『  永遠 ( とわ ) に ・・・!  ― (4) ―  

 

 

 

 

 

§ フランソワーズ と ヘレン (2)  ― 承前 ―

 

 

 

「 こんばんは  ジョー。 」

トレンチ・コートを羽織った女性が 静かに口を開いた。

 

     な! なんだ・・・?  へ ヘレンか・・・?

     ・・・ まさか ・・・ だって彼女は ・・・

     いや しかしこの女性は どう見ても・・・ 彼女だ! 

     ― む ・・・! やはり ヘレンは

     彼女は ・・・ ヤツラの・・・手先だったの ・・・か・・・

 

ジョーは言葉が出てこない。    

「 ・・・・ ウウ・・・?? 」

彼女はほんのり微笑むと 二人の方へ歩みよってきた。

「 ・・・ へ ヘレン・・?!  しかし・・・ま まさか・・・・ ! 」

ジョーは激しく動揺している。  

ぐい、と大きな手が彼の肩を引いた。

「 ― ちがう。 顔かたちはそっくりだが 別人だ。  ― 脚に傷がない。 」

「 あ 脚に・・? なんだって? 」

後ろに控えていたジェロニモ Jr.の落ち着いた声にジョーは我に返った。

「 傷だ。  この前、窓ガラスの破片で切った。 傷跡が残った。 」

「 ・・・ ああ そうだった・・・ 彼女、脚の包帯を巻いていたな。 」

「 そうだ。  しかしこの娘の脚に傷はない。 」

ジェロニモは 穏やかな口調だけれど、きっぱりと ― 眼の前の女性にも聞こえるように言った。

 

「 そうよ。 私はビーナ。 ヘレンじゃないわ。 

 あなた達を待っていたわ ジョー。 」

「 きみは!?  ヘレンとそっくりだけれど・・・ 君は何者なんだ、どうしてここに? 」

「 なにも言えないの。 でも お願い、私を信じて。 」

ヘレンと瓜二つの娘は ジョー達に真剣な眼差しを向けている。

「 帰って!  ここは危険よ! おねがい・・・ 」

「 なんだって? どうしてそんなことを言う?  きみはヘレンの姉妹なのか。 

 ヘレンが ・・・ ぼく達のことを知らせたのか!? 」

「 ・・・ なにも言えないわ。 でも ヘレンはこのことは知らないの、本当よ。

 ヘレンが <目覚める> 前に、この件から手を引いて。

 とにかく ここに入ってはだめ。 帰って! 」

「 む ・・・ 仲間がここへ来ているはずなんだが。  知らないか。 」

「 ごめんなさい・・・ なにも教えることはできないのよ。

 だから 帰って。 お願い! あなたが死んだら ・・・ ヘレンが悲しむわ。

 ・・・ ヘレンはあなたのことが好きなの、 ジョー。」

「 !  ・・・・ なぜ そんなことがわかるんだ? 」

「 ・・・ なぜでも。 ヘレンが教えたわけじゃないわ。 でも 私にはわかるの。

 だから私、あなた方のこと、あいつらに言ってないの。 」

「 ・・・ あいつら? 」

「 そうよ。  私たちを ・・・ 操っているやつらよ。 上手いことを言って味方を装って・・・ でも。

 私 ・・・あいつらを裏切ったわ。 」

「 ― 悪い。 少し我慢してくれ。 」

「 ジェロニモ?? 」

「 ・・・むう。 」

彼はずい、と前に一歩 踏み出した。

 

   ― バシュ ・・・!

 

「 !? 」

ビーナ と名乗った女性の身体がくたり、と崩折れた。

ジョーは慌てて彼女を抱きとめた。

「 な! なにをするんだ?! 」

寡黙な巨人は 目の前の女性をスーパーガンで撃ったのだ。

「 パラライザーだ。 安心しろ、ジョー。  ― ビルの中から誰か出てくる。 」

「 ?!  」

二人は女性を抱え、ビルの脇へ身を潜めた。

通用口から普通の従業員とおぼしき人々が 数人出てきた。

 

 

    しっかしよォ なんだってこんなビルに侵入するんだ?

