TOP / Novel / NEXT





 風が吹く。

 草生い茂る辺り一面の野原にざわめきが疾る。

 薄ら寒さすら感じるその眺望は今のシンジの心象風景のようだった。

「どうして、僕はこんなところへいるんだろう」

 ふと、気が付いてみると彼はここにいた。何処をどういう風にして此処に着いたかは
憶えていない。

 気が付いてみると、風が自分の頬を撫でていた。

 心を持たない筈のただの風が確かに自分の頬を優しく撫でていた。

 まるで傷付き泣き叫ぶ自分の精神を慰めるかのように














スーパー鉄人大戦F    
第七話〔彷徨:It wanders〕
Cパート


<第三新東京市>      


 本部を飛び出したアスカはその明晰な頭脳であのバカ助の行動を予測しようとしていた。

 行動を予測するには、まずは動機だ。これが判らないことにはどんなことであろうと
予測のしようが無い。

《アイツは衝動的に飛び出した。この前提で間違いは無いはず……》

 アスカはまずそう仮定した。
 あのバカの第三新東京までの様子を考えるに全く妥当なモノだと納得する。

 そうだとすれば精神的に追いつめられた者の取る行動は比較的限られる。その幾つか
有る行動の中で、最も安易な選択肢を選んでいるであろうことに、アスカは安堵する。

 これは選択肢の中には当然最悪のソレもあるからだ。だが、ソレを選ぶであろうなら
あの部屋に幾らでもある方法を選んでいるだろう。

 だが、あのバカはそうしていない。

 その事実は、アスカに最悪の予想をさせずにいた。いや、無意識に忌避したと云うべ
きか。とにかく、彼女は推測を組み上げていく。

《飛び出したとして、考えられるのは行動は2つ……1つは何らかの関わりある場所を
 歩き回る。もう一つは……一切の関わりを捨てるため、遠い知らない土地へと行く。
 一切の関わりを捨てるですってぇっ!?……いいえ、あのバカは……多分、この辺り
 をうろついている筈!》

 それはアスカの願望に近かった。何故なら、遠い知らない場所を目指すと云うことは
自分を含む全てを捨てるつもりだと云うことだ。そう、アスカ自身を含めてだ。

 下僕が主人である彼女との絆を捨てようとしている。
 そんな事実があろう筈はない。

 アスカの胸中に懇願にも似た想いが沸き上がる。選んだ答えもそれに沿ったものであっ
た。

《アイツは誰かに見付けて貰いたくて、この街をフラついているはず。
 それはアイツが何かの思い出のある場所……アイツがこの街で……思い出の場所?》

 アスカは、そこで考え込む。
 考えてみれば、自分はアイツの事を余り知らない。それなりに知っているつもりであっ
た。が、本当に知っているのは長くはない自分とアイツの人生の中でもごく短い期間、
インド洋で出会ってからのホンのささやかな時間しかない。

 一瞬、底無しの闇を感じるアスカ。

 が、思い直す。その数少ない時間の中で交わした言葉の中に必ず答えはある。そう思
いこむことによって、精神的再建を果たしたアスカは再び問題に立ち向かう。

《そう言えば、アイツはこの街へ来ていきなり【使徒】と戦ったと云っていた……》

 そうであるならば、間違いなくそこはアイツの心に何かを刻んでいるはずだ。

 その場所も、戦闘記録には漏れなく目を通しているアスカだ、場所も判る。

 自らの出した答えに満足するとアスカは不敵な笑みを浮かべて、駆け出していた。

「待ってなさいよ……バカシンジィーっ!」


                :


 その頃レイは人気の薄い街を歩いていた。

 その姿は街をただひたすら彷徨う様にも見える。これを赤木リツコが見たであろうな
らば違う所見を述べたであろうが、ここに彼女は居なかった。

 彼女は少年を探していた。

 だが、これは彼女には手に余るであろう探索あることは間違いない。

 何故なら、彼女は今までに自ら思い立って行動すると云うことはなかった。

 彼女自身、そういった行動を行う意志を持たなかった上に、その必要性がなかったか
らだ。

 故に彼女には、探し人がどの様な行動を取るかは皆目見当が付かなかった。

 一応は彼女の探し人であるシンジが、どの様な行動を取るかは考えては見た。

《…死……殺し合い……歴史の中で繰り返されたこと……戦いで避けえようの無
 いもの……勝利の代償……任務を果たすために必要だったこと。
 でも、碇君は違う……何故?》

 彼女には、シンジの取った行動が論理的に理解できなかった。
 そもそも軍事組織の一員として動いたシンジの行動の責任は全て指揮官にある。であ
るならば、戦闘で発生した死傷者に対する責任も彼ではなく、指揮官たるブライトなり
ミサトなりが負えば良い筈だ。

 少なくとも自分はそうだと思っている。だが、シンジは違うらしい。

 その事は彼女に形成されていた論理構成では、理解出来かねるモノだった。

《でも……コレは何?》

 自分の胸の奥に潜んでいる何かは、そんなシンジの側に居なくてはいけないと囁いて
いる。

 レイは愚直と言い換えることの出来るほど、探し人がいつかは見つかると信じて地道
に探した。

 しかし、レイの努力は今だ実ってはいなかった。




<連邦軍環太平洋軍管区麾下第十三師団駐屯地>      


 地球連邦軍環太平洋軍管区第十三師団特殊機甲隊【獣戦機隊】所属、結城沙羅少尉は
そのドアの前で厭な予感に襲われていた。ドアを叩こうと何度も拳を握り締めようとす
るが、その度に不安が彼女を襲う。

 ようやく、彼女は意を決してドアを叩いた。

「何でしょう、キーツ中佐」

 予想通りドア正面には、シャピロ・キーツ中佐が待ちかまえていた。その端正な顔か
らは何も読みとれない。だが、何かを決心しているようだ。彼は表情ではなく、その身
に纏う雰囲気で内心を語ることが多い。

 沙羅は心の準備をする。

 前置きは全くなかった。

「…沙羅、お前は俺に着いてきてくれるな?」

 シャピロの唐突な話の切り出し方に、沙羅は付いていけなかった。思わず反駁しよう
とする沙羅。

「いきなり何を言うの、シャピロ」

「唐突すぎたかな?
 …お前にだけは打ち明けておこう。俺はこの地球を捨てる」

 そういってシャピロの視線が沙羅を射抜く。その瞳は本気だ。少なくとも冗談を言っ
ている様子はない。

「本気だね、シャピロ」

「無論だ。この星の連中は俺を受け容れることを拒み続けていた。俺の真の才能を理解
 しようともしなかった…」

 その気持ちはよく判る。沙羅も何度と無く怠惰で無能な上官に苦しめられてきている。

 だが、男の話は余りに刺激的過ぎた。思わず言い淀む沙羅。

「……」

 そんな沙羅を見つつ、シャピロは話を続けた。

「俺はこんな星のちっぽけな地位にしがみついて一生を終えるつもりはない。俺は宇宙
 へ出る。そして、全宇宙に俺の力を知らしめるつもりだ」

 話は核心に近付いたようだ。緊張で喉が渇く。沙羅は唾を飲み込んだ。

「もしかして……」

「そうだ。俺は【ゲスト】に降る。だが、これは足掛かりにすぎん。やがては宇宙全て
 をこの俺の手に…」

 思わず、情夫の名を呼ぶ沙羅。

「シャピロ…」

「沙羅、着いてきてくれるな? お前なら、この俺の野心を分かち合う事が出来る……」

 男が羽ばたこうとしている。それだけは判った。だが、自分は……?

