『 うわさの二人 ― (3) ― 』
§ ウワサの! ふたり
タタタタタタ −−−− ・・・・!
歯切れのよい元気いっぱいな足音がぐんぐん近づいてくる。
「 あら〜〜〜 これはイイコトがあったようねえ ・・・
おしゃべりタイムも長引きそうね。 ミルク・ティ は多めに用意しておきましょうか 」
フランソワーズは 一人、にっこりするとケトルをレンジに置いた。
パントリーの中を見て お煎餅の大きなカンを取りだした。
春 四月 ― 新学期の季節 ・・・それはとてもとても賑やかな季節なのだ。
社会でも学校でも自然界でも そして < 島村さんち > でも!
バタ −−−− ン ッ !!
玄関のドアが突き破らんばかりに ( 実際それは不可能なのだ、なにせ爆弾にも耐える
防火防熱防ショック扉なのだから ・・・ ) 大きく開いた。
「 ただいまぁ〜〜〜〜〜〜〜〜 !!! 2組だよ〜〜 いえぃ!! 」
ドアにも負けないほどの声が声の主のご機嫌ちゃんをしっかりと伝えてくれた。
「 お帰りなさい、 すぴかさん。 ・・・ ドアはもう少し静かに開けましょう。 」
「 おか〜〜さ〜〜〜ん !!! オヤツぅ〜〜〜〜 」
ダダダダダ −−−− 足音に高声が混じり騒音はイッキにアップした。
「 はい わかってますよ。 ほら まず手を洗って ・・・ 」
「 は〜〜〜い!!! ウガイもだよね〜〜〜〜 わっはは〜〜〜ん♪ 」
ドタバタ ・・・ バタン! ( じゃ〜〜〜〜 ガラガラ〜〜 ぺ! ごしごし )
再び ドタバタ〜〜〜 ・・・!
「 手 洗った! ウガイもした! オヤツ〜〜〜! 」
亜麻色のおさげをぶんぶん振り回しつつ、当家の長女が旋風のよ〜にキッチンに飛び込んできた。
「 お帰りなさい、すぴか。 はい ミルクティ と 堅焼き海苔煎餅 よ。 」
コトン。 イルカの踊るブルーのマグカップとお煎餅を乗せたお皿が並んだ。
「 うわ〜〜〜ぉ〜〜〜♪ すぴか、このお煎餅 大好き〜〜〜 がぶ♪ 」
「 コズミ先生がね、すぴかちゃんに ・・・って。 よかったわねえ 」
「 うん♪ 」
ボリン バリン バリバリバリ〜〜
ほんの束の間 キッチンはし〜〜んとして・・・堅焼き煎餅を噛み砕く音だけが聞こえていた。
「 〜〜〜〜 んん おいし♪ 固くておいし〜〜〜〜〜 」
こくこくこく 〜〜〜〜 ごっくん♪ マグカップはたちまち空っぽになった。
「 あ〜〜〜 おいし♪ あ〜〜 お母さ〜〜ん 」
「 はい お代わり でしょ。 ・・・ ほ〜ら ・・・ 熱いから気をつけて 」
「 うん。 ふ〜〜〜 ふ〜〜〜 ・・・ うん 飲めるな〜 」
少女は二杯目もたちまち飲み乾した。
「 あらら ・・・ そんなにお腹 空いてたの? 」
「 うん♪ うれしくて〜〜 ウチまでず〜〜っと走ってきたんだもん。 」
「 そんなに嬉しいことって なあに? 」
「 えへへへ〜〜〜 クラス替えで〜〜 アタシ 2組! 」
「 それはさっき聞こえたわ。 」
「 あ そか。 そんでもってね〜〜〜 ゆみちゃんや〜ハヤテ君も一緒! 」
「 あら それはよかったわね。 担任の先生はどなた? 」
「 ウチ? えっと〜 タナカ先生! おんなの先生だよ〜 」
「 まあ あのタナカ先生ね? 若くて熱心な先生よね、よかったわねえ・・・ 」
「 う〜〜ん まだわかんないな〜〜 すばるはちがうけど。 」
「 ― え!? すばると ・・・ 別々のクラスなの??? 」
「 ウン。 すばるは1組だも〜ん。 ねえ アタシ、遊びに行ってもいい? 」
「 すぴかさん。 宿題は。 」
「 ・・・ あとでやる〜〜 」
