風の歌に想いを乗せて・・・

ずっと昔、まだ幼い頃から私は、風の中に声を、唄を聞いていた。

それは他の人には聞こえない、私だけに聞こえる不思議な、風の唄。

その悲しげな旋律の中に、自分の未来を感じていた。

唐突に訪れる、大切な人との別れ。それは自分が大切な人の前からいなくなるという事・・・

最初はそんなもの気にもとめていなかった。そんな事がある訳が無い、単なる気のせいだ、と。

だけど私も成長していき、色々な事を学んでいくにつれて、それがどうしようもない事実だと思うようになった。

自分の意志とは関係なく、私はある日突然、大切な人の前から、―――凛ちゃんの前からいなくなってしまうのだ、と。

気づいて私は怖くなった。そして当たり前だけど、とても悲しくなった。

どうして今からそんな事を知っていなければならないのか。

どうして私が、凛ちゃんを残していかなければならないのか。

けれどいくら思い悩んでも、どうする事も出来ず、ただ吹く風の中にその唄を聞いて怯えているだけだった。

・・・私はその事を誰にも話さなかった。

話してもどうしようもない事だし、相手を困らせるだけだと思った。

なにより、それを話すことによって相手にも悲しみを背負わせる事になってしまうから。

そうしている内に、次第にその感覚に慣れていった。

いつか終わってしまうのなら、終わりがすでに見える所にあるのなら、

それまでを精一杯生き抜くしかないじゃないか。

いつ終わりの時が来てもいいように、後悔しないように、全ての日々を、精一杯。

・・・そう考えるようになっていった。それは、単なる強がりだったのかも知れないけど。

そして凛ちゃん。凛ちゃんは少し私に頼りすぎている気がする。

だから凛ちゃんにはもう少し強くなって欲しい。私が、いなくなっても平気なように。

それは、今までも思っていた事だし、実際そうなるように努力していたと思う。

その所為で凛ちゃんと喧嘩になる事もあったけど、それが2人のためだから。




私は今、少し後悔している。悲しむ皆を見ながら。

ちゃんと話しておくべきだったんじゃないか、そうすればこんなに悲しませずに済んだのかもしれない。

それは今更考えても仕方の無い事だ。もう私には皆に声をかけることも出来ないのだし。

だけど、凛ちゃんにだけは話しておくべきだったのかもしれない。

凛ちゃんはあの時からずっと泣きつづけていた。私の名前を呼びながら。

そして今は・・・今は、もう泣きやんでいた。

式が終わる頃には、りんちゃんの涙は止まっていた。

少し落ち着いたのかとも思ったけど、違うみたい。

ずっと、誰とも目を合わせずに俯いていた。

まるで、何かをひたすら拒んでいるように・・・。

「凛・・・ねぇ、大丈夫?」

「・・・・・・」

さつきが話し掛ける。それでも凛ちゃんは答えようとしない。

ただ下を向き、黙ったままだった。

そんな凛ちゃんにさつきは悔しいような、悲しいような表情を浮かべたけれど、そのまま帰っていってしまった。

私も、そっと凛ちゃんのそばを離れる。

これ以上、つらそうな凛ちゃんを見ていたくなかった。

・・・そして、その日から凛ちゃんは部屋に閉じこもって出てこなくなってしまった。




『凛ちゃん、みんな心配してるよ、早く外に出ようよ』

届くはずも無いけれど、そう呼びかけずにはいられなかった。

葬式が終わってから何週間たったろうか、凛ちゃんはずっと部屋にこもっている。

その間、さつきや葉子さんが何度も凛ちゃんの部屋を訪ねてきた。凛ちゃんを心配して。

特にさつきは今日まで毎日やってきて部屋の扉越しに凛ちゃんに話し掛けている。

時には激しい口調で叱りつけているような時もあった。

それだけ凛ちゃんの事を思ってくれているのだろう。

私はそれが少し嬉しかった、これなら凛ちゃんは私がいなくても大丈夫だろう。

そして同時に少し悔しくもあった。・・・今の自分は凛ちゃんに何もしてあげられない。

いくら声をかけたところで、決して届く事はないから。

・・・・・・コンコン。

誰かがドアを叩く音。さつきが来てくれたのだろうか。

