『 風 ― (1) ― 』
― カサ ・・・
まだ薄暗い寝室の中で フランソワーズはそっと起き上がった。
枕元の目覚ましをちらり、と確認しアラームが鳴りだす前に止めた。
「 さ 起きましょ。 う〜〜〜ん ・・・ 今日も晴れだといいなあ ・・・
お洗濯モノはやっぱりお日様に乾かしてもらいたいのよねえ〜 」
ベッドの中で 大きな伸びをひとつ。 ついでに脚を持ち上げてちょっとストレッチ。
「 ふ〜〜ん ・・・ いい感じ。 よ・・・っと? 」
きゅっと脚を耳横まで引き上げれば こくん、と股関節が鳴った。
「 ぁ〜〜〜 すっきりした♪ さあ ・・て と。 戦闘開始、 ね! 」
ごそごそがさがさ動いたのに、隣に眠るジョーは完全熟睡中 ・・・ 寝がえりも打たない。
「 ふふ ・・・ まだまだ夢の中、よねえ・・・ 昨夜遅かったし・・
お は よ ♪ ジョー ・・・ 」
彼の頬にちょこっとキスを落とすと、 フランソワーズはベッドから滑り出た。
てばやく着替えをし、ささ・・・っと髪を梳いて。
きゅ。 エプロンのヒモをきっちりと結んだ。
「 では ― 第一ラウンド〜〜 開始! 」
コト。 ・・・ 彼女は足音を忍ばせ寝室を後にした。
ここ ― 崖っぷちの洋館に住み着いて 何年になるのだろ・・・
はっきりしているのは 只今子育て奮闘中 ということだ。
長い春ののち、 ジョーと結婚し、思いがけなく双子の子供たちを授かった。
ジョーは編集部に勤め 編集者としてのキャリアを積んでいる。
フランソワーズは、念願かなって踊りの世界に復帰し出産後も踊り続けている。
二人は とても充実し ― そしてかなり忙しい日々を送っているのだ。
双子の子供たちは もう元気というか凄まじいというか ・・・ チビっこ台風となり
この春には無事に小学校に上がった。
カタン。 キッチンのドアを開ければ 朝日が一筋 二筋 差し込み始めていた。
「 窓 開けてっと・・・ ひゃ ・・・ さむ〜〜い ・・・ 」
早朝の風は 身を切る冷たさだ。
「 ・・・ ああ でもしゃっきり目が覚めたわ〜〜
はい では〜〜 お弁当作りから しゅっぱ〜〜つ! 」
威勢のよい掛け声をかけ、彼女は冷蔵庫を開けた。
この後、小一時間で フランソワーズはお弁当を三つ ( ジョーのドカベン、
博士のお昼用サンドイッチ そして 自分用の小さなランチ ) と、
家族の朝ご飯 を作る。
そりゃ・・・ この邸で暮らし始めた頃には朝食の用意だけでもてんてこ舞いだった。
新婚時代も 朝はものすご〜〜く早起きしないと間に合わなかった。
子供達が生まれた頃は ベッドでゆっくり眠る、なんて夢のまた夢・・・それでもばたばたの日々だった。
― けど。 今は ・・・ もう慣れたモノだ。
「 ふ〜んふんふんふ〜〜ん♪ あ せっかくだから庭の新鮮なトマト、使いましょ
ついでにバジルもとってきて 〜〜 ドレッシングは任せてね・・・ 」
ハナウタ混じりに 彼女はくるくるとキッチンの中を動き回ったり、ちょいと裏庭の
温室まで走っていったりしていた。
「 えっと ・・・ チビ達は学校の帰りに学童くらぶ にゆくし・・・
晩御飯に使うチキンは冷凍庫に入っているから大丈夫。 帰りに買うものは
え〜と・・・ そうそう卵を忘れないようにしなくっちゃ。 」
ぶつぶつ言って確認し ふんふん・・・と頷く。
「 〜〜〜 よ〜し。 あ そろそろチビたちを起こさなくちゃ。
すぴか〜〜 すばる 〜〜〜 ふんふんふ〜ん♪ 」
エプロンで手を拭い 二階の子供部屋に上がってゆく。
とんとんとん ・・・ リズミカルな足音が朝の空気を少し揺らす。
