カモミール 14



 とても綺麗な笑みを浮かべて、白蘭は男へ武器を向けた。
「はい、ドーン!」
 男に向けられていた武器を、間の抜けた合図と共に白蘭は左方向へと向きを変え、炎を込めて放つ。
 大砲でも放ったかのように、炎は建物を撃ち抜き、周辺にいた人達を吹き飛ばした。
 爆風を感じながら男は呆然と白蘭を見る。
 冷や汗が流れ、訳もなく脈が早くなり、呼吸が乱れた。
 綱吉に対して化物と叫んだが、彼も同じく化物だった。
 本当に人間なのかと疑うような眼差しを、白蘭は気にした様子もなく受け止める。
「あ、壊れちゃった。」
 武器が白蘭の炎圧に耐え切れず一部が外れて地面に落ちた。
「その炎圧じゃ普通は壊れますよ。」
「彼程度の炎だとたいしたデータにならないし、ボク達だと壊れるし、加減って難しいな。」
「もっと真ん中辺りを狙ってください、両極端過ぎです。」
「だってこれでもボスだよ。相応の覚悟はあって当然じゃない。」
「だからって死ぬ気の炎を知らない人に持たせますか?」
「そういう人でも使える武器をコンセプトにしてるんだよ。」
「本当に貴方は何やってんですか…。」
 ため息をついて綱吉も降りてきた。
 周りの人間の戦意がほぼ消えているのが分かったからだ。
 なおも呑気に会話を交わす綱吉と白蘭。
 そうしてこちらに向けられた攻撃。
 男の出す結論は決まりきっていた。
「裏切ったのか、ドン・ミルフィオーレ…っ!」
 壊れた武器を外して投げ捨てた白蘭は不思議そうに首を傾げた。
「裏切られたくらいで何をそんなに驚いているのかな?」
「いつからボンゴレと組んでいた!」
「いつからって、勿論同盟を組んだ時からだよ。」
「だからボンゴレにこちらの事を話してオレ達を嵌めたと!?」
「まさか。」
 本気でボンゴレを相手にするならまだしも、グリッジョ相手に面倒な作戦を立てたり知略を巡らせたりなんかしない。
 6弔花の誰か1人、もしくは普通に部隊を1つ、向かわせて終わり。
 態々ボンゴレと手を組む必要なんて何処にもない。
「綱吉君には何も話していない。貴方達の事も、今日の事も。」
「だったら何故だ!」
「そこが綱吉君の面白いところだよ。彼以外はボクを倒せと、あいつは裏切り者だと、そう言っていた筈なのにね。」
「それが意外とオレ1人だけじゃなかったりします。」
「え?」
 素直に、意外だ、という顔で白蘭は綱吉を振り返る。
 綱吉は苦笑しながらも、少し勿体ないかなとは思ったが、折角なので白蘭にとっては特別になるだろう事を教えてあげた。
「正一さんが味方をしてくれました。貴方は敵じゃない、ってね。」
 ぽかんと間の抜けた顔をした後、驚きからゆっくりと目を丸くする、その様子が少しだけ可愛く見えた。
 綱吉の言葉を噛み締めてから嬉しそうにする、そんなところを見ると彼も人間なんだなと思う。
 だが次の瞬間には両手を叩いて、本来は防御技の筈なのに、目の前の男や周りの人達共々その衝撃で吹き飛ばす、それを見てしまえばやはり白蘭は白蘭なんだなと妙な納得の仕方をして綱吉は頷いた。
「それじゃあ遊びは終わらせようか。」
「い、いつから…、オレを潰そうと…。」
「本当におかしな事を言うな。ボクはずっと綱吉君を貴方が言う通りの方法で殺そうと思っていましたよ。貴方が来てから今日までの何処かで綱吉君がつまらない事をしたら、遠慮なく本気でね。」
「くっ…。」
「でも、やっぱり綱吉君は期待通りに面白くて、貴方は楽しめる人ではなかった。だったら答えは決まっている。」
 生半可な覚悟で白蘭に手を出すからだ。
 そう思って綱吉は本気で男に同情した。
「ダメだよ、裏切られた時の用意はしておかなきゃ。」
「………。」
「まぁ、ここでボクを殺す準備はしていたけど、あまりにも化物過ぎて準備が無意味と気付いた、そんなところだろうけどね。」
 図星だったのだろう。
 男は立ち上がる気力もなく怯えきった顔で白蘭を見上げるだけ。
 恐怖に耐え切れなかったのか、もしくはボスを助ける為か、いくつか銃声が聞こえてきたが意味はなかった。
 綱吉はマントで、白蘭はその翼で、銃弾など簡単に防ぐ。
 静かになった空間に銃が落ちる重い音が聞こえた。
 そうして何故か聞き慣れない異国の言葉の音楽も響いた。
「あ、すみません。」
