ウィザードリィエクス2外
凛の冒険 エピソード0

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6・大好物は、カ・エ・ル♪

 ホトロード中枢のL側の転移門から一般のロードへ。
 そこもまたすでにスレッド扉は開放されていたので、私たちは一気に次の中継地点であるアリテト山脈への入出門をくぐりました。
「うわっ寒ーい」
 私は思わず肩をすくめてしまいました。
 ネコっていうのは寒がりな動物です。
 私も寒いのはちょっと苦手なんですよね。
 ここアリテト山脈は、標高6000メートル級の山々が連なる大陸屈指の山脈です。
 雲の上にいくつもの山が突き出る幻想的な光景が、この地を訪れる者の目を魅了すると云われています。
 麓では桜が満開に咲き誇っていましたが、標高6000メートルの山頂はまだまだ雪景色。
 そこへ少しだけ西に傾いた満月の光が柔らかく照らしていて、本当にここはこの世なのかと思うほどの不思議な景色が広がっています。
 ここにも、式部京にあった物と同じような聖戦塔が設置されていて、西はエルウィン湖、そして南はジャバ大森林へとロードが伸びているのです。
 三本のロードが集まるこの地は、交通の要所とも言えますね。
 世界中にあるロードの中継地点には、必ず野営宿舎が完備されています。
 ここアリテト山脈の野営宿舎にも、式部京ほどではありませんが、宿泊や治療、そして行商といった、ロード探索には欠かせない施設が一通り揃っているのです。
 私たちもまずは身体を休めようと、宿舎の一室を借りることにしました。
 有料なのがちょっと痛いですけどね。
 式部京の寄宿舎の私の部屋よりも少しだけ広いその部屋は、最大で6人が一度に利用できるようになっていました。
 たいていのパーティは6人一組で活動しているので、それに配慮して造られているのでしょう。
 私たちはその部屋を三人で利用しているのですから、ちょっとだけ贅沢ですよね。
 慣れない旅で疲れた身体を少しでも休めようと、私は手近にあった簡易寝台へドサっと倒れこみました。
 その時です。
 チャーチャッチャチャーチャチャーン♪ と私の道具袋から軽快なメロディが流れ始めました。
「な、何?」
 驚く私に対してリリスさんが冷静な顔のまま一言。
「レベルアップしたみたいね」
「レベルアップ!」
「凛、道具袋から生徒手帳を取り出してみろ」
「うん!」
 私はガバっと跳ね起きると慌てて道具袋を引っ掻き回しました。
「生徒手帳、生徒手帳・・・」
 でも生徒手帳はなかなか見つかりません。
 さっき二人にバカにされた時に、恥ずかしくて道具袋の奥深くにしまいこんだからです。
「えっと、あった」
 ようやくのことで生徒手帳を発見するとそれを取り出して記載されている事項を確認します。
 そこには間違いなく「レベル4」の表示がありました。
「嘘・・・いつの間に?」
「さっきの特訓が効いたみたいだな」
 そうなんです。
 ララスさんによって召喚されたキマイラとの戦いで、私の経験値はレベルアップのための規定値をクリアしていたのでした。
「凛、レベルアップおめでとう」
「まあ頑張ったほうだろ」
「あ、ありがとうございます」
 二人に祝福されたので、ここは素直にお礼を言っておきます。
「大変なのはこれからだがな。気を抜かずにしっかりやるんだぞ」
「分かってます」
 気を抜くなと言われても、どうしても顔が緩んでしまいそう。
 強くなることを目指して日夜修行に励む学徒にとっては、レベルアップの瞬間というのは何ものにも変えがたい至福の瞬間なのです。

