキの主を・・・・・・・」

『そのとおりだ、容易く我輩の精神操作の支配下に落ちてくれて、我輩としても大いに手間が省けて助かったよ』

「精神操作・・・だと?」

星が男の姿を睨む。

しかし、その視線に臆する事も無く、声はなおも続けた。

『そうだ、この男も、あの娘も、心に少しだけ闇を飼っていた。そこに付け込ませて貰った』

声に志保は憎々しげに歯軋りをする。

「ふざけんじゃないわよ、あんたの所為で、ナツキがどんなにその男のことを心配したか、わからないの!?」

『悪いが我輩にはわからぬ、解ろうとも思わぬ。戯言はよそでやってくれ』

声はうんざりしたような口調で返す。

志保は、顔に怒りを少しだけ表すが、それをすぐに消した。

「星、本を燃やして、ナツキの主を解放するわよ」

「当然だ、本の存在をこの世界から抹消してやる」

志保と星が戦闘体勢をとる。

『ふ・・・・・・穏やかではないな。しかし、こちらとしてもそれは好都合』

男が本を左手に持ち、開いた右手を掲げる。

すると、エアーズロックの上に積もった土や、塵や、埃が舞い上がり、無数の土人形となって星たちと、男の間を阻むように立つ。

「土傀儡か・・・・・・バカか」

言うと、星は右手の指先をくいっ、と上げる。

すると、地面から紅蓮の炎が噴出し、土人形を焼き尽くす。

焼かれた人形は、その体を維持できずに、ボロボロと崩れ落ちる。

『ほう、豪快だな。しかし、何時まで続くかな』

声が言うと、崩れた土がふたたび集まり、同じように人形となる。

「ねぇ米っち、こう言うのって、やっぱ本体を叩かなきゃダメなのかな?」

「米っちと言うな・・・・・・。本体か、としたら本だな、土を潰しながら行くか」

了解、と志保が言うと、一瞬にして跳躍し土人形の頭の上に踊り出る。

空中に踊り出ると、志保は空中で腕を動かし、何かを書くような仕種をする。

すると、目も口も無いくせに土人形は一斉に上に居る志保を見上げる。

そんな事はお構いなしに、志保はなおも動作を続ける。

「ふぁいあ〜」

志保のかけ声と共に、下方の土人形めがけて、指先から火の玉が発生した。

火の玉は、次々に人形に当たる。

人形は、それに当たり、次々に焼け焦げ、爆散する。

『何っ!?』

声が初めて驚愕を露わにした。

「残念無念、また来週ぅ〜♪」

志保が嬉しそうに言う。

本当に志保はいったいいつの生まれなのだろうか。

『クッ、土傀儡!』

声は、近寄ってくる志保を退けようと、再度土人形を作り出そうとする。

土は集まり、人型となる。

しかし・・・・・・・

――ドパァンッ

ようやく完成した土人形が、瞬時に爆散し、ふたたび土に戻る。

『なッ!』

視線を移動させると、右手の先に、赤い炎の玉を空中で激しく燃え上がらせている星の姿があった。

なおも土は人形になろうとする。

しかし、星の右手の先の赤い玉から、一条の赤い光が伸びたかと思うと、次の瞬間には人形が爆散しているのだ。

「こんな子供だましで俺たちを倒せると思ったか、愚かにも程があるぞ」

星は、まるでもぐら叩きでもするかのように、全360度方向に赤い光を放ち、人形を片っ端から潰している。

『き、貴様らぁ〜!』

平然と、プチプチと土人形を潰す星を、睨むような声がする。

「よそ見してる暇は無いわよっ」

志保の声が聞こえた。

見ると、土人形の残骸を踏み潰し、すぐそこまでやってきている。

そして、志保は右手を伸ばし、男の手から本をもぎとろうとする。

『クッ・・・・小賢しいっ!』

声が言うと、男が動いた。

迫る志保に回し蹴りを放つ。

「わっ」

志保は突然の攻撃に咄嗟に飛びのく。

男は、志保を退けるが、虚ろな目で岩の上に立つ。

志保が歯軋りをする。

「彼にも、戦わせると言うわけ・・・・・?」

ナツキと約束をした。

『ご主人様を無事に連れて帰る』と。

志保も、星も、彼をできる限り傷付けたくなかった。

しかし、そんな二人の気持ちを嘲笑するかのように、本は彼を操り攻撃を仕掛けてきた。

彼は、手刀で志保に襲い掛かる。

タダの人間とは思えない動きで、彼は志保に攻撃を仕掛けた。

