『 風 ― (3) ― 』
ふうん ・・・
ジョーは食卓の前でしばらくじ〜〜〜〜っと < 本日の朝ご飯 > を眺めていた。
いつもなら そこにはお箸と一緒にご飯茶碗とお椀が伏せてある。
妻子はとっくに出かけてしまっている時間だ。
なにせ <終わり> が遅い仕事なので 朝も一般の勤め人よりもいささか遅いスタートだ。
ゆえに 朝ご飯は家中で一番遅い時間に一人で食べることになる。
昨日までは ―
ふんふんふ〜〜〜ん♪ ハナウタ混じりに炊飯ジャーをあけ、熱々のご飯をよそい、
ちょいと温めなおした味噌汁をよそい、卵焼と浅漬けと野菜サラダを並べ ・・・
「 いっただっきまあ〜〜す♪ 」
満面の笑みで箸を取り上げたのだ。
「 ん〜〜〜〜〜 ♪ 今朝も元気だ、ゴハンが美味い〜〜〜〜♪ 」
― これが 島村ジョー氏の一日の始まり であった。
然るに 本日は ―
「 ・・・ チン、してください、 か ・・・ 」
テーブルの上にはラップが掛かった黄色っぽいトーストの皿があり となりには
なんとな〜〜〜く油がてらてら浮いてみえる・ベーコン・エッグの皿が並ぶ。
「 ポテト・サラダは冷蔵庫。 か・・・ コーヒーは・・・ インスタントでいいや・・・ 」
ジョーは細君のメモを見、ぼそぼそ呟きつつ自分の朝食を調えるのだった。
いつもと違う味 は いつもと違う朝 を連れてきた ・・・ けど。
それは ふんふんふ〜〜〜ん♪な朝 ・・・ ではなかった。
「 ― ごちそうさまでした。 」
ジョーは一人きりの食卓で きちんと手を合わせ感謝の祈りをささげた。
<西洋風> な朝食は それなりに美味しかった。
フレンチ・トーストはお菓子っぽくて 甘いものも好きなジョーはキライな味ではなかった。
チン! したベーコン・エッグは熱々でエネルギー充電120%気分だ。
インスタントでも朝のコーヒーは やはりしゃきっと目覚ましとなる。
ふう ・・・ ま、これも < 日本の朝ご飯 > だよなあ ・・・・
さささっと食器を洗い、ジョーはため息をついてる自分に少し驚いた。
「 な んだよ!? ちゃんとフランの手作りだぞ?
忙しい朝にこれだけ用意してくれたんだ ・・・ 美味しかったよ〜 フラン 」
ジョーは静かに頷くと 出勤の準備を始めた。
「 ・・・? な〜んか いつもとチガウなあ ・・・ 時間、は同じだし
寝不足でもないぞ? だがなんかこう ・・・ ?? 」
深く追求している時間はさすがになかったので 彼は自身の疑問を一時棚上げした。
「 さて 出かけるか。 え〜と資料のデータ用CDは入れたし。
うん それじゃ・・・ ??? なんかカバン、軽いなあ 」
玄関で 彼は愛用のカバンを上げ下げして首をひねっている。
「 忘れ物はないぞ? でも この手応えの無さは ・・・ あ。
弁当箱 ・・・ 今日はないから ・・・
「 そっか ・・ ははは 自分で今日はいらない、って言ったクセに〜〜
おいおい しっかりしろよ〜〜 」
さ ゆくぞ、と彼は少し気の抜けた風に玄関のドアを閉めた。
― その日一日。 島村ジョー氏は どこかふわふわと頼りない雰囲気だった。