 またもや言い淀む沙羅。視線が俯く。

「……それは……」

「いいな、沙羅」

 シャピロはそんな沙羅を強い言葉で縛る。沙羅が出来たのは承諾することだけだった。

「……ええ。
 でも、どうやって?」

「俺がただ出撃を待って、呑気に構えていたと思っているのか?
 既に連中の出現パターンは押さえてある。この次に出現は多分ここだ」

 ここに至っては沙羅も腹を括った。この期に及んでは、男と運命を共にするしかない。

「……判った、私たちはどこまでも一緒だよ」

「そうか。
 では、高速戦闘機を2機準備して置いてくれ」

「えっ!?」

 愛機を置いていくことに彼女の心が叫びを上げる。だが、シャピロは彼女の迷いを断
ち切るようにハッキリと言い切った。

「残念だが、【ランドクーガー】では遅すぎる。致命的なことに空を飛べん。
 置いて行くしかないな。
 わからんお前でもないだろう」

 一瞬の迷い。

「……準備しとくわ、シャピロ」

 沙羅は何かを振り切るようにして、声を絞り出した。



<旧合衆国ジョージア州オーガスタ・ニュータイプ研究所>      


「まー豪勢な研究所だな、こりゃあ」

 黒ジャンパースーツで身を固めたデュオは、小高い丘陵から双眼鏡タイプの多目的軍
用スコープで研究所を眺めて呟いた。

 彼の向かっている先には、広大な敷地へ大掛かりな建造物が幾つも鎮座している。

 デュオは、やたらに機能が付いていそうなそのスコープを、こまごまとイジリ廻しな
がら呟く。

「金は掛かってる……が、情報通りだ。
 機械に頼り過ぎだぜ」

 確かに機械が優秀であるに越したことは無い。
 だが、幾ら優秀だからといって、それに頼り切りになるのは問題だ。何故なら、機械
は想定された条件で決められた動作しかしないからである。想定外の条件が加わったり、
より優秀な対抗機が使われた場合、容易に穀潰しへと成り果てる。

 機械は設置に関しては云うまでもなく、消費する電力もタダではない。それなりの資
源や労力を必要としている。

 それならば、機械に使われるの資源の一部を、様々な事に対して(アバウトな気があ
るにせよ)それなりの対応が期待できる人間を置いた方が効率的だ。

 だが、目の前の目標は警備設備的な観点からはともかくとして、警備人員密度の観点
では必要な密度を満たしていない。その気配が殆ど感じられなかった。

 警備設備に対する、より優秀な対抗機と対抗手段を持っているデュオはほくそ笑んだ。

「コイツは思ったよりも簡単かもしれねぇな」

 装備を再度点検するデュオ。
 そして点検を終えた時、彼は音も無く立ち上がり、闇の中へ姿を溶け込ませた。

                :

「あら?」

 ヒルデは何か心に引っかかるモノを感じて声を上げた。

 今彼女はここオーガスタ研究所にて、忙しげにカリキュラムを消化していた。
 入隊するときの担当者の話では、新型MSのテストパイロットをして貰うと云う話で
あった。が、今のところ、在来機を使った訓練に終始していた。

 同期生は既に新型機を使った次課程へと進んでいるのに自分の番はまだである。

 機密保持のためにそれらの同期生とは既に接触出来なくなっていた事もあって、部屋
に戻って休んでいると少し寂しく感じる時もあった。

 それを忘れるためにもヒルデは精力的に与えられた作業をこなしていた。勢い集中力
も増している。

 これはそんな時の事だった。

《何だろう……この感じ。何処かで……感じた事のある?》

 今までではパイロット適性があると云われていた彼女だったが今まで実感がなかった。
だが、今の感じは何故かそんな事を彼女に思い起こさせた。

 その感じの元は……辺りを見回すヒルデ。

 そして、彼女は見つけた。

 ヒルデからかなり離れて、廊下の向こう側で後ろ姿見せている人物にソレを感じた。
 白衣姿でごく普通に歩いている。何の違和感も感じないはずだった。だが、それは揺
れる栗毛の三つ編みを見た瞬間、疑問は氷解した。

「あのナンパ少年!」

 そう思った瞬間、ヒルデは駆け出した。
 だが、角を曲がった時には既にその姿を見失っていた。

                :

 そこは薄暗い部屋だった。どうも拡張区画らしいこのブロックには人気が少ない。

 彼の仕事をするには好都合だ。目撃者を『処理』する様な余計な手間を掛けずに済む。

「さぁて、っと……んじゃ、まぁボチボチ始めるとしますかね……」

 指を鳴らして、首を振りながらデュオは一人ごちた。

 端末端子へ繋いだ携帯端末キーボードに右手を近付けたかと思うと、軽やかにキーを
叩き始めた。

「ビンゴっ! やっぱ、研究所か……世間の厳しさってモンを知らねぇな。
 内部からとは云え、こうも簡単にクラック出来ていいのかよ?
 もうちょっと緊張感、ってモンを持てよな。
 まぁ、いいか。どうせ、俺ンじゃないんだし。
 ……それでは、権限を書き換えましてーと……」

 再びキーを叩いて、端末操作するデュオ。
 その様子は、実に手慣れていた。

「お・わ・りぃ、っと。
 さぁてと……データ、データ、どっこかいなぁ〜♪
 ……よし、見つけたぜェ〜」

 ようやく目的のデータを入手した彼は事のついでとばかりにAAA級秘匿データ一覧
にザッと目を通した。

「……ん?
 第13廃棄所? 何だ、何でこんな階層にこんなデータがあるんだぁ?
 わっかんねぇトコだな、ココは!」

 頭を掻きむしって彼は、余計な仕事が増えたとばかりにボヤいた。

「……しゃあねぇ、後で寄ってみっか」


                :

