ウィザードリィエクス2外伝
凛の冒険 エピソード0

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3・生徒手帳と体操着

 私自身よく分からないうちに押し切られちゃったみたいです。
 結局リリスさんと二人でお姉ちゃんと思われる亡霊を探しに行くことになりました。
 まあ旅は道連れって言いますし、女二人でワイワイ行くのも楽しいと思います。
「それじゃあ行きましょうか」
「待って。誰か来る」
 決意も新たに私が歩き出そうとするのを制するリリスさん、その視線がじっと転移門へと向けられています。
 それにつられて私の注意も転移門へ。
 すると。
 ゆらっと転移門が揺らめいて人の姿が現れたのでした。
「どうやら追いついたみたいだな」
「ララスさん!」
 転移門から現れたのは、ディアボロスの召喚師のララスさんでした。
 静流お姉ちゃんの戦友だったララスさんは、あの「メルキオ事件」でもお姉ちゃんと行動を共にしていたそうです。
 口には出しませんが、あの時お姉ちゃんを護ってやれなかったことを今でも後悔しているみたいなんです。
 もしかしたら、静流お姉ちゃんに対して戦友以上の特別な感情を持っていたのかもしれません。
「聖戦塔へ忍び込んだ凛の姿が見えたからな、慌てて追いかけて来た。まさかとは思ったが間違いなかったみたいだな」
「えーと・・・」
 誰にも見つからずに抜け出したと思っていた私ですが、どうやらそれは間違いだったみたいです。
 結局こうしてリリスさんとララスさんに捕まってしまいましたから。
「ここはホトロードだな・・・そうか。おい凛」
「ハ、ハイ!」
「お前、エルンロードへ行くつもりだろ。あそこは今亡霊が出るって噂だしな。それに・・・」
 そこで一度言葉を切ったララスさん、何かを想い出しているような表情が少し悲しそうに見えました。
「あそこは静流との想い出がある場所だしな」
「そうですね」
 どうやらララスさんにも私の考えていることなんかバレバレだったみたいです。
「だがな凛、先日入学したばかりのヒヨッコ学徒じゃあそこまで行くのは無理だぜ。お前まだレベル1なんだろ?」
「レベル1だなんて失礼な! 私この前の審査でレベル3に認定されたんですから」
「レベル3?」
「ええそうですよ。ちゃんとこうして・・・」
 私は道具袋の中から生徒手帳を取り出してララスさんに見せてやりました。
 生徒手帳には式部京の学徒であることの証明の他に、レベルや各種特性値なども記載されているのです。
 ララスさんとリリスさん、言葉も無くじっと私の生徒手帳に見入っています。
 きっと私の成長の早さに驚いているのでしょう。
 でも・・・
「ブァッハッハ!」
「キャハハハハ!」
 次の瞬間、二人に大笑いされてしまいました。
「ニャ、ニャンで笑うんですかー!」
「だってお前、マジメに生徒手帳なんて持ち歩いてるのな」
「今どきそんな学徒いないよー」
「いやあ、さすがに新入学徒、ういういしくてそそるねえ」
「護ってあげたいって感じ?」
「だ、だって『生徒手帳は常に携帯するように』ってユリウス先生に指導されたから・・・」
 最後は恥ずかしくて言葉になりませんでした。
 二人にとっては、私がマジメに生徒手帳を持ち歩いていたことがツボだったみたいです。
 でもそんなに笑わなくたって・・・
 今度からは「生徒手帳は寄宿舎に置いて来る」と決心した私でした。
「オイっ、レベル3くのいち」
「なんですか?」
 ララスさんは明らかに私をバカにしています。
 だから私の受け答えも、ついついぞんざいなものになってしまうのは仕方ないですよね。
「お前も静流の妹だからなあ、どうせ一度言い出したら聞かないんだろ?」
 さっきリリスさんから同じようなことを言われた気がするのですが・・・
 私ってそんなに人の言うことを聞かない子だと思われているのでしょうか。
「俺も一緒に行ってやるよ」
「えっ?」
「だから、俺も行くっつってんの。もしもお前に何かあったら、静流に申し訳が立たねえからな」
「でも・・・」
「でもじゃねえ。もしもお前が嫌だと言うなら、俺はお前を力づくで連れ帰る」
「うっ・・・」
「どうするんだ?」
「分かりました。よろしくお願いします」
 力なく頷くしかありませんでした。
 いくら私がくのいちでララスさんが召喚師だからって、力勝負でララスさんに勝てるはずがないじゃないですか。
 相手は男の人で年上で身体も大きくて、私よりもずっとレベルも高い熟練学徒なのですから。
 ここで連れ戻されるくらいなら、素直にララスさんの同行を認めたほうが良さそうです。
