「気まぐれ日記No.24」に移りました。
●(354) 2011年4月18日
「原谷苑」
桜が咲き始める頃は何かしら心がウキウキします。今年は桜が咲いてからはたいした雨も降らずいつもより暖かい日が多かったのでどなたもお花見を楽しめたのではのではないでしょうか。いろいろ写真を撮ってみましたが実際その場の感激は伝わりません。その中でも久しぶりに行った原谷苑の桜は感動ものでした。
原谷苑は村岩農園という個人所有の庭なので新聞の開花情報にも載りませんので知っている人しか行きません。駐車場もないのでマイカーでは行けませんので、私はネットで開花情報を調べておいて、金閣寺あたりの駐車場に車を停めてタクシーで行きます。ほとんどが枝垂れ桜で数百本もあるという紅枝垂れは天から降ってくる桜のプラネタリウムのようで圧巻です。先週の火曜日に行ったのですがお天気も良かったとはいえ広い庭も超満員であちらこちらから感動のため息が聞こえます。どなたをお連れしても満足して頂けます。あまりの桜一色の光景で写真に撮っても上手くお伝えできません。今週は桜の写真いろいろで。
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原谷苑の紅枝垂れ
祇園白川 丸山公園の枝垂れ
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清水寺(子安の塔より) 大石神社
●(353) 2011年4月11日
「親鸞と法然}
いま国立博物館で「法然」、京都市美術館で「親鸞」の展覧会をしています。私の店にも同宗派のお寺さんはたくさん来られますので勉強のためにと、どちらにも行ってきましたが経本や絵巻などを含め専門的なものが多く、素人の私には少々難しすぎました。
今年は法然上人の800回忌、親鸞上人の750回忌ということで50年に一度の盛大な御遠忌法要が行なわれることになっていました。親鸞上人が亡くなられたのと師匠の法然上人が亡くなられたのがちょうど50年違いというのも不思議な気がしますが、今年は50年に一度の大法要の年でした。当初の予定では知恩院が3、4月で8万人、東本願寺が3、4,5月で30万人、西本願寺が4〜6月、9〜11月、来年1月で40万人の参拝者を予定していたそうです。東西の本願寺、知恩院だけでもこれだけ来られるわけで、それ以外にも真宗や浄土宗の本山もいろいろあって同じように御遠忌法要があるわけですから、今年は相当な参拝者が京都へ来られる予定でしたが、東日本の大震災のため日程などが変更されています。
この御遠忌法要は50年に一度のことですから、毎回たくさんの方が来られたようで、50年前の写真などを見ると堀川通りなどはぎっしり観光バスでうめ尽くされていた様子でした。100年前の御遠忌の時にはそのために国鉄が梅小路のところにわざわざ臨時の駅をつくったと聞いています。
我が家も浄土真宗で今年の御遠忌の法要にも行くつもりでいましたが、私は中学校もたまたま真宗系の学校だったので、50年前の御遠忌法要のときに学校から本山の法要に参加しています。店にもお寺さんがたくさん来られますが、50年に一度の御遠忌に二度もしっかり意識した状態で参加できるのは限られた世代だけだとのことです。確かに昭和初期のお生まれの方からせいぜい昭和22年頃のお生まれの方に限られます。昭和初期の方はもう80歳半ばになりますし、私ども以降のお生まれの方になると当時は小学生です。
私が毎日のように通る道(滑石街道)沿いに親鸞聖人が荼毘に付されたという場所に延仁寺というお寺がありますが、たくさんの桜があって今はちょうど満開です。
いま全国の地方紙の新聞に五木寛之さんの「親鸞」動乱編が掲載されていますが、毎朝、京都新聞で読むのが楽しみになっています。
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国立博物館 延仁寺の桜
●(352) 2011年4月4日
「いちご煮」
東日本大地震の翌日に八戸からやっとのことで923へ来られた大学の先生がありましたが、その方から「いちご煮」という缶詰をいただきました。昨年もB級グルメの人気商品「せんべい汁」をいただきましたが、今回のもなかなかインパクトのある商品名です。