「……こっちね」

 デュオを見失ったヒルデは、その後丁度時間が空いていたこともあり、そのまま彼の
捜索を続行していた。

 本来ならばこの研究所に分派されている連邦軍警備隊に知らせるべきであったが彼女
はそうしなかった。

 無論、功名心が無かったわけではないが、デュオに興味を抱いていたと言った方が正
しい。彼女の滅多に外れる事の無い第一印象では、デュオが危険な人物とは思えなかっ
たのだ。そのギャップが勤勉実直な彼女をして、この行動へと駆り立てていた。

 ハッキリ云って暴走と言って良いヒルデの行動だ。加えて、一切の支援を受けられな
いのでは、このだだ広い面積を持つ研究所内でどう行動するか判らない人間を捕まえる
ことなど、不可能なはずだった。

 だが、今日のヒルデはその様な不安を全く感じていなかった。

 自分の中の何かが囁く。

 その感覚は彼女へ盤石の安心感を与えていた。

 そして、囁きに従って角を曲がった時のことだった。

 出会い頭に誰かとぶつかった。

「おっ!? わりぃ」
「いえ、こちらこそ」

 そのまま、離れようとする二人。
 ヒルデはハタと気付いて、ぶつかった人物へ振り返った。間違いない、あの三つ編み
栗毛だ。

「チョット、君!!」

 ヒルデの誰何と撃鉄の上がる音に、三つ編み栗毛は足を止めた。
 数瞬の間をおいて、三つ編み栗毛は顔を少し横に向け、いかにも面倒臭そうに返事を
返した。

「何だぁ……俺はチャンと謝ったぜ」

「そうね。でも、アナタはココにいるって云うのはいただけないわ、デュオ・マックス
 ウェル君? iDを見せて。
 おかしな動きをしたら、撃つわよ」

 ブツクサ言いながら、胸に付けていたiDをヒルデに差し出そうとする。デュオは、
ヒルデの注意をiDに向けようとしていた。

「おいおい、勘弁してくれよ……ほらよ、なーんにもおかしい所なんかないぜ。
 ……偽モンだけど、よっ!」

 iDをヒルデの顔へ投げつけた。ヒルデの顔に当たり床に落ちるとiDは小さな破裂
音に濛々たる煙、そして閃光を撒き散らした。

「こら、少年! 撃つわよっ!!」

「撃てるもんなら、撃ってみろってんだぁっ!」

 デュオにはソレがハッタリだと判っていた。この状況下でまともな狙いをつけられる
訳がない。

 デュオは見事に遁走していた。

 取り残されたヒルデへ通信が入る。

『こちら、所内管制室。
 ヒルデ伍長、何があった!?』

「こちら、ヒルデ伍長。
 侵入者を発見、これより追跡に移ります。
 以上」

『こっ、こらぁ!! ま……』

 やかましくガ鳴る通話機の電源を切って、ヒルデは呟いた。

「逃げられるなんて思わないことよ、少年!!」


                :

「全く、なんてツイてねぇ日なんだ。俺としたことがこんなドジ踏んじまうとは、よっ!
 まだやること終わってねぇんだぜ!」

 内容の割には深刻さに欠ける口調でボヤくデュオ。だが、彼の工作員として鍛え上げ
られた感覚は、徐々に包囲網が狭まっている事を伝えている。このままでは不本意だが
実力を行使しつつ、障害を『排除』しながら、強行突破を図る他無いかも知れない。

 だが、まだ若干の余裕は感じる。自分にはその自信がある。

 そう思った端に足音を聞きつけた。
 軽やかな足音だ。武骨な警備員の発するビートの利いた重さは感じない。

「あんまり、ドンパチやるのは好きじゃねぇのになっ!
 も少しスマートに行きたいぜ、スマートに!」

《ちぃっ! こりゃあ、あのヒルデとか云う姉ちゃんか!?
 幾ら俺が魅力的だからって、しつっこいぜ!
 同じスペースノイド同士で殺し合いはしたくねぇってのによっ!》

 デュオは素早く行動を決定した。こういう場合は一秒でも早い決断が事の成否を決する。

「……を? 13廃棄所はこの近くの筈だな……使える……か」

 デュオは素早く行動に移っていた。


                :

 一方、デュオを追うヒルデはようやくデュオに追いつこうとしていた。

《?》

 不自然に開いているドア。

 彼女は目標を追いつめたことを確信した。

 ドア横に立って、息を整える。声を出さず、数えた。

《3……2……1!》

 部屋の中に飛び込む。

「手を上げて!!」

 飛び込んだ途端、彼女は異様な匂いにむせ返る。一瞬気が遠くなりかけるが、何とか
持ちこたえた。

 待ち構えていると思っていた三つ編み栗毛の少年は、ドアに背を向けて佇んでいた。
部屋中央近くの窪みらしき淵から中を覗き込んでいる。

 ヒルデは精一杯威圧的に声を出した。

「動かないで!」

 応じたデュオの口調は淡々としていた。いや、感情を無理矢理押し殺している様にヒ
ルデには感じられた。

「……やっぱり、お前さんか」

 振り返ろうとするデュオへ怒鳴るヒルデ。

「動くな! 君は連邦法第226条・機密施設への……」

「そんなくっだらねぇ事はどうでもいい!
 こっちへ来て、見てみな……」

「動くなと云っているでしょう!」

「いいから、来て見ろっ!!」

 デュオの余りの迫力にヒルデは気圧された。

 距離を置いてデュオを警戒しつつ、彼の覗き込んでいる淵を覗き込む。

「!!」

 ヒルデが息を呑む。そこにあったのは『かつては人間であったモノ』だった。その
『モノ』全ては頭を割られて、腹を裂かれている。中身はない。。ただ、血や血の気
が全く見られないため、人体標本程度の現実感も感じられなかった。

 ヒルデが呆然としていると、デュオは忌々しげに独白した。

「判っちゃいたが……判っちゃいたが、やりきれないぜ!」

「…何よ、何を言っているのよ、アナタは!」

「見りゃあ判るだろう! これが、連邦の……【ティターンズ】のやり方だって事だ!
 よく見てみろっ! 見覚えのある顔が在るはずだぜ!」

「えっ?……そんな……エレン?」

 ヒルデはサイド2より一緒にここへ送り込まれた同僚の面影をもった『モノ』を見つ
けた。本来なら吐き気をもよおす様な光景だが余りの非現実さにそれすらも無い。

 ショックを受けるヒルデに追い打ちをかけるデュオ。

「もっとだ。
 まだまだ居るはずだぜ……多分君以外のコロニー組は、な」

「……マーク……アレク……ファナ……カズ……
 どうして、こんな事に」

「さぁな、多分ニュータイプだったから……だろうよ。
 ここのデータベースを見てみたら、お前さん達コロニー選抜組は全員ニュータイプか
 その素質有りと判定された者ばかりだった。そして、ここは”あの”ニタ研(ニュー
 タイプ研究所)だ。云っている意味判るな。
 ……次は間違いなくお前さんの番だ、さっさと逃げ出した方が良いと思うぜ」

