春 四月。 もろもろの 新しいこと が始まる季節である。
海の向こうでは 夏の長い休暇明けがその時期に当たるというが ―
やはりこの国の住人には 桜の花と共に新しい日々が始まる ・・・ というDNAが
しっかりと根付いている ・・・ のかもしれない。
さて 新しい日々 には 新しい顔 が加わるのが常であり、なにかと・・・なんというか
ごたごたが巻き起こる。 当然っちゃ当然のこの < 春の嵐 > ・・・
先住民? は ムカシの自分を思い出しつつ苦笑してやり過ごすしか ― ないのだ。
たま〜〜に 巻き込まれないヤツもいる。 ・・・というか しっかり巻き込まれているが
そのことにとんと気が付かない。 多分におめでたい というか ・・・
あの二人 も … そんな < 人種 > だった ・・・ らしい。
§ ウワサの彼女
「 だからさ〜〜 ナニサマかってんだよ〜〜 」
「 ま〜な〜 ・・・ いちお〜 コンクール一位だし〜 」
「 け! T新聞でも全日本でもアジアでもね〜〜じゃんか〜〜 」
( いらぬ注 : ↑ の三つは国内では伝統も規模もネームヴァリューも格段にちがうコンクール )
「 だよな〜〜 一位っても地方のさあ 」
「 参加者10名とか〜〜 けけけ 」
某バレエ・カンパニーの男子更衣室は ぶつぶつ ぐしゃぐしゃ ぐだぐだ・・・
シャワーの音に紛れて< 陰口合戦 > が繰り広げられていた。
悪口ぐしゃぐしゃ〜は なにもオンナの専売特許ではないのである。
オトコ同士の嫉妬ってのもちゃんとあって オンナの場合よりも激烈〜 らしい。
「 だからってアレはね〜だろ〜 なんだってファースト・グループに入ろうとするんだよ! 」
「 あは オラぁ 田舎モンだで〜 そったらことじぇんじぇん知らんかっただ〜〜 」
あははは ・・・・ 若い子の茶化したモノマネで更衣室にいた男子全員が笑ったのは・・・
やはり皆の < アイツ > に対しての反感の表れ だったのかもしれない。
― コンコン バタン ・・・・
「 よ! 楽しそうだな〜〜 」
ドアが開いて ひょろりとした青年が入ってきた。
「 ん〜? あれ タクヤ〜〜 お前、なんだよ、今頃〜〜 昼過ぎだぜ〜 」
「 あは。 ね ぼ う★ 」
「 ったく〜〜〜 知らんぜ〜〜 」
「 次のキャストにマズイだろ〜 」
「 あはは〜〜〜 目ぇ覚めたら 11時半だった〜〜〜のさ。
いちお〜〜自習に来ただけでもオレとしては上出来ってことで♪ 」
「 はあ〜〜 お前はなあ〜〜 もう ・・・ 」
朝のプロフェッショナル・クラスをサボり、やっと<出勤>してきた青年に、
同僚たちはあきれつつも 和やかな雰囲気が漂う。
彼 ― 山内タクヤ の一大欠点は 寝坊 であり その他は一本きっちりスジの通った
なかなかの遊び人?で 仲間内では人望もある。
なんとなく・憎めないヤツ が 先輩・後輩からのタクヤ評なのだ。
そこには勿論 彼が < 仕事 > はきっちりやる、という最大ポイントがある。
山内タクヤは 若手男性ダンサーの中でピカ一の存在であり、
これからの成長を大いに期待されていた。
「 ― で〜すので〜〜〜 自習! イッテキマス! 」
ぴっとメンチを切るとタクヤは更衣室を飛び出していった。
ふんふ〜〜ん♪ ・・・ なんかなあ〜 オレ、ワルクチとか陰口ってよ〜
好きくねんだよね〜〜〜
彼は 更衣室のグチグチ〜の断片を漏れ聞いていたのだ。
しかし 該当人物を実際に見ていないので ( 寝坊したから! ) なんとも言いようもない。
― ただ タクヤは陰でどうこう・・・言うのは性分的に好まない。
ぱふん。 放り投げたタオルをジャンプして取り戻す。
ふ〜〜んふんふん♪ 踊りでキメよ〜じゃね〜か って さ。
・・・・ン? 誰か使ってるのかあ?
空いていると思っていたスタジオの数歩手前で タクヤは足を止めた。
ここは首都の中心近くにあるバレエ・スタジオ。
規模はそんなに大きくはないが 伝統があり何人もの優秀なダンサーを輩出しているし、
現在 定期公演の評判は上々である。
紆余曲折ののち、フランソワーズは このバレエ・カンパニーで再び踊りの世界の門を叩き、
もう一度、この世界に身を投じた。
わたし ・・・! 頑張るわ!
