『 うわさの二人 ― (2) ― 』
§ ウワサの彼氏
島村ジョ−が勤めている雑誌編集部は いわゆる都心のビジネス街にオフィスを
構えているのではない。
だいたい出版社というものは 中央の区域よりすこしばかり離れた場所にあることが多い。
超大手でない限りは 大概が雑居ビルの数フロアで仕事をしている。
ジョーの務め先も 昔ながらの古本屋街 に近いところにあった。
「 おはよう〜 ございます〜〜〜 」
彼がオフィスのドアを開けた時には 編集部はまだ半分も出勤していなかった。
校了日後、次の仕事はまだ助走段階 ― 勿論 やるべきことは山ほどあるが ―
それほど切羽詰まってはいない。
つまり 時間との競争! の日々はちょいとお休み、という時期なのだ。
自称・遅番 を大半の部員が決め込んでいた。
― 時節は折しも 四月の上旬も過ぎたころで ・・・
「 あ おはようございまァすぅ〜〜〜〜 」
「 ???? あ 部屋、間違えました! 編集部かと思って ! 」
聞きなれない ・ 甘ったれた声に出迎えられびっくり! ジョーは瞬時に踵を返そうとした。
「 はあ〜〜〜 ??? あのぅ〜〜〜 ここってぇ 編集部ですけどぉ〜 」
「 あ ・・・ ああ そう なんだ? いや そうだなあ〜〜〜
だっていつも通りの出勤路だもんな〜〜 でもあの声 聞き覚えないぞ????
不審者?? いや〜〜 不審者が < おはようございまあすう〜 > なんて
言うか?? だいたい入口のセキュリティは ど〜してるわけ??? 」
ジョーのアタマの中で彼自身の声が加速そ〜〜ち! で駆けまわっていた。
ほんの短期アルバイトのつもりで入った小さな雑誌編集部 ― いつのまにかジョーは
しっかりとそこに腰を据えていた。
始めは自動車関係の小さな記事と写真を担当した。 というより最初は人手が足りずに
< とりあえず助手のアルバイト > つまりオール雑用引き受け所 だったのだが。
「 へえ? レースについて詳しいんだね? 」
「 あ ・・・ いえ あの〜 好きでよく見てたもんで 」
昼休み、車好きの社員さんと珍しくF1について盛り上がっていたジョーに
編集長の恰幅のよいおっさんが声をかけた。
「 ほう? そりゃいいや。 なあ 今度の取材、助手で行ってくれないかな? 」
「 え ・・・ 取材って あの ・・・ す 鈴鹿 ですか??? 」
「 お〜〜 さすがだねえ。 はい 正解です、オメデトウ〜〜 」
「 うわ ・・・ ほ ホントですか? 」
「 うん。 カメラマン一人でさ〜 大変なんだ。 ま 荷物持ちってとこだけどいいかな 」
「 はい! 喜んで〜〜〜 あの辺 案内できます〜〜 」
「 うん 頼むよ。 ああ それでね、君自身の記事も頼む。
短いのでいい、コラム的ななんか・・・ 君の目線での記事を頼む 」
「 え???? ぼ ぼく が ですか。 」
「 うん。 クルマ、好きなんだろ? だったらいい記事、書きそうだ。 」
「 は はい! うわ〜〜〜お♪ 」
・・・ てな感じで ジョーは 少しづつ <編集部の仕事> に関与するようになり・・・
気がついたら 編集部 にどっぷりと浸かっていた。
始めは車関係の記事専門だった。 ジョーは大学の機械工学部の聴講生となり勉強していたので
彼の書く記事は < でたらめで雰囲気だけ > ではない、 と徐々に注目されるようになり
守備範囲もどんどん広げられてゆく。
( 勿論 ジョーは必死で勉強していた )
そして いつの間にやら ― 編集部の一員として欠くことのできない存在となっていた。
フランソワーズと結婚する少し前に 正社員 となった。
いや 正社員になったらプロポーズするんだ! と密に決心していたのかもしれない。
そして 双子の子供達を授かりなお一層仕事に励み、今では編集部チーフの席を温めている。
・・・ 闘いってさ。銃を構えて撃ち合うことだけじゃないよな。
今 ぼくは 戦っている! 日々の糧を得るために。
そうさ ぼくの家族を、 妻子を養うために !