  

    さあなあ〜 ただの事務所だぜ、金目のモノなんぞな〜んもないのにな!

 

    ははは・・・ ドジなコソ泥どもさ。 <ネズミ捕り>に引っ掛かったって?

 

    ああ 地下に落としたんだと。 明日にはブタ箱ゆきさ。

 

    ネズミってかゴキブリだな〜  あ〜遅くなっちまった! 早く飲みに行こうぜ〜

 

    おう〜〜 やっと解放だア〜〜 

 

 

ジョーたちは暗闇で じっと聞き耳をたてつつ彼らをやり過ごした。

「 ・・・ 行ったな。  グレートたちはどうもこのビルの中らしい。 」

「 むう。 俺にも聞こえた。  地下・・・と言っていた。 」

「 うん。  ひとまずこの子をクルマに隠して グレートたちを救出しよう。 」

「 ・・・むう。  急ごう。 」

「 了解。 」

ジョー と ジェロニモ Gr.は 目的のビルに潜入していった。

 

 

 

  ― 夜明け間 ・・・ まだ東の空が白むには間があるころ 

多少の <活劇> はあったが二人は無事にグレートと大人を救出し帰宅した。

クルマの音を聞きつけたのか、窓にはすぐに灯りが点いた。

「 ・・・・ ただいま。 

フランソワーズとヘレンが 玄関を開けてくれた。

「 ジョー!!  ジェロニモ Gr! どうしたの、こんな時間に何処へ行っていたの? 

 グレートさん、 張大人!?  ・・・ああ? 」

「 なにかあったのですか!?  あら ・・・ その方・・・ 」

ヘレンが一瞬絶句する。

彼らが伴ってきた女性は 本当にヘレン自身と瓜二つだった。

「 ・・・ あなたは? 」

「 ヘレンさんとそっくり ・・・ あの、もしかしてご姉妹なのですか。 」

「 ・・・  う ・・・   う 〜ん ・・・ 」

彼女はまだボンヤリしていて ジェロニモ Gr.が抱きかかえている。

「 こんな時間にごめん。 すまん、彼女を休ませてやってくれ。 」

「 この方 ・・・ あ、もしかしてパラライザーを? 」

「 うん、ちょっと事情があって・・・怪我はしていないから。 

 フランソラーズ、グレートたちは 博士にお願いしてくれ。 」

「 今、 お呼びしてきます!  」

「 はい ジョーさん。 わかりました。 その方は ・・・ こっちの部屋へ・・・ 

ヘレンはてきぱきと指示し 皆を案内した。

 

「 ・・・ ヘレン ・・・・ 」

ビーナ、と名乗った女性はパラライザーの影響からまだ完全に抜け出していない。

ベッドの中で彼女は 傍にいるヘレンを見つめ ただ ただ涙を流すだけだった。

ジョー達は遠慮して 部屋を出た。

 

  ヘレンはあなたが好きなのよ ―  ジョーの耳の奥でその言葉がまだ響いていた。

 

 

サイボーグ達は じりじりと追い込まれてゆく  ―  そう、地下に広がるあの場所へ・・・

 

 

 

 

 

§ ・・・ 永遠に !

 

 

 

 

ジョーとジェロニモ Gr.が ヘレンとそっくりな娘を連れて帰った翌日 ―

10数人のサイボーグ・マンを率いて ボス が御自らおでまし、となった。

 

  ドドドド −−−−− !!!  ズガー ・・・・・ン ・・・・!!!

 

敵味方入り乱れての激しい白兵戦となった。

ジョー達は 巧みに相手の弱点を突いて攻撃していった。

しかし全体を見渡す <眼> の不在ゆえにじりじりと追い詰められてゆく。

 

 

 

   バリバリバリバリ −−−−−−!!!!

  

   ズガ −−−−−− ン ・・・・・!!!

