『   桃源郷    ― (1) ―    』

 

 

 

*******    はじめに  *******

この物語は Eve Green 様宅の <島村さんち> 設定を

拝借しています。 そして今回は拙作『 帰還 』の続編です。

 

 

 

    そうっと そうっと。  うん・・・と脚をのばして もうちょっと・・・!

    ここのベッドはオトナ用なので 床に降りるのもすこし大変なの。

    でも。 あとちょっと もうちょっと・・・

 

 ―   トン 

 

やっと 爪先が床にとどいた。  ゆっくりと床に降り立ってゆく。

足指を折り 土踏まずを撓め ― 粗い木の床板の感触が じんわりと広がる

足の裏が  ひんやり ・・・ いい気持ち。

 

 

    うふふふ・・・ この感じ・・・!  この  ひんやり ・・と一緒にヴァカンスが始まるの!

 

 

そのまま そのまま・・・ 彼女は爪先立ったまま小さくステップを踏む。

 

    そうなの  そうなの・・・!

    これはね ご挨拶なの。  田舎のおうち  広い花壇 に 野菜畑・・・

    ず〜〜っと広がっている葡萄畑 に あっちはお花ね・・・ ラベンダーかしら。

    ねえ これはご挨拶なの・・・ そうよ、夏 へのご挨拶。

 

    Bonjour ・・・! 

    ことしもよろしく・・・  わたしの夏  ・・・ !!

 

右に左に 亜麻色の髪をゆらして彼女はひらひら踊って窓辺までやってきた。 

 

    わあ ・・・ お日様がシマシマになっているわ・・・!

    あら 風さんはもうとっくに遊びに来てくれていたのね。

 

 

窓の側の床には 鎧戸の間を通ってきた朝陽が 細かい横縞を描いている。

その側で レースのカーテンがゆるゆると揺れる。

 

    そうっと そうっと。  こうやってね、そう・・・・っとカーテンを開けるの。

    それで鎧戸だけにしてある窓に うん・・・と手を伸ばして もうちょっと・・・! 

    掛け金まであとちょっとで届くのよ。 そうしたら ―  

 

「  ほら。 ファン、僕がやるから。  」

「 お兄ちゃん・・・!  

 

背伸びして、ドウミ・ポアントで立っている少女の後ろから 長い腕が伸びてきた。

白いシャツには青い細い縞が入っていてとってもかっこいい。

半袖だから きりっとついた筋肉がよく見えるし・・・ 少女はちょっとだけ兄の腕に寄り掛かる。

「  今 開ける。 ・・・お? この掛け金、固いなあ・・・ 

 ま 仕方ないか・・・ 一年ぶりだものな。  ・・・ えい! と・・・ほら 開いたぞ 」

「 ・・・ わあ〜〜 メルシ、 お兄ちゃん   わあ〜〜 夏の匂い・・! 」

「 ふふふ 僕もさ、はやくこの空気で深呼吸、したくて。  ふう〜〜ん ・・・

 うん ・・・いいなあ ・・・・ 」

「 お兄ちゃん! 今年も バカンスが始まったわね♪ 」

「 ああ。  この別荘にくるとやっと夏休みになったんだなって思うよ。 」

「 そうね!  ねえ、 お散歩に行かない? ずうっと葡萄畑の方まで!

「 う〜ん 散歩かあ ・・・ 僕は自転車で回って来たいんだけどなあ・・・ 」

「 え〜〜 自転車、 一台しかないでしょう? このオウチ・・・

 わたし 一人でお散歩してもつまんな〜〜い! 」

「 ・・・ わかったよ。  それじゃ ・・・ 後ろにのっけてってやる・・・・! 」

「 きゃあ〜〜 本当?  わ〜〜 メルシ、 お兄ちゃん・・・!  

ジャンのちいさな妹は生成り木綿の寝間着のまま ぱっと兄に抱きついた。

「 こ〜ら〜〜  はやく着替えろよ。  だけど静かに、だぞ? 

 パパもママンもまだ眠っている時間だからな。 」

「 うん♪ うわ〜〜 うれしい〜〜 お兄ちゃんとサイクリング〜〜 」

「 し〜〜・・・!  そうだ、帽子を忘れるな! パリの陽射しとはわけがちがうぞ。 

 ファンの顔をまっくろにしたら ママンに叱られちまう・・・  おい 〜 早くしろよ〜〜 」

「 はぁ〜〜い ♪ 」

少女は ちょんちょん跳びはねつつ クローゼットに駆け寄った。

 

 

   毎年、夏になると中部フランスのこのコテージにやってきて ヴァカンスを過す。

それはアルヌール家の ずっと前からの習慣だ。

とりたてて裕福な家ではなかったが 夏には家族でたっぷりと田舎暮らしを楽しんだ。

それが 彼らの国の人々の普通の  <夏の休暇の過し方>  なのだ。

あの頃 ― 夏のパリは 無粋な観光客 ( おのぼりさん )ばかりだった。

 

 

 

「  お兄ちゃん・・・ お待たせ! ほら ちゃ〜〜んと お帽子かぶってきたわ。 

 あら・・・? 自転車は。 」

少女が 庭に駆け出してきたとき、 兄はノッポのヒマワリの側に仏頂面で立っていた。

「 お兄ちゃん。  自転車は? 」

「 うん ・・・ ガレージに置いてないんだ。 冬の間に捨てちゃったのかなあ。 」

「 え〜〜 自転車、 ないのォ〜〜 つまんな〜〜い・・・ !」

「 しょうがないじゃないか。  でもおかしいなあ? 