「いちご煮」とは八戸では古くから上客への磯料理のごちそうとされていたというものでウニとアワビで仕立てた潮汁のことです。器に分けたウニの姿が゛朝もやの中に霞む野いちごを思わせることからこの名称になったとか。そのまま温めて「いちご煮」の潮汁としていただいてもよいのですが、説明書にはご飯を炊くときに汁ごと入れて炊くのもよいと書いてありましたのでその通りやってみました。炊き上がりを混ぜて上に大葉の刻んだのをのせていただきましたが、磯の香りのする豪華な美味しいご飯でした。全国にはいろんなところにいろんな食べ物があるものです。
祇園白川にまず枝垂れ桜から咲き始めました
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白川の枝垂れ桜
●(351) 2011年3月28日
「読書」
もともと読書好きでもなく本を読むことも少ないので、ほとんど雑誌と週刊誌くらいしか読むことがありません。フィクションものを読むのは時間の無駄遣いのような気がしていて実用的なものばかり読む傾向にありました。もちろん小説などからも学ぶことも多く時間があればいろんな本を読んでみようという気持ちもあるのですが、現状では忙しくてそんなゆとりがないのも現状です。
先週は1泊2日の入院でしたが、ほとんどベッドにいるだけですからと、先月に興味本位で買っていた芥川賞受賞作品が載っている文芸春秋3月号を持っていくことにしました。一応、読もうとは思って買ったのですが連日のバタバタで全然読めてなく、今回の入院ということでもなければ多分そのまま読まずに処分されていたかもしれません。1日半の病院生活のうち検査手術はせいぜい30分くらいのものでそれ以外はベッドにいるだけですからテレビだけでは時間を持て余しますのでちょうど退屈しのぎにはよかったです。朝吹真理子さんの「きとこわ」、西村賢太さんの「苦役列車」の両作品と選考委員の選評などをじっくり読書させてもらいました。こんなに長時間しっかり小説を読んだのは何年ぶりのことかと思います。おもしろく読みましたがまったく文才のない私などはどうしてこんな発想で、またこんなに緻密に文章が書けるのかなとつくづく感心してしまいますが・・・。
先週の検査入院は1日半で終了しましたが、約10年ぶりの大腸内視鏡でポリープ3つ切除。一番大きなものは1.5センチもあったので2週間は禁酒とのこと。とはいえ仕事柄、気楽なお客さんに毎日お酒を勧められてついつい飲みそうになるところを従業員に止められ今日で禁酒5日(エライ!)。ほとんど年中皆勤で飲んでいる私が2週間もお酒を飲まないということは5、6年分くらいの禁酒日になるようで、体が干からびてしまうのではないかと心配です。まあ、とりあえず1週間をメドに頑張りましよう。
大震災で打ちひしがれ悲しみの中の日本の国にもいつものようにまた桜が咲きます。京都の桜もちらほら咲き始め、まもなく京都の空にも満開のさくらが咲き誇ります。
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家の近所の岩屋寺(山科区西野山)
●(350) 2011年3月21日
「検査入院」
以前から言われていたのですが、今週大腸内視鏡検査のため入院をすることになりました。多分一日か二日だけのことなのですが私がいなくて店をオープンすることは初めてのことでそれなりに準備が必要です。いつも私が店を開けているので、店内の照明類と音響機器のスイッチを教えるだけでも大変なことです。店の照明スイッチはいろんな場所にトータルで十数か所に分かれていて私も未だに忘れることがあるくらいです。そのうえお酒、おしぼり、氷などの段取り、突き出しやフルーツの準備もあって、お釣銭も渡しておかないといけません。
日ごろ演奏の仕事などがある場合はすべて準備をして出かけ、終わればまた店へ帰ってくるわけなのですが、今回はまったく最後の店締めまでやってもらわないといけませんのでしっかり教えておく必要があります。そのうえ家の妹もショートステイに送っておかなければなりませんし、お泊り用の荷造り、薬の段取りもあります。多分無事で帰ってこれると思っているのですが検査の結果次第です。
そんな中、今日は再来月のイベントの打ち合わせと相変わらず忙しい毎日です。
●(349) 2011年3月14日
「東日本大震災」
11日午後2時46分に国内史上最大の地震が発生。テレビ映像で見るすさまじい自然の威力に震えてしまいます。被災地域の皆様には心よりお見舞い申し上げます。