「 ・・・ すぴか すばる おきなさい〜〜 」
子供部屋のドアを開けて声をかけると ・・・
「 〜〜〜〜〜 ・・・・ ん〜〜〜 あ お母さん おはよ〜〜 」
左のベッドがすぐにごそごそ動き ― ちっちゃな姿が起き上がった。
「 おはよう すぴか〜〜 」
「 ふぁ〜〜い おはよ〜〜〜 おひさま、みえる? 」
「 ええ ええ いいお天気よ〜〜 ほら? 」
フランソワーズは 子供部屋のカーテンを開けた。
「 わい♪ てつぼう、できる〜〜♪ すばるっ! おきろ〜〜〜 」
― ぼすん。
隣のベッドの弟に布団の上から一発お見舞いし、すぴかはとっとと着替え始めた。
「 おか〜さん、あさごはん なに〜〜 」
「 すぴかさんの好きな大根のお味噌汁とオムレツよ。 」
「 わ〜〜〜♪ だいこんのおみそしる、大好き〜〜〜〜♪
あ・・・ おむれつにさ〜〜 おさとう、いれないでね! 」
「 大丈夫、入れませんよ。 すばる〜〜〜 起きなさい? 」
「 ・・・・ むにゅう〜〜〜〜 ・・・ 」
ブルーの布団の < 中身 > が 一応返事をした。
「 へ〜〜ん だ。 先にあさごはん、食べちゃうもんね〜〜 ね お母さん? 」
「 一緒に食べましょう? すばる〜〜 早く起きないと遅刻しますよ
アナタは着替えるのも食べるのも用意をするのも の〜〜〜んび〜〜〜り なんだから! 」
「 おか〜さん アタシ、顔あらってくる! 」
「 はいはい。 ご飯の後でお下げを編んであげるからね。 」
「 は〜〜い。 あ ・・・ ぎっちぎちに編んでね! アタシ、なわとびぶんぶんするから!」
「 ・・・ いいけど ・・・ふわ〜っと編んでこう〜〜前にたらすとカワイイのに・・・ 」
「 じゃ ま。 あ お母さんってば りぼん とかつけないでね! 」
「 はいはい ・・・ 」
「 かお あらってくる〜〜〜 ぴゅぱ! 」
台風娘は だだだだ・・・っとバスルームに駆けて行った。
「 ふう ・・・ せっかくの女の子なのに・・・リボンとかフリフリで飾りたい〜〜
あ すばる! 起きなさい! っと〜〜に寝起き × はお父さんそっくり!
ほら〜〜〜 起きなさいっ ! 」
― ばさ。 母は遠慮なくムスコの布団をはぎ取った。
「 ・・・ ふ〜〜ん いま 起きようとおもってたのに〜〜 」
「 なら 起きなさい。 ほらほら 早く! 朝ご飯! 」
「 ふぇ〜〜〜 ・・・ ふぁ〜〜〜〜 ・・・ 」
のんびり息子は のんびり起きてのんびり着替え始めた。
「 顔洗って早く下にくるのよ! 遅刻してもお母さんはしりません。 」
「 ・・・ふぁ〜〜〜〜い ・・・ 」
ぱった ぱった ぱった ・・・・
すばるクンの一日は どうもすぴかとは違った時間帯に存在するらしく、
実にゆ〜〜〜ったり・のんびりと始まった。
「 おか〜〜さん ごはん! 」
キッチンの降りてゆくと すぴかはもうぴかぴかのお顔で食卓の前に座っている。
「 はいはい ・・・ ほ〜ら すぴかさんの好きな大根のお味噌汁よ〜〜〜 」
湯気のたつ味噌汁とご飯、そしてやはりほかほかのオムレツがすぴかの前に並んだ。
手作りの糠漬けも一緒だ。
「 わい♪ いっただっきまぁす♪ 」
「 はい どうぞ。 」
毎朝のこと、家族各人のタイミングに合わせるのは もう慣れっこだ。
朝の献立はほとんど変わらないので フランソワーズは楽々やってのける。
「 おはよ〜〜〜 おか〜さん 」
ぱった ぱった ぱった。 すばるがようやくキッチンに現れた。
「 すばる、 ほら急いで〜〜 あら? 髪が濡れてるわよ? 」