「凛、おはよう。私・・・さつきだよ」

やっぱりそうだった。学園に行く前に来てくれたらしい。

「今日は葉子さんがイカ焼きを作ってくれたよ。一緒に食べよう」

まだ凛ちゃんが外に出る様子はなかった。私はそんなさつきの声を聞きながらそっと部屋から出た。

なるべくさつきや葉子さんがきた時は話が聞こえてこない所まで離れているようにしている。

私はもうここにはいないはずの人間だから。

それなのにここにいて二人の話を聞くのはフェアじゃない気がするから。

さつきや葉子さんが帰るまで、少し離れた場所で待っているのだった。

しばらくして、さつきの話が終わったようだ。こちらに向かって歩いてくる。

表情を見る限りでは、今日も凛ちゃんは外に出てくる気は無いという事だろう。

・・・さつきは、だいぶ疲れているみたいだった。

毎日ここに来て凛ちゃんに話し掛けているのに、少しも答えてくれないから・・・辛いのかも知れない。

私はすれ違いざま、さつきに声を掛ける。さつきが来てくれるたびに、毎日そうしている。

届く事はないけれど、凛ちゃんの事を思って来てくれているのだから。

『さつき、今日もわざわざありがとう。凛ちゃんをよろしくね。でも、あんまり無理しちゃダメだよ』

いつもなら、さつきは何事もなかったようにそのまま通り過ぎる、はずだった。

けれど今日は違った。

さつきは一度立ち止まると、私がいる方をじっと見つめ、呟いた。

「大丈夫、凛は強いから、一人でもきっと大丈夫だよ」

その言葉は、明らかに私に向けられたものだった。

『さつき、私の事見えてるの!?』

けれどさつきはそれには答えず、少し微笑むとそのまま帰ってしまった。

その顔はどこか悲しげだった。



『どうして・・・?』

さつきが帰ってからも私は考え続けていた。さつきは確かに私に気づいていた。

でもそれがなぜかは分からない。凛ちゃんだって気づいていないのに・・・

『あ、まさか・・・』

最近さつきを見ていて気づいた事がある。・・・時折見せるひどく辛そうな表情。

・・・そういえば何かの病気にかかっていると言っていた。

普段のさつきはとても元気な子だから忘れてしまうけれど、それはなかなか治らない大変な病気だったはずだ。

(・・・あまり考えたくは無いけれど、さつきはもうすぐ・・・・・・)

『凛ちゃん、いつまでもこのままじゃダメだよ!みんな心配してるんだし、さつきだって、いつまでも・・・』

言いようも無い不安にかられた私は必死に凛ちゃんに呼びかけた。

それでもその声は届く事は無く、凛ちゃんはただ暗い部屋の中でたった一人俯いているだけで、

そこにいたはずの私は、今は居なくなってしまった私は、どうしようもなく無力だった。



次の日もいつものようにさつきがやって来た。

私はさつきに呼びかけてみたけれど、今日は答えてくれなかった。

だけど、やっぱり昨日の考えは正しいような気がする。何となくそう思った。

そして私はいつものようにその場を離れた。

しばらくして戻ってみると、さつきが凛ちゃんの部屋から出てきた。

どうやら今日は部屋に入れてもらえたらしい。

(凛ちゃんも少しは元気出てきたのかな)

良かった、これならもうすぐ出てきてくれるかもしれない。そう思った。だけど・・・

「さぁ、一緒に行こう、凛」

「・・・・・・うん」

さつきに続いて凛ちゃんもずっと閉じこもっていた部屋から出てきた。

『あ、凛ちゃん!!良かった、もう大丈夫なの?』

凛ちゃんの表情はまだ少し暗く、疲れている感じはしたけれど、嬉しかった。

やっと外に出てきてくれたんだ、やっと私の死を受け入れる気になってくれたんだ。

きっとその内乗り越えていってくれるだろう。凛ちゃんは強い子だから・・・

『さつき、有り難う。自分だって大変なのに、凛ちゃんのために毎日・・・』

こんなに早く出てこれたのはさつきのおかげだろう。ずっと凛ちゃんを気にかけてくれていた。

毎日学園に行く前に家に来てくれていた。自分の体だって辛いはずなのに。

「だいじょうぶ、だよ」

さつきはそう言って少し微笑んだように見えた・・・私に向けて。