『 桃源郷 ― (2) ― 』
う〜〜ん・・・・!
「 ・・・ うわ〜〜 まぶしいなあ〜 ・・・ 」
せっかく一人で起きられたのにジョーはベッドの中でもう一度 きゅ・・・っと目を瞑ってしまった。
だって 部屋中に眩い光がいっぱいになっていたから。
電気 ・・・ つけたまま寝ちゃったっけ? 叱られるよ〜う・・・・!
・・・・ あれ? でもぼくの部屋の電気、 こんなに明るかったかなあ。
「 ・・・?? ・・・・ あ そうか! ぼく、昨夜カーテン 開けっ放しだった・・・
星座を見つけていたんだ! それでそのままベッドに転がっちゃったんだっけ。 」
それじゃ こんなに眩しいのは・・! 彼はぽ〜んとベッドから飛び降りた。
そして その勢いで窓辺に駆け寄った。
「 ・・・ うわ! すごい・・・ぴっかぴかの晴れ だあ〜〜♪ 」
彼は窓辺でぴょんぴょん跳ねて 窓からお日様に手を振った。
「 お早う〜〜 お日様! 今日から夏休みなんだ! いっぱい遊べるよ〜 」
手を振ったついでに う〜ん・・・と深呼吸してみれば ・・・
「 ・・・あ♪ いい匂い〜〜 うわ〜卵焼きの匂いだあ〜〜 母さんの卵やき♪
いけね・・・! 今朝は寝坊しちゃだめだぞって父さんが言ってたんだっけ! 」
ジョーは ぱたぱたと窓辺を離れた。
大急ぎで着替え 顔を洗いに洗面所へ飛んでいった。
「 ・・・えへへ・・・朝御飯はたまご焼きで♪ 今日は皆でお出掛けさ。
うわ〜〜い ・・・ さっいこうの夏休みの始まりだ〜い♪ 」
ばちゃばちゃ ばちゃ・・・!
ジョーは派手に水を跳ね飛ばして顔を洗いきちん拭き終わる前にリビングに駆けていった。
「 おはよう〜〜 父さん 母さん〜〜 ! 」
リビングにも 朝陽がいっぱいだ。 眩しくて父さんの顔がよくみえない。
「 お ジョー。 お早う。 約束どおりちゃんと起きられたな。 」
大きな手が くしゃ・・・とジョーの髪を撫でてくれた。
「 うん! 父さん! だって今日から夏休みだもん! 」
「 ほほほ・・・いつもお寝坊さんなのにね。 ・・・あらあら ジョー、シャツがびちょびちょじゃないの?
お顔もまだ濡れますよ。 ほんとうに何年生になるのかしらね?
・・・ ほらこっち いらっしゃい。 」
いい匂いのする手が 真っ白なタオルでごしごし・・・ジョーの顔と髪を拭いてくれた。
「 うわ・・・ぷ・・・ 」
「 あら〜 シャツは着替えないとだめねえ・・・ そんなに濡れちゃお出掛けには着てゆけないわ。 」
「 こら〜 犬の水浴びみたいだぞ、ジョー。 朝からなにをそんなに慌てているんだい。 」
「 えへ・・・ ぼく、お腹空いちゃったんだもん。 ねえねえ 朝ごはんは? 卵焼きだよね。 」
「 ええ そうよ、 ジョーの大好きな卵焼き。 いっぱい食べてね。
さ・・・食卓に座って。 あなた、お祈りを・・・ 」
「 ああ。 今日の糧を神様に感謝しよう。
そして楽しい夏の休暇になるようにお願いしなくちゃな、ジョー。 」
「 うん!! 」
ジョーは食卓につくと きゅ・・・っと目を瞑って手を組んだ。
夏休みだ ・・・! 夏休みが始まるよ !!
うわ〜〜〜い・・・! ・・・ 叫びだしそうになり、ジョーはあわてて自分の口をくいっと捻った。
「 さあ 出かけるぞ。 ジョー、忘れ物はないかい。 」
「 あなた、戸締りの確認をしてくださいな。 ジョー? さあ 出かけましょう。 」
父と母が門の前で並んで手招きをしている。
ジョーは 慌てて彼らのもとに走ってゆこうとした。
「 うん! ・・・・ あ あれ ? 父さん ・・・ 母さん ・・・ どこ・・・? 」
「 どうした ジョー。 ほら ここだよ。 」
「 こっちよ、ジョー・・・ いらっしゃい 」
明るい声はちゃんと聞こえる。 確かにすぐ前に父と母がいる ・・・ はずなのに。
??? 父さん ・・・・? どこ・・・
母さん ・・・ どこにいるの ・・・・
か 顔が ・・・ 顔が み え な い ・・・・!
笑い声で彼を呼び 手を差し伸べてくれている父と母 ・・・
― しかし
その顔は ・・・愛しい両親の顔は眩い光に縁取られていて、どんなに目を凝らせても
ジョーにはどうしても どうしても見ることができなかった。
父さん ・・・! 母さん ・・・!
ぼくを 置いてゆかないで −−−− !
・・・ 一人に しないで ・・・・!!
・・・・・・ あ ・・・・・・・
自分自身の声で 目が覚めた。
目の前には ― 落ち着いた薄闇の中によ〜く知っている天井がぼんやりと見える。
まだ 夜明けまでには間がありそうだ。
ゆ ゆめ か・・・ また ・・・ あの夢 ・・・!
心地好いはずの空気の中で 全身にじっとりと汗をかいていた。
冷たい汗 ・・・ それが体中に纏わりつく。
― 嫌な汗だ。
身体だけじゃない、心の芯まで深々と凍らせる ・・・ 冷たい汗。
ジョーは舌打ちをした。 パジャマの袖で 額を拭ってもイヤな感触は残ったままだ。
そして こんな時には ・・・ 確認せずにはいられない。
彼は もぞもぞと隣へ腕を伸ばす。
さらりとしたリネンの海の中で 彼の手はすぐに探り当て ― そっと触れてみる。
・・・ あたたかい ・ やわらかい ・ やさしい 存在 ・・・
あ ・・・ よかった・・・! これは夢なんかじゃない・・・!