どんなコトがあっても − 踊ることを諦めはしない ・・・!
そしてその決心通り、 この国の青年と結婚し さらに 双子の母 になってからも
彼女は毎朝 笑顔でレッスンに通い、舞台を務めることも多々ある。
現在 彼女はこのバレエ・カンパニーの若手NO1の青年と組むことが多い。
その青年・山内タクヤ君とは なかなか良好な関係だ。
「 タクヤ? ええ ええ いいコよ〜〜 熱心で上手だし。
もっともっと上手くなって世界に出てほしいわ。 お寝坊のクセがちょっとね〜
え? ああ ウチのすばるとも仲良しだし・・・ やっぱり男の子同士ね〜〜♪ 」
― つまり。 フランソワーズは彼女の小学生のムスコと同列に! 感じている らしい。
そして山内タクヤ君は ― 彼のマドンナに今もいつもこれからも! 熱く・そして切ない
マナザシを注ぎ続けている ・・・
〜〜〜 ♪♪ 音楽が聞こえ カツン カツ コツ ・・・ ポアントの音がする。
あ ・・・ 女子が使ってるのかな ・・・
じゃあ 3スタにすっか ・・・ でもあそこ 滑るんだよなあ〜〜
タクヤはしょうがね〜か〜 と少々ぶ〜たれつつ方向転換しかけた時 ・・・
― お? ドンキ じゃね? あ。 もしかしてフランかな???
やったぁ〜〜〜 二人で自習しようぜ〜〜
途端に ビシっと背筋を伸ばし歩き方まで颯爽と ・・・ なったが また足が止まった。
あ〜〜 ヴァリエーション ( 一人の踊り ) の自習してんのかもなあ〜
そんじゃ 邪魔したら悪い、 か ・・・
タクヤ、 あなたクラスに出ていないでしょう?・・・・とか〜〜 怒られそ・・・
ま オレとしてはフランの小言なら全然おっけ〜〜 だけど♪
ちょこっと覗いてみるか〜 と タクヤはそうっと音の聞こえるスタジオに歩み寄った。
「 ・・・ん? 誰か 別のヤツもいるのか ・・・? 」
〜〜〜〜 ? 〜〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜〜!?
? ・・・ ・・・・・ ・・・・。 ・・・・
自信たっぷりな ― 少々ハナに付く物言いをする声と穏やかに返事をする声がもれ聞こえてきた。
「 ・・・やっぱフランだ♪ あと 誰だ? このクソナマイキな声はよ!? 」
ドアは半分開いていた。 タクヤは 覗き見はちょっとな〜 と思い、わざとドアの前に立った。
んん? 誰だあ?? フランにこんな言いするヤツ!?
・・・ 見覚え、ねえぞ。 若っけ〜な〜〜 ・・・
昨日卒業式でしたって気分 〜〜〜
中にいる二人は ドアの方を振り返る余裕はない ・・・ らしい。
稽古場の真ん中に 金髪の女性が立っていて、その側で少年らしき男子がステップを踏んだり
あれこれ・・・一方的に言っている。
・・・ なんだ?? アイツ 〜〜〜
フランに喧嘩 売ってんのか???
・・・ バッカじゃね???? 身の程知らずってか〜〜
タクヤの耳にも二人の会話の端々が聞こえてきた。
「 〜〜〜 ってさ〜〜 もうちょい、速く踏み込めばよ〜 トリプルだって入るじゃん? 」
「 トリプル ですか? 」
「 そ ! キトリは元気モノだから ハデ〜〜な方がいいじゃ〜〜 」
「 ここでトリプルすると 次の音に遅れるわ。 」
「 へ! んなコト いいじゃん〜〜 ちょい端折れば。 沢山回るが勝ちさ 」
「 あの・・・ 今朝のクラスでもマダムがおっしゃっていたわ。
― 音の通りに ・・・ 音を踊るのが バレエ だと思うわ。 」
「 けど〜〜〜 そんじゃ迫力ね〜〜し〜〜〜 」
「 ・・・ 迫力? 」
「 そ! な 一回 コーダだけでいっから踊ってくんない? 」
( コーダ : 注 グラン・パ・ド・ドゥの中で最後に二人で踊る<見せ場 > )
「 ・・・自習で グラン はダメよ。 危ないもの。 」
「 へ〜〜〜〜 臆病だなあ〜 じゃ 『 海賊 』 でも 『 黒鳥 』 でもいいっすよ 」