「 今 やるの。 ここでやっていいから。 終わってからよ、遊ぶのは。 」
「 ふぇ〜〜〜い ・・・ 」
すぴかはぷくっと膨れつつも ランドセルをもってきた。
「 お母さん、晩御飯の支度してるから。 ここでできるでしょう? 宿題はなあに。 」
「 うん。 国語の漢字と算数のプリントなんだ〜 」
「 なら すぐでしょ。 ・・・ ほら もう一杯ミルク・ティよ〜 」
「 わい♪ え〜〜と ・・・ 今日習った漢字 漢字はぁ〜〜〜 」
ぱらぱらとノートを広げ始めた娘をみていて フランソワーズは あ! っと声を上げた。
「 うわ??? なに〜〜〜 お母さん? ヤケドしたの?? 」
「 ちがいます。 ねえ すばるは??? 」
「 へ? あ〜 アイツ、1組だってば。 わたなべクンとまた一緒で V! とか やってたよ〜〜 」
「 まあ そうなの? 良かったわあ〜 ・・・ じゃなくて!
すばはどうしたの?? 一緒に学校、出たのでしょう? 」
「 へ? ・・・ あ〜〜 うん ・・・でも <その後>は知らないなあ〜〜
あ〜〜 もしかしたら 〜〜〜 」
「 もしかしたら?? 今日はソロバンの日でもないのに・・・ 」
「 う〜ん ・・・帰りもわたなべ君と一緒だったからあ〜 JRみてんじゃない? 」
「 ・・・ JR ?? 」
「 うん。 あの二人さ〜 よ〜〜く踏切のトコで ぼ〜〜〜っと電車見てるよ。
電車に手、振ったりさあ〜 時間ぴったし! なんて言ってよろこんでる〜 」
「 まああ ・・・踏切で道草してるのね! 」
「 う〜ん 電車なんか見て な〜にが面白いのかなあ〜〜〜
それにさ〜〜 乗らない電車が時間通りにきても うれしくなんかないよね? 」
「 え? あ ああ そうねえ ・・・ でも危ないわ!
踏切で遊んじゃダメって 小さな頃からあ〜〜〜んなに言っておいたのに ! 」
「 おか〜さん、 すばるたち べつに遊んでないよ〜 ただ電車見てるだけ。 」
「 それでも! 危ないわ! 帰ってきたらよ〜〜く言っておかなくちゃ! 」
「 そっかな〜〜 ・・・・ っと〜〜 はい 算数プリント できあがり〜〜〜 」
すぴかは 母がごたごた言っている間に さっさか宿題をやっていたのだ。
「 アタシ〜〜遊びにいってくる〜〜 じゃね〜〜 」
「 あ ・・・ もう〜〜 5時の音楽の前に帰ってくるのよ〜 」
( 注 : この近辺では5時に町内放送が音楽を有線で流すのです! )
「 わ〜〜かってま〜〜すぅ〜〜 じゃね〜〜〜♪ 」
旋風嬢 は またまた疾風を伴って ダダダダ ・・・っと出て行った。
「 ふううう ・・・ ホントに賑やかさんだわねえ ・・・ 」
母はため息つきつき ・・・娘のお皿とカップを片づけた。
「 すばるは ・・・ わたなべ君が一緒なら大丈夫でしょ・・・
あ! でも〜〜 すぴかと別のクラスなのかあ〜〜 う〜〜〜 これはショック!
やっぱりなんでも二つ、揃えないとダメかも ・・・ 」
双子はなんでも ×2。 いろいろ・・・大変なのだ。
ニンジンやらレタスを洗いつつ フランソワーズはますますため息の大輪の花!を
咲かせていたのだった。
「 ただいま〜〜〜〜 」
すぴかが宿題を終わらせお母さん認可の元、 外に飛び出して行ってから30分以上たって
玄関のドアが の〜〜んびり開きの〜〜んびりした声が聞こえた。
「 あら やっとご帰還ね。 お帰りなさい〜〜 すばる。 」
「 ただいま〜〜 帰りにねえ わたなべ君とJR見てきたんだ〜〜
今日はね〜 上りは時刻表どおりだったけど〜 下りは2分 遅れてたよ 」
「 まあ そうなの?