 それに、ひょっとしたらララスさん自身も静流お姉ちゃんに会いたいのかも、なんて思ったら、無理に断るなんてできないですよね。
「そうと決まれば出発だ。だがその前に・・・」
 ララスさんの言葉が止まり、その視線が私へ注がれます。
 視線は私の身体の頭から足先へ、そしてまた頭へと戻りました。
 そしてため息。
「なあ凛、その恰好で行くのか?」
「えっ?」
 思ってもみない言葉です。
 私の恰好に何か問題でもあったのでしょうか。
 慌てて自分の身体に視線を走らせます。
 私が今着ているのは、学府指定の紫を基調とした体操着です。
 学府で実技の講義を受ける時にはいつもこの服装なんですけどねえ。
 それに対してララスさんとリリスさんの服装はどうでしょう。
 ララスさんは上半身裸の上にちょっとしたジャケットを羽織っているくらいだし、リリスさんなんていつものワンピースです。
 私のほうがよっぽどマシな恰好だと思いませんか?
「実戦で体操着はないよなあ」
「動きやすいって言えばそうだけどね」
 ララスさんとリリスさんがあらためて私の服装をチェックしています。
 この恰好、そんなにダメなんでしょうか。
「でもどうしましょう? 今から着替えに戻るなんてダメだし、それに私これ以外の服となると制服ぐらいしか・・・」
「仕方ない。リリス、何とかしてやれや」
「ラジャー」
 二人の間で話がまとまりました。
 どうやらリリスさんに何とかされてしまうみたいです。
「アクセス、式部京購買のデータベースからダウンロード・・・」
 リリスさんが小声で何やらつぶやき始めました。
「物質情報を原子レベルにまで分解、ロードのネットワークを使って転送、座標・・・」
 いったい何が起こるのかと固唾を飲んでリリスさんを見守ります。
「物質情報のインストール完了、原子を合成して元の状態へ復元、再物質化させます。5秒前・・・」
 カウントダウンが始まりました。
「4・3・2・1・0・ロックオン!」
 リリスさんがパチンと指を鳴らした瞬間、私の身体が眩い光を放ち始めました。
 いえ、輝いているのは私が着ていた体操着です。
 体操着は輝きながら、細かい光の粒になって私の身体から離れていきます。
「えっ、ええっ? キャー!」
 男の人がいる場所で、私の着ている服が消えてしまうなんて!
 恥ずかしくて顔から火が出そうです。
 光が更なる強さを増したかと思うと、一瞬視界が利かなくなりました。
 私が何も見えないんだから、ララスさんも何も見えていないよね、今はそう信じるしかありません。
 だってそうじゃなかったら大変です。
 何故なら今私が身に付けているのは下着だけのはずですから。
 今日はどんな下着を着けていたっけ、ブラはカワイイのだったかしら、そういえば今日はスポブラだったかな、あれならちょっとくらい見られても平気かしら、でもやっぱり恥ずかしいな、ショーツのほうはちゃんと綺麗なものをはいていたかしら、尻尾を出す穴のところがすぐほつれるけど大丈夫だったかな・・・
 私、完全にパニクっているようです。
 でも次の瞬間、私の身体をさっきまで着ていた体操着とは別の何かが包み込んでくるような感覚がありました。
 そして、光が鎮まります。
「完了」
 リリスさんの声と共に視界が回復しました。
「こ、これは・・・」
 わけが分からないまま自分の恰好を確認しました。
「忍装束に忍袴、頭には鉢巻を巻いてみました。リリスのコーディネートのセンスはどう?」
「上出来だ。新米学徒にはもったいないくらいの装備だな」
「武器はコレね。忍刀よ。いくら何でも短剣じゃ戦えないからね」
 リリスさんは一振りの刀を手渡してくれました。
「あ、ありがとうございます」
 私はリリスさんから忍刀を受け取ると、鞘ごと背中にかつぐような感じで装備してみました。
 あらためて自分の恰好を見回します。
 どこからどう見たって一人前のくのいちですよね。
「まっ、恰好だけは一人前だな。あとはその装備に見合う実力が欲しいところだが」
「うっ・・・」
 ララスさんの容赦ないツッコミです。
「凛、ひとつだけ言っておくけど」
「何ですか?」
「その装備品ねえ、式部京の購買の品物だから。タダじゃないのよ。代金は御舟校長にツケておいたから、あとヨロシクね」
「へ?」
 代金は父上にツケ、ですか?
 リリスさんてばそんな恐ろしいことを、て言うか「あとヨロシク」って・・・
 その時、父上の怒った顔が私の頭の中で飛び交ったのでした。

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