チェーホフの作品集を読んでいましたら、戯曲「ワーニア叔父さん」の中でこの科白がありました。たしか、目下居候の身にある不遇な没落地主を慰める場面だったと思います。その居候たる人間が近頃は神様を凌ぐかの勢いですが、もとよりそれは現象面だけのことで、真実は仏様の手のひらで踊っているに過ぎないものですが。