結婚し父親となり、さらに社会人としての経験も積み ―
島村ジョーは外見は相変わらず優しいけれど 内面はぴん! と一本スジの通った
厳しい目を持つ一人前のオトコ となったのだ。
― けど まあ 〜〜 見た目はソフトなイケメン君 なので〜〜〜
しばしばいろいろとその〜〜 < ちょっかい > を出されたりしているのだが。
「 え? 好きなヒト? うん いるよ。 ぼくの奥さん♪
それから〜 すぴか と すばる。 ああ ぼくの娘と息子♪ 」
いつでも どこでも ヒモが解けたみたいな笑顔〜〜で 彼は はっきりと照れることもなく平然と宣う。
あ〜〜 ・・・ あの美人の奥さんじゃねえ〜〜 ノロケたくなるのも無理ないワ
あのコたち! 超〜〜〜〜可愛いもんねえ・・・
あ〜んなコなら アタシも子供 欲しいなあ〜〜
フランソワーズは ご挨拶 に編集部に来たこともあるし、 すぴかもすばるも
お父さんのお仕事観察 にやってきていた。
・・・ 無理ないよ〜〜 チーフのめろめろ は さあ ・・・
実物にであった社員たちは 誰もがふか〜〜〜く納得した。
だから周囲ももうよ〜〜〜く知っているのだが ・・・ 時たま 哀れな勘違い人 が出現する。
初めて彼と遭遇したヒトに そんな被害が続出するのだった。
・・・ というコトは ・・・
「 あの ・・・ ココ ○○出版の編集部 ですよね? 」
ジョーは 通い慣れたオフィスのドアをもう一度そう〜〜〜とあけて尋ねた。
先ほどの衝撃で 彼は反射的にドアを閉じてしまったのだ。
「 あ おはよ〜〜〜ございますぅ 〜〜〜〜 」
「 ・・・・・ 」
さっきと同じ、やたらと高いトーンの甘エタ丸出しの声が返ってきた。
「 あ ・・・ おはようございます。 あ〜〜〜 うん ・・・ 」
ちらっと一瞬で部屋中を見回し、 < いつもの編集部 > であることを確認すると
ジョーは腹を括って! オフィスに足を踏み入れた。
ぎくしゃく ぎくしゃく ― 油キレの蝶番みたいに ・・・ 最新型の
サイボーグにはあるまじき様子で ジョーは自分の席まで歩いていった。
「 おはよ〜〜 ございますぅ 〜〜〜 」
「 ( !? なんなんだ?? ) あ ああ おはよう 」
件のきらきら声はまだしつこく! 付いてきた。
?? なんなんだ???
おんぶお化け じゃあるまいし ・・・
「 あのぉ〜〜〜 ここ ・・・ 編集部ですよね。 」
「 ( なんだよ? さっきのぼくの真似か それとも 嫌がらせかい??? ) そうですが。 」
「 あのぉ〜〜〜 今日 ・・・ 平日ですよね。 」
「 ( カレンダー、見れば? ) そうですが。 」
「 あのぉ〜〜〜 今朝 ・・・ 開店遅延ですか。 」
「 ( 電車じゃないぞ? ) いえ 通常ですが。 」
「 あのぉ〜〜〜 まゆみ デス。 」
「 ( バーかスナックの集金か? ) はあ どちらの。 」
「 あのぉ〜〜〜 こちらの。 」
「 ( はあ???? ) < こちらの > の マユミさん ですか。 」
「 あのぉ〜〜〜 今日から ・・・ 」
「 ( ああ?? ) < きょうから > さん? 」
「 あのぉ〜〜〜 あのぉ〜〜〜 あのぉ〜〜〜 」
「 ( 音声回路に異常あり? ) 誰にご面会ですか。 」
「 あおぉ〜〜〜 ご面会じゃなくてお仕事で〜〜〜 」
「 ( <ご> も <お> もナシ! ) ご用件は? 」
ジョーは次第にイライラしてきた。
校了日明け、皆午後ちかくに出社する予定なのだが ― 彼は資料を検索して次の仕事の
段取りをざっと見直しておきたかったのだ。
チーフともなれば 常に次の段階をアタマの隅に置いておかねばならない。
特に規模の小さなオフィスでは 潤滑に全員の作業を動かしてゆくためには必須だ。
うん ・・・ なんかさ、アルベルトの心境だよな〜〜
彼ってば 司令塔 がホント、似合ってたもん・・・
平凡だが平穏な日々の生活に埋もれつつも ジョーは戦闘の日々を忘れはしない。
