記事タイトル:丸型(丸妻)車体について 

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お名前: 管理人   
私が岩手県にいた頃には,もう丸型車体はありませんでした。
S40年式の車両は,私が岩手県に住む1年前(1983年)に1回訪れた際は,元国際興業のBU10が残ってい
ました。これは,その後1年以内に廃車となり,私が住むようになった1984年には既にありませんでした。

ただ,元岩手中央バスの車両は,相当数が廃車体として残っていましたので,そこらへんは,「車両ギャ
ラリー」−「岩手県交通」−「廃車体」の項をご覧ください。
岩手中央バスでは,1965(S40)年のワンマン化から2年間に,日野RB10は帝国車体、金産車体で,いすゞ
BA、BRは川崎重工,北村製作所,帝国車体で,三菱MR490は呉羽車体と北村製作所で,と言った具合で導入
しているようです。
この中で、廃車体の写真に入っていないのは,日野−金産,といすゞ−帝国の組合せでしょうか。
ちなみに,富士重工の車体は,更に古い廃車体の画像を掲載していますが,オリジナルか中古車かは不明です。

その後経営が悪くなったせいか,岩手中央バスとしての新車は,1970年に国際興業グループ入りした後,
いすゞ車を大量導入するまで一時途絶えたものと予想しています。
なお,岩手中央バス時代の車両については,当時を知る方がおられたら,より詳しい情報を書き込み頂け
れば幸いです。
[2002年11月19日 18時51分45秒]

お名前: 里の杜のメルファ7   
こんばんわ、管理人様
丸型車体についてですが、各車体メーカーともS40年前後をもって
角型の車体に移行しています。
そんな中で金産車体はS42まで丸型を生産していました。
代表的な形式としてはUDの4R系や日野RB(C)が有名です。
しかし、管理人様の車両ギャラリーのなかには路線車としては
ありませんでした。
私がS57に盛岡で確認したのは中央バス塗装のS40年式があり、
また、三菱車では呉羽のいわゆる角型との合いの子も健在でした。
ということは、中央バスのRB10型における納車はS41,42
においては帝国あるいは富士重だけだったのでしゃうか。
また、‘その頃‘においてはすでにS40式は存在しなかったと
思いますが、そのへんはどうなんでしょうか。
[2002年11月18日 21時6分44秒]

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