小説・「ジェイク」

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 2階へ上がると、内部の様子が1階とは大きく違っていた。
 通路のいたるところに宗教を題材にした絵や、女神を模した置物が飾られていた。
 壁、床、天井の材料に大理石等の、明らかに良いものが使われている。
 1階は質素、しかし2階は豪華な雰囲気に包まれていた。
「この教会の高僧達のプライベートフロアだったのね」
 エイティが言った。
 なるほど。
 一般の人達の目に触れる部分は質素な造りにしていた裏で、自分達の専有スペースにはたっぷりと金を掛けていた訳か。
 まったく・・・大人ってのはどうしてこうもズルイんだか。
 しかしそれも今は昔の話。
 通路の所々には、何も飾られていない取り残された台座だけのものがいくつか見られた。
 おそらく盗賊連中の仕業だろう。
 これじゃオレ達の取り分はもう何も無いかもしれないな。
 って、別にオレ達は盗みが目的で来た訳じゃないか。
 通路には、いくつもの足跡があって、それらはやっぱりまだ新しい。
 最近まで誰かがここに出入りしていたのは間違いないようだ。
 それが単に盗賊のものなのか、それとも別の目的を持つ人物のものなのかは分からない。

 慎重に扉を開けては中を調べていく。
 一つ目、二つ目の部屋には特に変わったものは見当たらなかった。
 そして三つ目の部屋を調べようとベアが扉に手を伸ばす。
 しかし、その手がピタリと止まった。
「どうかしたか?」
「いや・・・何か嫌な感じがしてな」
 伸ばした手を引っ込めつつベアが言った。
「嫌な感じって?」
「口ではうまく言えぬ。とにかく嫌な感じだ」
 この剛健そうなオッサンがこうも躊躇するとは。
「でも開けない訳にはいかねえんだろ?」
「もちろんよ。いいわ私が開けるから」
 エイティは扉に手を伸ばした。
 指先で軽く扉に触れて異常の有無を確認してから、思い切ってそれを押し開け部屋へ駆け込む。
「キャー!」
 それと同時にエイティの悲鳴が上がった。
 エイティが見たもの、それは宙に浮かぶ人間の骸骨だった。
 その骸骨と至近距離で目と目が合ったらしい。
「スクライルか!」
 怨念に支配された人間の骸骨が宙を舞う、何とも不気味なアンデッドモンスター。
 それが3つ、この部屋の中で漂っていた。
 これならベアが扉を開けるのを躊躇したり、エイティが悲鳴を上げるのも頷ける。
 生への執着やそれが放つ邪気なら下の階で戦ったゴーストなどとは比べ物にならないはずだ。
 オレ自身、何度かこの骸骨とは戦っている。
 しかしそれは地下迷宮のかなり深い場所での事だ。
 この教会が廃墟と化しているとは言え、地上でこんな奴に出くわすとは思ってもいなかった。
 しかもこのスクライルは、ただ浮かんでいるだけの生易しい奴じゃない。
 ハッキリとした意思を持って、オレ達冒険者に襲い掛かって来る。
 かなり高度な呪文を操り、様々な特殊攻撃まで繰り出す難敵だ。

「エイティ、ディスペル出来るか?」
 スクライルはかなりの耐久力も持っている。
 マハリトやラハリト程度の呪文では片付けるのは難しい。
 僧侶職が習得するディスペルで呪いを解き、動きを止めてしまうのが一番簡単なのだが・・・
「バルキリーはディスペルを習得出来ないの! だからダメ、キャッ!」
 骸骨に襲われ、悲鳴を上げながら応えるエイティ。
 ベアの方もスクライルの間合いを外した素早い動きには対応出来ないでいた。
 そんなベアの攻撃を掻い潜ったスクライルが、ベアの尻にガブリ!
「クソッ!」
 ベアは身体を沈め、尻餅でそれを踏み潰そうとするも、素早く逃げられてしまった。
 首切りウサギのボビーも、相手が既に首だけの状態ではどうにもならないらしい。
 スクライルのうちの一体が不意に動きを止め、こちらを見詰めながらゆっくりと顎を開く。
「!」
 まさかのブレス攻撃。
 呼吸をしているとは思えない骸骨が吐く酸性のブレスがオレ達にまとわりつく。
 このままじゃヤバイな。
「しょうがねえ・・・」
 マダルト、いやそれで生き残られたら余計厄介だ。
 ここはラダルトで勝負。
 精神の集中から呪文の詠唱までを一気に終え、氷系呪文の中で最大の破壊力を持つラダルトを放つ。
 魔法風が部屋中を駆け抜け、やがてそれが強烈な冷気を伴ってスクライルを巻き込む。
「どうだ?」
 氷の嵐に翻弄する骸骨達。
 そのうちの二つまでは粉々に砕け落ちた。
 しかし、オレの呪文を無効化して生き残った一体が再度エイティを襲う。
「イヤー!」
 間近で見詰め合ったせいだろう、どうもエイティはこの骸骨が苦手らしい。
 今度も悲鳴を上げながら、それでも死に物狂いで手にしたスピアをスクライルに伸ばした。
 ズザッ。
 鈍い音がした。
 エイティのスピアは、見事に骸骨の額の部分を突き抜いている。
 そのまましばらくはガクガクと顎を鳴らしていたスクライルも、やがてその動きを止めてしまった。
「やれば出来るじゃねえか」
「イヤ! ダメ! 早くこれ取って、お願い」
 エイティは、自分のスピアに刺さったままのスクライルを見ながら涙声になる。
 ベアがスピアからスクライルを引き抜くと、足元に投げ捨て踏み潰してしまった。
「手間取らせおって」
 スクライルだったものの破片を尚も踏みにじるベア、尻を噛まれたのがよっぽど頭に来てたんだな。
「やっぱり変だよ」
「えっ、何が?」
「スクライルぐらいのモンスターがこんな所にいるなんてさ」
 オレは、さっきから思っていた疑問を口にしていた。
「ボウズはあれと戦った事があるようだな」
「ああ、ちょっと前に2、3回な。でもそれは地下迷宮の深いところだったんだ」
「たまたまじゃないの?」
 結局その答えは分からないままだった。