「 だからグランはだめ。 」
「 ふ ふ〜〜〜ん 〜〜〜〜 そんなら リフト! な〜〜〜 可愛いコちゃ〜〜ん 」
「 だから ・・・ クスクスクス ・・・( ふふふ ・・・ この子ったら すばる のちっちゃい時 みたいね〜〜 )
事故があってからでは遅いわ。 」
「 ふ〜〜ン〜〜〜 俺がさ〜〜 やるなら失敗しっこなし。
『 海賊 』 のアダージオとか ・・・どう? 俺 いつだっていいぜ? 」
「 だから ね。 誰もいない処で危険なことをしては ダメです、これは 決まり ですよ。
わかったの?! すぴか! すばる !! 」
し 〜〜〜〜〜 ん ・・・・ 一瞬 スタジオは静まりかえた。
「 あ 〜〜〜〜〜 あの? 俺はぁ〜〜〜 ゆうだい って言うんだけど? 」
「 ・・・あ ・・・っ ごめんなさい〜〜 ついつい ・・・ いつものでクセで・・・」
「 ?? 別にいいっすけど。 で さあ〜〜 ほら 『 ジゼル 』 の
二幕のリフト〜〜 あれ やろうぜえ! 」
「 ・・・ 何回言ったらわかってもらえるのかしら。 」
「 オレ〜〜 わかんね〜 なあ なあ 一回だけ! 」
「 それは禁じられています。 スタジオの決まりはきちんと守ってください。 」
「 誰も見てね〜し。 オレ 失敗なんかぜ〜〜〜ったいしないし。
アンタさあ 軽くてふわ〜〜って跳ぶじゃん? 絶対うまくゆくって! 」
< ゆうだい > と名乗る少年は 半ば意地になっていて ― タダでは引きがる気は
なさそうだ。
「 ・・・ じゃあ 本当に一回きり、ですよ? 」
「 やた〜〜〜〜ぜえ! 」
「 『 ジゼル 』 の二幕 ・・・ ジゼルとアルブレヒトの再開 のシーンね。
わたしが下手から 」
「 わ〜〜〜かってるってば。 取説はいっから! 音 出してさあ〜〜 」
「 ・・・ 本当にせっかちなヒトねえ ・・・ 」
半ば呆れ顔で フランソワーズはMDプレイヤーをセットしている。
! なんてヤツなんだ ・・・!
初めて会ったダンサーと いきなり上級のリフトなんかするか ばか!
タクヤが割って入ろうとした時、 音が流れ始めた。
あ・・・まあ いっか。 どうせタイミングがわからなくて
ってか いきなりでわかるワケ ないもんな。 あの若さじゃ・・・
ふん、 上がりっこないからな〜
彼はドアのぎりぎりのところで足を止めた。
〜〜〜 ・・・・ 静かな音が流れ ・・・中央ではあの少年が
< 悲嘆に暮れた > 様子で佇んでいる。
タ ・・・! 下手側にいたフランソワーズが小走りに駆けよって
カンッ ! 床を蹴ると ふわり ・・・ 彼女は宙に跳んだ。
少年はさっと彼女の真下に駆け寄り 彼女の身体を水平のまま支えようとしたが半拍ほど早すぎた。
「 ・・・ わっ わあ〜〜〜〜 クソ〜〜〜〜
」
女性のジャンプの頂点で 真下に男性が入らなければならないのに、
タイミングがズレたために男性は女性を受け止め損ねてしまった。
「 あ〜〜〜 ヤベ〜〜 」
「 !? きゃ ・・・ 」
彼は慌てて彼女を掴んだつもりだったが 大きく体勢をくずし ― 当然二人してぶっとび
・・・ 次の瞬間には床に投げ出される ! はずだった。 が。
ダダダッ !!!! もうひとつの足音が稽古場に駆けこんできた。
「 バカヤロ〜〜〜〜 !!! 」
< もうひとつの足音 > は大声で罵ると 床に放り出されそうになっていた女性を
ぎりぎりのところでしっかりと抱き留めそのまま床にスライディングした。
ズサ −−−−・・・! ドン ・・・!
一瞬の空白の後、三人がスタジオの床に転がっていた。
「 〜〜〜〜 !
いてぇ〜〜〜 」
「 いたた・・・ あ? まあ〜〜〜 タクヤ!? え ウソでしょう???
あなた ・・・ 加速装置 搭載されているの??? 」
「 へ??? かそく ・・・ なんだって??? 」
「 あ ・・・ い いえ なんでも ・・・ ううん! なんでもなく ないわ!
