カモミール 4



 暫くどうしようか悩んだ後、諦めて綱吉は手を放す。
「和菓子と洋菓子、希望は?」
「和菓子かな。」
 立ち上がってスーツの埃を払った白蘭は再びソファーに戻った。
 どうやら本気で今日はここに居座るつもりらしい。
 こうなると移動させるのは一苦労だ。
 綱吉は正一を見て申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめん、正一さん。」
「いや…。」
「あれは完全無視でいいですから。」
「ボクに対して言葉に棘がありまくりだよ綱吉君。」
「もし無視出来ないくらいに邪魔してきたら、もうスタンガンか何かで黙らせていいです。」
「え!?」
「ボスのオレが許す。」
 きっぱりと言われても反応に困る。
 開発班は戦いとは無縁だが、一応は護身用程度にスタンガンや麻酔銃などを所持している。
 だが、ここに来たばかりの頃に武器の扱いは一通り叩き込まれたが、その時以外では使った事がない。
 出来れば使わずに済ませたい。
 綱吉がいる限りは大丈夫だろうが、彼がいなくなった後を思うと酷く気が重くなった。
 それなのに原因は笑顔を崩さない。
 お腹が痛いと思いながらパソコンディスクの前にある椅子に座った。
 他に座る場所となると白蘭の隣しかないからだ。
 その残された場所に、お茶と菓子を持ってくるよう誰かに内線電話で連絡をした綱吉は座った。
「それで、本題は?」
「正チャンに会いに。」
「………、じゃあついでに済ませるつもりの要件は?」
「今度の大掛かりなパーティー、キミも来るのかなって思って。」
 綱吉は疲れたようにソファーに深く座って体から力を抜いた。
「出ますよ、リボーンの命令で。」
「だよね。そろそろかなって思ってた。」
「それが何か?」
「ボクも出るから、寂しいならエスコートでもしようか?」
「貴方にされるくらいなら獄寺君に頼みます。」
「そう言わないで。折角だから一緒に抜け出すのもいいよね。」
「は?」
「賑やかなパーティーを2人でこっそり抜け出す。憧れない?」
「可愛い女の子がそう言ってくれたのなら凄く魅力的な提案ですけど、貴方相手にそんな事をする趣味はありません。」
「つれないなぁ。」
 楽しげに白蘭が笑っていれば、先程頼んだお茶と菓子が届いた。
 手持無沙汰だった正一がそれ受け取り2人の前に置く。
 自分の分まで用意されていたので、これを持って奥の部屋に行くべきだろうかと悩んだ。
 先程まで随分と馬鹿らしいやり取りをしていた。
 けれど今ここにいる2人は間違いなくマフィアのボス。
 彼らの話を自分が聞いていいとは思えない。
 作業場もリビングも大抵の場所が一緒くたになってしまっているが、寝室は扉で仕切られた先にある。
 それ以外となるとバスかトイレ、後はもう部屋を出ていくしかない。
 自分の分のお茶と菓子を持って立ち尽くす正一に、大丈夫ですよ、と綱吉が言った。
「ここに居座るって言って聞かないのは白蘭なんですから、正一さんに聞かせてやばい話なんてしませんよ。」
「そ、そう?」
「したらしたで正チャンを共犯に引き込むのもいいよね。」
「え!?」
「そういう事ばっかり言うから嫌われるんですってば。」
「好きな子は苛めたいっていう微妙なお年頃かな?」
「もういっそ完璧に嫌われてしまえ。」
「その辺りは上手くやるよ。ね、正チャン。」
「お願いだから返答に困る話を振らないでください。」
 いっそここで、出て行け、と本気で言ってしまいたい。
 時折そんな事を正一は思うが、どうも強く出られない。
 相手がマフィアのボスというのも勿論ある。
 けれど、平凡な日本人でしかなかった正一がこんな世界に踏み入ってしまう原因になった、自分であって自分ではない並行世界を生きる別の正一の記憶が突然流れ込んできた事が厄介だった。
 その世界で白蘭と正一は親友だったが敵対したと知った。
 親しかったけれど戦って、白蘭が負けて安心したけれど悲しんで。
 それを全部知っている正一は上手く白蘭との距離が取れない。
 この世界の正一と白蘭は最近出会っただけの関係。
 親しくする事に違和感はあるが、けれど完全には突き放せない。
 酷く曖昧なこの態度が何より悪いのだという自覚はある。
 けれど今はどうしていいのか分からず、それを理解してくれる綱吉はボスという立場にありながら助けてくれるから甘えてしまう。
