『 風 ― (2) ― 』
― ことん。
事務机の上にランチョン・マット代わりの小風呂敷を広げ 弁当箱をそっと乗せた。
すぐ横には湯気のあがる茶碗もスタンバイしている。
「 ・・・ はあ 〜〜〜 いいなあ 〜〜〜 」
ジョーは思わずふか〜〜〜いため息を吐く。
目の前の < 絵に描いたよ〜〜な ・ お昼御飯の図 > に心底感動しているのだ。
「 日本の昼ご飯、だよなあ〜〜 そんでもってこれが隅から隅まで
ぜ〜〜〜んぶぼくのモノ、ってとこがまた ・・・ あ〜〜〜 もう最高〜〜 」
では、 と。 彼は背筋を伸ばし、姿勢を正した。
そして静かに十字を切ると 目をつぶり、ぶつぶつ・・・小声で食前の祈り、を唱える。
「 ― イタダキマス 」
ゆっくりと作法通りに弁当箱を開くと箸を手にとった。
うわ 〜〜〜〜 い ♪ 弁当だ 弁当だよ〜〜〜
これ 全部! ぜ〜〜〜〜んぶぼくの、だぜ?
ぼくだけのために ぼくだけのヒトが 作ってくれたんだ〜
「 ・・・ ふんふ〜〜ん♪ ま〜〜ずは・・・ご飯を一口。
むぐぐぐ・・・ そんじゃ〜 唐揚げサン〜〜 いっただき〜〜〜 」
彼はもうにこにこなんて状態じゃなく にま〜〜〜っとかなりふやけた顔で
愛妻弁当を丹念に味わっている。
「 ・・・・ん〜〜〜 随分上手になったなあ〜〜 冷めても美味しいよなあ〜〜〜
お。 これはほうれん草の海苔巻♪ ・・・ ん〜〜 ちゃんと醤油味がついててウマ♪
うむ〜〜 それでもって箸休めの浅漬け〜〜 へへへ・・これってぼくのオクサンの
手作りなんだよなあ〜〜 ・・・ ん ん ん んま〜〜〜♪ 」
心の中で呟きつつ、彼は < 一人だけの世界 > に閉じこもっている。
「 ね・・? 見て見て〜〜〜 島村クン? 」
「 え? ・・・ あ〜 アレっていつものコトよ〜〜 」
「 そうなの? 」
「 そ。 彼のランチ・タイムは愛妻弁当との貴重〜〜な時間らしいから・・・
ジャマしない方がいいよ。 」
「 ふうん〜 島村クンってば サブ・チーフにもなったし なかなかいいな〜って思って
たんだけどぉ〜〜〜 」
「 やめとき〜〜 彼ってば仕事以外は美人妻と激カワ我が子ズにしか関心、ないの。 」
「 ふ〜〜〜ん ・・・ ちょっと魅力マイナスだね〜 危ない要素ナシってことか。 」
「 ま〜 そうかもね。 いいヒトだけど ね。 」
こそこそこそ。 ひそひそひそ。
オフィス女子達の口性ないおしゃべりなんぞ、気になるわけもなく。
島村ジョー氏は 実に実にシアワセなランチ・タイムを過ごしているのである。
「 〜〜〜 と。 ご馳走様でした。 」
再び きちんと手を合わせてから ジョーは空の弁当箱を手に給湯室に向かう。
「 あ〜〜〜 美味かったぁ〜〜〜 ふんふんふ〜〜〜ん♪ 」
ハナウタ混じりに弁当箱を洗いはじめた。
「 お茶〜〜 淹れるよぉ〜〜 って あれ 島村クン 」
「 あ〜 アンドウちーふ〜〜 お茶ならぼくが淹れますよ〜〜 」
ばばん! とまるまっちい中年の女性 ― 端的に言えば オバハン が入ってきた。
トレイに急須と湯のみをいくつか乗せている。
「 え いいのぉ? お客サンに出した玉露の茶っぱが残ってるからさ〜〜
皆で飲もうと思ってさ。 」
「 あ い〜ですね〜〜〜 へえ お客さんに玉露ですか?? 」
「 そ。 ウチの一大スポンサーさんだからね〜〜〜 編集長命令。 」
「 へ〜〜〜 ま いいや、オイシイお茶、歓迎〜〜〜 」
「 じゃ いいの? 」
「 いいですよ〜 あ ぼく、ちゃんと淹れられますからご心配なく。
ウチの年寄のご友人からばっちり教わってます。 」
「 お〜〜 それじゃオイシイとこ、頼んます〜〜 あ 島ちゃんってば
お弁当箱、洗ってたんだ? えらいねえ〜〜 」
「 え? だって自分のですから当然でしょう? 」
「 うっひゃ〜〜〜 君のオクサンはいいねえ〜〜 」
「 いや 忙しいのに毎朝弁当つくってくれて・・・ ホント、大変だと思います。
感謝してるんです、ぼく。 」
「 いまのは〜〜 ノロケかなア? ま いいさ 夫婦仲良きことはウツクシキ哉。 」
「 でへへへ ・・・ 」
「 でもさ〜〜 またには外食したい、とか思わない? 」
「 ぼくは弁当が好きなんですよ。 」
「 うっひゃ〜〜〜 あのフランス美女のオクサン〜〜 料理の鉄人?