タクヤ〜〜〜 大丈夫? 足は 腕は? 腰は打たなかった? 」
「 あ ・・・ は。 なんとか無事 かな〜〜 イテテ ・・・ しかし当分
青タンだらけ だろうなあ〜〜 」
「 まあ うふふ・・・ でもありがとう〜〜〜 すごいわ♪ 」
「 あは いや なに。 ! で おい そっちの! 」
タクヤは床に座り込んだまま 膝をさすっている件の少年に声をかけた。 厳しい声だ。
「 ・・・って〜〜〜 へ?? なに? 」
「 なに、 じゃね〜だろ! おい〜〜 謝れよ。
リフトでパートナーの女性を放り出す なんてのは最低! だからからな! 」
「 ・・・ 連帯責任じゃ〜ん 」
「 違う。 始めから見てたけど、お前、タイミングを外したろ? 」
「 ・・・ ちょい早取りしただけ 」
「 二人でやる仕事なんだぜ? 勝手に変えるな。 あのままだったら 彼女を
床に放り出していたんぞ。 」
「 ・・・ わ〜ったよ。 だけど 」
「 < だけど > じゃねえだろ。 謝れ。 」
「 ・・・ アンタ 誰。 」
「 ゆうだいクン。 彼、山内タクヤ君はこのカンパニーのプリンシパルの一人よ。
あなたの先輩です、ヒトを指さしてはいけませんよ、すばる。 」
「 ???? ( すばる?? なんだ〜〜 ?? ) アンタのカレシ? 」
「 おい! いちいち失礼なヤツだな お前。 オレたちはベスト・パートナー同士 さ。
ただし ― パ・ド・ドゥ で だ。 」
「 ふ〜〜〜ん 」
「 ともかく 謝れよ〜〜 おい!
」
「 これって〜〜〜 新人いじめ じゃね〜のかな〜〜 」
「 おい! リフト失敗したの、てめぇだろ? 」
「 ・・・・ 」
「 お子ちゃまは ごめんなさい も習ってないのかよ?
そんなんで女の子を持ち上げよう なんてな 100年早いぞ。 」
ぶ〜たれていた少年は所謂 < 逆ギレ > をしたとみえて、
タクヤにずい!っと詰め寄った。
「 ふ ふん! そんじゃ〜〜 アンタ 組んでやってみれば。 」
「 断る。 」
「 へ〜〜〜 出来ねえんだ?? 」
「 バカ。 オレ、今日はまだクラスしてねえんだ。 そんな状態で踊るのは 」
「 は! オレらなんか寝起きだって踊れるぜ〜〜〜 おっさん 」
「 ! ( この〜〜〜クソガキ! ) オレの問題じゃない。
彼女に迷惑をかけたり万一怪我でもさせたら大変だから さ。 」
「 ふ ふ〜〜ん ・・・」
「 ともかく、 謝れ。 オトコとしてけじめつけろよ。 」
「 ・・・ タクヤ もういいわ。 話に乗ったわたしも悪かったんだし・・・ 」
「 フラン。 きみはさんざん断っていただろ? 全部聞こえた。 」
「 ・・・ あら ・・・・ 」
「 立ち聞きしといて ヒトに説教すんのかよ〜 」
「 お前なあ 〜 ほっんとどうしようもないヤツだな! スタジオのドアは開いてた。
それにあんなにデカイ声で言ってたら廊下にも事務所にも筒抜けだ。 」
「 ・・・ ! 」
少年は ぷい、とそっぽを向く。
「 ね? お話をしている時にはちゃんと相手の顔をみなければだめよ、すばる。
」
「 ??? ( また すばる??? なんなんだ〜〜 ) 」
「 ともかく だな。 」
タクヤが ずい、と少年の目の前に立つ。
「 今度 オレらのリハーサル、見学しろよ。 リフト しっかり見ろ。
いや その前にちゃんとクラスして与えられた課題、消化しろ。 」
「 ・・・ 」
「 あら いいこと 言うじゃない? 寝坊大王。 」
「 へ?? 」
戸口の方から 笑いを含んだ声が飛んできた。
「 ? あら? マダム ・・・・ 」
「 うへ〜〜 あ 今朝〜〜 スイマセン〜〜〜 」
スタジオの入口には初老の女性が立っていた。
彼女はこのカンパニーの主宰者で同時に芸術監督も務めている。
「 忘れ物したのよね〜 ・・・ あ あそこにあるわ。
フランソワーズ、そこにひっかけてある ストール・・・そう それを取ってくださらない。 」
「 あ はい。 ・・・ どうぞ? 」
「 メルシ♪ なんだか楽しそうだな〜って思って通ったら ― 聞こえちゃったわ。
タクヤったらなかなかいいこと、言うのね。 」
「 や ・・ あ は ・・・ いやあ〜〜 」
先ほどのびし!っとスジを通した青年は だははは〜〜 と照れまくっている。
「 でも ね。 明日から目覚まし時計、もう一個プラスしなさい。 ― これ 命令よ。 」
「 へ〜〜い 」
「 あ〜〜 ・・・ なんてったっけ 君?