( すぴかじゃないけど。 乗らない電車の遅れなんてど〜でもいいわよね? ) 」
フランソワーズは ごく普通のお母さん なので電車は自分が乗りたいヤツが
時間通りに来ればそれで おっけ〜 なのだ。
他の電車の事情など知ったこっちゃない。 ど〜でもいい のだ。
「 2分だと〜 ちえんしょうめい 出さないのかなあ〜 ねえ お母さん。 」
「 ちえん ・・・ なんですって? 」
「 ちえんしょうめいしょ。 電車が遅れましたよ〜っていうしょうめいしょさ。 」
「 さあ〜〜 ・・・ でも朝じゃないから ・・・それに2分でしょ? 」
「 2分でも遅延は遅延だよ。 今度 駅で聞いてみようかなあ〜 ねえ お母さん。 」
「 さあ〜〜 ・・・ すばる君! ランドセル、置いて手を洗っていらっしゃい。
オヤツ あるわよ。 」
「 うん わかった。 あ ミルク・ティ〜 お砂糖とはちみついれて。 」
「 どっちかひとつ よ。 」
「 え〜〜〜 ・・・それじゃ〜 お砂糖。 スプーン3つ〜〜 」
「 みっつ?? お父さんだって2杯よ? 」
「 じゃ お砂糖2杯〜 はちみつ1杯〜〜 」
「 どっちかひとつ です。 」
「 う〜〜〜〜 ・・・ じゃ お砂糖2杯でいい。 」
「 わかりました。 すばるの好きなカリントウがあるわ、コズミ先生のお土産。 」
「 うわあ〜〜い♪ じゃあ 僕 手を洗ってウガイして〜ランドセル置いてくるね〜 」
「 はい。 あ すばる君 宿題は? 」
「 食べたら やる。 」
「 キッチンでやってもいいわよ? オヤツ食べながら ・・・
「 先におやつ食べてから 宿題やる。 」
すばるはご機嫌ちゃんなのだが、断固とした口調で言った。
いつもにこにこ・すばる君〜〜 は 一旦きっぱりと宣言すると 断固として貫徹する。
イイコトに関しては安心なのだが この頑固さにフランソワ―ズは赤ん坊時代から
手を焼いていた。
はあ ・・ < 宿題する > ならいいけど・・・
トコ トコ トコ トコ ・・・ のんびりした足音がのんびり階段を上ってゆくのを
フランソワ―ズは またまたため息で見送った。
「 ま ・・・ 二人とも元気で学校に行ってるんだから いっか ・・・
さあ 晩御飯の準備よね〜 今日はねえチキン・ぼーるの酢豚風。玉ねぎやら人参でしょ
これなら 子供たちもピーマン 食べるし。 ジョーが好きなのね♪ 」
島村さんち では <お子ちゃま中心> の献立ではないのだ。
「 あら 当たり前でしょう? 一家の主の好きなモノを作るのは・・・ 」
― なのである。
その日も当家の主の帰りは 標準的に言えば決して早い時間ではなかった。
子供たちはもうとっくにベッドで寝息をたて すぴかは盛大にお布団からハミ出し、
すばるはすっぽり潜りこんでいた。
しかし 毎晩日付変更時間前後に帰宅しているジョーにとっては 早い帰宅だ。
「 お帰りなさい 今日は少し早いわね ・・・ 」
「 ただいま 〜 うん 取材先から直帰だから 奥さん〜〜 」
「 嬉しいわ♪ 〜〜〜〜 んん ・・・ 」
二人は深夜に近い玄関で 熱くあつ〜〜〜く口づけを交わす。
「 うふふ ・・・ 今夜はね、チキン・ボールの酢豚風 よ。 」
「 ん〜〜〜 ・・・ わお♪ 野菜、ばりばり食べたい気分だったんだ〜〜 」