 今もまともな言葉が見つからず、結局お茶を持って再びパソコン前の椅子に戻った。
「えっと、そのパーティーって何、とか聞いても…?」
「正チャンも来る?」
「絶対に行きません。」
「オレも行きたくないんだけど…、単純にマフィアの集まりだよ。」
「たまに誰かが主催するんだよ。基本的にヤバい動きをする所は呼ばず平和的に人脈作りや情報交換、後は腹の探り合いが主な目的。」
「………、平和的、なんですか、それ…?」
「だってマフィアだもんボク達は。」
「本当に行きたくない…。」
「ボンゴレなんて極上の獲物だからね。」
 白蘭の言い方に、本当だよ、と綱吉は苦笑するしかない。
 裏世界だけでなく表世界にだってボンゴレは影響力がある。
 政治家や権力者などとの繋がり。
 普通なら見えない部分や見たくない部分はもう散々見てきた。
 それでもまだこの世界に本格的に踏み入ってから2年程度しか経っていないのだ、今でも見えていない部分なんてまだまだある。
 それだけの影響力を綱吉の地位は持っているのだ。
 ボンゴレと繋がりを持ちたい、出来ればドン・ボンゴレである綱吉に気に入られたい、そう思うのは当然の事。
 だからこそ気が重い。
「使える物は使っとけってくらいの気持ちでいればいいのに。」
「貴方程には割り切れませんよ。」
「本当に甘いね。それがキミのいい所だとも思うけど。」
「馬鹿にしてます?」
「そう返せるだけ甘いっていう自覚があるなら、馬鹿にはしないよ。」
 白蘭は笑顔でそう言った後、ただ、と言葉を続けた。
「付け込む隙は、見せない方がいいよ。」
 唐突に白蘭は雰囲気を変えた。
 楽しそうに笑っている表情は全く崩れていないのに、何故かぞくりと血の気が引くような感覚を正一は感じた。
 怖いんだという事を少し遅れて気付く。
 一体どうして笑顔でいる白蘭を見てそう思ったのかは分からないが、気のせいで片付けるには怖いという感情が明確過ぎた。
 何となく、これがドン・ミルフィオーレなのか、そう正一は思う。
 それに対して綱吉は無言だった。
 力なくソファーに背中を預けたまま、妙な威圧感がある笑顔を静かに見返す。
 やけに重い雰囲気で部屋は静まり返った。
 正一が、やっぱりさっき寝室に逃げておけばよかった、と半ば本気で後悔し始めた頃、綱吉が疲れたように息をつく。
 それが合図だったように圧迫感は綺麗に消えた。
「話は以上で?」
「うん。」
 軽い調子で白蘭が頷く。
 同時に笑顔は見慣れたものに戻っていた。
「それじゃあオレは仕事に戻らないといけませんから。」
「ご苦労さま。ボクと一緒に逃避行の件は考えておいてね。」
「一応忘れないでおきます。」
 素気なく返して綱吉は菓子を口に放り込みお茶を一気に飲み干す。
 立ち上がってから腕時計で時間を確認した。
 少し表情が曇ったので予定の時間を過ぎたらしい。
「正一さん、すみませんけど白蘭をよろしく。」
「よろしくと言われても、どうすれば…。」
「本当に放っておけばいいです。きっと飽きたら帰ります。」
 綱吉の言葉に同意するように白蘭は正一へ手を振った。
「どうしても無理だったら連絡ください。」
「………、なんかごめん、綱吉君。」
「全面的に白蘭が悪いから気にしないでいいですよ。」
 綱吉はもう1度時計を見ると、それじゃあ本当にすみません、と言い残して慌てて部屋から出て行った。
 彼が忙しい身だという事はよく分かっている。
 本当にこんな気楽に呼んではいけない人だ。
 けれど白蘭の事となると、彼の性格もそうだけれど立場の事もあり、どうしても正一の手に余ってしまう。
 報告しないでいれば、それはそれで問題だ。
 けれど出来ればもう綱吉を呼ぶ事なく終わればいいな。
 そう思いつつ正一は白蘭を見たが、勝手にテレビを付けて寛ぎ始めた白蘭を相手にどこまで自分は耐え切れるか分からない。
 もうさっそく綱吉を呼び戻したい気分でいっぱいになった。
 その気持ちをぎゅっと我慢する。
「ねぇ正チャン。何かお菓子ないかな?」
「………、向こうがキッチンですから、好きにしてください。」
 仕事をしよう。
 仕事に没頭していればきっと大丈夫。
 自分にそう言い聞かせながら、ため息交じりに正一はパソコンと向き合った。





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