「 あ〜 僕 顔あらうと〜〜かみのけもぬれちゃうんだ〜〜 あはは〜〜 」
「 もう〜〜! ほら・・・拭くから! 」
母はキッチンのタオルで 息子の髪をガシガシ拭いた。
「 わぷ ・・・ ! おか〜さん ごはんは〜〜 」
「 わかってます。 ・・・ ほら お味噌汁とたまごやき。 」
「 あ・・・ い〜におい〜〜 あ〜 たまごやきに〜 」
「 ちゃんとお砂糖、入ってますよ。 お野菜も全部食べるのよ。 」
「 ・・・ おやさいは きゅうしょくでたべる。 」
「 それはお昼ご飯。 今は朝ご飯です、すぴかはちゃ〜んと食べました。 」
「 じゃ すぴかにあげる〜 」
「 これは すばるクンの分です。 マヨネーズかけていいから。 」
「 ・・・ うぇ 〜〜 ・・・ 」
ムスコとの野菜・攻防戦も毎朝のこと。 当家の < たまごやき > とは
砂糖を入れたオムレツを立方体っぽく焼いただけであるが ・・・。
「 ごちそ〜さま! アタシ 先にゆくよ〜〜 」
すぴかはあっと言う間に食べ終わり 席を立つ。
「 あ 待って、すぴかさん。 お下げさんに編むから。 」
「 う〜〜〜 アタシ ランドセルとブラシ もってくるね! 」
ダダダダダ −−−−! ・・・・ ダダダダダ −−−−!
階段を駆け上り そして 駆け下り、 すぴかはまたまたあっと言う間に戻ってきた。
「 はい お母さん! 」
「 じゃ ソファに座って・・・ すばるクン! サラダ、食べるの。 」
「 ・・・ たべた 」
「 全部。 」
「 じたいします〜〜 」
「 辞退、不可です。 食べましょう。 」
「 ウチのさらだ って〜〜 いっつも同じ〜〜 」
「 サラダってのはそんなもんなの。 ほら たべましょう。 」
「 ぶ〜〜〜〜 ・・・ 」
「 食べなかったら 学校に行けませんよ。 ほらほら〜〜
あ ・・ すぴかさん? これでいい? 」
「 ん 〜〜〜 ・・・ いい♪ 」
金色のお下げを ぶんぶん振り回すとすぴかはにこっと笑った。
ピンク色のほっぺにお下げがなんとも可愛いらしい。
「 リボン ・・・ だめ? 」
「 いらない。 あ それ、 お父さんのおべんとう? 」
すぴかは クンクン・・・鼻を鳴らし 調理台をみている。
「 そうよ。 まだ出来立てだったから冷ましていたのよ、これからお弁当箱につめるの。 」
「 ふうん わ〜〜〜 たまごやき と からあげ? 」
「 そうよ。 お父さんはね〜 いっつも卵焼きとお家で作ったから揚げが食べたいって。 」
「 ふうん ・・・ あ ぬかづけもある〜〜 いいなあ〜〜 」
すぴかは色合いも賑やかな父の < ドカベン > に 羨ましそうだ。
「 すぴかさんも中学生になったらお弁当でしょ。 」
「 うん ・・・ お父さんのおべんとうって いっつも同じオカズだね 〜 」
「 そう? 」
「 ウン。 アタシ いっつも同じゃない方が好きかも〜 」
「 すぴかさんは 卵焼やから揚げはきらい? 」
「 ううん ううん! だ〜〜いすき♪ ・・・ でも ず〜っと毎日 は ちょっとなあ〜 」
「 そうなの? あ すばる! ほら〜〜 急いで! 」
「 ・・・ おやさい たべなくてもいい? 」
「 食べなさい。 ほら〜〜〜 レタスとキュウリでしょう、一緒にぱく! 」
「 ・・・ う”〜〜〜〜 」
フランソワーズは半ば強制的に息子の口の中に野菜を放り込んだ。
「 ・・・ む” ぐ〜〜〜 」
「 おか〜さん アタシ 先にゆくね〜〜 」
早くもすぴかは 玄関で足踏みしている。
「 ちょっと待ってて〜〜 すぴかさん! すばるクン〜〜 ほら ランドセルは?
