ウィザードリィエクス2外伝
凛の冒険 エピソード0

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9・再会

 西の空に傾いた満月が水面に映って静かに揺れています。
 朝と夜がせめぎ合う東の空は、遠くの山々の稜線がうっすらとした紫色に染まり始めています。
 エルウィン湖。
 いくつもの小さな湖が集まって大きな湖を形作るこの地は、大陸屈指の景勝地とも云われています。
 式部京は桜の咲く春。
 標高6000メートルのアリテト山脈は雪深き冬。
 そしてこのエルウィン湖で季節はまた春に。
 ここにも大陸各地を走るロードの中継地点となる聖戦塔が設置されています。
 東はアリテト山脈から繋がるクライスロード。
 そして北西に伸びるロードはガラパス氷河へと繋がっています。
 その北西に伸びるロードこそがエルンロード。
 私の旅の目的地です。
「凛、少し休むか」
「大丈夫です。それより急ぎましょう」
 ナイト・オブ・ダイヤモンドと戦って傷付いた私を気遣ってくれるララスさんですが、私はそれを断りました。
 だってもうすぐ夜が明けてしまうから。
 亡霊の正体が本当に静流お姉ちゃんかは分かりませんが、静流お姉ちゃんに会えるのは満月の夜じゃないとダメなような気がして・・・
 何の根拠もないただの私の勘なのですが、私にはそう思えてならないのです。
「それじゃあせめて串焼きの一本くらい食べておけ」
 ララスさんはアリテト山脈の野営宿舎で食べた蛙の串焼きの残りを差し出してくれました。
 私はそれを受け取りながら、チラリとリリスさんを見ました。
「リリスのことは気にしないで、それ食べなよ。きっとスタミナになるよ」
「うん」
 カエルが原因で始まったリリスさんとのケンカでしたが、もう大丈夫みたい。
 私は蛙の串焼きをパクリと頬張りました。
「おいし・・・」
 その時、私の目から涙がすうっと零れ落ちました。
 串焼きのおいしさに感動したから、じゃないと思います。
 初めての冒険でここまで来るのは、私一人じゃ無理だったはずです。
 ララスさんの特訓があったりリリスさんに励まされたり、そのおかげでここまで頑張れたんだと。
「凛、どうしたの?」
「オイ、凛」
「うっ、大丈夫です」
 二人の言葉が心に染み入ります。
 私は泣きながら、残りの串焼きを食べたのでした。