 

 

 

ジョーの邸、海側からヤツラは侵入してきた。

サイボーグ達は すぐに臨戦態勢に入った。

「 チックショウ〜〜 派手にやりやがって!  待ってろ!! 」

「 あ! ジェット・・! 」

002は仲間の制止を振り切って 窓から飛び出してゆく。

「 くそ〜〜〜 あのセッカチが! ・・・ったく! 」

「 アルベルト。 僕が援護に行く。 君はここで全体を統括してくれ。 」

 

    え ・・??

 

全員が 久し振りに聞くその声に振り返った。

「 ??   ピュンマ! 

「 やあ。  ごめん、皆に負担をかけてしまったね。 」

「 おい、もういいのか? 」

「 うん。 万全さ。 ・・・ これが僕の復帰小手調べだよ。 海中戦は、任せてくれ。

 よ〜し 海からイッパツお見舞いする! 」

「 あ! ピュンマ!!! 

「 待て、我輩もゆく。 」

ニ・・・ッと笑顔を残し、ピュンマは先頭を切って 飛び出していった。

すぐ後を グレートが追う。

「 こうなったら受けて立つしかないな。 」

「 ふん ・・・ やられると時は やられる。 

 しかし そう簡単にやられると思ってくれては困るぜ。 」

「 よし。  博士とイワン、フランソワーズとヘレン、ビーナは 地下へ。

 万が一を考えて ・・・ 潜航艇が隠してある!  それで出航しよう。」

「 それではワシらはそちらからデータを送ろう。 

 003の替わり、とまでは行かぬが・・・ <眼> と <耳> は不可欠だからな。 」

「 お願いします、博士。   じゃ ・・・ 」

 

   シュ ッ ・・・!

 

一瞬、空気が揺らめき、ジョーの姿は消えた。

 

 

 

 

 

「 ・・・くそう〜〜  ヤツらの位置が全体で把握できればな! 

 もう少し楽になるのだが。 」

「 わ〜〜〜・・・・ チクショウ、油断したぜ〜 」

「 皆! 早く地下へ・・・! 地下からドルフィン号に乗るんだ! 」

「「「 了解! 」」」

「 ヘレンはん、ここから降りなはれ。  妹はんは大丈夫でっか・・・ 」

「 俺が連れてゆく。  皆 急げ! 」

アルベルトは ビーナを抱え、殿をつとめた。

地下に降り そのまま彼らは格納庫へと走った。

「 ・・・ うほ。 これが我らがドルフィン号 か。 」

「 博士が 001と一緒に開発していてくださったのさ。 

 さあ 皆!  早く搭乗しろよ〜 」

「 ヘレンさん?  ビーナさんは大丈夫ですか? 」

「 ええ ・・・  あ ・・ビーナ・・・ 」

「 ありがとう ございます ・・・ 」

ビーナはアルベルトの腕から離れると 素直に頭を下げている。

「 ・・・よし、 全機能、稼働させるぞ・・! 地上のジョーと連絡を取れ! 」

「 了解! 」

全員が コクピットに散った。 

「 皆さん! 私が敵の座標を拾いますから!  グレートさん! 皆に知らせて! 」

ヘレンはレーダーの前座ると 集中して操作を始めた。

「 ミス・へレン!  お おう、 合点承知の助! 」

「 俺たちは地上に戻る。 」

アルベルトとジェット、そしてピュンマは すぐにとって帰しいった。

 

 

     ズガ −−−−− ン ・・・・!!!

 

 

地上で炸裂した爆音と揺れがドルフィン号にも届く。

「 ヘレンさん  大丈夫ですか・・・! 」

「 フランソワーズさん! あなたは外で皆さんを援護して! 私は銃が使えないから。 」

「 わ ・・・・わかったわ・・・! 」

フランソワーズも 仲間達を追ってドルフィン号から飛び出していった。

 

地上は 機銃掃射を被りガタガタになっていた。

フランソワーズは瓦礫の陰に身を潜めた。

「 ・・・ ここから  狙えば。  あら?  なんだか視界がクリアね・・・

 わたし、こんなに遠くが見えたかしら ?  ・・・ 今はそんなこと、どうでもいいわ

 よおし・・・・ 行くわよ!  」

 

    ヒュン ・・・!   ヒュン ヒュン  ヒュン ・・・・!!

