Prayer【3】
幸せだった頃。
――『幸せ』という意味も知らないほど幸せだったあの頃。
昴流は夢の中にいた。
嵐と空汰が朝食の準備をしている時、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
「おはよう」
「おはようございま〜す♪」
神威と護刃が起きてきていつものように朝の挨拶をすると空汰が人差し指を口にあてながら近寄ってきて、
「し〜!!ちょいと静かにし〜や♪」
と言いながらソファーの方を見るように2人を促す。
見ればそこには昴流が瞳を閉じて眠っている姿があった。
「あ!」と言いながら護刃は慌てて両手で口を抑える。
「・・・昴流・・・まだ寝てるのか?」
「そうみたいやなぁ〜。昨日遅くまで起きてて何や、やってたみたいやしな」
ソファーの前のテーブルには数枚の紙が置いてあった。
「お仕事でらしたんでしょうか?」
嵐の言葉におそらくそうだったんだろうなと皆同意する。
「無理に泊めてしもうて悪いことしてもうたなぁ〜」
空汰は少し苦笑しながら言った。
いつの間にか護刃が寝ている昴流に近づいて顔を覗き込んでいた。
くるっと神威達に向き直って、
「昴流さんて寝ている時も綺麗ですねぇ〜vv」
と、少し声のボリュームを下げて話す。
どんな話をしていても、優しく微笑んでくれても、いつも何処か寂しそうで切なさを感じるその瞳が閉じているからだろうか、
それとも何かいい夢でも見ているのだろうか。
昴流はとても穏やかに眠っているように思える表情をしていた。
「昴流さんが大口開けていびきこうて寝とったらそりゃおもろいんやけどなぁ〜♪」
「・・・・・」
空汰は今の発言で全国の昴流ファンを敵にまわした。
そんないつものような会話をしながら朝食の準備をする中、昴流の表情が先ほどの穏やかに見えた表情(かお)から徐々に強張っていっったことに気づく者はいなかった。
『――待って!!』
手を伸ばし、目の前にいる人物を掴もうとするがその手が届くことはない。
それでもなおも手を伸ばしつづける。掴むもののない手は悲しく宙を舞う。
『待って!!!』
追いかけたくても『何か』に体中が捕らわれていて動くことが出来ない。
届くことの無い手だけが必死に伸ばされている。
『北都ちゃん!!!!!』
その叫び声が届くことは無い。
それはいつも見る夢。
始めは楽しそうに笑い合ってる姿。
その3人で過ごしていた映像がガラスのように崩れ去り、辺り一面が闇に包まれる。
そこにいるのは泣き顔を浮かべている姉の姿と目は開いていてもその瞳には何も映していない壊れた自分。
一枚の桜の花弁が舞う。
続けてまた一枚、一枚と舞っていく。
満開咲き乱れてるの桜の木の下で向かい合う2人。
そこには楽しそうに笑い合っていたあの2人の面影は無かった。
右目が見えていない男の左手が素早く動き、その手が式服を着ている少女の胸を貫く。
『す・・・ば・・・る・・・』
「北都ちゃん!!!!!!」
その声が部屋中に響き渡った。
驚いて皆が動きを止め、声がする方に注目する。
そこには叫ぶのと同時に勢い良く体を起こした昴流がいた。
昴流は2、3度深く呼吸して少し荒くなった息を整えた。
「――――!!!」
そして先ほどまで見ていた夢を――正確に言えば昴流の記憶を思い出し、両方の拳に力が入る。
その表情は後ろからだったので良く見えなかった。
皆が言葉を無くし昴流を凝視していると、その視線に気づく。
「・・・急に大きな声出してすいません」
先ほどまでの彼とは違い、いつもの優しそうな表情を浮かべて、皆に謝る。
いつものように振舞ってはいるが、つらい、それも常人ではない夢を見ていたのは明らかだった。
詳しい事情は知らないが、皇家13代目当主が桜塚護と何かあったという話。
以前にたった一人の姉が亡くなっている話。
トップシークレットな話なのだが、蛇の道は蛇。皆少なからず知っていた。
神威は自分が心を閉ざし、それを現実に呼び戻してくれた時に昴流から直接その思い出を『見せて』もらっていた。
――恐らく『北都』と言うのが昴流のお姉さんなんだろうな・・・。
「なんやぁ〜。昴流さんでもそな大声出せたんやなぁ〜♪」
空汰がいつものおちゃらけ風に話し、いつの間にか近寄って来て昴流の背中をボン!っと叩く。
「いつも声が小さくてすいません」
「せや♪折角昴流さんええ声してんやからもっとしゃべりましょう♪」