ぼくには ・・・ きみがいる! フラン ・・・!
そう ・・・ 彼の隣には。 温かい・愛しい存在がちゃんと 居る。
それだけを確かめると 彼は心底安心する。
小さく満足の吐息をもらすと再び ことん、と眠りに落ちるのだ。
・・・ 夢 じゃない。 ぼくにはちゃんと家族がいるんだ・・・!
手を伸ばせば しっかり触れられる人がいる。
消えたりなんか しない。 ちゃんと ここにいる。
もう 一人で寒さに震えていることは・・・ ない!
ジョーは 今度こそゆったりと眠りについた。
彼女は 彼と夜を共にするようになり、いつの頃からか気付いていた。
真夜中や明け方 彼がそう・・・っと手を伸ばしてくる。
はじめのころは あ ・・・ 求めてくるのかな・・・・と思ったが その後に男の動作は続かない。
・・・ 彼はそろっと彼女に触れるだけなのだ。
そうっと 存在を確かめるみたいに手を触れ ― それだけでまたことん・・・と寝入ってしまう。
やだ ・・・ 寝ぼけたの、ジョー・・・?
どうしたの・・・ と彼を起こす気にはならなかった。
また 昼間に訳を問い質すこともなんとなく憚られ ・・・ 結局そのままになっていた。
聞かれたくないことだってあるかもしれないわ・・・
別に困ったことじゃないし。 ・・・ ふふふ・・・・ 可笑しなジョー・・・
すうすう眠るセピアのクセッ毛に ちょ・・・っとキスをして
彼女も彼の胸に顔を寄せて もう一度ゆったりと眠るのだった。
そんな小さな秘密の時間 ・・・ 大好きなショコラの一粒みたいに彼女はこっそり愛していた。
そして ずっとそれはだたのジョーのクセだと思っていた。
しかし 二人の間に双子の子供達が生まれ ― 彼女は母になった時、 気がついた。
夜 ・・・ 添い寝をしていると ちいさな手がしばしば触れてくる。
すばる も すぴかも ・・・ ちゃんと眠っているのだけれど、ふにふに顔をすり寄せてきたり
手を伸ばしてきたり・・ 母の顔や胸に触れる。
それで ・・・ それだけで安心した顔でまた眠り続ける。
「 ・・・ なあに? どうしたの。 おっぱいなの? ・・・ あら ちがうのねえ・・・
あらあら ちゃんとネンネしているわ。 寝ぼけたのかな 」
色違いの小さな頭を抱き寄せれば くうくう・・・穏やかな寝息が聞こえるだけだ。
あ ・・・ これって。 もしかして・・・ ジョー ・・・も ???
不意に子供達の寝顔と 愛しい夫の寝顔が重なった。
・・・ そう・・・か ・・・ ジョー ・・・ あなた・・・
彼の生い立ちについては さらっと聞いてはいた。 かなりショックを受けたが黙っていた。
それ以上 根掘り葉掘り聞きたいとも思わなかった。
過去はどうあれ、 今、彼が側に居てくれればいい・・彼女はずっとそう思ってきたのだけれど。
「 ・・・ ジョー。 いいわ。 わたし・・・ あなたのお母さんにもなるわ。 」
普段の穏やかなジョー 赤い特殊な服を纏った強いジョー 子供達には優しい父のジョー
そう どのジョーも全て愛している。
だから ・・・ あなたがそれで幸せで居られるのなら。
わたしは あなたの母としても存在することを厭いはしないわ。
確固たる男性と そして 不安な子供と ― その両方を持つ・・・ それが彼女の夫なのだ。
ジョー。 わたしはあなたの全てを受け止めるわ。
・・・ ジョー ・・・ それであなたが幸せでいられるのなら・・・
わたしも幸せよ ・・・ 愛してる・・・ 愛しているわ ジョー
フランソワーズはごく自然にそう思っていた。
「 ・・・ 博物館前〜〜 こちらでお降りください〜 」
バスはかなり停留所の手前で止まった。
「 お・・・ 着いたぞ。 」
「 そうね。 あ・・・ ジョー、そっちの荷物、持つわ。 」
「 うん、ありがとう。 じゃ ぼくはクーラー・ボックスを・・・ 」
「 足元、気をつけてね。 」
「 うん ・・・ ここからどのくらい歩くのかなあ。 」
二人はバスから降りて ― 真夏の陽射しの下の立ち、 フリーズした・・・!