「 そんじゃ ・・・ お疲れさま〜〜〜 」
「 はい お疲れサン〜〜〜 」
ジョーの職場は新人たちから退社してゆく。
今日もアンドウちーふの声に送られて ひよっこ達はぱらぱら消えていった。
「 ・・・ んん〜〜〜〜 もう一仕事っと・・・ あ お茶 ・・・ 」
ジョーは湯呑みをもってもっさりと給湯室に向かった。
カチャ カチャ ざ〜〜〜〜 ・・・
ちょうどそこはお茶汲み隊が本日の営業を撤収している最中だった。
「 ・・・ あ〜〜 タイミング悪かったな〜〜 いつもはこんな時間に咽喉乾かないのに・・・
あ。 昼飯かあ〜 そういややたらと味が濃かったよなあ ・・・・ 」
ジョーは空の湯呑みをつくづくと眺めた。
そう ・・・ いつもと違う・朝食 の後には いつもと違う・昼食 が待ち構えていた。
「 コンビニ〜〜〜 行くよ! お弁当、いる人〜〜〜 」
昼ちょっと前に アサダ女史が声を張り上げた。
「 は〜〜い! アタシ〜〜〜 おむらいす〜〜〜 」
「 たのむ〜〜〜 ヴォリュームべんとう〜〜〜 」
あちこちから声がかかり、結構マメなアサダ女史はちゃんとメモをとる。
「 ん〜〜〜〜 ・・・ これで全部かな〜〜〜 行くよ〜〜 」
「 あ ・・・ ぼくも いいかな。 」
最後の最後のそのまた最後に ちっちゃな声があがった。
「 だ〜〜れですか〜〜〜〜 !?!? え〜〜〜 サブ・ち〜〜ふぅ〜〜〜〜 ??? 」
「 あ ・・・ うん。 ぼくも・・・お願いシマス。 」
「 え。 あの〜〜〜〜 コンビニ弁当 ですよ?? スタバの珈琲とかじゃなくて?? 」
「 ウン。 弁当、頼みます。 」
「 はあ ・・・ で リクエストどうぞ。 」
「 あ ・・・ あ〜〜〜 普通ので・・・ 」
「 <普通の>弁当 ってのはありません。 なににします〜? 」
「 ・・・ 行く! 荷物持ち、引き受けるよ! 」
「 うわ〜〜お♪ 歓迎〜〜〜 島村さぶ・ち〜ふ♪ 」
「 わ〜〜〜 じゃ オレの分もたのむ〜〜 カレー〜〜〜〜!! 」
「 あ 島ちゃ〜〜ん、アタシの分も! 中華丼弁当! 」
「 ひゃあ〜〜 よ よしっ。 全部ぼくが運ぶ! 」
ジョーは 腹を括った。
ふ ふん! ま、009の腕力ならチョロいよなあ〜
― 彼の認識は甚だしく甘かった。
「 う〜〜〜〜〜〜〜 ・・・・ 」
ジョーは弁当コーナーで 立ち尽くしている。
「 サブ・チーフ〜〜〜 早くしてくださ〜〜い 皆 待ってます〜〜 」
「 あ ご ごめん! しかし・・・どれにしたら・・・ 」
そう、彼は多種多様・数多のコンビニ弁当の前で 固まっているのだった。
う ・・・ こんなに種類、あるんだ ??
はんばーぐ弁当 ― フランのハンバーグはもっと厚みがあるぞ?
おむらいす弁当 ― オムライスだけ?? フランのはオカズ付きだぞ?
ヴォリューム弁当 ― 表面積が広いだけじゃないか? フランのは厚みもあるぞ?
バラエティ弁当 ― オヤツか? フランのは飯もオカズもたっぷりだぞ?
唐揚げ弁当 ― 唐揚げだけ? フランのは卵焼も筑前煮も野菜も入ってるぞ?