<普通に生きてゆく> ことも 真剣勝負の戦い なのだ、と思っている。
だから ― 彼の貴重な時間を侵害している闖入者に対して素っ気ない対応をしたのも
無理はない ・・・ のかもしれない。
「 あのぉ〜〜〜 」
「 はい? ( だから! ご用件は!? ) 」
「 あのぉ〜〜〜 ここ 編集部 ですよね〜〜 」
「 はい。 ( う〜〜〜 また振り出しかよ〜〜 ) 」
「 あのぉ〜〜〜 昨日まで研修でぇ〜〜 それでぇ〜〜〜 」
「 ・・・ 研修? ― あ。 新人さん? 」
「 あのぉ〜〜〜 まゆみデスぅ〜〜〜 」
「 ( あ〜〜 確か今日から新入社員が来るって アンドウ部長が言ってたっけ!? )
すいませんね、お名前を。 」
「 あのぉ〜〜〜 まゆみ デスぅ〜〜 」
「 はあ ですから なにマユミさん ですか。」
「 あのぉ〜〜〜 まゆみ たまお デスぅ〜〜〜 」
「 はい? ( セカンド・ネーム持ちかい??? キラキラねーむ もそこまで行ったか!? )
あ〜〜〜 ちょっと待ってくださいね〜 」
ジョーは自席に戻ると やっとPCを起動させ ・・・メールの山をひっくり返し始めた。
― こうして 本年度の新人 ・ 檀 珠緒 ( まゆみ たまお ) 嬢 は
編集部での < 見習い > を開始したのだった。
編集部に配属になれば すぐにも記事を書かせてもらえる ・・・ なんてはずもなく。
ともかく最初は先輩社員の見習い 兼 雑用係 である。
ジョーの勤務先は小さな出版社だから誰もが < 何でも屋 > なのだ。
つ〜〜まり。 全員がめちゃくちゃに忙しい!
校了日明けの日こそ 皆午後出勤したけれど、出社後はすぐに 戦闘開始! となる。
「 あ〜〜 そっか〜〜 新人コちゃんが来るんだっけねえ〜〜 」
ジョーより遅く、文字通り重役出勤して来たアンドウ女史は ぽりぽりとアタマを掻いた。
「 そ〜なんですよ〜 アンドウ部長。 ぼく 全然忘れてて・・ 」
「 は! アタシだって同じ。校了日明け で アタマの中 まっしろ〜〜〜だよ〜〜」
「 そ〜ですよねえ ・・・ 」
「 ふん・・・ ちょっと経験者に聞いてみよう お〜〜い アサダ嬢〜〜 」
アンドウ女史は 雑然とした編集部の中に声をかけた。
「 ・・・ へ〜〜い〜〜 」
返事だけ聞こえて ― しばらくしてから 若い女子社員が駆けだしてきた。
「 ?? なに やってたの? アサダ席からここまで 何億光年あるのさ! 」
「 アンドウ部長〜〜 えんじんトラブルで〜〜〜 」
「 ったく〜〜 まあ いいけど。 ねえ 新人ってさ〜何やるの? 」
「 は??? 」
「 だ〜から アンタだって新人の時があったでしょ。 その時って 何やった? 」
「 はあ〜〜 えっとぉ〜〜〜 ・・・・ あ! 研修です! 1週間研修でした! 」
「 それ〜はわかってんの。 その次 よ。 ここに 編集部に来てまず最初に
なにやった? 」
「 ・・・ 掃除 です。 」
「 あ そ。 もう仕事に戻ってよし! 」
「 はあ〜〜??? 」
「 この件は忘れて。 さ! 仕事仕事〜〜 次の読者プレゼント! 頼むよ! 」
「 へ〜〜〜い ・・・ あの〜〜 アンドウ部長〜〜 アイディアなんですけど〜 」
「 花模様のすまほ・カバー なんて却下! だからね! 」
「 なんでわかったんですかあ〜 」
「 ・・・・! 」
アンドウ女史はずば!っとアサダ嬢の手元を指した。
「 ながらスマホ禁止! ってここは学校じゃないよ! 」
「 ・・・ すいませ〜〜ん あ 仕事 仕事ぉ〜〜 」
アサダ嬢は 加速装置で部長の前から消えた。
「 ふ〜ん …ま いいや。 とりあえず編集長に相手してもらってから<見学>だね。 」
「 そうですねえ〜 ぼくも申し訳ないけどいろいろ説明している時間が・・・ 」
「 わかってるって。 島村チーフは超多忙だもんね ・・・ 」
アンドウ女史はため息・吐息で ジョーの座る島をながめまわした。