― まだ 朝 の時間に。 真夏の朝に
「 ・・・ うわ ・・・・ 」
「 ・・・ うわああ ・・・! 」
ジョーとフランソワーズは ほぼ同時に溜息に近い悲鳴?あげ絶句してしまった。
最寄の駅からバスでほんの数分で まわりは緑濃い地域になった。
ぎんぎんの夏の日差しを沢山の木々がその強さを和らげくれている。
道路には 木漏れ日が濃い影を落とし、蝉の声も賑やかでちょっとした避暑地みたいだった。
フランソワーズは 幼い頃すごした夏の田舎の風景をちら・・・っと思い浮かべた。
あら・・・・ 随分広いのね。
いいわねえ ・・・ のびのびするわ・・・
緑の奥には大きな建物が点々とみえ、 学究の徒の世界に相応しい落ち着いた雰囲気が漂っている。
― ただし。
本日は その道を挟んで両側の舗道に だ −−−−−―−−−−−・・・・・っと行列が伸びていた。
そう ・・・ ジョーとフランソワーズは 相模原にある宇宙科学研究所前で 呆然と立っているのだ。
「 ・・・ すげ〜〜・・・・! 先頭の人は・・・ 何時に来たのかなあ・・・ 」
「 先頭って。 え〜と・・・・ ここをず〜〜〜〜〜っと行って道の反対側に移って。
あ・・! 建物の入り口まで ・・・ ううん・・・ ドアの前までびっしり続いているわ! 」
「 ・・・ さすが ・・・ わが同胞 ・・・ これがみ〜〜んなカプセル見学・・・!? 」
「 あ! ジョー、こっち こっちだわ! セミナーの整理券を貰うにはこっちの列に並ばないと・・・・
ほら・・・ 今、配り始めたわ。 」
「 お そうか? よし・・・ ヨイショ・・・ッ 」
ジョーは大振りなクーラー・ボックスを抱え わたわたと彼の細君の後を追った。
ざわざわざわ・・・・ がやがやがや・・・・
おそらく いつもは鳥の声やら蝉の声しか聞こえてないであろう場所は
大勢の人々のざわめきでいっぱいだ。
長い長い列 ・・・ アタマの上からは真夏のお日様がじりじり照りつけている。
帽子をかぶり 日傘をさし ウチワでぱたぱた仰ぎ タオルで流れる汗を拭い・・・
でも うんざりした顔や 草臥れた顔、不満なぶうぶう顔は どこにもない。
「 ・・・ ねえ ジョー。 すごいわねえ・・・ 皆 お行儀よく並んでる・・・ 」
「 うん? ああ そうだね。 皆わくわく・どきどきして と〜〜っても楽しみにしているからさ。
ほら・・・見てごらんよ。 どの顔もにこにこしてるだろ? 」
「 ・・・ 本当・・・! こんなになが〜い列なのに、うんざりしてるひと、いないわ。 」
フランソワーズは背伸びして 長蛇の列見渡している。
「 ふふふ・・・ きみだって同類だろう? 」
「 え? わたしが? 」
「 うん。 5時起きして準備してさ。 始発ででかけて・・・炎天下 なが〜い列に並んでいるじゃないか。
週末はのんびりしたかったんだろ。 」
「 え ・・・ そりゃ・・・ 夏休みっていってもかえっていつもより忙しくて。
正直に言うとね、ちょっとうんざりしていたの。 せっかくのお休みなのに・・って。
日本の夏休みって もうわかっているはずなのに ・・・ね。 」
「 あ〜 そうだねえ・・・ ごめん、ぼく、長い休みとかとれなくて。
ウチのこと、きみに押し付けっぱなしだよね。 」
「 ・・・ ジョーのせいじゃないわ。 でも ・・・ 忙しすぎるわ・・・
あの ね。 子供の頃 夏のヴァカンスには家族でのんびり田舎暮らしを楽しんでいたの。
だから・・・ ちょこっとでもそんな夏休み、すごしたかったのよ。 」
「 ・・・ そっか。 ステキな夏をすごしていたんだね。 羨ましいなあ。 」
「 あ あら。 ジョーだって楽しい夏休みだったのでしょう? 小さな時って・・・ 」
「 う〜ん ・・・ あんまり楽しくなかったな。 ずっと施設にいるだけで・・・
学校に通っている方がず〜っと楽しかったよ。
休みってさ。 家族で出かける友達を 眺めているだけだった。 」
「 ・・・ そう ・・・ ごめんなさい。 」
「 あは いいさ、別に。 今 ぼくは最高に楽しい毎日を送っているんだもの。 」
「 ・・・そう そうね。 わたしも、よ、ジョー。 それにここに来られたし・・・
わたしね、今日のセミナーにわくわくしているの。
聴講できるなんてすごいラッキーだわ。 」
「 うん ・・・ あは・・・ぼくにも理解できるといいんだけど・・・ 」
「 あら 大丈夫よ。 ・・・ あ ・・・ 今のバスで博士と子供たちが着いたわ。 」
フランソワーズはちら・・・っと行列の後ろの方を振り返った。
彼女は本日 朝から能力全開にしている。
「 そうか? それじゃ・・・ 飲み物と弁当を渡しておくか。 」
「 そうね。 あ・・・わたしが博士の携帯に連絡するわ。 ・・・ allo? c’est
Francoise ・・・ 」
「 頼む。 ・・・ うん まだ全部ばっちりガンガンに凍っているよ。 タオルもカチカチだ。
博士が改良してくださったんだけど、さすがだな〜〜 」
ジョーは担いでいたクーラーボックスを覗いて満足そうだ。
フランソワーズはすぐに博士と連絡がついたらしい。 待つほともなく ―
ぱたぱた・・・ たたたた ・・・・ ととととと・・・・
足音がみっつ、彼らの方に飛んできた。
「 お父さ〜〜ん ! お母さん〜〜 ! 」
「 わあ〜〜い すごいね〜〜 じゃくさ だあ〜〜 」
「 すご〜い ・・・! すごいや〜 うちゅう研究所だあ〜〜 」
行列に沿って 子供たちが3人駆けてくる。
「 お〜い・・・! ここだぞ〜〜う・・・ 」
「 すぴか すばる! わたなべく〜〜ん ! 」
ジョーがわさわさ手を振っていると ちびっこ達が3人、駆け寄ってきた。
「 お父さん! 来たよ! お母さん、アタシ、ちゃんと すばるとわたなべ君をつれてきた! 」
「 あらあら偉いわ、すぴかさん。 ・・・あら。 おじいちゃまは? 」
「 ・・・え ・・・ あ いっけな〜い ・・・ 」
「 こら〜〜 お前達。 おじいちゃまを置いてきぼりにしちゃだめだろ?