翌12日には毎年923で集まる東大大学院研究室のOB会がありましたが、青森県十和田から来られた先生は交通事情悪い中、飛行機、新幹線を乗り継いで何とか京都へ到達されましたが大変なことでした。
今週は何も書けませんので梅宮大社(右京区梅津)の梅の写真でも。
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楼門横の梅 神苑入り口 咲耶池
●(348) 2011年3月7日
「特急雷鳥」
JR北陸線を走る特急雷鳥が今月11日で終わります。東京五輪の年に運転を開始して我々世代と同じように高度経済成長期に北陸線の旅客輸送の要を担った特急でした。現在は金沢までですが当時は新潟まで行くものもあって、スキーで糸魚川へ行くのに度々利用しました。今では懐かしい食堂車もあって、京都を8時15分ごろに乗るともうお昼すぎにはスキー場に着いて滑りまくっていた元気な頃を思い出します。
敦賀、今庄間には日本一長い北陸トンネル通ります。狭軌の陸上トンネルとしては日本最長で1982年までの20年ほどは世界最長でもありました。またこのあたりで電力の直流、交流の切り替えで列車が止まったり、列車内の照明が消えたりしたことも思い出します。次々と懐かしい昔の列車がなくなっていくのは寂しいことです。
男はいくつになっても子供の頃のような鉄道への興味はあるもので、祇園にも大きなジオラマを設置した居酒屋がありますが、今月初めにはJR嵯峨駅の構内に日本一のジオラマが出来たらしくてね是非行ってみたいと思っています。
●(347) 2011年2月28日
「ごはんたべ」
祇園町では舞妓さん芸妓さんホステスさんがお客さんと食事にいくことは「ごはんたべ」といっています。クラブのホステスさんなどは営業のため月に何度かお客さんと食事をして同伴出勤をするということは義務づけられているようですが、このところは私がよくお客さまに「ごはんたべ」に誘われます。今まではママがいましたので夫婦で誘われる以外はママと店の女性が行っていましたので私はあまり関係なかったのですがママが亡くなってからは私がよく誘われます。昔の企業経営者でもう引退してしまった方や、久しぶりに祇園へ出てこられた元企業戦士の方や熟年女性などからも声がかかります。男性からのお誘いの場合は男だけでは殺風景ですので女性従業員の都合が合えば連れて行くのですが、都合がつかなければ男同士で食事に行くことも度々。お客さんの方は特に女性がいようといなくても関係はなく、ただ気楽な飲み相手がいればいいという感じ。また923閉店後のアフターにも誘われます。923の女性たちはほとんど昼も仕事をしていますので、深夜は私だけがお付き合いすることが多くなります。京都で一番のダンスのできるような豪華なライブクラブへ男同士で行っていても男の私ではちょっと役不足です。たいてい誘ってくださるのは70歳代以上。みんな何十年も飲み続けてこられた方で気心も分かっているので安心されるのかもしれません。私も含めてみんなこんな歳になると、新しい店を開拓する気も無く、私などの昔なじみを誘って行くと安心して飲んでいられるのかもしれません。だんだん周りの友人も亡くなっていくし、なんか一人で飲んでいるのは寂しいのでしょうね、と思ってしまいます。
●(346) 2011年2月21日
「琵琶湖周航の歌」
このところ「うたごえ喫茶」という看板を使っていろんなイベントの企画があります。ホテル主催の企画やKBS主催の企画も非常に好評でいつもチケットは早々に完売します。昨年末にはロータリークラブでもそのような企画があり私も演奏で呼ばれました。本来、当時の歌声の曲目はといえばもともとロシア民謡、童謡などが主体でありましたが、最近のパーティーとしてはみんなの知っているフォークや歌謡曲なども含め幅広いジャンルになっています。そんな中でもいつも歌われる曲のひとつに「琵琶湖周航の歌」があります。この曲について923へ来られるお医者さんが詳しく調べておられますのでその中から書いてみます。
もともと第三高等学校(現、京都大学)のボート部の歌で琵琶湖の周航とは、ボートを漕いで大津から時計回りに湖上を一周するこで近江今津、竹生島、長浜の線で帰航のコースへ入り、通常3泊4日の行程だったそうです。周航の歌の歌詞は6番まであって、@大津美保ケ崎、A雄松、B近江今津、C竹生島、D彦根、E近江八幡、の周辺の詞が歌われています。