「 あ は ・・・ ぼくもさんざんアンドウチーフに迷惑かけましたから〜〜
順送りってことで ・・・ 」
「 いやいや・・・ 島ちゃんはちゃんとやってたよ〜 まあ 頼むワ 」
「 はい。 あ あとで企画の原案、回しますので 」
「 お〜〜 速いね〜さすが。 うん 待ってる。 あ あの新人コちゃんは
しばらく この部屋で見学させよう。 」
「 わかりました。 じゃあ ・・・ タカハシく〜〜ん ? 」
ジョーはPCに向かっていたワカモノを呼んだ。
― その日から 編集部のメンバーの後ろには新人嬢が ぴたり! と張り付いた。
「 ・・・ コワ〜〜 オレ 肩越しの視線って苦手〜〜〜 」
「 オレの後ろに立つな! ってか? 」
「 う〜〜〜 背後霊みたいぃ〜〜〜 」
「 ほ? 身に覚えありぃ〜〜〜??? 」
先輩めんばーズはぶつくさ言っていたが ・・・
「 〜〜〜 あ!? ご ごめん! 」
「 うわ!? あ〜〜 足、 踏んだ?? あ よかった〜〜 」
「 おっと〜〜 悪い 悪い〜〜 」
― 島村チーフは飽きもせず 新人嬢とニアミスを繰り返しその都度心底驚き謝っていた・・・
なんでかな〜〜〜・・・と 彼はさっぱりその原因がわかっていなかった。
― カタン ・・・
ジョーが玄関ポーチに足を踏み入れると ほぼ同時にドアが開いた。
「 ・・・ただいま フランソワーズ 」
彼の声には ― どんなに遅い時間でも冷え込む夜でも 明るく暖かい声が応えてくれる。
「 おかえりなさい ・・・ お疲れ様 ジョー 」
白い手がす・・っと伸びてきて ジョーの頬に触れる。
「 お腹、空いたでしょう? ジョーの好きな肉ジャガがほかほかよ。 」
「 うわぉ〜〜♪ おっとその前に ― た だ い ま ♪ 」
ジョーは彼の愛妻を引き寄せると そのピンク色の唇をすい・・・と奪った。
「 ・・・・んん 〜〜〜 お か え り ・・・ジョー ・・・ 」
細い腕がきゅ・・・っと彼の首に絡みつく。
ああ 今日も何事もなかったんだね ・・・
ええ お仕事も順調のようね
唇を合わせて夫婦はお互いの無事を無言のうちに確認し安堵するのだ。
「 う〜〜ん ・・・ やっぱ四月は忙しいよ〜〜 仕事だけじゃなくて人事とかさ・・・
あ チビ達は? アイツらもいろいろ ・・・・ 」
「 ええ でもね〜 もう元気いっぱいよ。
すばるはわたなべ君とまた同じクラスで大喜びだし すぴかもねえ ハヤテ君と
一緒で いえぃ♪ なんですって。 」
「 ・・・ ハヤテって〜〜 す す すぴかの BFか!? 」
「 やあだァ〜〜 すぴかの蝉取り仲間よ〜 あの子はまだ小学生よ? 」
「 ふ ふん! 油断はできないよ! すぴかはきみそっくりの美少女なんだし〜〜 」
「 あら。 わたしはあんなお転婆の跳ねっ返りじゃなかったわよ?
・・・ まあ ともかく晩御飯にしましょう。 」
「 うん 〜〜 あ〜〜〜 急に腹減ってきたァ〜〜 」
「 手を洗ってきて ・・・・ あ ジャケット ・・・ あら? 」
夫から受け取った冬用の上着の袖が少々ほころびている。
「 あらら・・・ またどこかで引っ掛けてきたのかしらね・・・ 繕っておきましょう・・・
もうそろそろ 春物に変えたいし。 クリーニングに出す前に直しておかなくちゃ。 」
ジャケットを抱えて、彼女もキッチンへと急いだ。
ほわ〜〜ん ・・・ 暖かい湯気と美味しそうな匂いがキッチンに満ちている。
「 ふふ〜〜〜ん♪ ああ この匂い〜〜 たまらないなあ〜〜 」
タオルでゴシゴシ顔をこすりつつ ジョーはクンクン・・・ハナを鳴らした。
「 まあ・・・ 腹ペコわんちゃんみたいねえ〜 はい どうぞ〜〜 」
「 うわぉ〜〜〜♪ 肉っじゃがだあ〜〜〜い♪ いっただっきます♪ 」
ジョーは小さく十字を切ると 大にこにこで箸を取り上げた。
「 子供たちはねえ カレー〜〜〜って騒いだんだけど。 でも今夜は冷えるって聞いたし。