よっぽど凝ったオカズ、つくってくれるの? 」
「 いえ そんな。 普通ですよ、皆が食べてるオカズです。」
「 それじゃ 奥さん、めっちゃレパートリーが広いんだ? 」
「 ? いや? 中身は同じです。 」
「 え。 オカズ いつも同じなの??? 」
「 ハイ。 好きなものばっかなんで・・・ 」
「 え〜〜〜 でも 飽きない?? 」
「 飽きる? いいえ? どうしてです? 」
「 どうして・・・って まあ 君がそれでいいなら全て良し、だけどね。」
「 ぼく、本当にウチの奥さんにありがたいって思ってます。 」
ジョーはしゃべりつつ 弁当箱をキレイに洗いあげ、ついでにさささ・・っと
お茶を淹れた。 アンドウチーフは ちょいとため息を漏らしつつ彼を眺めている。
「 はい、チーフ、お茶です。 」
「 お〜〜 アリガト。 ・・・ ふ〜〜〜ん ・・・ やっぱ玉露は色も香も
全然違うねえ〜 」
「 ・・・ ああ いい香だ・・・ ぼくもやっと日本茶がオイシイと思えるように
なりました。 」
「 やっだ〜〜〜 ジジ臭いこと、いわんといて〜〜 イケメン君がぁ〜 」
「 いや ホントのことですから。 ぼくもオッサンになったってことです。
あ 編集長にもってゆきます? 」
「 あ〜〜 いっけね〜〜 忘れてた〜〜 」
アンドウ女史は お盆をもって編集長室にすり足で飛んでいった。
「 う〜〜〜ん ・・・ いいお茶ってホントに美味しいんだなあ 〜
さあて ・・・ 午後も頑張るかあ〜〜 」
毎日 同じオカズで 飽きない?
ふっと 先ほどのアンドウ女史の言葉が思い出された。
「 ・・・ 飽きる? そんな ・・・ フランが作ってくれるものを飽きる なんて。 」
ほんとうにそうなのかな。
毎日が同じ で ― お前は飽き飽きしているんじゃ ・・・ ないか?
そりゃ フランソワーズに ええかっこしぃ したい気持ち わかるけど。
ずっと同じ弁当を ずっと完食して ずっと感謝している夫。
そんな 模範的な夫 を演じているんじゃ ・・・ ないか?
不意に 意地の悪い声が心の中で問いかける。
「 そ そんなんじゃない! ぼくは心底 フランにありがとう〜って 」
そりゃそうだうよ。
けど そろそろ ・・・
漫然としてぬるま湯の平穏な日々に飽き飽きしてるんだろう?
戦闘用サイボーグの本能が 戦闘モードに切り替えたくてうずうずしているんだろう?
「 そ そんなんじゃない! ぼくは ・・・ この静かな日々を心底 大切に 」
「 はい? なにかおっしゃいました? 」
目の前には 茶碗と急須をもった女子社員が目をまんまるにして立っていた。
「 あ ・・・ い いや〜〜 なんでも・・・ いやあのその ちょっと思いついたコトが
あってね。 忘れないように って思って 」
「 まあ そうですか。 お昼休みなのにさすが〜〜〜 島村サブ・チーフ〜〜〜 」
「 い いや ・・・ あ ここ使うんだよね、 どうぞ。 」
「 ありがとうございます。 」
ジョーは洗った弁当箱を持つとそそくさ〜〜〜と自分のデスクに戻った。
「 ・・・ ふう ・・・ ヘンなこと、考えるなよ ジョー。 」
さりげなくデスク周りを整頓しつつ ジョーは自分自身にクギを刺す。
「 午後は次の企画会議なんだ。 余計なこと、言うな。 」
へえ? だってこれはお前の気持ちだぜ?
