『 永遠 ( とわ ) に・・・! ― (3) ― 』
§ 踊り子 (3) ― 承前 ―
「 へっ! あんな哨戒艇 チョロいもんだぜ! オレらの一発で吹っ飛んじまった。
ざま〜みろってんだ! 」
「 ともかく。 ヤツラは一掃した。 俺の<眼>で確認できる範囲内に敵影はなかった。 」
「 ・・・ あ〜〜 え〜〜っと? ・・・よし、 レーダー ソナー共に可視聴範囲内、オール・クリア と。 」
「 グレートはん〜〜 遅すぎるがな〜〜 」
「 海岸線 異常はない。 」
ちょっとした <騒動> の後、 安全確認の報告が次々と集まってくる。
日常のありふれたリビングは たちまち作戦ベースに早替わりした。
ジョーは自宅リビングに一通りの防衛・探索機能を設置していたのだ。
「 ふん、どうやらヤツラは単独で索敵にきたらしいな。 」
「 左様・・・ う〜ん、ピュンマがいないのは痛手だな。
海の護りに彼のチカラは絶対に必要だぞ。 」
「 いや近々 彼は復帰できるそうだ。 博士、そうですよね? 」
「 ・・・フム ・・・・? 」
メンバーたちに囲まれ、 博士はじっと記録映像を見つめている。
― シュ・・・ッ! カチ。
圧縮音と共に 一陣の風を纏いジョーが現れた。
「 ・・・皆、 ご苦労様! 周囲10キロ範囲内の陸海の安全確認をしてきたよ。 」
「 おお ジョー ・・・ ご苦労じゃったな・・・ 」
「 博士 ・・・ それでアレはやはり BGのものですか。 」
「 おい、ジョー! 」
ジェットが キッチンへむかってくいっと親指を指した。
「 ・・・ ああ 大丈夫のようだぞ? マドモアゼルとミス・ヘレンのレディース・チームは
サンドイッチとスウィーツつくりに夢中なはず・・・ こっちの話しなんぞ、耳にはいらんだろうよ。 」
「 グレート? 」
「 ふふん・・・ちょいと我輩が注文を出しておいた。
まあ その。 <うまいお茶菓子> でのイングリッシュ・アフタヌーン・ティ をな、頼んだってわけだ。 」
「 ほっほ・・・ そいであの嬢ちゃんらは 夢中になっとるんか〜 ・・・ふんふん ええ匂いや・・・ 」
「 それじゃ。 俺達はミーティングだ。 簡潔に必要最低限の報告で済ませるぞ。 」
アルベルトは立ち上がり全員を見回した。
「 オ〜ライ♪ そんでもって早く スウィーツ・タイムにしようぜ。 」
「 ったく! お前のアタマの中は食い物のことしかないのか! 」
「 まあまあ アルベルトはん・・・ てぃ〜ん・えいじゃ〜いうたらハイエナみたいなモンやで。 」
「 それで 博士? どう判断されますか。 」
ジョーの問いに博士は言葉少なく、だが断定的な見解を示した。
メンバー達の報告も互いの確認で終わり ― つまり新しい発見はなかった。
「 ― 博士。 それでアレについてはどう思いますか。 俺が判断するに 003 でした、完全に。」
「 アルベルト ・・・ 」
「 ジョー。 お前も受信しただろう、アレを 」
「 全然いつものフランだったぜ。 座標の正確さも ばっちし。 」
「 ― だな。 」
「 襲撃のショックで 一瞬正気に戻ったってわけか? 」
「 正気・・・ というより 自動的に索敵機能が稼働したのじゃろうな。 」
「 博士 ・・・! それじゃ 彼女はやっぱりまだ ・・・? 」
「 ああ。 残念ながら な。 先ほど、怪我の有無を訊ねたが
フランソワーズ・アルヌール として反応してくれたよ。 もっとも怪我なんぞなかったがな。 」
「 ・・・ そうですか ・・・ 」
「 フランソワーズはん ・・・ まだワテらのこと思い出してくれへんのやろか・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
全員が キッチンの方向を眺めてしまった。
・・・ クッキーでも焼いているのだろうか、バターの香ばしいにおいが漂ってきた・・・
「 ・・・ 博士、 皆。 相談があるのだけれど・・・ 」
「 ジョー? なんだね。 」
ジョーが思い詰めた眼で 全員を見る。
「 ― 彼女を フランソワーズを ・・・ 帰そう と思うのですが。 」
「 帰す? ・・・ パリへ、故郷へか。 」
「 ええ。 思い出せずにいるのなら ここに居ても意味はないだろ。
・・・ いっそこのまま、フランソワーズ・アルヌール として・・・ 生きてゆければ・・・ 」
「 ジョー? お主 本気か。 」
「 ああ。 そのほうが ・・・ 今の彼女にはしあわせ ・・・ かもしれない。
好きなだけ踊れて ・・ その ・・・ 恋人もいたみたいだし・・・ 」
「 ・・・ ジョーはん ・・・ そりゃ・・・ 」
「 またヤツラに狙われたらどうする。 」
「 うん ・・・ それがモンダイなんだけれど・・・ 」
「 009。 ダメだ。 それは許されん。 」
「 博士 ・・・ どうして!? 」
「 ジョー。 よく考えてみろ。 」
博士の代わりに アルベルトが真正面からジョーを見つめる。
「 自分自身がサイボーグだ、という自覚のないまま <普通の世界> に放り出したらどうなると思う? 」
「 そ それは・・・ 一生、自覚がないのなら、それこそいいじゃないか。
自分自身の 中 のメカニズムの存在を 一生 知らずに普通の人間として生きてゆける ・・・ 」
「 自覚はなくとも 現実は存在する。
いいか? 本人にはなぜかわからないのに <変わらない>んだぞ?
