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「僕はどうすれば……」

 第三新東京市街へと彼は戻ってきていた。

 無気力で無感慨で無活力な状態を脱し、意志を持ち、地を踏み締め、自分の為すこと
を為そうとしていた。

 だが、その先に進めない。

 踏ん切りがつかないとでも云おうか。

 これまで怠惰に生き、ただ息をしていただけに過ぎないと云っても過言ではない彼は、
その染み付いた無選択主義を投げ捨てて、自ら動くことに恐怖していた。


 彼は未だに流されていた。














スーパー鉄人大戦F    
第七話〔彷徨:It wanders〕
Dパート


<【ネルフ】本部・第3ブリーフィングルーム>      


「ミサト、詳しい説明して欲しいわね」

 アスカはそういって再度ミサトに詰め寄った。
 ミサトは何度繰り返したか、判らない返事をテープレコーダーよろしく繰り返す。

「まあ、待ちなさい。みんなが集まったら、じっくり説明してあげるから」

「人を呼び付けといて、それは無いでしょう!
 チョットは誠意ってモンを見せなさいよ、誠意ってモンを」

 アスカもまた、何度繰り返したか判らないセリフを繰り返した。

 アスカの様子は全く落ち着かない。かなり苛立っている事がよく判る。

 一方そのアスカの後ろにいるレイは、と云うと……

「レイ、もう少し待っててねー」

「‥‥‥」

 いつも通り素っ気ない。
 いや、指揮官たるミサトが声を掛けたのだから、いつもは最低限の返事程度はある。
 だが、今日はソレもない。
 何処か苛立ちげであるような気がするのは、自分の気のせいだろうかとミサトは考えた。

 そんな考えを弄びながらも、一通り【ネルフ】本部第3ブリーフィングルーム室内を
見渡して、ミサトは独白した。

「そろそろ、みんな集まったみたいね」

 そこには、【ロンド・ベル】と【ネルフ】に所属する機動兵器パイロット、30有余
名が一堂に会していた。

 それ以外にもシーラ女王とカワッセ他数名のバイストンウェル勢もいた。
 意匠の完全に異なる服装が目立つ。ソレ以上にシーラの美しさと神秘性が目立ってい
たが。まぁ、それは完全に余談だ。

 彼女たちがこのブリーフィングへ参加しているがこれは参考出席と云ったレベルの参
加だ。一応組織としての体裁を整えている彼らの連邦内での扱いがまだハッキリしてい
ないため、ヘタな扱いは高度に政治的問題を引き起こしかねないからだ。投入すると殆
ど全耗確実な戦場へ送り込むなど、論外である。

 と云う事でバイストンウェル勢に限っては、(シーラの強い要望もあったが)連絡を
かねて、一部の高級指揮官を率いて参加するに留まっていた。


 彼らが集められたのは、【使徒】発見した場合の対応を摺り合わせておくためである。

 先刻確認されたパターン青。それは取り逃がした【第三使徒】であるかも知れない。
はたまた、新手の【使徒】であるかも知れない。

 或いはその両方。

 そんな可能性を視野に入れて、彼女は手持ちの戦力を有効活用すべく、エヴァを除く
第三新東京に存在している戦力で最も強力で柔軟性に富む彼ら機動兵器パイロット全員
を招集していた。

「さぁ、アスカ、レイ。
 貴女達も向こうへ座って」

 ミサトへ着席を促されて、二人は素直に従った。流石にここでゴネても無駄だと言う
ことは判っているのだろう。ただ、やはり不満を感じているのか表情は険しいように感
じた。

 ミサトは壇上へ向かった。

「アテンション!」

 その言葉を聞いて、今までざわついていた【ネルフ】【ロンド・ベル】パイロット達
が口を閉じ、姿勢を正して起立した。シーラ達もそれに倣う。

 ミサトが彼女に与えられた階級と役職に相応しい威厳ある声を響かせた。

「休んで宜しい。
 では、これより【使徒】迎撃に関してブリーフィングを行います。
 日向君!」

「はい!」

 ミサトの傍らにいた日向が一歩前へ出る。

「状況の説明を」

「了解です。
 では、状況の説明に入ります………‥‥‥・・・」

 そう切り出して日向は状況の説明を始めた。

 まぁこの手の説明に漏れずやたらに仰々しく迫力に富んだ判りづらい言い回しであっ
たが、要約すると【使徒】が居るかも知れない。それが判ったから、ビクビクしながら
相手が現れるのを待っています。

 その程度のことだ。

 正体に関しては以前迎撃して取り逃がしている【第三使徒】である可能性が高いが、
新手の【使徒】である可能性も否定できない、と云う頼もしい解析結果が報じられたに
過ぎない。運が良かったら、その両方であるかも知れないと云うオマケ付きだ。

 パイロット達、とりわけ正規MSパイロットがざわめき始める。

 流石と云おうか、甲児や竜馬達(そして、ジュドーの様なごく一部MSパイロット)
は平然としたものだ。ソレがどうしたとばかりに耳の穴をカッポじるなど、好き勝手やっ
ている。

 これは彼らの戦歴に起因する。彼らが行ってきた戦いでは、所属していた組織が比較
的小規模であったため、情報戦ではまともに勝てたためしがない。特に情報収集能力に
至ってはお粗末の一言だった。当然、戦う敵が正体不明などザラ、敵が現れるのを待つ
のもザラだった。いや、そもそも敵の出現を予測出来ていない事すら珍しくなかった。

 それに比べれば、今回の戦いは敵戦力の目星と出現の予測、目的が判っているだけ上
等と云って良い。後はノコノコ姿を現すのを待ち構えて、叩く。ただ、それだけだ。

 見事な腹の括り方である。

 反面、正規MSパイロット達は憮然としたものだ。
 その殆どが、軍と云う巨大且つ効率的な暴力機械で属している。そのため、戦うにあ
たって、敵を知り、己を知って、最低ある程度の勝算を持って戦いに望む事を常として
いた。まともな軍隊は勝算無しで戦わない。勝てないと判断した時は負けないよう、次
を勝つため、戦わないのだ。(その目算が適切であるかどうかは、この際置いておく。
当事者は皆、適切だと思っているからだ)