本当は ― いろいろフランに言いたい のじゃないかあ〜〜
「 そ そんなこと、ない! 彼女だって忙しいし 」
けど 一家の主人はお前だろう??
本当は ― 彼女には家にいてもらいたい のじゃないかあ?
「 それは彼女のシアワセではないよ! 彼女は彼女自身の人生の目標を追うべきだ。 」
へええ?? お前ってそ〜〜んなに < 理解のある夫 > って
思われたいわけ?
「 そんなんじゃない! ・・・ ぼくは シアワセな彼女を見るのが最高にうれしいのさ!
彼女の人生は 彼女自身のものだもの。 」
なあ? ホンネを言えよ?
本当は ― ずっと家で専業主婦して自分のことを待っててもらいたいのだろ〜
「 そ ! そんなこと ないっ ぼくに彼女が夢を追いかけることを 制御する権利
はないよ。 彼女の人生は彼女自身のモノなんだから な! 」
どん。 ジョーのデスクが鳴り 湯呑みがくらり、と揺れた。
「 !? あの〜〜〜 なにか ・・・? 」
はす向かいの席から 新人クンがびっくりした顔で聞いた。
「 あ ・・・ いや〜〜 ちょっとね、あ〜〜 虫がいたんで〜〜 捕まえようって 」
「 虫??? あ〜〜〜 ゴキっすか? 」
「 いやいやいや〜〜〜 えっと ・・・ あ〜〜 蚊! そう、蚊がいて 」
「 蚊?? この季節にっすかあ? 」
「 そ そうなんだ〜〜 最近の蚊は暖かいオフィスの排水で冬も超すそうらしいよ?
あは 君も気をつけたほうがいいよ〜 」
「 はん。 オレなら一発っすよ〜〜 サブ・チーフ、運神ぱ〜っすか? 」
「 ! ・・・ いやいや ・・・ あ そろそろ昼休み、終わるぞ〜〜
午後から会議だから。 資料用のPCもってきてくれないかい。 」
「 いいっすよ〜〜 ああ ま〜た会議っすかあ〜〜 俺ら新人には ・・・
退屈でぇ〜〜 眠くなってぇ 〜〜〜 」
「 おい 編集部にとって会議が土台であって進展なんだぞ?
新人の時によ〜〜く吸収しておけよ。 ― 居眠りなんかするな。 」
「 へ〜〜い ・・・ 」
新人クンはコキコキ首を鳴らしつつ PCを取りに行った。
どうもサブ・チーフのありがた〜い・お言葉 は 右から左へとスルーした模様だった。
「 ・・・ ったくなあ〜 後で苦労するのは自分自身なんだぞ〜〜 」
ぶつぶつボヤきつつ、ジョーは弁当箱を仕舞い、午後の準備を始めた。
サブ・チーフとは まあ態のいい雑用係、みたいな面もあるが 一番忙しいポジションでもある。
「 これとあれと。 それから・・・ ああ あっちも参照するなあ ・・・ 」
PCに向かってカタカタやりつつ ―
お前さんだって 自分の希望を主張してもいいじゃないか?
お前さんが 一家の主 なんだぜ?
― そりゃ〜〜 年下だし キャリアも少ないからな〜 遠慮するよなあ〜
「 ! ぼくは! 遠慮なんかして ・・・ ないぞ! 」
カチャ。 ・・・ 保存する前にモニター画面が急に < おちた >
「 え !?!? ええ え〜〜 なんで?? いきなり真っ暗って
壊れたのか?? これから会議なんだぞ〜〜 じょ 冗談じゃあないぜ〜〜
あ〜〜 ヘルプ・デスク〜〜〜 ! 」
ジョーは焦りまくり、電話に齧りつく。
社内・サポート・チームの担当者は ごく・にこやか〜〜〜に。
多少 ・・・ 保育園のせんせいっぽい雰囲気だったが ― なんとか彼を指導してくれた。
― 電源を蹴飛ばしてはいませんか? まずそこから確かめましょう。
数分後 ― ジョーのPCは無事に復活していた。
「 はあ〜〜〜〜 よかった・・・! あ!? もうこんな時間!?