周囲の人間はごく当たり前に年齢を重ねてゆくのに、自分だけ何年経とうが そのまま なんだ。
理由もわからずに な。 とうてい ・・・ まともな精神状態じゃ いられまい・・・ 」
「 ・・・ アルベルト ・・・ 」
「 俺はな こんなあから様な <改造> を かえってありがたい、と思っているさ。
この ・・・ 手を見るたびに 現実をしっかり見据えられるのだからな。 」
アルベルトは ゆっくりと右手の革手袋を外した。
「 俺達は。 判っている から 耐えられる。 」
「 ジェロニモ Gr. ・・・・・ 」
「 my boy? 優しさ を 履き違えてはいけない。
一度助けたものの命は 最後まで責任をもて! ・・・ それがオトコだ。 」
「 うっほ〜〜〜 カッコええこと言わはるな〜〜 」
「 ・・・・・・・ 」
「 ― と いうことさ、 ジョー。 」
リビングに 重い沈黙が充満してゆく。
「 ジョーはん。 フランソワーズはんはな、 なにがあってもフランソワーズはん でっせ。
あんさんの大切なお人に 変わりはあらへんで。 」
「 ・・・ 張大人 ! ・・・ 」
「 我らがマドモアゼルを大切にしてもらわにゃ、困るわな。 」
「 俺達 全員の望みだ。 」
「 うん ・・・ そうだね! 」
ジョーはしっかりと頷き笑みを浮かべた。
決めた 決めたよ。
ぼくが 背負ってゆく。
丸ごと 全部。 きみのことを ・・・ 一生!
きゅっと彼は拳を握った。
そうだ。 これは自分にだけしか出来ないことなのだ ― !
「 ・・・ ま。 ご一同、とりあえず 今はティー・タイムを 楽しもうではないか。 」
「 ひゅ〜〜〜 待ってました! お〜〜い まだかァ〜〜〜 」
「 っとに・・・ まあ いいか。 俺も小腹が減ってきたな。 」
一同は ざっとだがリビングを片付け、ジョーは防護服を着替えに行こうとしていた。
「 ああ ジョー? 」
「 なんですか 博士。 」
「 うむ ・・・ つかぬことを聞くがな。 あの時、あのイブに、彼女の首に 妙〜な装置が
くっつけられておったよなあ? 」
「 ・・・? あ! はい。 ・・・ここの 首のこっち側だったと思いますが・・・ 」
「 ふむ ・・・ そうか。 やはり な・・・ 」
「 でもアレはあの時、もう壊れていましたよね? 残骸は博士が処置してくださって 」
「 ああ そうじゃ。 ワシがこの手で な。 」
「 それが なにか・・・? 」
「 いや。 ちょっと気になってな。 ・・・ふむ ・・・ 」
― カチャ カチャ ・・・ カチン ・・
「 皆さ〜ん! お待たせしました♪ ティータイムですよ〜 」
「 イギリス風に頑張りました♪ サンドイッチもスウィーツもたくさん! 」
娘たちがそれぞれトレイを捧げ 賑やかに入ってきた。
「 ジョーさん? お好きなチーズ・クッキーもつくりました! キャラウェイ入りよ? 」
「 あ・・・うん。 ありがとう! 」
ジョーはフランソワーズの屈託のない笑みに ほっとする思いだった。
彼女の笑み、笑顔を守るのは ― 自分なのだ・・・!
彼は身体の奥底から ふつふつとエネルギーが沸いてくるのを感じた。
「 ウマ〜〜〜!! しっかしもっとでかいサンドイッチってねえの?