 だが、この戦いはそういう訳にはいかない。

 ここが最終防衛線なのだ、もう後がない。
 その内容はよく判らないが、ここで敵を殲滅なり撃退なりしないと世界が手酷いこと
になるらしい。

 だが、対【使徒】戦で自分達がそれほど役に立たないことは判っている。だが、万が
一の時は、勝算のない戦いであろうが赴かなければいけない。

 そこに彼らの背反律があった。

 ざわめきが一静まりする頃合いを見計らって、ミサトの声が響く。

「現在、【使徒】が 94%の確率でこの近辺に存在するであろう、と予測される程度の情
 報しか在りません。
 鋭意探索等を行っていますが、全ては相手の出方次第と言う事です。
 無論、【使徒】に対する主戦力は、エヴァ2機です。ですが、状況によってはその他
 の機動兵器の出番も考えられます。
 以上、質問を許可します!」

 手が挙がる。
 アムロだった。

「敵がいることはよくわかった。
 で、僕たちは何をすればいい?」

「それは、その時に判断します」

「そうか……相手の戦力も、戦術も判らないのでは、それも仕方無いな」

 皆に言い聞かせるように大きめの声で独白するアムロ。

「でも、もう一つ聞きたいことがある。
 エヴァは3機ある筈だ。何故2機しか出せない?」

 アムロの更なる質問にミサトは逡巡する。
 まさか、現在失踪中です、とは云えない。ミサトは答えに窮した。
 答えに迷っていると横からその答えがあった。

「サードは今現在、資格を停止している。そのためだ」

「なっ!?」

 ミサトではなく、アスカが短く声を発して、発言者を振り返ると、それはゲンドウだっ
た。傍らに冬月がいつものようにつき従っている。

 ゲンドウは再度、宣言した。

「サードは今現在、資格を停止している。よって【使徒】迎撃に投入するエヴァは、初
 号機と弐号機だ。
 このエヴァ二機を迎撃主軸として、【使徒】殲滅を実施して貰う」

 ミサトはゲンドウの言葉を測りかねた。が、ここでその真意を聞けるとは思えない。
取り敢えず、口をつむぐことにする。

 アムロは更に問うた。

「どうしてですか?」

「【ネルフ】司令である私がそう判断したからだ」

 ゲンドウの言葉は無味無感想。その言葉以上の事柄は全く読み取れない。

 アムロは追求を諦めた。

 ミサトは皆を見渡して、声を張り上げた。

「他は?
 ……無いようですね。では、解散。
 総員、第一種警戒態勢で待機!」

 ミサトの宣言で、ブリーフィングは終了した。

                :

 ブライトとアムロはゲンドウ達を追った。
 暫く後を追っていると、女性二人の詰め寄る声が聞こえた。

 更に先に進んで見るとミサトとアスカがゲンドウの後を追い掛けている所だった。そ
の少し後ろにレイもいた。

「「司令、詳しい話を聞かせて下さい!」」

 話を聞こうとする二人に、ゲンドウはニベもない。

「話すことなど、何もない。先程の話が全てだ」

「しかし!」

「クドイぞ、葛城三佐、セカンドチルドレン」

 そういって立ち去ろうとするゲンドウをブライトは呼び止めた。

「碇司令、納得の出来る説明をいただけますか?」

「…先ほど述べた通りだ。ソレ以上ではない。
 ワタシ預かりになっていたサードの資格が、私の判断によって停止されただけだ」

「何故です!?」

「繰り返す、ワタシがそう判断したからだ。
 本来ならば即刻資格剥奪すべきだが、規定によりそれは出来ない。
 故に資格停止した。
 それだけだ、君には関係のない話だ」

「いいえ、彼は今私の部下であります。
 私はまだ本人から何も聞いていません。
 少なくともソレを聞くまでは承知できません!」

「何故だ?」

「彼もまた【ロンド・ベル】の一員です!」

 暫し、ゲンドウとブライトの睨み合いが続いた。
 そして、ゲンドウは口の端を吊り上げて、一言漏らした。

「…フッ、好きにするがいい」

 そういってゲンドウはその場所を後にした。

「………」

 あまりに説明不足なゲンドウの意図するところを計りかねるブライト。
 そんなブライトに、ゲンドウを見送りつつ冬月が言葉少なに成り過ぎているゲンドウ
の補足を行った。

「少し言葉が足りないようだな。
 サードの扱いは【ロンド・ベル】に一任すると言う事だ。
 【ロンド・ベル】から除名する時は、こちらに連絡を入れるように。
 後処理をせねばならんのでな」

 そう言って、冬月もまたその場を後にした。

 その姿を見送りながら、ブライトは顔を動かさずに問うた。

「で、彼は今何処だ?」

 ミサトはブライトに問い訊ねられた答えを云いにくそうにして、返した。

「…現在、ロストしております」

「何!?
 …それで資格停止か。何故私に報告がこない?」

「…申し訳ありません…」

 ミサトの様子から、決して報告を怠った訳ではないらしいと言う事は判った。
 【ネルフ】内部でも色々あるのだろう。
 ブライトはそう思うことにした。

「それはもういい。碇シンジを見つけ次第、私のところに連れてくる様に。
 いいな!」

「了解しました」




<地球衛星軌道上・機動巡航艦【デ・モイン】>      


 少女は膝を抱えるようにして、パイロット待機所ベンチへ座っていた。
 項垂れて、かなり落ち込んでいるのがよくわかる。日頃の彼女からは、想像できない
弱々しさを漂わせていた。

「マナ…」

 少女は自分の名を呼ぶ声に気付き、顔を上げた。

 そこにいたのはムサシ・リー・ストラスバーグ。先ほど機上負傷にて後送された浅利
ケイタと同じ、戦自・特別養育隊の時から一緒である同僚以上の同僚だ。

 いつもの様にその表情から何を思っているか読み辛かったが、付き合いの長いマナに
は判った。ケイタが居なくなって落ち込んでいる自分を気遣ってくれているらしい。

 そんな彼にマナは微笑み、応じた。

「ありがとう、ムサシ」

 マナの微笑みは痛々しかったが、ムサシは何も云わなかった。
 ただ、彼女の横へ静かに腰を下ろしただけだ。

 その静かなムサシの気遣いがマナには心地よい。家族を亡くしている彼女にとっては
肉親以上の暖かさを感じる。

 マナは横に座ったムサシへしなだれかかるようにして、呟く。

「…本当にありがとう」

 無表情を装うムサシだったがその頬が紅潮していたコトは疑いようもなかった。ムサ
シの手がマナの肩を抱く。

「…マナは心配しなくていい、ケイタのヤツは少し休むだけだ。じきに戻ってくる」

「…そうだね」

 マナも自分の肩に廻されたムサシの手に自分の手を添える。

「アイツがいなくてもオレが居る。
 オレはマナを守る」

 ムサシの静かな決意がよく判る。その言葉に秘めた想いも。

 だが、応じたマナの言葉は残酷だった。

「ありがとう、ムサシ……まるで本当のお兄ちゃんだね」

 ムサシが、雷撃に撃たれたかの様に一度体を震わせた。

 マナに全く悪気はない。ただ日頃感じていたところを素直に口にしただけだ。
 だが、この精悍な少年に与えた衝撃は計り知れなかった。先ほどのうっすらとした紅
潮などウソのように青ざめている。