う うにゅう 〜〜〜 あれとこれと。 それからあっちも〜〜 」
まだ昼休み、 部員達が思い思いに過ごしている中、 サブ・チーフ一人が
ばたばた ・ どたどた・・・ 走り回っているのだった。
編集・企画会議 では、編集部チーフのアンドウ女史が全体の流れを決めてゆく。
「 ん〜〜〜 っとお〜 島村く〜〜ん ヨロシクフォロー頼むね〜〜 」
「 あ は はい 」
「 アタシ一応まとめてゆくけど、君 実際に引っ張って行って。 」
「 は はい 」
「 次の企画、期待してるよ〜〜 」
「 はあ ・・・ 」
よ よし・・・! 次回にはやりたいことがあるんだ。
― お〜っと、一家のご主人さん?
自分の女房も使えないヤツが 企画会議をひっぱってゆけるかぁ?
毎日同じ弁当喰ってるヤツに 新しい企画なんか出せるかぁ?
「 ! 関係ないだろ! 」
「 え なに? 」
「 い い いえ〜〜 ただの独り言デス〜〜 」
「 ふうん? 」
「 あ〜〜 資料用のPC! 遅いぞ〜〜〜〜 」
ジョーは冷や汗を隠しつつ、慌ててその場を外し新人クンを探しに行った。
― 午後二時に近いころ・・・
「 う〜〜ん ・・・ なにかもうちょっとこう〜〜 違う局面が欲しいな 」
「 同じ路線でゆくのは ちょっとなあ〜 」
「 もっと冒険していいと思うよ。 」
編集長から 結構ダメだしが飛んだ。
本日の企画会議で 島村サブ・チーフはどうも精彩を欠いていた。
「 すいません、勉強不足でした。 」
「 いや 不足、というか〜 うん、少し視点を変えてみたらどうだ? 」
「 視点を、ですか。 」
「 うん。 」
・・・ やっぱ ぼくは ・・・
ほ〜らほらほら? 日頃から < 遠慮 > し過ぎなんだよ〜〜
自分の女房くらい コキ使って当然なんだぜ?
「 し! 声 でかい! 」
「 ああ? 」
「 あ! いえいえ なんでも・・・ ちょっと次の映像がハミ出てて・・・ 」
「 そう・・・ ハミ出ていいんだよ。 」
「 はい?? 」
「 島ちゃん、最近の企画、どれも手堅くていいだけどさ。 安定路線ってのはもっと
歳くってからでいいわけさ。 今は ― どんどんハミ出してみろ。 」
「 はあ ・・・ 」
「 収拾つかなくなったら 俺らが拾ってやるから さ。
そのための編集長だぜ? きみはもっと八方破れなオトコだと思ってたがな。 」
「 八方破れ ですか ・・・ 」
「 ああ。 破れても なにかを掴むだろ、島村ジョーってヤツは。
そこんとこ、つっついてみろ。 」
「 はい。 」
「 え〜〜と そんじゃ〜〜 サブ企画の〜〜 」
― やっぱ 同じ弁当で満足しているようじゃ
だめ なんだ ・・・??
へへへ へへへ やっとわかったかよ?
ま〜ずは近辺から締めていったらどうだ?