志保は攻撃を出来ずに、ただ防戦一方であった。

鋭い手刀が、頬を斬り、服を切り裂く。

桜色の皮膚から赤い鮮血が玉のようににじみ出てくる。

志保は、己についた傷をかえりみず、星に救いを求める眼差しを向けた。

星は舌打ちする。

『どうする・・・・・・?』

頭の中でぐるぐると解決策をめぐらせる。

ナツキのご主人様は操られている。

元に戻すにはほんの支配から解かなければいけない。

しかしその本を奪うにはナツキの主が邪魔。

傷つける事は避けたい。

この間にも、志保は防御に徹する。

「志保、来い、とりあえず張るぞ!」

星の声を聞くと、志保は振り返ってうなずいた。

志保は、攻撃を軽やかにかわし、星のもとへもどってきた。

しかし、それでもなお本はナツキの主を操り、襲い掛かってくる。

「火よ!」

星が、手を地面について、言う。

すると、地面からいくつもの火の柱が立ちのぼり、星と志保を包み、炎の壁となり、敵の攻撃を阻んだ。

突然現れた炎の壁に、操られた彼は,、勢い良く激突した。

すると、炎は一点に集約し、彼の体を思い切り弾き飛ばした。

彼の体が宙に舞い、直後、地面に叩きつけられる。

「くっ、しまったっ」

突撃のインパクトに比例して、弾く時の衝撃は強くなる。

星は、彼の弾かれ方が尋常でないことに舌打ちをした。

おそらく、人間としての身体能力の限界に近い力を発揮しているのだろう、と。

弾き飛ばされ、勢い良く地面に叩きつけられたにも関わらず、ナツキの主はなおも起き上がる。

その左手に一冊の本をしっかりと抱えたまま。

見ると、右手が妙な方向に曲がっている。

どうやら、衝撃により、あっさりと折れてしまったようだ。

『ふん、相変わらず人間の体と言うものは脆いものだな』

声が言うと、彼の腕がみるみると元の姿を取り戻していく。

「再生能力・・・・・・・」

志保が呟く、が、次の瞬間、視界に入って来たモノに、目を見開いて驚愕した。

「ナツキ!来ちゃダメ!!!」

志保の視線の遥か遠く。

岩を、必死の様子で上がって来たと思われるナツキの姿を、志保は見つけた。

志保は叫んだ。

しかしその選択は愚かな選択だった。

志保の視線と、声により、ナツキの存在に気付いた本が、ナツキの主を操り、ナツキに襲い掛かろうと、駆け出したのだ。

「ちぃっ!」

舌打ちするが、時すでに遅し。

星が慌てて炎の壁を解除し、ナツキの救助に向かった。

しかし、ナツキは、両手を広げ、逃げようともせず、その場に立ち尽くしていた。

『ナツキ!逃げなさい!殺されるわよ!』

志保が絶叫する。

志保の言葉を聞いて、ナツキは一雫だけ涙を零した。

『お願い・・・・・・元のご主人様に・・・・・・優しいご主人様に戻って・・・・・・!』

ナツキに迫る三つの人影。

その1つが、ナツキの影と重なった。

ナツキの、主の・・・・・・

その右腕が。

ナツキの、胸を、


貫いた。













飛び散る鮮血。

ナツキの背中から突き出ているのは、血に染まった右腕。

「ぐ・・・・・・ふっ」

ナツキは血を吐く。

彼女の血が、転々と地に落ち、赤い跡を作り出す。

声が高らかに嘲笑った。

『コレは良い、自らの主の手でその命を断たれるとは。なんとも愉快な事だ』

声が、気に障る、嘲るような声で笑い声を上げる。

志保も、星も。

その凄惨な光景に、思わず足を止めてしまう。

「ナツキ・・・・・・」

志保がナツキの名を呼ぶ。

しかし、当のナツキの瞳はすでに光を失わせている。

声はなおも気に障る声で嘲笑った。

『愚かな守護天使よ、そのまま隠れていれば命だけは助かっただろうに、そこまでこの男が大切か?』

ナツキからは返事が無い。

『ふむ、無視か、それも良かろう。では、この2人を片づけた後、この男の体を使って、虐殺を始めようか』

その声に、心なしか、ナツキの瞳にかすかに光が戻ったように見えた。

『そうか、返事が無いと言う事は了承と言う事だな、では遠慮なく使わせてもらうぞ』

と行って、男の体を反転させ、右腕を引き抜こうとする。

しかし、右腕が動かなかった。