 

瓦礫の陰からフランソワーズは実に的確に敵を破壊してゆく。

頼もしい <援軍> に004たちはすぐに気づいた。

「 む?!  003か! 」

「 おお?  は〜ん、フランってば 思い出したのか?! 」

「 ―わからん。 しかし 強力なバック・アップだ。 」

「 おし。 フラン〜〜〜 援護射撃してくれ!   オッサン、行くぞ! 捉まんな! 」

「 了解。 」

「 ・・・・・・・・・ 」

フランソワーズは 仲間たちの動きをじっと見つめつつ援護射撃に入った。

脳波通信を 理解できていないはずなのだが・・・

ジョーは 不思議に思い闘いつつも 彼女を視界の端に置くことを忘れなかった。

 

    ドド ・・・ド −−−−−ン ・・・・!

 

「 ― 危ないッ !!! 」

流れ弾が飛び込んできた。  フランソワーズの背後を掠めた。

「 ・・・ く ・・・! 」

「 大丈夫か!? フランソワーズ!! 」

「 ・・・え ええ ・・・ ちょっと肩を・・・ く ・・・ 」

「 ?! ・・・ 掠っただけだ、大丈夫。  すぐに手当てを! 」

ジョーは彼女を抱え 一旦ドルフィン号へ駆けもどった。

 

「 博士! フランソワーズが! 

「 どうしたね?!  ・・・む、撃たれたのか!? 」

「 い いえ・・・掠っただけ ですわ ・・・ たいしたこと、ないです。 」

「 まあまあ 傷をみせなさい、 応急手当をするぞ。 」

「 ・・・ え ええ    え ・・・・? これは・・・ 」

フランソワーズは自分でハンカチを傷に当てていたが 一瞬表情が強張った。

「 どうした? 」

「 ここに ・・・ なにか 指に当たるものが入っているの。 」

ジョーはすぐに彼女の傷を検めた。

「 ・・・?   これは ・・・ ICチップ?! こんなものを埋め込んでいたのかい? 」

「 知らないわ!  これは  これは なに?? 」

「 博士!  これはいったい? 」

「 二人とも落ち着きなさい。 フランソワーズ、傷を見せておくれ。 」

「 ・・・ はい。 」

「 ジョー。 ここはワシに任せて お前は襲撃してきたヤツラを頼む。 」

「 はい。  ≪ 皆 状況を報告してくれ! 今から戻る ≫ 

≪ お〜っと ジョー。 お前はお姫様を頼む。 ≫

≪ 左様 左様。  ここは我輩たちに任せろ。 マドモアゼルを! ≫

≪ ジョー。 やっと復帰できたんだよ? ちょいと、僕に活躍の場をくれよ。 ≫

≪ へ〜い いっちょ あがりィ! オレらに任せとけってんだ! ≫

全員からほぼ同時に 返事 が飛んできた。

 

 ≪ ・・・うわ ・・・!  あ  ああ!  ありがとう! 皆 ・・・ 

 

「  ・・・ ジョー ・・・ 皆の声が 聞こえた・・・の。 アレは なに・・・? 」

ジョーが振り向くと フランソワーズが呆然と立っている。

「 フランソワーズ!!  脳波通信を受信できたのかい!? 」

「 のう は つうしん・・・? これは ・・・ 通信なの? 