あら ジャンパーはどうしたの? 」
「 ・・・ おへや 」
「 早く〜〜〜 取ってらっしゃい〜〜〜 」
「 おか〜さん すばる まだ〜〜〜? 」
「 すぐよ〜〜 ごめんね、ちょっとだけ待ってて〜〜〜
」
「 ちょっとだけ、だよ? 10 9 8 7 〜〜 」
「 ! すばるっ!! 発車〜〜〜 3分前 〜〜〜 」
「 ぴぽ〜〜〜〜〜 ・・・・! 」
すばるは ジャンパーを着てランドセルを背負い、防犯ブザーを下げて の〜んびり階段を
降りてきた。
「 はやくっ !! 」
「 ? わお〜〜〜 」
結構せっかちな母はのんびり息子をわっせ! と 持ち上げ 玄関のタタキまで運んだ。
― 毎朝のバタバタだけど もうすっかり慣れているのでどうってことはない。
結局 すばるはしぶしぶサラダを食べ、じりじりしていたすぴかにひっぱられて
登校してゆくのだ。
ぱたぱたぱた ・・・ つっかけの音も軽快に、フランソワーズは玄関にもどってきた。
「 ふう ・・・ ま 元気に登校したわね〜〜 ・・・ やれやれ ・・・
次は〜〜 一番手の掛かるヒトを起こさなくちゃ ・・・ ! 」
ぐっと腕捲りして 彼女はそのまま二階への階段を昇ってゆく。
「 もう〜〜 こんなに寝起きの悪いヒトだなんて〜〜〜 信じられないわ〜〜 」
ふん! っと息巻き、袖をまくり上げ ― ダンダン ・・・ 足音高く階段を上ってゆく。
お父さんのお弁当って いつも同じオカズ ・・・
ふと 娘の言葉が ほわ〜〜〜ん … と浮かび上がってきた。
「 いつも? ・・・ そう かしら? でも ・・・ イヤって言わないし・・・
毎日 美味しかった〜ってお弁当箱空っぽにしてくるんだから ・・・ いいわよね? 」
でも 毎日 はなあ〜〜
ウチのサラダっていっつもおなじ〜〜
チビたちの何気ない一言が なぜかはっきりと思い出された。
「 ・・・ ジョーもそう思っている のかしら ・・・ 」
茶髪の青年と結婚してから ― いや 一つ屋根の下に暮らしはじめ、彼がアルバイトに
出るようになった時から ずっと ・・・ 弁当をつくってきた。
始めのころは < 日本のお弁当 > がよくわからなくて珍妙な和食 を作ったり
していたが 今はもう慣れたものだ。
「 卵焼きとから揚げは ジョーのリクエストなんだし。 ま いっか
そ〜れよりも〜〜〜 」
バタン ― 夫婦の寝室のドアを開けた。 防音のドアを静かに閉めた。 そして
「 ジョー 〜〜〜〜 !!!! おきて〜〜〜〜〜〜〜 !!!! 」
― そして30分後。
「 それじゃ イッテキマス 〜〜〜 」
今度は フランソワーズが大きなバッグを抱えて玄関から飛び出してきた。
「 気をつけて行っておいで ・・・ 」
「 はい〜〜〜 チビ達、お願いします 」
「 おう 任せておけ。 学童クラブへは5時に迎えにゆくぞ。 」
