ウィザードリィエクス2外伝
凛の冒険 エピソード0
8・VS、ナイト・オブ・ダイヤモンド
机の上で勢いよく弾かれたコインがやがてその勢いを失って静止してしまうように、黒く巨大な球体もしだいにその回転を止めていきます。
やがて霧が晴れるように、黒い球体も私たちの目の前から消えてしまいました。
そしてその場に現れたのは、一体の光輝く騎士の姿。
「これが私のガーディアン、ナイト・オブ・ダイヤモンドです」
エセルさんが静かに宣言しました。
神々しいまでの存在感、圧倒的な威圧感。
あまりのオーラに見ているだけで気圧されそうになってしまいます。
「ヤツを凛と戦わせるつもりか。いくら何でもやり過ぎだ」
ララスさんが抗議します。
「アラ、貴方だって先ほど凛様に同じようなことをされたと思いますが」
「ああ。だが俺の召喚したキマイラとあんたのナイトとじゃ強さに違いが・・・」
そこでララスさんは言葉を飲み込んでしまいました。
召喚師として、自分が召喚した魔物の弱さを認めることはこれ以上ない屈辱なのだと思います。
リリスさんはじっと押し黙り、事態の成り行きを見詰めているようです。
私だってもうここまで来たら逃げも隠れもできません。
やがて始まる戦いに神経を集中させます。
「それではよろしいですか。始めますよ」
エセルさんの問い掛けに私は無言で頷きます。
それを見たエセルさん、にっこり微笑んで高らかに宣言しました。
「バトル、スタートです!」
いくら無限種とはいえ相手はレベル1、私にだって十分勝機はあるはずです。
ここは先手必勝といくしかないでしょう。
くのいちとしてのフットワークを活かしてナイト・オブ・ダイヤモンドの背後に回りこむと、そこから一気に忍刀を叩き込むことにしました。
まず右に体重移動させますがこれはフェイント、相手の動きを誘って逆へと走り出します。
思ったとおり、ナイト・オブ・ダイヤモンドの反応が遅れました。
やはりレベル1です。
各能力も低めに抑えられているのでしょう。
特に素早さに関しては完全に私のほうが上と言えそうです。
狙いどおり敵の背後を取った私は気合一閃、得物を叩きつけました。
「たぁー」
ナイト・オブ・ダイヤモンドも私の攻撃を受け止めようと身体を捻りましたがすでに遅い。
私の放った一刀は光の騎士の肩口にヒットしました。
がつんという鈍い手ごたえに一瞬手元が痺れます。
忍刀は確実に、ナイト・オブ・ダイヤモンドの装甲を切り裂いていました。
「やった」
思わず小さくガッツポーズ。
「凛、油断するな!」
「ハイ」
ララスさんの声を受け、私はその場から飛び去ります。
くのいちの戦いはヒットアンドアウェイ、一撃離脱が基本です。
それも華麗なフットワークから来る素早さがあってこそ。
常に相手との間合いを計って、敵の攻撃範囲を外すことが大切なのです。
すでに私が離れた場所に、ナイト・オブ・ダイヤモンドが鈍い動きで剣を振り下ろしました。
しかしその剣は虚しく空を切り裂くだけです。
「行けるかもしれない」
素早さで引っ掻き回して相手の混乱を誘えば何とかなるかも。
そう思った私は今度は真正面からナイト・オブ・ダイヤモンドに突撃しました。
迫り来る私にナイト・オブ・ダイヤモンドが身構えます。
しかし私はキマイラと戦った時と同じように、ナイト・オブ・ダイヤモンドの直前で突然バックステップ。
私を迎撃しようと剣を振り下ろしたナイト・オブ・ダイヤモンドでしたが、それは空振りに終わります。
そこへ私の攻撃。
剣を空振りしたナイト・オブ・ダイヤモンドの腕へ斬り付けてからまた戦線離脱。
「うまいぞ、凛」
ララスさんの声援が届きます。
「たしかに、なかなかの逸材ですね。でも」
エセルさんがにっこりと微笑みました。
するとどうでしょう。
私が傷を付けたはずのナイト・オブ・ダイヤモンドの装甲が見るみるうちに修復されていくじゃないですか。
「凛様、ナイト・オブ・ダイヤモンドは高度なヒーリング能力を持っているのですよ。一撃離脱なんて悠長な戦略ではいつまで経っても倒せません」
エセルさんの言葉が冷たく響きます。
「そしてスタミナが尽きてスピードが落ちたら・・・」
「ヤツに捉まってしまうな」
リリスさんとララスさんの表情も強張っています。
でもたしかに。
相手がヒーリング能力を持っている以上、チマチマとダメージを与える戦法では永遠に倒せそうもありません。
長期戦はこちらが不利。
となると一撃で勝負を決めなければなりませんが、どうすれば良いのでしょう?