 アタマの中で みんなの声が がんがん響いているの・・・! 」

「 ああ そうだよ。 ぼく達の間だけで使える <会話> なんだ。

 ぼく達は皆 きみにも話しかけていたのだけれど きみはずっと受信できなかったんだよ。 

 いや、受信の方法を忘れていたんだ。 」

「 ・・・ わたし ・・・ 皆の仲間なのね。 そう・・・・ ≪ 皆! ありがとう!! ≫ 」

突然 彼女の声がジョーの頭の中に飛び込んできた。

「 うん、フランソワーズ!   ああ! 思い出したんだね! 」

「 まだはっきりしないけど・・・ なんだか霧が晴れてゆくみたい・・・ 」

「 ふむ ・・・ やはり、 な。 」

博士は フランソワーズの傷を治療しつつ慎重に観察している。

「 ・・・ このチップだ。 これは一種の遮断装置なのだろう。 

 003の記憶中枢への回路をブロックするのが目的なのじゃ。 ともかく これを取り除かんとな。 」

「 いったい いつこんなモノが?? 」

「 ・・・ 恐らく あの時じゃ、イブの夜・・・ 」

「 ええ?? しかし アレはすっかり除去したって仰いましたよね。

 あのあと、ぼくも見ましたけど、 傷跡しかなかったですが・・・ 」

「 本体は コレ じゃったのだ。  ワシは表面上の装置だけに気を取られておったのだ。

 実質上の本体はすこしづつ身体の中にもぐり込んでいったのじゃろう。

 周囲の感覚を麻痺させつつ・・・な。 」

「 ・・・ そ そんな ・・・ 」

「 ワシの責任じゃ。 可哀想に・・・! フランソワーズ、許しておくれ・・・ 」

「 ― 博士 ・・・ 」

「 ・・・  撃って。 」

「 え ・・・? 」

今まで口を閉ざしていたフランソワーズが ぽつりと、しかし はっきりと言った。

ジョーは 思わず聞き返し彼女の顔を見た。

「 撃って。 ジョー、撃って・・・ これを壊して! 」

「 フランソワーズ・・・! 」

「 撃つ・・・って。 ダメだ、 危険すぎる! 」

「 でも これを破壊しなければ! わたしはいつまでたっても 003 に戻れないのよ! 

 さあ ジョー、 これを ・・・撃って! 」

フランソワーズは髪を束ね持ち上げると、くるりと振り返りジョーに首筋を向けた。

「 し・・・しかし ・・・ そのチップを壊したら・・・きみの記憶データにダメージが及ぶかもしれない。

 もしかしたら ・・・ きみは <忘れてしまう>    その・・・今までのことを・・・ 」

「 うむ ・・・ その可能性はある。 」

「 ごく普通の女性として ダンサーとして生きていた幸せな日々を忘れてしまっても いいのかい! 」

「 ― いいの。  ジョー ・・・あなたが覚えていてくれさえすれば。 」

「 フランソワーズ・・・! 」

フランソワーズは 一瞬の躊躇いもなく応えるとじっとジョーを見つめた。

「 ジョー。 お願い。 」

「 ジョー。 荒療治だが 今はこれしかない。 ともかくこのチップを破壊するのだ。

 水平に 掠めるように撃て。  」

「 ・・・・・  」

「 ワシが悪いのだ。 ワシがあの時、見落としていた。   ジョー、頼む ・・・! 」

「 ・・・・・ !! 」

ジョーは 歯を食い縛り スーパーガンのトリガーを引いた。

 

    シュバ −−−−−!

 

「 ・・・ く  ゥ ・・・・・! 」

「 フランソワーズ!! 」

ぐらり、と揺れた彼女をジョーが抱きとめたとき ―  悲鳴がもう一つ上がった。

「 !?  ううう ・・・・ う う ・・・! 」

「 ヘレンお姉さん!  どうしたの!? 」

ヘレンが 頭を抱え床に蹲っている。

ジョーはフランソワーズを 治療用のベッドに横たえ、ヘレンの側に駆け寄った。

「 どうした?! ヘレン! 」

「  頭が痛い ・・・ 割れそう  ・・・ ううう  ・・・ 私 ・・・ 私は ・・??」

「 お姉さん! 私がわかる? ねえ 私がわかる? 」

ビーナは ヘレンを抱き起こすと顔を覗きこむ。

「 ・・・ ううう ・・・ アナタは ・・・  ビ  ビーナ ・・・? 」

「 ヘレンお姉さん!  思い出したのね?! 」

ヘレンはこめかみをおさえ じっと宙を見つめている。

「 ・・・ なんだか ずっと霧に中にいたみたい・・・ 私、どうしていたの・・・ 」

「 お姉さん・・・ 皆さんも聞いてください・・・!

