マサラ日記     previous«  »next

8月10日(木)           

 少し前の日刊ゲンダイという夕刊紙に「今年の夏は南インド料理が流行」みたいな記事が出ていたらしい。

 南インド料理が取り上げられるのはいいが、残念ながら、ここに書かれている内容はインド料理の真実をうまく伝えてはいない。

 たとえば以下の点が変だ。
・カレー+ナンは一般的に北インドで食べられているスタイル→一般的になど食べられていない。
・北部では濃い肉汁で味付けされたものが多く→そんなことはない。だいたい「肉のダシ」など使わない。
・油は植物性のココナツ油を用います→それはケララの話。タミルなどではゴマ油やサラダ油。
・チリコショウ→そんな名称のスパイスは存在しない。
・チャツネ(果物やハーブで作られたジャムのようなもの)→それでは「マンゴー・チャツネ」的なものをイメージさせる。南インドのチャツネ=チャトニはスパイシーであり、マンゴー・チャツネ系ではない。

 ほかにもおかしな表現はあるが割愛。

 記者や編集者はもっと勉強すべきだろうし、もっとも危ないのは「インド人はインド料理について常に正しいを語っている」という妄信である。

 一般にインドの人々がインド料理について真実を語るのは「自分のいる地域とその周辺、あるいは自分の属するコミュニティ」というケースが多い。
 これはプロの料理人にも当てはまり、たとえば北インドの料理人が南のカレーの写真を見て「ワタナベ、これは何というカレーだ」と聞いてきたことも一度や二度ではない。

 もちろん本場ならではの素晴らしく語りや興味深いエピソードもたくさん聞けるのでインドの方からお話を伺うのは意味の大きいことだが、インドの方々のいっていることのすべてが正しいことは限らない(もちろん、インドの方が意識的にウソを述べているという意味ではないので、間違えないようにしていただきたい)。

 日本人の大多数が日本の食について正しい見識を持っているとは限らないし、日本の料理人が日本の食文化を正しく語れるわけではない。それと同じである。
 
 しかもこうしたケースにおいて、話を聞く側はもっとよくわかっていないことがほとんど。
 間違いが起きても仕方ないケースではあるが、食は文化である以上、軽々しく話を鵜呑みにしてはいけない部分があるのは当たり前だろう。
 
 そう、食は文化だ。ときに生真面目さを持って臨むべき世界なのである。

★日記を書いているときのBGM:ロック文化史上に残る至高の名盤、MC5『KICK OUT THE JAM』(1969年)。昔1曲目RAMBLIN' ROSEはバンドでカバーしてステージで演奏していた。ラウドでプログレッシブでリリカル、とにかく素晴らしいアルバムだ。