 この少年には珍しく、やや動揺した口振りで応じるのがやっとだった。

「…ああ、そうかも知れないな」

「ううん、そうだよ。出来の悪い妹かも知れないけど、よろしくね。
 ムサシ・お・に・い・ちゃん?」

「…ああ」

 ムサシの絞り出した返事は、少しのほろ苦さが混じっていた。


                :

 そこは暗闇だった。この艦の中でも有数の重要度を持つはずの場所にしては、余りに
寂寞過ぎた。それはここ【デ・モイン】第二艦橋に絶対君主の如く鎮座する男の発する
雰囲気が原因だった。

「ヒヨッコが一人病院送りか…」

 【デ・モイン】副長アレクサンドル・カリオストログラード少佐は、彼の王国【デ・
モイン】第二艦橋で報告書へ目を通しながら、報告書を持ってきたマッハ大尉へ当てつ
けるように独白した。

 いつものコトながら、この人物が口にすると全くの事実のみであるにも関わらず、何
故か腹立たしさを覚える。そんなコトを思いながら、マッハは応じた。

「そうです。だが、彼らはよくやりました」

「そうだ、彼らはよくやった。無論忌々しいが貴様らもな」

「おかしいですな、皆がよくやっている筈なのに上手くいかない」

「そうだな、誰かがほんの少し楽をしている所為かも知れんな…」

「おや、楽するものの声、聞こゆる?
 由々しき出来事、それは誰?」

「さぁて、さてさて、そは誰なるかな?……我らが軌道艦隊猛々しい。尊き犠牲を払
 うも構わず、敵討ち払う。尊き連邦軍統合幕僚本部、ソレ良しとする。
 次々斃るる我々を振り返らず、一心不乱にジャミトフ中将殿の元へ馳せ参づる。
 …代わりに斃れた者の後を次ぐは、卵の殻さえ取れぬ勇敢なる子供たちだ」

「その子供たちも、また勇猛にして果敢。
 今日も一人斃れた。敵艦隊一つ討ち払った代償に…
 つまりは長くも持ちそうもない」

「さて、我と我ら、子供たち全てが斃れた後、次ぐのは誰かな?
 親愛なるジャミトフ中将率いる【ティターンズ】の方々か、それとも温かくも厳しい
 裁断で子供たちを戦場へと送り出し、きたる日に備えん戦自の様な方々かな?」

「さぁ? 一機動戦闘大隊指揮官にしか過ぎない私めの伺い知るところではありませんな」

「であるならば、高々一巡航艦の副長風情が判ろうハズも無い」

「そういうことですな」

「そういうことだ」

「意見の一致を得られた事を嬉しく思います、副長殿。
 それでは、私はこれで」

「…許可する」

 だが、退室しようとするマッハへ副長の声が掛かった。

「…大尉」

「まだ、何か?」

 マッハはまだ何か云いたいのかと云わんばかりの感情丸出しで振り返る。

「…私はキサマらMS乗りが嫌いだ。生きようと死のうと知ったことではない」

「先刻承知であります」

「…だが、本来我々が護るべき子供たちの未来まで奪いたくない。
 生かしてシャバへ帰してやりたいモノだな」

 そこには、恥を知る大人が漏らす苦悶の響きがあった。

 それを感じ取ったマッハはいつもの様な人の悪い笑みを浮かべ、口悪く答えた。

「…俺ゃ、最初っからそのつもりですぜ」

 そして、マッハは第二艦橋を後にした。



<第三新東京市・路上>      


「…道」

 あの男は、そういった。

 自分の進む道。

 自分で選んで、自分で進む。

 そのような生き方は、遙か遠い世界の話だとシンジは思っていた。自分には出来ない
生き方だと。ココへ来たのも、コレまでのように流された結果でしかない。これからも
そうである筈だった。