 そこまで云うとデュオはその場所から立ち去る。
 出掛けにヒルデへ最後の警告を残して。

「この辺りの警備システムは黙らせてある。管制室には偽データ流してあるから当分大
 丈夫だと思うが、さっさとここから逃げろよ。
 ……消されるぜ」

 ヒルデは立ち去っていくデュオの足跡を何処か遠い世界の出来事のように聞いていた。



<火星衛星軌道上・【ゲスト】根拠地>      


 現在地球連邦との戦いで攻撃側主力となっているのは、ポセイダル軍だ。
 
 これに異論を挟む余地はない。

 何と言っても【ゲスト】や星間傭兵団は実戦参加を始めたばかりだ。まともな戦力と
して数えるには、いささか問題がある。

 その攻撃主力のポセイダル軍を実質的に作戦指導している者、エリート中のエリート
"十三人衆"を統率する者、それが十三人衆長官だ。

 現在その任を果たしているのは、ギワザ・ロワウ。

 今ここで医療ブロック通路を歩んでいる男の名である。

 軍内部では余り評判良くないが、それは全体的にモラルの低下しているポセイダル軍
にあっては寧ろ自然だ。その腐敗・硬直し始めている組織で、その暗く醜い場所に相応
しい暗闘を重ねて地位を上げる手腕と才覚は、見事なまでに際立っていた。

 その才は今現在の地球連邦との戦いにも作戦指揮面で十二分に発揮され、ポセイダル
軍を精力的に活動させていた。

 その男がある病室へと辿り着く。ドアが開く間ももどかしげだ。

「…どうだ、ネイ。
 傷は大事無いか?」

 男は開口一番、彼女をいたわる言葉を口にした。
 半裸で傷の手当を受けていたネイは、口惜しそうにして俯く。

「……申し訳ありません、ギワザ様」

 ネイの謝罪にギワザはとぼけて見せた。

「何の事かな?」

「ギワザ様に大見得を切っておきながら、この体たらく……」

「もう、よい。
 聞けば、ガウ家の小娘が寝返ったと云うではないか。お前の所為では無い」

「ですが……」

「もうそれを気にするのは止めろ……十三人衆筆頭のお前がそんなことではいかんだ
 ろう。
 今は傷ついた体を休めて、次に備えるときだ。
 良いな?」

「……はい、申し訳ありません、ギワザ様」

 再びうなだれたネイの髪を手梳くギワザ。

 暫くそうした後、ギワザは席を立つ。

「では、ワタシは次の作戦を練らねばならん。
 これにて任務に戻るが……ネイ、身体をいとえよ」

「お心遣い感謝します」

「…うむ」

 一声残して、ギワザはその部屋を後にした。

                :

 司令官室に向かいながら、ギワザは今までの戦いを思い出してみる。

 開戦前の見積もりを甘かったのか、作戦達成率は予想を大きく割り込んでいる。

《さて……どうしたものかな。
 幾らガウ家の小娘が寝返ったとはいえ、ネイ程の手練れがあの状況でしくじっておる。
 全体としても、作戦目標の半数も満たしていない……戦略展開と機動兵器戦で優勢
 だからと云って、少しこの星の連中を侮り過ぎたか……》

 そこで手にした指揮棒を、空いている手へ打ち鳴らすギワザ。

 今はまだ各戦線で優位を保っているが、それは戦略展開を瞬時に行えることと戦闘の
中心が拠点攻撃と敵本星衛星軌道制空権確保に終始しているためだ。

 何れは敵本星上の拠点を確保するだろう。当然敵も奪回作戦を行うであろうから、戦
いが起こる。その時は攻守が入れ替わる。

 おそらくは現状の戦力から分派されるであろう守備隊では対応しきれない。地の利が
ある敵はこちらが幾ら戦力を配しようと、必ずそれを察知して、打ち破るに十分な戦力
を投入することは間違いない。

 かといって転送装置を使った機動防御戦を行おうにも、防御戦投入用の戦略予備部隊
とその部隊転送を行う転送装置を、常時割り裂く必要がある。その事の手間などを考え
ると頭が痛くなってくる。

 これは巨大な質量を持つ物体近くへの転送装置による戦力展開は、かなり制限が加わ
るからだ。巨大質量から与えられる歪みを力任せに補正する必要がある。それを為すた
めには通常転送の数倍、場合によっては数十倍のエネルギーを必要とする。作戦上必要
な転送精度でそうだった。これが戦術上必要な転送精度を満たそうとする場合、更に必
要なエネルギーのオーダーは跳ね上がる。

 流石に【ゲスト】もその様な要求を常時満たすようなエネルギープラントは持ってい
なかった。現行の作戦は精々1、2回程度の惑星上へ作戦上必要な精度で転送が行える
程度のエネルギー備蓄設備を併用することによって、どうにか作戦を行っているのだ。

 この事実は一拠点のみの防衛戦ならともかく、同時に陽動や全面反攻を行われた場合、
非常に面白くない結果を招きかねないという事を意味する。

 【ゲスト】側の制約で転送関連設備の拡大は絶望的だから、このままではいずれ作戦
が破綻することは目に見えている。

 ギワザの顔が渋いモノとなる。

《そろそろ、潮時だな。
 攻め方を変える必要がある……力押しでは埒があかん》

 そこで歩みを止めるギワザ。

《だが、どうする?
 ワシ一人が気張ってみたところで、どうなるものでもない。
 あの【ゲスト】とか云う連中とも協議する必要がある。
 ポセイダルに一度掛け合ってみるか……》