不思議に思って、振り返ると。

すでに息絶えていた筈のナツキが、両腕でしっかりと、主の腕を掴んでいた。

『なっ、き、貴様、死んでいたはずでは!?』

「・・・・ざ・・・・い・・・・・で」

か細く、蚊が鳴くような声で、ナツキは言った。

「ふ・・・・・・ざけないで・・・・・・!あん・・・たなん・・・かに、ご主人・・・様の・・・体を・・・奪われ・・・て・・たまるものですか!」

ナツキが叫ぶと、彼女は、己に残された最後の力を使った。

ナツキから光が放たれる。

その光は、彼女の主の体を包み込む。

すると、彼の体に衝撃が走った。






『お願い、お願いっ!・・・元の、元のご主人様に・・・・・優しいご主人様に、戻って!』

ナツキは、それだけを願った。

その身を犠牲にしてまで、主を守りたいと言う気持ち。

己の命を犠牲にしてまで、主を守りたいと言う気持ち。

その気持ちが、ほんの少し、本の支配を上回った。

彼の左手から、音を立てて本が地面に落ちた。

それを見届けると、ナツキは微笑み、崩れ落ちた。

ナツキの身体から抜けた腕は、ナツキの血を点々と滴らせた。

「な・・・・・・つ・・・・・・き・・・・・・」

彼から発せられた言葉に、意識朦朧としていたナツキは、細々と答えた。

「は・・・い・・・・・・・・おひさしぶり・・・・・・です・・・・・ご主人・・・様」

その言葉を最後に、ナツキはかろうじて繋いでいた意識の綱を、ぷっつりと途絶えさせた。







『バカな!たかが守護天使に我輩の精神支配が崩されるなど!有り得ぬ!』

男の腕から落ちた本が、宙に浮き上がり、大気を振動させて声を放った。

その声に、顔をうつむかせていた志保が顔を上げた。

「あんたには判らないでしょうね、守護天使と、その主の絆は、何よりも堅い」

『ふんっ、何を戯言を。奴も、天使も、いとも容易く我輩の支配に落ちていたわ』

「だが、その支配を解いたのも守護天使だ」

星が続ける。

「俺たちで成し遂げられなかった事を、ナツキは容易く成し遂げた・・・・・・貴様の負けだ、エビルバイブル」

「今すぐ消えるか、それとも燃やされるか、選ばせて上げるよ」

志保と星は、本を突き刺すような視線で睨みつける。

『フッ・・・・・ククククク・・・・ハッハッハッハ』

本が高らかに笑うと。

『嗤わせてくれる、燃やすだと?この我輩、魔の聖書を燃やすと言うのか』

星と志保は答えない。

無言の二人の周りに、異様なオーラが漂っているが、本はそれに全く気付かなかった。

『貴様等もなかなかやる様ではあるが、所詮少々特異な力を手にしたに過ぎぬのだ、本気になった我輩に、勝てる道理など無い!』

言うと、風もないのに本のページがパラパラとめくれて行く。

そして、20枚ほどまとまり、本から千切れてページが宙にくるくると回りだす。

『出でよ、アスモダイ!』

本が叫ぶと、千切れたページが光を放ち、ページ同士が輪を作り、その中から異形な者が姿を現した。

牛と、人と、羊のような三つの顔を持ち、大蛇の尾に、鳥のような足。

両の腕に、軍旗と、槍を持ち、ドラゴンにまたがり、その姿を現した。

破壊の魔神、アスモダイ。

凶悪にして、強大な力を持つ悪魔。

本は、その悪魔を呼び出した。

しかし、本は、間違いを犯していた。

それは・・・・・・・・・・




星は、右手の人差し指を立てた。

その指先に、小さな炎が灯る。

「小賢しい。焼き尽くせ、骨も残さず、塵も残さず、あらゆるものを焼き喰らえ」

星が言うと、指先に灯った小さい炎が、アスモダイのところへ行き、爆発した。

その爆発により、炎は、強大なまでに膨れ上がり、アスモダイの体を包み込んだ。

炎が燃える轟音に、アスモダイの断末魔の叫びはかき消される。

本は黙ってその光景を、呆然と眺めた。

『なぜだ、何故アスモダイが容易く焼き尽くされる!?奴は悪魔の中でも上位の悪魔のはずだぞ!なのに』

「理由は一つ」

『何……?』

「あんたは、触れちゃいけないことに、触れちゃったのよ」

志保が吐き捨てるように言った。




そう。

本が犯した間違い。





