緩和 10






 ハーヴェイに装飾品と策を授けたシグルドは、送り出してからすぐに散らばっている仲間達に連絡をとった。
 内容は「空き巣狙いや強盗を働こうとしている不審者を見つけたら路地裏に誘導するように追うだけ追って、その後わざと見失え」というもの。
 散々追いかけ回された哀れな不審者は、心身共に疲れ切ったところに無防備に歩く宝石の山を見つけ、もうあれでいいやと後先考えずに突っ込んでくるという寸法だ。
 ハーヴェイが一人で片付けるならばそれでよし、無理ならば裏道出口で更なる罠を張る。
 しかしどの裏道を通るかなんて判らないので、そこはシグルドの勘という酷く運任せで強引な状況であった。
 その数に関してはハーヴェイ同様シグルドも予想外だったらしいが、何にせよ結果的に一網打尽にするという計画は見事成功をおさめて終わりを迎えたのだった。





「イテッ! おい、もっと優しくしろっての!」
「手当してやっているだけでも有難いと思え。お前が傷付けた装飾品の後始末を誰がやったと思っているんだ」
「お前があんな無茶な作戦考えなきゃ、俺も宝石も今頃平和に帰りついてたんだよ!」
「おい、静かにしないかッ。キリル様とルクス様が起きてしまうだろう」
 シグルドに軽く頭を叩かれ、普段とは違う今の状況を思い出す。
 二人で恐る恐る部屋のベッド二台に目を向けると双方から乱れる事のない気持ちよさそうな寝息が聞こえてきて、ホッと息をついた。

 朝日が昇り始めた頃、ハーヴェイとシグルドは街の好意で用意してもらった宿屋にいた。
 この三日間は一々船まで戻るのは大変だからと、警備に参加する人間全員の宿の面倒を見てもらえる事になっている。
 ただし部屋には限りがある為、相部屋や大広間での雑魚寝は当たり前となっていて、ハーヴェイはシグルド、キリル、ルクスと共に三日間を過ごす事となっていた。
 部屋の中の備え付けベッドは二台、そして持ち込まれた布団が二つ。
 寝にきているようなものだから特別注文があるはずもない。
 ベッドは二人に譲り、ハーヴェイとシグルドは床に敷いた二つの布団の上で向かい合っていた。

 穴だらけだったわりに上手く事が運んで成功した一網打尽の代償は、ハーヴェイの擦り傷と地面に滑った時に傷を付けてしまった宝石の後始末だった。
 持ち主達に包み隠さず事情を説明して頭を下げたのは、怪我のせいで酷いナリとなったハーヴェイの代わりを買って出たシグルドで、高額な弁償も致し方ないという覚悟でいたのだが、しかし意外なほどあっさりと呆気なく許されてしまい逆に拍子抜けしてしまう。
 皆口々に伝統ある祭りを身体を張って守ってくれた礼だと言っていたが、だからといってそれで終わらせる訳には当然いかない。
 結局、今後旅先で高価で珍しいものを見つけたらそれを進呈するという形で収拾がついたのだった。

 慌ただしい一日が、日が昇ると共にようやく終わろうとしている。
 しかしこれが最後ではない。
 あと二日間もある。
 その全てが今日と同じような目まぐるしさであれば、自分の身体はちゃんと持つのだろうか。
 そんな事を考えているうちに自然と小さな溜息が口をつく。
 それに気づいたシグルドが、静かにハーヴェイに問う。
「疲れたのか?」
「当たり前だ。見て判るだろうが」
「そうか」
 ペタリと頬の擦り傷に絆創膏を貼り付けた手が、ふわりとハーヴェイの首に回る。
 突然柔らかな人肌を感じたと思ったら、次に唇をさっと何かがかすめていく。
 目の前にはあまり距離を感じさせない位置にあるシグルドの顔。
 かすめたものが何かなんて考えるまでもない。
「これが癒しになるんだろう?」
 思ってもみなかったシグルドの行動にハーヴェイの目が見開かれるが、それも一瞬の事。
「……何だ、お堅いシグルドにしちゃよく判ってるじゃん」
 どちらからともなく笑みを零し、そして再び唇を寄せた。
 そうする事が自然であるかのように。
 緩く開かれた唇は互いのそれを啄む為のもの。
 既に夢の世界へと旅立っているキリルとルクスに気を遣って極力呼吸が乱れないよう、穏やかに熱を交わし合う。
 ちゅくちゅくといつもより控えめに耳に届く水音が、この行為が秘め事であると物語っているようで。
「何かさ、これからキリル達に人前でイチャつくなって言えなくなるな」
「………………いいんじゃないか? 今は人前という訳ではないし」
「……何だよお前、今日どうしたんだよ。んな事言うなんてさ」
「今日は頑張ったからな、お前は。それに仕事はまだ始まったばかりだし、少しくらいいいかという気まぐれだ」
「そっか、気まぐれか。じゃあ気が変わらないうちに……」
 もう一回。
 そう囁くように告げてシグルドの頬に手を伸ばし、優しく包み込む。
 すると改まった空気に今更照れでもしたのか、軽く頬を染めて視線を逸らすシグルドに思わず気づかれないよう笑みを浮かべる。

 カーテン越しに窓から差し込む光がいつの間にか強く明るくなっている。
 まもなく目の前の切れ長の瞳がゆっくりと閉じられて、それが二人の秘め事再開の合図となった。










END





 


2011.10.01

5周年、どうも有難う御座います!




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