びし!っと。 いえよ〜〜〜〜
たまには ちがう弁当作れ! ってさ。
てめ〜の女房なんだろ〜〜〜〜
「 いい加減 黙れ。 今は会議中なんだ。 仕事の邪魔をするな。 」
今回はかっきり真一文字に口を結んで < 返事 > をしていたので 周囲の同僚たちは
なにも反応を示さなかった。
ただ ― 雰囲気の微妙〜〜さに敏感な女子さん やら 島村ち〜ふ♪ファン・女子さん
は 密かに反応していた。
「 島村さ〜〜〜ん ・・・ 雰囲気がキツくない? 」
「 編集長の発言のせい? 」
「 ってか〜〜 次の方向性を真剣に検討しているのでない? 」
「 お〜〜〜 専門的発言〜〜 」
「 うふ♪ なんかそ〜ゆう言葉が似合うじゃん、島村さんって〜〜 」
「 うん うん♪ 」
さまざまな思惑?がまじった視線が飛び交う中、肝心の発言はあまり聞かれることもなく
いつもの通りほぼ定刻に企画会議は終わった。
「 え〜〜 各自、レジュメをチェックしておくこと。 」
ジョーが定番発言で〆て 編集部員たちはそれぞれのデスクに戻った。
「 あ〜〜 島ちゃん? 」
「 はい スズキ編集長? 」
「 さっきの俺の話さ、 あんまし真剣に考えなくていいから さ。
ちょいと ハミだす 気分で検討してみてくれるかな。 」
「 はい。 すみません。 」
「 いやいや 謝る必要、ないって。 島ちゃん、真面目なんだもの〜〜 」
「 え ・・・ あ〜〜 」
「 編集長〜〜 あ 島ちゃん。 さっきのさ ハミ出す っての いいじゃん? 」
「 アンドウチーフ? 」
「 次の企画 < ハミダシ > をキーワードにするってのもテだよ〜〜 」
「 ハミダシ? 」
「 ん〜〜 全面的な脱線じゃないってとこがミソかなあ まあ検討してみて 」
「 は はい! ありがとうございます。 」
「 で 新人、よ〜く〆といて。 頼むね〜 ほんでもって〜 編集長、特集の〜 」
「 ああ うん、それでね 」
編集長とアンドウチーフは チーフ席でそのまま話し込み始めた。
「 ・・・ あ じゃあ ・・・ 」
ジョーはそそくさと席を外すと 自分のデスクに戻った。
はみ出す ?? ふ〜〜ん ・・・
ぼく自身がもう始めっから
この世間から十分はみ出してる と思ってたけど ・・・
う〜〜ん ・・・ 毎日同じオカズで満足なヤツは
ハミダシ じゃないのかなあ??
「 あ〜〜〜 サブ・ち〜ふ〜〜 すんません、先方サンが〜電話代われってぇ〜〜 」
例の新人ボーイが、珍しくおろおろしていた。
「 なに どしたんだ? 」
「 あの〜〜〜 ・・・ 」
「 島村サブ・チーフ・・・ 彼 ・・・ 業者さん、怒らせたのよ 」
隣の女史が こそっとつぶやいた。
「 え? ちょ・・・ 代わるぞ! 」
ジョーは慌てて受話器を受け取った。 新人の尻拭いも ― 大切なオツトメなのだ。
「 ただいま −−− 」
そうっと玄関を開けて ジョーはこそ・・・っと呟いた。
時刻はそろそろ日付変更ラインに近い。
一般的には子供たちは 夢の国 が当然で、細君だって寝ている家庭も多いだろう。
が。 かれの愛妻は ―
カタン。 ジョーが靴を脱ぐ前に リビングのドアが開いた。
「 お帰りなさい ・・・ お仕事ご苦労さま・・・寒いでしょう? 」
彼の愛妻が エプロンで手と拭きつつ現れた。
「 あ ・・・ フラン ・・・ ただいま〜 」
「 お帰りなさい、 ジョー ・・・ んん〜〜〜〜 」
冷え込む玄関で双子の両親は 新婚サンのよ〜にあつ〜〜〜いキスを交わす。
「 ・・・ ねえ? なにか あった? 」
「 え ・・・? 」
唇が自由になると細君は夫にひそっと尋ねた。
「 ・・・ どうしてそう思うの? 」
「 なんとなく。 勝手なこと、言ってごめんなさい。 気にしないでね。 」
「 いや ― きみってヒトは本当に鋭いんだねえ〜〜 」
「 ジョーのことなら ・・・ あの なにか困りごと? あ 言いたくないのならいいの。」
「 ・・・ 言いたくないってこともないんだけど ・・・
ま とりあえずナンカ食べたんですけど〜〜 奥さん? 」
「 あら ごめんなさい。 熱々のチキン・クリーム・シチュウよ〜〜〜
ず〜〜っとコトコト煮ていたの。 」
「 わお〜〜〜 手 洗ってくる〜〜 」
ジョーはぱたぱたとバス・ルームへ駆けてゆく。
「 ちゃんとウガイもしましょう〜〜〜 あらやだ すばる と同じこと、言っちゃったわ。」
最後の方の呟きは 幸いにも彼の耳には入らなかった ・・・ らしい。
― 数十分後 ・・・
ふ〜〜〜 ・・・・ 満足のため息が食卓に溢れる。
「 ・・・ ああ〜〜〜 美味かったぁ〜〜〜 」
「 うふ? 気に入ってくれた? 」
「 あ〜〜 ・・・ 腹の底からあったまった〜〜って気分♪ 」
「 よかった〜〜 チキンでも美味しかったでしょ。 ホワイト・シチュウだとチキンでも
かなり合うと思うわ。 」
「 うん♪ も〜〜〜 野菜もチキンも口に入れるとくしゅ・・・って崩れてさあ〜
なんかとろとろ溶けてゆくみたいだった! 」
「 長い時間 弱火で煮てみたの。 チキン、あまり好きじゃないでしょう? 」
「 あ〜〜 焼いたりするのは大好き。 シチュウ類は やっぱビーフがいいんだけど。
でも今晩のは ほっんとすご〜〜〜くオイシイ♪ 」
「 よかった♪ いつもとちょっと変えてみたの。 」
「 あ〜〜〜 腹の底からシアワセ〜〜〜って気分さ。 」
「 ね ぽっかぽかになるわよね。 すばるもね〜〜 ちゃんとお野菜食べました。
すぴかは ・・・ お醤油かけてたけど ・・・ 」
「 あははは・・・ すぴからしいなあ〜〜 ちょいと甘口っぽく感じるからね。 」
「 甘口じゃないんだけど ・・・ お砂糖なんか入れてないし。
あ・・・ ジョー、甘口でイヤだった?