それは、志保と、星を、怒らせてしまったと言う事。





炎は、アスモダイの存在を、この世から消した。

「所詮コピーだとは思うが・・・・・・・ついでだ、貴様も燃えろ」

アスモダイを焼き尽くした直後、星は本を指差し、指先から炎を放った。

『グッ、覚えていろ、必ずや我輩は貴様等を殺す!』

本は負け惜しみの言葉を吐くと、空間をゆがめ、その場から立ち去った。

「逃げたか・・・・・・」

「そんなこといいから、ナツキがっ」

志保の声に、星が振り返る。

地に倒れ、赤き血に塗れた2人の人物。

ナツキはすでにその命の灯火を消しているであろうことを、遠くからでも見受けられた。

胸から血を流し、大地を赤く、赤く染めた。

そのナツキを胸に抱き、大粒の涙をこぼし、大声で泣き叫ぶ、彼女の主。

その二人の姿を確認すると、星はくるりときびすを返す。

「星っ、ナツキが!死んじゃうよっ!」

「そんなことは判っている」

冷静に答える星の言葉に、志保は怒りをあらわに怒鳴り返した。

「そんなっ、ナツキが死んじゃっても良いって言うのっ!?ナツキは、ナツキは主のためにその身を・・・・・・」

「落ち着け!」

星が大声を上げた。

志保は声に当てられ萎縮する。

「死なせるものか・・・・・・死なせてたまるものか・・・・・・・・・」

「なら、どうして・・・・・・・」

星の言葉を聞くが、志保は瞳に涙をあふれさせる。

「お前、本来の目的を忘れていないか・・・・・・?」

「・・・・・・・・あっ!」

星の言葉に、志保はなにかを閃く。

「わかったな、わかったら準備をしろ、時間が無い」

「うんっ、わかった、任せて、米っちっ!」

志保は、大きくうなずくと、涙を拭い、一目散にナツキの元に駆け寄った。

「米っちはやめろと言っているのに・・・・・・・」

苦笑しながら、星はエアーズロックの中央に向かって走り出した。




志保はナツキの元に駆け寄る。

もうすでに呼吸も止まり、血も止まっている。

ナツキの亡骸を抱えて泣く男に了承を得て、志保はナツキの体を地面に横たわらせた。

そして、ナツキの着ていた服の上の脱がせ、露出させる。

そして、傷痕に、優しく左手を添えた。

「準備できたよ!」

志保は、遠くに立つ星に向かって大声で言った。





「ここいらか・・・・・・な」

星がエアーズロックの上に立ち、コツコツとかかとで岩を叩く。

すると、突然地面から炎が噴出し、星の体を取り巻いた。

『私の名は朱雀、私を手にする者よ・・・・・・・・』

声が聞こえる・・・が 星はその声を一括する。

「時間が無い、そんな能書きはいい、再開の挨拶は後にしろ、今一度我が元に!」

『……尋常では有りませんね、我が主よ。わかりました。名を、今一度、私はあなたの力になりましょう』

声は不満そうに言うが、大人しく従う。

「我が名は舞朱雀」


舞朱雀 星


「我が元に来たれ、朱雀!」

星が叫ぶと、空から何かが落ちてくる。

風を切る音を後に引きながら、それは深々とエアーズロックに突き刺さった。

『さぁ、我を。急いでいるのでしょう』

声がせかすようにいうと、星がそれを引き抜く。

薙刀であった。

刃は長く、しかし柄はそれよりもはるかに長い。

刃は、あたかも鳥がその翼を広げたかのように、神々しくも、美しくもある。


朱雀 転生


星は、その薙刀を片手で大きく振り舞わせた。

「準備できたよ!」

志保の声を聞くと、星はその薙刀をエアーズロックに突き立てた。







ナツキは目をうっすらと開いた。

『ここは・・・・めいどの世界・・・?それとも天国?』

すでに一度死しているその身、めいどの世界に送還か、と思ったが、目の前に見慣れた顔があり、その目を見開いた。

「ご主人様・・・・・・?」

「ナツキ・・・よかった、生き返ったんだ」

目の前に有った顔、それは、ナツキ自身の主の顔であった。

ナツキが息を吹き返したのを確認すると、彼はナツキの体を一層愛しそうに抱き寄せた。

「私、私は・・・・何故・・・・・」

「ギリギリだった、後少し遅ければ、ダメだったろうな」