作詞は小口太郎、作曲は吉田千秋。どちらも将来を嘱望された若者でしたが、互いに相手を知らぬ間に早逝したということです。小口太郎27歳、吉田千秋24歳で亡くなっている。
大正6年(1917年)の夏恒例の周航のとき近江今津の宿で「琵琶湖周航の歌」が誕生したということです。小口太郎が自作の詞を公表したところ、同宿の同級生が吉田千秋の作った「ひつじ草」のメロディーに合わせて歌ってみるとぴったり合って満場喝采となって、それ以来、皆の愛唱歌となったようです。
私が学生時代におりました「歌声喫茶 炎」では早くから歌っていましたが、昭和46年(1971年)に加藤登紀子さんが歌って70万枚の大ヒットとなり、全国的な愛唱歌となりました。
それにしても小口太郎と吉田千秋は顔を合わすこともなかったわけで、自分たちの作った歌が今でもこのように歌われていることを知ればさぞかし驚くことでしょう。
●(345) 2011年2月14日
「北海道からの来賓」
もう何十年も前から北海道の滝川市のお客様が何人かおられて、私ども夫婦もその関係で昔には何回か北海道へ寄せて頂いていました。滝川からも年に何回か京都にも来られていて先日も東京へ行く前に京都回りでと、ちょっと我々の感覚では考えられないのですが、北海道からすると京都も東京も近いところのようです。
京都のご案内といっても、市内はおろか長岡京市などの西山、宇治、比叡山、滋賀県など、ほとんどのところへは行っておられるのでまだ行ってられないところを探すほうが大変です。今回は大徳寺の塔頭から大仙院、「そうだ京都へ行こう」のポスターで有名な高桐院をまわって、昼食は嵐山の廣川でうなぎ。廣川のうなぎは、ほんとうにとろけるような柔らかさで京都で一番だと私は思っていますが日曜日だったので満員で30分ほど待ちました。そのあと今やすっかり新しい紅葉の名所となった宝厳院の前で執事長に声をかけられ立ち寄る。ほとんどの木がもみじなので今はほとんど葉のない木ばかりの庭園を散策。そしてコンピューターを駆使した任天堂の小倉百人一首殿堂・時雨殿へ寄って渡月橋付近まで戻ってお茶。市内へ帰ろうとしたのですが帰る途中で国宝第一号の弥勒菩薩を見ようということになって太秦の広隆寺へ立ち寄る。ということで、なかなかの名所早めぐりでした。
ところで北海道の方などはみなさん親切で向うに行ったりするとこちらが恐縮するくらい大歓迎して下さいます。日ごろ送って頂く物もジャガイモ1箱とか、とうもろこし1箱とか、巨大なタラバ蟹だったり、新巻鮭はまるまる1尾、というふうにダイナミックで驚いてしまいます。先日も京都でのお礼ということで荷物が届きましたが、30センチもあるかという馬鹿でかいホッケの開き2枚にカレイ3枚、マスの切り身10切れ、たらの子、スジコ、数の子の松前漬け、と小家族の我が家では食べきれない量で近所に分けたり冷凍にしたりして保存しています。ということでこのところは毎日好きな魚三昧です。
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先日、同居の妹が緊急入院することになり、またまた走り回る毎日になりました。ただでさえ忙しかったのですがますます時間に追われているような生活です。
●(344) 2011年2月7日
「奄美大島」
先週、大学のクラブの仲間12名で奄美大島へ行ってきました。大学の先輩が「ヴィラゆりむん」という素敵なペンションをやっています。毎日深夜まで飲んで歌ってと大騒ぎの楽しい3日間でした。今週は写真だけで失礼します。
@まだ1月ですが、もう緋寒さくらがあちらこちらに咲いています。 Aさすが亜熱帯の森。クワズイモの大きな葉。 B大きなバナナの花。
Cカヌーでマングローブの森へ。 Dちょっと分かりにくいですが霧島の新燃岳の噴煙。(帰りの飛行機の中から)
●(343) 2011年1月31日
「携帯電話の忘れ物」
先日、店に携帯電話の忘れてありました。多分従業員の携帯のようで、本人は困っているだろうなと思うのですが、従業員のうち誰の電話か分からないので困りました。人の電話のどこにプロフィールが書いてあるかも分かりませんし、勝手にメールや電話帳の内容を見るのも気がひけます。こんな場合、誰の電話かを知るためにあなたならどうされますか?
