ウィザードリィエクス2外伝
凛の冒険 エピソード0
1・私、村正凛
式部京聖戦学府の校庭に植えられた桜の樹々が、温かな春風になびかれて咲き誇っています。
私は一人、伝説の桜と呼ばれる樹の下で、あの日のことを想い出していました。
二年前のあの日。
それは私の大好きだった静流お姉ちゃんが遠いところへ旅立った日です。
私、村正凛、十六歳。
フェルパーの女の子です。
今年の春、十六歳になった私は正式に式部京聖戦学府への入学を許されました。
今までは年齢制限の関係で入学を許されずに通信士を務めていましたが、ようやく学徒として認められたのです。
学徒になった私は迷わず侍学科を希望しました。
私の父上である村正御舟や静流お姉ちゃんも侍だったからです。
しかし入学審査の日・・・
「あら凛ちゃん、侍にはなれないわね」
「ニャ、ニャンでですかぁー?」
女性ながらも式部京聖戦学府の教頭先生を務め、侍学科の教官でもあるユリウス先生は私の憧れの人です。
その憧れの人からの言葉に、私は思わず絶叫してしまいました。
私だってそれなりに自信があったんです。
侍学科のカリキュラムに必要とされる基礎体力作りから座学まで、この日のためにコツコツと頑張ってきたんですから。
ユリウス先生が書類に目を通しながら、審査結果について説明してくれました。
「凛ちゃんねえ、各種特性値は問題ないんだけど、性格がねえ・・・」
「性格、ですか?」
「そう。凛ちゃん末っ子だからちょっと甘えん坊でわがままなところがあるでしょう。それがやや自己中心的、よって属性は悪と判定されちゃったのよ」
「属性が悪・・・」
信じられませんでした。
自分で言うのも何ですが、私はそれなりに良い子だと思っていましたから。
「元々ネコっていうのはわがままな動物だしね」
「そうですね」
私達フェルパー族は、ネコを祖先に進化してきた種族です。
その血は私の中にも脈々と受け継がれていたようでした。
「もっと詳しく診断すると天然系ね」
「天然・・・」
もう唖然とするしかありません。
私だって「天然」という性格がどういうことなのかくらい知ってます。
平たく言うと「ちょっとオマヌケさん」ですよね。
「それじゃあ私は侍にはなれないんですか?」
ユリウス先生は目を閉じてしずかに首を横に振りました。
そして一言。
「村正凛さん、侍学科不合格」
情け容赦ない審査結果、あまりにも冷たい現実が告げられました。
「でもね、お勧めの学科なら他にあるのよ」
「えっ?」
「くのいち学科よ」
思いがけないユリウス先生の言葉です。
一度は崖下に突き落とされた私ですがまだ救いはあったみたい。
と言うか、このままどの学科にも合格できなかったら、私は学府へ入学することさへできなくなってしまいます。
迷っている場合じゃありません、追い詰められた私はもうやるしかないのです。
「お願いします、くのいち学科を受けさせて下さい!」
こうして私はくのいち学科を再受験することになりました。
結果は予想外にあっさりと合格。
フェルパーとしての素早さと手先の器用さ、それに加えて侍学科目指して今まで頑張ってきた成果がここで生きました。
もちろん性格だって問題なしです。
盗賊系学科全般の教官を務める宝珍先生も目を見張るばかりの好成績。
その宝珍先生
「いっそのこと盗賊学科を専攻するアル。君ならワールド盗賊コンテストのチャンピオンになれること間違いないアル」
と私を盗賊にしようと勧誘してきました。
「な、何ですか? そのワールド盗賊コンテストって」
「知らないアルか。全世界中の盗賊が集まってその技能を競い合う由緒あるコンテストアルよ」
「そ、それはちょっと・・・」
私はそんな盗賊の世界チャンピオンなんかには興味はありません。
それに、侍への道は絶たれたとは言え、静流お姉ちゃんと同じように刀を持って敵兵と戦う夢はまだ捨てるつもりはありませんでしたから。
だから、宝珍先生のお誘いは丁重にお断りさせてもらいました。
宝珍先生は「仕方ないアル」と残念そうでしたが、書類にくのいち学科合格のハンコを押してくれました。
これで決まりですね。
私、村正凛、十六歳。
フェルパーの女の子。
属性は悪、ちょっと天然。
式部京聖戦学府において、くのいちとしての学園生活が始まります!
入学式を終えて晴れて式部京聖戦学府の学徒になった私達、早速カリキュラムが始まります。
初級のカリキュラムは簡単な講義や実技の初歩といったものでした。
それが済むと学徒達は、それぞれ仲間を集ってパーティを組むことになります。
たいていは気の合う仲間同士だったり寄宿舎で同室の子達だったりです。
男子のみ女子のみのパーティも多いですが、中には男女混成というちょっと羨ましいパーティも少なくないようです。
私もいくつかのパーティから仲間にならないかとお誘いを受けました。
しかし、私はことごとくその誘いを断っています。
何故なら私にはやりたいこと、いえ、やらなければならないことがあるからです。
入学審査の少し前、通信士を務めていた私は先輩学徒の皆さんの間に流れているおかしな噂を耳にしました。
その噂というのが・・・
「エルンロード中枢でフェルパーの侍の亡霊を見た」
というものでした。
この噂を聞いた瞬間、私の心臓はドクンと跳ね上がりました。
だって、エルンロード中枢と言えば、二年前に静流お姉ちゃんとの悲しい別れがあった場所です。
そしてそこで目撃されたというフェルパーの侍の亡霊。
私には、その亡霊の正体がどうしても静流お姉ちゃんに思えてなりませんでした。
静流お姉ちゃんが『もう一度』亡霊になって私に逢いに来てくれたのだ、と。
だから私はそれを確かめに行かなければなりません。
もしも本当に静流お姉ちゃんなら、話したいことは山のようにありますから。
ロードに入るには学徒でなければ許可が下りないのですが、それはくのいち学科に合格することでクリアしました。
本来ならば私も仲間を集ってパーティを組むべきなのですが、亡霊探しはあくまで私一人の問題です。
他の人を巻き込んで迷惑を掛けるわけには行きません。
しばらく迷っていたのですが、私は誰ともパーティを組まずに一人で行くことに決めました。
そして今日。
校庭に咲く伝説の桜の樹の下で物思いにふけっていた私は、静流お姉ちゃんと思われる亡霊を探す冒険に出発するのを今夜と決心したのです。
だって今夜は満月だから。
満月の夜には何か不思議なことが起こりそう、そんな予感が私の心を駆け抜けて行ったのです。
もしかしたらその不思議なことが、今はもう逢えなくなった静流お姉ちゃんとの再会かも知れない。
何の根拠もありませんが、私の心はそんな期待で満たされていました。
夜になって同室の女の子たちが寝静まのを待ってから、私は行動を開始しました。
ぐっすりと眠っている人を起こさないように細心の注意を払いつつ、あらかじめ用意しておいた荷物を持って部屋を抜け出します。
幸いにも、私の行動に気付いいた人は誰もいないようです。
何と言ってもネコですから、足音を立てないように歩くのは得意なんです。
私は寄宿舎を出ると周囲の様子に気を配りつつ校庭を走り抜けました。
目指すはロードの入り口がある聖戦塔です。