小説・「ジェイク」

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 この街は城塞都市になっている。
 ダリア城を中心にして構成された街は、その四方を高い城壁に囲まれ外敵からの侵入に備えている。
 その南側に巨大な門が設置されていて、多くの市民はそこを使って城塞都市への出入りをする。
 門を出て少し外れた場所にちょっとした広場がある。
 冒険者の間では「街外れの広場」と呼ばれているその場所は、待ち合わせや出発前の装備の最終点検、他所のパーティとの情報交換などによく使われている。
 通常「街外れ」というとこの場所を指すのだ。
 オレがそこへ行くともう既に昨日の二人組みの姿があった。
 エイティとベアだ。
 それぞれスピアとバトルアックスを抱え、特に話をするでもなく立っていた。
 他に冒険者の姿は無かった。
 今回の探索のメンバーはオレ、エイティ、ベアの3人だけという事のようだ。
 大規模な迷宮探索の場合は6人パーティが基本とされているのだが、今回は教会を調べるだけ。
 3人もいれば十分だろう。
「待たせたな」
 オレが挨拶すると、
「よく来てくれたわ」
「よく来たな」
 二人からの返事。
 が、二人の声のトーンが違う。
 エイティの方は「来てくれて嬉しい」だろうが、ベアの方は「よく逃げなかったな」といったところだろう。
 どうもこのドワーフはオレの事を信頼してないらしい。
 まっ、それはお互い様だけどな。
「それじゃあ行きましょうか」
「ああ」
 エイティとオレは歩き始めようとしたのだが・・・
「ちょっと待ってくれ」
 ベアがオレ達を制して言った。
「今更なんだが、ワシはまだそのガキが信用出来ん。果たして連れて行って役に立つのか。ひょっとしたら足手まといになるだけかも知れんぞ」
 ベアの視線が鋭くオレに突き刺さる。
「仕方ないわねえ。ねえジェイク、冒険者カード持ってるでしょ? あれを見せてやってよ」
「ああ良いよ」
 エイティに言われてオレはダボダボのローブの袖の中にしまってあった冒険者カードを取り出しエイティに渡した。
 
 この「冒険者カード」というのは、ダリア城下で冒険者が携帯を義務付けられるカードだ。
 登録所で申請しないと冒険者として活動する事が出来ないようになっている。
 このカードを持っていれば宿の使用や商店での各種サービス、寺院での治療行為等を受ける事が出来る。
 逆に所持していないと何か事件が起こった時に非常に不利な扱いを受ける事になる。
 言わば冒険者の為の身分証明みたいなものだ。
 そのカードには、氏名、年齢、性別、種族の他に冒険者としての職業やレベル、習得した呪文等も表示される。
 どういう仕掛けになっているか知らないが、レベルが上がったり新しい呪文を覚えた時には自動的に書き換えられるのだ。
「どれどれ・・・」
 エイティが興味深そうにオレのカードを覗き込む。
「ジェイク、15歳、男・・・」
 オレは心の中でぺロリと舌を出した。
 だってそうだろう?
 オレは自分自身の正確な年齢を知らないし、性別に関しては・・・だ。
 登録所で申請する時に、年齢は適当な数字を記入した。
 性別は、初めは「女」にしておいて身体検査も女のグループに混じってすり抜けた。
 その後カードを交付される時になって『死んだ両親の遺言で女である事を隠すように云われている。追われている身だから深く追求しないでくれ』と言って泣き真似したんだ。
 男ってのは女の涙に弱い生き物だ。
 年老いた担当の係官はオレの話を疑いもせず『よし分かった』と性別の所を「男」に直してくれた。
 こうしてオレは男性冒険者としての身分証明を受けたんだ。
「魔法使い、レベルは13! ひょっとして、君マスター?」
「そうなのか?」
 エイティとベアが今更ながら驚いている。
 オレは黙って頷いた。
「ちょっとスゴイよ。この子全てのメイジスペルを習得している」
「この歳でマスターとは・・・たいしたものだ」
「もう良いだろ?」
「うん」
 カードの内容についてあまり詮索されるのも困る。
 話を切り上げるべく手を伸ばしエイティからカードを受け取るとローブの袖に仕舞い込んだ。
「ちなみに私のカードはこれよ」
「ワシのはこれだ」
 二人がそれぞれ自分のカードを取り出して見せてくれた。
 それをチラッと流し読む。
 エイティはレベル12のバルキリー、ベアの方はレベル14のファイターとなっていた。
 これならこちらとしても不満は無い。
 前衛の連中がある程度の攻撃力を持っていればオレの呪文もかなり節約出来るし、高い守備力と耐久力は自らの身体を盾にして敵の攻撃を遮り、オレの呪文の詠唱の時間を稼いでくれるのだ。
「私達、バランスぴったりね」
「そうだな」
 パーティを組む場合、同じくらいのレベルの者と組むのが望ましいとされている。
 確かにレベルの高い者が一人いれば探索は格段に楽になる。
 しかし、それではその他のメンバーの修行にはならない。
 同程度の実力の者が集まり、それぞれの得意な技術で仲間の不得手な部分をカバーする。
 これが理想のパーティなのだ。
「ボウズ、疑って悪かった。よろしく頼むぞ」
 さっきまでは「ガキ」だったのが「ボウズ」になった。
 ベアの中ではオレのランクは確実に上がったらしい。
「こっちも頼むぜ、オッサン」
「オッサンは無いだろう、ワシはまだ25歳だ」
「なぬ?」
 オレはもう一度ベアのカードを見た。
 確かに年齢は25歳となっている。
 ったく、ドワーフの年齢はよく分からん。
 ちなみにエイティの方は19歳、こちらは見た目通りか。
「行こうぜ」
 そう言って、二人にカードを返す。
「うむ」
 返事をしたベアは足元に置いてあったリュックを拾い上げる。
「何だその荷物は?」
「傷薬、毒消し、気付け薬。治療の呪文を扱えるのがエイティだけだからな」
「なるほど・・・」
 バルキリーは僧侶呪文を習得出来るとはいえその技術は本職には遠く及ばない。
 薬の類が必要な訳だ。
「大丈夫よ、私に任せてよ」
「イヤ、お前さんは戦いの腕は確かだが呪文はどうもな」
「そんな事ない。ラツモフィスぐらいなら普通に唱えられるわよ、きっと・・・」
 何だ、最後の『きっと・・・』ってのは?
 やれやれ・・・
 楽しい旅になりそうだ。