ナツキの言葉に答えるかのように星が言った。

「何を・・・・・・・?」

ナツキはさも不思議そうに、星と、その星に体を預ける志保の顔を交互に見た。

星と志保は、お互い顔を見合わせると、ゆっくりと語った――






――「準備できたよ!」

志保は、左手をナツキの露出した胸に、右手を星に向けた。

星は薙刀を地面に突き立てる。

すると、その刃から炎が放たれ、竹を割ったように志保の・・・いや、ナツキのほうへ走った。

炎は、突き出された志保の右手に絡みついた。

「くぅっ・・・・」

尋常でないその炎の熱に、志保は顔をゆがめ、苦痛の表情を浮かべる。

しかし、その手を動かさず、左手を沿えて、唱えた

「ほ、ホーリーフレア!」

右手に宿った炎が、左手に移行する。

すると、炎がナツキの体に移り、見る見るうちに傷をいやしていった。

胸にあいた大きな風穴も、暖かい炎に包まれ、うっすらと消えていく。

数分ほどそうしていただろうか。

額に汗をにじませても、志保は姿勢を崩さず、まるで石にでもなったかのように左手をナツキの胸に当てていた。

そして、ついに。

止まっていたナツキの心臓が鼓動を始めた。






ナツキの心臓が再び鼓動を始めたのを確認すると、志保はぷっつりと糸が切れたかのようにその場に座り込んだ。

そこに星が駆け寄って、志保を抱き起こす。

「大丈夫か?」

星が問うと、志保は荒い息を整え。

「平気」

と答えた。

ナツキの心臓は動き始めた。

が、しかし、まだ自発的に呼吸を始めるには至っていない。

ナツキの主は 星と志保に助けを求めた。

志保は、穏やかに微笑んで、言った。

「姫は、その命を犠牲に、愛しいものを守ったのよ」

志保の言葉に、彼は不思議そうに目を瞬かせる。

志保の言葉の続きを、星が言った。

「眠りに付いた姫の目を覚まさせるのは、の役目だ?」

星の言葉を聞いて、彼は顔を紅潮させた。

少しの間、彼はナツキの顔を見つめた。

『守護天使とはここまで主のためにするのか』と彼は思った。

己の、ただ1つの命をも、容易く投げ出した、ナツキ。

彼は、ナツキの口から流れる血を自らの服で拭った。

唇を重ね、口内に残った血を吸い出して、外に吐き捨てる。

そして、顎を上げ、気道を確保し、息を吹き込んだ。

『姫の眠りを覚まさせるのはか?』

彼は星の声を反芻した。

彼は、自分がその『何』に当たるとは思っていなかった。

ただ、自分の身を省みず、助けてくれたナツキを助けたいと言う気持ちだけであった。

何度か、息を吹き込むと、気道に入った血を一度吐き出すと、ナツキは穏やかに呼吸を始めた。

ほっとした表情を浮かべると、彼は膝にナツキの体を抱えた。

大切なものを、壊れ物を扱うように、そっと抱きしめた。

「ごめんよ・・・・・・・・・ナツキ・・・・・・」

そして、ナツキはうっすらと目を開いた――




――と、星と志保が語り終えると、ナツキは顔をトマトのように真っ赤にした。

『人工呼吸・・・・と言うと・・・・え・・・と・・・・あの・・・・・・』

ちらりとナツキが主の顔を見ると、主も顔を赤らめ視線をそらした。

「あ・・・・・・あう・・・・・・」

ぷしゅ〜、と顔から湯気を出しながらナツキが小さくなる。

それのナツキの様子に、彼女の主は苦笑し、そして。

「僕は、もう君が居なくちゃだめなようだね」

と、ナツキを、背中から腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。

「えっ?あの、あのっ、ご主人様?」

「これからも、ぼくと、ずっと一緒に居てくれるかい?」

彼が、優しく微笑み。

ナツキも、頬を赤らめながら微笑み、まぶたを閉じた。

そして、いかにも自然の流れかのように、二人の影が重なった。

重なり合う二つの影。

守護天使と、その主の愛。

口付けが終わり、ナツキも、その主も顔を紅潮させ、顔をうつむかせている。

「私たち無視でずいぶんラブラブじゃない」

「ご、ごめんなさい、あの、あの・・・・その・・・・コレは・・・あの」

しどろもどろになって言葉が出てこない。