昴流は「頑張ってみます」と言って少し苦笑した。
空汰の言葉はその場の雰囲気を察しての彼の配慮だった。
昴流も空汰のそれに気付いて話を合わせ場の雰囲気を変えた。
「朝食の準備が出来ます」
嵐が微笑みながら昴流に声をかける。
その後は何事も無かったかのように朝食の時間になった。
「では僕はそろそろ」
朝食が終わった直後昴流はそう言いながら立ち上がった。
「え!?でも…」
そう言いかけて護刃は言葉を詰まらせた。
大学(CLAMP学園)へ行く時間にしてはかなり少々早かった。
しかし、昴流が深夜何かの資料を見ていたのであろうことを思い出したのだ。
「すんまへんなぁ。仕事あったちゅうのに呼んでしもうて」
「いえ、夕飯美味しかったです。」
そんな会話をしながら空汰達が昴流を玄関まで見送る。
その時鞄を持った神威が「俺も行く」と言って昴流の後に続き、「送って行く」と昴流に声をかけ、2人は出ていった。
――『北都ちゃん!!!!!!』
家から数分たったとこで神威は朝の出来事を思い出していた。
隣で歩いている昴流の顔を覗き見る。その表情はいつもと変わらない。
よく見るのだろうか。あの時の夢を…。
――『大切だった人に大切だった人を殺された』時の夢を。
自分がよく あの時の夢を見るように…。
「どうしかした?」
神威の視線に気付く昴流。心配そうな表情(かお)をしながら神威に問う。
彼は自分自身どんなに平気じゃなくとも他人を心配する。
「…よく…見るのか?」
「え?」
ふと、言ってしまった疑問。本当は聞くつもりなどなかった。
人に簡単に言えるような内容ではない。この話を最初に聞いた時、昴流の表情は辛そうで、寂しそうで。
「あ!?いや、なんでもない!!!」
慌ててさっき言ったことを否定しようとする神威。
しかし、他人の心が自然とわかってしまう昴流。さっきのセリフから神威が何を聞いたのか気づいた。
「…たまにね。そんなに見るわけじゃないよ」
昴流はいつもと変わらない表情(かお)をしていたが、その眼は何処か遠くを見ていた。
その言葉を聞いてやはり聞いてはいけなかったと下を向く神威。ごめん。と呟く。
「…楽しかったんだ…あの頃は…」
少しの沈黙の後、口を開いたのは昴流だった。
「毎日が楽しかったんだ」
昴流はつぶやくように話す。
「………」
「今日あの夢を見たのは…楽しかったからだと思う」
神威はその言葉を聞いて、え?という顔を昴流に向ける。
「昨日、楽しかったんだ。大勢で食べるのは久しぶりだったから」
そう言って優しそうに微笑みながら神威を見る。
それでやっと言葉の意味を理解した神威。
仕事もあったのに迷惑ではなかったのかと思っていたし、あまり笑わない昴流は楽しんでくれたのかわからなかった神威にはでその言葉をは嬉しいものだった。
「また『誘って下さい』って伝えてくれくれるかい?」
「うん!」
神威は嬉しそうに笑った。
その後駅に着いて別れた。
別れた直後。ふと、昴流は神威が去っていった方に目をやる。
さっき神威に言ったことは嘘ではない。確かに大勢で騒ぎながら食べるのは久しぶりだった。
あの夢は『たまに』と言う以上に見るが…。
あの夢を見るのは別に構わない。むしろ自分が今も2人のことを想ってる証拠である。
もしからしたら自分が意図的に見ているようにも思う。
どんなに『現在(いま)』が楽しくても、『過去(むかし)』を忘れたりしないように――。
――この傷が決して治ることがないように。
昴流はよく晴れた空を見上げた。
その空よりもっと高いところにいる姉と、その姉の胸を貫いたあの人を想いながら祈る。
――願わくは、この傷が癒えること無きよう――
――この命が果てるまで――
Prayer 〜完〜
やっと完結♪遅れてスイマセン。
3話目長!?いかに私が考えてやってないかを物語っておりますね(笑)
結局何がしたかったって言うと。
昴流が神威達の家であの夢見て、皆の反応が書きたかったって話です(笑)
シリアスって書きやすいなぁ〜♪
因みに『Prayer』とは『祈り』という意味です。言わなくてもわかってるかもですが…。私は英語力ゼロなので言われなきゃわからん。
今回ほっとんどギャグ無くてつまらん!!!って方!!
こちらのオマケでお楽しみください(笑)←そんな面白くないですけどね。
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