 だが、それは間違いだった。

 エヴァは彼にソレを許してくれない。
 関わった事によって与えられた力は、シンジに選択を強要する。

 もはや、流されることは許してくれない。

 彼と彼の周りに居る人々との繋がりが、彼にソレを気付かせてしまった。

 シンジは静かに身動き一つせずに、必死で懸命に道を選ぼうと足掻いていた。



<地球衛星軌道上・機動巡航艦【アレキサンドリア】>      


「なんで、俺達が作戦行動中に前線から下げられなきゃならん!?」

 忌々しげにジェリド・メサ中尉は吠えていた。
 例によってカクリコンが『困ったヤツだ』と云う顔をして、彼をなだめる。

「まぁ、落ち着け」

「俺は落ち着いている!」

「そうか? 俺にはそうは見えんがな。
 まぁ、そういきり立つことも無いだろう。
 俺もお前も生きている」

「当然だ」

「そして、これから基地へと帰る」

「そうだよっ!」

「なら、何も問題ないだろう。
 今をなんと罵られようが、生きてさえいれば、まだまだやれる。
 その辺の事は、よく判っている筈じゃないか。
 えっ、ジェリド?」

 カクリコンの話を聞いて、途端に歯切れの悪くなるジェリド。
 彼には彼なりの死んでいったモノ達への引け目がある。そこを衝かれてしまってはど
うしようも無かった。

「そりゃ……まあ……そうだが」

「そうだろう?
 今日のところはせいぜい大手を振って引き上げて、居残り連中を羨まがらせてやるさ」

「へー、へー。
 カクリコン様のおっしゃる通りでございます。
 そんな事ばっかり云ってるから、ハゲんだよ

「…何か云ったか、ジェリド?」

「何も。俺は何も云ってないぜ……おっ、ランチ(連絡艇)が来たぜ。
 さぁて、誰が出張って来たんだろうな。
 なぁ、カクリコン!」

《誤魔化しやがったな、このヤロウ…》

 ジェリドの疑問に答えたのは、カクリコンでは無かった。
 彼が答えるよりも早く、後ろから答えがかけられたのだ。

「ジャマイカンだ」

 二人が振り返ってみると、ガディ中佐がいつも通り面白く無さそうな顔をして立って
いた。

「ジャマイカン・ダニンガン中佐殿が私の後釜だ。ヤツだけでは心配らしい、機動戦闘
 団指揮官として、テネス・"F"・ユング少佐が着任する」

「「ガディ艦長…」」

「うむ…二人とも済まんな。貧乏クジを引かせたようだ」

「「全くです」」

 声を揃える二人に表情一つ変えずにガディは愚痴る。

「遠慮のないヤツらだ…」

「で、どうしてくれます? ガディ艦長?」

「どうしようもあるまい。取り敢えずはグリプスに戻ってからだ…」

 そこまで云ってガディは愉快そうに顔を歪めた。

「安心しろ、見ているがいい。ジャマイカン達の事だ、すぐ呼び戻される事になるさ」

「そうですな…」

「オマケに機動戦闘団指揮官には、あの連邦軍No.1エース、"The Fake"こと、テネス・
 A・ユング少佐だ。コイツは期待出来るぜ」

 カクリコンは静かに同意しただけだったが、ジェリドさらに補足する。ガディは幾分
興味深そうにして応じた。

「ほう、ユング少佐を知っているか」

「そりゃあ、もう。俺のダチなんかは、ユング少佐殿に3回も撃墜されていますからね」

「気の毒な話だな」

「全く、その通り。不幸極まりない話ですよ。
 そいつがユング少佐の機体とは交戦どころか、見かけたことすらないって事を除けば
 ですがね」

「…不思議な話もあったものだな」

 ガディの呆れた様な口調に、ジェリドとカクリコンはキレイに口を揃えて答えた。

「「全くです」」

 そこへ警告音がする。
 後任達を乗せたランチが到着するらしい。ガディは二人へ声をかける。

「おしゃべりはここまでだ。
 ランチが到着する、出迎えるぞ」

                :

「出迎えご苦労、ガディ・キンゼー中佐。
 後のことは私に任せて、安心してグリプスへ戻られよ」

 部下を引き連れて、ジャマイカンは嫌みったらしくガディへ声を掛けた。
 その少し後ろに少佐の階級章をつけた30絡み男がいる。たぶん、この男がテネス少
佐なのだろう。早くもジャマイカンに辟易しているらしい。表情が渋い。

「…労りの言葉ありがとうございます、ジャマイカン・ダニンガン中佐。
 後のことは頼みます」

 ジャマイカンの嫌みなど、耳に入らないかのように応じるガディ。いささかムッとし
てジャマイカンは応じた。

「云われるまでも無い。それでは貴官らはココまでだ。あのランチに乗って【サワチヌ】
 と共にグリプスへ戻られるがいいだろう。まぁ、道がてら良き知らせを楽しみにして
 くれたまえ。貴官らの分まで戦果を挙げて見せよう」

「ほぅ…期待しておりますぞ、ジャマイカン殿。
 では、私は【サワチヌ】へ向かうとしましょう。
 おい、行くぞ」

 そういってガディは、ジェリド達を呼んだ。

「「了解」」

 ランチへと流れる3人を見送るジャマイカンともう一人の将校。

「では」
「では」
「では、ジャマイカン・ダニンガン中佐殿、テネス・"F"・ユング少佐殿」

 ジェリドの発言にカクリコンは眉を一瞬ひそめる。当のジェリドは平然としたモノだ。

 テネス少佐は傍目にも判るほど怒りを抑えながら、ジェリドの間違いを訂正する。

「失礼、私の名はテネス・A・ユングだ」

 テネスの訂正にジェリドは芝居掛かった返事を返した。

「これは失敬。勘違いしておりました、少佐殿」

 これにテネスは憮然として応じた。

「判れば、いい」

 そして、3人はランチへと乗り込んでいった。

                :

 ランチの座席で呑気に口笛吹きながらくつろいでいるジェリドを、カクリコンは叱咤
した。

「ジェリド、ああいう危ない遊びは止めろ。
 タメにならんぞ」

「判っちゃいるがな……どうにも」

「………」

 そういうジェリドへ、カクリコンの鋭い眼差しが向けられる。日頃口数が多く、理路
整然と話す人物が無言で睨み付けると云うのは実に迫力がある。

 その迫力に負けた訳ではないが、ジェリドはイヤイヤながらも降参した。

「わーたっよ、これから気を付ける」

 ふて腐れるジェリドを見て、カクリコンは表情を崩す。

「全く、お前ってヤツは……困ったモンだ」

 カクリコンが外を覗くと、ランチは彼らをグリプスへ運ぶサラミス改級機動軽巡航艦
【サワチヌ】へ到着しようとしていた。



<ジオフロント・【ネルフ】本部>      


「ようこそ、【ネルフ】へ。
 私が【ネルフ】司令・碇ゲンドウだ」

 余りに言葉少ななその言葉は、ともすれば尊大。よく言っても慇懃無礼ととられても
仕方がない。少なくとも部屋へ迎え入れた貴人への言葉としては全く相応しくなかった。

《おい、碇!》

 横に控える冬月は、少しだけ眉間に皺を寄せる。場所が場所なら、舌打ちの一つもし
て、横にいるゲンドウに説教をぶってやるところだ。だが、今は無理だ。客が来ている。

《気を悪くしなければ、良いのだがな》

 しかし、その貴人は最上級のもてなしを受けたかのように礼を述べる。

「お忙しいところ、お時間を戴いて感謝します、碇ゲンドウ殿。
 わたくしがナの国の女王、シーラ・ラパーナと申します」

 そういって彼女は微笑みを浮かべる。

 一気にその場の雰囲気が和らいだ。

「ほぉ…」

 思わず感嘆する冬月。

「…ふっ…」

 珍しく。本当に珍しいことにゲンドウも何かを感じたようだ。少なくとも悪い印象を
持たなかったことは用意に推察できた。ゲンドウにしては非常に稀な事である。快挙と
いって良い出来事だ。

「…今日は何を云いに来られたのですかな」

 ゲンドウは彼を知っている人間が聞けば目を剥くような人間らしいと云おうか、感情
の感じられる口調でシーラに尋ねた。ここまで来ると殆ど奇跡といって良いかもしれない。

 目の前の奇跡に頓着せず、シーラは言葉を続ける。

「はい。今日は礼を言わせて貰いに参上しました」

「それはご丁寧に。ですが私たちは何もしておりませんよ。
 プライト大佐の要請に従って、少し融通を利かせているだけです」

「食料・医薬品のみならず、負傷者の収容、オーラバトラーの修理。
 果ては【グラン・ガラン】の改装までして戴いて、少しとはもうしません。
 違いますか、ゲンドウ殿?」