「 お願いします。 」
「 フラン〜〜〜 いってらっしゃい〜〜 」
「 ジョー! イッテキマス♪ 早くご飯食べて〜〜 今日は早番でしょう? 」
「 あ ・・・ う うん でも朝ご飯はちゃんと食べたいし ・・・ 」
「 うふ♪ 今朝も とろとろ・オムレツ よ 」
「 あ ・・・ オムレツ ・・・ そ〜だよね〜 朝ご飯はいつも ・・・ 」
「 ね、時間計って起こしたからちゃんと食べられるわ。 あ お弁当、忘れないでね 」
「 うん 勿論〜〜 フランの手作りだもん♪ 」
「 うふふ〜〜♪ 」
朝っぱらからあつ〜〜い視線を絡ませている夫婦に博士が口を挟んだ。
「 おいおい フランソワーズや 急げ〜〜〜 いつものバスがくるぞ 」
「 は はいっ ! 」
ダダダ −−− 小学生の娘と同じ後ろ姿を見せつつ 彼女は坂道を駆け下りていった。
「 あは・・・ いっつも元気だなあ〜〜 ぼくのオクサンは〜 」
「 ジョー お前も急いだ方がいいのじゃないのか 」
ほけ〜〜〜っと愛妻の後ろ姿を追っている茶髪ボーイに 博士は少しイラっとした。
「 え? ・・・ あ! いっけね〜〜〜 」
バタバタバタ ・・・ こちらも息子を同じ恰好で 彼は家の中に駆けこんでいった。
「 ・・・ やれやれ・・・ これで全員完了、じゃな 」
博士はため息をつきつき ちょちょいと玄関脇の松に剪定のハサミを入れた。
― 発車シマス。 循環バスは機械ボイスと共に動きだした。
「 ふう〜〜〜 間に合ったぁ〜〜 」
大きなカバンを足元に起き、フランソワーズはほっとため息をつく。
「 これに乗れれば〜〜 JRが遅延してなければ 余裕よね ・・・ 」
バスの隅っこに収まってやれやれ ・・・ と目を閉じれば。
― あ ・・・ オムレツ か
ふと。 朝食での夫の声が 蘇った。
朝ごはんの献立、それも平日のものはほぼ決まっている。
変わるのは味噌汁の実 くらい。 それも2〜3種類のローテーションだ。
「 でも 皆 喜んで食べてるから ・・・ わたしだって子供のころはず〜〜〜〜〜〜っと
朝ご飯はオムレツ 食べていたもの。 」
でも。 あの声は あの顔は ・・・・
普段決して 食事やら弁当に文句を言ったことのないジョーなのだが。
「 他のものを食べたいのならちゃんとそう言えば ・・・ いいのよ。
だっていつだってきみのオムレツは最高だ〜〜ってご機嫌じゃない? 」
お父さんのお弁当っていっつも同じ ・・・
娘の何気ない一言も 一緒にずん・・っと蘇った。
「 え ・・・ いつからあの献立にしたんだっけ ・・・??
卵焼 は ・・・ そうよ、結婚前にお弁当を作りだしたときのリクエストだったのよねえ 」
「 ランチのリクエスト ある? 」
「 え あ ・・・ きみが作ってくれるならなんでもいいよ。 」
「 え〜〜 でもね、好きなもの、教えて?