ちょっと連絡してみるね。 ・・・もしもし? 博士? ジョーです、すみません〜〜 」
ジョーは荷物を置いて電話をしている。
子供たちはわらわら二人の回りに集まってきた。
「 すばる君のお父さん お母さん コンニチワ。
これ ・・・ 僕のお母さんから・・・・デス。 すばるくんのお母さんに渡してって。 」
「 こんにちは わたなべ君。 あら なあに? ・・・まあ クッキーね♪ 」
「 ウン。 これね、お母さんのおとくいでね、 梅干とばじる味なんだ こっちは黒砂糖あじ。 」
「 うわ〜〜〜美味しそう! ありがとう〜〜わたなべ君! 」
「 おう、旨そうだな〜〜 御馳走さま、わたなべ君。
さ・・・ それじゃ皆 凍ったペットを渡すから ・・・ この袋に入れてリュックに入れるんだ。 」
「「「 は〜〜い 」」」
ジョーはクーラーボックスを開けると 3人に飲み物を配る。
特製・スポーツ・ドリンク はいい具合に凍っていた。
「 それと これはお弁当。 多分お昼は一緒に食べられると思うけど。 持っててね。
このペット・ボトルと一緒にしておけば 傷むことはないと思うの。
お昼には わたなべ君のお母様からのクッキー、皆で頂きましょうね。 」
「 わ〜〜〜い♪ 」
「 3人とも ノドが乾いたな、と思ったらすぐにペット、飲む! いいね。
今日はすごく暑いからね、我慢しちゃだめだぞ。 」
「「「 は〜い うわ・・・冷たい〜〜 」」」
3人はてんでにリュックにペットボトルやらお弁当を詰め込んでいる。
「 ・・・ふう ふう・・・ やっと追いついたわい・・・ 」
博士が大汗かきかき やってきた。
「 博士! すみません〜〜 もう〜この子達ってば・・・ 」
「 元気でよいよい・・・ ここは広くて気持ちがいいのう。 かなり大掛かりな装置があるな。
しかし・・・すごい行列じゃな。 いや〜この国のお人らはみんな行儀がいいなあ。 」
「 あは・・・並ぶって子供の頃から慣れてますからね。
博士、 それじゃ・・・チビ達とカプセル公開の方をお願いします。 」
「 よしよし・・・ お前たちは無事にセミナー参加できそうか? 」
「 はい、 なんとか。 ・・・あは 内容がぼくにわかるかちょっと心配なんですけど・・・
もうフランは滅茶苦茶に楽しみにしているみたいですよ。 」
「 うむ・・・ そんなに専門的なセミナーではないと思うぞ。
しかし あれだけのプロジェクトを率いたお人のお話じゃで、 しっかり聞いておいで。
ワシもあとで知りたいしな。 こっちはカプセルをしっかり拝んでこよう。
うむ・・・冥土へのよい土産話になるよ。 」
「 博士。 そんなこと、言わないでください。 そんな・・・冥土、だなんて。 」
ジョーは真顔で博士を見つめている。
「 ああ? ははは・・ただの言葉のあやじゃよ。
お・・・? こっちの行列は動き始めたぞ。 それじゃあな、 また昼に・・・ 」
「 はい。 博士〜〜すみません、チビ達をよろしく・・・ 」
「 了解じゃ。 さ・・・チビさん達? ワシらはこっちの行列に並ぼうな。
え〜と・・・?? どこが最後かの? 」
「 おじ〜〜ちゃま〜〜〜 こっち、こっちよ〜〜〜 」
「 おお すぴかや、・・・ 今行くぞ。 すばる? だいち君も・・・行くぞ。 」
「「 らじゃ!! 」」
博士達もまた 延々々〜〜〜と続く列に加わった。
「 ・・・・・・・・ 」
「 あ ・・・ ああ? 」
「 しッ! ジョー! 」
「 あ ああ ・・・ ご ごめん ・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
ジョーの隣で 彼の細君は瞬きもせずじ〜〜っと講義に聞き入っている。
夫婦で5時起きした甲斐があり 二人とも無事に特別セミナーに参加することができた。
あまり広くない部屋は満員、 皆し・・・んとして熱心に耳を傾けていた。
最前列にはぴ・・・っと背筋を伸ばして座る金髪碧眼の美女・・・
誰もが一瞬 目をとめ、ちょっとばかり驚いた顔をした。
しかし すぐに視線を前に戻し件の美女から関心は逸れてしまう。
そう ・・・ 皆 セミナーに集中していた。 全身を耳にして聞き入っていた。
ひどく濃密で そして参加者には至福の時間が流れた。
ジョーは 勿論熱心に聞いていたけれど どうしても視線が隣に流れるのを止められらない。
・・・ ああ なんて・・・ なんてキレイなんだ ・・・!
フラン ・・・・ 今 きみの瞳はきっときらきら・・・・
宇宙のどの星よりも強く 煌いてるんだろうなあ。
すご・・・ 集中しているな。 雰囲気がちょっと・・・ミッション中に似てる・・・
うん、踊っているきみにも 似てるかな。
・・・ ああそっか。 皆きみの専門につながっていることなんだもんなあ・・・
ちょっと悔しいけど。 自分の世界にいるきみって本当にキレイだよ・・・
今更ながら、ジョーは彼の細君の横顔をほれぼれと見つめてしまった。
いけね・・・! こんな聴講生は失礼だよな・・・
・・・ 集中 集中〜〜〜っと !
セミナーの内容はそれほど高度な専門的なものではなく、全く素人のジョーにも十分理解はできた。
彼もいつしか 隣のチラ見 を忘れ講義に惹きこまれて行った。
・・・ そうか ・・・ うん ・・・ すごい・・・!
すごいよ・・・! ・・・そうなんだ!
満場の拍手とともにセミナーは終了し 全員がプロジェクト主宰の教授を、彼のチームを称えた。
「 ・・・ うん ・・・ すごいねえ ・・・」
ジョーは深く深く吐息をもらし隣の席を見やった。
「 ・・・ ええ ・・・! 本当に ・・・ 参加できてよかったわ・・・! 」
碧い瞳は しっとりと輝き 頬には涙の跡もまだ残っている。
「 うん。 きみには易しすぎたかもしれないけど。
ぼくにはちょっとわからないところもあったな ・・・ あとで解説してくれる? 」
「 易しすぎる、なんて まさか・・・ とってもいいお話を覗ったわ。
上に立つ方は やはりあれだけの心構えが必要なのねえ・・・ リーダーの条件、ね。 」
「 ああ そうだね。 うん ・・・ 」
「 なんでもチームを率いてゆくって大変よねえ。 イロイロな人の集合だし。 」
「 ・・・ あ ああ そ そうだねえ・・・ 」
・・・ なんか ・・・ ぼく達のこと みたい・・・な気がしないでも・・・ない
リーダーの条件、か。 ・・・ う〜ん ・・・・
・・・ ぼくは。 いったい、なにをやってきたんだ・・?
