熊谷陣屋 上方歌舞伎の力 2008.7.13 W221

大阪松竹座でおこなわれている「関西・歌舞伎を愛する会第十七回 七月大歌舞伎」夜の部を6日に、昼の部を7日に見てきました。

主な配役
熊谷直実 仁左衛門
相模 秀太郎
軍次 愛之助
藤の局 孝太郎
弥陀六 我當
義経 藤十郎

「熊谷陣屋」のあらすじはこちらです。

仁左衛門が松嶋屋の方たちと藤十郎という、上方の役者さんたちと一緒に演じた「熊谷陣屋」は、三年前の前回よりさらにこくと深みをましたように感じられました。

今回は歌舞伎ではたいていカットされる、藤の局が熊谷の陣屋に救いを求めて逃げ込んでくるところから演じられたために、藤の方がきゅうに現れる不自然さがなく、いつもだと相模のくどきで初めて明らかにされる直実・相模夫婦の息子・小次郎が敵方の平敦盛の身替わりになった事情がわかりやすく思えます。

特に秀太郎の相模が、我が子の首を受け取るために立ち上がろうとしてよろめき倒れるところ、熊谷がしっかりと抱いた小次郎の首を三段の上までもって出ると相模が三段を途中まであがって夫直実と二人でしばらく首をもちあって嘆くところ、相模のくどきの息づかいも苦しげな様子に、深い嘆きが感じられました。

相模が三段をあがって首を受け取る型は芝翫型で、橋之助の熊谷と菊之助の相模が演じたのを見たことがありますが、今回はこの型がとても自然に感じられ、夫婦の情が通いあっていたと思います。

仁左衛門の熊谷は基本的には團十郎型ですが、ご本人もよくおっしゃるように「いいとこどり」で他の型がミッスクされていて、より充実したものになっています。熊谷が敦盛(実はわが子小次郎)の首を討った経緯を藤の方に物語るところでは、イトにのるセリフの面白さが十分味わえ、平山見得の大きさに圧倒されました。

藤十郎の義経も我が子を犠牲にした熊谷への深い憐みが感じられて、良かったと思います。我當の弥陀六は襦袢に平家の武将たちの名前ではなく、「南無阿弥陀仏」と書いていました。「幽霊の御講釈」ではなくて「高札のご講釈」としていたようで、わかりやすいようにといろいろ工夫する我當らしさを感じました。

義太夫狂言を知りつくした役者さんたち全員が一歩も二歩も踏み込んで演じ、それが相乗効果となってあらわれたような「熊谷陣屋」でした。

次が菊五郎の「黒手組の助六」。清元「忍丘恋忍者」(しのぶがおかこいはくせもの)にのって花道から登場するのが三枚目・番頭権九郎の菊五郎と新造・白玉の菊之助。この道行の菊之助が素晴らしく風情があってきれいでした。

結局権九郎は白玉の間夫・牛若伝次に金をとられ、池に突き落され、池に泳いでいる鴨に飲み込まれますが、「ツァラトゥストラはかく語りき」の壮大な音楽とともに池からはいあがってくる菊五郎の鴨の着ぐるみには、タイガースの黄色と黒の鉢巻に帯というご当地ネタ。

そこへタイガースが優勝しそうなので道頓堀へ投げ込まれないようにと大阪から江戸へ逃げてきた食い倒れ太郎とケンタッキーフライドチキンのサンダース人形が登場。これがなんと田之助と團蔵で、團蔵は江戸はるみのギャグを連発してみせる、いかにも菊五郎らしいサービスぶりでした。

これから先は助六のパロディで、助六が足の指ではさんで差し出す煙管をこちらでは敵役の鳥居新左衛門がやったり、本家の助六を徹底的に洒落のめすわけですが、前半のはじけっぷりに比べると今一つ不発におわったという感じ。

最後が踊り二つ。まず菊之助の天女、松緑の漁師伯竜で「羽衣」。天女が踊りながら天に帰っていくときに松林をぬけていったと思ったら、その松が下にさがり雲が出てきたのは初めて見ましたが、天にのぼっていく感じがでてよかったのではと思います。かって魁春が金丸座にかけすじが出来たときに、天女の舞を低い宙乗りで演じたのを見ましたが、普通の劇場でやってみても良いのではと思いました。

夜の部の締めくくりは孝太郎のお臼と愛之助の杵造で「団子売」。イキのあった二人が愛嬌たっぷりに楽しく踊りました。この二人の踊りには心から楽しんで踊っているという余裕が感じられました。

翌日の昼の部はまず踊り、曽我五郎を松緑、十郎を菊之助、静御前を孝太郎で「春調娘七種」(はるのしらべむすめななくさ)。それぞれに似つかわしい配役で七草を題材にとった踊りを見せてくれました。

次が片岡十二集の内「木村長門守」。我當が長門守、進之介が副使の郡主馬之助を、左團次が家康を演じました。はたちの若さで敵陣の中へ行き、老獪な家康に少しも屈することなく和睦の神文を取ってくるという大役を果たす木村重成を、我當が若々しく勤めました。左團次の持ち味はたぬき爺の家康にぴったりで、お芝居を奥行のあるものにしていたと思います。