「ご安心を。こちらにも下心はあります。特にあのオーラバトラーとか云うマシンは非
 常に興味深い」

「無礼な物言いですね」

「これが性分です」

「そうですか。
 ですが、安心しました。ゲンドウ殿なら信用出来ると感じました」

「買い被りですな」

「そうですか?
 私はそうは思えませんが。
 以後もよしなに願いいたします」


                :

 会見の席に同席はしていたが余りに彼の身を置く世界との違いに、圧倒されていたショ
ウ・ザマである。会見では皆に礼儀正しく無視されていた。まぁ、それはショウにとっ
て、有り難いことだった。あの場で注目されても困る。

 チャムを置いてきて良かった。あのお調子者のフェラリオの事だ。頼みもしないのに
騒ぎを起こしていただろう。ダバ君には悪いが、チャムにあの双子の様に似ているリリ
スと云う遊び友達が出来て、助かっている。

 ショウはそう思った。

《しかし、あの御仁…》

 彼のゲンドウに対する印象はよく云って偏屈者。控えめに表現して極悪犯罪組織の裏
元締め。悪く云うと……本人の名誉のために、伏せておこう。要するにどう云ったと
ころでロクな印象を持てずに居た。

 そう、丁度傍らを進むシーラとは対照的な印象だ。似ていると云えば、精々どちらも
腰を据えて慎重に動くらしいと云う辺りか。

 そんな不敬なことを思うショウに、内心を見透かしたようにシーラの声が掛けられた。

「何か言いたそうですね、ショウ?」

「あっ、いえ、何でもないです」

「ふふっ、嘘です。
 ショウは思っていることが顔に出ますから、すぐ判ります」

 この時点でもショウはまだ気付いていない。シーラがショウを彼女と同列に扱ってい
ることを。気付いたからと言ってどうなるものでも無いが、その程度のことは気付いて
欲しいものだとシーラは思った。

「えっ、顔に出てますか……参ったなぁ。
 降参です」

 そういってショウは両手を挙げた。その様子をさも可笑しそうに見ながら、シーラは
ショウに質す。

「では、何を考えていたのか教えて貰えますね、ショウ?」

「大したことでは無いのですが……シーラ様、あの御仁どう思われましたか?」

「そうですね、色々とありますが…一言で云って…哀しい人だと思いました」

「はっ?」

「哀しい人……生きながらに死んでいる。
 死にたい程この世を厭うているのに、事を為すの一念でこの世に踏みとどまっている。
 可哀相ですわ」

「どうして、そう思われたのですか」

「その様なオーラを感じました。アレは死んだ者に心を持って行かれた人のモノです。
 …あの様な益荒男(ますらお)が、このまま滅びを得るのは遣る瀬無いこと。誰か救
 える人が現れると信じたい。私はそう思います」

「…私にはよく判りません」

「判るようになってください。その為に色々と経験して貰っています。
 貴方には期待しているのですよ、ショウ・ザマ」

 直参の家臣どころかバイストンウェルの民ですら無いショウにしてみれば、何故ここ
までシーラが自分に構うのかよく判らないで居た。彼女の元には、バイストンウェルに
名を轟かすナの国近衛も居る。

 だが彼女は彼らを差し置いて、余所者の自分に強力なオーラバトラーを与え、今ここ
で期待しているとすら言ってのける。

 多分聖戦士としての自分を導き鍛える事で、彼らの戦いの元凶であるドレイク・ルフ
トを討たせようと云うのだろう。

 ショウはそう思うことにした。

「…ご期待に応えられるよう、努力します」

 彼らの思っていることには少々の隔たりがある。が、ショウのその言葉はシーラの全
き笑顔をもたらしていた。



<第二発令所付近・執務室>      


「落ち着けよ、ブライト…」

「私は落ち着いている!」

 アムロは、今この宇宙の何処か他の場所でも自分と同じ苦労しているヤツだろうかと
嘆いていた。

 原因は判っている。
 EVAとか云うマシンのパイロット 碇シンジが失踪した事だろう。

 実際、自分にも多少の事情の違えはあれど同様の経験があるから、失踪した少年には
何とも親近感の様なモノすら感じる。

 だが、荒れるブライトの八つ当たりが飛んで来るのでは、そうも云っていられない。
コレばかりはニュータイプと云えど、普通の人と変わらない。全方位に照射される怒気
を逃るるに比べれば、亜光速ビームを避ける事など児戯に等しい。

《ミライさんもこんな苦労をしていたのかな?》

 今は退役し目の前の男の妻となった女性のことを思い出しながら、苦笑混じりにそん
なことを考えたりもする。

 そんな自分の様子を不審に思ったのか、ブライトのジト目が少し痛い。

「何だ、ブライト。僕に話でもあるのか?」

「話をしたいのは、お前だろう」

 ブライトは不機嫌な顔をしながらも、アムロの誘いに乗ってやることにしたようだ。
不承不承ながらも、改めて口を開いた。

「…で、お前はこんな所で遊んでいて良いのか?」

「勿論だ。いいトシして、手間を掛けさせるヤツがいるからな。
 僕が居なくても、みんな上手くやってくれている。上がいないからと云って、やる事
 をやらないトコじゃないだろう、ウチは」

「…出ていったヤツのことは気にならんのか?
 ここの連中のヒモ付きとは云え、一応キサマの部下だぞ」

 そう云われてアムロは、今し方気付いたような顔をする。

「…そう云えば、そうだったな」

「本気で言っているのか」

「まさか。ブライトに合わせただけだ」

「どうだか…本当にそう思っているなら、少しは慌てて見せろ」

「何でだ?
 …大丈夫、戻ってくるよ。碇シンジ君はね」

「…どこからそんな自信が湧いてくるのやら。呑気なものだ」

 妙な自信を見せるアムロに、ブライトは苛ついている自分がバカバカしくなってしまっ
ていた。



<ジオフロント・第七機動兵器整備ブロック>      


「ダバ、レッシィ! ちょっとこっちを手伝っておくれ!」

 モーラの闊達な声が彼女を呼んだ。
 呼ばれた彼らは、周りの整備員と共に出撃準備に追われていたが、モーラの呼びかけ
に気付き、応える。

「ちょっと、待ってください!」「すぐ行きまーすっ!」

 その息のあった様子は微笑ましくすらある。
 自然とモーラの顔には満足そうな笑みが浮かんだ。

《だいぶ、馴染んだようだね》

 モーラは彼らの姿にそう思う。
 ダバはともかく、レッシィは元々純粋に敵だ。一度は【アーガマ】に潜入して大立ち
回りを演じている。その時は死者こそ出ていなかったが、立ち回った格納庫に一番多く
いて必然的に敵対的接触が多かった整備員を中心に結構な数の負傷者さえ出ている。