 確かに昨夜 ここに着いた時、 ガレージの隅っこにあったと思うんだけど・・・ 」

「 ・・・ くすん くすん ・・・ ファン、がっかり・・・ 」

「 ぼ、僕だってがっかりだよ せっかくのバカンスの初日なのになあ 」

兄妹が しょんぼり顔を見合わせていると ―

 

  「  ファン !  ジャン!!  早いな〜〜 」

  「  お早う〜〜 ジャン。 ファン、 お早う !! 」

 

爽やかな声と一緒に自転車が 裏門から飛び込んできた。

中年の男性が颯爽とべダルを踏み、後ろにはバゲットを2本抱えて中年美人が微笑んでいる。

「 ??  ぱ、 パパ !  ママンも ・・・! 」

「 え?? わあ〜〜〜ステキ〜〜 パパ  ママン〜〜 」

二人は < おはよう > もわすれ ひたすら眼の前の両親に見とれていた。

パパはヴァイキングみたいに 金髪を靡かせ自転車を兄妹の前にきっちりと止めた。

ママンはむき出しにした白い腕にバゲットを抱えて荷台から身軽に降りた。

サブリナ・パンツの脚が とても眩しい・・・

 

「 お早う ジャン、 お早う ファン。  パパたちはもうぐるっと畑の方まで回ってきたぞ。 」

「 ほら 見て? この村で一番美味しいパン屋さんのバゲットよ。  焼きたてのパリパリ ! 」

「 お早う〜 パパ  ママン!  パパたちが自転車、使ってたのかあ・・・ 」

「 パパ〜〜 ママン〜〜  いい匂い♪ 」

子供たちは両親の側に纏わりついた。

「 おう、ちょいと油も差して調整しておいたから。 ジャン、遠出もできるぞ。 」

「 わあ 本当? ありがとう、パパ。 」

「 さあ 皆 美味しい朝御飯にしましょ。  ああ ファン? お兄ちゃんとね

 畑まで行って トマトとキュウリを取ってきて頂戴。 いつもの畑よ、わかるでしょ。

 一番美味しそうな 真っ赤なトマトをお願いね。 」

「 は〜い ママン。  お兄ちゃん、 行きましょ。 」

「 わかったよ・・・ よし自転車で行こう。 ほら・・・後ろに乗れよ。 」

「 わあい♪ ね! パパみたいにかっこよく走らせて! 」

「 よ〜し・・・! しっかり掴まってろよ、ファン! 」

「 きゃあ〜〜♪ 」

妹の歓声と共に自転車は再び別荘から飛び出した。

さっきのカップルのミニチュア版を乗せ 緑濃い豊かな野を走り抜けていった。

 

 

 

 

  ― そう ・・・ 毎年 こんな風な 夏 が巡ってきてた  それからもずっと。

そしていつか。 オトナになったら。

わたしは ママンみたいなママンになり。

お兄ちゃんは パパにみたいなパパになり。

わたしの家族と お兄ちゃんの家族はヴァカンスにはこの別荘で一緒に楽しく過すの。

 

  ―  そんな夏が。 ずっと続くと思っていた。 信じていた・・・

・・・ そう ・・・ ずうっと ・・・・

 

 

           あの夏は ・・・ 夢?  ただの 幻 ・・・ だった の・・・?

 

 

 

 

「 よいしょ ・・・ 」

バスを降りていつもの坂道を えっちらおっちら登って。 ― やっと我が家に着いた。

超好感度センサーつきの門を開け ( 一見 どこででも見る ローフェンス なのだが・・・ )

「 ・・・ よいしょ 」

もう一度自分自身に掛け声をかけ、玄関へ回る。  ちらり・・と見た庭には大きなヒマワリが揺れている。

 

      ああ いい花が咲いてるわね・・・

      今年も大きく育ってよかったわ。

 

      ・・・ あら? ヒマワリの横に誰か立ってる?

      まさか・・・ お兄さん・・・? 

      ??? あら ・・・ もういない・・・?

 

彼女は両手に荷物をぶら下げたまま 足を止め目を見張った。

濃い緑の きつい陽射しの  そして 吹きぬける熱い風の 向こうに ― コテージが見えた。

鎧戸があり 庭につながる広いテラスがあって。 朝御飯はそこで食べた。午後のお茶も楽しんだ。

「 ・・・ あ・・・ わたし。 お茶の時間に間に合ったかしら・

 パパ ・・・ママン ・・・・ジャンお兄さん・・・ 

 

  ― コツン  一歩足を出した途端になにかに躓いた。

 

「 ・・・あ・・・!?  ・・・ああ ??? 」

一瞬俯いて。 次に顔を上げたとき  ― 目の前には  いつもの我が家 があった。

 

      いやだわ・・・ 夢でも見ていたのかしら・・・

      思い出すのは 辛いだけなのに。

      ・・・ もう 忘れたつもりだったのに・・・

 

      ・・・ 熱中症?  ・・・まさか ね・・・

 

彼女はすこしばかり苦い笑を浮かべ 俯いたまま玄関へむかった。   

「 ・・・ ただいま ・・・  ふう ・・・ 」

フランソワーズは玄関に入るなり どさり、と荷物を床に置く。

「 ああ ・・・ 重かった・・・  すぴか? すばる〜 いないの? 

 まだ 帰っていないのかしら。 しょうがないわねえ・・・何時だと思っているのかしら。  」

よっこらしょ・・・と靴を脱ぎ よっこらしょ・・・と荷物 ― 満杯のレジ袋 ― を持ち上げて

この邸の主婦は 重い足取りでキッチンへと向かった。

「  ― ただいま。   あら・・・ またテレビがつけっ放し!  誰もいないのに・・・ 」

リビングでは テレビが一人で陽気に喋り散らしていた。

広いはずのその部屋には ごたごた ごたごた あらゆるモノが散らばっていた。

ソファの上にぱりぱりに乾いた洗濯ものが 放り出してある。

 

    午後になったら お洗濯ものを取り込んでおいてね。

 

    おっけ〜〜♪  まかしといてっ

 

小五の娘は 母の<お願い> だけは ちゃんと聞いていてくれたようだ。

「 ・・・はあ ・・・ 畳んでおこう・・・ってことまでには気が回らないのね・・・

 洗濯籠に放り込んでおけば 自然にキレイになってきちんと畳んでもどって来るとでも思っているのかしらね?  
                         ・・・ あ〜あ ・・・ 飲んだグラスはそのまんま、か・・・ 」

ソファの前にある ローテーブルには空のグラスが置きっ放し、ざっと畳んだ新聞が隣にのさばっている。

読み止しの雑誌や新聞を放置してゆくのは 彼女の夫の悪い癖。

この邸に共に住み始めたころに気がついた。

 

    ジョー? あの・・・ 読み終わったらラックにもどしておいて?