私に迷いが生まれました。
迷いは即行動を鈍らせます。
「あら凛様、攻撃なされないのですか? ならばこちらから行きますわよ。
ナイト・オブ・ダイヤモンド、ジェノサイドセイバーを!」
エセルさんがパチンと指を鳴らすと、それに応えるようにナイト・オブ・ダイヤモンドの目が光りました。
そして今までからは予想もできないような素早い動きで私に迫り来るのです。
ナイト・オブ・ダイヤモンドは両手に持った剣を素早く振り回して私に斬りかかってきました。
「うっ、あっ、ニャー」
私はその攻撃を忍刀で必死で受け止めますが、パワーは明らかに向こうが上です。
最後まで持ち堪えられなくなってナイトの一撃が私の身体にヒットしました。
「「凛!」」
ララスさんとリリスさんが同時に叫んだのが私の耳にも届きました。
幸いにも、リリスさんが用意してくれた忍装束のおかげで、それ程のダメージを受けずに済みました。
もしも体操着のままだったら、今の攻撃で私は死んでいたかもしれません。
「エセルお姉様、もう結構です。もう戦いを止めさせてください。このままじゃ凛が死んじゃいます」
リリスさんがエセルさんに戦いを止めるようにと言っています。
しかし、エセルさんの返事は冷たいものでした。
「申し訳ありませんリリス様、一度動き出したナイト・オブ・ダイヤモンドを止めるのは私にもできません」
「そんな・・・」
「でもご安心下さい。凛様ならきっと活路を見出して勝利をつかむはずですわ」
「それってどういう・・・」
リリスさんの言葉を遮ってエセルさんが私へと叫びます。
「凛様、もう終わりですか? ならばとどめを刺させていただきますわ。次の攻撃はニュートロンセイバー、守りを捨てて全能力を攻撃に注ぎ込む必殺技です」
「守りを捨てて・・・?」
「行きますわよ。ナイト・オブ・ダイヤモンド、ニュートロンセイバーを!」
再びエセルさんが指をパチンと鳴らし、それに応えてナイトの目が光ります。
ナイト・オブ・ダイヤモンドは両手を大きく振り上げて私に襲いかってきました。
「守りを捨てて全能力を攻撃に注ぎ込む必殺技・・・守りを捨てて・・・」
私はエセルさんの言葉を繰り返しつぶやいていました。
迫り来るナイト・オブ・ダイヤモンド。
その巨体から、私目掛けて剣が振り下ろされました。
「相手は守りを捨てている!」
私は飛びました。
ナイト・オブ・ダイヤモンド目掛けて。
次の瞬間。
ナイトの攻撃が炸裂するより早く、私の身体はナイト・オブ・ダイヤモンドの脇を風のように通り抜けていたのです。
そして・・・
ゴロンとナイト・オブ・ダイヤモンドの首が転がり落ちました。
守りを捨てて攻撃してきたナイトに対して放ったカウンターの一撃がクリティカルヒットとして決まりました。
いくら高度なヒーリング能力を備えていても、生命活動そのものを停止させてしまえば関係ありません。
ナイト・オブ・ダイヤモンドはズズンとその場に崩れ落ち、そのままピクリとも動かなくなったのでした。
「お見事です、凛様」
エセルさんが私の勝利を宣言すると、ナイトの死体を突然現れた黒い球体が包み込みました。
球体はしばらくその場で回転していたのですが、やがて霧が晴れるように消えてしまいます。
そこにはもうナイトの死体も残されてはいませんでした。
「凛!」
「大丈夫か凛」
リリスさんとララスさんが私の元へと駆け寄ってきてくれました。
「うまくいったみたいです」
私は息も絶えだえだったのですが、にっこり笑って二人に答えました。
「エセルお姉様、いくら何でもやりすぎです」
私の無事を確認したリリスさん、エセルさんに抗議の声を上げました。
「あら、私はリリス様のお願いを聞き入れただけですが」
「それはそうですが、でも・・・」
「なんて言うのは嘘です。リリス様がお友達とけんかをなされたようなので、私が悪者になることで解決してもらおうかと」
「それじゃあ・・・」
「ええ。もちろん最初から凛様を倒そうなんて思ってはいませんでした」
「そうだったんですか」
「リリス様、そして凛様。どうか私に免じて仲直りして下さいますね?」
「うん」
「それはもちろん」
カエルが原因で起こった思わぬ仲違いでしたが、エセルさんのおかげで解決したみたいです。
「それでは、頑張った凛様にはこれを差し上げます」
エセルさんが私に渡してくれたのは、一枚の紙切れでした。
「ありがとうございます。でもこれは?」
「転移定期ですわ。ロード内を自由に移動できるものです。何度でも使えますので目的地まで一気に行くことも可能ですわよ」
「そりゃあ助かるな。これ以上歩いていくのもしんどかったから」
「でも途中をはしょっちゃうようなことをして良いの?」
「ああ構わねえだろう。どうせ作者だってこれ以上は途中のイベントなんて考えてないんだから」
「それもそうね」
私には理解できない会話で納得しているララスさんとリリスさんですが、さっきも出て来た「作者」って誰なんでしょう?
「よし、先を急ごう。凛、お前その転移定期使えるのか?」
「あっ・・・お願いします」
転移定期は過去に行ったことのある場所へと転移するものです。
まだロードに精通していない私ではちょっと心もとないですね。
なのでここは素直にララスさんにお願いすることにしました。
「エセルお姉様、またね」
「お世話になりました」
「ハイ。リリス様、今度は私の部屋にも遊びにきて下さいね。凛様、リリス様と今後も仲良くしてやって下さい」
女の子三人で分かれの挨拶を交わします。
「オイ、そろそろ行くぞ」
「はーい」
「お姉様、バイバイ」
ララスさんが転移定期の効力を解放させると、私たちはその場から移動したのでした。