旨いけどよ、ちっこくて歯の間に挟まっちまうって〜〜 」
「 ・・・ 相変わらず品のないヤツだな。 」
「 う〜〜ん このキュウリのサンドイッチ 絶品だ。 まさに我が祖国の味! 」
「 ええ 焼き具合やでェ このスコーン! 」
皆 さまざまのスウィーツに舌鼓を打っている。
娘たちも笑いさざめき 手製の出来栄えに満足しているらしい。
「 ジョーさん・・・ 」
「 うん? 美味しいよ、フランソワーズ。 上手だね・・・ 」
「 うふふふ・・・ ありがとう。 あの ね ジョーさん。 」
「 ・・・ はい? 」
「 わたし。 ずっとここに居たいです。 あの。 ジョーさんが いるから・・・
ジョーさんの側に 居たいです。 」
「 フランソワーズ・・・! 」
「 何か思い出せるかもしれないし・・・ ご迷惑でなければ・・・ 」
「 迷惑なんてそんな。 ぼくは き きみが ― うん? 」
ジョーの唇に スコーンが押し付けられた。
「 先に言わせて? わたし。 アナタが好き。 」
「 ・・・・・・・・ 」
ジョーは ― 返事のかわりに かぷ・・・っとスコーンにかぶりついた。
「 ジョーさん ・・・! 」
「 ・・・ ジョー でいいっていったろ。 」
彼は 傍らにある白い手をきゅ・・・っと握った。
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 ― ぼくが 護る。 きみの全てを・・・! 」
「 脚の傷 ・・・ 大丈夫か? 」
コーヒーのおかわりを貰い、ジェロニモ Jr.が ぼそり、とヘレンに訊ねる。
「 ええ ちょっと切れただけですもの。 すぐに治るわ。 」
「 俺・・・ もっと早く行けば 護れた。 すまん ・・・ 」
「 いいえ いいえ! ジェロニモさんのせいじゃありません。 」
「 大切な脚、傷が残らねばいいが・・・ 」
「 残ってもいいです、大したことじゃないわ。 」
「 大切にしろ。 大切な ・・・ 生身だ。 」
「 うふ? 心配してくださってありがとう、ジェロニモさん♪ 」
脚の包帯は痛々しいが ヘレンはいつもより頬を染めている。 弾んだ気持ちを隠せない。
この傷 ・・・ 私にはちゃんと赤い血が流れていて・・・
傷つけば痛む人間だって証明よね。
ジェロニモさん 心配かけてごめんなさい。 でも私、嬉しいの。
よかった・・・! 私は ヘレン。 ヘレン・ウィッシュボン。 教授の娘よ。
「 お湯を沸かしてきます。 お茶のお代わりのほしいかた?? 」
ヘレンはにこやかに皆に声をかけた。
「 あ オレ!! コーヒーと! あと スコーン!! クリームたっぷりでもいっちょ 追加〜 」
「 ワシももう一杯貰おうかの・・・ 」
「 ヘレンはん? 手伝うで。 杏仁豆腐でん、追加しまひょか。 」
「 ええ お願いします、張大人。 」
リビング一杯に美味しい香りと暖かい空気が広がっている。
スウィーツはどれもこれも申し分なく 誰もがのんびり笑顔で味わっていた。
― 皆でお茶を楽しむ ・・・ そんなありふれた事はこの時が最後となった。
§ フランソワーズ と ヘレン (1)
― 静かな夜 ね・・・
ヘレンはカーテンの合間から晴れた夜空を見上げた。
海の上、はるか天上から少し欠けた満月が白銀の光を投げかけてくる。
今夜は 波の音もいつもより穏やかに聞こえるのは・・・ 気のせいなのだろうか。
・・・ こんな夜がずっと続けばいいのに・・・
ヘレンはそっとレースのカーテンを引いた。
そろそろ夕食の準備を始めようか・・・ 彼女はリビングを見回した。
ソファでのっぽの赤毛が 雑誌を広げているだけだ。
「 あら・・・? ジョーさんは・・・ 」
「 うん? ・・・ ああ さっきクルマで出掛けたぞ。
なんでも東京で人に会うアポイントがある、とか言ってた・・・ 」
「 そうですか・・・ じゃあ 晩御飯、ジョーさんの分、どうしようかしら。 」
「 オレがアイツの分、食ってやるって♪ 心配いらね〜 」
「 まあ うふふふ・・・・わかりました。 あら アルベルトさん? 」
ふらり、と庭からドイツ人が入ってきた。
「 ジョーのヤツ。 まさか一人で敵さんの根城に乗り込んだのじゃないだろうな。 」
「 え・・・ まさか・・・ 」
「 ふん ・・・! 」
アルベルトは不機嫌の極み、といった風情でどさり、とソファに腰を降ろした。
「 ったく どいつもこいつも勝手に行動しやがって! 」
「 アルベルトさん ・・・ 」
― カチャリ ・・・ しずかにドアが開いた。
フランソワーズがイワンを抱いてすり足でそう〜っと入ってきた。
「 し〜〜・・・ね? やっとネンネしてくれたわ。 」
「 あら ・・・ 赤ちゃん ・・・ 」
「 ええ いったんおっきしたのだけれど・・・ ミルクを飲んでまた眠ってしまったの。 」
「 あらあら・・・ ほんとう、よくネンネしているわね。 」
「 ね? 食事の仕度する間・・・ここでクーファンに寝せておきましょう?