 

    あ?  ああ! うん ごめんね〜

 

カレシ (当時) はにっこり笑ってすぐに片してくれるが その時だけ。

翌日も翌々日もその次も。 そのまた次の日も  ― 彼女とカレシ(当時) は同じ会話を繰り返し・・・

ある日 彼女は ふか〜〜い溜息をついて、<諦めた>。

 

    ま・・・ 仕方ないか。 人間 ひとつくらいはどうしても治らない癖ってあるわよね・・・

    ワイワイ煩く言うよりもわたしが片したほうが早いわ

 

あの時に甘い顔をしたのがそもそもの間違いだった・・・と彼女は今、とて〜も後悔している。

 

    ・・・ あ〜あ ・・・  これだから夏なんて・・・!

 

フランソワーズは がっかりして思わずソファにへたり込みたくなった。

「 ・・・と! ダメよ・・・! 今 ここで座ってしまったら。  もう二度と立ち上がりたくなくなるもの。

 フランソワーズ・・・! ほら〜〜 がんばれ! 」

掛け声をかけ 彼女は両手に荷物をぶら下げたままキッチンに消えた。

 

夏休み ・・・・ なのだ。  

島村さんち の双子の姉弟は小学五年、やっと一日中 ぴいぴいと母に纏わっていることはなくなった。

少しは楽になるか ― と喜んだのだが ・・・ やはり甘かった。

子供たちの活動の場が家から外へと移動しただけであり 家の雑事は一向に減らない。

いや・・・むしろ増えているかもしれない。

 

「 なあ、 なんでも言ってくれよ、手伝うから。 庭のこととか片付けものとか。 掃除もやる!

 ぼくにやらせてくれ。  あ〜あ・・・ アイツらと遊びたいなあ〜 」

ジョーは相変わらず子煩悩で 家事には協力的だった。

「 買出しはさ、できるだけ日曜に纏めてぼくが行くから。 車でゆけばすぐだし・・・

 毎日 買い物してかえるの、大変だろう?   」

「 え ええ・・・ それじゃ 重いものとか嵩張るもの、お願いね。

 お米でしょう、料理用のワイン・・・お醤油にオリーブオイルと。 あとは ・・・ 」

気軽に買い物を引き受けてくれるのは嬉しいが  やはり生鮮食料品は日々必要だ。

それに 毎晩日付が変わるころに疲れ切って帰宅するジョーに 家の雑事を頼む気には

とてもじゃないが なれない。

ジョーだって 家族のために毎日懸命に仕事をしているのだ。

 

  ― 結局。  島村さんち は妻である彼女が仕切らなければならない。

 

「 ・・・ あ〜あ・・・・ 夏休みなんて 早く終らないかしら! 

 夏なんて。 暑いばっかりで全然イイコトなんか ありはしないわよ・・・ 」

とりあえず買い物袋の中身を 冷蔵庫に放り込み、 彼女はふか〜〜〜く溜息を吐く。

今日も ジョーは遅いはず。  博士は明日、アメリカから帰国する予定。

「 ・・・ いいわ、もう。 今晩は子供たちとわたしだけですものね・・・

 そうそう冷凍してあるハンバーグ・・・ あれでいいや。  いっつも同じだけど。 

 ・・・ああ 美味しいお野菜が食べたいな・・・ もぎ立てのトマトとかキュウリとか ・・・ 」

 

       トマト・・・?   そうよ ・・・ 畑から取ってきたトマトって。

       生温いけど ものすご〜く甘くて酸っぱくて ・・・ お日様の味だったわ・・・

 

そう ・・・ この国のスーパーで買うトマトはみ〜〜んな同じ大きさで同じ色・・・

お行儀よく並んでいるけれど。  味も皆同じ ・・・ なんだか水っぽい気も しないでもない。

口当たりは悪くないし不味くは・・・ない、けど。

子供のころかじった 生ぬるいトマトのとびっきり濃い <夏の味> には程遠い。

 

       別に いいけど。  ウチの温室でもぷち・トマト、作ってるし。

       スーパーで買えば便利でキレイですもんね・・・

 

ふうう〜〜〜  溜息ひとつ、あとはきりっとエプロンの紐を結び直し、彼女は ― 戦闘開始した。

ぱたぱたキッチンを行ったり来たり・・・これでも主婦のキャリアは10年以上だから

お手軽に <いつもと同じ> 夕食はすぐに出来あがった。

 

「 ただいま〜〜〜!!  ごはん、 なに? 」

「 島村隊員、只今ひみつきちより 帰還しました! 」

ばたーーーん・・・ 玄関のドアが盛大な音を立て、一緒に賑やかな声が飛び込んできた。

「 おかえりなさい!  二人とも先に手を洗って!!! 」

フランソワーズはキッチンから大声を張り上げる。  島村さんち の台風が二つ、ご帰還だ。

「 ね〜〜〜 おか〜さんっ! ごはん〜〜 なに?? 」

「 ハンバーグです!  すぴか、手を洗ってウガイが先! 