 当然、レッシィに対する敵意も大きい。
 それはブライトの宣言を持ってしても、拭い去ることは出来ないでいた。

 だが、望ましいことにその敵意も最近徐々に薄らいで来ている。
 原因はレッシィに付き添って何かと生粋の【ロンド・ベル】隊員との間に入って仲裁
するダバ達の努力も勿論だが、なんと云ってもレッシィ自身の努力が一番大きい。

 精力的に作業に協力するのは当然かも知れなかったが、自らの害した負傷者一人一人
を見舞って、謝罪するなどなかなか出来るモノではない。

 こう云っては何だが、この様な素朴と云うか純朴と云うか、悪辣極まる憎き敵の大幹
部と云うには、余りに実直な彼女の気質は、【ロンド・ベル】の人々にかなりの好印象
を持たせてた。

「美人は得するねー」

 モーラはそう思わないでもない。
 事実、切り整えられたセミショートの髪型が、彼女本来の躍動感あふれる若さを引き
立てて、同性である自分から見てもイヤらしさを感じない魅力を彼女に与えていた。

 事実上の売約済み物件でなかったら、【ロンド・ベル】の餓えたヤローどもが隊列組
んで押し寄せていただろう。

「モーラ?」

「んっ?………あぁ」

 レッシィの呼ぶ声でモーラは我に返った。
 考えに浸って、我を忘れていたらしい。

「ゴメンよ。少し考え事をしていたんだ」

「どんなことを考えていたんですか?」

「そーだねぇ……どうすれば、レッシィみたいにキレイになれるのか、かな」

「そんな…からかわないで貰いたい」

 レッシィはそういってモーラに抗議した。言った内容は少し尊大であったが、それは
照れを隠すためのモノに過ぎない。何よりレッシィの紅潮した顔がそれを雄弁に物語っ
ていた。

「からかってなんて居るもんか。
 で、どうなのさ。ちょっかい出してくる様なヤツは居なかったかい」

「いえ、別に。みんなに気を使って貰っては居ますが……」

 まだ、遠慮があるのかかしこまって答えるレッシィ。
 モーラもそれが判っているか、なるべく気易い口調で話を続ける。

「そうなのかい。【ネルフ】のカジとか云う人と話しているのよく見かけるけど」

「そういえば、レッシィに話しかけるカジさんの姿をよく見かける」

「何だダバ。
 気付いていたのか? なら、一声掛けてくれても良いだろう」

「いや、レッシィもココの世話になっているのだから早く馴染んで欲しいと思ったんだ。
 いい人ばかりだから、あまり心配する必要ないかも知れないけどね」

「で、どうなんだい。カジさんとは?」

「…色々判らない事を教えて貰っているだけです」

「ホントにそれだけなのかい?」

「そういえば…今度この近くを案内しようかと声を掛けられていますけど。
 …まだ返事していませんが」

「アンタ、そりゃ断った方がいいよ」

「なぜだか、理由を聞いて良いか?」

「そいつ、下心ミエミエだよ。気を付けた方がいいね。
 そもそも美人で気立てが良くってかいがいしい、なんてそうそう居ないよ。
 ダバ君が居なかったら、アタシが嫁に欲しい位なんだ。」

 モーラの冗談とも本気ともつかない言葉に、レッシィは曖昧な表情をする。

「も、モーラさん?」

「なんだい? ダバくん?」

「もしや、そういう趣味をお持ちで…?」

 ダバの問いに満面の笑みで答えるモーラ。

「いんや、無いよ」

 だが、二人の疑わしそうな目はそのままだ。
 モーラは、言を重ねた。

「例えだよ、例え。安心しなって!」

 そういってモーラは、ダバの背中を景気の良い音をさせてながら連打した。レッシィ
は、と云うと…嬉しいような困ったような曖昧な笑みを浮かべたままだった。


                 :

 その時キャオは腰を下ろして、一休みしていた。

「おーおーおーおー、青春しちゃって。全くチッタぁ、俺の方にも廻せってんだよ。
 友達甲斐の無いヤツだよ。判ってんのか、ダバ?」

 面白く無さそうにダバ達を見ているキャオだったが、誰かが肩をつついているのを感
じて振り返る。

「ん?…なんだ、お前らか」

 そこでは、サイド1ジャンク屋店長代理心得見習いビーチャ・オーレグと同補佐モン
ド・アカゲがコンテナに腕を乗せて並んでいた。その後ろに同店員イーノ・アッバーブ
が居る。

「いやー、キャオさん。こんち、お日柄も良く」
「ホント、ホント」

「こんな地下でお日柄も何も無いと思うぜ」

「そりゃ、そうだけど」「やっぱり、これってツカミがいまいちみたいだ」
「「こりゃまた、失礼しましたぁ〜っ!」」

「調子のイイ連中だよ」

「「へへへ、それだけが取り柄でして…」」

「おい、イーノ! コイツら、いつもこうなのか?」

「えっ…….?」

 突然話を振られたイーノは少し困った顔をして頬を人差し指で掻いた。返答に困って
いるらしい。実にイーノらしい曖昧な態度だ。

「そうなんだな…まぁいいか」

「「そうそう」」

「だから、お前らがソレ言ってんじゃあない!
 で、今日は何だ?」

「流石、キャオさん…」「判ってらっしゃる」
「「こないだの約束のブツです」」

 するとビーチャがジャケットの懐から、なにやら大きめの封筒を取り出した。

 キャオはそれを受け取る。どうも雑誌の類が入っているらしい。何の気無しに覗いて
みる。

「約束のモノ? 俺何か約束してたっけ…おぉっ!」

 その瞬間、キャオの顔が歓喜の表情一色に染まった。

「どうです」「イイモンでしょう?」

「「「ぐふふふ…」」」

 キャオは喜色満面で頷く。三人して、まなじりを下げたイヤらしい目で見つめ合う光
景は、かなり異様だった。

「でも、いいのか? コレ貰って」

「勿論! この間のアレに比べりゃ大したことないかも知れないけどさ」
「今度はもっと凄いの、用意しときますから」

「判った、判った。俺も今度秘蔵の品用意しとくからよ。
 ペンタゴナ四千年の歴史ってのを堪能させてやるよ」

 ニヤリx3。

 確かにそこには【ロンド・ベル】悪い友達の輪が繋がっている光景があった。

「「「これからもよろしく」」」

 揃うセリフが雄弁にそれを語っている。

「いーのかなぁ……こんなコトしてて」

 妙に気が合っている三人を見て、やや呆れ気味の顔でイーノがポツリと呟いた。
 無論、良いわけがない。天網恢々疎にして漏らさず。不埒なモノには鉄槌を。罪には
罰が下される。下したのが長い艶やかな黒髪の中から角を生やした少女であったから、
これぞ天の配剤と言うヤツだろう。