日本の < おべんとう > がんばるから。 」
「 え あ そう? それなら ・・・ ご飯がいいな。
そんでもって 卵焼。 いいかな・・・? 」
「 おっけ〜〜〜♪ ガンバリますっ 」
そんな会話で ジョーのドカベンが始まったのだった。
「 そうよねえ ・・・ あ そうそう、結婚してから冷凍食品のえびフライとか入れたら
できればやめてほしい、って言ったのよね。 手作りのが食べたいんだって・・・
ウィンナー焼いてくれたのでいいからって 」
フランソワーズの料理の腕も上がり、朝の短時間にちょちょい・・・と唐揚げを作れるようになり
ジョーのお弁当のオカズはほぼ、固定した。
「 ・・・ そっか〜〜 ・・・ 全然考えてなかったけど ・・・
毎日 キレイに食べてくれるから ・・・ これでいいんだ〜って思ってたけど ・・・」
― 駅北口。 終点デス。
「 わ! いっけな〜〜い・・・! 」
機械ボイスのアナウンスに フランソワーズは慌ててバッグを持ち上げた。
ジョーとの永い春を終わらせめでたく結婚する前から フランソワーズは踊りの世界に
再び足を踏み入れていた。
ひょんなチャンスから 彼女は都心に近いバレエ団に所属することとなり、双子の母となった今でも
毎朝のレッスンに通い、小さな子供たちのクラスを受け持ち、時には舞台にも出ている。
「 おはよ〜〜ございます〜〜〜 」
バッグを抱えて 稽古場に駆けこめば、もうかなりギリギリの時間だ。
「 うわ〜〜 ヤバ〜 」
「 あ おはよう〜〜 フランソワーズ〜〜 」
「 おはようございます〜〜 きゃあ〜ぎりぎりだわあ〜〜 」
「 ふふふ 急げ〜〜 でもさ 遠いのに頑張るよねえ〜 」
バーが隣の仲良しさんとおしゃべりしつつ、彼女は大急ぎで準備をした。
やがて ― 「 おはよう 皆さん。 はい バーについて 」
初老の女性が張りのある声と共に稽古場に入って来て 朝のレッスンが始まった。
広いスタジオで聞こえるのは ピアノの音とダンサー達の靴が床を擦り、蹴り、着地する音だけ。
バー・レッスンが終わり センター・ワークに移ってゆく。
「 〜〜〜 ん〜〜 なおみ、そこ、もう少し踏み込んで・・・ そう、オッケー。
はい next! 」
フランソワーズのグループが踊り始める。 柔らかいピアノの音と共に踊る・・・
緊張しつつも 踊ることが楽しい。
うふ ・・・ この振り、好きだわあ〜〜
そうね〜〜 前からここは得意なのよね〜〜
3人一組で ダンサー達はそれぞれの個性をみせつつも、きっちりとポイントを押さえ踊る。
キュ ・・・ カツン ・・・・!
女子達のポアントが 床を蹴り、回り ・・・ 独特の固い音を残す。
「 〜〜 そう ・・・ 悪くない わ。 みちよ、もうちょっと一回目速くまわって?
・・・そう そう。 」
くるくる回ってみせた小柄なダンサーに 女性は軽くうなずき ・・・
「 あ〜〜 フランソワーズ ? 」
「 はい ・・・ 」
まっすぐに見つめられ、 フランソワーズは思わず小声で返事をしてしまった。
「 ねえ? 今の貴女の踊り、どっちから風をうけていた? 」
「 ??? はい ??? か 風 ですか? 」
「 そうよ。 64小節 どっちからの風を感じて踊っていたのかしら 」
「 ・・・ あ ・・・ さ さあ ・・・ 」
「 そう? 今の貴女の踊り、悪くないわ。 きちっと踊ってたし ね
テクニックもお手本通り、で音の取り方も間違えてない。 優等生のレッスンだわ。 」
「 ・・・ は ぁ ・・ 」
「 それが悪い なんて勿論言わない。
でも 今 あなた 風を感じている? 風に吹かれて踊ったかな? 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 ふふふ 突然ごめんね。 あのね あなた、変わらなければだめよ 」
「 は はあ ・・・ 」
「 いつも同じ は だめ。 それは後退するってことよ。 」
「 ・・・・ はあ ・・・ 」
「 誰だって毎日同じモノを食べたくはないでしょ。 それと同じ。 」
「 ・・・ はあ 」
「 はい じゃ アレグロね。 ピアニストさん、始めは 3/4でお願いね。 」
「 ハイ。 」
「 グリサード 〜〜 前 後ろ 横、 で ・・・ 」
ダンサー達は ぱっと振付と音に集中した。
! いっけな〜〜い 覚えなくちゃ!
え〜〜と ・・・ 前 後ろ 横 ジュッテ ソッテ ・・・
風ってどういうこと?? だいたいここは室内なのに???
舞台なら そりゃ・・・ 空気は客席から流れてくるけど・・・
あ そうじゃないわ きっと。 本当の風 じゃないのね
でも ― どういうこと ・・・??
あ!! 順番〜〜〜 後半 全然わからない〜〜〜
彼女が焦りまくり 先輩たちのを一生懸命見ているうちにすぐに順番は回ってきた。
「 次! ・・・・? あと一人だれ?? 」
「 あ す すみません〜〜 」
慌てて 右端に立ったけれど ・・・
ひ〜〜〜〜ん ・・・ 最初しか覚えてない〜〜〜
グリサードの次 〜〜〜 なに なに なに???