ジョー 肉じゃがすきでしょう? 疲れた時には好きなモノが一番ね。 」
「 ふぁ〜〜〜〜〜 んぐんぐ んぐ 好きデス んぐんぐ〜〜〜 」
「 よかったわ ・・・ はい、お味噌汁。 ネギとお豆腐です。 」
「 うわお〜〜〜 んぐんぐんぐ 〜〜〜 」
フランソワーズは熱々のお味噌汁椀を 彼女のご亭主の前に置くと、自身は熱い煎茶を淹れた。
そして 針箱を持ち出して繕いものを始めた。
「 あ〜 そうだ 袖口! ひっかけちゃったんだよ〜〜 ごめん。 」
「 大丈夫 ・・・ 上手く繕うから。 でも気をつけてね〜 」
「 は〜い 」
「 ・・・ と はい できあがり。 あ そうだわ ジーンズの膝、直しておいたわよ。
え〜と ほら ・・・ 」
「 わ サンキュ♪ 明日は外の取材でさ、穿いてゆこうと思ってたんだ。 」
「 頑丈〜〜に パッチを縫い付けておきました。 屋外で暴れても大丈夫。 」
「 取材だよ〜〜 暴れるわけないだろ? ああ でも車関係だからね〜
這いつくばったりするから助かるよ〜 えへへ ・・・ こういうの、いいね。 」
ジョーは別布で補強されたジーンズを見て なんだかうれしそうだ。
「 新しいの、買わなくていいの? 」
「 これでいい。 きみが直してくれたのがいいんだ。」
「 そう? それなら ・・・ はい。 ジャケットも持っていってね。
ふう・・・ 本当に今夜は冷えるわね。 もう四月も半ばなのに・・・ 」
「 んん んん〜〜〜 そうだねえ・・・ あ この味噌汁もウマ〜〜〜 」
「 遅くまでご苦労様。 ジョーの会社にも新人さんが配属になったでしょう? 」
「 え ああ うん。 なんかよくわかんないコが来たよ。 まあ当分は見習いさ。」
「 編集部の見習いってどんなことするの? せいしょ とか? 」
「 は?? ( せいしょ? 聖書?? ・・・ ああ 清書 か! う〜〜ん ・・・
こ〜ゆ〜トコに年代のギャップ感じるなあ〜〜 ) あ いやあ〜〜 」
彼は一瞬 ぽかんとしてしまったが 肉じゃが と 味噌汁に熱中する振りで切り抜けた。
「 んん〜〜〜 ウマ〜〜♪ あ〜 新人かあ ・・・ 新人はねえ
まだな〜〜んもできないからさあ 一応見学かな。 」
「 けんがく??? ず〜〜〜っと皆の仕事を見ているの? 」
「 まあ そんなとこさ。 文章を書く なんてまだまだまだ〜〜〜 」
「 そうなの・・・ 両手バー ってわけね。 」
「 は? ?? りょうてば〜??? 」
「 うふ わたし達の世界ではね ビギナー以前というか初心者・・・ そんな意味。 」
「 ふうん〜 ・・・ それならあの新人嬢は 両手バー以前 かな。 」
「 へえ〜 そうやって先輩の仕事を観察して ・・・ 記事が書けるようになるの? 」
「 う〜〜ん 文才 ・・・ ああ 文章を書く才能だけど、それがあるかないか・・・
それはわからないよ。 けど ウチの編集部がどういう方向を目指しているのかな〜とか
どんな雰囲気のホンを目標にしてるのかってことを感じて欲しいのさ。 」
「 ふうん ・・・ 難しいわね ・・・ 」
「 まあ な。 どんなにキラキラに文才があったとしても、ウチのホンに合ったモノを
書けなかったら ウチでは必要ないだろ。 」
「 ああ そうねえ ・・・ 派手に一人でぶんぶん回っても意味ナシってことね。 」
「 そうそう ・・・ きみの世界と同じだよ。 」
「 ふう〜〜〜ん 大変ねえ ・・・ で その新人さんは どう? 」
「 あ? ・・・ う〜〜ん 自分の仕事が忙しくてさ〜 アンドウ部長や
スズキ編集長に任せっきりだった ・・・ 」
「 島村チーフは大忙し ね。 」
「 ま しょうがないさ。 あ・・・? 」
「 なあに。 ああ お茶、淹れるわね。 」
「 ありがとう ・・・ あ そういえば。 今日ってなんかやたらとあの新人ちゃんと
ぶつかったなあ? なんでかな〜〜〜 ? 」
ジョーは一人で首をひねっている。