「一気に中枢まで飛ぶぞ」
「お願いします」
 エルンロードに入った私たち、エセルさんから貰った転移定期で目的地まで一気に移動です。
 目的地はそう、エルンロード中枢。
 二年前、静流お姉ちゃんとの悲しい別れがあった場所です。
 ふわっと身体が浮き上がったかと思うと、周囲の景色がグニャリと歪みました。
 そして次の瞬間にはもう、私たちはさっきまでとは別の場所に立っていたのでした。
「ここは・・・」
 二年前の記憶が甦ります。
 その記憶に導かれるように走り出しました。
「凛、待て!」
「待ってー」
 後ろから聞こえる二人の声にも振り返ることなく私は走り続けました。
 そして。
「いた・・・」
 見つけました。
 私の目の前数メートルのところにその人はいました。
 私と同じネコの耳はフェルパー族の証です。
 肩口でざっくりと切られた髪は赤茶色。
 左目は眼帯で覆われています。
 着流しで着物を羽織り、手には一振りの刀。
「静流お姉ちゃん、だよね?」
 信じたい、だけど認めるのも怖い。
 そんな複雑な感情の混じった声でおそるおそる声をかけます。
「・・・凛?」
 ゆっくりと、でも確かに。
 静流お姉ちゃんは私の名前を呼んでくれたのでした。
 間違いありません。
 あの人は静流お姉ちゃんです。
「お姉ちゃん!」
 私は静流お姉ちゃんへと走り出しました。
「凛」
 お姉ちゃんがもう一度私の名前を呼んで私を迎え入れてくれます。
 私はその胸へ飛び込みました。
 しかし・・・
「!?」
 私の身体は静流お姉ちゃんを突き抜けてしまったのでした。
「お姉ちゃん・・・?」
 おそるおそる、お姉ちゃんへと振り返ります。
 そんな私に対してお姉ちゃんはゆっくりと首を横に振るのでした。
「私は死んだ身のはず。もう実体は存在しないのだな」
 そうでした。
 今も、そして二年前のあの時も。
 静流お姉ちゃんはもうこの世にはいない人になっていたのでした。
 でもでも、たとえ実体は無くとも、こうしてまた静流お姉ちゃんに会えてお話できたのだから、私が嬉しくないはずがありません。
「学府で亡霊の噂を聞いて、静流お姉ちゃんじゃないかって思ったら居ても立ってもいられなかった」
「それで来てくれたのか。凛、大きくなったな」
「うん、私学徒になったんだよ。ホラくのいち」
 クルリと回ってお姉ちゃんに私のくのいち姿を見せてやりました。
「侍を目指さなかったのか?」
「うっ、それは・・・くのいちもカッコイイかなあって」
 審査で性格が引っ掛かって、とは言えませんでした。
「そうか、なかなか様になっているじゃないか、似合っているぞ」
「そうでしょ、へへへ」
 久しぶりに交わす姉妹の会話です。
 私は、この時が少しでも長く続いてくれたらと思わずにはいられませんでした。
 しかし、私の願いは無残にも引き裂かれることになります。
「あーら、感動的な姉妹の再会のシーンだわねえ」
 禍々しい邪気を含んだ女の声が響きました。
 聞き覚えのあるこの声の主は・・・
「パンドゥーラ! テメェ・・・」
 ララスさんが突然現れた女の名前を叫びました。
 パンドゥーラ。
 それは私にとってもあまりにも忌々しい名前です。
 恐るべき力を持つ魔族の中でも特に四天魔に数えられるあの女は、二年前のあの時も私と静流お姉ちゃんの前に現れました。
 パンドゥーラは、あの時既に死んでいて亡霊となったお姉ちゃんを、自分の手駒として操っていたのです。
「パンドゥーラ、何しに現れた?」
「あら。アナタいたのね。姉に相手にされなかったから今度は妹に乗り換えるつもりなのかしら?」
「ふざけるな!」
「でも残念ね。あの子ネコちゃんは私がいただくわ」
 ララスさんの怒りの追及を軽くいなしたパンドゥーラは、そのいやらしい視線を私へと向けてきたのです。
「私に何の用ですか?」
 私はこの時、相手が恐るべき四天魔の一人だなんて完全に忘れていました。
 ただただパンドゥーラが憎くてたまらなかったのです。
「あら怖い顔だこと、子ネコちゃん。私はね、カワイイ娘が大好きなの。私のモノになれば、いつでも大好きなお姉ちゃんと一緒にいられるのよ」
「どういうことですか?」
「子ネコちゃんも死んで亡霊になるの。そうすればいつでもお姉ちゃんと一緒でしょ」
「ふざけないで!」
 私は力の限りに叫びました。
 冗談じゃありません。
 私も死ぬですって?
 亡霊になって静流お姉ちゃんと一緒にですって?
 そんなのはゴメンです。
「凛、落ち着いて」
「リリスさん・・・」
 リリスさんがいきり立つ私を制してくれました。
 こういう時は電脳種であるリリスさんの冷静さをありがたく思います。
「パンドゥーラ」
「アラ、アンタもいたのね。相変わらず電脳ロリータ小娘だこと」
「リリスにはそんな挑発は通用しないわ。今回の亡霊騒ぎはお前の仕業ね?」
「アーッハッハッハ」
 リリスさんに追求されたパンドゥーラが突然笑い出しました。
「なかなか鋭いじゃないか、電脳小娘」
「その呼び方は止めろ」
「良いだろう、教えてあげるよ。私の狙いはさっきも言ったとおり」
 そこでパンドゥーラは言葉を切り、すうっと指先を私へ向けて伸ばしました。
「あんたさ、子ネコちゃん」
「私・・・?」
「そうさ。静流の亡霊の噂を聞きつければ必ずここまで来ると思ったからね。何たって子ネコちゃんはお姉ちゃんが大好きだからねえ」
「でもどうして私を? まさか本当に殺して手駒にするつもりで・・・」
「ああそうさ子ネコちゃん。あんたを私の手駒にできたらあんたの父親はどういう反応をするだろうねえ?」
 パンドゥーラがクックといやらしく笑います。
「娘を二人も私に寝取られたらさぞや悔しがるだろうさ。殺さないでも人質でもおもしろいかもねえ。
 あんたの父親は式部京の校長だ。娘を取り返すために式部京聖戦学府を解散するぐらいはしてくれるかもしれないねえ」
「それがあなたの狙いなのね・・・」
 愕然とする私たちを尻目にパンドゥーラは嘲笑を続けます。
「どうする子ネコちゃん? その可愛らしい尻尾を巻いて逃げるのかしら? そんなことはしないわよねえ。だってここには静流お姉ちゃんがいるんだもの。
 大好きなお姉ちゃんを置いて逃げ帰れるのかしら? そんなことをしたら、この後静流がどうなるか分かってるんだろうねえ。既に死んだ静流だ、永遠に逃れることのできない苦しみを味わってもらうことになるよ」
「そんな・・・」
 この女は、死んでしまったお姉ちゃんに、なおもひどい仕打ちをするつもりなのです。
 そんなことは絶対に許すわけにはいきません。
 お姉ちゃんの魂を今度こそあの女から解放して、安らかな眠りに就かせてやらなければ。
「まあ良いさ。どうせ子ネコちゃんは逃げられない。だってあんたの相手は静流なのだから」
「お姉ちゃんが?」
「忘れたのかい? 静流には肉親を見たら殺すように暗示をかけてあったのを」
「!」
 思い出しました。
 あの時のお姉ちゃんもパンドゥーラのかけた暗示のせいで、私を見るなり斬りかかってきたのです。
「静流、あんたの肉親をあんた自身の手で殺すんだ!」
 パンドゥーラ目が禍々しく光ります。
 そして・・・
「リン・・・コロス・・・」
 静流お姉ちゃんが私に向かって刃を向けたのでした。

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