私はとりあえずその日の従業員の中からこれはと思う者宛てに、自分の電話から電話をしてベルを鳴らして確認しました。後からゆっくり考えると、その忘れ物の電話から私の携帯宛てにかければ、知り合いなら私の電話で簡単に確認できることでした。とっさの時にはなかなか思いつかないものですが。
●(342) 2011年1月24日
「全国女子駅伝」
先週16日は京都で全国女子駅伝があり、たまたま西大路通高辻あたりで最終9区のアンカー激走を観戦。この日は大会史上最も寒い日で待っている方も凍えそうです。9区は10キロある一番長いコースですが京都の福士加代子がトップで目の前をあっという間に通り過ぎて区間賞。京都は優勝候補ではあったのですが1区で4位、2区で7位、3区で16位だったところから盛り返し6区で首位に立ってそのまま、2年ぶり14度目の優勝でした。
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トップの福士加代子(京都)、2位重友(岡山)、3位稲富(福岡)
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掲示板を整理しました。また書き込み、お便り下さい。
●(341) 2011年1月17日
「くじ」
以前にも私自身はくじ運はよくないと書いたことがありますが、年末ジャンボくらいは毎年遊びのつもりで少しは買います。昨年末はバラと連番を10枚づつで20枚だけでした。いつも当たらないものと思っているのですが今年は発表を見て若干驚きました。今回の1等の当選番号の組は84組。私の買った連番のほうの組も84組。かつて何十年このように組番号が合っていること自体が珍しい。当選番号は6桁で最初の2桁は14でこれも一致。次の2桁は22のぞろ目。私もぞろ目でしたが88。当たり番号は142297で私は148870〜。組番号一致で6千番ほどの違いですから非常に近いです。山科の私の買った売り場で多分当たりが出ていることと思います。惜しい!(?)
毎年年末に仕事で呼んでいただく会社の忘年会があります。その会の最後に豪華景品が当たる大抽選会があります。昨年の景品は40型を含めハイビジョンテレビ数台、デジカメ、ノートパソコン、プレイステーション、Wiiなどのゲーム機、オーディオ機器、携帯用音楽プレイヤーなどなど、その年の人気商品がそろっています。出席者は百数十人なのですが総額百万円くらいの景品があるのではないかと思います。私たちは女性歌手と音響さんの3名で仕事に行くのですが、私たちにもいつも食事の席と抽選券を用意してくれます。社員さんのための抽選会ですので私たちにあまり高価なものが当たると気を遣ってしまいます。一番最後の高額商品などは私たちに当たっても辞退しようかなと思っていますのでどうぞ当たらないでと願っているくらいです。一昨年の忘年会ではたまたま仕事で参加した音響さんにデジカメが当たり、昨年末の忘年会では私に任天堂のWiiが当たりいただいて帰りました。
昨年の忘年会の抽選、宝くじの結果と徐々に運気が上がっているようで、今年の初詣のおみくじは大吉。今年はジャンボ宝くじ、当たりそう!