「 はい たくさん召し上がれ。 」
恋人たちは腰に腕を回し合い 身体を寄せ合い 互いの暖かさにほっとするのだった。
「 〜〜〜 はあ 〜〜〜 美味かったぁ〜〜〜 」
今夜も ジョーは満足の吐息と共に箸を置いた。
向い側には 彼の愛妻がにっこり ほっこり微笑んでいる。
「 うれしいわあ〜〜 全部食べてくださって ・・・ 」
「 うん、だってさ すご〜〜く美味いんだも〜ん♪ やっぱきみの料理が最高さ♪ 」
「 あら お世辞? 」
「 ひどいなああ〜〜 お世辞なんて言ったことあるか〜〜 きみに さ。 」
「 うふ ちょっとからかってみただけ よ。 リンゴがあるの。 いかが? 」
「 お いいね〜〜 あ〜っと・・・弁当箱、ださなくちゃな〜〜 」
ジョーは箸をおき、 がさごそ ・・・ 通勤用のバッグをまさぐった。
「 ? あ〜〜〜 しまった! これ ・・・」
「 なあに? 」
ジョーはバッグから弁当箱を取り出しつつ、声を上げた。 なにかを手にしている。
「 うん ・・・・忘れてた〜〜〜 これ。 」
「 < これ > ? ・・・ あら サンドイッチ? 」
「 ・・・らしい。 」
「 ?? え ・・・ 途中で買ったのじゃないの? 」
「 う〜ん? ・・・あ! そ〜なんだよ、 これね もらったんだ。 」
「 もらった? え〜〜 これ・・・ 手作りじゃないの? 」
「 ウン ・・・ らしい。 」
「 らしい・・・って どなたかのランチを頂いたの? 」
「 ??? だれがくれたんだったかなあ〜〜〜 ?? 」
「 やだ〜〜〜 ジョー、しっかりしてよ〜〜〜 あら 可愛い包みねえ ・・・
これ ・・・ 女性のじゃない? 」
「 あ! そ〜だ! 取材に出る前に新人ちゃんが くれたんだった! 」
「 しんじんさん? まあ〜〜 ・・・ じゃ これそのヒトのランチだったのかしら 」
「 いやあ? ランチは皆 ちゃんと食べてたよ。
・・・ ! そうだ〜〜 思い出したよっ きみが作ってくれた弁当を食べて
熱いお茶 飲んで 取材に出よう と思ってたら ・・・ くれたんだ。 」
「 え じゃあ その方はわざわざ二人分のお弁当を持ってきたの? 」
「 う〜〜ん ・・・ というコトになるよ ねえ ・・・
けど なんで??? それにあの新人ちゃんの弁当はサンドイッチじゃなかったぞ?
なんかこう〜〜 コンパクトな弁当箱にちまちま・・・色なモノが入ってた。 」
「 まあ・・・ ともかくこの布はお洗濯しておくから お返ししてね。 」
「 ありがとう。 ついでに聞いてみる。 なんだってこんなこと したのかって。
つまりその〜サンドイッチの意味を さ。 」
ジョーは一人で大真面目に首をひねくっている。
そんな夫の様子を フランソワ―ズは黙って眺めていた。
あ〜あ ・・・ また 勘違い・お嬢さん かしら。
ジョーはねえ アナタ達の理想のイケメン君 じゃあないのに・・・
・・・ あのねえ、どこにでもいる・普通のお父さん なのよ。
うふふ ・・・でもね、本当はものすご〜〜く素敵なの♪
でも 教えてあげない。
ジョーの外見だけに目を はあと にするヒトにはわからないわね。
ふふふ ・・・ ただのオジサン って思うかな?