」
マダムは 相変わらずブ〜たれているワカモノを正面から見つめた。
「 ・・・ あ ゆうだい デス。
」
「 ゆうだいクン? あ そう。 今朝のクラスに居たわねえ ・・・
あのね、 君。 クラス中はね、好き勝手な踊り しない。
海外の先生方なら、 即 『 Out ! 』 ですよ。 」
「 ・・・はい 」
決して強い言葉ではなかったけれど、彼女の凛然たる語調に ゆうだいクン は縮み上がった。
「 じゃあねえ〜 さあ〜〜 皆 今のうちに遊ぶなり飲みにゆくなりしときなさいね〜〜
来週からリハだからね〜〜 」
に・・・っと笑って ストールを肩にひっかけるとマダムは颯爽と出て行った。
「 う〜〜〜〜 ・・・・ 言われたぁ〜 オレ マジ時計買いにゆこ。 」
「 あは さすがねえ〜〜 あ! もうこんな時間〜〜〜 わたし、帰らなくちゃ! 」
「 おう、途中まで一緒に行こうぜ。 」
「 あらあ〜 タクヤ あなたクラス受けてないのでしょう? 午後からの一般クラス、
受けなくちゃダメよ。 」
「 あ・・・う〜〜ん オレ 夕方のT先生のクラスにする。
それにさ 時計〜〜 買わんと〜〜 だから 一緒に出るよ。
」
「 そう? それなら ・・・ えっと10分、待ってて? 急いで着替えてくるから〜〜 」
「 おっけ♪ 」
ぱたぱたぱた ・・・ フランソワーズは荷物をもつと大慌てでスタジオを出ていった。
「 そんじゃな〜〜 新人〜〜〜 」
タクヤも バッチン! とウィンクすると大股で出て行った。
「 ・・・ ふ ふ ん ・・・・! な ・・・ なんだってんだ ョ ・・・ 」
がらんとしたスタジオの中で 先ほどの威勢はどこへやら、羽根を毟られたチキンみたいに
しょぼくれた少年が一人 ・・・ 心細そ〜〜に 佇んでいた。
カチン カチン ・・・
微かにカップが触れる音がする。 ふわ〜〜ん といい香も漂ってきた。
ジョーは よいしょ・・っとソファから立ち上がると キャビネの前に立った。
「 あ〜〜〜 フラン〜〜 ブランディ、入れるかい。 」
「 ふんふ〜〜ん♪ え? ああ いわねえ〜 こんな夜にはぴったりね。 」
トレイにお茶道具を満載して ジョーの愛妻さんが運んできた。
「 よ〜し ・・・ 何にするかなあ〜 ・・・ あ VSOPにするかな それとも〜 」
「 ジョーが選んでくれるならなんでもいいわ。 お茶 淹れるわね。 」
「 うん 頼む。 」
ふんふ〜ん♪ 鼻歌を唄いつつ、フランソワーズはポットに被せたティー・コジーを
外し 黄金色の液体をゆっくりとカップに注いだ。
トポポポポ ・・・ いい香がさらに濃くなってきた。
「 よ〜し ・・・ じゃ ・・・ 」
「 あ〜〜 っと その位でいいわ わたし。 」
「 へえ? あんまり入れてないよ? フランってば これ、好きだろ? 」
ジョーは酒瓶を細君に示した。 フランス産のものだ。
「 ええ そうなんだけど ・・・ たくさん飲んだら速攻で寝ちゃいそうだから〜 」
「 ははは ・・・ いいじゃないか〜 酒は百薬の長〜〜 なんちっち♪ ちゅ♪
」
ジョーは愛妻の首筋に唇を寄せた。
「 あん 零れるわあ〜〜 もう〜 ジョーってば〜〜 」
「 ふふふ ・・・ 大人のお楽しみはこれからさ♪ うるさいちび達はとっくにぐっすり、だし。 」
「 そうね。 四月ってね、 ほら学年が上がってクラス替えとか担任の先生も
変わったりするでしょう? あの子達、元気そうだけどやっぱり疲れているみたい。 」
「 あ〜〜 そうだよなあ ・・・ 」
「 すぴかはいつだってベッドに入れば パタン、ぐ〜〜 なんだけど。
今夜はすばるも即効で 夢の国 みたい。 子供部屋の電気を消すときにね、
いつもは すばるがわさわさ手を振るのだけど ・・・ 今晩はし〜〜ん としてたのよ。」
「 ふう〜〜ん のんびり坊主もくたくた・・・ってわけか。 」
「 そうなのよ〜〜 ・・・ あは ・・わたしもなんだか 疲れたわ。 」
カップを置いて 彼女は う〜〜ん …と伸びをした。
「 ? … なにか あったのかい。 」
ジョーがごく普通のトーンで訊いたが ― フランソワーズには ピンと来た
「 あ う ううん ・・ 別に なにも。 ちょっとくたびれただけ 」
「 ちょっと? これ が かい。 」
ジョーは細君の腕を引き寄せ右袖のセーターを少しめくった。
「 ・・・・・・ 」
白い腕には くっきりと掴まれた痕が残っていた。
「 ・・・あ ・・・ 」
リフトに失敗したとき、 あの少年 < ゆうだい > クンが必死で彼女の腕を掴み
床におとすまいとしたのだ。
「 ・・・ あのコ・・・ それなりに一生懸命だったのね ・・・ 」
フランソワーズは すこし愛おしい眼差しすらして腕の痣をながめている。
「 おいおい〜〜 きみの腕にこんな痕、残すなんて冗談じゃあないぜ?