 ダリアの城塞都市から一歩足を踏み出すと、そこは荒涼とした原野が広がっている。
 街の中にはようやく訪れた春の陽気が感じられたのだが、ここはまだ冬の気配が重く圧し掛かっていた。
 遮るものも無く冷たい風が容赦なく吹き付ける。
 草はまばらにしか生えてなくて葉を落とした木々もどこか寒々しい。
 目指す教会は山の上、そこにはまだ残雪がくっきりと見られる。
 ベア、エイティ、オレの順に並んだパーティは言葉も無く歩を進めていた。

「ここからは山道だ」
 振り返りベアが告げた。
 先を見ると道はなだらかな登りに差し掛かっていた。
「大丈夫?」
「ああ」
 エイティがオレを気遣う。
 この中で一番体力が無さそうなのがオレだからこれは仕方ない。
 足元はもう雪だ。
 一応冬用のブーツを履いているものの、何度も足を取られそうになる。
 教会への道は思ったよりもずっと険しかった。

 30分程山道を登ったところだろうか、道が開けちょっとした広場になっていた。
 積もったばかりの新雪を雲の切れ間から覗いた太陽が眩しく照らしている。
 その雪の上に点々と動物の足跡が続いているのにベアが気付いた。
「まだ新しいな」
「何かいるのか?」
 オレとベアはその足跡を注意深く調べる。
 四足の小動物といったところか。
「あー、見て。ウサギよウサギ」
 ちょっとはずんだエイティの声に顔を上げてみると、目の前10メートルぐらいの所に真っ白な野ウサギが一匹、ちょこんと座ってこちらを見ていた。
 なるほど、足跡の主はあのウサ公か。
「かわいいわねえ。エサ食べないかな?」
 エイティが懐を探りながらウサギに近づいて行く。
 オレとベアは何の気無しにその様子を見ていた。
 エイティとウサギの距離が約2メートルくらいに縮まった瞬間、ウサギの目が光った、ように感じた。
 ニッと笑ったかのように見えるウサギの口からは通常のウサギよりも長く鋭い牙が・・・
「ウサちゃん、こっちだよぉ」
 呑気に近付くエイティ。
 マズイ・・・オレの直感がそう告げていた。
「動くなー!」
 オレは咄嗟にハリトの呪文を唱え、その火球をエイティとウサギの間に着弾させた。
「キャッ」
 驚いたエイティとウサギが同時にその場から飛び下がる。
「何するのよジェイク!」
「そいつはボーパルバニーだ!」
「何だと?」
 一瞬の内に緊張が走った。
 ヤツはただの野ウサギじゃなかった。
 首切りウサギと云えば冒険者の間では知らない者はいない。
 今のエイティのように油断して近付く者の首にその鋭い牙を付き立て噛み切って即死させてしまう、とんでもないウサギなのだ。
 オレ達は慎重にボーパルバニーに対峙した。
 動きは素早いとはいえ油断さえしなければ恐れる相手ではない。
「捕まえよう。今夜はウサギのスープのご馳走だ」
「食べる気なの?」
 物騒な事を言い出すベアにエイティが反発した。
「食うかどうかはともかく、倒しておいたほうが良いんじゃねえか」
 ここで下手に逃がして後ろから寝首を掻かれたらたまらない。
 オレとベアはウサギの捕獲に乗り出した。
「ちょっと!」
 エイティは不満気だが構う事は無い。
 ラハリト、いやマハリトで十分だろう。それが直撃すればウサギの丸焼きの出来上がりだ。
 ベアがバトルアックスを構えて踏み出すと同時にオレは呪文の準備に入った。
 