「凛のレベルアップのお祝いってわけじゃないが、まずは腹ごしらえだ」
 ララスさんが備蓄されていた食糧を調達してきてくれました。
 その食料というのが
「うわぁ、カエルの串の盛り合わせですね」
 私はそれを見るなり飛び上がって喜びました。
 カエル料理は大陸全土で広く見られる特産品です。
 味は淡白であっさりしていますが、栄養満点で保存も効くので、旅の携帯食や備蓄食品として利用されているのです。
 もちろん私も大好物、でもお小遣いが無いとなかなか食べられないんですよね。
「いただきまーす」
 早速串焼きを一本取って、あんぐと頬張ります。
「んー、おいしい」
 久しぶりのカエルの味に、私は少し興奮気味です。
「んー、なかなかいけるな」
 ララスさんは串焼きの他にも大ガエルの肝も食べています。
「あー、ズルイ! 私にも肝を下さいよ」
「おっ、この味が分かるとは。凛も大人だな」
「だから子供扱いしないで下さい」
 ぷいっとむくれながらも大ガエルの肝を食べる私、んー幸せです。
 私とララスさんは、しばしカエル料理を楽しみました。
 でも・・・
「あれ? リリスさん食べないの?」
 一人リリスさんだけは、カエル料理に手を付けようとしないのです。
「リリスはいい」
 リリスさんはそれだけ言うとプイっとそっぽを向いてしまいました。
 電脳種のリリスさんは栄養補給という意味では特に食事をする必要がないのだそうです。
 しかし、趣向としての食事は普通にするのだとか。
 現に私もリリスさんと一緒にご飯を食べたこともありますし。
 中でもリリスさんは甘いものが大好きなようで、この辺りは普通の女の子と変わらないみたいです。
「何だリリス、カエル食わないのか?」
「誰がそんな気持ちわるいもの・・・」
 ララスさんの呼び掛けにも言葉をにごすリリスさん。
 どうやらカエル料理はお好みではないようです。
 と言うか・・・
「リリスさん、ひょっとしてカエルが苦手とか?」
「うっ!」
 リリスさんの肩がビクンと跳ね上がったのは私の気のせいではないと思います。
 どうやらリリスさんは、カエル料理が嫌いなんじゃなくて、カエルそのものが苦手みたいです。
 普通の女の子だったらカエルが苦手って娘は結構多いのかもしれませんよね。
 でもまさかまさか電脳種で一見無敵に見えるリリスさんにも苦手なものがあったなんて。
「うふふ」
「凛、笑うなー」
 リリスさんに怒られながらも思わず笑ってしまう私でした。
 えっ? 私はカエルが嫌いじゃないのかって?
 まさかぁ。
 ネコにとってはカエルはごちそうですからね、嫌いなはずないですよ。
 子供の頃は川や田んぼでよくカエルを捕まえては食べたものです。
 生でもいけますが、やっぱり焼いたカエルは最高です。
 というわけで、私は串焼きのおかわりに手を伸ばしました。
「リリスさん、本当に食べないの?」
 手にした串焼きをリリスさんに差し出します。
 それはもう見事なくらいにカエルの原型を留めた姿焼きでした。
 姿焼きにされてもなお残るカエルのつぶらな瞳が、まるで何かをうったえかけるように、まっすぐにリリスさんを見つめているように思えるから不思議です。
「キャー! バクる、これ以上そんなモノ見たらバグるから。もうそんなのリリスに見せないで。あー、システムがダウンしちゃいそう・・・」
 ヘビに睨まれたカエルじゃないですが、カエルに睨まれたリリスさんは悲鳴を上げつつ半泣き状態、もうパニック寸前です。
 もちろんカエルの串焼きを食べるどころじゃないみたいです。
 そんなリリスさんの様子に思わずクスっと笑いながら、姿焼きにガブリと噛み付きます。
 んー、こんなにおいしいんですけどねえ。
「凛・・・覚えてなさいよぉ」
「ハイハイ」
 リリスさんの泣き顔を横目にカエルを食べる私です。
 でも・・・
 カエルが原因でこのあと大変なことが起こるだなんて、この時の私は思ってもいなかったのでした。

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