彼女の<悲鳴> をヨソに ピアノは軽快に鳴り始めた。
「 ありがとうございました。 」
「 はい お疲れさま〜〜 」
いつもの通り レヴェランスと拍手で朝のクラスは終わった。
「 ・・・ はあ 〜〜〜〜 ・・・・ 」
一番後ろで こそっと拍手をしフランソワーズは床にぺたりと座り込んだ。
・・・ ! っとに〜〜〜 わたしったら〜〜〜
もう〜〜〜 最低 !
「 どしたの〜〜〜 ほい。 」
仲良しのみちよが ぽん、とタオルを放ってくれた。
「 あ ・・・ ありがと〜〜 みちよ う ・・・ 」
「 あは 寝不足? 」
「 ううん ・・・ なんかね〜〜 全然集中できなくて ・・・
クラスに乗り遅れたって気分。 」
「 あ〜〜 わかる、それ。 アタシもそういう日ってあるもんね〜〜
なんかさ 自分だけ集団から浮き上がっちゃって こう〜〜 部外者意識丸出しになって。
脚も全然意志通りに動かないんだよね。 」
「 え ・・・ みちよもそんなことってあるの? 」
「 あるよ〜〜 みんな あるんでない? 機械じゃないんだもの、毎日同じじゃないわよ。」
毎日 同じじゃないもの ・・・ その言葉がツキンっと突き刺さる。
「 あ そ そうよね ・・・ そうよ、ねえ・・・ 」
「 気にしないで〜 」
「 う〜〜ん ぼけ〜〜っとしてたわたしが悪いんだし ・・・ 」
「 ま そんな日もあるってことサ 」
「 ・・・ そう ねえ ・・・ あ ねえ みちよ。 聞いてもいい。 」
「 うん いいよ なに。 」
「 みちよは あの〜 ず〜〜〜っと同じメニュウだと イヤ? 」
「 ?? なにが?? 」
「 あ〜〜 あのね、 朝ご飯のメニュウとかお弁当のおかずとかが
ず〜〜っと同じだったら イヤ? 」
「 え ・・・ う〜〜〜〜ん ?? 朝はとりあえず何かを食べるってだけだからなあ
別に毎日同じでもあんまし気にならないかも ・・・ お弁当は う〜ん・・・?
あ チビちゃん達からクレーム? 」
「 クレームってほどじゃないけど ・・・ 」
「 じゃ 旦那さん? カレ、そんなこと、言う? 」
「 言わないわ。 でも 言わないから余計に気になるの。 」
「 毎日ちがうメニュウのお弁当って・・・大変じゃない? 」
「 そうなんだけど・・・ 」
「 クレームやリクエストがないのだったら 別に今のままでもいいんじゃないのぉ? 」
「 そう ・・・ よねえ? 」
「 いまどき〜〜 毎日愛妻弁当、なんて〜〜 超ゼイタクなんとちがう?
コンビニ弁当で済ませる男子が多いのにさあ
」
「 ウチは経済面も考えて、なんだけど ・・・ 」
「 じゃ いいじゃん? 」
「 ウン ・・・ 」
「 でもさ〜 フランソワーズったらスゴイよねえ・・・ 家族の朝ご飯作って
旦那さんのお弁当まで作ってくるのでしょう?? すごいよ〜〜 」
「 あは すごくなんかないの〜 もういっつも同じだから手順も決まってて
そんなに大変じゃないのよ。 」
「 でもすごいってば。 あ 男子の意見も聞いてみよっか。 」
「 え 男子の ? 」
「 そ。 ねえ〜〜 タクヤく〜〜〜ん ? 」
みちよは アントルシャの自習をしていた青年を呼んだ。
「 ? おう なに、みちよちゃん 」
「 あ〜のさあ〜〜 ・・・ 」
「 オレは! フランの手作りだったら一生同じでもいいぜ! 」
タクヤは心底から絶大にフランソワーズ支持を表明した。
「 ・・・ あ〜〜 タクヤ君。 キミに聞いたのがマチガイだったワ 」
「 ?? なんで ? みちよちゃんよ〜〜 」
「 いや なんでもないってば。 」
みちよのうんざり顔の横で フランソワーズはぱあ〜っと笑顔を見せた。
「 まあ ありがとう〜〜 タクヤ♪ 」
「 いや 別に・・・ その〜〜 真実を言ったまでさ! うん!