 そして、ギワザは何かを思いついたように顔を輝かした。

《そうだ、出来るなら捕虜が欲しい。
 拠点や兵站線に詳しい、将校クラスのな……そうそう簡単に確保出来るとは思わん
 が、それだけの価値はある》

「……本気で掛け合うか」

 そう呟いたギワザの顔には、勝利への確信があった。



<火星衛星軌道・【ゲスト】根拠地・執行官室>      


 恐らくこの根拠地内部で一、二を争うほど、広く整えられた部屋に鈴を鳴らすような
知性溢れる声が響く。

「ジュスティヌ・シャフラワース第一級任務主任、入ります」

 赤毛の知性的女性指揮官が自らの官姓名を名乗った。

「入りたまえ」

 部屋の主人がセティに入室を赦す。
 セティはドアを開け、その部屋へと入った。

 部屋の主、地球文化矯正プログラム先遣隊・総責任者テイニクェット・ゼゼーナン執
行官が重厚かつ機能的なデスクに陣取っていた。

「ご苦労だったな、シャフラワース主任」

 ゼゼーナンの労りに、敬礼にて応えるセティ。

「いえ、与えられた部隊で任務を果たせず、申し訳なく思っております」

「そうか、そうであるならば良い」

「?」

「あの野蛮な地球人と君は戦った」

「…はい」

「そして、敗れた。10:1と云う圧倒的な戦力比の元でだ」

 それを聞いて、流石に悔しそうな顔をするセティ。
 ゼゼーナンの話は続く。

「だが、我々先遣隊が敗れたわけではない。なに、無人機とポセイダルの機動兵器が、
 ホンの五、六十機程度スクラップになっただけだ」

「ホンの五、六十機ですか?」

「そうだ、ホンの、だ。
 その程度の損害、一週間もあれば回復する。
 今回君が得た経験への代償としては安いと考える。
 そうは思わんかね?」

「…何故、そう思われるのですか執行官」

「いや、君が戦いから何も学ばない筈は無いと確信しているからだ。
 何かを掴んだのだろう、シャフラワース主任?」

 あの醜く、美しく、そして強かったチキュウ人の機動兵器がセティの頭をよぎる。

 彼女の答えは不必要なほど力が入っていた。

「はいっ!」

 セティの答えを聞いたゼゼーナンは満足そうに頷く。

「宜しい。それこそが文明人の証と云えよう。
 目先の勝利に浮かれる野蛮人はこれで驕るだろう。
 だが、我々は違う。
 戦いの虚しさからすら、学び、そして備える。
 それは、勝利の道での歩みとなり、最終的な目標の達成へと繋がる。
 ……そうでは無いかね?」

 必ずしもそうは思わなかったが、セティはそれに同意した。

「はっ!」

 セティの同意に満足そうな表情をするゼゼーナン。

「そうだろう、そうだろう。
 他に何かあるかね」

 その言葉を聞いて、逡巡するセティ。

「そう言えば……」

「何かね?」

 ゼゼーナンに促されて、歯切れ悪く話し始めるセティ。

「ワタシの誤断であるかも知れないのですが……」

「感じたままを云って構わんよ」

「はい。先の戦いで感じた事なのですが……どうも我々の通信内容が一部解読されて
 いるようなのです」

 それを聞いて、少し驚いた顔を作るゼゼーナン。

「それは一大事だ。どうして、そう思ったのかな?
 聞かせて貰えるな」

「先の戦いでタイミング良く撤退する部隊がいました」

「それだけでかね?」

「そうです。余りにタイミングが良すぎました。
 これは索敵関係の通信を解読している可能性を考えるべきだと思います」

「君がそう言うのなら、間違いはないだろう。
 こちらで調べさせておく、他言は無用だ。
 下がって、よろしい」

「了解しました。
 ジュスティヌ・シャフラワース第一級任務主任、下がります」

 そして、セティは執行官室を辞した。


 彼女が開けた扉が閉まると同時に、ゼゼーナンが一息吐く。
 再び開かれた瞳には、陰が差していた。

「……サルが我々の通信を傍受・解読しているだと。
 バカバカしい。ヤツらにそんな知恵など、あるものか。
 所詮は戦うことしか知らぬ、未開の地に住まうケダモノだぞ。
 ありえん。
 ……シャフラワースの評価を改める必要がありそうだな。
 たった一度の負け戦で相手を過大評価する……所詮は温室育ちのオモチャの兵隊か。
 ……使えんな」

 そこまで言って、渋面を作るゼゼーナン。

「……だが、手持ちのカードは2枚しかない。辛いな、コレばかりは評議会を通さね
 ばどうにもならん。仕方が無い、精々大事に使うとするか。
 せめて、ポセイダルや傭兵達と張り合える程度には、な…….」

 不毛な考えにケリを付けると、ゼゼーナンは今後を考える。プログラム進捗は遅れに
遅れている。現状の作戦では、余りに効率が悪過ぎる。

 この調子では、遠からず評議会の査問を受けかねない。

 それ自体は構うものではないと彼は思っている。評議会での地位には最早拘る必要が
ないと思っているからだ。

 だが、一時的にせよ地球圏掌握のイニシアチブを失うのは、彼個人の計画上都合が悪い。

 ゼゼーナンは人知れず呟いた。

「今のままでは駄目だと云うわけか……サルはサルなりにやっていると云うことだな。
 奴らの内情を知っているモノが必要になるか。
 エサをブラ下げてみるのも手だが……それには、少々工作が必要だ。手間が掛かる
 な」

 そこまで呟いて、ふと考え込む。
 再び、漏れる呟き。

「……いや、サルにはサルらしい扱いというモノがある。
 数匹捕まえてみるか。
 その上で鞭で脅すも、エサで釣るもいいだろう……」

 奇しくもその思惑は、ポセイダル軍十三人衆長官ギワザ・ロワウのソレと一致していた。



<旧合衆国ジョージア州オーガスタ・ニュータイプ研究所>      


 夜の闇。

 一切の者に安らぎを与えるソレは、ここオーガスタ・ニタ研にも確実に訪れていた。
 先刻の喧噪などなかったかの様に静まり返っている。

 フクロウの鳴き声が響いていた。

 その闇の中で、彼は騒ぎが収まるのを静かに待っている。

 数時間前まで目の前の広大な研究所奥深くにいたデュオは、いまここで狭っ苦しいコッ
クピットの中でモニターと計器に囲まれていた。

「…やっと収まったようだな。でも、本番はこれからだぜ」

 そしてデュオは左手に持ったバースイッチャーを掲げて、その端のスイッチを親指で
押し込んだ。

 研究所各所で閃光があがる。そして、炎と煙が巻き上がるのがよく見えた。

「全然、数が減ってねぇぞ。ちったぁ、働けよ税金ドロボーさん達よ。
 …全く、どうしてこうなっちまったのかね……二度手間になっちまったな……
 ワリィが相棒、出番だっ!」

 けたたましい警報がようやく辺り一面に鳴り響いていた。

                :


 −同刻:オーガスタ研究所防災センター

「A、B、D、E、F各ブロックで火災発生! 現在延焼中!
 レヴェルC以下施設損壊率32%、レヴェルB施設損壊率51%、レヴェルA以上施
 設損壊率13%! 自動消火設備稼働率2%! くそっ、なんで動かない!
 只今、消化各班向かっています!」