ジョーは彼女の何気ない感想にドキ・・・っとしてしまう。
「 さあ! 子供たちを捜しましょう・・・ どうしたかしら、もうカプセルは見られたかな。 」
「 ええと・・・ うん もう二時間近く経っているからね。 多分 ・・・
ちょっと電話して集合場所を確認するよ。 」
「 あら。 外に出たらわたしが捜すわよ。 え〜と・・? 」
フランソワーズは建物の外でさっそく < 能力 > をフル稼働していた。
「 ・・・・いた! いたわよ。 ジョー 」
「 お さすが♪ で、どこにいるのかい。 まだ並んでいるのかな ・・・ 」
「 ううん 今・・・出てきたところ。 お〜〜い・・・ここよ〜〜 」
フランソワーズは道の反対側にわさわさ手をふっている。
「「 あ! お父さん お母さ〜〜〜ん!! 」」
三つの色違いのアタマが わらわら駆け寄ってきた。
博士はもう諦めているのか、後からのんびり歩いている。
道の両側にはまだ どんどん行列が伸びていて、人出は増える一方らしい。
「 お父さん! すご〜いのよ、 すごいの! ぴっかぴかなの! 」
「 新品みたいなんだ、 7年もうちゅうを旅してきた、なんて思えないんだ! 」
「 すごいよねえ・・・ 僕〜〜写真、撮りたかったぁ〜〜 」
わたなべ君がちょっとくやしそうだ。
「 う〜ん 残念だけど・・・・ でもしっかり見て覚えているだろ? 目を瞑っても見えるよね?
アタマの中に写真を溜め込んだみたいなものさ。 」
ジョーは笑って自分の頭をぽん と叩いてみせた。
「 ・・・ やれ・・・ああ お前たち、セミナーは終ったか、 どうじゃったかの。 」
博士もタオルで汗を拭っている。
「 はい、もう・・・感激でした。 参加できて本当によかったですわ。
カプセルはいかがでした? 子供達、感激してますけど・・・ 」
「 ああ あれは ・・・ 一見の価値、大有り、じゃな。 ワシもラッキーじゃよ。
今 ここでこんなチャンスに巡りあうとはなあ・・・ 人生、面白いもんじゃ。
お前たちはこれから並ぶかい。 しかし・・・すごい人出じゃのう。 」
「 ジョー? どうする? あ でももうランチにしたほうがいいかしら。
あなたたち〜〜 お腹 すいた? 」
「「 「 空いた!!! 」」」
広大なキャンパスには草地が方々に広がっていたし、木陰にベンチも沢山あった。
大勢の人々が行き来しているが 充分な広さがあるので気持ちがいい。
島村さん一家は 大きな橡の樹の下でランチ・タイムにした。
「 お母さん、あのねえ〜 カプセルってすごくぴかぴかなの。 光ってるみたい。 」
「 そうなんだ! ね! わたなべ君! 」
「 うん! 昨日お店から届いたみたいだった! 」
子供達はお握り片手に にぎやかだ。
「 まあ そう・・・ すごいわねえ。 ほら すばる・・・こぼれてますよ。
わたなべ君、いっぱい食べてね。 すぴか! 生姜ばっかり食べないのよ。 」
「 皆楽しかったんだね、 よかったなあ。
博士、午後はどうしますか。 ぼく達、 カプセルの列に並びますが・・・ 」
「 そうさな・・・ まだまだ沢山見学するモノがあるからな。 子供向けの企画もあるようじゃし。
ワシはチビさん達をつれてぐる〜〜っと巡回してみるわい。
ソーラー・セイル はワシも興味があるのでなあ。 」
「 そーらー・せいる?? 」
「 ああ あのイカロスですわね。 わたしも是非是非みたいなあって思ってますの。
あのシートはすごいですもの。 実際に触れるのですって。 」
「 しーと? 別の探査機もあるんだ? 」
「 ええ あのね、 イカロスといって。 すご〜〜く薄い樹脂でできた帆を広げて今も航行している
衛星があるのよ。 その実物大の展示もあるから 是非見たくて。 」
「 あのねえ、お父さん! イカロスって こういう形してるんだ〜 」
すばるが両手で四角をつくってみせた。
「 そうなんだ! それでね そのセイルにたいようこうえねるぎーを受けてね ・・・ 」
わたなべ君も熱心に説明をしてくれた。
「 へえ・・・ 皆詳しいんだねえ。 すごいや・・・
フラン、きみもそんなに詳しいなんて全然しらなかったよ。 」
「 え・・・ うふふふ・・・これはね、一夜漬け。
ネットでJAXAのサイトを巡ってメール・マガジン とか を読みまくってきたの。 」
「 わあ〜〜 お母さんも うちゅう好きになったんだ〜 」
「 すぴかもね、ちょっと読んだよ? ついった〜のあいこんとかかわいいよね。 」
「 ・・・ 皆 すごいなあ・・・ お父さんが一番知らないや。 あとで教えて欲しいな。 」
「 それじゃ これから一緒に見学して勉強しましょ。
じゃあ ・・・ 博士、お願いします。 定時連絡、いれますから。 」
「 うむ。 まあ ワシらはのんびり見てくるよ。 」
「 ええ この暑さですものね。 お気をつけになってくださいね。 」
「 あ・・・ まだ凍っているペット・ボトルあるから。 皆 ほら・・・持ってゆきなさい。
オヤツも持ったね? わたなべ君、お母さんのクッキー、物凄く美味しかった! 」
ジョーはクーラー・ボックスから またペット・ボトルを配った。
「 ・・・ あ 凍ったタオルもまだあるから。 これもって・・・ 博士もどうぞ。 」
「 おお ありがとうよ、ジョー。 」
こうして 島村さん一家は <午後の部> を始めた。
ジョーとフランソワーズは また行列である。
さわさわと風が抜けてゆくが 午後の陽射しはさすがにきつい。
ジョーはフランソワーズをなるべく影のあるほうに立たせる。
「 ほら・・・こっちに来いよ。 すこしは日が遮られるだろう? 」
「 あ ・・・ありがとう。 大丈夫よ、このくらい・・・ わたしだって・・・ 」
フランソワーズはそっと指を三本立ててみせ、 に・・・っと笑った。
「 あは・・・そうだけど。 きみの顔をまっくろにしたら博士に叱られちまう・・・ 」
「 あ ・・・・ 」
不意に 耳の奥で 奥のそのまた奥で 懐かしい声が聞こえた・・・・
同じことば 似たまなざし やさしい気持ち
まわりの景色が ゆらり・・・と揺れた ・・・ 気がした。
わたし ・・・ どうしてココにいるの ・・・ ココは どこ・・・?