「コラァーッ!!」

 そんな和気藹々とするキャオ達に向かって、いきなり怒号が飛んだ。
 思いもかけないところからの攻撃に、4人揃って慌てふためく。

「「「「わわわっ」」」」

 キャオなどは、渡された紙袋をお手玉していた。
 そんな彼らの様子を見て、心底呆れたようにキャオと同じくペンタゴナから来た、黒
髪の襲来者ファンネリア・アムは呟いた。

「何をやっとんじゃ、アンタらは。
 気色悪い!」

「何を、って…何にもやってないよなぁ、ビーチャ…」

 と言って振り返るが、そこには既に誰もいなかった。流石は素早さを信条にしてジャ
ンク屋業界で生き残っているだけはある。実に迅速な行動だった。

「…友達甲斐の無いヤツらだ」

「何処向いてんのよ!
 よそ向くなら向くで、アレ見てみなさいよ!」

 アムの指す方を向くキャオ。

「アレ? あぁ、ダバ達のことか」

 その先にはダバ達が居た。今更言うまでも無いが実にいい雰囲気だ。特にダバとレッ
シィの間に流れる空気は、ついこの間まで敵味方だったとは信じられない穏やかで信頼
感に満ちたモノだった。。

「キィー、悔しいっ!
 何よ、あの女! いつまでもダバに引っ付いて居ないでよ!」

 見事なストレートの黒髪を生き物のようにうねらせながら、アムは歯軋りしていた。
理由は云うまでもない。単純にダバとレッシィがくっついているのが気に入らないだけ
だ。

 理由が単純なだけにその迫力は凄まじく、一人を除いて近寄ろうともしない。流石は
この手の騒動に慣れた【ロンド・ベル】の面々である。そつがない。

 で、例外の一人はやや呆れた口調で彼女をなだめていた。

「よせよ、アム。
 しわ…増えるぜ」

「えっ…………………?
 あら、やだ」

 カワイ子ぶって、一言口にするなりコンパクトを取り出しチェックし始めた。

《もしかして、俺ぁ人の形をした別の何かを相手にしてるか?》

 キャオは、アムのあまりの変わり身の早さに、呆れるを通り越して感心すらしてしまう。

「…まあ、どうでも良いけどよ…」

 思わず、そう独白してしまうキャオだが、その言葉をアムは聞き逃さなかった。

「どうでも良い訳無いでしょう。
 早く、あの押し掛け年増をダバから引き離さないと!
   ダバ、待っててね。悪い女にだまされているアナタを救い出してあげるから  
 キャオ、何してるのよ!
 さっさとあの女、ダバから遠ざけて!」

「無茶云うなよ。大体、ダバが監視役やっているんだから、引き離せる訳無いだろう!
 それにダバのヤツ、自分のやること途中でジャマされるの一番嫌うんだ。俺もお前も
 ダバに嫌われたくないだろう?」

「…ホント、使えないわねぇ。アンタ」

「そう云うなよ。
 なぁ、アム……ダバの事はすっぱり諦めて、俺と付き合わねぇか?
 いい目、見させてやるぜ!」

「お・こ・と・わ・りっ!
 誰がアンタなんかと」

「つれないねぇ……
 こう見えても、俺って実は男前なんだぜぇ? 人気が出過ぎると、ダバが可哀想だか
 ら、特にPRしていないけどよ」

「一生、PRしなくて良いわよ。
 私、興味ないから」

「タハっ……きっつうぅ…….」

 そんなキャオなど、放っておきアムは周りを見渡した。

「そういえば、今日はあの子見ないわねぇ…」

「何、あの娘!? アム、お前、女にまで色目使っているのか!?」

「誰がじゃっ!」

 ボケるキャオの顔面にアムのハイキックが炸裂する。

「いててて……お前、ダバがどうこう云う前に、その口より先に手足が出る癖、直さ
 んと嫁の貰い手が無くなるぞ…
 で、あのこって誰のことだ」

「ほら、あの小さな騎士君よ。最近見てないわ。この間までダバと一緒に"剣"の稽古し
 てたりしたのに…」

「何ぃ!? 『騎士の誓い』、やらかしたヤツに手を出そうってのか!?
 アム、それは辞めとけ! 人の道にもとるぞ!!」

「だから、そっちの発想から離れいっ!」

「オゴォッ!」

 再びボケるキャオの足の甲に激痛が奔る。今度はかなり痛そうな音がした。見るとア
ムのブーツヒールの下に自分の足が見えた。

「い゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛っ゛っ゛っ゛っ゛!!!!」

 痛みに転げ回るキャオに冷たい視線を送るアム。

「私は純粋にあの子に何かあったんじゃないかと心配してあげただけよ。
 全く、ヤラしい目でばっかりしているから、そういう貧困な発想しか出来ないのよ!
 少しはダバを見習いなさい!」