「 サブ・チーフ! もう行きますよ! 」
しびれを切らしたアサダ女史が つんつん、とジョーをつついた。
「 あ ・・・ ご ごめん、アサダさん。 どれにしたらいいかわからなくて ・・・ 」
「 え・・・ じゃ〜〜 これ! はい、決まり。 行きます〜〜 」
彼女は手近にあった 焼肉弁当 をカゴに入れるととっととレジの列に並んだ。
「 あ サイフ サイフ〜〜〜 」
ジョーは慌てて彼女の後を追った。
ガサガサやたらと嵩張る荷物を両手に下げて ようやっと買い出し部隊は帰還した。
「 遅くなりました〜〜〜 おべんと〜です〜〜 」
「 わい♪ 」
「 お〜〜〜 腹ペコなんだ〜〜 」
アサダ女史の声に 編集部員たちがわらわら寄ってきた。
「 すいません〜〜〜 遅くなって ・・・ はい、750円。 こっちは・・・ 」
ジョーは荷物持ちやら弁当配りにおおわらわ ― やっと彼が自分の弁当の前に座れたのは
昼休みも半分以上過ぎた頃だった。
「 ・・ ふう〜〜〜 ・・ やれやれ。 時間 もったいないよなあ・・・
あ これチンしないとな〜〜〜 お茶も淹れたいし〜 」
ぶつぶつ言いつつもなんとか昼食にありつけた。
「 ― ごちそうさまでした。 」
空になった容器の前で ジョーはきちんと手を合わせアタマをさげた。
いつもと違うメニュウの いつもと違う味の いつもと違う分量の いつもと違う昼食は
確かにとても とても とて〜〜〜〜も 新鮮だった。
これが日常からのはみ出し体験だ、と言われれば、彼も素直に頷くだろう。
― が。
フランのお弁当のが ず〜〜〜〜〜っと美味しい。
ジョーの心の中は 常にその言葉ががんがんと共鳴し続けていた・・・
もちろん決して口には出さなかったけれど。
当然 < 新しい体験 > は ジョーにとっての < 新しい展開 > へのインパクトには
ならなかった・・・らしい。
気持ちの中身は膨れ上がり、逆にお腹は早々に減ってきて ― コンビニ弁当は
ジョー的にはあまり腹持ちがよくなかったのだ ― 島村サブ・チーフはどうもイマイチだった。
特に失言したり居眠りしていたわけでは勿論ないが ・・・ ずっと大人しく自席で
調べものなんぞをしていたのだった。
「 島ちゃん〜〜って 何時に帰社? 」
アンドウ女史がせかせかとやってきた。
「 あ? 」
「 島ちゃん よ。 あ〜〜 スマホもっててるから そっちに連絡しよっかな〜〜 」
「 あの〜〜〜 」
「 えっと ・・・ NO. 登録してあったはず ・・・ ああ これだ これだ。
〜〜〜〜 〜〜〜〜 あ〜〜〜 島ちゃん? 」
「 はい? 」
とても近いところから返事が聞こえた。
「 ?? なに〜〜〜 もう近くまで帰ってきてんの? あのさあ〜 特集の資料でさ
ちょっち借りたいモノがあって〜〜 」
「 なんでしょう? ぼくのトコにあるものならなんでも ・・・ 」
「 ○○関係のさ 写真とかある? なるべく直近の 」
「 〜〜〜 ん〜〜 多分あります 」
「 あ そう?? 資料用PCに入ってる? 」
「 あ〜〜〜 いや 自分用のデータの方なんで すぐに送りますよ 」
「 そんなら悪いけどなるべく早く頼める? 」
「 〜〜〜〜 送りましたよ〜〜 」
「 へ??? 」
「 メール 確認してください〜〜 」
「 へえ・・・ スマホで遠隔操作みたいの、できるんだ? 」
「 は?? すまほ?? 」
「 社用のはそんなハイ・スペックじゃない はずだけど 」
「 あ〜〜〜 ・・・・ 普通にメールしただけですけど〜〜 」
「 へ??? 」
「 データ、別に落とします? 」
キュ。 イスを引く音がして ・・・ 茶髪アタマが PCの間に立ち上がった。
「 うわあ〜〜〜!!??! そ そ そこにいたの??? 」
「 ?? ずっと社内ですけど?? チーフこそ外からの電話かと思った・・・ 」
「 アタシもずっとここだよ。 あ〜〜 なんだ〜〜 島ちゃん、外取材じゃなかったんだ? 」
「 あ〜〜 ・・・ ええ ちょっと調べモノしてて 」
「 ふうん? ・・・ ナンかあった? 」
「 いえ べつに ・・・ 」
「 そう? ま いいや。 じゃ 資料の方〜〜 ありがとう! 」
「 あ いえ どんどん使ってください。 」
アンドウ女史の広い背中をみおくりつつ ジョーはこそっとため息を飲みこんだ。
う〜〜〜〜 ・・・ やっぱ取材に歩く方が性に合ってるかもなあ・・・
デスクでモニター眺めてても な〜んも閃かないしなあ・・・
あ 咽喉乾いたな〜 お茶 ・・・
本日午後 島村サブ・チーフは自席と給湯室とトイレのトライアングル・エリアを
行き来して終わってしまった。 外部取材が多い島村氏としては珍しい行動だ。
〜〜〜〜〜 ・・・ ! いつもと違うコトしてみたんだけど ・・・!
