× × ×
白蘭から綱吉への要求はいたってシンプルだった。
前に言っていた、今度行われるパーティーに出席したら途中で一緒に抜け出そう、それだけだった。
裏はあるとみて間違いない。
これで本当に抜け出すだけだったら却って気持ちが悪い。
短い面会が行われた日の夜に白蘭からのメールは届いた。
メールには行き先らしき場所の名前と地図に到着予定時間、それから楽しみにしているというメッセージがあった。
時間は夜。
場所はパーティー会場から離れた港。
何だか分かりやす過ぎて白蘭らしくない。
おそらくこれは白蘭の意思ではなく別の誰かの要求なのだろう。
だったらそれは誰なのか、ここが問題だ。
「獄寺君。それで何か分かった?」
無駄な仕事が増えてしまったので、元々の仕事は全く片付かない。
酷い状況になっている机の向こう側にいる獄寺に声をかければ、彼は持っていた報告書をめくって淡々と報告を始めた。
「笹川が担当した任務ですが、目標だったグリッジョの一部隊は事前の情報通りでした。ですが、おそらく白蘭の情報を得たと思われる別方向から襲撃してきた部隊はグリッジョとは別でした。」
「何処のファミリー?」
「ジャッロファミリーです。」
「あー…、やっぱりあそこって繋がっていたんだ…。」
「明確な証拠がまだないのが悔しいですが…。」
「白蘭とは?」
「グリッジョのボスが少し前にミルフィオーレの本部に向かったという情報があります。」
「そっか…。」
ジャッロがグリッジョから情報を盗んだ為の襲撃。
もしくは全員まとめて共犯者だった為の作戦。
おそらくはどちらかだろう。
後者の方が可能性は高い。
そう思うけれど証拠らしい証拠はない。
まだ白蘭の侵入と了平への襲撃から時間はあまり経っていない。
仕方ないと言えば仕方ないが、獄寺が悔しそうに眉を顰める。
「申し訳ありません…。」
「気にしないで。とりあえずもう少し調べてもらえるかな。白蘭は多分これ以上聞いても何も話さないと…。」
「10代目。」
「ん?」
珍しくも獄寺が綱吉の言葉を遮る。
特に気にした様子もなく綱吉は首を傾げた。
言おうかどうしようか迷っている獄寺へ、どうしたの、と綱吉は軽く発言を促す。
1度目を閉じた獄寺は、意を決したように綱吉を見た。
「10代目、ミルフィオーレを潰しましょう。」
「………、は?」
「グリッジョとジャッロをまず潰します。ミルフィオーレからの増援が来る前に、出来る限りの最速で。」
「え、あの、獄寺君…。」
「その後は一気にミルフィオーレに攻め込みます。詳しい作戦は時間を頂ければオレが必ず…!」
「ストップ!獄寺君、とりあえずストップ!」
今度は綱吉が獄寺の言葉を遮る。
言われるままに口を噤んだ獄寺は不満そうだ。
獄寺の言いたい事は分かる。
やられる前にやってしまえ、というその主張も分からなくはない。
正しい判断と言えなくもないだろう。
けれどそもそも綱吉にはミルフィオーレを潰す気など全くない。
「あのね、獄寺君。何度も言うけどミルフィオーレは同盟相手だよ?」
「今は敵も同じです。」
「キミの言い分はよく分かるよ。白蘭はクラッキングを認めていたし、情報を何処かに売ったとは言っていなかったけど、ほぼ間違いない。」
「でしたら!」
「でもボンゴレはミルフィオーレとは戦わない。」
「10代目!」
「この意見を変えるつもりはないよ。」
「何故ですか…っ!」
暫く睨み合うようにして顔を見合わせる。
お互いに1歩も退く気はなく、これでは埒が明かない。
そう思った綱吉は立ち上がり、机を挟んだ向こう側にいる獄寺に手を伸ばして軽く抱き締めた。
少し無理がある体勢なので背の高い獄寺を力尽くで引き寄せる。
倒れそうになった獄寺が慌てて机の上に手をつき、いくつかの書類が悲惨な事になった。
けれどそんな事は気にせず綱吉は宥めるように獄寺の背中を軽く叩く。
「あ、あの…、10代目…?」
「………、キミがさ。」
「はい…。」
「10年前に未来へ飛ばされた時にオレは棺桶に入っていた、あの光景を忘れられないのは知っている。嘘だったって分かっている今でもね。」
「っ…!」
「だからキミの意見を過保護とは言わない。オレに関しては出来る限り慎重になるのがキミの役目で、獄寺君は間違った事を言っていない。」