皆がいる方が赤ちゃんも楽しいでしょ。 」
「 そうね。 あ ・・・ ジェットさんたち、お守り、お願いできますか? 」
「 え〜〜 イワンのお守りかァ?? 」
≪ 004、002。 シバラク タダノ赤ン坊 シテルカラ。 ソノツモリデイテクレ ≫
オトコ達の頭に 赤ん坊の声が届く。
「 ・・・・!? ≪ オッケー 了解 ≫ あ ああ いいぜ。 」
「 ≪ 了解 ≫ ふん 子守か。 」
二人はチラ・・・っと眼の端で頷きあった。
「 じゃあ お願いしますね〜 ヘレンさん、今晩のお献立はどうします? 」
「 ええ 張大人が活きの良い海老とか貝を買ってきてくれたの。 だから ・・・ 」
「 うわあ・・・海老って・・・ 触れるかしら わたし・・・ 」
「 私も自信ないけど・・・ 」
「 ・・・う〜ん でも日本人って海老が好きなんですってね。
きっと ジョーさん、好きよね♪ うふふ・・・ 張り切っちゃう〜〜〜♪ 」
フランソワーズは頬を染め 先に立ってキッチンへ出て行った。
「 やっぱ まだ思い出せねえのかよ ・・・ 彼女はさ。」
ジェットはキッチンへのドアを指した。
「 うむ・・・ こればっかりはな。 時間に任せるしかない らしい。 」
「 ふん・・・! オレはフランがハッピーなら なんだっていいんだ。 」
「 ― 当たり前だろうが。 ・・・しかし あの女は・・・ 」
「 女? ヘレンのことかァ? あのコはいいコじゃん。 」
「 ・・・ったく てめェまで! 」
「 けど! ずっと・・・協力してくれてるじゃん。 オッサン、深読みし過ぎだぜ。 」
「 だと いいがな。」
「 決まってるって。 さ〜てメシ メシ〜〜 今晩のメシはなんだァ〜 」
「 ・・・・・・・・ 」
― 静かな夜が更けてゆく ・・・ はずだった。 しかし。
「 ・・・ よし。 これで いい。 ジョー、気分はどうじゃ。 」
「 ありがとうございます、博士。 だ 大丈夫 ・・・ く ・・・! 」
「 ああ こら! まだ起きてはならん。 少なくとも今晩は安静にしておれ。 」
「 ・・・ はい ・・・ 」
「 ジョーさん ・・・ ジョーさん・・・・! 」
「 ああ ジェロニモ、すまんがジョーをベッドまで連れていってやってくれんか。 」
「 むう。 ジョー、しばらく我慢してくれ。 」
「 ・・・ く ・・・ あ ありがとう ・・・ 」
― これが 実質的に事件の始まり、だった。
その夜 ―
一人欠けた夕食も終わり、そろそろその <一人> の不在を皆が気にし始めた頃―
「 ― あ。 クルマ が・・・ 」
フランソワーズが 突然、顔を上げた。
「 フラン、どした? 」
「 ジョーさん ・・・ 帰ってきたわ! ・・・あ?? でもなんか ・・・ ヘン? 」
「 ヘン? あ おい、フランソワーズ! 」
フランソワーズは ぱっと立ち上がると玄関に飛んでいった。
― ・・・ ドン ・・・!
なにか、誰かが玄関のドアにぶつかった。
「 ・・・ジョーさん? 今、開けるわね どうかしました? 」
彼女は玄関ドアにとびつくと すぐにノブを押した。
「 ・・・ く ・・・ッ! 」
「 ?! あっ ・・・! ジョーさん!? きゃあ〜〜!! 」
どさ・・・っとジョーの身体が玄関へ転がり倒れこむ。
「 しっかりして! 」
「 ・・・ う ・・・ うむ ・・・・ 」
「 ジョーさん?!・・・・ ああ 酷い怪我・・・アタマから血が・・! 」
「 ・・・ フ ・・・ フランソワーズ ・・・ 」
「 おい、フランソワーズ。 どうした!? ・・・・ !? どうした、ジョー!? 」
彼女の悲鳴を聞きつけ アルベルトが駆けつけた。
「 これは ・・・ ひどい怪我だ! 博士! 博士〜〜!! 」
全員が 玄関に飛び出してきて、 蹲っていたジョーをリビングに運んだ。
ジョーは頭に包帯をまき、所々には赤黒いシミが浮き出てきている。
「 ・・・むむ ・・・ これは・・・! ジョー、いったいどうしたというのかね。 」
「 ・・・ は 博士 ・・・ 」
「 ジョーさん! ジョーさん、しっかりして!! 博士、救急キットを持ってきました 」
「 お湯です! こっちは新しいタオル・・・ 」
「 おお ありがとうよ、 フランソワーズ。 ヘレン。 」
「 ・・・ ううう・・・ へ ヘレン! 君は ・・・ 君はどうしてあそこにいたんだ!? 」
「 え? あそこ・・? 」
「 は ・・ 箱根さ! あの社長の別荘だ・・・! 」
「 なんのことですか? 私 ・・・ 私 ずっとここにいますけど・・・ 」
「 な なんだって!? 」
「 ええ そうです、ジョーさん。 ヘレンさんは ずっとここにいました。
わたしと一緒に晩御飯の準備してましたもの。 ・・・ねえ? 」
「 ああ そうだ。 彼女は外にはでなかったぞ。 」
「 アルベルト・・・! しかし しかし あそこで見たのは確かに! う うううう・・・! 」
「 ジョー、しっかりしろ! この頭はどうしたんだ、いったい。 」
「 ・・・ く ・・・うううう ・・・ 」
「 ちょっとじっとしていろ。 ・・・ ああ これは ・・・ひどい!