 ボーパルバニーは逃げもせず、じっとオレ達を見詰めている。
 アイツにしてみればオレ達の方が今夜のご馳走なのだろう、やる気満々で全く逃げる気は無いらしい。
 ベアがバトルアックスを振り下ろす。
 ウサギはそれを難なくかわすとベアの首筋を狙って飛び跳ねた。
「させるか!」
 しかしベアもマスタークラスのファイターだ、そう簡単にやられはしない。
 ウサギの動きに反応し、ヤツの攻撃をかわした。
「ベア、下がれ!」
 叫ぶと同時にオレの放ったマハリトがウサギに襲い掛かった。
 小動物を、文字通り料理するのに十分な熱量の炎がウサギを包み込む。
「決まったか?」
 オレ達の視線がウサギに集まる。
 身体に火が付いたボーパルバニーは雪の上を飛び回り、その中へ身体を沈めた。
 
 そして・・・
「あ、熱いじゃないかー!」
 雪の中から飛び出すなりそう叫んだ。
「なぬ?」
「しゃべった?」
「ウサ公、人間の言葉が分かるのか?」
 オレ達は互いに顔を見合わせてしまった。
 どうやらオレ一人の聞き間違いじゃないらしい。
 ボーパルバニーは、火傷したらしいお尻をさすりながら何やらブツブツ言っている。
「まったく・・・少し毛が焦げたじゃないの」
 なおも何か言いた気なウサギを3人で取り囲む。
「オイ、お前・・・」
「何者だ?」
 するとウサギは
「何だってイイだろ!」
 とこちらを睨み返す。
「オイ、てめえ自分の立場が分かってるのか?」
 オレは再度手の中に小さな火球を作ってみせる。
 それを見たウサギは
「わー、ゴメン! ゴメンなさい」
 今度は両手(足?)を付いて謝り始めた。
 何とも調子の良いヤツだ。
「ボクはボーパルバニーのボビー」
 それがウサギの名前らしい。
「ボーパルバニーでボビーか? そのまんまだな」
 オレは正直な感想を述べた。
「ねえボビー、お腹空いてるんじゃない?」
「は、はい・・・実はもう3日も食べてなくて。この雪で何もエサが無いんです」
「そっかそっか」
 うな垂れるボビーの頭をエイティが優しく撫でる。
「腹が減ったからオレ達を襲って食うつもりだったんだな」
「ごめんなさ〜い」
 見るに見かねたエイティは、持っていた非常食をボビーに与えた。
 乾パンぐらいしか無かったが、ボビーはそれをガツガツ食った。
「ったく、最初から素直にエイティからエサを貰っとけば良かったんだ」
「あのねえジェイク、いきなり呪文を放って戦闘状態にしちゃったのは君じゃなかったかしら?」
「うむ、そう言えばそうだ」
「ビックリしたんですよ」
 エイティ、ベア、そしてボビーまでもがジト目でオレを見ている。
「オレのせいかよ!」
 こっちは助けてやったつもりなのに、何で責められなきゃならないんだ?
「おいウサ公、それを食ったらとっととどこかに行けよ。こっちは急ぐんだからな」
 オレは怒りの矛先をボビーへぶつけた。
「何処へ行くんですか?」
「この山の上にある教会へね」
 エイティが答えた。
「なるほどー、それならボクに道案内させて下さい。つい最近もこの先で雪崩があったんです。山は危険ですからねえ」
「良いの? お願い出来るかしら」
「任せて下さい。エサを頂いたご恩を返さないとですから」
 律儀なウサギだ。
 こうしてオレ達の仲間に妙なウサギが一匹加わる事になったんだ。

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