ウィザードリィエクス2外伝
凛の冒険 エピソード0
2・旅の仲間は電脳種
真っ直ぐに。
ただひたすら真っ直ぐに。
天に向かって青白く輝く光の塔が伸びています。
この光の塔の先端が一体どこまで伸びているのか、それを確かめた人はまだいないらしいです。
でも空中都市イカロスからなら、この光の塔の先端がどうなっているのか確認できるかもしれません。
「今度リリスさんに会ったときにでも聞いてみようかな」
なんと言ってもリリスさんはイカロスの通信士で、私が式部京の通信士をしていた頃には頻繁にやり取りしていましたから。
公私ともに大切なお友達のひとりなのです。
南の夜空には、もう高く昇った満月が煌々と輝いて光の塔を照らしています。
いえ、ひょっとしたら目の前の塔から放たれた光こそが、月を明るく照らしているのかもしれません。
世界各地を結ぶ古代テクノロジーによって造られた道、それがロードです。
そのロードの中継地点に建てられている光の塔。
私たちはこの塔を聖戦塔と呼んでいます。
式部京聖戦学府の敷地内にも、かなり広いスペースを使ってこの施設が設置されています。
聖戦塔は各ロードを結ぶ要であると同時に、ロードへの出入口としての機能をも果たしているのです。
夜間でも帰還するパーティがいるため、聖戦塔の施設は常時解放されています。
ひょっとしたら見つかってしまうかもとドキドキでしたが、結局誰に見咎められるでもなく、聖戦塔からロードへ出撃することに成功しました。
式部京の聖戦塔からは三本のロードが伸びています。
一つはこの式部京の周りをグルリと回ってまた式部京へ戻るノービスロード。
二つ目が大陸の東側を南へ向かって伸びるセイカイロード。
そして三つ目が式部京から西へ伸びたホトロードです。
私は三本のロードの中から迷わずホトロードを選びました。
ロードに入るとまずは道具袋の中から、なけなしのお小遣いで買ったマップを取り出して起動させます。
どういった原理でかは今もって解明されていないらしいのですが、ロードは人の出入りがあるたびにその姿を大きく変えてしまいます。
マップそのものが入れ替わる、と言った方が分かりやすいかもしれません。
何種類かのマップの中からランダムで選ばれたマップが目の前に迷宮として広がるのです。
だから、どんなにロードに精通した人でも、現在のマップがどのマップなのかを確認するのはとても大切なのだとユリウス先生は教えてくれました。
「ええっと、このマップだと・・・」
虚空に映し出されたマップの画像から、現在地や目的地までの道順を確認します。
幸いにも今では先輩学徒の皆さんによってロードのほとんどが探索されていて、進路を阻む制御扉もすでに開放されています。
それによってできたショートカットコースを利用すれば、ロードの中枢部へと繋がる転移門へはすぐに辿り着けるはずです。
「よしっ」
胸の前で両手をグッと握り締めて気合を入れてから第一歩を踏み出しました。
私の冒険の始まりです。
ホトロード中枢へ繋がる転移門へはあっという間に到着してしまいました。
ここまで敵兵に遭遇したりトラップに引っ掛かったりといったトラブルもなく、順調なスタートと言えるでしょう。
周囲の様子に気を配りながら転移門へと踏み込みます。
フッと空気が歪むと同時に私の周囲の様子も一変、どうやらホトロード中枢への進入に成功したようです。
「えっと、どっちに進めばいいのかな・・・」
私がもう一度マップを取り出して起動しようとした、その時でした。
「あきれた。まさか本当に来るなんて」
「ニャ!?」
背後から声をかけられた私です、驚きのあまりに変な声を上げてしまいました。
「御舟校長の言った通りだったわね」
「そ、その声は・・・」
聞き覚えのある声に、私はおそるおそる振り返りました。
そこにいたのは・・・
「ハロー凛、リリスだよ」
「リ、リリスさん!」
でした。
「リリスさん、ニャ、ニャンでこんなところに・・・?」
思い掛けない人と出くわして、私はすっかりパニックに陥ってしまいました。
この時の私の頭の中には、「今度リリスさんに会ったら聞いてみようと思っていたこと」なんてすっかり吹き飛んでしまっていましたから。
「んー、御舟校長に依頼されてねえ」
それに対してリリスさんは涼しい顔。
そしてその口から出て来た父上の名前に私はさらにパニックです。
「父上って、一体どういうことニャニョかニャ?」
「凛の行動、校長にはバレバレだったみたいよ。親子だよねえ、凛が考えてることなんてツツヌケなんじゃないかな。と言うか、一度決めたらこうみたいなのってそっくりだよね」
ケラケラと笑うリリスさんです。
呆れた顔、笑った顔。
表情豊かなその様子からはとても人の手によって創られた電脳種とは思えないほどです。
この世界に生まれたばかりのリリスさんは、感情を表に出すこともなくただ命令されたプログラムをこなすだけの、本当に人形のような存在だったそうです。
しかし今私の目の前にいるリリスさんは違います。
笑ったり怒ったり時には泣いたりと、本当に色々な表情を見せてくれるのでした。
多くの人とのふれあいやさまざまな経験が、リリスさんをより人間らしく成長させるのだそうです。
って、今はそんなことに感心している場合じゃないですよ。
「リリスさん、私を止めに来たのかニャ?」
「うーん、それはちょっと違うかな。御舟校長の依頼はね、『凛が何かしようとしたらヨロシク頼む』ってことだったから」
「『ヨロシク頼む』って・・・」
「そう。だからリリスも一緒について行くから」
「ニャニャぁー?」
もう話が分かりません。
どうしてリリスさんが私と一緒に行かなくてはならないのでしょうか。
「御舟校長もやっぱり心配なんだと思うな。だから私に凛のお目付け役を依頼したんだと思う」
「父上も困ったもんだニャ・・・」
はぁとため息をつく私です。
「と言うわけだから、リリスも一緒に行くからね。でもリリスはあくまで凛のサポート役だから。そこのところヨロシクね。もしも同行を認めないなら、力づくで連れ戻すから」
「わ、わかったニャ」
電脳種であるリリスさんは、実は恐るべき戦闘能力を秘めているのです。
今の私ではどう足掻いたって勝てる見込みはありません。
ここは素直に同行を認めたほうが良さそうです。
と言うか、私にはそれしか選択肢が残ってないですしね。
「どうでも良いけど凛、さっきからやたらに「ニャ」を連発してるんだけど」
「ニャニャ!」
リリスさんの指摘に慌てて口をふさいでしまいました。
ネコの血を引くフェルパー族は、どうしても言葉に「ニャ」が混じってしまいます。
でもそれも子供のうちで、大人になると自然にニャ言葉は出なくなるのです。
現に父上はそんな言葉は使いませんし、静流お姉ちゃんもずいぶん早くにニャ言葉は卒業していたように思います。
ニャ言葉が出るうちはまだまだ子供、だから私もできるだけ言葉に「ニャ」が混じらないように注意していました。
周りの人にも私が「ニャ」と言ったら注意してもらうように頼んでいたのですが・・・
興奮したり驚いたりするとどうしても「ニャ」が出てしまうらしいです。
今の私は、思わぬリリスさんの出現に驚いて「ニャ」を連発してしまっていたのでした。
気をつけなきゃダメだニャあ、ってまた出ちゃった。
ダメな私ですね。