これって ハミダシ体験 じゃないのか???
・・・ な〜〜んも閃かないよぉ〜〜
「 ― お先にシツレイします ・・・ 」
「 あ〜〜 お疲れ〜〜 島ちゃん〜 」
アンドウ女史の声を背中に ジョーはどっと増した疲労感を背負って帰路についた。
・・・ 空腹感がますます足取りを重くしている。 よ〜するにコンビニ弁当では
009は身体機能も頭脳にも十分にエネルギーを充填できなかった!
はぁ ・・・ 今日一日 いったいぼくはなにをやっていたんだ?
― 日常からの脱却 のつもりが ただの脱力じゃないか ・・・
う〜〜〜ん ・・・? それにしても 腹減ったぁ ・・・
帰宅のローカル線に揺られつつ ジョーの思考も行きつ戻りつゆらゆらしていた。
( さて ・・・ 時間は同じ日の朝に戻ります )
― バタン。
スタジオのドアから 亜麻色の髪の女子が飛び込んできた。
「 ふう〜〜〜 あは ・・・ 間に合ったぁ〜〜〜 」
「 おはよ〜 フランソワーズ まだ大丈夫だよ〜 」
みちよがひらひら手を振りつつ 笑っている。
「 は〜〜 よかったァ・・・ 今日は余裕〜って思ってたのに
」
バーにタオルを掛けると、フランソワーズはポアントを履き始めた。
「 あ 電車でも遅れたの? 」
「 ううん ・・・ 今朝ね、お弁当作らないでオッケーだったから時間に余裕があるはずなのに
またもぎりぎり・・・ も〜〜 なんでえ?? 」
きゅっとリボンを結び 彼女はまたまたため息をつく。
「 へえ〜〜 カレシは休みなの? 」
「 ううん なんかね〜 たまには違うオカズでも食べたいのじゃないかな〜〜
弁当はいいよ、って。 ま わたしとしては楽だからいいけど 」
「 ふうん ・・・ きっとね〜 カレシはフランソワーズのお弁当の美味しさを
改めて認識して しみじみ〜〜してるよ 」
「 さあ どうだか・・・ そんなデリカシー、あるかなあ? 」
「 おはよう。 始めますよ、バーについて。 」
りんとした声が響き ダンサーたちはぱっと立ち上がりバーに付いた。
ピアノが鳴り始め 朝のクラスがスタートした。
んん 〜〜 ちょっと靴の履き方、マズかったかしら・・・
ま いいか ・・・
― そうよ。 いつもと同じ じゃ ダメなのよね?
う〜〜〜ん ・・・
あ! いっけな〜〜い 順番 順番〜〜
フランソワーズはなかなか集中できずに焦っているうちに、バー・レッスンは終わってしまった。
あれ ・・・いつも 長いなあ〜 って感じるのに・・・
気分が散漫だったということは つまりはレッスンへの集中力も落ちているのだが。
「 はい センター ね。 アダージオから 」
タオルできゅっと額を拭い フランソワーズも真剣に振りを見つめた。
そうよ! < いつもと同じ > じゃないことしなくちゃ。
ジョーだって いつものお弁当 じゃないモノ、食べてるんだし。
妙〜な連帯感を感じつつ、彼女は踊ってゆく。 小さなワルツは得意なのでやる気満々だ。
「 〜〜〜〜 はい next ! 」
たたた・・・っと張り切ってセンターに並ぶ。 今朝は3人一組だ。
〜〜〜〜 ってここで 引きのばしてみる?