 すばる? わたなべ君は?  一緒に晩御飯食べてもいいのよ。 」

「 わたなべ隊員も帰還しました。  衛星だいち の観測は夜間は休止であります。 」

すばるはしんゆうの わたなべ だいち君と庭の掘っ立て小屋 ( 自称・天文観測ひみつ基地 ) に

昼過ぎからず〜〜っと篭りっぱなしだったのだ。

「 はいはい・・・ ほら すばるも手を洗う!  もう〜〜いつまで幼稚園みたいなこと、」

 言わなくちゃならないのかしらね?! 」

 

 

子供たちを追いたて ようやっと3人が食卓についたときにはハンバーグはかなりぬるくなっていた。

「 あらあ・・・ デミグラス・ソースだけでも暖めなおそうかしら・・・ 

「 お母さん アタシ、うすたー・そーす がいい。 」

「 僕 ケチャップがいい。 」

「 あ ・・・ そうなの? それじゃ ・・・ ご自由にどうぞ。 」

母手作りのデミグラス・ソースはどうも人気はなく、子供達はてんでに市販のソースやケチャップに手を伸ばす。

 

        せっかくいろんな野菜やら香料を煮込んで作ったのに・・・・・

        ・・・ コドモにはまだこの味は判らないのね、きっと

 

ぶつぶつ言っても仕方ないので フランソワーズはだまって自分だけデミグラス・ソースをかけた。

「 お母さん、 マヨネーズはぁ? 

「 え? 冷蔵庫にありますよ。  ああ でもこのサラダはちゃんと味あるわよ?

 レモンと薄口のお醤油にね、ちょびっとバジルを入れて。 和風のドレッシングにしたの。 どう? 

「 アタシ、 マヨネーズがいい。 」

「 僕も! 僕、持って来るね〜〜   ・・・ はい いっちばん! 」

こんな時だけは すばるは冷蔵庫まで走ってゆく。 

「 わ〜〜 先に全部 使わないで〜〜  

「 うん。  ぐにゅう〜〜  ・・・ すぴかの分、ちゃんとあるよ、はい。 」

「 ん  アリガト。 」

どばどばどば ・・・・ 双子のサラダの表面はたちまちマヨネーズ一色になる。

「 ・・・ ああ ・・・ そんなに掛けて ・・・・ 」

フランソワーズ苦心のソースはまたもお気に召さないらしい。

 

        あ〜あ・・・ サラダ食べてるのかマヨネーズ食べてるのかわからないわね!

        そうよ〜 ジョーも味もみないですぐに マヨネーズ、掛けるのよねえ・・・

 

母の溜息 ・ 吐息なんぞ全然気にする ・・・ いや気づく暇もなく、 双子の姉弟は

ひたすら熱心に 箸を動かしている。

やたらとお腹が減る年頃なのだろう 二人のお皿はあっという間に空っぽになった。

 

「 ねえねえ お母さん。  今度ね〜 さがみはら  に行きたい!  」

「 ・・・ はい??  さがみはら・・? 

「 うん! あのね、 今度の週末にね〜 金曜と土曜にね〜 

「 あ〜〜〜わかった!!!  はやぶさ のカプセル公開 でしょ! アタシも行きたい! 

「 すぴか〜〜 僕が言おうと思ってたのに〜〜〜 」

「 べ〜〜だ♪ すばるがのろまさんなんだも〜ん♪ 

 ねえねえ お母さ〜ん、アタシも行きたい!  公開するの、二日間だけなんだって! 」

「 知ってるよ〜〜 ねえねえ お母さ〜ん さがみはら いってもいい? 」

双子の子供達は ごちそうさま をするや、母に <おねがい> を始めた。

 

「 ・・・え? なあに、 さがみはら って。 お店の名前? 」

フランソワーズはまだ食べ終わっていなかったが、一応箸をとめた。

「 ぶ〜〜! あのね じゃくさ があるんだ! 」 

  ( 注 :  じゃくさ ・・・ JAXA ・ 宇宙航空研究開発機構 )

「 ・・・ じゃくさ?  ・・・もしかしてまた例の宇宙ごっこの続き? 」

「 宇宙ごっこ じゃないよ! ホンモノだよ! ホンモノのうちゅう研究所なんだ、すごいんだ!

 ね〜ね〜行ってもいい? 」

「 お母さん ほら これなの。  うちゅうかがく研究所。 

すぴかはリビングに飛んでいって一冊の雑誌を持ってきた。

「 ?? ・・・あら 立派ねえ? へえ〜・・・ こんな研究所があるのねえ?

 ああ この前の小型探査機を作ったとこなの ふうん・・・

 でも どこ? 相模原っていっても・・・あらら・・・これは随分遠いわねえ。 」

母はぱらぱらと雑誌をめくってみた。

何枚もの写真やイラストと共に 子供向けの記事が沢山載っていた。

 

 

その年の6月、遠い遠い小惑星を目指していた小さな探査機が地球に帰還した。

探査機はそのまま大気圏で華麗な流れ星となり その任務を全うした。

ジョーも子供達も夢中だったけれど、フランソワーズはその様を直視できずにいた。

彼女にとってはあまりにも <あの時> に似すぎていたし、

二度と見たくないと思っていた光景そのものに思えたから・・・。

体調まで崩してしまった彼女 ― 支えてくれたのは やはり 彼 だった。

 

    「 ぼくはずっと ここに きみの側にいるから。 」

 

彼女の愛しいヒトは 静かに言って微笑んだ。

その言葉と微笑みが 彼女を辛い記憶から解放してくれた。

そして 子供たちとも星空を見上げ流れ星をさがし・・・ 燃え尽きていった探査機の話も

ひとつの出来事として聞くことが出来るようになった。

子供たち、とりわけすばるはこの小型探査機・はやぶさ に夢中なのだ。

 

 

「 それでね! はやぶさ が持って帰ってきたカプセルが見れるんだ! 