 スクライルとの戦いを終えたオレ達は、残りの部屋も探索していく。
 次の部屋には、今度は普通の人骨があった。
 一瞬エイティがビクッとなるも、それはさっきのスクライルや下で戦ったスケルトンのように特に動き回るでもない、ごく普通の人間の死体。
 ここへ忍び込んでモンスターに襲われた、哀れな盗賊の末路だろう。
 次の部屋の扉には鍵が掛かっていた。
「困ったな」
 このパーティには盗賊がいない。
 必然的に鍵の掛かった扉は開けられないという事になる。
 最初から分かっていたはずなのに、いざこういう場面になると腹が立つな。
「ちょっとボクに見せて下さい」
「ボビー、どうしたの?」
 不思議そうな顔をしながらも、エイティはボビーを抱き上げ鍵穴のところまで持ち上げる。
 すると・・・
 ボビーはしばらく鍵穴の臭いを嗅いだり中を覗き込んだりしていたのだが、いきなり剥き出しにした前歯を鍵穴に差し込んでしまった。
 カチャカチャ・・・ガチャン。
「オイ、本当に開いたのか?」
「バッチリですよ」
 得意気に胸を張るボビー。
「偉い偉い」
 ボビーの頭を撫でるエイティ。
「よし、それじゃあ開けるぞ」
 ベアが鍵の開いた扉をゆっくりと押し開けた。
 するとそこにいたのは、素っ裸のネエチャンだったんだ。

 その部屋は、かつてこの教会で最高の地位にあった神官のものだったのだろう。
 ポツンと残されたベッドは純金製で、飾り細工の入った柱に屋根まで付いた豪華なものだった。
 ベッドの上には女が一人。
 一糸纏わぬ姿で座り、上目遣いにこちらを眺めていた。
 オレのとは比べ物にならないくらいの・・・まあオレのはどうでもいいんだけど。
 とにかく豊かに膨らんだ胸を惜しげも無く剥き出しにしている。
 腰まで伸びた髪は燃えるような赤。
 そして背中には、魔族の象徴である巨大な翼が生えていた。
「いや、これはどうも失礼」
 こんな場面になるとかえって男の方がオロオロするものらしい。
 見ても良いのかそれとも見てはいけないのか、ベアはどうして良いか分からずに視線を彷徨わせている。
「何言ってるの! こいつはサッキュバスよ。悪魔よ悪魔!」
 エイティが叫ぶ。
 なるほど、アレが噂に聞く夢魔、サッキュバスか。
 男の夢に紛れ込み、その者から精気を吸い取ってしまうという。
 主に聖職者を好んで堕落させるらしい。
「よく来てくれたわ。ここは男の夢殿。楽しんでいってちょうだい」
 サッキュバスが妖しげに微笑む。
「ふざけないで!」
「髭面の男はあまり好きじゃないけど、そっちのボウヤはカワイイわね」
 クスリと笑う夢魔。
 どうやらサッキュバスの好みはベアよりもオレのようだ。
 思わず背筋がゾッとする。
「冗談じゃないんだから!」
 さっきのスクライルの分も含んでいるのか、怒りの治まらない様子のエイティがスピアを振るう。
 その時、サッキュバスの瞳が赤く光った。
「っつ・・・みんな、あの目を見たらダメよ」
 エイティが注意するも遅かった。
「う、ぬぬ・・・」
「あれ・・・?」
 赤く光るサッキュバスの瞳を見たベアとボビーが頭を押さえながら、その場に身体を沈めていく。
 そしていきなり深い眠りに落ちてしまった。
「ふふ、殿方には良い夢を。特にボウヤはね・・・」
 笑い掛けたサッキュバスだったが、その表情が一瞬凍り付いた。
「どうして? 私の目を見た男は皆眠りの世界に落ちるというのに。どうしてそこのボウヤは平気なの?」
「えっ?」
 サッキュバスとエイティの視線がオレに集まった。
「・・・」
 応えられない。
 まさか男にだけ影響する攻撃をしてくるとは思ってなかった。
「な、何の事だよ?」
 予想外の事態に精一杯虚勢を張るも、既に意味は無かった。
「ジェイク、君・・・?」
 オレの名を呼び掛けたエイティだったが、それをサッキュバスが遮る。
「嘘よ嘘。男なら皆私の術にはまるはず。それが例え年端も行かない子供でもね」
 次第にヒステリックになるサッキュバス。
「ボウヤ、いえあんたボウヤじゃないわね。お前は男じゃない。男じゃないのよ!」
 男じゃない。
 男じゃ、ない。
 男、じゃ、な、い・・・
 その時、オレの中の何かがぶち切れた。
「男じゃなくて悪かったなー!」
 怒りのままにオレが放った呪文は大爆発の呪文、ティルトウェイト。
 爆音と振動、そして炎と高熱。
 悲鳴を上げる間とて無い。
 その業火は一瞬にしてサッキュバスを飲み込み、燃やし尽くしてしまった。
 照り返しの炎を浴びながら、オレは「ハァ、ハァ」と肩で大きく息をしていた。
 