― ヤツか?
アイツが失敗して ・・・ 」
ジョーはかなり本気になって ・・・ というよりもヤキモチ半分なのだが ・・・
怒っている。
「 え? いやだ、タクヤじゃないわよ。 彼はあんなミスはしないわ。
そう! タクヤってばね〜〜 加速装置がついてるみたいだったのよ〜〜 」
「 ― へ ???? 」
くすくす笑っているフランソワーズの前で 彼女のご亭主は混乱の極み! といった風情だ。
「 か かそく装置 〜〜? って コトは アイツは そのう〜〜 ・・・? 」
「 うふふ ・・・ 冗談よ。 でもね! 本当に 加速装置を稼働させたみたいに
こう〜〜 シュバッ ! と駆けこんできてね わたしが床に落下するのを
防いでくれたの。 びっくりしちゃったわ〜〜 」
「 ??? で この痕はヤツが掴んだ ・・・のじゃないのかい??? 」
「 だ〜からね、 これは新人の坊やが、わたしを支え損ねてね〜〜
普通だったら床に放り出されるところだったんだけど ・・・ 彼も必死で
わたしの手を掴んでくれてたってわけ。 」
「 けど! そのう ・・・ ぱーとなーを放り出すってのは ・・・ 」
「 ええ 本当なら最低ね。 ま 経験も浅い坊やだから仕方ないわ。
そうねえ ・・・ すばるとたいして変わらないのよ。 」
「 え?? すばると?? それにしても 仕方ない ですむのかい??
こんな ・・・ 痕が残ってさ。 」
「 大丈夫よ、 あとで博士に診ていただくわ。 」
「 そうしてくれ。 ・・・ しかし なんだってそんな < 坊や > と ・・・ 」
ジョーはまだまだ 全然納得がゆかない! といった表情だ。
「 さんざんダメって断ったのよ。 けどあんまり熱心に言うし・・・ 」
「 それで放り出されたわけ? 」
「 あのコは わたしのことをもっと軽いと思っていたのかも ね・・・
ほら、 タクヤは何回も組んでいてわたしの体重とかタイミングの取り方を知っているから
そんなことはないんだけど。 ・・・わたし、見かけより重いでしょ? 」
「 それはきみの責任じゃない。 それにその坊やの態度は なんなんだ!? 」
「 ジョー、もういいの。 」
「 よくないよ! ぼくの大事な奥さんの手にこんな痕 ・・・! 」
彼の大きな手が やんわりと白い手をつつみ込む。
「 ・・・ ジョー・・・ ありがとう・・・ 本当に大丈夫よ。
それにね、タクヤがばっちり言ってくれたから ・・・ 」
フランソワーズはその後の顛末を夫に説明した。
「 ・・・ ふ〜〜ん ・・ アイツ 相変わらずキザっちィなあ〜 ・・・正論だけど。 」
「 うふふ〜〜 タクヤってば人気あるけどちっともハナに掛けたりしないし。
素敵よねえ〜〜 なんでカノジョ、いないのかしらね? 」
「 ・・・え。 」
「 今時の若いコってどこ見てるのかしらねえ? 不思議よ、ホントに。 」
「 ・・・ あ ああ そう だよねえ 〜〜 」
無邪気に首をかしげているフランソワーズに ジョーのヤキモチの虫も拍子抜けしてしまう。
あ は ・・・
ま これがフランのフランたる所以だよなあ〜〜
えへ・・・・ やっぱ可愛いなあ〜〜♪
「 でもさ、なんだってそんな坊やがいるのかい。 団員のヒトや研究生は
ちゃんとカンパニーの規則を知ってるんだろ。 」
「 規則・・・・というかダンサーの常識とかマナーかしら ・・・
う〜〜ん・・・ さあねえ? あ 四月で 春で ・・・ 新人の季節 だからかもね?