「 はい お茶。 ねえこれ、 抹茶ようかん ですって。 コズミ博士からよ、いかが? 」
「 うわ〜〜〜お♪ イタダキマス。 ・・・・ んん〜〜〜 んま〜〜♪
あ! きみにお願いがアリマス。 」
ジョーはぱっと背筋を伸ばしてフランソワーズを見つめた。
「 はい? 」
「 明日の弁当に、今晩の肉ジャガの残りを入れてクダサイ。 お願いします。 」
「 はい 了解。 あ 卵焼きは ・・・ 」
「 それもお願いシマス。 」
「 わかりました。 ・・・ でも同じオカズで飽きない? 」
「 なんで??? 美味しいモノは何回でも食べたいじゃないか〜〜
それにな〜 肉ジャガとかは翌日になるともっと美味くなるのさ〜〜♪ 」
「 そうなの? それじゃ リクエストにお応えいたします。 」
「 うわ〜〜い♪ ありがとう〜〜 さて ・・・ 」
ジョーは食卓から立ち上がると食器をまとめた。
「 あ わたしが片づけるわ。 ジョー お風呂入ったら? 」
「 ごめん、 いいかな・・・ 」
「 ええ 勿論。 ゆっくり温まってきて ・・・ 」
「 メルシ♪ 」
彼はまたしても奥方の魅惑的な唇にキスをした。
「 んん〜〜 ・・・ あ お布団、みてきてね。 」
「 了解♪ 」
どんなに遅く帰っても彼が必ず子供たちの寝顔を眺めにゆくことを フランソワーズは
ちゃんと知っている。
「 奥さ〜〜〜ん♪ 眠っちゃイヤだからね〜〜♪ 」
するり。 大きな手が彼女の恰好のいいオシリを撫でる。
「 きゃ・・・ もう〜〜悪いコねえ〜〜 」
「 ふん ふん ふ〜〜〜ん♪ ぼくは悪いコ・ジョー 〜〜〜♪ 」
ハナウタと一緒に 出てゆく後ろ姿は彼の小さなムスコとそっくりだった。
忙しいなどと言いつつも 島村さんち は相変わらず平凡でのほほ〜〜〜ん な そして
夫婦熱々〜〜な ・・・ ぽかぽか日和が続いていた。
き〜〜んこ〜〜〜ん ・・・ き〜〜んこ〜〜〜ん ・・・
一応 チャイムが控えめ〜〜に正午を告げた。
それでなくても賑やかな編集部は さらにトーン アップ した。
「 あ〜〜〜〜 もう昼?? うわっ ヤベ〜〜〜〜 」
「 ちょっとまだメール来ない〜〜 いい! 直接電話しちゃうぞ! 」
「 う〜〜 なんなんだ〜〜〜 これは??? 」
皆 ぶつくさ わあわあ 言いつつPCに向かったり電話に齧りついたり ・・・で
とてもじゃないが すぐに昼休み … とは行かない。
「 〜〜〜 っち! あ〜〜もういい! メシ 行く! 」
「 お弁当屋さん まあだあ? 」
ガタン ― ついに女性社員が イスを倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「 食糧調達! 行くよっ ! 」
「 わお あ オレにさあ コーヒー〜〜〜 頼んでいい? 」
「 すたば には行かないよ〜〜ん 」
「 え〜〜〜 お頼み申し上げますだあ〜〜 お代官さまァ〜〜〜 」
「 お主もワルよのぅ〜〜〜 」
アンドウ女史も ぬ・・・っと立ち上がった。
「 あ っと ・・・ オダく〜ん ランチに行こ! 島ちゃ〜〜ん一緒に ど? 」
「 あ すいません〜〜 ぼくまだ残ってて・・・ 」
「 まあ がんばれ じゃあ〜 」
アンドウ部長を見送ると ジョーは目はもにたーに ひた! と張り付けたまま
弁当の小風呂敷を取り出した。
「 ん〜〜〜 ・・・ よし これとこれ・・・で ・・・っと。
では お昼ご飯をイタダキマス。 ひ〜び〜のか〜て〜を〜♪ ・・・あーめん。
・・・・ んぐんぐんぐ〜〜 あ〜〜 うま〜〜〜〜〜♪ 」
仕事の続きをしつつ、 <昨日の晩御飯の残り・弁当> をしみじみ味わい
シアワセを満喫している。
「 あのぉ〜〜 お茶ですぅ〜〜〜 」
ことり。 ジョーのデスクに茶碗が置かれた。
「 ? あ 〜〜 いや ども ・・・ 」
「 お弁当 ですか。 」
「 あ ? うん。 ・・・ 君は? えっと〜〜 新人の・・・ 」
「 檀です。 檀 珠緒。」