」
「 そんなこと、ないよ。 チビ達もちゃんと食べたのならいいさ。 ご馳走様でした♪
― あ〜〜 あの さ? 」
「 はい? 」
「 あ〜〜〜 あの。 お願いがあるんだけど ・・・ 」
「 おねがい?? 」
「 ウン、あ〜〜〜 リクエストってとこかなあ・・・ 」
「 リクエスト?? 」
「 そ。 きみが忙しいってことはよ〜〜くわかってるんだ。 」
「 ??? 」
「 だから ― いや 今のままでぼくはものすご〜〜〜くシアワセだなあ〜〜って
思ってる。 もう最高の日々だなぁ〜〜って感謝してるんだ。 」
「 ジョー。 なにが言いたいの。 」
「 ウン。 あの さ。 弁当のことなんだけど ・・・ 」
「 あ〜 お弁当? 量が足りないの? 」
「 いや、 今のままで十分だよ。 ただ さ その〜〜 オカズなんだけど 」
「 リクエストがあるなら言って? ジョーが食べたいもの、入れるわ。 」
「 う〜〜ん ・・・ そう言われるとさあ〜 ナニって思いつかないんだけど。
ともかく ・・・ あ〜〜 毎日同じ ってのは そのう〜〜 ちょっと ・・・ 」
「 ごめんなさい。 わたし、自分の都合だけ考えていたわ。
誰だって毎日同じモノじゃ 嫌よね。 ごめんなさい ・・・ 」
ぽつん。 なぜか急に涙が一粒 フランソワーズの瞳から転げおちた。
「 ちょ・・・ おい〜〜 泣かないでくれよ〜〜 これはぼくのわがままなんだ。
フランが謝ることなんかない。 だから これはぼくの お願い なのさ。 」
「 でも ― いつも同じ って。 後退することでしょ 風、 感じないと ・・・ 」
「 ??? そんなつもりじゃないってば〜〜
その〜〜〜 たまには違うオカズが食べていみたいな〜〜って ・・・・
その〜〜〜 日常からハミ出してみてもいいかな〜〜って ・・・ 」
「 はみ出す?? 」
ジョーもフランソワーズも < 自分の言葉 > ではないコトを引きだしているので
説得力があまりない。
その言葉が使われた状況がわからないので イマイチお互いに ???? なのだ。
「 だから さ。 試しに今度、違うメニュウにして欲しいな〜〜って。 」
「 わかりました。 あ ・・・ 明日は 」
「 あ〜 明日は弁当いらないよ。 」
「 あ ビジネス・ランチ? 」
「 いやあ〜 まだまだぼく程度ではそういうのはないよ。
ま〜 たまにはコンビニ弁当とかも食べてみるかなって 思ってさ。 」
「 そう ・・・ わかったわ。 」
「 うん。 あ〜〜〜 腹いっぱいでぽっかぽかだよ〜〜〜 」
ジョーは ハナウタなんぞを歌いつつ、バスルームに行った。
― 晩御飯 ・・・ 美味しかったって言ってくれたけど。
・・・ 本当??? 本当はチキンはイヤなのじゃないの?