ジョーのオフィスでも 新人さん は来たのでしょう? 」
「 ウチ? ああ いるけど。 まだ研修中さ。 電話の一本もとれないからね。 」
「 ビジネスの世界は厳しいのね。 」
「 そりゃお互いさま さ。 春はさあ〜〜 もやもやしませんか 奥さん? 」
ジョーは細い肩を引き寄せ すい、とブランディの香がする唇を盗む。
「 ! ・・・んんん 〜〜〜 もう〜〜 悪いコねえ・・・ 」
「 はい ぼくは悪いコ・ジョーですから〜〜 お姫サマを浚ってゆきます〜〜 」
カップを置くと 彼は彼の愛妻をひょい、と抱き上げた。
「 あ ・・・ まって 待って お茶の後片付けしなくちゃ・・・ 」
「 ぼくが責任を持ってやります。 んん〜〜〜〜 春ですから〜〜 奥さん♪ 」
「 ・・・んん ・・・ うふふ ・・・ 春ですね、ムッシュ♪
」
ジョーは軽々と彼女を抱いたまま夫婦の寝室へと階段を上っていった。
たっ ・・・ ! トン! はっ ・・・! ドン。
「 ! ・・・ 遅い! 」
「 そんなこと ないわ。 音通り よ! 」
「 遅い〜〜 」
「 遅くないわ 」
「 だったらなんであわね〜んだよ〜 もうちょい早く! 」
「 でも! 」
「 絶対合うって! だからもうちょい! 」
音は流れてこないが その代わりにかなり本気なやりとりが聞こえている。
勿論 険悪な雰囲気ではないが 真剣だ。 二人とも真剣に <言い合って> いるのだ。
スタジオのドアは開けっ放し ・・・ 廊下にも言い合いは丸聞こえだが通り人達は気にする様子もない。
ああ またやってる ― そんな雰囲気なのだ。
「 ・・・・・・ 」
そんな中 ・・・ 例の新人くんはドアの脇で硬直していた。
俺たちのリハ、覗き見でもしてゆくかい? … < 先輩 > は気軽に言った。
絶対に見るもんか! どうせハッタリに決まってる! 最初はシカトの構えだった。
しかし ― レッスンで、特にboy's class で < 先輩 > と一緒になり
彼の踊りをよ〜〜く観察し 気が変わった。
「 ふ ふん! オレだってあんくらい跳べるぜ! ザン・レールだって高く跳ぶ!
」
新人・ゆうだいクンは 穴の開くほど 先輩・山内タクヤくんの踊りをみて
というより観察をしてちょっとばかり < 気になり> 始めたのだ。
彼 − 山内タクヤ は 不思議な存在 に見えた。
ジャンプも高いし 回転も多い。 でもオレだって負けてない!と新人クンは肩肘を張った。
しかし ・・・ なにか が違う。 それが何なのか、新人の彼には理解できなかったが・・・
でも 確かに自分とは < ちがう > ということだけは肌で感じた。
そんなワケで偵察気分も手伝って こそこそとリハーサルを覗きに来たのだ。
「 ― わかったわ。 それじゃやってみましょ。 タクヤの言うとおりに。 」
「 おう 上手く行くって♪ 」
「 ・・・・・ 」
パートナーは あの変わった金色の髪の美少女だ。
「 ふ〜〜〜ん ・・・ フランソワーズちゃん だっけ。
あのコ〜〜〜 いいよなあ〜〜 細見で軽そうだし〜〜 顔見てるだけで幸せさ。
うん、 おっさんには勿体ないな〜〜 オレのパートナーになれよ〜〜
」
新人:ゆうだいクンは 密かに・大胆な望みを抱いているのだが・・・・
「 次はオレが申し込む! ふふふ〜〜二人で
『 黒鳥 』 とかよ〜〜
あのコ 外人なわりに大人しいし。 なにより優しいもんな〜 」
彼は ぴたり、とドアの脇にへばりついてリハーサルに目を凝らした。
「 じゃ 音〜〜 出すぜ。 」
「 お願ね〜〜 ふんふん〜〜♪♪ 」
軽くステップを踏み ― 彼は片手で 彼女をアタマの上まで持ち上げ
彼女は彼の腕を軸に片手を上げてアチチュードの変形のポーズを取る ・・・ はずなのだが。
「 ・・・ ! って ・・・ ! 」
「 うわ ・・・ っと〜〜〜 」
彼女は頂点まで持ち上がらず 彼に抱き留められずるずると着地した。
「 ごめん ・・・ 」
「 ううん わたし、タイミング悪かったわ。 腕 大丈夫? 」
「 へ〜き へ〜き。 頂点であの音、だろ? だからジャンプするのをさ〜 」
「 ・・・わかったわ。 」
「 おし! そんじゃ もう一回〜〜 」
「 ・・・・ 」
同じ音が流れ始め ― また失敗した。
話し合う声はどんどん低くなって行き すぐにまた同じ音が流れ ― 上手くゆかない。