「 おい? フラン ・・・ 大丈夫か? 気分、悪いのかい。 」
「 ・・・・ あ ・・・・ あ ジョー・・?? 」
揺らめいた足元を がっしりした腕が支えてくれた。
「 あ ・・・ ううん なんでもないわ。 大丈夫・・・ ちょっと・・・お日様が眩しかっただけ・・・ 」
「 そうかい? 気分が悪いのなら 木陰で休もう。 」
「 ううん 大丈夫。 ほら ・・・ すこし進んだわよ、行列。 」
「 本当に大丈夫かい? 無理するなよ。 」
「 はい。 わたしも ・・・ 冷たいドリンク、ちゃんと飲まなくちゃね・・・ 」
彼女は ちょっと笑ってペット・ボトルを取り出した。
「 こんなチャンス、滅多にないんですもの・・・ 無駄にしたくないわ。 」
「 ・・・ ほら 凍ったタオル。 これで 首筋を冷やすといいよ。 」
「 あ ありがとう、ジョー。 ・・・ ああ いい気持ち・・・・
あの ね。 ちっちゃい頃 ・・・ やっぱりこうやって兄さんが冷たいタオルをくれたわ。 」
ジョーは黙って 彼の細君を見つめていたが、こそ・・・っと口を開いた。
「 あの。 ・・・ きみはさ。 こういう研究、したかった・・・? 」
「 え? こういう研究 ・・・? 」
「 うん ・・・ 研究、というか こういう生活。 専門の学問を究めてゆく生活さ。
ここの研究所の人たちみたいに・・・ 」
「 あら 宇宙関係はわたしの専攻とはちょっと違うのよ。 」
「 あ ・・・ 別にここ・・・ってことじゃなくて。 その・・・ 研究者としての生活。 」
「 ・・・ ああ そういうこと?
そうねえ・・・ そりゃ 好きで学んでいたことだし。 好きなことが仕事になったら最高よね。 」
「 ・・・ うん ・・・ そう かも・・・ 」
「 でもね。 それはほんの少しのラッキーな人たちなのよ。
わたしは踊ることを続けてはいられるけど、 <仕事> にはなっていないし。 」
「 うん ・・・・ 」
「 ジョーは ラッキーな人、なんじゃない? 今のお仕事、好きでしょう? 」
「 う うん ・・・ まあ そうかも・・なあ。 」
「 わたし ね。 幸せよ、ジョー。 プリマ・バレリーナでも研究者でもないけど。 」
「 ・・・ そうか。 それなら ・・・ よかったけど。 」
「 あ ・・・ 大分行列が進んだわね! 道を渡れば ・・・もうすぐよ! 」
フランソワーズは 陽射しも人ごみもまったく気にならない様子だ。
よかった・・・ 今日だけでも きみがそんなに目を輝かせていてくれるなんて!
うん ・・・ なんか さ。 感激だなあ・・・
ちょっとヘンだけど ・・・ はやぶさ にお礼を言いたい気分だよ。
「 ジョー! ほら もう中に入れるわ! 」
「 あ・・・う うん ・・・ 」
二人は ― やっと。 や〜〜〜〜っと かぷせる の展示場に入ることができた。
「 ねえねえ お父さん! あのね〜 いかろす のソーラー・セイルね、触ったんだ 僕たち。
ね〜〜 わたなべ君 ! 」
「 うん! あのね すご〜〜く薄いんだ、僕のシャツよかぜんぜん薄いの。 」
二人の男の子たちは夢中になってジョーに話しかける。
少年のまだ甲高い声が電車の音の合間ににぎやかだ。
一家が乗ってきた駅が駅だし、本日はお仲間とおぼしき乗客も多かったので
多少の煩さも大目に見てもらえた ・・・らしい。
「 そうか〜〜 そんなに薄いのか。 ウチに帰ったらまた教えてくれ。 」
「 うん!!! かっこよかったね〜〜 かぷせる! 」
「 うん!!! ぴっかぴかだった・・・! 僕のお父さんのさ、コーヒー・ミルみたい・・・
研究所の先生たちがみがいたのかな。 」
「 え〜 宇宙 から帰ってきたまんまだって。 」
「 そっか〜〜 すごいね〜〜 」
男の子達は なおもぼそぼそお喋りに夢中だ。
「 すぴかや。 面白かったかい。 」
博士は 反対側にたっているすぴかに声をかけた。
「 うん! と〜〜〜っても。 かぷせる はキレイだったし。 イカロスのセイルもぴかぴかだった!
すごいね〜〜 おじいちゃま。 宇宙のものってみ〜んなぴかぴかだね。 」
「 そうじゃなあ。 すぴかは ぴかぴか を見つけたのか。 」
「 うん。 それとね〜 いろんな説明をしてくれたお兄さん達! ・・・ かっこいい! 」
「 ああ いろいろ大きな機械もあったからのう。 」
「 あ・・・ 機械じゃなくて。 あのお兄さん達。 すご〜〜く一生懸命にお話、してくれたでしょう?