 ねえねえ・・・ だから行ってもいい? わたなべ君と一緒だから〜〜 」

「 アタシも行くってば。 お母さん〜〜 お願い〜 」

「 え・・・ でも ウチからは随分遠いわよ? 電車をいくつか乗換えて ・・・えっと・・・・

 この駅からまたバスに乗るのよ? あなた達だけで行けるの? 」

フランソワーズはすぴかが広げた記事をざっと眺めた。

「 ・・・う ・・・ うん・・・。  アタシ! 頑張る! すばるとわたなべ君、ちゃんと連れてゆくよ。 」

すぴかはちょっとだけ言い澱んだが すぐに胸を張って宣言した。

「 でもねえ・・・いくらすぴかが頑張っても小学生だけじゃ・・・

 そうだわ、土曜日にしなさい。 そうすればお父さんにつれてって頂けるでしょ。 」

「 お母さんは ? 」

「 お母さんは留守番してます。 お家の用事もあるし、おじいちゃまもお帰りでしょ。 」

「 え〜〜〜 つまんな〜い〜〜 」

「 ねえねえ お母さんも一緒に行こうよ〜〜 」

「 あなた達 ・・・ まずはお父さんにお願いしてごらんなさい。 ね? 」

「 う・・・ん ・・・ ねえねえ お父さん、今晩はやい?  」

「 多分 遅いと思うわ。  いいわ お母さんがお願いしておくから。

 さあさあ あなた達はお風呂に入って!  あ、今日の分の宿題はとっくにやってあるでしょうね?? 

「 ・・・え ・・・ あ ・・・ まだ かな。 」

「 僕も〜〜〜 

「 早く 宿題〜〜〜  やってらっしゃ〜〜い!!! 」

「「 ・・・ はぁ〜い ・・・・  」」

 

    ぺったん ぺったん ぺったん ・・・・

 

    ぱた  ぱた  ぱた ・・・・

 

 

母の怒鳴り声に 双子の姉弟は顔を見合わせ ― のろくさ二階へ上がっていった。

 

 

「 ・・・ まったく! 夏休みだからって遊んでばっかりじゃない! もう〜〜

 また8月の最後に大騒ぎしても お母さんは知りませんよっ!

 あ〜あ・・・ 折角のサラダは生温くなっちゃうし・・・ 」

フランソワーズは盛大に溜息をつき 食事に戻った。

テーブルの上には すぴかが広げた雑誌がそのまま乗っかっている。

「 ええと・・・どこだっけ? 淵野辺?  ・・・ ああ これね。 ふんふん ・・・

 あら もう少し詳しいこと、載ってないかなあ・・・ ああ ここのHPに行けばいいのね。 」

子供達はジョーに頼むとしても 一応のことは知っておかなくちゃ・・・と

彼女はぱらぱらと雑誌をめくってみた。

「 う〜ん ・・・? 日本語ばっかりねえ・・・ ま、いいわ あとでHPを覗いてみましょう。

 ジョーが帰ってくるのを待っている間に調べればいいわね。 」

しんなりしてしまったサラダと 冷えて固くなったハンバーグで 彼女はようやっと夕食を終えた。

ジョーはまだまだ帰宅する時間ではない。

「 ・・・あ〜あ・・・ 夏休みだっていうのに・・・いつもより忙しいなんて・・・!

 この国じゃ バカンスは子供たちだけのものなのかしらね? 」

よいしょ・・・と重い腰をあげ、テーブルの上から食器を集めシンクに運んだ。

お皿を洗いつつ ・・・ どうしても溜息ばかり出てきてしまう。

 

    ・・・ あの頃 ・・・・ 夏のコテージで・・・・

    パパもママンも ゆったりと過していたわよねえ・・・・

 

    お食事も 簡単なバゲット・サンドが多かったけど

    お野菜は新鮮で あの村のチーズやハムもとびっきり美味しかった・・・

 

ふ・・・っと浮かぶのは あの緑濃い夏のコテージ・・・ そう・・・もう50年も前の光景なのだ。

 

    ― ふうう ・・・・

 

また 溜息が漏れてしまった。

カチンカチン  ・・・  母子三人分の食器はすぐに洗い終えた。

「 ・・・ やれやれ・・・ あら。いやだ・・・わたしったらまた溜息・・・! 

 そうだわ、子供達が週末 いないのなら・・・!

 久し振りにゆっくりできそう♪  博士に学会のお話、伺いたいし・・・

 今度の学会は電子工学もすこし関係するって仰っていたから 楽しみだわ。 」

普段は主婦業とそしてクラシック・ダンサーとして忙しい彼女だけれど、学究心を忘れたわけではない。

<夏休み> には 彼女も読みたい本やら論文があるのだ。

「 うん、そうよね・・・ もう五年生ですもの、二人ともちょっとは遠出しても平気よ。

 ジョーがついていれば安心だし。  それじゃ・・・お弁当と飲み物でも持たせて・・・と♪

 ふんふんふん・・・♪ 週末はささやかだけど わたしの夏休み、ね。 」

島村さんち の奥さんはすっかり上機嫌になっていた。

 

 

 

 

「 いや〜〜  ・・・ 都心は もう滅茶苦茶に暑くてさ ・・・

 こっちまで帰ってきて 駅を降りるとほっとするよ! やっぱりこの風がいいよなあ・・・ 」

ジョーは バスルームから戻るとテラスへのフレンチ窓を全開にした。

さわさわと裏山を抜けてきた夜風が レースのカーテンを揺らす。

彼は ポロシャツの襟を広げウチワ片手に夜風に吹かれている。

「 あらあら ・・・ クーラーの方が涼しいでしょう?  つけましょうか。 」

フランソワーズは冷えた麦茶のグラスを運んできた。

「 はい 麦茶。  グラスもきんきんに冷やしておいたの。 」

「 お ありがとう。  ・・・うわ〜〜〜 ウマイ・・・!

