ナナは、路地裏を走りまわっている、後ろに主人である悟郎がいない事に気付いていない。

五つ目の角を曲がるを通った時、前方部から複数の男の声がした。

不思議に思い、ナナは前に進むと、少し広い所へ出た。

そして、見ると、10人の男、中高生ぐらいの男達が、路地裏で駄弁っていた。

タバコを吹かしている者も居る。

ナナが、その様子をボーっと見ていると、相手の一人が、ナナに気付いた。






幻影の天使たち

第1話




子守唄



「あぁ? 誰だ?」

男がそう言うと、一斉に全員がナナの方を見る。

「お嬢ちゃん、なんかようかい?」

「俺達と遊ぶか?」

男達は、ニヤニヤと口元に下卑た笑みを浮かべ、ナナに声をかける。

ナナは男達に声を掛けられた途端、足が竦み、動けなくなった。

男の一人が、ナナに近寄ると、ナナの腕を、つかんで引っ張ろうとした。

しかし、その時ナナは、とっさに我にかえった。

「いやっ!」

と、ふいに、男の手を振り払った。

そして、元来た道を戻ろうと、くるりと振り返り駆け出そうとした。

が、しかし。

「ちょっとまてやクソガキ」

「こんな事をしてただで帰れると思うなよ」

と言って、男は、ナナの腕をつかんで、引っ張った。

「やっ、助けて」

「ご主人様〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

ナナはとっさに叫んだ、次の瞬間。



しゅっ・・・・・・びしっ



「グアァッ」

どさっ

ナナの手をつかんでいた男が倒れた。

『なっ?』

「え?」

とっさの事に、男達も、ナナも何が起こったのかわからなかった。

しかし、次の瞬間、何が起こったのか。ナナも、彼らも理解した。



しゅっ・・・・・・ゴンッ



風斬り音が聞こえた、次の瞬間、何かが男の額にあたり、男は昏倒した。

「ぐあァッ」

小石、親指くらいの大きさの小石が、不良グループの額に直撃したのだ。

不良グループの中の、2人の男が、一撃のうちに地に伏せる事となった。

「ご主人・・・・・・様?」

ナナはとっさに呟いた。しかし、違った。

ナナが、通った道に、1人の男が立っていたのだ。

「誰だてめぇはぁっ!!!」

不良達の中で、最も偉そうにしている男が叫んだ。

おそらくこの男がリーダーなのであろう。

しかし、男はそれを無視してつぶやく。

「はぁ・・・引っ越してきてそうそう、こんな所を見るはめになるとは。災難だ」

右手に持ってた拳ほどの大きさの石をお手玉しながら。

「無視すんじゃネェッ、人の話を聞けっ」

その言葉に、男はうんざりしたような顔で言葉を返す。

「五月蝿いよ?アンタ、こんな小さい女の子をいじめて、何が楽しいんだ?」

男は、侮蔑の眼差しを男に向けた。

「ウルセェッ、誰だてめえはっ、てめぇにゃぁカンケェねえだろが!」

「関係無いか?関係あるぞ、2人倒してしまったからな、ははは」

男がそう言うと、不良達は倒された仲間の顔を交互に見やる。

「それと、俺の名は忠治、身長186cm、今日引っ越してきた、これで良いか?」

忠治は、『誰だてめえは』に対する答えを兼ねてのんきに軽く自己紹介をしてみた。

しかし、それが不良には気に食わなかったようだ。

「ふっざけんじゃね〜ぞッ、不意打ちの卑怯もんがぁっ」

「調子に乗るな、女の子をいじめる野郎に卑怯者呼ばわりされる筋合いは無い」

忠治は肩を竦めて『やれやれ』という仕種をする。

「んだとコラぁっ」

男がキレた、今にも飛びかかってきそうな勢いになっている。

「キレたか、レベル低いな、この程度でキレるとは・・・・・」

「あ、あの・・・・」

傍らで男達のやりとりを見ていたナナが、怯えた様子で忠治に擦り寄る。

「あ、ごめんよ、ちょっと危険だから、君は逃げなさい、ほら」

忠治は、ナナの頭にぽんと手をおくと、軽く撫でる。

そして、背中を押しやって逃がせた。

ナナは何度も後ろを振り向きながらその場を後にした。