 私たちは ・・・ブラック・ゴーストに送り込まれた地底人なんです。 」

一瞬 空気が凍りついた。

 

     アイツらの スパイ だ、ということか?!  そんなことって・・・!

 

誰もが 疑いつつも そんなはずはない、と必死に否定してきたことだった。

ヘレンの存在は彼らにとって、大切なものになっていた。

「 ・・・ それじゃ ・・・ ヘレン、 君の今までのハナシは全部・・・ウソだったというのか! 」

「 ・・・ 私の・・・ 話 ? 」

ヘレンはまだこめかみを押さえつつ、 怪訝な表情でジョーを見ている。

「 ・・・ なに ・・・ なんのこと・・・? 」

「 ・・・?! 」

「 ジョーさん。  姉は ・・・ 何も知らないの。

 一種の催眠術で本来の記憶を封じ込められ、 <ヘレン・ウィッシュボン>  という人物の

 記憶を植え付けられていたの。  だから ・・・ 」

「 ヘレンは 彼女自身は 真実 と思っているわけじゃな・・・ 

 彼女はウソをついていたわけでも 我々を騙していたわけでもないのだな。 」

「 許してください ・・・ 」

「 ビーナさん・・・  それで ヘレンさんの記憶は ・・・ 」

「 ・・・ あのチップが破壊された衝撃で 姉の催眠術は解けました。

 そして フランソワーズさんも ・・・ 」

「 ええ?!  博士、フランソワーズの容態は?! 」

「 大丈夫・・・ 衝撃で気絶しただけじゃ。  少し休めば気がつくじゃろう。 」

ジョーは慌ててフランソワーズの側に戻った。 

「 これで フランソワーズは思い出せるでしょうか。  その・・・サイボーグのこと・・・ 」

「 うむ ・・・ そう願いたいが・・・ 」

 

「 ・・・ 大丈夫・・・です。  私が・・・ ヘレン・プワワークとして覚醒しました ・・・から・・・ 」

 

「 ヘレンさん?!」

「 ヘレンお姉さん・・・! 」

 

「 思い出したの・・・  私の記憶と彼女の首に付けられた装置は連動して作動します。

 装置を破壊して私が覚醒すれば ― 彼女は 思い出します。 」

「 ・・・ふむ ・・・ 二重のロックが罹っておったのか・・・ 

 しかもこの装置そのものは かなり以前に設置しておいたわけだからな・・・! 」

「 博士、 でもこれで! < 003 > が戻ってきます! 」

ジョーは 治療用ベッドに横たわるフランソワーズの手をそっと握った。

  ・・・ ぴくり、と細い指が動いた。

「 ・・・ う ・・・  あ・・・ ジョー・・?? わたし ・・・ ? 」

「 フランソワーズ!! 」

「 ・・・ ここ・・・ドルフィン号の中ね?  今・・・戦闘中なの・・?

 わたし ・・・ どうしていたのかしら・・・ 」

頭を押さえつつ 彼女はゆっくり半身を起こした。

「 大丈夫かい!?  ああ まだ起き上がらないほうが・・・ 」

「 ・・・ だ いじょうぶ ・・・  ねえ わたし、どうしたの?? 」

「 うん ・・・ いろいろあって。 きみはずっと・・・ずっと忘れていたんだ。 」

「 忘れて??  あの・・・ 皆のことを?  ジョーの・・・ことも? 」

「 うん。 つまりその・・・ぼく達がサイボーグだ、ってことも 全て。 」

「 ・・・ ええ?! 」

「 きみは ― 普通の、19歳の女の子として故郷の街で生きていたんだ。

 バレリーナとして舞台に立って・・・ その・・・親しい友達も ・・・いた・・・ 」

「 ・・・・・・・・・ 」

「 ・・・ ごめん・・・  きみに辛い現実を ・・・ 思い出させてしまった・・・

 きみの幸せな記憶を奪ってしまった。 」

「 ・・・・・・・・  」

フランソワーズはベッドに起き上がったまま、しばらくじっと自分自身の手を見つめていた。

 

  白い ほっそりとした傷ひとつ、ない 指。  

  この優雅な外観の 下 には。  無数のコードが走り精密機器が詰まっている

 

  それが  現実。   

 

「 ― わたし  嬉しいわ。 

「 え?  なんだって? 」

「 わたし、嬉しいの。  だって ・・・ わたし、ジョーと同じ、なのでしょう?