ま しばらくよ〜〜く観察していれば わかることだわ
妻の余裕で フランソワーズは静観を決め込むことにした。
ええ 結末はなんとか 立ちなおってね♪
おとめちゃん にはちょっとキツイかしら・・・
でもね。 物事はなんだって傍で見ているのと本質は
かな〜〜〜り違う のよねえ・・ってことを
お勉強しましょうね。
ジョーは サンドイッチをしげしげ見つめ、扱いに困っている。
「 なんか申し訳なかったなあ ・・・ 捨てる・・・ か 」
「 ジョー、それは半日 お弁当箱に中にいたわけでしょ。 この季節だし・・・
どうぞ捨ててくださいね。 」
「 ・・・ ウン。 ごめんよ〜〜 」
ジョーは浮かない顔で 弁当箱から <頂き物> のサンドイッチを捨てた。
「 あ〜 明日の弁当だけどさあ〜 」
「 はい わかってます。 今夜のチキンボールでしょ。 」
「 うん♪ へへへ〜〜 明日の昼が楽しみだなあ〜〜〜 」
「 うふふ ・・・ あ そうだわ ちょっと待ってて ・・・ 」
「 ? 」
フランソワーズは パントリーを開けるとごそごそやってたが すぐに戻ってきた。
「 これ。 クロスと一緒にお返ししてね。 」
「 ・・・ あ うん ありがとう。 」
「 いいえ お礼はしなくちゃ ね 」
「 そうだね。 奥さん いつもすいません 〜〜 」
「 いえいえ ・・・ お茶? 」
「 う〜ん ちょっと飲みたいな。 ブランディ、付き合ってくれる? 」
「 はい 喜んで♪ 」
大人の時間 はこれからなのだ。
翌日、 檀嬢のデスクにはきっちりアイロンのかかった花模様のクロスと
きす・ちょこ が一袋 置いてあった。
島村チーフはすでに取材先に出発していたので 詳しい経緯は双方不明のままだ。
新人嬢は 無表情にソレをさささ・・・っと机の引き出しにしまった。
春はゆっくりと進んでゆく。 気温は上がるがそめそめと雨が降る日が続いたりもする。
その週末は一日中 曇ったり晴れたり・・・そして時には通り雨〜 という厄介な空模様だった。
「 おかえりなさい。 雨に遭ったのではなくて? 」
その夜、 玄関のドアを開けるなり彼女は彼に聞いた。
「 ・・・? 」
一瞬 彼女は目を見張った。 危うく<眼>のスイッチをオンにするところだった。
ジョーが見覚えのないYシャツを着ているのだ。
「 あの ・・・服、濡れたの? 」
「 あ〜〜〜 うん、傘 もって行かなかったんで〜 もうぐしょぐょだよ 」
「 ねえ ジョー。 ・・・ 今朝 スーツで出ていった? 」
「 いや? 取材だからジーンズだよ? なんで。 」
「 だって その恰好 ・・・ 」
「 え? あ〜〜〜 このシャツかあ〜 」
ぐしょぐしょだ・・・と言いつつも ジョーは全く濡れていない。
ジーンズの上下で朝、出勤して行ったが ― 今は普通のズボンにYシャツ姿だ。
「 どこかで買って着替えたの? 」
「 あ 違うんだ。 これ ・・・ 差し入れ。 」
少し困った顔で彼は着ているYシャツを引っ張った。
「 さしいれ??? 」
「 ウン。 取材先で通り雨に遭ってさ。 ぐしょぐしょのまま、ともかく帰社して
置いてあるズボンに穿き替えて ・・・ そしたら 『 差し入れです! 』 だって。 」
「 ・・・・ 」
フランソワーズは大きく吐息をついた。
また 例のあの新人嬢 ね ・・・?
俄雨のための <準備> で ロッカーにYシャツ完備ってヤツ?