「 あ ごめん 〜〜 まゆみさん。 お茶 ありがと。 ごめん ちょっと仕事が 」
「 はい お邪魔しましたァ〜 」
新人嬢はトレイを持ったまま つつつ・・・とジョーの席から離れた。
が。 少し離れた場所から またもや じ〜〜〜〜〜っと < 観察 > を始めた。
「 ・・・・・ ( ふうん ) 」
ちーふ ってことは。 ゆにっと・り〜だ〜 ってステイタスかしら。
う〜〜〜ん 茶髪にセピアの瞳に〜〜 優し気なマスク〜〜〜
うっふっふ〜〜〜 タイプ♪ なのよねえ〜〜〜
「 弁当男子 なワケね〜〜 ふうん ・・・ ランチョン・マットは ・・・
!? クマちゃん模様のランチョン・マット? ・・・・
あ! きっと小学生時代のをまだ使っているのね! う〜〜ん ・・・
ママ 「 ジョー君。 はい お弁当。 ちゃんと残さずに食べるのよ。 」
ジョー君 「 弁当はいいって言ったろ〜〜 」
ママ 「 せっかく作ったのに・・・ ほら お気に入りのランチョン・マットで
包んでおいたから ・・・ 」
ジョー君 「 ちぇ しょ〜がね〜な〜 荷物なんだよ〜〜 」
なんてね〜〜〜♪ 仏頂面でお弁当箱をバッグに入れてきたんだわ きっと♪ 」
― 実は フランソワーズが手近にあったすばるのお弁当風呂敷で包んだのだが
「 オカズはなにかしら。 ステーキ弁当? いや 焼肉かな〜〜〜
あ オムライスかな。 それともトンカツ弁当かも〜〜
・・・ !? なんか 茶色のオカズ ばっか ・・・
あ! きっとお母さんがしっかり者の倹約家なのね! う〜〜〜ん・・
ママ 「 ジョー君。 はい お弁当。 」
ジョー君 「 ・・・こんなオカズ、やだ。 焼肉がいい。」
ママ 「 これ 美味しいのよ。 ジョー君の好きな肉団子のうま煮よ。」
ジョー君 「 ちぇ カッコわりぃな〜 明日はステーキ弁当な! 」
なんてね〜〜〜♪ それで皆の前でお弁当箱を開きたくないのよ きっと♪ 」
― 実は ジョーは昨日の晩御飯の残りオカズ弁当が大好物なのだが・・・
「 あら 食後は外出? え ・・・ 取材 ですって???
あら。 上着の袖 ・・・ 縫い直してある ・・・
あら。 ジーンズの膝 ・・・ なんかツギが当ててある ・・・
・・・ やっぱお母さんってヒトがしっかりモノなのね! う〜〜ん ・・・
ママ 「 ジョー君。 はい 上着とジーンズ。 直しておいたわ。 」
ジョー君 「 え〜〜 だっさ! 新しいの、買うよ 〜 」
ママ 「 まだ十分使えますよ。 ほら この色、好きでしょう?
それとも汽車ぽっぽのパッチがよかった? 」
ジョー君 「 オレの衣類、触るなよ〜〜〜 」
ママ 「 あらあら ・・・ それじゃお洗濯もできないでしょう?
ほら 遅刻しますよ、早く行きなさい。」
ジョー君 「 ちぇ〜〜〜 」
なんてね〜〜〜♪ それでランチタイムに外には出ないのね きっと♪ 」
― 実は 彼女のお手製ならなんでも ぐ♪ な彼なのだが・・・
「 ふふふ〜〜ん ・・・ 私がオクサンになったら♪
毎日ステーキ弁当を買ってあげて あ 牛丼弁当でもいいわね〜〜
それでもって いつだって びしっ! とブランドもののスーツを着せるわあ〜〜
それでこそ 島村チーフ なのよ ! ・・・ そのためにはァ〜〜〜
攻略本…じゃなくて! 攻略方を検討しなくちゃ 〜〜 う〜〜ん ・・・ 」
新人・ 檀嬢は密着取材の結果、周囲に探りをいれてみる ・・・ つまり回りの先輩諸氏に
それとな〜〜く < 島村チーフ > について聞き込みをすることに決定したのである。
1時近くになると 時間に不規則な編集部であっても大方の部員は自席に戻ってきていた。
「 〜〜〜 だから そこを、ですね〜〜〜 」
「 じゃ 色見本、添付しますから 」
さっそく電話にかじりつく者やらぱこぱこメールを打つ者やらてんでに作業を始める。
まだ自分の仕事なんかない新人嬢は それな〜〜く回りをながめ ・・・
モニターの前でぼ〜〜っとしている男子を発見!