獄寺がぎゅっと両手を握り締めた。
その拍子に書類を1枚握り潰してしまい、どう考えても作り直すしかない状態になってしまった。
また仕事が1つ増えたが、今はそんな事など無視して獄寺の背中へと回した腕に綱吉は力を込める。
獄寺もそろりと腕を上げて綱吉の肩を掴んだ。
「でも、それを分かった上で酷い事を言うけど、どうか今はオレの事を信じてくれないかな。」
「………、10代目の事は信じています、いつだって。」
「うん。」
「ですが、本当に大丈夫なんでしょうね。」
「平気だってば。」
「秘密裏に進めている作戦があるとか、そういう事もありませんよね。」
「あの時の未来のオレが、雲雀さんと正一さんだけで作戦を進めていた件について今ここで拗ねられても、実際には無関係のオレは凄く困る。というか実はオレの事なんかそんなに信じてないでしょ?」
「信じていなかったら、今すぐに貴方を何処か安全な場所に閉じ込めてオレが勝手に動きますよ!出来ないから困っているんです!」
「それもそっか…、そうだよね、ごめん。」
頭を撫でれば獄寺は無言で綱吉の肩に額を押し付けた。
自分が机の前に行けばもう少し抱き締めやすかったな、とそんな事を綱吉が思っていれば、途端に大きな音が部屋の中に響いた。
背後で硬い音が聞こえたかと思えば、何かが綱吉の頬を掠め、獄寺の髪をいくつか散らし、入口付近の壁にめり込んで止まる。
ソファーでリボーンが手入れをしていた銃からは煙が立っている。
リボーンが撃った弾が、背後にある開発班自慢の防弾ガラスに当たり跳弾して綱吉と獄寺の真横を通り過ぎた。
少し時間をかけてそれを理解した綱吉はさっと血の気が引く。
綱吉にしがみついて何も見えなかった獄寺も、音と弾が流れた空気で状況を理解して硬直する。
リボーンは2人の事など気にせず満足そうに銃を見た。
「こんなもんか。」
流石は世界一の殺し屋。
即座に跳弾の方向さえ正確に計算して撃てる技術は流石だ。
1歩間違えれば綱吉に当たったかもしれないのに、それでも迷いなく撃てる度胸と自信はいっそ見習いたい。
若干現実逃避した頭でそんな事を考えていれば、再び銃口はこちらへ向けられた。
「いつまでも目の前でイチャイチャと、鬱陶しいんだよ。」
綱吉も獄寺も慌てて手を放してお互いから距離を取った。
それを見てリボーンは銃を下ろし、手入れが終わった銃を綺麗に磨きながら綱吉へ声をかける。
「おい、ツナ。」
「え?」
「オレが言いたい事は1つだ。お前は白蘭を甘やかしてはいないな?」
前にも同じ事を言われた。
綱吉の返事も変わっていない。
迷いなく綱吉は頷いた。
「オレは正しい距離感だと思っているよ、今も変わらず。」
「そうか。」
リボーンは静かに頷き、直後に再び物凄い速さで銃口が向けられて、先程と同じ方法でほぼ同じ位置を弾丸が掠めていった。
再び壁にめり込む銃弾に綱吉の顔は真っ青になった。
ヒリヒリと痛む頬に泣きたい気持ちになる。
「今度は一体何が気に入らなかったんですかリボーンさん…。」
「白蘭はともかく、この馬鹿は間違いなく甘やかしているよな。お前はもう少しボスとして自覚を持て。」
「何だよそれ…。」
「それから獄寺。お前もドン・ボンゴレの右腕で守護者の筆頭なんだ。情けない顔している暇があったら、ボスの要望に答える為の準備を早く始めたらどうなんだ。」
「す、すみません!」
背を伸ばして獄寺はリボーンに頭を下げる。
獄寺が何を言っても綱吉は意見を変えない。
そしてそれを信じると決めればやる事は決まっている。
少しでも多くの情報を得て綱吉が望む状況を作り上げる。
けれどまだほんの少しぐらつく自分の弱さに獄寺は綱吉を見る。
「10代目…。」
思った以上に弱々しい声になってしまった呟きに、綱吉は安心させるようににこりと笑った。
「大丈夫だよ獄寺君。パーティーと白蘭の遊びが終わった後も、オレはここでキミと一緒に仕事に追われている。何も変わらないよ。」
「………、はい。」
しっかりと頷いて心を決める。
そうとなれば時間が惜しい。
綱吉とリボーンに一言断って獄寺は部屋を出ようとしたが、ちょうどそのタイミングで電話が鳴った。
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