小説・「ジェイク」
5
「こっちですよ。あっ、そこ滑るから気をつけて」
妙なウサ公、ボーパルバニーのボビーの先導でオレ達は山道を進んで行った。
「ちょ、ちょっと待て・・・」
もう既にオレの息は上がっていた。
道はより険しくなり、何度も雪で足を取られた。
それに、いくらなんでもウサギのペースは早過ぎる。
「ほらジェイク、君は男の子でしょ。しっかりなさい」
「だらしないぞ、ボウズ」
「分かったよ! チクショ・・・」
この時にはもう、何故ウサギが人語を解すのか? という根本的な疑問は頭の中から消えていた。
だってそうだろう、目の前にいるウサギは当たり前のように言葉を話しているし、エイティもベアももうそれに関しては何も言わなかったんだから。
今はただ、遅れないように懸命に付いて行くので精一杯だ。
「ゼエ・・・はぁ・・・」
目指す教会はもうすぐそこに見えている。
この山登りもあと少しだ。
「あっ、ここです。ここで雪崩があったんですよ」
不意にボビーが言った。
「雪崩?」
見上げると、道に沿って切り立った山の斜面に、雪が一部滑落した跡がある。
そしてオレ達が進んでいる道を挟んで反対側の下り斜面には、滑り落ちた雪が大量に溜まっていた。
その雪溜まりの中、何かがオレの目に飛び込んで来た。
真っ白な雪の中に真紅に映えるそれは布切れのように見えた。
普通に山にあるものでは無い。
「オイ、あれ・・・」
オレがその方を指差すと、
「見て来ます」
ボビーが勢い良く斜面を駆け下りて行った。
ボビーはその「もの」へ近付くと、クンクンと臭いを嗅いだりガリガリと雪を掘り返したりしてみせた。
そして・・・
「人みたいです! でももう・・・」
その先の言葉は無い。
「死んでおるって事か」
「雪崩に巻き込まれたのかしら? かわいそうに」
ベアとエイティは神妙な顔で胸の上で十字を切った。
「助けよう。ボウズ、手伝ってくれ」
「分かった」
ベアは慎重に斜面を降り始めた。その後にオレも続く。
「気を付けてね」
エイティの心配そうな声に軽く手を振って応えた。
膝まで雪に埋まりながら、それでもオレはベアの後に付いて行く。
まったく・・・
魔法使いのローブというのはとにかく動き難い。
特にオレが着ているのは、ワンサイズ上のものだからなおさらだ。
ブーツの中にも雪が容赦なく入ってくる。
雪は、冷たいというより痛いというのが正直な感想だ。
10メートル程斜面を降り、やっとの事でボビーのいる場所まで辿り着く。
「これは・・・?」
真紅の布切れと思われたのは、どうやらマントのようだった。
ボビーが掘り返した部分には、年老いた男の顔が覗いている・・・
「掘り出そう」
「ああ」
ベアがバトルアックスを使って雪を大胆に掘り返すと、オレが丁寧に残った雪を掃っていく。
くー、やっぱり手が痛い。
「なあー、マハリトか何かの炎で雪を溶かすってのはどうかな?」
道に残っているエイティに聞いてみた。
「バカ言ってるんじゃなーい! その人まで燃えちゃうでしょ」
「わわ、そんなに大きな声を出したらまた雪崩が」
慌てるボビーはオレの顔目掛けてピョンと飛び跳ねると、オレの口を押さえに掛かった。
「大声を出しているのはアイツだろ!」
エイティを指しつつボビーを顔から引き剥がす。
「私のせいにしないの!」
「やっぱり大声じゃねえか」
「だから雪崩が〜」
オレ、エイティ、ボビーの意味の無いやり取りが続く。
「マジメにやれ、ボウズ」
そんな中でもベアは黙々と雪を掘り続けていた。
ドワーフってのは元々穴を掘るのが好きな種族だと聞いた事がある。
今でこそ街に住むドワーフも珍しくはないが、本来は穴を掘って地中に住むのだという。
鉱山を掘っては生活の糧にし、それで出来た穴をまたねぐらにする。
寝ても覚めても穴掘りして暮らすらしい。
今のベアを見ていると、それはどうやら本当なんだと感心してしまう。
「ひとっつ穴掘りゃホーイのホイ♪」
鼻歌交じりで本当に楽しそうだ。
やがて雪に埋もれていた男の上半身が完全に掘り起こされた。
かなり長身なその体形は、間違いなく人間族の大人の男だろう。
老いたとはいえ、広い肩幅はこの男の鍛えられた肉体を容易に想像させてくれる。
黒を基調にした衣服に真紅のマント。