「さてと・・・・・ここらのゴミを、掃除しますか」

忠治は右手に力を入れながら、男達へ嘲笑を投げかける。

右手に握っていた石が、砕けた。




「はぁっはぁ、はぁはぁ・・・・ご主人様、どこ?」

ナナは、走りながらきょろきょろと視線を動かし悟郎を探していた。

その時。

「ナナ〜、どこだ〜?ナナ〜〜〜〜?」

悟郎の、ナナを呼ぶ声が聞こえた。

「ご主人様っ?」

ナナは、声のする方に向かって必死に走った。

そしてついに。

「ご主人様〜〜〜〜」

ナナは、悟郎に飛びついた、泣きじゃくっている

「ナナっ、良かった、見つかって・・・・・・・」

悟郎も、心底安堵した様子で、ナナを抱きしめている。

「ご主人様ぁ〜〜〜」

泣き声で、更に涙までこぼしているナナに、悟郎は驚いた。

「ナナ?どうして泣いているんだい?」

悟郎がナナに訊くと、ナナは嗚咽をこぼしながら喋り始めた。

「あのね、とっても怖かったんだよ、沢山の人がいてね、とっても、怖かったんだよ、手引っ張られそうになって、人間なんて・・・・・」

ナナの言葉を遮って、悟郎が喋った。

「え?じゃぁ、どうやって帰ってこれたんだい? ナナ」

「え・・・・それは、助けてくれた人が・・・・・・」

ナナの手が引っ張られた、しかしそれを助けられた・・・・と言う事は。

「ナナっ、今すぐそこに案内してくれっ」

悟郎はナナに強い口調で言った。

ナナは突然大声で言われビクッと肩すくませた。

「えっ?ご主人様?どうして・・・」

「早くっ!」

ナナは思わず戸惑うが、悟郎の有無を言わせない様子に、うなずくと前に立って、戻ってきた道を引き返した。

「こっちだよっ」

そして、ナナは悟郎と共に路地へと走っていく。

しかし、そこで起きている事は二人には予想もつかないことだった・・・・・・





忠治の右手から砕けた石の破片がパラパラとこぼれる。

パンパンと手についた石の粉末を払い飛ばしながら忠治が男達に言った。

「どうした?かかって来ないのか?俺は別に何人でかかってきても良いんだが?」

忠治はそう言うと、残された8人に対し、手招きしている。

「調子にのるんじゃねぇぞ、1人でおれ達8人を倒せるとでも思っているのか?」

確かに忠治の背は高く、体格も良い。

更に石を握力だけで砕くほどの力を持つ

かといえ、8人を相手に勝てるはずも無い、男達はそう考えた。

ところが。

「8人ねぇ・・・たった8人で勝てると思っているのか?おめでたいねぇ」

忠治は、溜め息混じりで呟く。

「あぁん?てめぇ、なんか言ったか?」

「聞こえたか?たった8人で俺に勝てるとでも思ってんのかって言ったまでだ」

明らかに聞こえるように喋っていた忠治の態度に、とうとう男達は本格的に烈火怒号の如く切れた。

――ブチブチブチブチッ

ティッシュよりも細い堪忍袋の緒が切れる音が聞こえたような気がした。

『ぶっ殺すっ!!!!!』

男達は口々にそう叫んでいる、なにやら呪文のように呟く男も居た。

そして、忠治に襲い掛かる。

「かかってこ〜い♪」

相手はキレているのに、まったく驚く様子も無く、平然としている。






悟郎は、案内をするナナの手をしっかりと握り、その跡を追っていた。

「はぁ、はぁ、ナナ、まだ着かないのかい?」

「この辺だったと思うんだけど・・・・・・・・・」

「速く、急がないと、多勢に無勢だ、その人がやられてしまう・・・・・・何とかしないと・・・・・・」

駆けつけたとしても、何をすれば良いのか悟郎は考えていなかった。

ただ、ナナを助けた人が、たくさんの不良と対峙している事を考えると、助けなければいけない、と言う考えが頭の中から消えることは無かった。

「あっ、ここっ」

そう言って、ナナは、1つの路地を指差す。

「ここか、じゃぁ、ナナはここで待っているんだよ、」

悟郎はナナの頭を優しく撫でるとそう言った。

「えっ・・・・どうして・・・・・?」

ナナは怪訝そうに悟郎の顔を覗き込む。

