カモミール 13



 光の塊のような何かだと男が気付くより先に、それは真っ直ぐ綱吉へ襲い掛かり、衝撃で彼の体が後ろへと吹っ飛んだ。
 足場のない海の上まで投げ出されたが、彼は両手の炎で体勢を整えて空中で勢いを止める。
 当たり前のように空中に留まる綱吉を呆然と男達が見る中、1人だけ拍手をしながら前に出てくる人がいた。
 先程の衝撃を放った白蘭だ。
「白蘭…。」
「空気との調和で銃弾を全て消し、今の衝撃も受け止める。流石だね。」
 白蘭の姿を見て綱吉は本気で不快そうに顔を顰めた。
 彼がここにいるなんて分かりきっている。
 戦うだろうとも思っていたから攻撃してきた事もどうでもいい。
 けれど、今の彼の姿だけは、受け入れられなかった。
「悪趣味!」
「酷いなぁ、今日の為に折角仕立てたのに。似合うでしょう?」
 自慢の服を見せるようにくるりと回ってみせる。
 その服装は、過去に別の世界の白蘭と戦った、その時と同じ物。
 2度と見たくなかったと叫びたくなる姿だ。
「人のトラウマを遠慮なく抉り過ぎだろう…。」
「このくらいは今更じゃない。」
「流石に逃げていいですか?」
「ダメ。」
 にこりと笑って白蘭は手を叩く。
 再び衝撃が来るかと思いきや、それは何かの合図だったらしい。
 周辺に強い炎の気配を感じると、ドーム型に辺りを包む光が見えた。
 それにも見覚えがあり、じろりと綱吉は白蘭を睨む。
「色々と懐かしいでしょう。キミが白蘭を殺した、その時の結界。」
「何でこんな物が…。」
「勿論作った。」
「作った!?」
「面白いかなって思ってね。でもまだ実験段階で、キミと白蘭が作った結界程の強度はない。キミがちょっと本気になれば壊れるよ。」
 白蘭は軽く地面を蹴る。
 重力など存在しないかのように体は宙を浮き、綱吉がいる高さと同じ場所で止まった。
「でも、そのちょっとの隙をボクに見せるなんて、とっても怖い事だと綱吉君なら分かってくれるよね?」
「実際に貴方と戦った事はありませんけどね。」
「期待は裏切らないよ。」
 まるで楽しみを目の前にした子供のように白蘭は笑う。
 同時にその姿は綱吉の視線の先から消えた。
 少なくとも下で見ている男達には消えたようにしか見えなかった。
 綱吉も目で追い切れたかと聞かれれば怪しいが、右側から伸ばされた手を、白蘭の炎を受け止める。
 相変わらず痛い程の炎圧だ。
 拳に力を込めて、受け止めた炎を弾くように炎をぶつければ、白蘭の体は弾かれたように後ろに飛んだがすぐに止まる。
 ぞっと血の気が引くような気配を感じたのはその直後。
 白蘭の背に、この辺りを照らす明りよりも強くて白い光を、真っ白な炎で出来た翼を見て、綱吉は思わず舌打ちする。
 記憶と違わないどころか凄味は増していた。
 綱吉も白蘭と戦った後の10年間、何もせずに平穏な生活を送るなんて無理な話で、随分と色々な戦いに巻き込まれてきた。
 あの頃よりも強くなった筈だ。
 けれど肌を刺すような白蘭の炎圧は、それでも怖いと思った。
 本当に質の悪い相手だと綱吉は思う。
「ゴーストもいないのに、どんな無茶苦茶な炎圧だ。」
「キミだって人の事を言えないじゃない。まだ本気でもないのに記憶にあるキミよりずっと強い。」
「オレの家庭教師は年中無休でスパルタですから。」
「そうだったね。」
「貴方こそ何をどうしたらこんなバカみたいな炎圧になるんですか。」
「ボクって意外と努力家なんだ。」
 ぴんっと伸ばした人差し指を綱吉の方へと向ける。
 襲いかかる炎の塊を避けながら、綱吉はちらりと背後を窺う。
 結界にぶつかった炎は霧散して消えた。
 白蘭が全く本気になっていないとはいえ、この衝撃でも壊れない程の強度はあるようで逃げ道が出来ない。
「余所見していると危ないぞ。」
 突然間近に声が聞こえ、綱吉は勢いよく拳を振り上げる。
 遠慮なく顔を狙って殴りかかれば簡単に拳は防がた。
 すぐに攻撃を防いだ白蘭の腕を掴み、ぐるりと体を上へと持ち上げ、白蘭の背後に降りると同時に後ろ蹴りを背中へ当てた。
 いくらか白蘭の体は吹っ飛んだが、ダメージはそんなにないだろう。
 重ねていくしかないと、体勢を整えさせる前に追撃しようと構える。
 だが綱吉は勢いよく背後を振り返った。
 ここにいるのは綱吉と白蘭と下にいる男達だけ。
 男達の反応を見る限り、リングや匣を使えるのは自分達2人だけ。
 結界は壊れていないので外部からの侵入は不可能な筈。
 それなのに感じたのは別の炎の気配。
 何だか分からないままマントで防御態勢を取れば、やはり炎が綱吉へ襲いかかってきた。
 白蘭は先程の場所にいる。
 匣兵器での後方攻撃かと思ったが、それにしては威力が弱い。
 炎が飛んできた場所を真っ直ぐに見れば下に男が立っている。
「ドン・グリッジョ?」
 睨み付けるような視線を綱吉へ向けている彼の腕には、見覚えのある武器らしき物があった。
 左手首から肘まである死ぬ気の炎を放つ武器。
「匣兵器…、獄寺君の!?」
 思わず叫んだがよく見れば形状は違う。