たった数分前までの ふんわ〜〜りぽかぽかした気分はもうどこにもない。
しゅ 〜〜〜 ・・・・っと萎んでしまった。 穴の開いた風船みたいだ。
ず〜っと ・・・ シチュウを煮ながら なんかワクワクしてたのよ
一緒に 美味しいねえ〜って 言えるわね って。
一緒に 今日ね・・・って おしゃべりできるかな って。
・・・ けど・・・ そんなの、ジョーは好きじゃない かもしれないわ。
わたし ・・・ ず〜っと勝手に思いこんでいただけかもしれない・・・
ジョーは唐揚げと卵焼きのお弁当が一番好きだって ・・・
そんなの、わたしが勝手に決めていただけかもしれないわ。
その晩 ― 夫婦はなんとな〜〜く、別にケンカしているわけでもないのに
背中を向け合わせて眠ってしまったのだった。
「 おっはよ〜〜〜 おか〜〜さ〜〜ん ♪ 」
翌朝 ・・・ ピカピカの青空と同じくらいあっかるい声で すぴかが起きてきた。
「 はい お早う すぴかさん。 すばるは? 」
「 ちゃんと おきろ〜ってけっとばしてきた! ねえ〜〜 今朝のおみそしる、なに〜〜 」
すぴかは洗い終わったぴかぴかのお顔で ご機嫌ちゃんでキッチンに入ってきた。
彼女は < にっぽんのあさごはん > が大のお気に入りだ。
「 だいこん? おと〜ふとわかめ? う〜〜ん じゃがいもとたまねぎ!? 」
「 ハズレで〜す。 今朝はね、フレンチ・トーストにホット・ミルクよ。 」
「 ・・・ え。 ふれんち・と〜すと って ・・・ あれ? 」
「 そうよ〜〜〜 甘くてオイシイでしょう? 」
「 ・・・ げ★ あ〜〜 アタシ〜〜〜 ふつ〜〜〜のパンでいい〜〜〜〜 」
「 あら そう? あとね、あなたたちはハムとジャガイモ・サラダよ。 」
「 ・・・ あまくない? 」
「 お砂糖は入れてませんよ。 」
「 ・・・ ふ〜〜ん ・・・ 」
すぴかはてんで信じてない顔で そろ・・・っとサラダを口に入れ きっぱりと言った。
「 おか〜さん、おしょうゆ ちょうだい。 」
「 ― どうぞ。 」
茶色くなったサラダを フランソワーズはこそっとため息で眺めていた。
「 ― ごはん は? 」
姉がとっくに登校の準備を完了しているのに、すばるはまだ食卓にいる。
「 え ・・・ だからこれよ。 フレンチ・トーストとハム・ジャガイモサラダ。 」
「 僕、ゴハンたべたい。 ぱんはきゅうしょくでたべる。 」
「 今朝はね〜〜 トーストがご飯なの。 」
「 たまごやきは? 」
「 今朝のオカズは ハム・ジャガイモさらだなの。 」
「 僕 ゴハンとたまごやきとおみそしるのあさごはん、たべたい。 」
「 今朝は〜〜〜 これが朝ご飯です。 ほら〜〜 フレンチ・トースト、甘いわよ?
ジャガイモ・サラダ 好きでしょう? 」
「 ― あしたは ごはんとたまごやきとおみそしる にして。 」
「 ワカリマシタ。 」
父親そっくりな瞳で このチビの頑固モノは母親をじ〜〜っとみつめ ― にこっと笑う。
う〜〜〜〜 それって反則じゃありません? すばるクン!
・・・ でも! なによ なによ〜〜〜〜
いっつも同じじゃなあ〜〜 なんて言ってたクセに!
も〜〜〜〜! フレンチ・トースト、美味しいのに〜〜
かぷ。 ・・・ 冷えたトーストは あんまり美味しくはなかった。
もう一回 チン! とすべきだったのか ・・・・
< いつもと違う > って。 シンドイかも ― ねえ?
< 風 > って。 いつも吹いているのかなあ ・・・
ふうう 〜〜〜 ・・・ またまたため息が漏れてしまった。
Last updated : 12,16,2014.
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******** 途中ですが
別にケンカしているワケじゃないんですが
なんとなく噛み合わない ― そんな93days ?
すいません、終わりませんでした。 もう一回続きます〜〜