●(340) 2011年1月10日
「お稲荷さん」
今年も9日に新しいお札などをいただきに伏見稲荷大社にお参りに行きました。年初めはそれこそ大混雑なのですが、この日も相変わらずの人出ですから車では行けません。足の不自由な家族も連れていますので以前は藤森に車を置いて京阪電車で行っていたのですが、今回は市内の母親の見舞いもあるのでとJR東福寺駅から電車でと思って行ったのですが駅周辺の駐車場が満車。七条まで行って京阪でと思ったのですがここも駐車場が満車。やむを得ず京都駅前に車を置いてJRで行くことにしました。駅構内も広く奈良線は一番奥でなかなか歩くのも大変です。お参りをしてから恒例の運だめしでおみくじを引くと今年は大吉。去年は吉でそんなにおみくじに頼る気持ちはないのですが、今年は何事もうまくいくように書かれていて気分的には良いです。
伏見稲荷大社は全国約4万といわれる稲荷神社の総本社で年中人通りが絶えません。初詣の参拝者数はいつも関西ではトップクラスで全国的にもベスト10には入ります。神社周辺は正月以外でも月初めは月参りの参拝者のため道路が混むくらいです。
ついでにいろいろ調べてみました。もともと伏見稲荷大社は稲荷山の山頂にあったのですが、1438年(永享10)に麓の現在地に本殿が移されたとのことです。清少納言はまだ上に本殿があった頃に登ったようですがなかなか大変だった様子が枕草子にも書かれています(158段)。
楼門は1589年(天正17)に豊臣秀吉が寄進したと伝えられていて、本殿は1494年(明応3)に建造されている。
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伏見稲荷大社 楼門 本殿
また稲荷大社の参道には古くからのお土産屋さんや食べ物屋さんが並んでいますが、「いなりや」さんというお店の「おみくじ入りせんべい」は珍しいでしょう。せんべいを四つ折にしてお稲荷さんの鈴の形にしてあるのですが、その中におみくじが入っていて「辻占せんべい」として売っています。「みそせんべい」でなかなか歯応えがありますので歯の弱い方はダメです。
もうひとつ、お稲荷さんはもともとは農業の神であったので、お米を食べる「すずめ」や「うずら」は天敵だったのでしょう。参道で「すずめ」や「うずら」を焼いて売っています。目やくちばしがそのまま残っているのでちょっとリアルで、だれも一緒には食べてくれませんが。
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「いなりや」のおみくじ入り「辻占せんべい」 「日野家」の「すずめの焼き鳥」
●(339) 2011年1月3日
「年末年始」
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
昨年は猛烈に走り続けてきた一年でした。ゆっくりできるはずのお正月休みもずっと働きっぱなしで終わってしまいます。店も基本的には日祝は休みなのですが、年末の23日(祝)は店は貸切で仕事、26日(日)は店の従業員の忘年会ということで休みなしで29日まで。お正月の準備は休みになってからということでしたが年末は年賀状の仕事にかかりっきりでした。30日に「筆まめ」のアップバージョンを買いに行ってからの年賀状作りは800枚の印刷ですからなかなか大変な作業です。昼夜プリンター廻しっぱなしで何とか大晦日の昼3時頃に一応終了して郵便局へ投函。
それから買い物に行って「おせち」の準備です。お正月の料理は私一人ならどうでもいいのですが妹のために料理をするようなものです。「おせち料理」のセットは頼んでいたのですが、それでもスーパーで買い足して、帰ってからは好物の「数の子」を塩抜きしてダシ汁に、「くわい」を炊いたり「大根なます」を作ったりと大忙し。夜は簡単に「すき焼き」で、ひと寝入りしたあとは「にしんそば」で年越しとよく働きました。結局、家の掃除はできずじまい。
元旦の朝は大晦日、元旦と降り続いた大雪で外は真っ白。それでも昼頃に雑煮を食べてから近所の大石神社へ初詣、午後は母の見舞いと買い物、夜は一杯やりながら住所録の整理。2日も母の見舞いと店の片付けで終わってしまいました。3日はテニスに誘われていますが4日からの仕事の準備もありますので行けるかどうか。あっという間のお正月休みでした。
皆様にとりまして良き年になりますようお祈り申し上げます。
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