カモミール 12



× × ×

 リボーンに言われて参加する筈だったパーティー。
 まずそれには行かないと綱吉は言った。
 白蘭が指定した場所に指定した時間で到着するには、抜け出そうとか言っていたくせに、パーティーに行く時間がないからだ。
 けれどパーティーは折角の機会。
 行きたくはないが、勿体ないと言えば勿体ない。
 ついでに仕事の早い獄寺のおかげで、パーティーに出席すると返事を出してしまっている。
 白蘭に指定されたわけではないが、綱吉は最初から1人で行くつもりだったので守護者達の手が空く。
 この機会を綱吉は獄寺とクロームに任せた。
 クロームの有幻覚で綱吉が出席しているかのように見せかける。
 そして適当に愛嬌を振りまいてもらう幻覚の隣で、全ての受け答えは獄寺にやってもらい、山本と了平にそれをサポートしてもらう。
 そうやってパーティーは乗り切る事にした。
 最初は勿論反対された。
 正一が持って来た報告書の効果は抜群で、獄寺はついさっき言い包められたので躊躇いがちだったが、他の3人は主に綱吉が1人で行くのは危険だと、それはもう全力で言われた。
 それでも綱吉は退かなかった。
 不安材料となっている報告書は、本当に綱吉が欲しかった物。
 おかげで綱吉は今まで以上に確信を持って言えた。
 これは白蘭の仕掛けてきた質の悪い遊びだ、と。
「ボス、もう間もなく到着致します。」
 ぼんやりと外を眺めていた綱吉へ運転をしている部下が声をかける。
「分かった。」
 パーティーの方は心配していない。
 実際には自分の代わりに動いてもらう事になる獄寺は、何度も代理をやってもらっているので、今回も大丈夫だろう。
 クロームも今となっては相当の術者。
 彼女の幻術を見破れる程の人物はそういないから、こちらも大丈夫。
 でも念の為に、パーティーに出席すると言っていた同盟ファミリーのボス、ディーノとユニには事情を説明して何かあればサポートを頼んでおいたので心配は何もない。
 頼みに行った時に何故綱吉が出席しないのかは言わなかった。
 2人とも何かを察した様子だったが、聞いてこない優しさに甘えた。
 話をしたら確実に心配されただろう。
 それにユニに白蘭の話は、あまりしたくなかった。
 戦争の記憶は彼女にも渡されている。
 けれどその時の彼女はとても幼くて、ぼんやりとしか覚えていない、とそう言ってユニは笑った。
 嘘だとすぐに分かった。
 最終的には死んでしまった別の世界の自分の記憶を、死という存在を理解出来る年頃になった時に彼女はどう思ったのか。
 心を向けた相手の腕の中で、泣きながら、それでも笑って消えた。
 その時の光景を思い出して綱吉は目を伏せる。
 白蘭を綱吉が初めて殺した相手と言うなら。
 ユニは綱吉が初めて見殺しにしてしまった相手。
 助けたかったのに手を伸ばしても何も出来ず、γと共に見殺しにしてしまった、もう1つの消えない傷。
 あの光景も2度と見たくない。
 再び窓の外へ目を向ければ、オレンジ色の明かりが所々にあるだけの暗い港と海が見えた。
 車はゆっくりと減速して静かに停車する。
 素早く部下が車から降りて綱吉がいる後部座席の扉を開けた。
「………、あの、ボス…。」
 車から降りる綱吉へ躊躇いがちに部下は声をかける。
 彼はここで何が行われるか全く知らない。
 指定された場所へ綱吉を連れて行く命令を受けただけ。
 しかもこのまま綱吉を置いて帰らないといけない。
 命令なので従うしかないが、出来れば今すぐにもその命令を変更して護衛として一緒に行かせてはもらえないか。
 その気持ちを込めた目を向けるが、綱吉は気付かない振りをした。
「ありがとう。獄寺への報告は頼んだよ。」
「ボス…!」
「命令に変更はない。」
 食い下がろうとする部下を綱吉は一言で切り捨てる。
 悔しそうに目を伏せた部下は、どうかご無事で、と一言残して車へと戻り、1度振り返りはしたがそのまま走り去った。
 波の音だけしか聞こえなくなった頃、綱吉はリングに炎を灯す。
 同時に現れた、いつ見ても不思議な姿をしているが一応ライオンの、これでも兵器であるナッツを肩の上に乗せる。