「危険かもしれないからだよ」

悟郎の頭の中には、不良達とやり合うかもしれない、その事を考えると、ナナの身が危険にさらされるかもしれない、

そのため、悟郎はナナに、ここに居て、と言った。

しかし、ナナは、

「やだっ、ナナも行く〜」

と、ナナは頑なに譲らなかった、先程怖い目にあったのだ、別れたくないのも無理は無いだろう。

「ナナ、危ないんだ・・・・・・いや、わかった。でも、僕のそばから離れちゃだめだ、しっかり手を繋いでるんだよ」

悟郎は、危険だと言うことをナナに説明しようとした、がその考えは即座に消された。

ひょっとしたら、ここに残して居たらほかに仲間が居て、また危険に晒されるかもしれない。

そう思うと、悟郎はナナの手をしっかり握った。

「うんっ、わかった、ご主人様、絶対離さないでね。」

「あぁ、絶対離さないよ」

そして、二人は、路地裏を進んで行く・・・・・・・・・






そして、路地裏を抜けた。

しかし、そこで見た光景は・・・・・・・






そこで立っている者はただ一人、忠治だけであった、

しかし、不良達には、特に目立つような外傷も無い、それにもかかわらず、一人残らず昏倒していた。

その光景に、二人は目を丸くしている。そして、忠治が二人に気が付いた。

「ん・・・・・・?誰だ?」

忠治は悟郎を見て言う、が、傍らに居るナナを見ると。

「さっきの・・・・・君がこの子の 保護者 ・・・ か?・・・危ないぞ、こんな小さい子を1人で歩かせたら」

ナナと悟郎を交互に見ながらそんなことを言う。

それを聞いて、ナナは否定をしようとする。

「ちがうよっ、ナナがご主人さ・・・・・」

悟郎は、ナナが「ご主人様」と言おうとしたのをいち早く察知すると、ナナの口を両手で押さえ、冷や汗を浮かべながら質問をした。

「こ、これは・・・・君がやったのかい?」

「あぁ」

悟郎の質問に対し、あっさりと忠治はその事を認めた。

「まさか・・・一人で十人も・・・・・・・?」

悟郎は忠治があっさり認めたことに驚愕していた。

しかし、忠治は少し訂正する。

「いや、そのうち二人は不意打ちで、だから実質は八人」

と言って、忠治は両手を広げ、そのうち両親指を曲げ、8を示した。

「それにしたって8人は・・・・・・・・」

「なんて事はないさ。手刀で、相手の首筋ををトンッ、って叩いただけだから」

そう言って、忠治は、手刀で首筋を叩くような仕種をする。

「ところで、手、離したほうが良いよ?」

そう言って忠治は、悟郎の手を指さした。

その指の先には、口を抑えられたナナがもがいている。

「離さないと、死ぬぞ?」

忠治は呆れ顔でそう言った。

悟郎は慌てて手を離した。

口を押さえられて、息が出来なかったナナは、苦しそうにゼェゼェと息をしている。

そして、しばらくして、息が整った時。

「ご主人様ぁ〜、ひどいよぉ〜、苦しかったよぉ〜」

ナナは目に涙がにじみ出る。

「ご、ごめんよ、ナナ、飴玉買ってあげるから、許して」

「うん・・・・・」

ナナは泣き止んだが、まだ少し涙目になっている。

「ご主人様?」

忠治は、二人の会話の中に入っていた、ある単語が気になった。

そして、とりあえず聞いてみる。

「あんたら、一体どういう関係だ?ご主人様ってどういう事だ?まさか・・・・怪しい関係じゃ・・・・・・・・」

忠治は、ジト目で二人を見ている。

「ち、違うんだ、これは、その・・・・・」

悟郎は冷や汗を流しながら撤回しようとした時、タイミング良く、

「ナナはっ、ご主人様のペットだよっ」

ナナが嬉々としてそんなこと言う。

悟郎が今、最も言って欲しく無かったセリフを言ってしまった。

「ペット・・・・・・?やっぱり怪しい関係か?」

そう言って忠治は1歩後ずさりした。

悟郎が撤回しようとしたのに、意味無かった、ナナ恐るべし。

悟郎は、何とかこの誤解を解消しようと、ついに本当の事を話した。

「実は・・・・・・・・・・・・・・・・・」






