カモミール 3



 開発班は実験設備や危険性の関係で城の端っこの方にある。
 そうして綱吉の部屋は城の奥まった場所にある。
 随分と長い距離があり、正一の事を考えれば出来るだけ早く駆け付けたいのだが、ボスが焦って走っている姿なんて見せられない。
 部下に無駄な誤解を与える姿を見せれば後が面倒だ。
 本当に自分は人の上に立つ器じゃないよな、と綱吉は思う。
 思ったところでもうどうしようもない。
 ごく普通の日本人の子供はマフィアのボスになってしまった。
 もう今更この道を引き返すつもりも投げ出すつもりもない。
 ただ弱音だけは許してほしいな、と先程のリボーンの容赦ない言葉を思い出して心の中で苦笑する。
 会っては道を開けてくれる部下には何でもない顔で挨拶をしながら、そのまま開発班が使っている施設エリアに入る。
 綱吉がボスに就任してから作った新しい場所なので、外見は城と同じ雰囲気に見せているが、内装は古い城から少し近代的な様子に変わる。
 奥まで行くと広い実験室や地下研究施設もあるここは、日本の並盛に作った秘密基地の縮小版だ。
 イタリアに一緒に来てくれた正一の自室もここにある。
 最初は近くの街に部屋を借りて住んでいた。
 マフィアの本拠地で暮らすなんて考えられなかったようだ。
 けれどこの城は交通の便が良いとは言えない。
 歩いて通うのは無理なので国際免許を取って車で通っていたのだが、寝不足で運転するのが危なくて結局は研究室で寝泊りしていた。
 だったら家賃が勿体ないので綱吉が城に住む事を提案した。
 正一も結局は城に住んでいるのも同じだという自覚があったようで、少し躊躇ったもののわりと素直に提案を受け入れた。
 部屋は研究室よりも手前にある。
 そういえば何処にいるか聞かなかったな、と今更ながら綱吉は思い、とりあえず近い方から探していこうと部屋に向かった。
 正一の部屋の前に立ってブザーのボタンを押す。
 少し待ったが返事はない。
 しかし何か物音が聞こえ、人の気配もある。
 声をかけながらドアノブを捻ればカギは開いていたので、綱吉は扉をそっと開いた。
 部屋の中に正一はいて、白蘭もいた。
 何故だか正一が白蘭をソファーの上に押し倒しているという状況ではあったが。
「………。」
「………。」
 綱吉と正一は目が合って黙り込む。
 白蘭だけは呑気に綱吉へ手を振った。
「ち、違うから!!」
 綱吉と白蘭とを何度か交互に見た正一が悲鳴のような声を上げた。
「綱吉君、助けてー。」
「助けてとか言わないでください!言いたいのはボクの方です!」
「だって襲われてるのはボクの方だし。」
「違うから、本当に違うからね綱吉君!!」
 このまま扉を閉めて逃げちゃダメだろうか。
 本気で綱吉の頭にそんな言葉が過ぎった。
 けれどここで正一を見捨てるなんて、あまりにも酷過ぎて出来る気がしない。
「とりあえず…、正一さんは立ってください…。」
 部屋に入ってから扉を閉めて、ため息交じりに綱吉は言う。
 我に返ったように正一は慌てて立ち上がり、そうしてようやく現れた味方の所へと急いで駆け寄った。
 そんな正一を白蘭が残念そうに目で追いながら体を起こす。
「コードに足を引っ掛けたら転びそうになって、そうしたら白蘭さんが腕を掴んでくれたんだけど、気付いたらこうなってて…。」
「あー…、はい、とりあえず怖かったですね。」
「何でボクが悪いみたいな言い方になってるの?」
「貴方は自分の胸に聞いてください。」
「理不尽。」
 不貞腐れたような顔で言うが、その程度ではもう騙されない。
 白蘭のやる事なす事いちいち反応していては身が持たない。
 流せる部分は出来るだけ流した方がいい。
 けれど、遊びの中にさりげなく真意を混ぜる事もするので、何もかも受け流していたらそれはそれで足を掬われる。
 本当に面倒な相手だと綱吉は小さく息をついた。
「綱吉君ったらボクには厳しいんだから。」
「貴方に甘い顔していたら何されるか分かりません。」
「まぁ、正しい判断だね。」
「それに、正一さんの同意なしに手を出したら許しませんって、何度も言ってるじゃないですか。」
「綱吉君、それはちょっと論点が違う…。」
 弱々しくも正一がしっかり突っ込みを入れる。
 こんな所が白蘭に遊ばれる原因の1つのように思えた。
「だったら正チャン、結婚を前提にお付き合いしてください。」
「全力で辞退させて頂きます!!」
「あれ?日本人ってこう言って交際を申し込むんじゃないの?」
「いきなり結婚はハードル高いです。せめて交際を前提のお友達からにレベル落としてください。」
「論点はそこでもないんだってば綱吉君…。」
「成程。それじゃあ交際を前提にお友達に…。」
「だから全力で辞退させて頂きます!!」
 威嚇するように睨む正一に白蘭は楽しげに笑う。
 話を終わらせようと思った綱吉は手を叩いた。
 大きな音が響いて2人が綱吉を見る。
「遊ぶのはそこまでで。」
「ご、ごめん…。」
「いえ、悪いのは全面的にそこの白い人ですから。」
「白い人って面白い言い方だね。」
「いいから行きますよ。」
「何処に?」
「応接室です。いつまで正一さんの自室にいるつもりですか。」
「今日はずっと。」
 即答する白蘭の所へ綱吉はずかずかと歩み寄り、乱暴に襟首を掴んでそのまま応接室へ連れて行ってしまおうという酷い考えに至った。
 ずるずると白蘭を引き摺って部屋を出て行こうとする。
 白蘭の服は高そうな上に汚れが目立つ白いスーツだが、気にするのは面倒だった。
 白蘭も特に不満は言わない。
 ただ、そのまま正一の横を通り過ぎようとすれば、再び白蘭は正一へ手を伸ばして今度は足を掴む。
 正一の驚いた声と、急に腕に加わった重みと抵抗。
 綱吉が振り返れば、すっかり困惑しきっている正一と、そんな正一を満足そうに見ている白蘭が見えた。





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