 やがて炎は鎮まる。
 それまでの間、オレもエイティも微動だに出来ないでいた。
「ジェイク、君って・・・本当に?」
 最初に口火を切ったのはエイティ。
 じっとオレの顔を見詰める。
 額に手を当てて前髪を上げる。
 頬を撫でてその感触を確かめる。
 両肩に触れ肩幅を見る。
 そしてエイティの手がオレの胸元に伸びたところで
「止めろよ」
 オレは身体をよじってエイティから逃げた。
「男の子にしてはカワイイ顔だと思ってた。髭なんかも全然だし、声変わりもしていない。それに華奢な身体つき。山登りの時も体力が無くてすぐばてると思ってた・・・
ジェイク、君は女の子、なんだよね?」
「違う」
「嘘! 女の子なんでしょ?」
「違う、違う・・・」
「違わない!」
「違うんだよ、オレは・・・」
 もう無駄だと分かっていても抵抗を続けるオレ。
「いいじゃないかオレの事なんて。ちゃんと魔法使いの仕事はこなしているんだから」
 これはもう開き直りだ。
「良くないよ。そういう問題じゃない」
 しかしエイティは諦めない。必死に食い下がってくる。
「何でオレに構うんだよ?」
「構うよ。だってほっとけないじゃない。君は女の子で。でも何故かそれを隠して男の子の振りをして。でもやっぱり女の子だから、ホラ、今も君はこんなに苦しんでいる。同じ女としてほっとけないよ」
 何でコイツはオレなんかの為にこんなにムキになれるんだろう?
 分からない。
「色々あるんだよ、オレにも」
「色々って?」
 エイティがそう聞き掛けた時
「うっ、いかんいかん・・・」
 目覚めたらしいベアがゆっくりと動き始めた。
「しゃべるなよ」
「・・・」
 エイティを睨み口止めをする。

「平気かオッサン」
「ああ、不覚を取った。あの女は?」
「オレが片付けちまったよ」
 わざとおどけた口調で応える。
 ベアは部屋の様子へ視線を廻らせ「おお、スゴイ」と洩らしている。
「これはボウズの仕業か」
 焦げた痕が残る壁や天井、そして全て灰になってしまったサッキュバス。
「どうだ、オッサン」
「うむ、大したものだ」
「あれぐらいの攻撃で意識を失うようじゃ、オッサンもまだまだ修行が足りねえな」
「スマン、助けられたようだな」
「おいボビー、お前も大丈夫か?」
 ベアの足元で転がっているウサギを抱き上げる。
「ふにゃ、あっ、あれ・・・?」
「しっかり目を覚ませ」
 まだ寝ぼけ眼のボビーの頭をペチペチと軽く叩いてやる。
 サッキュバスのあの赤い瞳は男にだけ効果があったんだ。
 コイツも立派な男なんだなとあらためて思う。
 それに比べて「オレは男だ」とか「女じゃない」とか言い張っていたオレって何なんだろう?
 そんな気持ちをごまかすように、ボビーの耳を引っ張って悪戯する。
「ほら、目は覚めたか?」
「さ、覚めました。お願いだから耳は引っ張らないでー!」
 オレは何事も無かった振りをして、ベアやボビー相手に軽口を叩いて回った。
 こうでもしないとこれ以上この場にいる事は出来そうもない。
 エイティは「納得出来ないんだけど」という表情でオレを睨んでいる。
 そしてズカズカとオレの方に歩み寄り、オレがボビーにしたように、グイっとオレの耳を引っ張った。
「この意地っ張り!」
 オレの耳元でそう怒鳴ると、そのまま部屋を出て行くエイティ。
 耳の中がキーンと鳴る。
「何かあったのか?」
 不思議そうな顔のベア。
「いや、何でもない」
 ったく・・・アイツに耳元で怒鳴られたのはこれで二度目だ。
「あのおせっかい女め」
 まだガンガンと鳴る頭を押さえながら、オレは小さくそう吐き捨てた。

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