 ナッツの性格は綱吉の精神状態に左右される。
 普段は大人しいを通り越して臆病な性格だが、今は静かに綱吉の肩の上で周りを窺っていた。
 小さいながら頼もしい相棒の喉元を指で撫でて一緒に暗い港を進む。
「肝試しかよ…。」
 気を紛らわせるように呟く。
 波の音しか聞こえない静かさと、少ない明かりしかない薄暗さ。
 ぼんやりとした人影なんて見えたら泣いて逃げ出しそうだ。
 けれどこの先には幽霊よりもずっと質が悪い存在が待っているので、ある意味いっそ幽霊だけで終わってくれた方がいいかもしれない。
 ため息をついて綱吉は毛糸の手袋をはめた。
 人の気配はある。
 ここは危険だと勘も告げている。
 それを無視して綱吉は奥へと進んだ。
 場所は指定されているが、初めて来た港なんて何処も一緒に見えて、しかも薄暗いから視界が悪い。
 ナッツが落ち着かなさそうに低く唸った。
 どうやら若干緊張しているようだ。
 1度大きく深呼吸して、それでも唸るナッツを撫でて宥める。
 目的地はこの先で間違いない。
 再び綱吉は暗い港を歩きだす。
 ピリッと何とも言えない感覚が全身を走ったのはその時だった。
 綱吉が構えると同時に銃声が響いた。
 1つや2つではなく大量に、まるで降り注ぐようだった。
 暫く音の嵐は続き、弾切れと共に辺りは静まり返る。
 急な静かさに耳鳴りを感じながら、この辺りを囲っていた男達は港にある大きな照明を点けた。
 綱吉が立っていた周囲が明るくなり、男達はそっと様子を窺う。
 何十人もの人間で囲い、全方向から一斉に様々な銃火器を向けた。
 普通ならまともな死体は残っていない。
 油断をしてのこのこと現れたドン・ボンゴレを殺せた筈だ。
 けれどこの状況を作った男は、白蘭は、こんな程度じゃ無理だよ、と言っていた。
 死ぬ気の炎や匣兵器といった新しい武器がかなり前から話題になっているが、滅多に手に入らないそれが必要だと。
 だが十分に人を殺せるだけの事をした。
 これで死なない人間などいるのだろうかと思いながら、原形は残っていない筈の死体を確認しようとして、男達は言葉を失う。
 銃弾が降り注いだ場所には黒い塊が見えた。
 それが、裾に炎が灯っている真っ黒いマントだと知ったのは、綱吉が自分の体を覆っていたマントを翻した時。
「うるさっ…!」
 こんな状況だというのに綱吉は顔を顰めてそう叫んだ。
 あまりにもこの状況とは不似合いな言葉に男達は呆然とする。
 確かに銃弾が降り注いだのだから音は凄かった。
 けれど他に言うべき言葉がある筈だ。
 呑気に音量の事など気にしている場合ではなく、そもそも五体満足で生きている事がおかしい。
 よく見ればコンクリートの地面は大量の銃弾を受けて抉れているが、綱吉の周囲だけは綺麗なままだった。
 綱吉本人にも、その周囲にも、何のダメージもない。
 強いて言えば本人が言った通り、音で耳が痛くなったくらいだ。
 後は全て何処から出したか分からない布1枚で防いだ。
 普通の人間にはとても理解出来る状況ではない。
「化物…っ!」
 思わず誰かが震えた声で言った。
 この場にいた全員が思っていた言葉だった。
 優男の姿をした化物は辺りをぐるりと見回すと、ある一点を見据えてそこに隠れている人物へ声をかけた。
「出て来い。」
 多くの人が配置されているが、そこにいた男は自分が呼ばれていると嫌でも理解した。
 悔しそうに歯を食いしばりながら建物の陰から出る。
「ドン・グリッジョ。」
「ドン・ボンゴレ…。」
 お互いに顔を合わせるのはこれが初めてだ。
「まさかここまでの化物だったとはな…!」
「………、その化物に挑んでどうなるか、覚悟の上か?」
 両方の拳と額に炎を灯す。
 拳には炎の他にグローブもある。
 そうして翻されたマントが彼の持っている装備の全てで、それだけが何十丁もの銃火器に勝った。
 本当に化物と呼ぶ以外に言葉が思い浮かばない。
 そんな存在が1歩前へ踏み出す。
 思わず恐怖で男は後退されば、何かが真横を通り過ぎた。





  ≪ 11 | Top | 13 ≫