 ああ これでいいよ。  クーラーはねえ オフィスで一日居るとどうもなあ・・・

 ウチは自然の風で 充分に涼しいからさ。 」

「 そう? それなら・・・ テラスちかくで晩御飯にする? キッチンより涼しいでしょ。

 こっちのテーブルに運んできましょうか。 」

「 え・・・ いいのかい。 」

「 ワゴンに乗せればすぐですもの。  ジョー、そこで涼んでいて? 」

「 うわ〜・・・ 嬉しいなあ・・・  ああ ・・・ 天国だ〜〜ぁ ・・・ 」

ジョーは窓に近いソファにひっくり返り かなりご満悦である。

「 ああ ・・・ いいなあ・・・ うちは本当に天国だよ。 ここで避暑してるようなもんだ・・・ 」

 

    カチャカチャ・・・ コト・・・

 

軽い音と一緒にフランソワーズがワゴンを押してきた。

「 ねえ ジョー。 お願いがあるんだけど。  」

「 うん? なに。  あ・・・ どこか旅行にでも行くかい? チビたち、夏休みだもんなあ。 

 ぼくもさ お盆の週ならなんとか休めるよ。 」

「 旅行もうれしいけど・・・ あのね、すばる達がねえ  カプセル公開  を見に行きたいんですって。

 相模原の ・・・ え〜と・・・ なんとか研究所 」

「 ・・・・? なんとか研究所?  ・・・・ ああ! あの はやぶさ のカプセルだろ?

 うん、ぼくも知ってるよ。 というか、かなり話題になってるから・・・・

 だけどな〜 すご〜く混むのじゃないかな。 

「 え・・・ そうなの? さっきね、すぴかが雑誌を見せてくれたんだけど。 全然知らなかったわ。

 それでね、あの子達を連れていってくださらない? 」

「 いいよ。 実はぼくも見たいなあって思ってたのさ。  でも行けるなら土曜だな〜

 う〜ん・・・ 大行列覚悟だぞ、きっと。 1時間待ち、なんて甘いだろうなあ。 」

「 ・・・ え ・・・・ 行列?? そのカプセルを見るために並ぶ・・・ってこと? 」

「 うん。 日本人は並ぶのに慣れてるから・・・ それに皆で喋ってればすぐさ。

 きみも行こうよ。  ほら・・・ この写真だと研究所のキャンパスは緑もいっぱいあって広そうだし。

 きっと気持ちがいいよ。 」

「 わたしは・・・いいわ。  そうそう・・・わたなべ君も誘いたいらしいんだけど・・・いいかしら。 」

「 ああ いいよ。 2人も3人も同じだし、アイツらだってもう赤ん坊じゃないんだ、

 ちゃんと大人しく出来る年だよ。 」

「 まあ ありがとう、ジョー!  子供たち 喜ぶわ〜〜  

 さあ お食事にしましょ♪  ほうら・・・リクエストにお応えして 冷奴もあるの。 」

「 うわ・・・ 感激だなあ〜〜   いっただきま〜す♪ 」

「 はい どうぞ。 

ジョーはにこにこ顔で箸を取り フランソワーズもそんな夫を笑顔で見つめている。

島村さんち では夫婦差し向かいの食事時、いまだに熱い視線を絡ませているのである・・・!

 

 

 

  ふんふんふん ・・・ ♪

島村夫人は ご機嫌でバスルームから出てきた。

ご亭主はいつもより早く帰宅してくれたし、 晩御飯も大好評だった・・・

彼は熱い息を彼女の耳に吹きかけ・・・ 

「 ・・・ 待ってるから・・・♪  ゆっくり風呂、入ってこいよ・・・ 」

「 ええ ・・・ でもなるべく急ぐわね。 ・・・眠っちゃイヤよ? 」

「 ばぁか♪  わくわくして眠れるかよ・・・ 」

「 や・・・ん ・・・ きゃん♪ 」

ちろり・・と耳朶を舐められれば 小さな声があがってしまう・・・

「 もう ・・・  うふふ・・・ じゃ、ね。  ジョーの好きな入浴剤、使うわ・・・ 」

「 お待ちしてマス♪ 」

ジョーは遅い食事を終え、フランソワーズはゆったりとお風呂に入った。  

シャンプーもリンスも 夫の好みの香りのものを使いさっぱりとした。

 

  ふんふんふん♪   ジョー・・・・このところずっと帰りが遅かったから・・・

  ・・・ 久し振りね・・・♪ 

  ステキな夜 ・・・!  ああ お星さまがいっぱい・・・

  今週末には <夏休み> ♪ 

  ああ 読みたい本とかいっぱいあるのよね

 

  ふんふんふん・・・♪ ああ いい気持ち・・・

 

リビングをちらり、と覗き 戸締りの確認をし  ―  共用のPCが目に入った。

「 あ ・・・ そうだわ。  なんとか研究所までの電車とか調べておかなくちゃ。

 ちょちょ・・・っと見ておこうかしら・・・ね。 」

彼女はネグリジェのまま PCの前に座った。 どうせすぐ終えるつもりなので電気も点けなかった。

「 え〜と・・・HPは・・・っと。 すぴかが見せてくれた雑誌・・・ ああこれだわ。

 あら ツイッターもあるのねえ。 ふ〜ん ・・・ 

 あ ・・・ ここね。 ・・・カプセル公開について  こっちね。 

 ふうん ・・・ 日本人って本当に行列が好きよねえ・・・ 信じられないわ。

 あら 本当に広いキャンパスなのねえ・・・ 

 いやだわ、こんなトコにぼ〜〜っと並んで待っていたら 日焼けで大変よ・・・・

 木が多そうだから ・・・ きっと虫とかにも刺されちゃうかも・・・  

 ふんふん ・・・・ あら、無料送迎バスがでるのね〜 それなら楽勝だわ。 ふんふんふん♪ 」

ささ・・・っと必要事項をチェックして、彼女はHPを閉じようとした。

「 ・・・ あら。  研究者用のページもあるのね? ちょっと覗いてみようかな。 

 まあ English に変換できるの・・・ 日本語よかマシかな・・・ 」

カチャカチャ・・・・

かすかにキーボードの音がして  ―   いつの間にかハナウタは 消えていた。

 

 

 