 けれどタイプは獄寺が最初の頃に使っていた物によく似ている。
 どうしてそんな物を、なんて白蘭の仕業に決まっている。
「白蘭、あれ…。」
「匣兵器じゃなくて、あれは死ぬ気の炎を使う普通の武器だよ。」
 ふわりと翼が揺れ、次の瞬間には目の前にいた白蘭は真横にまで来ていて、繰り出した回し蹴りをまともにくらってしまった。
 お互いに炎を放つ以外では自分の体が武器になる。
 続く近距離での戦いの合間に白蘭は簡単に説明してくれた。
 それくらいの余裕はあり、綱吉も聞いている余裕はある。
 試作品の新しい武器だと白蘭は言った。
 リングに炎を灯す資格は必要だが、リングも匣もいらないごく普通の武器で、モスカみたいなものだと。
 話をしながら結界内を飛び回って攻撃を続けるが、邪魔をするようにその武器から地道に放たれる炎が鬱陶しい。
 威力はあまりない。
 マントで防ぐのも自分の炎で相殺するのも簡単だ。
 ただ白蘭の攻撃の合間にそれをするのが面倒だった。
「何だってあの形に…。」
「単なる偶然だよ。何となく持ってきた試作品があれだっただけ。」
「嘘くさい…。」
「酷い。」
 白蘭も下で武器を構える男を見る。
 銃弾で傷の1つも負わなかった綱吉と、背中に翼を広げている白蘭、その2人の間で行われているこの戦い。
 どれをとっても人間離れした光景に男の心は折れそうだった。
 それでも炎を灯した覚悟は流石と言える。
 威力がないのは残念だがこんなものだろう。
「余所見するな!」
「妬かないでよ。」
 拳にいくらかの炎を込めて綱吉が構えれば、素早く白蘭が両手を叩き炎を掻き消して、綱吉の体も衝撃で後方へ吹き飛ばされる。
 結界にぶつかるようにして綱吉は止まった。
 ちょうどいい、と思った綱吉は、結界に当てた手に炎を込めて放つ。
 悠長に時間をかけていては白蘭が怖いので威力はあまりない。
 だが効果はあり、一部がぼろりと崩れ、修復する様子はなかった。
「それぐらいの炎圧だと壊れちゃうか…。」
「使うなら自己修復くらい出来るようにした方がいいと思いますよ。」
「痛いところ突くな。それはこれから研究するんだ。」
「そもそも作ってどうする気ですか。」
「さぁ?使用用途は後で決めるよ。暇潰しみたいなものだし。」
「仕事しろ。」
「してるってば。」
 時折2人は動きを止めて言葉を交わす。
 戦闘中とは思えない呑気さで、綱吉など話をしながら腕を伸ばしたり手首を振ったりなど軽いストレッチまで始める。
 とても真剣に戦っているとは思えない。
 人間離れした動きにばかり気を取られていたが、それに気付けば下にいる男は段々と苛立ってきた。
 綱吉を潰すのが何よりの目的。
 彼を確実に殺す為にここにいる。
 真剣味に欠ける戦いを見学しに来たわけではないのだ。
 この武器ではどうにもならないと気付いた男は空の2人を睨む。
「ドン・ミルフィオーレ!」
 聞こえた叫び声に、ストップ、と白蘭は綱吉との戦いを止める。
 一息つきたかった綱吉は頷いて腕を下ろした。
「なに?」
「いつまで遊んでいるつもりだ!」
「遊んでなんかいないよ。それなりに真剣。」
「だったら早くその男を殺せ!」
「そう言われてもなぁ…。」
「出来ないのか!?」
「勿論出来るよ。でも、ここにいる皆が巻き添えになるけどね。」
「な…っ!?」
 それはそうだろう、と心の中で綱吉は同意する。
 お互いに刀や銃といった殺傷力の高い武器は持っていない。
 炎圧の高い炎は刀や銃に勝る殺傷力があるが、綱吉と白蘭の炎圧には差があまりないので防げてしまう。
 決着をつけるには全力を出さなければいけない。
 綱吉が別の世界の白蘭を殺した、あの時くらいに。
 今はあの時よりもお互いに炎圧が高い。
 本気で炎をぶつければ、結界など簡単に崩れ、下にいるグリッジョとおそらく混じっているだろうジャッロの人達は全て消え去るだろう。
 この広い港が何処まで原形を留められるか分からない。
 決着をつけさせたいなら逃げろ、と言いたいが。
 ぐるりと綱吉が見回せば、ほぼ全員が結界の中で、逃げ場がない。
「だ、だったら早く、ここから出せ!」
「共犯者に対してその言い方は酷いな。」
「あ、やっぱり共犯なんだ。」
「何を今更。」
「本人からの発言があるかないかでは違いますよ。」
「怖い事を言うな。お手柔らかにね。」
「貴方の今後の対応によりますよ。」
「あはは。やっぱりキミは面白いよ、綱吉君。」
 空中を蹴るような動作をして、白蘭は下にいる男の前に降りた。
 後退る男の腕を取り、渡した武器を素早く奪い取る。
 重いのと威力がいまいちな事、それから綱吉が言う通り獄寺の武器を何となく真似たので形状が白蘭の趣味ではない事、それが難点だ。
 かちゃりと白蘭は自分の左腕に武器を装着する。
「ドン・グリッジョ。」
「なに、を…。」
「やっぱり貴方より綱吉君の方が面白いや。」





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