すぴか達にもわかるように ・・・ 」
「 ふむふむ・・・・ そうじゃったな。 あの人たちは 研究者の若手だ。
あの人たちがつぎの はやぶさ を、そうさな、はやぶさの弟や妹たちを作ってゆくんだよ。 」
「 ふうん ・・・ かっこいいね〜〜 かっこいいよ〜〜 」
すぴかは亜麻色のお下げ髪をぶんぶん振って頷いている。
ジョーはそんな娘が可愛いくてならない。 そっと母譲りの髪に手を当てた。
「 なにがそんなにかっこいいのかい、すぴか。 」
「 お父さん ・・・ あのね、じゃくさ にいた人たち! み〜〜んなすごくかっこいい!
すご〜く熱心に説明してくれてさ、 かっこいいよ〜〜! 」
「 あ ・・・ すぴかも宇宙が好きになったのかい。 」
「 ・・・う〜ん ・・・ そう かな? そうかも・・・ 宇宙ってか お仕事、かな。
お父さんもさ〜 お仕事で宇宙に行かないの? 」
「 え・・・ あ〜 それはちょっとまだ無理だよ。 すぴかがオトナになる頃には出来るかな? 」
「 そうだよねえ・・・ ねえ お母さん? 皆 かっこいかったよね! 」
「 <かっこよかった> でしょ。 ええ、すごく♪
宇宙から帰ってきたのに ぴっかぴかのカプセルもステキだったし 他の衛星たちも凄いわね。
それよりもねえ、 お母さんがね いっちばんかっこいい!って思ったのはね・・・ 」
「 うん なあに? 教えて〜〜 お母さん 」
「 じゃ・・・すぴかさんにだけ、ね♪
若い研究者の方達もかっこよかったけど ・・・ リーダーの方とか ・・・すごくステキ・・・!
お母さんね〜 眼が <はあと> になっちゃった♪ 」
「 わ〜〜 わ〜〜 お母さんってば〜〜♪
すぴかも!! すぴかも、はあと だよ〜〜 説明してくれたお兄さん達・・・ かっこいい! 」
「 いっしょね〜〜 これは オンナノコだけの ひみつ、ね♪ 」
「 うん!! 」
うふふふ・・・・ 母と娘はつんつん突き合いしてくすくす笑っている。
あ は ・・・・ 皆 楽しかったんだ・・・
よかったなあ ・・・・
ジョーは ほっとしたみたいな・・・それでいて もやもやした気分も抱えてしまった。
彼自身、宇宙から無事に帰ってきたカプセルに眼を見張り感心し 他の展示物もなかなか興味深かった。
5時起きして行った甲斐があった、と思っている。
・・・ だけど。 ジョーにはすべてが ずしん・・・と重く感じたのだ。
ぼく達だって チーム なんだよな。 最近は<なにも起きない>からいいけど。
ぼくは今まで ・・・ 皆を引っ張っていた・・・か? ちゃんと全部が見えていたか・・・?
フランは ・・・ やっぱりこういった場にいたかったのだろうなあ・・・
・・・最近は ミセスの宇宙飛行士とかいたもんなあ・・・
いや そうでなくても ・・・ 家族の食事つくって掃除してる生活で幸せかい?
かっこいい・・・ か。
・・・ やっぱ最先端の技術とかに触れていないとダメなのかなあ・・・
雑誌屋は ダサい かなあ・・・
すぴか も すばる も理系が好みなのかなあ・・・
!!!! ・・・・ フ フランだって・・・
そうだよ! 彼女自身 バリバリの理系じゃないか・・・!
・・・・ お好みは 渋い理系紳士 ・・・・ なのか・・・????
ジョーの頭のなかで 堂々巡りが始まってしまった・・・
急に無口になった父を他所に、電車を乗り継ぎ一家はやっと最寄の駅まで戻ってきた。
駅をでれば さ・・・・っと吹きぬける <いつもの風> の爽やかさに 皆がほっとした。
「 わあ〜〜〜 いい気持ち・・・! 」
「 う〜〜わ〜〜 僕〜〜 お腹すいた〜〜 」
「 はあ・・・ やっぱり疲れたわねえ・・・ ジョー? 大丈夫? 」
フランソワーズは 一番後ろにいる夫に声をかけた。
ジョーは両手に荷物を抱え 黙って皆を見ていた。 微笑んでいるが力がない。
「 ・・・ ジョー? どうかしたの。 疲れちゃった? 」
「 ・・・ え ・・・? あ ああ ・・・ ううん。 きみこそ疲れただろう? 荷物、持つよ。 」
「 大丈夫よ。 ちょっとはくたびれたけど・・・でも 充実感の方が大きいの。
ああ ・・・ 本当にステキな日だったわ・・・ 」
「 そうか ・・・ それはよかったね・・・ 」
「 ええ。 ・・・あら? あ わたなべ君? お父さまとお母さまだわ、お迎えに来てくださったのね。 」
「 え・・・あ〜〜 お父さ〜ん、 お母さん! 」
駅まえのロータリーには わたなべ君の両親が息子を迎えに来ていた。
そして ・・・
「 これ! お持ちになって。 ウチで作ったミート・ソースなんですけど。
ここのまま暖めればすぐに晩御飯に使えます。」
「 こっちは アイス・コーヒーですよ。 食事の間、冷蔵庫に入れておけば食後に皆で飲めます! 」
わたなべ氏とわたなべ夫人は 大きな袋をジョーとフランソワーズに押し付け
お礼です、ささやかですみません・・・と笑った。
「 ばいば〜い! またあした〜〜 しまむら隊員! 」
「 ばいば〜〜い! わたなべ隊員! 」
<しんゆう>同士はぶんぶん手を振り、それぞれの家族と一緒に家路についた。
あ ・・・ は・・・・ぁ ・・・・
満足の溜息が ほわり ほわり ・・・と寝室の天井に上ってゆく。
ジョーは ゆっくり腕を伸ばし隣に伏している身体を引き寄せた。
薄紅色にそまった身体は 時々ぴくり、と揺れる。
「 ・・・ フラン ・・・ ん? ああ もう寝ちゃったのかぁ・・・ 」
ま、無理ないよね・・・ ジョーの言葉もむにゃむにゃ・・・寝言に近い。
ステキに美味しい晩御飯のあと、子供達はすぐにこっくり・こっくり船を漕ぎ始め
博士も 早々に部屋に引き上げた。
ジョーとフランソワーズも 二人でささ・・っと片付けをし早めに休んだ。
「 ・・・ 今夜もさ オアズケ かと思ってた・・・
フラン ・・・ きみってヒト・・・ 本当に す て き だ・・・! 」
ジョーは眠りにおちつつ・・・彼女の身体に腕を絡ませた。
― そう ・・・ <おやすみ> を言う前にジョーの細君は 彼に抱きついてきたのだ。
「 ちょ・・・ ど どうしたんだい・・・? 」
「 ・・・ ジョー ・・・! あなたはここに居るわよね・・・!