「 ・・・ふあ〜〜・・・・  ああ 眠くなってきちまったなあ・・・ 

 フラン ・・・ まだかな ・・・ 」

ジョーはベッドで盛大に欠伸を連発していた。

「 ふぁ・・・・ ずっと残業続きだったからな さすがのぼくも疲れたよ・・・

 あああ  やっぱウチはいいな。 美味しい晩飯とフランの笑顔が待っていてくれるし。

 うん・・・ 夏休みはさ 本当のこといえば のんびりウチで過したいな。 」

子供時代 ― とりわけ小学生時代の夏休みは ジョーにとってちっとも楽しくなかった。

学校も 勉強も キライではなかった。 

むしろ <皆 同じ> でいられる授業中が一番好きだった・・・

夏休みや冬休み ・・・ 嬉しそうな友達の姿を 黙ってみていた。 

ただそれだけがあの頃の 休暇の思い出 だ。

ジョーは 今 ― フランソワーズと家庭を持って初めて <休みは楽しい> と思えるようになったのだ。

 

    うん ・・・ ウチが一番 さ♪

 

う〜ん・・・! と伸びをしたり サイド・テーブルに置いた雑誌をめくったり

しかし 段々と彼の動作はゆっくりになってきた。

「 ウチが ぼくにとっての ユートピア かもなあ・・

 あは・・・ あとはチビたちともっと一緒にいられれば 最高なんだけど。

 うん、週末はがっつり付き合ってやるからな〜〜 すぴか♪ すばる〜〜♪ 

 ・・・ しかし ・・・ カプセルかあ  ・・・ よく帰ってきたもんだ・・・ ふぁ・・・・ 」

ゆらゆら・・・かっくん・・・

栗色のアタマは しだいに大きく揺れ始めついには 沈没してしまった。

 

 

 

    ―  ユサユサ!  

    ジョー ・・・! ジョーってば!

 

低い押し殺した声が 彼を呼ぶ。  肩を揺する手は少ない動きだが力が篭っている。

ジョーの知覚神経は彼が完全に覚醒する前に、各パーツにフル稼働の指示を出した。

   ― つまり  臨戦態勢に切り替えたのだ。

「 ・・・・!  な、なんだ?! どうした? 」

いつもの寝起きの悪さはどこへやら・・・ 009 は一瞬のうちに目覚め起き上がった。

「 ジョー!  5時起きだから。  」

「 5時の方向からか??  よし!  」

目の前には 真剣な眼差しがあった。  見慣れた碧い瞳に強い光が満ちている。

「 わたし、どうしてもセミナーに参加したいの。 だからね、8時には現地着必須よ。 」

「 どこだ!? 敵は?  ・・・・ え・・・? せ せみな・・??  」

「 わたしも一緒に行きます。 宇宙科学研究所で特別セミナーを聴講してカプセルも見学したいの。 

 だから当日は 5時起きね。  ああ・・・楽しみだわ・・・!!! 」

「 ・・・ は ・・?? はあ・・・ 」

「 そうね、もっともっと予習しておかなくては! メール・マガジンのバック・ナンバーも全部読んで・・・

 そうだわ! 明日 博士がお帰りになったらいろいろ教えて頂かなくちゃ。 」

「 ・・・ あ  あの・・・ ? 」

「 それから・・図書館で参考資料を借りて、と。  ・・・あら? ジョー・・・まだ起きていたの? 」

「 え・・・ あ あの。 きみが起こしてくれて・・・ ごめん、きみを待っている間に居眠り・・・ 」

「 あら いいのよ。  週末が楽しみね! 5時起きで始発で出れば多分大丈夫だわ。

 ああ わくわくしてきたわ!  それじゃ お休みなさい、ジョー。 」

ジョーの細君は する・・・っと彼の隣にすべり込み さ・・っと彼の頬に唇を掠め 

そのまま くるん・・・と寝てしまった・・・!

「 あ・・・ お ・・・ お休み ・・・ 」

「 ・・・ ん ・・・・  」

普段から寝つきのよい彼女は もう安らかな寝息をたてている。

「 ・・・ あの ・・・ フラン・・・? 今晩はゆっくり ・・・ じゃなかったっけ? 」

「 ・・・・ ・・・・ ・・・・ 」

うす薔薇色に輝く頬に落ちた濃い睫毛は そより、とも動かない。

ほんの少しだけ微かに 唇が開いているが それは安心し切っているからなのだ。

「 ・・・ 〜〜〜!!!  く ぅ〜〜〜 散々待たせておいて ・・・ おい〜〜 フラン〜〜 」

こそ・・・っと弄った髪からは 彼が好きな香りがほんのりと漂う・・・

「 う ・・・ 〜〜〜  こんな任せきった寝顔・・・襲えるかってんだ・・・! 

 くそ〜〜・・・・!   お休みっ !! 」

ジョーは 彼の細君のオデコにキスをすると がば・・・!っと横になり ― 無理矢理眠った。

 

   くそ ・・・・  オアズケかよ 〜〜〜

 

ジョーの <最高の夜> は最後の最後にコケてしまった・・・・

 

 

 

 

 