「 それ、御代金をお返ししてね? 」
「 え ・・・ でもなあ 金額わからないし ・・・ 」
「 あとで見せてね。 だいたいならわかるから。 それでお返ししておいてね。 」
「 うん。 やっぱ ・・・ 困るなあ ・・・ 」
「 そうね ・・・ 」
「 とにかく着替えてくるよ。 あ ・・・ 晩飯〜〜 」
「 はい ちゃんと用意できてるわ。 鰈の煮付けなんだけど。 あとたけのこご飯。 」
「 おお〜〜〜 和食〜〜〜♪ わお〜〜 たけのこご飯〜〜〜♪ 大歓迎〜〜 」
ジョーは大股で二階の寝室へ上っていった。
「 まあ ・・・ すぴかみたいねえ〜 後ろ姿はすばるにそっくりだけど 」
島村夫人はにっこり彼女のご亭主を眺めていたが ―
つまりは 彼女の娘は父親の気質を受け継ぎ 息子は父親の外観を受け継いだということだ。
編集部はそろそろ本格的な修羅場に突入しつつある。
いや、ここは毎日が修羅場 みたいなのであるが それがど〜〜〜んとヒート・アップ・・・
部全体が異様な熱気でいっぱいなのだ。
― つまり 締切日が近づいてきた ってことだ。
「 ん〜〜〜っと ・・・ お〜〜い タカハシ君〜〜 字数、足りないぞ!
ちゃんとカウントかけろ。 アサダさん! 読者プレの商品手配、確認して! 」
「 あ いっけね〜〜〜 タイトル入れてたあ〜〜 すんませ〜〜ん 」
「 発注しましたけどぉ〜〜 」
「 タカハシ君 ・・・ それ先月号でもやったよね?
アサダさん〜〜 確認して。 ちゃんと! 確証、もらって! 」
「「 へ〜〜い ・・・ 」」
ふう〜〜〜〜 ・・・ ジョーはPCモニターに隠れてこっそりため息の連続だ。
「 ふっふ〜〜〜 島ちゃ〜〜ん なんか苦労してるねえ〜 」
低いけど張りのある声が聞こえ ばん! ほぼ同時に肉厚の手がジョーの背中をたたいた。
「 いって〜〜〜〜 あ アンドウ部長〜〜〜 」
いつの間にか後ろに アンドウ女史が立っていた。
「 いやあ〜 ・・・ まあ いろいろ ・・・ 」
「 ふふん ちょいとアタシが背後から皆のシリを叩いてくるわさ。 で 島ちゃんの方は 」
「 あ〜 さっき部長に送りました。 あとでツッコミしてくださいね〜 」
「 あはは・・・島ちゃんのにはツッコミ不要だよ。楽しみに読ませてもらうね〜
・・・ ねえ ところで ・・・ アレは? 」
女史は くい・・・っと親指で自席に鎮座まします新人嬢を指した。
「 ・・・ あ〜 あのぉ 〜 電話番 をやってもらってます。 」
「 え できるの? 」
「 座ってるだけです。 ・・・ 他に頼めること、ないんです。
掃除は ― 打ってる最中のキーボード 拭いたりして邪魔だってクレームがでるし 」
「 ふ〜〜ん ・・・ あ 外線、掛かってきたらしいよ〜 」
「 ・・・・・・ 」
二人してこっそり見ていると 新人の檀嬢は気取って思い入れたっっぷりに受話器を取り上げ
( 誰も見てやしないよ〜〜〜 それより早くとりなっ )
こっくり頷くと、ネイルでキラキラの指でプッシュし
( 少々お待ちください とか言えよ〜 ・・・その爪で間違えないかね?? )
rrrrrr ・・・ ようやっとジョーの前の電話の内線音が鳴った。
「 あ きたきた〜〜 アタシ 出ていい? 」
「 どうぞ 部長 」
「 ・・・・ 」 すちゃ。 アンドウ女史は無言で受話器を取った。
「 あ〜〜〜 檀ですけどぉ〜 島村ちーふ〜〜〜〜 お電話でぇすぅ〜〜〜 」
「 !? 」 ぴき★ 女史のコメカミに血管が浮き上がった。
ずむ。 彼女は無言のまま受話器をジョーに押し付け、すたすた・・・新人嬢の席に向かった。
「 ・・・ 島村ですが あ 編集長〜〜〜 なにか・・・ え? テスト? は・・・? 」
ジョーは受話器を持ったまま 新人嬢の席をそ〜っとふり向いた。
アンドウ女史が氷の微笑で 研修用テキスト を彼女の前に広げている。
「 え ええ ・・・ 今 部長が直接教えてますけど ・・・ え? 編集長も教えた? 」
新人嬢は 張り付け笑顔 で頷き素直にテキストを眺めている。
「 ちゃんとやってた? ・・・ はあ あの < 公式設定 > の通り ですよね。
・・・ ええ はい。 それとな〜〜く聞きてみます。 あ 次の企画ですが
資料付きで送りましたので〜〜 赤ペン、入れてください! お願いします。 」
「 島ちゃん。 」
ジョーが電話を切ると 目の前にアンドウ女史がしょっぱい顔をして立っていた。
「 はい? 」
「 うん ・・・ あの新人コちゃん さ。 部署替えしようか。 」
「 え 本人の希望ですか? 」
「 うんにゃ。 希望もなにも ・・・ あのコはここでな〜〜〜んにもやってないし。
本人は 編集部希望ですぅ〜〜〜 とか言ってるけどね。 」
「 まあ まだ始めですから・・・ もうしばらく様子見て ・・・ 」
「 なんて言ってる余裕、ないよ〜 島ちゃん。 どんどん忙しくなってゆく期間だからね、
足手まといは ちょっと な〜〜 」
足手纏い ― ジョーはすこしばかりドキッとした。
わたしだって003なのよ! ねえ わたし、皆の足手纏い?