人工頭蓋骨がなかったら・・・ 即死していてもおかしくないぞ? 」
博士はてきぱきと治療を進めている。
「 ヘレン ・・・ 君には双子の姉妹か・・・姉さんか妹がいるかい。 」
「 え? いいえ。 私はウィッシュボン家の一人娘ですわ。 」
「 ― ぼくは 見たんだ。 ヘレン、君とそっくりの女性を! 」
「 わ わかりません、そんなこと・・・! 私はずっとここに居ました、私に姉も妹もいません。
信じてください!! 私は ・・・! 」
「 ジョー ・・・ いったい何があったんだ。 説明してれ。 」
「 そうだぞ、ジョー。 一人で抱え込むなよ。 」
「 ・・・ うむ ・・・ 」
「 ジョー、 今晩は安静にしていなさい。 いくら009でも頭部強打は致命傷になる。
・・・ 簡単な手当てがしてあったようだが 誰かが治療してくれたのかね? 」
「 ・・・・ わかりません。 突然 後ろから強打されて。 次に気づいたらかなり離れた場所にいて
頭には包帯が巻かれてました。 」
「 ふむ ・・・ よし、これでいい。 誰かジョーを寝室へ連れていっておくれ。 」
「 はい。 ジョーさん ・・・ 歩けますか。 」
ジョーはゆらり、と立ち上がり ヘレンがすぐに手を貸した。
「 ありがとう、一人で行けるよ。 悪いけど・・・少し一人にしておいてくれないか。 」
「 ・・・ ジョーさん ・・・! 私のこと、疑っているのですか。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 俺 運ぶ。 」
「 うん ジェロニモ、頼む。 」
「 任せろ。 ジョー、少し辛抱しろ。 」
「 005 ・・・ 」
「 ・・・ わたし ベッドを調えてきます。 」
フランソワーズはぱたぱたと彼らの横をすり抜け 二階へと駆け出した。
「 ワシは念のため 薬を処方してくるよ。 何かあったらすぐに知らせておくれ。 」
博士もそそくさと研究室にしている自室に引き上げた。
ついさっきまで のんびりとした雰囲気に満ちていたリビングは 寒々としたものに変わった。
誰もが口を閉ざし 視線を逸らす。
残っていたメンバー達も辺りを片付け そそくさと自室に戻って行った。
がらん、とした部屋の隅に残されたヘレンは身を小刻みに震わし立ち尽くしている。
仲間がいる・・・と思ったのは あれは ・・・ 自分の都合のよい思い込みだったのか・・・
「 ・・・ 寒い ・・・ 寒いわ。 」
カタン ・・・ やがて 彼女は絨毯の上に膝をついた。
カチ ・・・ カチャ ・・・カチャ・・・・
白い指が床に落ちた陶器の破片を拾っている。
食後のコーヒーに使っていたカップの大半が 先ほどの騒動で割れてしまった。
「 ・・・ う ・・・く ・・・・ ううう ・・・ 」
ぽと ぽと ぽと・・・・
破片の周囲に水玉が散ってゆく。 ヘレンの頬を伝い透明な雫が止め処なくすべり落ちる。
「 ・・・ 気をつけて。 手を切ってしまうわ。 」
「 ・・・!? 」
すい、 ともう一つの白い指先が 破片の上に舞い降りてきた。
「 ・・・ フランソワーズ さん ?! 」
「 わたしが拾います。 陶器のカケラって案外鋭利なんですよ。 」
「 ・・・ あ でも あなただって ・・・ 」
「 わたしは ・・・ 」
「 ― え? 」
「 ・・・・・・・。 」
フランソワーズは 大きめの欠片を拾いあげると ― ぎゅっと握った。
「 きゃ・・・ 危ない! 」
「 ・・・ よく 見て。 」
フランソワーズは ゆっくりと手を開いた。
ざらり、と粉々になった陶器の欠片が掌から落ちる。 そして そこには ・・・
「 え・・・あ ・・・ああ? 傷が ・・・? 」
「 ・・・ ええ。 この程度のものでは わたしの皮膚は傷がつかないの。
人間なら 皮膚が切れ血が流れ肉が切れるはずなのに。 ・・・ 人間なら・・・! 」
「 フランソワーズさん! ・・・ あ あなた ・・・? 」
フランソワーズは ゆっくりと首を振った。
「 わからない・・・ わたしは わたしのこの身体の中は ・・・ どうなっているのかしら・・・
わたし自身にも 全然・・・わからないの・・・
サイボーグ・・・って本当なの? わたしには皆みたいな特別な能力 ( ちから ) はないのに。 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 ・・・でも これって。 確かに <普通> じゃないわよね。
はやりわたしは 人間じゃない・・・のかな・・・ 」
「 フランソワーズさん! 」
「 あ・・・ あの ね。 ジョーさんが すみません、って。 さっき あんな酷い言い方をして・・・ 」
「 ・・・・ え ・・・ ジョーさん ・・・が ・・? 」
「 ジョーさんも混乱してたみたい。 あの怪我ですもの・・・ 」
「 でも 一体 なにが・・・ ジョーさんはなにを探っていたのかしら。 」
「 話してはくれなかったわ。 でもわたし。 ヘレンさんのこと、信じているわ。
だって わたし、ずっと一緒にこのお家にいましたもの。 」
「 ・・・ ありがとう フランソワーズさん ・・・・ 」
カチン・・・ カチ ・・・カチ ・・・・
欠片はかなり広い範囲に散らばっていた。
フランソワーズもヘレンも俯きつつ欠片を拾うために移動してゆく。
「 ねえ ヘレンさん。 」
「 はい? 」
フランソワーズは ふっと顔を上げ、ヘレンに向きなおる。
「 わたし。 ジョーさんが好き。 」
「 ・・・ あ あの ・・・ ここの方達は その・・・サイボーグ なのでしょ? 」
「 わたしも ・・・ よ? それに。
ヒトを好きになるのに条件も理由もいらないわ。 少なくともわたしは。 」
ヘレンも頭をあげ、フランソワーズをまっすぐに見つめた。
「 そうね。 私も 好きよ。 」
「 知っていたわ。 」
「 ― そう。 」
「 ええ ・・・ 」
カチン・・・ カチ ・・・カチ ・・・・
二人の娘は再び俯き、だまって欠片を拾い続ける。 月だけがそんな二人を 見ていた・・・
§ フランソワーズ と ヘレン (2)
ブロロロロ −−−−−− !