翌日の午後、ギルモア博士は無事 アメリカでの学会から帰国した。

お土産やらお土産話やらで 晩御飯は大賑わいだった。

ジョーも早く帰宅したので 久々一家勢揃いで楽しいひとときになった。

「 ほう・・・ あの探査機のカプセルか。  」

週末の予定について、博士もなかなかの関心を示した。

「 おじいちゃま!  そうなんだ。  僕たち、ひみつ基地隊員は見学に行きます! 」

「 アタシだって行くの! 」

「 ほうほう そうか。 それはいいなあ しっかり見学してこなくてはな。 こんなチャンスはそうそうないぞ。 

 お前たち、この時にこの国に生まれて ラッキーじゃなあ。 」

「 はい! ぎるもあ博士! 」

すばるはすっかり ひみつ基地隊員ごっこ に填まりまくっている。

「 まあまあ  いつまでごっこ遊びをするつもりなのかしら・・・ 」

「 ははは ・・・ いいじゃないか、フランソワーズ。  ごっこ遊び から ホンモノになることもある。 」

「 そうですかしら。  でもわたしもすごく期待してますの。

 プロジェクトを統括された教授の特別セミナーがあるので是非受講したくて。 」

「 それで フランは始発で出かけるっていうんですけどねえ。  子供達と一緒で始発はキツいかも。 」

「 ・・・ そうねえ・・・ 考えて見れば・・・ まだ無理かしら。 」

「 え〜〜 アタシ! 平気だよ! アタシがせきにんをもってすばるとわたなべ君を

 ひっぱってゆくもん。 ねえねえ お母さん、 始発で行こうよ !  ね! すばる! 」

「 う うん ・・・ 僕 ・・・ 起きれるかなあ・・・ 」

「 ははは・・・ それじゃな、ワシがチビさん達と一緒にもうちょっと遅く出よう。

 フランソワーズ、お前はそのセミナーに間に合うように ジョーと始発で出かければいい。 」

「 うわ〜〜〜 おじいちゃまも一緒だあ〜〜! 」

子供たちは歓声をあげた。 

「 お母さんってば はじめはお留守番してる〜 なんて言ってたのよ、おじいちゃま。 」

「 そうそう・・・ なんだか全然乗り気じゃないっていうか 関心ないっていうか。

 それが突然 180度反転なんですよ。 」

「 ほう ? なぜかね。 」 

「 ええ ・・・ Web上で論文をいくつか読みました。 それで興味が沸きました。

 今まで 本当に全然知りませんでしたわ ・・・ 」

「 ま どんなきっかけでも探究心を持つのはよいことじゃよ。 」

「 ・・・ 博士。 あの 一緒にいらして宜しいのですか。  あの・・・ あちらにはお知り合いとか

 そのう ・・・いろいろありますでしょ・・・? 」

「 うん?  ああ ・・・  大丈夫じゃろ。  今第一線で活躍している連中はワシらより

 ずっと後の世代じゃし。 チビさん達と一緒にジジイに目をとめるヤツもおらんじゃろ。

 それよりも ワシも興味があるものがあっての。 お前と同じじゃよ。」

「 まあ そうなんですか。  そうですねえ・・・ 電子工学なくして宇宙工学は有り得ないですもの。

 でも・・・わたしの知識じゃ・・・古すぎて ・・・ とても理解できないかも・・・ 」

「 それなら この機会に最新バージョンにすればいいんじゃ。 」

「 ・・・ あ ・・・ そう ・・・ですね。 そうですよね! 」

「 あ〜 なんかぼくは チビ達と同じレベルみたいだなあ・・・ 」

ジョーがちょっぴり情けなさそうな声を上げた。

「 ・・・ あら。 それなら一緒に知識のバージョン・アップをしましょ。 ね? 」

「 あ ・・・ ああ  そうだね♪ 」

「 わあ〜い♪ 皆で じゃくさ に行くんだ〜〜♪

 僕、わたなべ君とねえ、 カプセルの他にも見たいもの、決めてるんだ。 」

「 ほう・・・ それはいいなあ。 なによりも計画性が大切じゃよ。 」

「 はい! ぎるもあ博士♪ 」

すばるはもう今から興奮してはしゃいでいる。

そんな弟を すぴかはちょっと離れて眺めていた。

「 なあ すぴかや。 」

「 なに、おじいちゃま。 」

「 すぴかは何が見たいのかな。 」

「 え・・・ はやぶさのカプセルよ。 」

「 うん、それはワシも同じじゃよ。  じゃあな ひとつ、ワシに <報告> してくれるか。 

「 ・・・ ほうこく? 

「 そうじゃ。  相模原の研究所ですぴかが発見したこと、をな。 

 それをワシに報告しておくれ。 」

「 すぴかが 発見したこと? ・・・ 見学したこと、じゃないの? 」

「 ちょっとちがうなあ。  すぴかだけが見つけたコト、を教えておくれ。 」

「 ・・・ すぴかだけが。  うん!! いいよ、おじいちゃま〜〜 」

「 よしよし・・・楽しみにしておるぞ。 」

「 ウン アタシも〜〜♪ 」

博士は ちょいと風変わりなこの孫娘の髪をくしゃり・・・と撫でた。

 

    うん ・・・ このコの感受性はなあ・・・ 

    どんな娘になるのか 本当に楽しみじゃわい。

 

島村さんの家族は 夏休みのお出掛け に、皆それぞれ心を弾ませていた。

 

 

 

 

7月最後の土曜日、その朝も日の出からお日様は大張り切りだった。

・・・ もしかしたら。 お日様も はやぶさのカプセル を見たかったのかも・・・しれない。

ジョーとフランソワーズは 予定どおり地元駅を始発で出発した。

 

 

「 え〜と・・・ 市営バス・・・バスは・・・と? 」

ジョーは目的地の駅を出て きょろきょろバス・ターミナルを見回している。

「 ん・・・・  あ! あのバスよ!  行くわよっ ! 」

 

    シュ ・・・! ( ・・・と音はしなかったけど・・・ )

 

ジョーの側を 亜麻色の髪が走りぬけていった。

「 え ・・・あ! ま まってくれ〜〜フラン〜〜 」

ジョーは大荷物 ―  凍らせたペット・ボトル やら 凍らせたタオル。 そして

梅干と生姜を添えたお握り に ビスケット ― を抱え どたどたと細君の後を追っていった。

 

 

   その日 相模原は天使もスキップしそうな上天気だった。

 

 

 

Last updated : 08,24,2010.                 index          /         next

 

 

 

*******  途中ですが・・・

はい、お馴染み 【 島村さんち 】 ストーリーです♪

今回は時間的に 『 帰還 』 の続編です。

( またまた  めぼうき様 との合作です〜〜(^.^) )

さあ〜〜 すっかり 集中してしまったフランお母さん♪

島村一家の夏休みの一日・・・を 覗いてみてください。

あと一回 ・・・ ご興味がおありでしたらお付き合いくださいませ<(_ _)>