白髪、それと同じ色のたっぷりとした顎鬚が雪の雫に濡れていた。
身に付けているものからするとかなりの身分らしい。
「引っこ抜くぞ」
「よし」
オレとベアはそれぞれ男の腕を掴み、
「せーの!」
で一気に引き抜いた。
ズザザっと重い音を引きずりながら、男の身体が完全に雪から解き放たれた。
「このまま上まで運ぼう」
身長の低いベアと非力なオレのコンビだ。
どちらかがおんぶする訳にも行かず、かといって頭と足に分かれて二人で担いで運ぶには足場が悪過ぎる。
結局そのままズルズルと男の身体を引きずって道まで戻る。
「ご苦労様」
オレ達を迎えたエイティは、男の身体を丁寧に寝かせるとその状態を確認する。
「結構綺麗な状態みたいね。雪に埋まっていたのがかえって良かったんだと思う。これなら十分蘇生に耐えられるわ」
一度生命活動が停止してしまっても、死体が破損したりしていなければ神の奇跡の力を以って再び生き返らせる事は可能だ。
「ご老体なのが気掛かりだがな。で、お前がやるのか?」
「まさか」
ベアが聞くのをエイティが肩をすくめて返す。
なるほど。
レベル12のバルキリーとなると蘇生の呪文「ディ」を習得可能なはずだが、ベアが『エイティは呪文は下手だ』と言っていたな。
エイティ自身もその自覚があるんだろう。
そうでなくても、呪文による蘇生行為は高度な技術が必要なはずだ。
ましてや相手は年寄り、その生命力が低ければ、どんな高僧だろうと蘇生させるのは難しい。
「今はここに埋めておいて、帰りに連れて行きましょう。寺院に任せた方が安全だわ」
「そうしよう」
また雪に埋めるのは死体の腐敗を遅らせるのと、獣やひょっとしたらモンスターに漁らせないためだ。
ベアが道の脇の雪を掘り返すとオレとエイティとで死体をそこへ収めた。
雪を被せて死体を隠したら目印として1メートルばかりの木の枝を一本立てておく。
「必ず迎えにきますから、もうしばらく待っていて下さい」
エイティが再度十字を切った。
オレとベアもそれにならい、ボビーも神妙に手を合わせる。
「よし、行こう」
「うん」
一通りの儀式が済んだところでエイティが出発を告げる。
目指す寺院はもう目の前だ。
6
「いきなり崩れたりしねえだろうな・・・」
それが正直な感想だった。
やっとの思いで山を登り、目指す教会に着いた時にはもう太陽が南の空高く昇りきっていた。
かつてはきらびやかであっただろうこの教会は、まさに「打ち捨てられた」という表現がピッタリと思える程に朽ち果てている。
積まれたレンガがところどころ崩れていたりして、そのまま一気に倒壊しかねない。
入るのにはちょっと勇気がいった。
屋根には大きな十字架が、これは落ちる事無くあったのだが、それがかえって寒々しく思えた。
「大丈夫でしょ。行きましょう」
エイティが入り口の扉に手を掛けた。
幸いにも鍵は掛かっていなかった。
ここまで来て門前払いではシャレにならない。
ギィと音を立て扉が開く。
オレ達は慎重に中へ進んだ。
教会は、外から見た感じでは3階建てといったところらしい。
その1階部分は広く取られたスペースの奥に祭壇らしきものが見える。
礼拝堂ってところか。
迷宮じゃないから迷子になるって心配はなさそうだ。
「ロミルワは必要無さそうね」
地下と違って、ここには日中の陽が差している。
灯りの呪文無しでも十分行けそうだ。
ベアの後ろにエイティとオレが並び、最後にボビーが付いて来る陣形で教会の探索が始まった。
「なあ、変じゃねえか?」
最初に気付いたのはオレだった。
「何がだ?」
「足跡があるだろ」
「そりゃ足跡くらいはあるでしょう」
「でも新し過ぎるんじゃねえかな?」
礼拝堂にはうっすらと埃が積もっているのだが、そこにかなり頻繁に出入りしたと思われる足跡がくっきりと残っていたのだ。
その足跡は、打ち捨てられて長い間使われていないはずの教会には不似合いな程ハッキリと残っていた。
入り口から伸びた足跡は祭壇やその脇の通路など、いたる所へ続いていた。
「本当ね」
「うむ」
エイティとベアも埃の上に残された足跡を確認する。
「盗賊などがねぐらにしているのかも知れん。気を付けろ」
ベアがバトルアックスを構え直す。
「おもしれえじゃねえか」