「落ち着け、消化班にはレヴェルA以上の被害を食い止める様に伝えろ。
 他は無視しろ!
 増援が来るまで被害を最小限に!
 通信士、増援は何分で来る!」

「ちょっと待って下さい。
 えぇい、何でだ!?
 M粒子、戦闘濃度で検出!
 有線回線断裂っ、全通信リンク途切れました!」

「どういうことだ! 衛星は!?」

「現在通信可能なモノはありません!
 通信可能衛星、圏内まで45分32秒!」

「何だと!!」

「しゅ、主任!!」

「今度は何だぁっ!」

「もっ、モビルスーツです!
 モビルスーツが研究所敷地内へ!!」

「落ち着け、オズワルド警備主任へ『敵性戦力発見』と伝えろ!
 で、MSは何機だ!」

「1機です!」

「何ぃ、ヤツの仕業か!?
 テロリスト風情がここが研究所だと思ってナメてるな。
 館内放送!
 MS操縦ライセンスを持つ者全てを最寄りのMSハンガーへ!
 警備部の指揮下に入れて、命令に従わせろ!
 叩き出してやる!」

 モニター上では、ようやくチラホラと現れ始めた警備部武装エレカーを蹴散らす、漆
黒のMSが研究所中核施設へ近付いていた。

                :


 順調に抵抗を排除しつつ、『研究所機能の破壊』任務達成に邁進するデュオだったが、
モニターの隅に自分の乗る機動兵器と同種の影を見つけ、嬉しそうに呟いた。

「お!? ようやくお出ましか……」

 スロットルを押し込んで操縦スティックを操作し、デュオは研究所警備MS隊へ突撃
した。

「けど、よっ!」

 まさか、数に優る自分たちに突撃してくるとは思っていなかったらしいMS隊が慌て
て応射するが見当外れの方向へ飛んでいる。デュオが乗るMSの機動に全く追従できて
いなかった。

「遅えぇぇぇっ!」

 そう叫ぶや、彼の機体が手に持つ竿状の得物を一閃した。振り抜いたその先には大鎌
のような光刃があった。

 そして、警備隊MSが切断面より誘爆、爆発炎上する。
 アッサリと、機動兵器小隊・MS4機が殲滅されていた。

 その炎の照り返しを受けている機体は、またもや【ガンダム】だった。

「へへっ、死ぬぜぇ……俺を見たヤツはみんな死んじまうぞぉ」

                :


 − 同刻:警備部指令室


『何だ、コイツは!? うわぁぁぁぁぁっ』

「グリーン・ユニット、沈黙!
 全機撃破された模様!」

『増援を、早く! 殺られ……』

「レッド・ユニット、1機大破!
 パイロットは脱出しました!」

「えぇい、たかがMS1機に何を手間取っている!
 残存戦力は!?」

「正規警備ユニットで無傷なのは、パープルだけです」

「何!? 5ユニット、半個MS大隊(ここの警備隊編成でMS20機)がか!?」

「そうです。
 現在、生き残っている警備隊パイロットとMSライセンス保持者で予備ユニットを編
 成中。あと5分で4ユニットが編成されます」

 現在までの戦闘状況を考えるオズワルド警備主任。だが、その結果と投入できそうな戦力を考え
るに全く期待が出来ない。

 彼は舌打ちしつつ、命令を下す。

「ちっ、足りんな!
 …ローレン・ナカモトとナミカー・コーネルを呼べ!」

 それはこの研究所最重要研究対象の一つ"B"の主任と最上級テクニカル・アドヴァイ
ザーの名前だ。彼らを呼ぶと言う事は何をしようとしているか、正規所員ならば誰でも
判る。

 オペレータは躊躇した。

「主任、それは!」

「もう手段は選べん!
 忌々しいが、使わざるをえん!
 グズグズするな、味方を全滅させたいのか!?」

「…了解、二人を呼びます」

                :


「ひゅー♪ 俺って、やるじゃん」

 撃破されたMSが累々と屍を晒す光景にデュオはひとりごちる。
 だが、肝心の任務がまだ達成されていない。

「もー終わりか……いや、情報だとまだ試験用途のMSがかなり在る筈だ。
 気ぃ引き締めて行くか、相棒!」

 まずは最重要目標の一つ、研究所中央部基礎ブロックにある筈のデータユニットを破
壊すべく、デュオは愛機の足を進めた。

                :


 何やら、通路から甲高いヒステリックな女性の声が響いていた。

 それを聞いて苦虫を噛み潰したような顔をして、オズワルド・スミス警備主任は彼ら
を待ち構えた。ドアが開く。彼らがやっと到着したらしい。

「なんです、私の安全は保障されているのでは無かったですか!?」

 ドギツイ化粧をした女性的魅力に欠ける30絡みの女性が、入るなりオズワルド警備
主任に喰ってかかった。

「その通りだ。我々の安全を確保するのが君の仕事だろう!」

 その尻馬に乗って、やや精神に欠陥を抱えていそうな壮年の男性も詰め寄ってくる。

 オズワルド警備主任は険しい表情のまま、彼女達に応じた。

「ナカモト主任、コーネル女史、落ち着いて下さい。我々はあなた方を守るべく、最上
 の努力を尽くしています」

「では、何故私がこんな所に呼び出されるのです!?
 おかしいではありませんか。
 即刻、安全な場所への移送を要求します」

「そうだとも、是非用意しまえ」

《この…人非人どもが!》

 内心で暴発しかける激情を、長年の人生で鍛え上げられた忍耐力にモノを云わせて強
引に押さえ込み、オズワルド警備主任は彼らの説得に掛かる。

「現在、我々は非常に強力なテロの襲撃に遭っています。
 今までの所、彼らはこの研究所に対して、非常に計画的かつ効率的な攻撃を全ての面
 で行っています。貴方達をここから逃がそうとしても、多分出て直ぐに殺られる事、
 間違い無いと確信します」

「何故です」
「そうだ、何故だね」

《バカか、こいつら……》

 そう思いつつも、オズワルド警備主任は彼らに教えてやった。

「これだけの手際を見せる連中です。間違いなく、外で待ち構えていますよ。
 コーネル女史、彼らテロに奔るようなDC残党が、DCのニュータイプ研究所であっ
 たムラサメ研に居た貴女を見て、連邦に協力していると知ったらどうなるか……聞
 きたいですか?
 ナカモト主任、貴方もです。
 生爪剥がされながら、自分のスリーサイズをテロリスト共に教えるハメになりたいで
 すかな?」