で もって ・・・ちょっと早くピルエットに入って〜〜
同じ振りを踊るのだから 普通はほぼ同じタイミングになるはずなのだが ・・・
「 クラスで音外しはなし! 」
パン! と ミストレスのマダムの手が鳴った。
「 あ ・・・? 」
「 フランソワーズ。 今はクラスなの。 振付じゃないのよ。
クラス・ルームではきちんと指示通りに踊る。 いいわね? 」
「 あ ・・・ は はい ・・・ 」
「 みちよ、さっきのタイミング ね。 アサミ、肩〜〜〜さげて。 はい next 」
クラスはどんどん進んでゆく。
・・・ 違うことをしたら ・・・ いけない の?
でも いっつも同じ じゃダメなのでしょう??
変わらないと ダメ なのよね?
< 風 > って なに。 わたしには なにも感じない・・
フランソワーズは 機械的にステップを踏んでいたが アタマの中ではぐるぐる・・・
同じ疑問が繰り返されていた。 答えは ― 答えもどこかで迷っていたのかもしれない。
「 はい お疲れさま 」
「 ありがとうございました 〜〜〜 」
優雅なレヴェランスを拍手で 今朝もレッスンは和やかに終わった。
「 ね〜〜 今日さ 」
「 ごめん〜〜 これから教えなのぉ〜〜 」
「 じゃあとでメールするよ〜 」
「 あれ リハじゃなかったっけ? 」
「 夕方からなんだ〜〜 」
わいわい がやがや 開放感からかダンサー達のおしゃべりのトーンも少し高い。
ふう ・・・ 〜〜〜 ・・・
フランソワーズは隅っこでタオルに顔を埋めてため息をイッキに吐き出した。
「 ね〜〜 フランソワーズぅ〜〜 ジュニアの曲でさあ〜なにか新しいの、知ってる? 」
小柄で目のくりっとした・なかよしさんが声をかける。
「 ・・・ なあに みちよ 」
「 ? あ ・・・ 具合わるい? 」
「 え ・・・ そんなことないわ。 どうして。 」
「 う〜ん ・・・ なんかすご〜く疲れた顔 だよ? 」
「 え ぁ そう? う〜ん ・・・ なんか〜〜 どっと疲れた気分なの 」
「 なんか・・・あった? 寝不足とか・・・ 」
「 ううん 今朝はいつもよりゆっくり寝れたんだけど ・・・ 」
「 ま〜〜 そんな日もあるさ。 」
「 うん ・・・ ね! 音取りって ・・・ わたし、ちがう? 」
「 え ??? 」
みちよは丸い瞳をますます丸くして フランソワーズを見つめていたが ・・・
「 え〜とね〜 ウチの先生はさ、音取りにかなり拘るのね。 振付とかではすご〜〜〜く
斬新な取り方、するけど ・・・ 古典とかクラスの時には ― 外すのはダメなんだ。 」
「 ・・・ それはそうだと思うけど ・・・ でも ・・・ いつも同じじゃな〜って 」
「 クラスはさあ〜 練習と矯正だから ・・・ 基本通りにってのがポリシーみたいだよ。」
「 あ ・・・ クラス ですものねえ ・・・ 」
「 ま ね。 崩すのは基礎がきちんとできてからって ジュニアクラスのころ よ〜く
言われたんだ。 」
「 そ ・・・っか ・・・ 」
「 音取り以外でチャレンジしてみたら? 」
「 そう ね ・・・ 」
「 まあね〜 あんまし気にしない方がいいよ〜〜なにか言われるって有望だってことだし 」
「 え・・・ でも わたし、注意されたのよ? 」
「 あは ・・・ 見込みがなかったら注意もしないよ、ウチの先生は。
パリの先生は違うの? 」
「 ・・・ う〜〜ん・・・? ジュニア・クラスの頃は全員いっつもいろいろ 注意されてたわ。 」
「 あ〜〜 そりゃそうだよね。 ねえ お小言もらって気にしてるの? 」
「 う〜ん ・・・ それもあるけど。 ジョーのお弁当のこともあるのよ。
今日ね 弁当、いらないって 」
「 へえ? 珍しいね〜〜 でもラッキーじゃ〜ん? 朝の手間が省けるでしょ。 」
「 そうなんだけど・・・ なんだかいつもと違うと・・・・ ヘン! 」
「 あ わかるなあ〜〜 ね? 時間あるならちょっとお茶してこ? 大丈夫? 」
「 ええ いいわ。 そうよね、いつもとチガウ時間にするわ ! 」