上質のエンジン音が 山間を縫って低く響いてくる。
瀟洒なクルマが 夜の帳を翻し山道を走ってゆく。
「 ・・・ あの。 ジョーさん。 」
「 なんだい、フランソワーズ。 」
「 あの ・・・ どうして わたしを・・? 」
「 もうすぐわかるよ。 あ ・・・ 寒くないかな。 」
「 いえ・・・ クシュ ・・・! 」
「 ほら 寒いんだろ? これ、羽織っていたまえ。 」
ジョーは脇に置いていたジャケットをフランソワーズに手渡した。
「 ・・・ ありがとうございます。 」
「 もうすぐ着くから。 ちょっとそれで我慢していてくれ。 」
「 ・・・・・ 」
彼女はだまってジャケットに腕を通した。
そっと身頃に頤を埋めてみる。 前をかき合わせれば ほんのりと温かい。
ふふ ・・・ぶかぶか ね。
あ ・・・ ジョーさんの香り ・・・・
闇夜の道も なんだか楽しいものに思えてきた。
大怪我をした翌日から ジョーはすぐにでも活動を開始しようとした。
包帯姿のまま クルマをだそうとして、博士に見つかってしまった。
「 お? こらこら・・・! ジョー、お前はまだ休んでいろ。 」
「 博士! もう ・・・大丈夫ですよ。
のんびり寝ていられる状況じゃありませんしね。 」
「 ここで焦っても仕方あるまい。 せめて今日一日くらい 大人しくしていてくれ。
ああ フランソワーズ? 」
「 はい、博士。 」
フランソワーズがちょうど洗濯物を抱えて通りかかった。
「 コイツの<監視>をしていておくれ。 どうも脱走したいらしい。 」
「 博士! 」
「 え ・・・ 脱走? まあ・・・ ふふふ 判りました。
さあ 怪我人さん? ちゃんとベッド・ルームに戻りましょうね・ 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 宜しく頼むぞ、 フランソワーズ。 」
「 はい。 」
ジョーは不承不承、自室に戻った。
そして その夜。
ジョーはフランソワーズを連れて こっそりクルマをだした。
「 あの・・・ どこへ行くのですか。 」
「 うん。 箱根 ・・・ 」
「 ハコネ??? でも どうして? 」
「 着けばわかるよ。 ああ 疲れたら眠っていていいよ。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョーは グイ・・・っとアクセルを踏んだ。
「 晩御飯ですよ〜〜 あら? 皆さんは・・・ 」
「 ・・・ うん? お嬢さん・・・ もうそんな時間ですかな。 」
「 博士! 皆さんはどちらへ? 」
リビングにはいつも誰かがトグロをまいているのだが その日は夕刻になっても空席が目立った。
・・・ というよりも リビングの住人はパイプを咥え沈思黙考している博士だけだった。
「 さあ?? ジョーは自分の部屋におるはずじゃが・・・ 」
「 それが ・・・ いらっしゃらなくて。 フランソワーズさんもお出掛けなんです。 」
「 ふむ? 」
「 まだ ・・・ 怪我も安心できないのに。 いったいどこへ・・・・? 」
「 ・・・ まあ 皆大人じゃからな、それぞれ用事もあるじゃろう。
ジョーのヤツはまあ・・・ 出歩けほど、怪我も快方に向かっている、ということじゃよ。 」
「 それなら ・・・ いいのですが・・・ 」
ヘレンは少し複雑な顔をしている。
「 まあ いないヤツのことなぞ放っておこうじゃないか。 」
「 ・・・ はい ・・・ 」
「 うあ〜〜お!! メシ !! 今晩のメシはなんだァ〜〜 」
どたばたと赤毛が駆け込んできた。
「 おお 食欲をそそる香りですな。 ミス・へレン・・・ 今宵はまた格別にお美しい・・・ 」
グレートが恭しく会釈をし ヘレンの右手にキスをしている。
「 ああ みなさん ・・・ はい、 今すぐに。 どうぞテーブルに着いてくださいな。 」
ヘレンも明るい表情をとりもどし、キッチンに戻っていった。
う〜む ・・・ 敵もさるもの、というところか??
しかし ジョー。 どこへ行ったのか・・・
博士の心配をヨソに 今夜は穏やかな夜になりそうだ ― 。
月は ほぼ中天に昇った。 今夜こそ満月、銀色の光は驚くほど明るい。
その光の中 ジョーのクルマは海岸通りまで戻ってきた。
「 − ジョーさん! どうして黙っているの? ねえ どうして。 」
「 うん ・・・ 」
「 なにを考えているの? なんとか言って! 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
滑るごとくに走ってゆくクルマで 運転席と助手席には先ほどと同じ人物が収まっている が。
行きとはかけ離れた雰囲気だった。
晴天の夜なのだが 今晩は海岸近くには波の花が散る。
豪快な景色とは裏腹な雰囲気に耐えかね、 フランソワーズの声が高くなる。
「 ・・・ わたしが特別なチカラを、その・・・サイボーグとしての能力を隠していると思ったの? 」
「 そんなことは! 」
「 それじゃ・・・ 彼女を、ヘレンを疑っているの? 」
「 うん いや ・・・ そんな 疑ってなどいないさ。 」
「 それじゃ どうして黙っているの!? さっきのヒトは誰? ヘンな動物たちは何なの?