「痛゛て゛て゛…今度から気を付けるよ。
 で、あのちびっ子騎士か?……知らねえぞぉ、俺は。
 どっかで何かやってんじゃないのか?」

 判っているような判っていないような言い振りに嘆息するアム。

「アンタねぇ…あの年頃の子は傷付きやすいの!」

「傷付くって…やっぱりポセイダル兵、殺しかけた件か?
 けど、アレはしょうがないだろう」

「ガサツなアンタなら、それで終わりかも知れないけどね。
 あの優しい騎士君はそうじゃないのよ!」

「優しいねぇ…」

 キャオはそのアムの言う『優しさ』という点について異論のあるところだが、口には
しない。口にしたところで判って貰えないだろう。

「何よ、何か言いたそうねぇ?」

「別にぃ〜。
 そこまで言うなら、アムが慰めてやるか?
 『よちよち、泣くんじゃありませんよ』、てな」

「おう、やったるわい!」

 そのアムの返事に、それまでのだらしない顔をキリリと引き締めてキャオは諫めた。

「やめとけよ、タメにならんぜ。
 アイツのためにも、自分で解決しなきゃあならん事だ」

「もう、いいっ!!」

 アムは癇癪をおこして、ここからから立ち去ってしまう。
 キャオは痛む足の甲を押さえながら、一人ごちる。

「…痛ててて…どうして、こう貧乏クジばっか引いちまうかね、俺は」

 そして、レッシィと連れ立って作業へ向かうダバを見て、再び呟いた。

「しかし、感謝しろよぉ、ダバ。お前の代わりに色々苦労してやってるんだからな。
 まぁいいか、俺もレッシィやあのちびっ子騎士は嫌いじゃない。」

 そう言うキャオの嘆きは、実に楽しげであった。



<ジオフロント・【ネルフ】本部>      


「ブライト大佐、苛ついているわねー。
 アムロ少佐は格納庫行っちゃうし、どーしたらいいかしら。
 敵の一つも来て貰って、憂さ晴らして貰いたいわね」

 ミサトの呑気な声が新品特有の匂い漂う【ネルフ】本部第二発令所に響いた。そんな
呑気さを彼女の被保護者が口煩く咎めたてた。

「そーね。
 判ってんなら、さっさと【使徒】見つけなさいよ!
 こっちにだって、やりたいことあるんだから!」

「やってるわよ。少し静かにして頂戴」

 横の被保護者であるハイパー小娘はいつもの事ながら煩い。
 本来他人のすることにさほど興味のない彼女としては、出来うる限り避けたい難事で
ある。が、保護者としての義務だ。一度キッチリ躾ける必要があるだろう。

 だが、今はその時ではない。取り敢えず置いとくことにしよう。かの少年が戻ってき
たなら、躾けるに当たって面倒なところは押しつけられるかも知れない。暫くは保留だ。

 そんな現状を果てしなく無視した、限りなく事実に近いであろう希望的未来観測で塗
り固め、ある意味最もくだらない崇高な義務の果たし方をコンマ1秒で裁決し終えたミ
サトは、リツコに問い訊ねた。

「リツコぉ、【使徒】の発見は?」

 その答えは簡潔にして、明瞭だった。手に持った資料から目を動かしすらせずにのた
まった。

「まだよ」

 一部の隙もない。返事とはかくありたいモノである。だが、世の中の大部分の人間が
そうであるようにミサトもまたその返事に不満を持った。

「リツコ、も少し言い様ってのがあるでしょう?」

 この抗議は、葛城ミサトと言う人間に、後悔という言葉の意味を噛み締めせさるとい
う、実に有意義な体験をさせることになる。

 抗議を律儀に聞き止めたリツコが資料から顔を上げると、そこには笑顔があった。た
だ、文句のつけようのない笑顔であるはずなのだが、何故か猛烈な寒気を感じた。

《ヤブヘビッ!》

 リツコとの付き合いが長いミサトだ。この笑顔が何を表しているのか、当然理解して
いる。

「言い様?
 【使徒】のデータ解析、パターン分析、想定されるありとあらゆる状況に対しての装
 備・機材最適配置へのシフト計画、トドメは初号機のパーソナルパターン入れ換えよ。
 そんなモノ、装甲廃材と一緒に叩き出したわ」

「あは、あはははぁ………」

「アナタも保護者なら、保護してる子達の面倒ぐらいキチンとしておいて頂戴。
 ウチでは、皺寄せが全部私のところに来る事になっているらしいの」

「ぐっ…気をつけりゃあいんでしょう!」

 後ろで繰り広げられる文字通り冷たくもアツイ戦争を耳に入れつつ、チーフオペレー
タ三人組は刻々とアップされてくる統合情報をオペレートしていた。無論、後ろでのや
り取りは耳には入っていた。が、無意識下で理解することを拒否していた。

 さすがは特務機関へスカウトされるだけはある、実に優秀なモノである。この程度の
危機回避など、意識するまでもなくこなしている。

「何!?」

 その優秀な彼らが流れる情報を見咎めた。
 リズムよく、キータイプやクリック音が響く。

「マコト! E−5!」
「判ってる! 任せろ!」

 ごく短いやり取りであったが、彼らにはソレで十分通じる。実に手際よく情報を捌い
ている。

「どう、思う?」
「間違いない…ん!?
 反応増大…来るぞ!」

 第二発令所にけたたましい警報が鳴り響いた。
 日向は後ろへ振り向き、報告を上げる。

「葛城三佐! パターン青!
 【使徒】です!!」

 不本意だが出現した【使徒】に不毛な戦いの幕引きを感謝しつつ、ミサトは号を発した。

「了解。総員第一種戦闘配置!
 やるわよー! アスカ、出番よ!」

「云われるまでも無いわ。
 出るわよ、指揮よろしく! さっさと片付けてやる!」

 駆けだしたアスカを見送るミサトの脇では、リツコが静かに連絡をとっていた。

「レイ、出撃よ。
 初号機でスタンバイ、判っているわね?」

『…了解』



<第三新東京市外郭・路上>      


 空気が圧力を増した。大気が軋み、風が鳴る。

 それまで明らかに違う。プレッシャーの様なモノを感じる。

「何?………何が起こっているんだ!?」

 未だに迷いの吹っ切れないシンジは、その感覚に既視感を感じた。いや、確かにこの
感覚には覚えがある。

「ぐぅ…!」

 フラッシュバックする痛み。
 左腕に、そして何より右眼に痛みが奔った!

《この感覚!!》

 右眼を押さえてうずくまるシンジの後方で、どうしようもなく巨大なモノが発するで
あろう物理的衝撃すら伴った音がまき起こった。

「!!」

 振り返って、シンジは見つけた。
 右腕を失い、顔面らしき仮面も増えていた。が、間違いない。初戦で自分をあっさり
病院送りにしてくれたあの恐怖の代名詞が帰ってきたのだ。


          【使徒】だ。


「うわぁぁぁっ!!」

 シンジの喉は本人が意識をせぬまま、絶叫を発していた。


<Dパート・了>



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ver.-1.01 2001/11/25 公開
ver.-1.00 1999_03/02 公開
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<作者の?>

作者  「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁー……‥‥‥・・・もう春だなぁ」(゜. ゜)←トホイ目


すいません、次の更新は……早く出来るといいなぁ(−−;


恒例にしようと思っているオマケ


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