あの! なあ あの旦那がなにか文句言ったのか? 」
「 え ううん ううん 何にも言ってないわ。 だから気になって・・・ 」
「 何も言わない!? 君に毎日弁当を作ってもらって 何も言わないってか!? 」
「 ま〜〜 いいでないの、フウフ間のコトはさあ〜 他人はわかんないの。 」
なんだか気色ばんだタクヤを みちよは上手にはぐらかした。
「 ごめんなさいね、タクヤ。 自習してたのにヘンなこと、聞いて・・・忘れてね。 」
「 あ ・・・ そ そんなコト・・・ 」
「 うん やっぱりわたし、反省だわ。 ・・・ いつも同じ じゃイヤよねえ 」
「 フラン ・・・ 」
「 ありがとう〜〜 タクヤ みちよ。 助かったわ。 」
「 え そう? 」
ウン・・・とにっこり笑い フランソワーズは更衣室へ戻った。
ひゅるり〜〜〜 ・・・・
外にでれば 初冬の風が都会の歩道に落ち葉をカラカラと舞いあげていた。
「 うわ ・・・ さむ〜〜い・・・ スカーフ〜〜はどこに入れたかしら 」
ごそごそ大きなバッグから ベージュとセピアのスカーフを引っぱりだし、くるりん、と首に巻いた。
「 ふう ・・・ 街中でも結構寒いわねえ ウチの辺りとはかなり違うわ。 」
駅に出るまでは どうやら向かい風の中を進まねばならないらしい。
「 う〜〜〜 ・・・ そうだ、今晩、何作ろうかなあ。 冷蔵庫にあるものはチキンと・・・
あ ― でも ジョーも子供たちも なにが食べたいのかしら ・・・
そうよ! 晩御飯だけじゃないわ。 お弁当 もよ! う〜〜〜ん 違うオカズ??? 」
ひゅる ひゅる〜〜〜〜 ・・・ 緋色の落ち葉がピルエットをしている。
「 ふふ ・・・ 上手ねえ ・・・ 風に乗ってすごいわあ〜〜
あは ・・・ パリの大通りでもマロニエの葉っぱがこんなふうに舞っていたわねえ・・・ 」
バレエのことだけ、考えてた少女時代の自分が思い出された。
「 毎日 毎日 踊れっていればそれだけでシアワセだったわ ・・・
そりゃ 上手くできないパやらヘタクソなテクニックもあったけど ・・・でも 明日は
きっとできるようになる! って信じてた・・・ ふふふ ヘンねえ なんの根拠もないのに ・・・ 」
暖かい涙が ちょっぴり滲んできた。 彼女の <明日> はとんでもないことになってしまったけれど・・・。
ふううう〜〜〜 ため息が吹き抜ける風にのっかっていった。
「 いろいろありすぎたけど。 今 ・・・ シアワセよ ね、わたし。
愛する人と結婚できて子供にも恵まれて ― また踊っているじゃない?
明日 戦闘に巻き込まれる心配も 一応ないわ。 波風の立たない日々 よね。
・・・ けど ・・・ 」
カツン。 靴のカカトが敷石の端っこを蹴った。
「 毎日同じオカズで 同じお弁当つくって 同じ踊りして 同じに生きて
・・・ それで満足してる かも ・・・わたし。 」
― いま 風は どちらから吹いてきているのかしら
ひゅるりん〜〜 気まぐれ北風は 小さく渦まいて飛んでいった。
Last updated : 12,09,2014.
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********* 途中ですが
え〜〜〜 島村さんち が舞台ですが
JFの話・・・ のはず!
風〜云々・・・ は 稽古中に拾ったネタですにゃ♪