「君、やる気満々ね。山登りの最中はあんなにへばってたのに」
「うるせーんだよ」
オレをからかってはケラケラと笑うエイティ。
弱味を握られたかなあ、チクショウ・・・
礼拝堂の奥に設置されている祭壇の脇の扉を抜けると、そこは通路になっていた。
ぐるっと礼拝堂を囲むように伸びた通路とそれに面した扉がいくつか見える。
試しにその一つを開けてみる事にした。
「そろそろ何か出そうよね」
エイティの表情が少し強張る。
「ようやくオレの本領発揮だな」
山登りよりはモンスターと戦っている方がずっとマシだ。
「行くぞ」
ベアがゆっくりと扉を開けた。
そこはちょっとした広さの部屋だった。
おそらく祭壇で儀式を執り行う司祭達の控え室に使われていたのだろう。
部屋に入ると、今までと空気が違う事に気付いた。
背筋がぞくっとするというか・・・
「この部屋ちょっと寒いな」
「私もそう思う」
頷くエイティ、しかしその額にはうっすらと汗が滲んでいた。
単に山はまだ冬だから、という事ではなさそうだ。
「いるぞ!」
不意にベアが叫んだ。
緊張が走る。
部屋の空気が不浄に歪んだかと思うと、目の前に亡霊の一団が現れた。
ゴーストと呼ばれる低級アンデッドが7匹、オレ達の目の前を浮遊している。
実体の無い死者の思念が形になったものだが、それだけに生への執着が強く、生きている者へと襲い掛かって来るのだ。
「数が多いな」
ベアが舌打ちする。
いくら低級アンデッドとはいえ、数で押されて戦いが長引けばそれだけ状況が不利になるのは明らかだ。
「任せろ!」
オレは早速マハリトの呪文を唱え始めた。
それを確認したベアとエイティはオレの前に立ち、襲い来るゴーストを追い払う。
前衛が身体を張って敵の攻撃を食い止めてくれるから、後衛に位置する魔法使いは呪文に集中出来る。
ベアとエイティがそれぞれ1匹ずつゴーストを始末したところで呪文の詠唱が完了した。
オレの手から放たれた魔法力はやがて紅蓮の炎に姿を変える。
その炎に次々と飲み込まれるゴースト達。
悲鳴を上げる間とて無い。
生への執着と共に、ゴースト達はこの世から消滅していった。
「やるじゃないジェイク」
エイティがオレの頭をグリグリと撫でた。
あー、髪がグシャグシャになる。
「これくらいどうって事ねえよ。さっ、次行こうぜ」
エイティの手を払いのけ、オレはその部屋を後にした。
その後もいくつか扉を開けてはモンスターとの戦いが繰り広げられた。
ゴーストやワイト、ファントムといった亡霊達や、ゾンビやスケルトン等の動く屍。
ドラゴンフライやジャイアントスパイダーなどの突然変異で生まれた巨大な虫。
中にはベアの言ったとおり、ここに忍び込んでいた盗賊も何人かいた。
ベアがバトルアックスを振るい、エイティがスピアを繰り出す。
ボビーまでもが戦いに加わり、素早い動きで飛び回っては敵の喉を切裂いてみせた。
何故か人語を解すとはいえ、ボーパルバニーとしての本能は健在らしい。
そしてオレはマハリトやラハリトを連発し、それらのモンスターを次々と始末していく。
オレの操る炎の呪文を浴びて生き残れるヤツはいなかった。
「おいボウズ、あまり飛ばすなよ」
ベアがオレの肩を叩いて言った。
確かに。
オレ達魔法使いは、呪文が尽きれば何も出来なくなる。
でもオレだって素人じゃない。
「へーきだって。今まで使ったのはマハリトやラハリト、低レベルの呪文だけ。マダルトやラダルトはしっかり温存してあるからな」
「ならば何も言うまい。次も頼むぞ」
「頼りにしてるからね」
エイティがふっと微笑む。
「任せとけって」
胸を張って応える。
仲間、か。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
オレは普段は決まったパーティに属したりはしない。
ベアとエイティとは昨日会ったばかりだけど、こうして一緒に戦っていると不思議と昔からの付き合いのような気がしてくる。
そんなのも悪くないかもな。
やがて1階の探索があらかた終り、目の前には2階への階段。
「負傷者はいないな? なら行くぞ」
パーティの先頭を行くのはいつもベアだ。
ベアは時々後ろを振り返りつつ、オレ達の状態を確認しながら探索の道を切り開く。
オレ達は2階へと歩を進めた。