ちゃんと ・・・ちゃんと わたしの側にいてくれるわよね・・・! 」
「 え ・・・あ う、 うん ・・・ そ、そんなに抱きついたらくるし・・・ 」
「 ・・・ ああ よかった・・・! あの ・・・ シート・ヒールド ・・・ ひどく焼け焦げていたわ・・・
わたし ・・・ わたし・・・! 」
「 ・・・ おっと ・・・ それじゃ・・・ フラン、アイシテル・・・ 」
「 ジョー !! わたしも わたしも・・・ あ ・・・ああ ぁ ・・・ ! 」
夫婦の寝室は たちまち甘い吐息でいっぱいになった。
昨夜の分も ・・・ というわけではないけれど。
ジョーは。 とて〜〜も満足し ものすご〜〜く幸せな気分で。 ことん、と眠りにおちた。
「 ほうら・・・ ジョー! ゆくぞ。 しっかり構えてろ! 」
「 う・・・うん ・・・父さん。 ・・・ うひゃ・・・ 」
― パシッ!
思わず眼を瞑ってしまったけれど・・・・ ボールはちゃんとグローブに収まっていた。
「 ・・・よ〜し・・・ それでいいんだ。 今度はしっかり眼を開けてろよ。 」
「 う ・・・ うん ・・・ えいッ! 」
ジョーは力いっぱい投げ返した ・・・つもりだったけど ボールはがっかりするくらいゆるい山なりの
カーブを描いてのろのろと飛んでいった。
「 ・・・・ おっと・・・ ジョー、腕だけで投げるなよ。 全身を使うんだ。
じゃ ・・・いくぞ。
しっかり見るんだ、恐くてもきちんと見る! それがオトコだぞ〜う! 」
「 う ・・・ うん ・・・ 」
父さん ・・・! 恐いけど・・・ ぼく、頑張る!
ジョーは懸命に目を見開き 飛んでくるボールを見据え・・・ パシ〜〜ッ!!
グローブがしっかりボールを受け取るが 見えた。
「 よし、よくやった ジョー ! 」
「 え ・・・へへへへ・・・・ 父さんの投げたボール とれたあ〜〜 」
「 よ〜し。それでこそ 俺の息子だ! 」
えへへへ・・・ うれしいな・・・ あ あれ?
父さん ・・・眩しくて 顔がみえないよ・・・
・・・ どこ ・・・ どこへ行くの 父さん ・・・!
「 ジョー? どうしたの。 なにを捜しているの。 」
「 ・・・あ! 母さん! あ お買い物のかえり? 」
「 そうよ、ジョーの大好きなアイスも買ったわよ。 」
「 うわ〜〜い ! 母さん、 それ ぼくが持つよ! 」
「 まあ 大丈夫? これ 重いのよ。 」
「 平気! ぼく、強いもん、男の子だもん! ・・・ よ ・・・いしょ! 」
ジョーは母の手から買い物袋をひとつ、受け取った。
「 まあ まあ・・・ありがとう、ジョー! じゃ・・・ こっちの手はね♪ 」
「 ・・・ うわ〜い♪ 」
母と手を繋いで ジョーはご機嫌、元気百倍だ。
やさしい笑い声が 彼を最高に幸せな気分にする。
えへへへ・・・ うれしいな・・・ あ あれ?
母さん ・・・声は聞こえるけど 顔がみえないよ・・・
・・・ どこ ・・・ どこにいるの 母さん ・・・!
・・・・ ぼくを 一人にしないで ・・・!
「 ・・・ !!! 」
また ― 自分自身の声で眼が覚めた・・・
また あの夢 だ。 また 冷や汗でびっしょりだ。
・・・ ちぇ。 いいトシしてなんだ、 ぼくは・・・!
ジョーはひそかに舌打ちし もぞもぞと寝返りをうった。
・・・それで やっぱり・・・ いつもみたいに そろ・・・と手を伸ばす。
疲れたいたのに ごめんね・・・と 隣へ手を伸ばす。
あたたかい ・ やわらかい ・ やさしい 存在を確かめるために。
・・・ でも
「 ・・・・??? 」
ジョーの手は ひんやりしたリネンの表面を行き来するだけ だった。
Last
updated : 08,31,2010.
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*********** またまた途中ですが・・・・
すみません、またまた終りませんでした <(_ _)>
ご興味がおありのかた、あと一回! あと一回、お付き合いくださいませ。
ひとつ、例によって 【 ウソ800 】 のお詫び。
はやぶさのカプセル公開 ですが JAXAの相模原キャンパスでは
シート・ヒールド は公開されませんでした。
シート・ヒールド とはカプセルを保護していたカバーのようなものです。
すみません、間違えました、 ヒート・シールド です <(_ _)>