ジョーさんは何を見たの?! 」
「 落ち着けよ、フランソワーズ。
ぼくが考えているのは あのじいさんが言ってたことはデタラメだってこと。
この前、ヘレンとそっくりなコが居たのは確かだ。 この眼で確かに見たんだ!
それにきみを疑うなんてそんなことはしない。 」
「 でも! それじゃやっぱりヘレンのこと、疑っているんだわ!
それに ・・・ いつまでもこんな状態で わたし・・・必要ないわね。
皆の邪魔になるだけね。 」
「 フランソワーズ! そんなこと、言っていないよ。 」
「 ・・・ クルマ 止めて。 おろしてください! 」
「 フランソワーズ!! 」
「 足手纏いがいれば 皆の邪魔になるしリスクも高くなるわ。
わたし、やっぱり一緒にいるべきじゃなかったのよ。 ・・・ 帰ります、パリへ・・・ 」
「 フラン!! バカなこと、言うもんじゃない! 」
「 でも ジョーさん・・・! 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョーは 急ブレーキを踏み、車を路肩に寄せた。
「 ?? な なに・・・? 」
「 フランソワーズ。 聞いてほしいんだ。 」
「 ジョーさん ・・・ 」
「 何回も言ってるよね、 ジョー でいいんだ。 」
「 あ ・・・ はい、ごめんなさい・・・ 」
「 ぼくこそ・・・ごめん ・・・ ああ ぼくはどうかしているな。 」
「 ・・・ わたしの ・・・せい? 」
「 ちがう。 なあ フランソワーズ、 思い出せないのなら 改めて聞いてほしい。
そして 理解してほしい。 ぼくたちは ずっと闘っているんだ ずっと・・・・
ブラック・ゴースト という巨大な悪と ・・・ たった9人でね。 」
「 ・・・ わたしも その一員、なんですね。 」
「 そうさ。 これからの闘いはどんどん厳しいものになるだろう。
きみの、 003の能力 ( ちから )がなくては ― それはとても苦しい闘いになる。 」
「 わたしの ちから ・・・ 」
「 うん。 きみの 眼 と 耳。 レーダー・アイとソナー・イヤー。
ごめん。 辛い記憶だと思う。 できれば思い出さずにすめばきみにとって幸せだと思うよ。
だけど現実なんだ。 ・・・ ごめん でもぼくがその辛さごときみを守るから! 」
「 わたし、ずっと ・・・ずっと努力しているわ。 思い出そう、去年のクリスマスは? その前は?・・・って。
でも ・・・ どうしてか、あるところまでゆくと まっしろになってしまうの。
ぷつん、とモニター画像がキレるみたいに記憶が途切れてしまうの。 ・・・ごめんなさい・・・・ 」
「 きみのせいじゃないよ、フラン ・・・ きっとなにか原因があるはずだ。
ぼく達は ずっと仲間だ。 どんなことがあってもきみを護るよ。 」
「 ジョーさん ・・・ 」
「 ごらん フランソワーズ ・・・ 綺麗な月だ・・・ 」
「 ・・・ ほんとう・・・ 」
ジョーは くい・・・っと彼女の肩を引き寄せた。
「 このまま ・・・時間がとまったらいいのに ・・・ な ・・・ 」
「 ジョー ・・・ 」
二人はごく自然に腕を絡め合い 熱く唇を重ねた。
恋人たちを 青い月がやさしく見守っていた。
「 ただいま ・・・ 」
「 戻りました。 」
ジョーとフランソワーズは 静かにリビングのドアをあけた。
「 あ・・・! ジョー!! てめェ、どこでふらふらしてやがったんだ〜 」
「 ジョー!! どこへ出かけておったんじゃ! 怪我は 怪我の具合は! 」
「 え・・・ あれ。 皆まだ起きていたのですか? 」
「 ごめんなさい、遅くなって・・・ もう皆さん お休みかと思って・・・ 」
二人は少し驚いて顔を見合わせた。
いつもなら アルベルトが読書しているくらいなのだが・・・
その夜は全員が 厳しい表情で集まっていた。
「 お前ら〜〜 心配してたんだぜ〜〜 」
「 ジョー。 出かけるな一言残しておけ。 」
「 すみません ・・・ あの ・・・ ジョーさんは ハコネの 」
「 あ いえ。 ちょっとその・・・ドライブに。 月があんまり綺麗だったから・・・ 」
「 ・・・ ジョーさん ・・・! 」
― へえ・・・??