 こんな時なのに綱吉が懐から携帯電話を取り出す。
 着信画面で相手を確認すると、何故か綱吉は白蘭の隣まで来て通話の内容を男達に聞こえるようにして話を始めた。
「こんばんは、雲雀さん。」
 雲雀という名に男が反応する。
 綱吉の雲の守護者と噂されているが、それが事実か確認出来ていない守護者ならば最強と言われている男の名前だ。
『やぁ、一応仕事が終わった報告をするよ。』
「すみませんが任務の内容を言ってもらえますか。」
『何で?』
「ドン・グリッジョが聞いているんです。」
『ああ、成程。』
 電話の向こうで雲雀が小さく笑う。
 そうして綺麗に響く声で淡々と言った。
『グリッジョファミリーの本部、制圧完了。』
 男が声にならない悲鳴を上げた。
 ここに連れてきた部下が全員ではない。
 信頼出来る部下は何人もいて、半分は連れてきて半分は残した。
 それが全滅したなど信じられないが、目の前にいる化物達の部下だと思えば信じるしかない。
「ありがとうございます。後の事は獄寺君に聞いてください。」
 電話を切ると、それを待っていたように再び着信が来る。
 続いた電話は骸だった。
『どうやら恭弥君に先を越されたようですね。』
「僅かな差だったね、骸。」
『まぁ、いいです。ジャッロファミリーの制圧は終わりました。無事にボスは捕らえてありますし、確認は終わっていませんが、死者はあまり出ていないと思いますよ。』
「うん、ありがとう。」
『いつまで経っても甘さが抜けませんよね…。』
「説教は後で聞くよ。とにかくお疲れ様。後片付けはよろしく。」
『言われずとも分かっています。』
 通話は切れて再び静かさが戻る。
 周りの人間に戦意などは欠片も残っていなかった。
 グリッジョの本部は落とされ、ジャッロのボスは捕らえられた。
 そうして状況を覆す為にボンゴレとミルフィオーレのボスを倒す事は不可能としか思えない。
 どうしようもない状況だ。
「キミの雲と霧はいつの間に?」
「正一さんが証拠をくれましたから。」
 度々ボンゴレの領域内で問題を起こしていたグリッジョ。
 グリッジョとの繋がりを利用して領域を荒そうとしていたジャッロ。
 存在は認識していたし、グリッジョは了平に動いてもらったように、何度か現場を見つけては退けている。
 それでもしつこく彼らはボンゴレを挑発していた。
 もういっそ潰すべきではないかという意見も出ていた。
 排除をしたいのは綱吉の本音でもあった。
 守っている街の人間が傷付いてからでは遅い。
 でもまだ組織全てを潰す程に目立った動きがないのも事実で、地道に交渉を重ねて何とかしていくしかないと思っていた。
 そんな時に正一が持ってきた報告書。
 グリッジョとジャッロがボンゴレに明確な敵意を持ち、こちらを害す為に動いているという証拠。
 確かな理由があれば動ける。
 だから綱吉が攻撃されるであろう時刻に雲雀と骸に動いてもらった。
 ボンゴレのボスを攻撃した為という理由を持って。
 ついでに白蘭が個人で動いている事も分かり、ミルフィオーレ自体は全くの無関係で白蘭が1人で好き勝手に遊んでいるだけ、という綱吉の認識が正しいという事も裏付けてくれた。
 本当に正一はいいタイミングで素敵な物を持ってきてくれた。
 もう1度心の中で感謝しつつ、綱吉は表情を消して男を見る。
「ドン・グリッジョ。」
 静かに声をかけて綱吉は男に歩み寄った。
「降伏してください。そうして交渉の席についてください。約束をしてくれるなら、今ここで命は取りません。」
 白蘭は何も言わなかった。
 もうこの件に関しては興味がないらしい。
 未遂で終わっているが白蘭も裏切られて命を狙われる筈だった。
 でもつまらないと投げた物に対してはどうでもよさそうだ。
 文句はないんだろうと判断して綱吉は繰り返した。
「武器を捨てて降伏してください。」
 断れば命はない。
 何十人もの人間でも2人に敵わない。
 嫌という程に理解して、呆然としながら男は頷いた。
 どんなに一方的な要求がされる交渉になろうとも、完全に無駄死にと分かる戦いを挑めない以上、もうそうするしかなかった。





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