 ジョーと同じ体、サイボーグなら。 一緒に行けるわ!  ずっと ずっと・・・! 

 だから 嬉しいの・・・! 

「 ― フランソワーズ!  きみってヒトは・・・・! 本当に きみってひとは!

ジョーは たまらなくなり、彼女を一息で掻き抱いた。

「 ・・・ あ ・・・ ジョー ・・・ 皆の前で・・・ 」

「 ごめんよ! でも でも・・・ぼくはこうせずには ・・・いられないんだ!!

 ああ 愛してる、 愛してるよ・・・! フランソワーズ・・・! 」

「 ジョー ・・・わたしもよ、 愛してるわ・・・! 」

 

ヘレンはそっと席を外しビーナを伴ってコクピットから出ていった。

 

 

「 ヘレンお姉さん ・・・ 」

ビーナは先にゆく姉に そっと声をかける。

姉の心は自分のことと同じにわかっていた。  姉の思慕 も 恋心も ・・・

「 ・・・ ん。  いいの、あれで。 あれで いいのよ。 」

「 でも お姉さんだって・・・! 」

「 ええ。  好きよ、彼が好き。  でも ・・・ 

 私にも 恋をした日々があった ― それだけで幸せだわ。 」

「 ・・・ ヘレンお姉さん 」

「 さあ ・・・ 皆さんのお手伝い、しなくちゃね。 食事の仕度、しましょう。 」

「 ・・・・・・ 」

双子の姉妹は 静かにドルフィン号の厨房に向かった。

 

 

 

 

 

 ― ドルフィン号は飛び続けている。

規則正しいエンジン音が かすかに聞こえてくる。

 

コクピットの外で ジョーとヘレンが向き合っていた。

「 ごめん。  きみのことを ・・・ 愛することは・・  できない。

 ぼくのこころに住んでいるのは フランソワーズだけなんだ。 」

「 私のことを ・・・ 覚えていて。 ジョー・・・! 」

「 忘れるものか!  ぼくの この命が終わる時まで忘れないよ! 」

「 ・・・ ありがとう・・・! ジョー ・・・!! 」

「 ヘレン。 ありがとう。 」

ヘレンのはしばみ色の瞳が じっとジョーに注がれる。

ジョーはしっかりと彼女の視線を受け止める。

 

  ― 魅かれていない、などとウソは言えない。

 

彼女のひたむきさ、健気さに魅かれていた。  彼女の境遇にも同情していた。

真剣に熱い想いを籠めて見つめてくる女性 ( ひと ) の存在に気づかない男などいるだろうか。

  ― 少なくとも 自分はそんな人間ではない。

ジョーは 唇を噛む。  そうさ、 君に心引かれていたよ。

 

  ・・・ けど。

 

「 ごめん。 ぼくは自分自身にウソはつけない。

 ぼくはフランソワーズを護る、といったけど。  そうじゃないんだ。 」

「 ・・・え? 」

「 彼女は、フランソワーズはぼくの全てなんだ。

 ぼくは 彼女の全てを、全部、抱えてゆく。  何が どんなことがあっても。

 だから 君の気持ちには・・・ 応えられない。 

「 ・・・・・・・ 」

こっくり、とヘレンは頷いた。  涙の流れる顔をあげ、微笑んだ。

「 ジョー 正直に言ってくれて・・・ ありがとう。 」

「 ・・・・・・ 」

「 私。 最後まで忘れないわ! 私は ジョーが 好き。 」

「 ・・・ ん。 」

ジョーもしっかりと頷き返した  ―  そして 009は真正面を向く。

 

「  ―   出発だ。   地下帝国 ヨミへ  !   