「 お〜〜〜 いいんでない? ほんのちょこっとでも < 普段と違う時間 > って
すご〜〜く貴重だと思うな〜〜 」
「 そうよね! うん まず身近なところか始めてみるわ 」
「 さ〜〜 いこ いこ〜〜〜 ! 」
「 ええ ・・・ あ あのね、この前みた銀杏並木 ・・・ また通ってもいい? 」
「 いいけど〜 もう葉っぱはほとんど散っちゃったよ? 」
「 いいの。 冬の景色も好きなの、わたし。 」
「 じゃ あっち通ってO・・・の方にでようよ。 」
「 ステキ! きゃ〜〜 楽しみ〜〜〜♪ 」
― 結局。 島村さんちの奥さんは 帰りに地元商店街で熱々のコロッケを買って帰宅した。
そして その日も島村さんちの晩御飯は お母さんと子供たちだけだった。
「 おか〜〜さ〜〜ん ばんごはん なに〜〜 」
ランドセルを背負ったまま すぴかがキッチンに入ってきた。
「 あらら ・・・ まずただいま〜 でしょ、すぴかさん。 ランドセル置いて、
手を洗っていらっしゃい。 あら すばるは? 」
「 さかのとちゅうだよ。 ね〜〜〜 ばんごはん なに〜〜 」
「 今日はね コロッケ よ。 」
「 ころっけ? あ〜〜〜 アタシ、すき〜〜 」
「 そう? よかったわ。 」
「 ただいまあ〜〜〜〜〜〜♪ 」
すばるの声が玄関で聞こえる。
「 すばる? お帰りなさい。 手を洗ってウガイしてね。 」
「 はあ〜〜〜い〜〜 」
「 すばる、アタシのが先!!! 」
ととととと〜〜〜〜っと すぴかはランドセルを背負ったまま バス・ルームにダッシュした。
「 うん いいよ〜〜さきにいって〜 僕、すぴかのあとでいいや〜
ね〜〜〜 おか〜さん、ばんごはん なに。 」
「 晩御飯は コロッケよ。 」
「 ころっけ? わい〜〜〜 ね〜ね〜〜〜 僕 じゃがいも むくよ〜〜〜 」
とって とって。 のんびりした足音が笑顔と一緒にキッチンにやってきた。
「 あ ・・・ あのね。 今日のコロッケはね。 もうできているの。
食べる前に チン して熱々にしましょうね。 」
「 ・・・ ふ〜〜ん ・・・ な〜〜んだ〜〜〜〜 」
「 ごめんね。 今度また手つだってくれる、すばるクン。 」
「 うん いいよ〜〜〜〜 ふんふんふ〜〜〜ん♪ 」
とって とって とって。 再びの〜んびりした足音が の〜んびり階段を上っていった。
・・・ やれやれ ・・・
ま ケンカになるよりはマシだけど ・・・・
ふうう〜〜〜 ・・・ ちょっとばかりため息をつくと、
フランソワーズは晩御飯の用意を始めた。
「「 ごちそ〜〜さまでした 」」
すぴかとすばるは とてもお行儀よく、箸を置き食後の挨拶をした。
「 はい。 ね 二人とも ・・・ おいしかった? 」
「「 うん! 」」
母のドキドキな問いに コドモたちはあっけらかん〜〜〜 な調子で答えてくれた。
「 まあ よかったわ〜〜 さすがに < 肉のナニワ屋 > さんのコロッケよね〜〜
お母さんも美味しかったわ〜〜 」
「 そとがわがぱりぱりしてておいしかった〜〜〜 」
「 じゃがいも がごつごつしてなくておいしかった〜〜〜 」
「 そうなの? じゃあ また買ってきてもいい? 」
え ・・・?? コドモたちは一瞬固まって顔を見合わせている。
「 あ〜〜 え〜とぉ ・・・ ときどきなら ちがうオカズだとたのしいからいいよ 」
「 ときどきなら? 」
「 ウン。 ね〜〜〜 おかあさん、あしたの朝は だいこんのおみそしる がいい! 」
「 僕〜〜〜 ね! あしたのばんごはん、お母さんのはんば〜ぐ がいい! 」
「 あ そう ・・・? 」
「「 うん! 」」
「 わかったわ ・・・ あ デザートはね、二人の好きなオレンジ・ジュレよ〜 」
「 ・・・ いつもの、だよね? 」
「 ? そうよ。 お母さんが作ったオレンジ・ジュレだけど。 」
「 わ〜〜〜い♪ たべる〜〜 」
「 僕もぉ〜〜〜 あ 僕、おさとうかはちみつ、のせて〜〜 」
「 はいはい ・・・ 」
「 いつものオレンジ・ジュレ だいすき〜〜〜 」
「 だいすき〜〜 いつもの〜〜 」
< いつもの > がいいの??
