古今東西の書物を渉猟、咀嚼,血肉化した上で事物に対する認識を独自の言葉で表現する。吉田健一はその才を有した数少ない文士の一人に違いありません。
夕方っていふのは寂しいんぢゃなくて豊かなものなんですね。それが来るまでの一日の光が夕方の光に篭ってゐて朝も昼もあった後の夕方なんだ。我々が年取るのが豊かな思ひをすることなのとおなじなんですよ。もう若い時のもやもやも中年のごたごたもなくてそこから得るものは併し皆ある。それでしまひにその光が消えても文句言ふことないぢゃないですか。吉田健一「航海」