 

    最後のステージの幕が上がる。     ―  地上より永遠に 

 

 

         そして

         彼女は地底に 散り

         彼は大気 ( そら ) に 散り

         彼女の涙は 大海原に 散った

 

 

 

 

§ あれから・・・

 

 

 

 

穏やかな波が 寄せては帰してゆく。

どこまでも続く砂の上に 波は一時繊細なレース模様を広げるが、すぐに引いてしまう。

そして また寄せる ・・・

砂の上の芸術は誰の目にも触れないまま 現れては消えてゆく・・・

 

  そう ・・・ 闘いに散った沢山の命の焔 ( ほむら ) にも似て。

 

ザ −−−− ン ・・・! 少し風がでてきたのか 波が大きくなった。

 

   ―  浅瀬を海鳥が掠めて飛んでゆく

 

 

「 ほら 鳥さんが ・・・ 皆 帰ってゆくのね。 」

波の音に混じり 涼やかな声が聞こえてきた。

一組の男女が 寄り添って歩いている。

二人とも若々しい雰囲気だが ・・・ 男性の方の脚の運びがぎこちない。

白い腕が そっと彼の背を支えている。

「 ・・・ もっと寄りかかっていいのよ、 ジョー。 」

「 うん ・・・ でも砂浜を歩くのも訓練だから ・・・ 」

「 わかったわ でも 無理はしないでね。 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

 

二人はそれきり口を噤み また寄り添って歩き始める。

 

   サワ −−−−− ・・・・

 

海風が 女性の髪をゆらし二人の目の前に亜麻色の煌きが広がった。

男性は眩しげに目を細め すい、と手を伸ばし その髪に触れた。

「 ・・・・? 」

「 ・・・  きれい だね。 きれいな髪だ・・・ 」

「 ジョー ・・・ 」

ふ・・・っと吐息をつき、彼は空を見上げた。 

晴れた上空を 高く 高く 海鳥が横切ってゆく ―

「 ・・・  空も 海も 風も ・・・ この世界は本当に美しい ・・・ 」

「 そうね。  あなたが護った・・・世界は本当に美しいわ。 」

「 ああ ・・・ 」

 

「 ジョー。  忘れないで ― 」

「 ・・・ え ? 

「 彼女 ― ヘレンさんのこと 」

「 ・・・ うん。 」

「 わたしも忘れないわ。  彼女、ジョーのことが好きだったの。 

 彼女の気持ち、忘れないで・・・  ヘレン・ウィッシュボンという教授の娘の心を 」

「 うん ・・・ ありがとう ・・・ 」

「 ううん ・・・  それから ね ・・・ 」

「 うん ? 」

「 ええ   あの ・・・ 彼女と一緒にいた フランソワーズ・アルヌールという踊り子のことも 

 ・・・忘れないで。 」

「 ・・・ ん ・・・ 一生わすれない。」

「 ありがとう。 」

「 ・・・・・・・ 」  ジョーは黙って彼女に手を差し伸べた。

「 ・・・・・・・ 」  フランソワーズは微笑んでその手を握る。

 

 

     「  行こう ・・・ !  」  「 ええ! 」

 

 

足跡が二組、 波打ち際に並んで続いてゆく。 どこまでも  どこまでも 

 

 

      そう ・・・・ 永遠 ( とわ ) に ・・・ !

 

 

 

 

**************************      Fin.    **************************

 

 

Last updated : 02,22,2011.                     back        /       index

 

 

 

**************   ひと言  *************

すいません、最終回、短いです〜〜〜

配分を間違えました <(_ _)>

甘々シーン、あまりなくてごめんなさい。  

結局   ごらん 月がきれいだよ   シーンを93で書きたかったってことです。

辻褄あわせに四苦八苦・・・ その辺りはどうぞ お目を瞑ってくださいませ<(_ _)>

甘〜〜い話、別ジャンルで書いてます、よろしければ企画相方さま宅へどうぞ♪

だらだらと最後までお付き合いくださった方がいらっしゃれば ありがとうございました<(_ _)>