だって ・・・・ いつも同じ 飽きるのじゃないの?
「 んん〜〜〜〜 おいし〜〜 ねえ お父さんさ これ大好きだよ〜〜 」
「 うん! おとうさんね〜 僕が半分ちょうだいっていってもね〜
みかんぜり〜 だけはだめだっていってくれないんだ〜 」
「 まあ そうなの? 」
子供たちはあっと言う間にお皿を空にすると TVの前に行ってしまった。
いつもと同じ が いいの??
あ〜〜 もうなにがなんだかよくわからなくなってきたわ
「 ただいま〜〜〜〜 」
「 あ! ジョー お帰りなさい〜〜〜 !! 」
子供達はもうベッドに入っていたけれど、いつもより早い時間に島村氏は帰宅した。
フランソワーズは 編み物を放り出し玄関に飛んでゆく。
「 お帰りなさい〜〜〜 早かったのね、うれしいわ 」
「 ただいま フラン・・・ んん〜〜〜〜〜 ♪ 」
「 ・・・・ んん〜〜〜♪ ・・・ うふふ ・・・ ご飯、それともお風呂になさる?」
いつもの・あつ〜〜〜いキスの後、二人は腰に腕を回し合い リビングに戻る。
「 あ うん。 飯 喰いたい〜〜 腹ペコなんだ〜〜 」
「 はいはい それじゃ手を洗ってきてね〜 」
「 了解 奥さん♪ 」
― 30分後。 本日もジョーはふか〜〜〜〜い満足のため息とともに箸を置いた。
「 ・・・ あ〜〜〜 ・・・ 美味かったぁ〜〜 」
「 あの ・・・ ごめんなさい! 」
「 はい??? 」
「 あの ね ・・・ これ。 お肉屋さんのコロッケなの ・・・
ウチで作ったのじゃないのよ 」
「 そう? でもものすご〜〜〜〜く美味かった・・・ 熱々でさあ〜〜
それにちゃんと味噌汁とご飯と。 キャベツの千切りにトマトときゅうりとレタスのサラダに
みかんぜり〜〜!!! もう最高だよぉ〜〜 」
ジョーは心底満足そうである。
「 あの ・・・ 時間なくて ・・・ お友達とお茶しちゃって ・・・ 」
「 い〜じゃん、楽しかったんだろ? 」
「 ええ ・・・ 」
「 ならオッケー。 きみに笑顔がいいんだ。 」
「 あの ね。 わたし ・・・ < 変わらなくちゃダメ > って注意されて。
< 風 > を感じてる? って ・・・ 」
「 風 ? 」
「 そ。 わたしの踊りからは風を感じないって。 」
「 ふうん ・・・ なんかいい表現だねえ〜 使えるなァ 」
「 ジョー〜〜 わたし、真面目に言ってるの〜〜 」
「 あは ごめん。 でもさ なんか ― ぼくと同じこと、言われたんだね 」
「 ええ?? ジョーと? 」
「 ウン。 ちょっと表現は違うけど ― スキマを発見してみろ ってさ。 」
「 スキマ???? 」
「 ウン。 < いつもと同じ > 安定路線じゃなくてってことだと思うよ。
だから ― ちょっと冒険して見たんだけど・・・ 」
「 それで ・・・ お弁当はいらないって ? 」
「 え〜〜 あ〜〜 うん、まあ そんなトコなんだ 」
「 まあ ・・・ 」
「 で さ。 結論。 ぼくにはきみの手作弁当 が一番ってこと。 よ〜〜くわかった 。」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
ぽとり。 洗い立てのテーブル・クロスに温かい涙が 落ちた。
「 え や やだな〜〜 泣かないでくれよ〜〜 」
「 ご ごめんなさい ・・・ 」