このお芝居の中では亀三郎のいかにも歌舞伎役者らしい声の良さ、また松也の役者ぶりの良さが光っていました。

そして最後が「伽羅先代萩」の通し。竹の間と飯たきはなしで短縮されていました。まず花水橋では紫の着物が良く似合う菊之助の足利頼兼が、放蕩にふけって国を危うくしてはいるが、なかなか腕のたつ殿様という雰囲気と、お酒の匂いがするような感じが良かったです。

相撲取りの絹川谷蔵は愛之助でしたが、序幕をすっきりと明るく見せて、後への期待感を高めました。

このあとにすぐ御殿がくるのですが、飯たきがカットされたためか藤十郎の政岡は思ったよりあっさりしていましたが、皮肉でからかうような仁左衛門の八汐とのやり取りは見ごたえがありました。

八汐が千松を殺すところで、普通政岡は内掛けで後ろ向きになった若君・鶴千代を隠すように抱くと思いますが、今回はさっさと上手屋体へ逃がしてしまい、そして上手の柱に手を掛けて八汐がわが子を惨殺するのを耐え忍ぶというやり方。

八汐がほとんど中央で上手向きに座り千松をいたぶっているのですから、政岡は上手にいるほうが理にかなっていると思いましたが、鶴千代を一人にしてしまって良いのだろうかとちょっと心配になります。

栄御前の秀太郎は、早合点でちょっと間がぬけたこの人物の雰囲気をうまくだしていました。栄御前が去ってようやく一人きりになった政岡が、母親として千松の死を嘆き悲しむところはメリハリが効いていてさすがに上手いと思いました。

このあとの床下では松緑の荒獅子男之助が荒事を力強く演じました。出てきたねずみはすっぽんに頭から滑り込むのかなと思ったら足から飛び込み、仁左衛門の仁木弾正は残り半分のスペースでせりあがってきましたが、ねずみが飛び込んでから間をおかずに仁木が出るための工夫かなと思いました。

仁木が男之助の方を肩越しに見る目つきとせせら笑いには凄味のある色気が感じられ、暗闇の中を前後の差出しのわずかな明かりに照らされながらひっこんで行く姿はまさに歌舞伎の美!とても魅力的で、緊張感に満ちていて客席も咳ひとつ聞こえず静まりかえっていました。ひっこみのやり方はいろいろあるようですが、仁左衛門はぐっとひざを曲げたところから一歩歩くたびに少しずつ背を高くしていくという方法だったように思います。

続く対決では菊五郎が裁き役の細川勝元を颯爽と演じていました。仁左衛門の仁木は勝元との駆け引きが面白く、刃傷ではついに殺されてしまうまで終始凄味と迫力がありました。役者がそろった今回の「千代萩」の通しにはすっかり満足して帰途につきました。

この日の大向こう

大阪の会の方が3人みえていて、最初から上方風の長く尾をひく掛声が華やかかつ賑やかにかかっていました。ここぞというところでは一般の方もたくさん声を掛けていらっしゃいました。

ひとつ気になったのは熊谷の花道の出で、仁左衛門の熊谷が沈鬱な表情ででてくるところ。ここはたしかに寺子屋の源蔵の出などと違って揚幕は景気の良い音を立てて開きますが、それはまだ熊谷が首をうったのは本当は息子の小次郎だと明かされていないためで、熊谷の嘆きを思えば七三で熊谷が数珠をふところにいれて突き袖できまるまで声を掛けることは控えるべきだと思うのですが、七三に着く前に吠えるような大声が「松嶋屋~~」とかかったのは残念でした。(-.-)

首実験に「まってました」という声が聞こえたのにも驚きました。「まってました」は名調子の長セリフなどの前には良いですが、こういうところにかかると非常に違和感を覚えます。役者さんの方でも場合によっては「じゃあ、今までは一体なんだったの?」と思われることもあると伺いました。

昼の部には会の方も3人、名古屋からも大向こうさんが見えていたということです。最初のうちは控えめでしたが、先代萩の御殿くらいから盛んに声が掛かるようになりました。

この日は黙っていたほうが良いと思われるところでは全く声が掛からず、政岡が花道で座り込むところあたりから堰をきったようにかかり始めたのは、義太夫発祥の地らしいと感じました。どなたか「大山城屋」とかけた方がいらして、この方は他の役者さんにもこの声を掛けていらしたようですが、「屋」はいらないなぁと思いましたし、一人に掛けたら他はもうやめた方が良いかもです。

仁木の幕外の引っ込みの最後の方には三人の方が次々に「十五代目」と声を掛けていました。

「団子売」の二人が頬をよせるところには「ご両人」と声がかかって、ほほえましく感じました。

7月松竹座演目メモ

昼の部
「春調娘七種」 孝太郎、松緑、菊之助
「木村長門守」 我當、進之介、左團次、亀三郎、亀寿、松也、家橘、團蔵、
「伽羅先代萩」 菊之助、愛之助、藤十郎、秀太郎、孝太郎、魁春、仁左衛門、松緑、菊五郎、左團次、團蔵、

夜の部
「熊谷陣屋」 仁左衛門、秀太郎、愛之助、孝太郎、我當、藤十郎
「黒手組助六」 菊五郎、左團次、菊之助、松緑、
「羽衣」 菊之助、松緑
  「団子売」 孝太郎、愛之助 

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