涙いっぱいの碧い瞳が ジョーをじっと見上げていた日々 ― それはそんな昔ではない。
ふふふ ・・・ 今じゃきみのこと、足手纏い だなんて誰一人思わないよな。
ってか きみがいなけりゃ ウチは全然機能しないもんな〜〜
「 島ちゃん? 聞いてる? 」
「 ・・・! あ は はい アンドウ部長 〜〜 そ それで 〜〜〜
( う ? なんのハナシだっけか?? ) 」
ジョーは素知らぬ顔で意味不明の相槌をうつ ・・・まあ 彼もオトナになったわけだ。
「 ウン あのコさ
島村チーフばっかり見てて なんにもアタマに入らないンですぅ! っていうんだよ 」
「 へ??? 」
「 相変わらずだね〜〜 島ちゃあ〜ん☆ 」
どん ・・・! 肉厚の手がジョーに背中に一発。
「 う わ ・・・ あは 相変わらず強力ですね〜〜 部長〜 」
ジョーは真剣にしかめっ面をした。
「 ふふ〜〜ん♪ ま 島ちゃんはちゃんと仕事してるし。
相手が勝手に盛り上がってるんだから仕方ないけど ・・・ ま 営業にでも 」
「 部長〜〜 営業部、気の毒ですよ。 ともかく今回の校了まで座っててもらいます。 」
「 寛大だねえ 島ちゃん。 そうかい、それじゃしばらくはお客さんってことか。 」
「 はあ でもすぐにわかりますよ〜〜 ぼくはそんな人物じゃないってことがね。
み〜〜んな知ってるじゃないですか。 ぼくは子持ちのおっさんですよ。 」
「 い〜〜やいやいや。 島ちゃ〜〜ん 世間様はそ〜〜んな風には思ってくれてないよ〜
それに! 部長としてね! チーフの邪魔、されちゃ困るんだ。
ここ一番の修羅場は島村チーフの舵取りで全員全力で乗り切るんだから さ! 」
「 はあ ・・・・ 」
困った顔でアタマを掻いてみたけれど ジョーはこのアンドウ女史の気風が好きなのだ。
うん コレだよなあ〜〜〜
そうさ 戦場はどこにでもあるってことなんだ。
「 部長。 ぼくが責任もって新人さんに < 見学 > してもらいますから。
その代り最終の〆、 きっつくお願いします。 」
「 おうよ。 うほ〜〜さすが島村チーフ〜〜 後の護りは引き受けたよっ 」
「 お願いします〜 」
ジョーはぺこり、とアタマを下げると再びPCに向き合った。
「 あ〜 ・・・ 檀さん。 ちょっと 」
「 はぁ〜〜〜い♪ 」
アタマの天辺から突き抜けるみたいな異様ハイ・トーンな声が聞こえ ― 編集部の
ざわめきも一瞬 沈黙した ― コツコツコツ ・・・ 気取った足取りで
新人嬢のお出ましだ。
「 なにかぁ ごようですかあああ〜〜 」
「 用があるから呼んだ。 呼ばれたらすぐに来て。 」
「 ・・・ はあ〜〜い 」
上目使いの甘ったれポ―ズをしてみせたが ジョーは一向に無反応だ。
・・・ あら。 必殺ポーズなのに 〜〜〜
「 そろそろ繁忙期になる。 君はまだ新人なのだから先輩諸氏の邪魔をするな。
そして皆の後ろから じ〜〜〜っくり観察して。 」
「 かんさつ ですかあ〜 」
「 そうだ。 見習いも修業だからね。 そしてその結果をレポートして。 」
「 観察日記 ですかぁ〜 」
「 かんさつってアサガオじゃないんだけどなあ ・・・ まあ そんなところだ。
本日終業までに提出、はい 以上。 」
「 はあ〜〜〜い♪ 」
新人嬢はポーズ♪でお返事をすると さっそく花模様の表紙のノートをもってジョーの真後ろに
立った。
「 ・・・ ! あのね。 背後霊じゃないだから。 それにこの部、全員の観察だぞ?