「「とんでもない!」」

「では、協力願います」

「何をさせようと云うの!?」
「そうだ、私たちに出来ることなど知れとるぞ」

「貴方達自身に期待はしていません。
 "B"を……使わせていただきたい」

「何ですって!」
「出来る訳無いだろう!」

「結構!
 では、テロリスト達に殺されるのを一緒に待つとしましょう……それで宜しいか?」

「「……」」

「事は一刻を争います。 "B"の用意を! 早く!」

 オズワルド警備主任の剣幕にようやく自分たちに選択肢が無いことを悟る二人。

「どうする?」

「どうすると云われても、強化人間関係の責任者は貴方でしょう!
 ナカモト強化人間("B"oosted-man)研究主任!」

「こんな時だけ、責任者扱いか!」

「だって、そうなんでしょう!」

 彼ら二人の相談する様子を見守っていたオズワルド警備主任だったが、骨肉の争いを
するに及んで、ついに痺れを切らせた。

「どちらの責任でも宜しい!
 さっさと用意をして頂きたい! 生き残りたいのなら!」

 強い調子に押されて二人は渋々矛を収める。

「「判りました、出しましょう……」」


 オズワルド警備主任から少し離れた内線前で、二人は相談する。

「ロザミアは出せんな?」

「調整中ですよ、無理に決まってます」

「他は?」

「全て同じです。すぐ使えるのはゼロだけです」

「そいつでいい。所詮、ムサラメ研時代の遺物だ。
 データも取り尽くしている、消耗したところで惜しくは無い筈だ」

「そうですわね。丁度実戦データも欲しかった所ですし。G.V(ジー・ファイブ)は
 まだ出していないはずです」

「【ガンダム】には【ガンダム】か……面白い。
 では、ゼロを出すぞ」

 骨太のナカモト研究主任の指が、内線ボタンをダイヤルした。

                :


「さぁて、ではやらせて貰いますか……ん?」

 デュオはデータユニットが設置されているビルを、光刃の大鎌で斬り飛ばして、いよ
いよ目標の破壊をせんとするが、モニターに映った人型機動兵器を認めて作業を中断す
る。

「第二陣のお出ましかよ。
 早かったな……まずはあっちを片付けるか」

 デュオは機体を軽やかにターンさせた。ようやく新手MSかららしい光条が、チラホ
ラと周りに飛び交い始める。

 確認すると連邦製その他を問わず、様々な機種の汎用MSが集団を組んでいる。
 それを見て、デュオは不敵にも笑った。

「統率が取れてねぇ、機種もバラバラだな……ここのMSとパイロット連中洗いざら
 い、かき集めてきたか。無駄なことするぜ!
 俺と俺の相棒【ガンダム・デスサイズ】にかなうわけねぇだろ!」

 デュオはそう叫んで、左手を突き出した。すると小型シールド先端が開き、光刃を形
成するが早いか、シールドと分離して警備隊MS向かって打ち出された。

 そのアンカーの様な物体は射撃に気を取られていたらしい警備隊MSに命中。胴体を
上下に突き割って、その後ろにいたMSまでをも、突き通した。

 爆発する2機のMS。

「弱ぇ!」

 バスターアンカーをワイヤーを巻き上げ、回収しつつデュオは警備隊MS群へ突っ込
んだ。

 何機かは勇敢にもビームライフルをビームサーベルへ持ち替えて迎え撃とうする。

「無駄だっつってんだろう!!」

 たちまち数機が、光刃の大鎌で斬り裂かれた。僚機の敢えない最後に、タダでさえ統
率されているとは言い難かった警備隊MS隊は完全に指揮を失っていた。

 全く逃げ惑う子羊に為り果てた研究所MSを一機、また一機と大鎌振りながら屠る
【ガンダム・デスサイズ】。

 その姿はまさしく、死神そのものだった。

                :


「ラストぉー!」

 そう意気込んでデュオは、残存する最後のMS【GM2】を片付けようとした。

「何ぃ!?」

 が、間一髪で避けられる。続けざま斬り返すが、今度は相手のビームサーベルによっ
て防がれていた。

「そんな旧式で……タダモンじゃねぇな。
 何モンだ、テメェ!」

『どうして、こんなコトするの!!
 少年!』

《何!?》

 接触通話回線から聞こえてきたのは、あのスペースノイド・ヒルデの声だった。内心
の驚きを押さえつつ、デュオはそのまま鍔迫り合いを続ける。

「どうして、まだココにいる!?
 逃げろと云ったはずだ!」

『どうして、テロリストの言葉が信じれるって云うのよ。
 こんな酷いことする人を!』

「どっちが酷い。
 俺はスペースノイドをオモチャにする連中を懲らしめに来ただけだ!
 アレを見てないとは云わせねぇ!」

『!!』

 ヒルデの息を呑む音が聞こえた。

                :


「…ターゲットを確認。だが、味方機が邪魔で撃てない」

 その口調は一見落ち着いていた。だが、注意深く聞いていれば、酷く精神を病んでい
る事を判る。彼はそんな声を発していた。

『構うなゼロ・ムラサメ。多少の損失は許容される』

 ヒステリックなナミカー・コーネルの声がレーザー通信回線を伝って、聞こえてきた。
彼にしてみれば、彼女の指示は絶対だ。承諾の意を短く伝える。

「…了解」

 そして、目を閉じたかと思うと、雄叫びをあげて戦闘を開始した。

「消えろぉぉぉっ、ゴミ屑!」

 彼の乗機が排気煙で隠れるほどの勢いで、追加装備されていたミサイル全てを発射した。

                :


「何ぃ!」
『…嘘』

 デュオですら、目を疑った。モニターを見ると未だ近接戦闘を行う彼らへ向けてミサ
イルが土砂降りしてきている。

「殺られるかぁ!」

 デュオは、この機体の主要装備の一つ、ハイパージャマーをミサイルに指向させて、
ソフトキル(非破壊排除)した。ソフトキルされたミサイルはコントロールを失い、当
て外れの方向へ飛ぶ。それでも命中コースを取るミサイルは、愛機の頭部に搭載された
ヴァルカンで、次々とハードキル(破壊排除)する。

「これで終わりか!?
 どこから撃ってきた!」

 ミサイルがあらかた撃ち落とされるか、当て外れの場所に勝手に墜ちるか、予定地点
に着弾・爆発するかした時だった。

 彼らの周囲に光条が幾つか疾り、彼の目の前にいたヒルデ機右肩を貫いた。

「おいっ!」

 次の瞬間、撃ち抜かれた部分で誘爆が発生する。

『きゃあぁぁぁぁ……………・・・・』

 反射的に回避行動を取りながらデュオは叫んだ。

「ヒルデぇぇぇっ!」

 もう聞こえるのはノイズばかりだ。彼女の生死は判らない。

 怒りが限界点を超えたデュオは完全に殺戮機械と化していた。

「どこだ……そこかぁ!!」

                :