さあ 片づけるよ、とジョーは食卓を立つと食器類を食洗器に入れた。
― パサ。 テーブル・クロスを払う。
「 ぼくが謝るべきなんだ。 ぼくは滅茶苦茶にシアワセなんだ。 」
きゅ。 きゅ きゅ ・・・ ジョーは丁寧にテーブルの上を拭いている。
「 ありがと ジョー。 お茶 淹れるわね。 」
「 メルシ フラン〜〜 ぼく さ。 ― 自分だけの希望が叶う なんてありえない環境で
育ったから・・・ ぼくだけのヒトがいるって最高の贅沢なんだ。 」
「 ・・・ え ? 」
ジョーはキッチンの窓から 満天の星空をながめ独り言みたく呟いている。
「 朝食の時なんかさ 熱々のモノがいつでも出てくるってだけでもう感激なんだ。 」
「 ・・・ そう? 」
「 あの! 正直に言うよ。 さっきも言ったけど ― コンビニ弁当食べてわかった。
ぼくには きみの唐揚げ・卵焼弁当 が最高なんだって 」
そっぽを向いたまま言い終えると 彼はぱっと振り向いた。
「 お願いシマス。 明日、弁当を作ってください。 」
「 はい! 確かに承りました。 あの ね。 わたし ・・・ ちっともいい奥さんじゃないわ ね
晩御飯、出来あいのもの、買ってきたりして ・・・ 」
「 あの! なんでもかんでも出来るのが いい奥さん ・・・じゃあないと思う。
少なくとも ぼくには! 」
「 ・・・え? 」
「 きみが きみらしく きみの夢を追って生きていてくれるのが いい!
そんなきみの笑顔があれば ― ぼくは頑張れるよ。 」
「 ― ジョー ・・・! 」
「 それで お願いします。 」
ジョーは ぱっとお辞儀をした。
「 明日からまた弁当、作ってください。 それで唐揚げと卵焼必須じゃなくていいデス。
晩御飯と同じオカズ、大歓迎! 」
「 え そうなの? 」
「 ウン。 知ってた? 煮物は翌日の方が美味いんだ。 」
「 あ〜〜〜 そうなの ・・・ 」
「 あの さ。 < いつもの > を 変えることには 勇気やエネルギーがいるよね。
そのエネルギーは うん きみの笑顔からもらうよ 」
「 わたしは ― ジョーの頑張る背中から もらえるわ。 あ
それとチビ達から ね 」
「 あっは〜〜 そうだよ〜〜 アイツらが一番パワフルだよねえ 〜 」
「 うふふ・・・ つむじ風ですもの。 」
「 うん うん 物凄い風! 台風だよなあ 〜 」
「 ジョーの息子と娘だから 」
「 フランソワーズの娘と息子だから さ 」
うふふ ・・・ えへへ ・・・ 二人はゆったりと口づけを交わした。
風を感じる気持ちを持ちたいな・・・と思う
吹く風を 感じる踊りを踊れたらいいな
風を感じるスキマがある企画を練りたい。
空には風が吹いているんだよ、と 伝える本を作れたらいいな
あ ― 風が 吹いてきた !
**************************** Fin.
***********************
Last updated : 12,23,2014.
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************* ひと言 ***********
例によって なにも事件は起こりません〜〜
淡々と? ふつ〜の日々です、でもそれがシアワセかも・・・