風の歌に想いを乗せて・・・
あれから数ヶ月が経ち、冬が終わり春が過ぎ、季節は夏を迎えようとしていた。
凛ちゃんは相変わらず[凛ちゃん]と呼ばれるのを嫌がり、あの交差点は走り抜けているけれど。
それでもその顔には少しずつ笑顔が戻ってきていた。
最近は以前のように神社の境内の掃除もするようになった。
今日も凛ちゃんは竹箒で境内の掃き掃除をしている。
私は境内の隅にある大きな木の根元でその姿をぼんやりと眺めていた。
・・・昔はよく2人で一緒に境内の掃除をしていた。
たまには凛ちゃんの好きなイカ焼きと交換条件で全部任せてしまう事もあったけれど、
結局は私が半分以上手伝っていたっけ。
そして掃除に疲れたら二人して昼寝をしたんだ。境内の隅にある大木の下で。
そか、今立っているちょうどこの場所がそうなんだ。
ここは午後になると枝の隙間から穏やかな木漏れ日が差し込んで、
境内を吹き向ける爽やかな風がとても気持ちよくて。
私たち2人の、特に凛ちゃんのお気に入りの場所だった。
掃除の途中にふと気づくと凛ちゃんがいなくなっていて、探してみたらここで寝ていた、なんて事もよくあった。
『凛ちゃん・・・・・・』
何となく寂しくなって呼んでみる。もう届く事はない声で。
『もう、手伝ってあげられなくなちゃったね。でも、一人でも平気だよね・・・』
いつも2人でいた場所で、いつも一緒にしていた事を一人でやりながら、
凛ちゃんはなにを思っているのだろうか・・・。
と、気づけば凛ちゃんがこっちを見つめたまま動きを止めていた。
『凛ちゃん?まさか・・・』
見えている、のだろうか。でもそんな事はありえないと思う。今までだって誰も・・・
いや、そういえばさつきには見えていたんだっけ、確認していないから分からないけれど。
それにさつきの場合はあの子自身、もう・・・凛ちゃんはそんな事はないはずだし。
けれど凛ちゃんはそんな私の疑問に答えるように微笑んだ。
「結衣ちゃん・・・」
その笑顔はさつきや、他の友達と話したりしている時に見せる笑顔と同じものだった。
『え、凛ちゃん、私が見えてるの?』
今度はそれには答えず、ゆっくりとした足取りでこっちに向かって来た。
『良かった、本当に見えてるんだね?凛ちゃん、あのね、私・・・』
嬉しくなって凛ちゃんに駆け寄る。
今までずっと側にいたのに気づいてもらえなかった。どんなに呼んでも決して声は届かなかった。
それが、いまやっと届くんだ、それがとても嬉しかった。
話したい事が沢山あった。あの日の事や、それからの事を。
だけど・・・
「結衣ちゃん・・・」
『ん?なあに、凛・・・ちゃん・・?』
凛ちゃんは私の横をすり抜け、振り返ることなく歩いていった。その目はずっと前を見たまま。
そして、大木の所まで進むと、木の根元に寄りかかって、座り込んでしまった。
『凛ちゃん、どうしたの?ねぇ、凛ちゃん・・・』
慌ててそこまで戻ると、
「すぅ・・・すぅ・・・」
寝ていた。とても幸せそうな寝顔で。そう、まるで2人で一緒に昼寝をしていた頃のように。
『寝ちゃったか・・・でも、何でこっちを見て・・・』
そこまで考えて、ふと気づく。
私やさつきに向けた笑顔。あの頃と同じ、笑顔。
それは本当は私たちに向けられたものではなかったのかも知れない。
それは過去の2人に、まだ一緒にいられた私と凛ちゃんに向けられたものだったんだ。
最近やっと笑ってくれるようになったけれど、それは私といた頃の事を思い出して、それでやっと笑えていたんだ。
凛ちゃんは、まだ前に進めていなかったんだ。
『凛ちゃん、ごめんね・・・ごめんねぇ・・・』
悲しくなった。やっぱり、こんな事になってしまったのは私のせいなんだ。
私がもっとしっかりしていれば、あの時、もっと気をつけていれば・・・あんな事故にあわなければ・・・
そうすれば凛ちゃんがこんなに苦しむこともなかったのに・・・そう思うと涙があふれてきた。
それは今更考えてもどうしようもない事だけれど、それでも私は泣き続けた。
どうすれば凛ちゃんを助けてあげられるのか、
『わたしじゃ、もう・・・どうにもできないの?・・・誰か・・・』
それは私にはもうどうにも出来ない事、私じゃない誰かが、凛ちゃんの支えになってくれたら・・・
幸せそうな表情を浮かべて眠る凛ちゃんの前で、私はただ泣き続けていた。
いつも凛ちゃんのそばにいるのに、なにも出来ない自分が、無力な自分が悔しくて・・・
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