 モニターから敵が消えた。だが彼は慌てなかった。センサーに頼る必要など感じてい
ない。あれば便利だが、無くても自分には周りの様子が手に取るように判ることが出来
るからだ。

 ゼロは、幾ばくかの精神集中をする。

「捕まえた!
 行けぇ、インコム!」

                :


 いきなり側方からの細い光条にデュオは驚いた。

「ちっ、見つかったぁ!?
 コイツはサイコミュ・ウェポン? いや、インコム・システムだな。
 強化人間か。上等だ、殺ってやる!」

 死んだ方がまだマシと思えるような訓練を受け鍛え上げられたデュオの何かは、敵を
捕捉する。その敵影は自分の機体によく似た面影をしている。どうやら敵も【ガンダム】
を出してきたらしい。

「【ガンダムMk.V】? ここにあったのか、何処隠してた!?」

 ここで開発されていた幾つかの試作機には全て爆破工作を施して、破壊したはずであっ
た。だが、存在を秘匿していた機体があったらしい。どうやらコイツがココで開発して
いる本命の機体らしい。向こうから出て来てくれるとは好都合だ。

 デュオは舌舐めずりした。

「上等じゃねぇか、叩っ斬ってやる! でえぇぇいっ!」

 デュオは突撃を敢行した。

                :


 撃ち出されたアンカーらしきモノを避けながら、ゼロは呟いた。

「このパイロット……賢しいんだよ」

 どうやら、相手は近接戦闘をメインにしているらしい。ロクな射撃火器を持っていな
かった。それを察知したゼロは、相手との間合いを詰めさせないようにする。

 だが、距離を取っての射撃は効果を挙げていないようだ。避けられるか、当たったと
ころで掠る程度で装甲が厚いらしい相手に効果を挙げていない。

『ゼロ! 何をしているの、さっさと片付けなさい』

 埒のあかない戦いは、ナミカー達を焦らせたらしい。状況を無視して一方的な指示を
ゼロに下していた。

「戦闘は僕のペースで行っている。心配ない」

 ゼロの状況説明もナミカー達には通じなかったらしい。即座に再度命令をゼロに下し
ていた。

『ゼロっ、何を言っている!
 良いこと、そいつは空を墜とす宇宙人の仲間だ。
 さっさと斃さねば、また空が墜ちて来るぞ!』

 それは後から考えてみるに最悪の発言だった。

 ナミカーの『空が墜ちる』と云う言葉を聞いた途端、ゼロの人相が変わった。

 それまで叫んでいようが何処か機械人形のようだった彼の表情に、怯えと怒りと憎し
みが複雑に入り交じった人の顔をする。

 呟きがゼロの口から漏れ出す。

「空が……空が墜ちる?」

『そうだ! だから、即座にあの敵を殲滅しなさいゼロ!』

 モニターに映る迫り来る敵機影を狂気の目で見て、ゼロは絶叫した。

「させない……させないぞぉぉぉ、宇宙人共ぉーっ!」

                :


 先程まで、自分と明らかに距離を取ろうとしていた敵の動きが止まった。

 懐に入ればこちらのモノだ。

 デュオは千載一遇の機会とばかりに急速に【ガンダムMk.V】との距離を詰める。

 すると相手は何を思ったか、手にしていたビームライフルを投げ捨てた。

「へっ、【デスサイズ】と斬り合おうってのか?
 良い度胸だぁーっ!」

 デュオが斬り掛かるか、斬り掛からないかそんなタイミングで敵機は背部バックパッ
クに装備されたビームサーベルを手にした。

 デュオの【ガンダム・デスサイズ】が光刃の大鎌を振り降ろした。

 激しいアークを迸させながら、二機の【ガンダム】は斬り結んでいた。

「テメェ、卑怯者のクセしてヤルじゃねぇか」

 思わず、感嘆の声を漏らすデュオ。
 だが、接触回線から流れてきた音声はデュオの想像を超えていた。

『空が……空が墜ちてくる。
 僕はさせない……させるかぁぁぁぁっ!』

「何云ってやがる! サイコか、テメェ!」

『貴様が空を墜とすんだろう! そうだ、そうに決まっている!』

「ざけんじゃねぇ! そうさせない為に俺は地球へ降りてきたんだ!
 それに味方を墜とす様なヤツに、云われる筋合いはねぇ!」

 そして、再び間をあける二機の【ガンダム】

 正直なところデュオは焦れていた。通信手段は粗方潰しているから増援はまず考えら
れなかったが、余りに長引くとソレも怪しい。肝心の任務遂行や逃走のことを考えると
早く決着を付ける必要がある。

「…奥の手を使うしかねぇか……いくぜぇぇぇっ!」

 デュオはコレで最後にすべく、大鎌を振り上げて【ガンダムMk.V】へ突進をかけた。

                :


『殺るぞ、殺ってやるぞ……空を墜とすような悪魔は、俺がこの手で殺してやる!』

 ゼロは、躁状態にはなっていたが何とか狂乱と云った状態にはまだなっていなかった。

 そんな彼の状態を知ってか知らずか、またもやナミカー・コーネルがゼロを責め立てる。

『何をしている、空が墜ちてきても良いのか!』

「煩い! そんな事やらせはしないっ!
 黙ってみていろ!
 !!
 来た!」

 そういった時に、目の前の【ガンダム】が突撃をかけてきた。牽制に背部バックパッ
クに装備されているビームカノンを肩越しに撃つ。敵はソレを無視して真っ直ぐ自分に
向かってきている。

 言い知れない高揚感に包まれるゼロ。

「これで終わらせるっ!」

 そう叫んだ時だった。

「うぉっ!」

 メインモニター、サブモニターと云わず、激しいノイズが奔ったかと思ったら、殆ど
が火を噴いた。奇跡的に生き残ったサブモニターは核爆発すら鼻白むような電磁パルス
を叩き付けられたらしい事を報告していた。

 そんな状態で機体が動くはずもない。ゼロは動かなくなった【ガンダムMk.V】コック
ピットで狂乱した。

「動けぇ、動け、G.V!
 僕はアイツを止めるんだぁーっ!」

 一瞬のち、生き残った少数のメインモニターには大鎌を振り上げたテロリストの【ガン
ダム】が映っていた。

                :


 この日連邦軍統合幕僚本部に、オーガスタ研究所へのテロリスト襲撃が報告された。

 施設は再建不能を報告されるほど破壊され、同研究所内で管理されていたMSと機密
データはバックアップを含め、全て喪われた。また同時に、コロニーより志願して研究
所に派遣されていた研究員全てが「死亡」したと報告された。


今回は後編があります。




TOP / Novel