11月3日(木)
文化の日で世間は休日だが、こちらは地味に仕事。
仕事を終えて、夜、西荻窪の商店街を歩いていたら、街路灯にクリスマスのイルミネーション、それもメチャクチャ地味なヤツが控えめにディスプレイされていることに気づいた。とうとう西荻も(西荻ですら、という感じでもあるが)クリスマス・モードに入ったか。
知り合いでケーキ屋にいたことのある人の話だと、やはり11月以降は例年メチャ忙しいらしい。せっせとクリスマスケーキをつくっては冷凍するのだという。そういうものを食べさせられているのかと思うと、ちょっと興ざめだ。
インドでクリスマスというとゴアが有名だが、あいにくクリスマスにゴアにいたという経験がない。
たしか、クリスマスから数日後というのはあった。それでも、クリスマスの盛り上がりの残り香がそこかしこに感じられて、どこかウキウキした覚えがある。
南インドだと、クリスマスより、そして新年のお祝いより、1月14日ごろのポンガル(収穫祭、豊穣の祈年祭)が大盛り上がりである。北インドでも、キリスト教徒以外はクリスマスなど、たいしたものには思っていない。キリスト教徒でもないのにクリスマスで浮かれる人々だらけの日本は、軽薄な国といわれても仕方がないだろう。
たとえば、クリスマスにわざわざケンタッキーフライドチキンに列をつくっているのには、かなりの違和感を感じる。「クリスマスにケンタッキーだぁ? ハァー?」と魔邪のような口調になりそうだ。
ちょっと前に、仕事の都合から「恵方巻き」について調べていたら、ウィキペディアにこんなことが出ていた。ネットに出ていることを何でも鵜呑みにしないことにしているが、気になる内容である。
クリスマス、バレンタイン、土用の丑の日、節分の恵方巻き。いずれも、メディアや流通業界、食品業界などによる演出に乗っかってしまっている感じだ(とくにバブル期のクリスマスの狂騒ぶりって、ありゃいったい何だったんだというくらいに妙なノリだった)。
ロハスだ、マクロだ、オーガニックだなどと叫ぶのもいいが、日本の伝統的な歳時記をベースにした生活のあり方を見直すっていうのも、カッコいいのではないだろうか。
(日記を書いているときのBGM:ZZTOPのベスト盤。ツボをこころえた音楽というものの良質な見本のひとつである)