なんだか皆が呆気にとられたみたいな表情をした。
・・・ あ ・・・ ヘレンさん ・・・
キッチンへのドアがほんの少し開いて。 すぐにそっと閉ったのに気づいたのはフランソワーズだけだった。
ドアの隙間から プラチナ・ブロンドの髪が一瞬見えた ・・・
「 ま まあ それならいいが・・・ あまり無理はするなよ。 」
「 ち! デートかよ〜〜 心配してソンしたぜ! 」
「 すいません・・・ あれ、 グレートと張大人は? 」
「 うむ ・・・ 彼らもなにか掴んだらしい。 東京まで行ってくる、とな。
もうそろそろ帰ってきてもよい時分なのだが・・・ 」
「 そうですか ・・・ 」
「 もしかしたら 大人の店の方に戻ったのかもしれんしな。
ジョー、 動き回っても大丈夫じゃったか。 」
「 ええ 特に支障はなかったです。 」
「 そうか それはよかった。 さて ・・・ではワシは休むとするよ。 」
「 ふぁ〜〜・・・ オレも寝るわ〜 」
仲間たちは 安堵の表情で席を立ちあがった。
「 心配させてごめんなさい。 あの わたし。 キッチンを片付けてから休みます。 」
「 あ〜? ナンかヘレンがやってたぜ? 」
「 そうですか ・・・ それじゃ ・・・ 」
軽く会釈すると 彼女は静かにリビングを出ていった。
「 ・・・・・・・・ 」
キッチンは きれいに片付いていた。
ただひとつだけ マグ・カップが水切り籠の中に伏せてあった。
これ ・・・ ヘレンさんの ・・・
フランソワーズは そのカップをきっちりと拭き食器棚に収めた。
「 ・・・ それでも。 わたし ・・・ ジョーさんが 好き ・・・! 」
彼女は電気を消すと 静かにキッチンから出ていった。
「 お嬢さん。 いや ・・・ 003。 」
「 ・・・ 博士 ? お休みになったのじゃ・・・ あ、お茶ですか? 」
キッチンを出たところに 博士が立っていた。
「 いや。 ちょいと聞きたいことがあるのじゃ。 こんな時間にすまんが・・・ 」
「 はい。 なんでしょう。 」
「 うむ ・・・ 以前にも聞いたのだが。 君のその首に傷跡なんじゃが。 」
「 ・・・ これ ですか? 」
フランソワーズは振り返ると髪を上げた。
右肩に近いところに 5センチほどの傷跡がある。 傷自体は完治しており目立つものではない。
「 ・・・ 君はこの傷のことを覚えていない、と言っていたな。 」
「 ええ。 多分子供の頃にでも怪我したのじゃないしら。 わたし、お転婆でしたから。 」
「 ふむ・・・・? ちょっと失礼 」
博士はそっと 傷跡に指を置いてみた。
「 あの・・・ ごめんなさい・・・博士。 」
「 うん? なにを謝っておるのじゃね。 」
「 ・・・ わたし、思い出せなくて・・・ その いろいろと・・・<能力> のこと とか・・・
皆さんの足手纏いになっているだけですね。 」
「 いや 君の責任ではないよ。
ジョーから聞いたのじゃが。 思い出そうとすると 途中で記憶が途切れるそうじゃな。 」
「 はい。 途切れる、というか ぷつん、と消えてしまうのです。
どうしてなのか ・・・ わからないのですが・・・。
いつからこんな風なのか ・・・ 覚えていなくて・・・本当に情けない・・・ 」
ほろ ほろ ・・・ ほろ・・・ 透明な雫が白い頬をすべり落ちる。
「 そう か・・・ ああ ああ 泣かんでもいい・・・ すまんな、妙なことを聞いて。 」
「 いえ わたし・・ 」
「 もう お休み・・・ 今日は疲れたじゃろう・・・ 」
「 ・・・ はい ・・・ お休みなさい。 」
「 ああ お休み。 」
博士は彼女の後ろ姿をじっと見送っていた。
「 ― 博士。 」
「 アルベルト。 なんじゃね。 」
「 彼女 ・・・ 本当に忘れているんですね。 」
「 ああ。 あの首の傷痕が一枚 噛んでいるな。 」
「 俺たちが 教えてもダメなんですかね、 <能力> のことは。 」
「 うむ・・・ 彼女・・・003の能力は彼女の意志と感覚に直結しているのだ。
彼女自身が意図しなければ 決して稼働できんのだよ。 」
「 そりゃ・・・ 難しいですな。 」
「 ああ。 ある意味 ・・・ 彼女は一番精密なサイボーグなのだ。 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 だからなあ 尚更 解せぬのだよ。 」
「 なにが ですか。 」
「 うむ・・・ 簡単な装置くらいでは記憶データ・バンクへのアクセスを妨害できんはずじゃ。
なにか ・・・ なにかキイになることがあるはずなのじゃ。 」
「 一番辛いのは 彼女自身ですね。 」
「 ・・・ うむ ・・・ 」
「 ・・・・・・・・ 」
― 煌々と輝く満月の夜は しずかに更けて行く。
ほとんど者は 穏やかな眠りについていた。 ジョーとジェロニモ Gr.以外の者たちは。
夜も遅くなって ジョーは再びクルマをだし、密かに首都へと向かった。
ジェロニモ・Gr.がバック・シートに控えている。
遅い、と言っても繁華街では まだかなりの人々が行き交っている。
二人は闇を拾い、目的のビルに近づいてゆく。
「 ここが裏口らしいな ・・・ 」
「 ジョー。 誰か 来る。 」
「 ・・・ うん。 」
ドアが開いた。 若い女性が出てきた。
「 こんばんは。 あなたが ・・・ ジョーさんね。 」
「 へ・・・ ヘレン?? 」
ジョーは目の前にいる女性を見て 思わず口走ってしまった。
それほど 彼女はヘレンと似ていた ― いや 見た目、本人を寸分の違いもない・・・と思えた。
なぜだ・・・? やはり 彼女はブラック・ゴーストの??
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updated : 02,15,2011.
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******* 途中ですが ・・・
また終りませんでした ・・・ すみません〜
あのお話 って本当に緻密によく出来ていて、難しい〜〜〜★
あとちょっとなんですが・・・ ううう 甘ァ〜〜い話が書きたい ( 泣 )