悟郎は全てを説明した。

昔飼っていたペットだと言う事。

人間となって帰って来た事。

全部で12人いる事。

その事を、誰にも言わないでほしいと言う事。




忠治は、黙ってその言葉を聞いた、そして呟く。

「守護天使・・・・って事は・・・・・・やはり・・・バレた場合大事だな・・・わかった、この事は俺の胸の中だけに仕舞っておくよ」

そして、思い出したかのように言う。

「そういえば自己紹介がまだだったな。忠治だ。後中、忠治、よろしく」

「僕は睦、睦、悟郎。ありがとう、助かったよ。ほら、ナナもお礼言って、助けてもらった事も」

「あ、あの・・・ありがとうございます」

忠治はぺこりと頭を垂れるナナの仕種に思わず笑みを浮かべる。

「ナナ・・・ね。いや、良い、こっちとしても引っ越してきて早々あんな物見せられて、少し腹が立ったから」

と言って忠治は苦笑する。

「引越し?どこに・・・・・」

「あ、そうだ」

忠治は、悟郎の言葉を遮ると。

「ねぇ、マジック持ってない?マジックペン」

突如言われた言葉に悟郎は戸惑う。

「マジック?そんな物、何に・・・・・」

「良いから、持ってない?」

「ご免、あいにく今は持ってないんだ」

その言葉を聞いて、忠治は残念そうにポケットの中に手を入れた。

そして、おもむろに何かを取り出した。

「仕方ない・・・・・・・・・、自分の使うか」

と言うと、忠治は自分のポケットから油性マジックを取り出した。

ナナは不思議そうに忠治の顔を見ながら。

「なんで持ってるのに聞くの?」

と尋ねた、その問いに忠治はあっさりと、

「気分的にだ」

と答えると、忠治はマジックの蓋を取り

――キュポン、きゅっきゅっきゅっ

そこらに転がっている男達の顔に落書きを始めた。

「あ、ナナもやる〜〜〜〜〜」

ナナがそう言うと、忠治はまたポケットに手を入れると、マジックを取り出した。

そして、ナナに渡した。

「あ、こら、ナナ、そんな事しちゃ・・・・・・」

悟郎の制止もむなしく、次々に顔に落書きをされて行く不良たち。

少々哀れな気もする・・・・・・が、そもそも彼ら自体自業自得なので悟郎もそれ以上止めようとはしなかった。

そして、落書きが終わった時。

不良達の顔には、とても口で言えないような事が書かれていた。

「さてと・・・・・・・」

忠治は、マジックをしまいながら喋り出した。

「こいつ等はほっておくとして、あんたらはどうすんだ?帰るのか?」

「あ、あぁ、買い物も済ましたし、後は帰るだけなんだけど・・・・・」

悟郎がそう言うと、ナナが甘えるような声で。

「もっとお散歩するっ」

と言った、悟郎は顔をしかめた。

「ナナぁ〜〜〜もう帰ろう?こんな危ない目にあったんだし・・・・・」

「うぅ〜〜〜〜〜お散歩したいよぉ」

あのような事に遭ったにもかかわらず、ナナはもっと散歩を続けたいらしい。

悟郎は困っていた、他にここいらに同じような不良がいたらどうしよう・・・・と。

と、その時、忠治が口を開いた。

「平気だとおもうよ、ここら辺にそれらしい奴らは見えなかったから」

それを聞いてナナは嬉々として悟郎に抱きつく。

「ねっ、ご主人様っ、大丈夫だって、お散歩しようよぉ〜」

悟郎は嘆息すると。

「仕方ないなぁ〜、じゃあ、あと少しだけだよ?」

「うんっ♪」

悟郎の言葉にナナは満面の笑みで答えた。

「さて、俺はそろそろ帰るよ」

「え?一緒に散歩しながら帰らないかい?」

「お散歩しようよ〜」

悟郎とナナが口々に誘う、しかし。

「いや、引越しの片付けまだ残ってるし、早めに片付けておきたいから」

と言うと、忠治は帰り道を歩き出した。

「そう、じゃぁ、またね」

「ばいば〜い」

悟郎とナナは別れの言葉を忠治に投げかける。

「おぅ、またな」

そう言って忠治は背後に居る二人に手をひらひらと振る。

さらに忠治は何故か夕日を背負い、帰って行った。




第2話『翳りゆく部屋』に続く