ナツキが赤くなり照れている仕種を、志保は嬉しそうに微笑みながら見つめる。

ところが、そんな穏やかな空気を、星が打ち砕いた。

「ナツキ・・・・わかってはいると思うが、守護天使には・・・・・・」

「えぇ・・・・・・承知しております」

ナツキがそう答えると、星は複雑な表情を浮かべた。

「決めた者を、恨んでくれるな。あいつは、自分と同じ苦しみを、後の者に味わわせたく無いんだ」

「・・・はい・・・・・・・・・判ってます」

と、ナツキは答えるが心の中では、本当に納得しているわけではない様子だった。

「まぁ・・・納得しろって言うのが無理な話よね・・・・『愛しています』が禁句だなんて」

「えっ?」

志保の言葉に、ナツキの主が驚いた。

「守護天使はね、人間に、どんなに愛しい感情を持っていても、その気持ちを、愛と言う言葉を用いて使うことは許されないの」

「この子も、例外じゃない。もし用いてしまったら、今までの記憶を全て失い、再び前世の、動物の姿に逆戻りと言うわけだ」

ナツキが目をそらし、顔をうつむかせる。

うつむかせたナツキの顔から、ぽたりと水が一滴落ちると、地面にしみを作る。

「だから、ナツキの気持ちは、あんたが全て受け止めてやれ、言葉に表すことが出来ない分、あんたが」

ぽん、と肩を叩くと、星はその場を後にしようとする。

「・・・・・・ありがとう、ナツキが僕を助けてくれたように、僕はナツキを支えてみせる。絶対に」

星は足を止めると、振り向かずにクスリと笑った。

「約束だぞ・・・・・・?もし破ったら、その体灰にしてやるからな、ふふふ」

「だ、ダメですっ、ご主人様は私が守ります」

慌ててナツキが星と主の間を遮って立つ。

星がクックック、と笑った。

ナツキとナツキの主が、きょとんとしていると、志保が言った。

「じゃぁ、そろそろ私たちも帰らなきゃならないから・・・・二人仲良くね。わかったでしょ、ナツキのき・も・ち」

志保がウインクを投げると、二人ははっとしてお互いの顔を見合わせる。

そして赤くなる。

「あはははは、じゃぁね、星が待ってるから・・・・・・・・あなたたちに、炎の加護があらんことを・・・・・・」

志保は顔に満面の笑みを称え、手を振りながら星を追いかける。

ナツキとその主に手を振りながら、志保と星は、エアーズロックから去った。








ナツキと、その主に別れを告げると、志保と 星はエアーズロックを離れた。

星と志保は空港へ。

ナツキと、その主は、深く頭を下げ、感謝の念をあらわにした。

星と志保は、穏やかに微笑むと、手を振り、別れた。

思えば、長く、そして大変な一日であったと、星は思った。

思えば、辛く、そして凄惨な一日であったと、志保は思った。

そして、何より、本の事を思った。

「まさか、あの本が再び姿を現すとは・・・・・・」

「そうだね・・・・・・・」

「人間の欲望を吸収し、一冊の本に具現化した、エビルバイブル」

志保はこくりとうなずく。

「知らせなければ、仲間に・・・・・・」

「世界が・・・・・・危ない」










「ところで、鳳凰のヒントは?」

「あっ」

飛行機の中で志保に言われてようやく気付いた。

ナツキたちとの騒動で、鳳凰の情報を集める事をすっかり忘れていたのだ。

『鳳凰をお探しですか・・・・・?』

突如、頭の中に声が響く。

朱雀であった。

星の頭の中に、直接語りかけている。

『鳳凰なら、日本の、死なない山に行くといっていましたが・・・・・・』

「死なない山・・・・・・?」

星は思わず聞き返す、その洩れた言葉を聞いた志保がすかさず言った。

「死なない山?不死の山?富士山?」

それだ、と星は相槌を打った。

「なるほど、鳳凰は富士山なのか、ふむふむ」

志保は顎に手を当ててうなる。

「んじゃ〜早い段階に1人で行くね、心配は無いよ、任せといて♪」

「ん・・・・任せた」

星の言葉を最後に、2人は飛行機の中で目を閉じた。

飛行機が日本に着くまでまだ時間はある。

一番乗りを期待して、2人は眠りについた。



第5話『四聖獣 白虎降臨』に続く