「 えっとぉ〜〜 タカハシさん? 」
「 ・・・・ んん〜〜〜 ? あは! なにかね〜〜 新人コちゃん♪ 」
「 ・・・ 檀です。 あのぉ〜〜 島村チーフってぇ〜〜 」
「 マユミちゃん? いやァ〜〜〜 一応ココはオフィスだからさああ〜〜
名前呼びはな〜〜〜 プライベートなら大歓迎だけど〜〜 」
「 檀 珠緒です! あのぉ〜〜 島村チーフってぇ? 」
「 は? ・・・ ああ チーフ 。 ― キミの手にはおえないよ〜 」
「 はあ ?? 」
「 やめときな〜 ねえ 僕はどう? 僕は 」
「 ありがとうございましたァ〜〜 失礼します 」
新人嬢は がばっとお辞儀をすると つつつ・・・と離れていった。
その日の午後いっぱい 彼女は先輩諸氏にそれとな〜〜く話題を向けた。
・・・ 社会人一年生であっても! そのテのテクは抜群だった ・・・
目当ての御本人は 取材のために外出 ・・・ どうやら直帰らしい。
ふうう ・・・
5時少し前、彼女はな〜〜んにもおいてない新人席で大きく吐息を漏らしていた。
半日をかけて それとな〜〜〜く・聞き込みをしてみた。
男性社員だでじゃなく 女子の先輩社員にも給茶場トークを試みてみた ・・・ のだが。
「 やめといた方がいいよ 」 「 むり むり むり〜〜〜 」
皆が皆 口を揃えて 彼女の野望?に 否定的見解を示すのだ。
「 え〜〜〜 そうですかァ〜〜〜 」 「 あは タイプじゃないのかなあ〜〜 」
可愛らしそ〜〜〜に笑って受け流すフリをしたけれど。
な なんなのよ〜〜〜〜〜 !!!
アタシって 可愛いくないっていうの?!
新人嬢の胸のウチでは紅蓮の炎〜〜がめらめら燃え上がっていたのだ。
「 あ〜〜〜 えっと〜〜 新人ちゃん? 」
「 ( む! 名前 呼べって〜 あ ・・・ ) はぁい〜〜 ウブチョウさん〜 」
アンドウ女史が 編集長室から顔を出している。
「 あ〜〜〜 定時だからね〜 帰っていいよ〜 はいお疲れサン。 」
― バタン。 それだけ言うと女史の顔はすぐに引っ込んでしまった。
「 あ はぁい〜〜 お疲れサマでしたぁ〜〜〜 」
へ〜〜〜〜? 編集部って定時で上がれるんだあ〜〜
ふ〜〜〜ん ・・・ 販促部のミドリに自慢してやろ〜かな〜
なんかチョロいトコだわね〜〜〜
そんな腹のウチなどオクビにも出さず ―
「 お先にシツレイしますぅ〜〜〜〜〜♪ 」
甘ったるい声を張り上げてみたが ・・・ だ〜〜〜れも気づいてくれなかった・・・
というよりもその他すべての編集部員は仕事の真っ最中! だったのだ。
ふ〜ん ・・・だ!
あ 誰もいないから 島村ち〜ふ のデスク、覗いちゃお♪
「 ・・・・・ 」
つつつ ・・・ と眺めたチーフのデスクは ― スペースが空いているのは
PCモニター前のキーボードのところだけ だった。
そして そこには。
「 うん? 写真? ・・・ あ〜〜 家族写真か〜〜
ふ〜〜ん ・・・ 兄弟、多いのねえ ・・・ お姉さんと妹と弟・・・ね
きゃ〜〜〜 この弟、 ち〜ふそっくりでカワイイ〜〜〜
あ。 兄弟路線から攻めてみるのも ・・・ テだわねえ〜〜 」
バタン。 ふんふん〜〜〜〜♪ ハナウタと誤解と共に新人嬢は帰宅していった。
島村ジョー君の机の上には ― フランソワーズ夫人とすぴか嬢とすばる君の写真が
いっちばん目立つトコロに どど〜〜ん と飾ってあるのだった。
Last updated : 22,04,2014.
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********* 途中ですが
すみません ・・・・ 終わりませんでした、続きます〜〜〜