ハア ハア ・・・ フウ 〜〜〜 ・・・
・・・ 何回失敗が続いたのか本人たちにもわからない。
妙な姿勢で落ちかけるから 不自然な形を取りかなりの負担がかかってくる。
― それでも 二人はやめない。
すげ ・・・ ドアの陰で新人クンは全身が硬直していた。
「 ― タクヤ どうしたの? わたし、まだ全然平気よ! もう一回やりましょ
タクヤのやってみたいタイミングで ・・・ 」
「 ― ごめん。 オレが間違ってた。 」
「 え ・・・ 」
「 やっぱ ダメだ。 ちゃんと定石通りにやろう。 」
「 タクヤ ・・・ 」
「 は! この前 あの新人に言った通りだぜ〜〜 ごめん! フランソワーズ。 」
ぺこり とタクヤは彼のパートナーにアタマを下げた。
「 ・・・わたしもムキになって ・・・ ごめんなさい。 」
「 いや、オレが言いだしたことだから。 すいませんでした。 」
「 ね♪ ちょっと休憩して ・・・もう一度やりましょ。 アタマから全部♪ 」
「 フラン 〜〜〜〜 大丈夫か? 」
「 ぜ〜〜んぜん♪ タクヤ、わたしのスタミナ 知らないの? 」
「 はは よ〜〜〜く存じておりますよ〜〜ん そんじゃちょいレスト!( 休憩 ) 」
「 おっけ〜〜 」
二人はタオルでごしごし顔を拭いニットを羽織ってスタジオから出た。
? あ〜〜 ヤツかあ〜〜
タクヤはちらり、と例の新人クンがそそくさ〜〜と立ち去る姿を見たが なにも言わなかった。
しばらくして ― スタジオには弾むように歯切れのよい音楽が流れ 二人のダンサーが
いや キトリとバジルが 愛の踊りを舞うのだった。
( いらぬ注 : キトリとバジル ・・・ バレエ『ドンキ・ホーテ』の主役の二人 )
「 あ〜〜 みてみて〜〜〜 すぴか! 」
「 し〜〜〜〜〜〜!! すばる、お稽古場では し〜〜 でしょ! 」
「 あ ・・・ごめ・・・ ねえ すぴか。 お母さんとタクヤお兄さんだ! 」
「 うん♪ 『 どんきほーて 』 だよ これ。 すごい〜〜〜 」
スタジオのガラス越しに 色違いの小さなアタマが張り付いている。
「 すいません〜〜 コブ付きで ・・・ 急に来ちゃって・・・
休日なんでチビ達と一緒に 迎えにきたんですけど ・・・ 」
「 いいえぇ〜〜 二人とも自習してるんですから どうぞゆっくり見学してください。
フランソワーズさんのご主人さん。 」
「 あ は ・・・ どうも・・・ あ やっぱカッコいい なあ ・・・ 」
ジョーは子供たちの後ろからスタジオの中を見て ― 正直に感動していた。
くっそ〜〜〜 ・・・ なんでアイツってば あんなにカッコいいんだ?
― いや。
フラン〜〜〜 すごく楽しそうだよなあ〜
うん ・・・ 彼女をあんな風にのびのび踊らせることができるのは
・・・ アイツだけ ってことか ・・・
う〜〜〜〜 くっそぉ〜〜〜 カッコいいなあ ・・・ ちぇッ!
ガラス越しには もう一人張り付いて見ている人物がいた。
憮然とした表情なのだが 彼は踊りに目が張り付いてしまっている。
「 ねえ ねえ お兄さん。 アタシのお母さん、すてきでしょう? 」
亜麻色のおさげを跳ねかせて女の子がつんつん・・・と彼のジャケットを引っ張る。
「 へ??? き き きみの お 母さ ん ??? 」
「 そうよ〜〜 アタシ 島村すぴか。 アタシたち、双子なの〜 」
「 !? ふ ふ ふたご〜〜〜 ??? 」
「 僕 島村 すばる。 ねえ、お兄さんはタクヤお兄さんの弟? 」
「 へ??? あ あ〜〜〜 その〜〜〜 」
「 ね〜 タクヤお兄さんってさ〜〜〜 カッコいいよね〜〜〜
僕さ お父さんの次に! タクヤお兄さん、好きさ。 お兄さんは? 」
「 ・・・ あ う うん ・・・ そ だねえ カッコ いいよ なあ〜 」
「 ね〜〜〜〜〜♪ 」
明るい茶色の瞳に、にっこり笑いかけられ、新人クン は自然にこくこく・・・頷いていたのだった。
― その日以来、新人クンは ― 相変わらずナマイキだけど ― レッスンは真面目に励んでいる らしい。
Last updated : 04,15,2014.
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********* 途中ですが
一応 【 島村さんち 】 設定ですが・・・
双子ちゃんは ほとんど出てきません〜〜〜
続きます〜〜〜