約束 1






 前に進んで行けるのは単純に嬉しかった。
 それが辛いと感じるようになったのはいつからかなんて、覚えていない。

 上手く頭が回らないような気がして思わず動きが止まる。
 今はまず何をするべきなのかと考えれば、戦闘中なのだからとにかく目の前の敵を撃退するのが何よりも優先される。
 悠長に立ち止まって戦場を眺めている場合ではない。
 分かってはいるが、どうにも頭の中がぐちゃぐちゃで、いつもなら自然に出来る事が今はどうやればいいのか分からなくなってしまった。
 仲間達のサポートに回るべきか、このまま敵に向かっていくか、敵の中心人物は誰なのか、不審な動きをしている奴はいないか。
 いつもなら当たり前に考えられる事が頭の中をぐるぐる回るばかり。
 こちらが有利なのか不利なのかもよく分からないぐらいだ。
 これではよくない、と軽く頭を振る。
 少し落ち着かなければと軽く呼吸を整え、状況を確認する為に周りを見回せば、自分と同じように立ち止まっている人がいる事に気が付いた。
 向こうも同じ事をしていたようでぴたりと目が合う。
 距離はお互いの表情が見えるくらいに近くて、彼の存在に今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。
 どうやらそれくらい注意力散漫になってしまっているらしい。
 反省しなければと思うものの、それが具体的な行動には移らず、ただじっと目を逸らせずに相手を見つめた。
 自分もそうだが彼も立ち止まってどうしたのだろうか。
 もしかしたら怪我でもしたのか、何か問題でも起きたのか。
 声を張れば問題なく相手に聞こえるだろう、そう思って名前を呼ぼうと口を開いたが、結局何も言えないまま口を閉じた。
 本当に何をしているのだろうか。
 本当に何をするべきなのだろうか。
 ぐるぐると色々な事が頭を回って、でもそのうち視線の先にいる大切な人の事しか頭の中に残らなくなった。
 この旅は確かに前に進んでいる。
 先に進めるのは嬉しい、自分の目的も彼の目的も、おそらく旅の終わりに同時に達成されるだろうから。
 そうしてその終わりもぼんやりとだが見えてきた。
 きっとあともう少し、あといくらか先に進めば旅は終わる。
 そうしてふと考えるのはその先の事。
 無事にこの旅が終わる保証など何処にもないというのに、それでも時折そんな事を考えてしまう。
 自分のこれからは何となくだが決まっている。
 特に誰かに言って聞かせられる程の素晴らしい何かがあるわけではないが、でも心に決めている事がある。
 そうやって考える先の中に彼の存在はない。
 彼の今後をハッキリと聞いた事はないが、でも彼の考えるこれから先が自分と同じ可能性はまずない。
 それは当然の事だ。
 出会ったのは旅の中、一緒に行動していたのは目的が同じだったから、それが終わればお互いの目的は別々になる。
 当然の事だ、と分かっているのに。
 どうしてこんなに頭が動かなくなるのだろうか。
 理由を考えようとしてみるが、頭が動かない時に考え事なんて無駄にしかならず、結局はただ相手をじっと見つめるばかり。
 周りには一切気を配らずにそんな事をしていれば戦場ではいい的だ。
 そんな当たり前の事を思い出したのは、相手の背後に武器を構える敵の姿を見た時だった。
「キリル君!」
「ルクス!」
 相手の名前を叫べば、ほぼ同時に自分の名前を叫ばれ、何事かと一瞬驚いたがすぐに視線が背後に向けられている事に気付く。
 お互いに同じ状況なんだと理解し、慌てて振り返ると武器を構えて気持ちを切り替える。
 咄嗟の事に他の事が一切考えられなくなったが、却ってそれがよかったのか、余計な事に気を取られる事なく戦えた。
 相手の武器を弾き、同時に切り伏せる。
 致命傷になったと分かったので、これ以上は敵に構わず振り返る。
 心配は無用だったようで向こうも無事に撃退をしてこちらを振り返っていた。
 怪我はない様子だが心配になって駆け寄る。
「平気?」
「うん、ボクは大丈夫。ルクスこそ平気なの?」
「平気。」
「でも立ち止まっていたから、何かあったのかなって。」
「それはキミも。」
「それはそうだけど…。」
 お互いに向かい合ったまま何となく黙り込むが、今ここが戦場である事は依然変わりなく、呑気な自分達に流石に痺れを切らしたような怒鳴り声が向けられた。
「おい、お前ら!そろそろいい加減にしろよな!!」
 ハーヴェイの声に顔を上げれば随分と苛立った様子だった。
 主力と言える2人が呑気に立ち止まり、戦況は不利ではないが決して有利でもないのだから、ハーヴェイや他の仲間達の苛立ちは尤もだ。
 ハーヴェイの傍にいたシグルドの方を見れば、彼も困ったような少し呆れたような表情を浮かべていた。
「状況を考えろ、状況を!それが分からない素人じゃないだろう!?」
「ご、ごめんなさい…。」
「ごめん。」
「謝っている暇があったら動け、とにかくさっさと戻れ!」
「はい。」
「うん。」
 ハーヴェイへと返事をして、それからお互いに顔を見合わせて頷く。
 相手の様子が心配な気持ちもあるが、今の自分ではそれを気にしていられる余裕はなく、そもそも現状がそんな場合ではない。
 大丈夫だ、という意思表示の為に少し笑ってみる。
 少し失敗したような気もするが、またここでもたもたしてるわけにもいかないので、一呼吸置いた後に戦いの中へと戻った。
 敵は軍服を着た兵士ばかり。
 以前は街道を歩いている時に気を付けるべきは魔物か盗賊の類くらいでよかったのに、今となっては一国の正式な軍人も警戒しなければいけなくなった。
 きちんと訓練を受けているし統制が取れた動きをするので魔物や盗賊よりもずっと厄介な相手。
 気を引き締めなければ危険で、何よりこんな場所で手間取っている場合ではない。
 もう少し進めば旅は終わる。
 ずっと目的としていた事が1つ終わる。
 だからこんな場所で立ち止まらず、出来るだけ早く自分と彼の目的を達成して、ようやく終わったね、と笑い合いたい。
 そんな願いがもう少しで叶う。

 だから今は、その後の事を考えて立ち止まっている場合ではないと、ちゃんと分かっているんだ。





 


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