早く始めないと終わらないと思うよ。 」
「 ・・・ はあ い 」
彼女はぷくっと膨れ のろのろと編集部内を周り始めた。
その夜 ジョーは自宅の部屋で新人嬢の < レポート > を開いた。
「 あ ちゃ ・・・ 」
ボールペンの丸文字がでこぼこ並んでいる。
島村チーフのデスク上の家族写真に感動〜〜〜〜〜
仲良し兄弟姉妹なんですね〜〜
島村チーフのランチョンマットかわい〜〜〜〜〜
くまちゃん好きなんですね〜〜〜
島村チーフの 島村チーフの 島村チーフの
文面は < 島村チーフ > の文字のオンパレード。
最後の一行は
みなさん 忙しそうでした。 編集部は大変だなあ〜と思いました。
― と申し訳のように書きなぐってあった。
「 ・・・・・・・ 」
ジョーはアタマを抱えた。
彼のデスクには写真が飾ってある。 それは確かに家族写真だ。
家の門の前で撮った記念写真で ― 妻と双子の子供たちが並んで笑っている。
これが! ど〜〜して兄弟姉妹に見えるんだ???
・・・ まあ なあ フランとすぴかは見た目 そっくりだし。
( 中身は全然ちがうけど )
フラン、写真だとますます若いよなあ ・・・
すばるは ・・・ ははは ぼくの子供時代だなあ
だから! どう見たって! 親子! だろ〜〜〜
― ことん。 香たかい湯気の立つカップが ジョーの前に置かれた。
「 どうしたの、 ほら ミルク・ティー 如何? 」
「 ・・・ あ フラン ・・・ ありがとう〜〜〜 ああ いい匂いだなあ 」
「 はちみつ入り よ。 ねえ ・・・ なにかあったの? 」
碧い瞳が心配そうに彼を見つめている。
「 なんでも ・・・ いや なんでもなくない よな やっぱ。 」
「 はい?? 」
「 あのさあ 例の新人嬢なんだけど・・・ 彼女のレポート・・・ は見せるのは
ちょっと・・・だけど。 つまり ね。 きみとチビ達の写真を見て さ ・・・ 」
ジョーは今までのアレコレを掻い摘んで打ち明けた。
「 え。 兄弟姉妹 ??? あの写真が? 」
「 ウン。 なんかさ もう〜〜 勝手に妄想してるみたいでさあ ・・・ 」
「 ・・・お年頃だから ・・・ 」
「 仕事場なんだぜ? 遊びに来てるんじゃないんだ。 仕事に集中! だろ。 」
「 それは そうね。 そのヒトの担当はなんなの? 」
「 見習いだからね、先輩たちの観察をさせてるけど〜〜 その結果が ・・・ 」
はあ〜〜〜〜 ・・・・ 大きなため息とともにジョーは万歳・・・というか伸びをする。
「 ぼくはね! 二人の子持ちオジサンなんだ〜〜〜 」
「 うふふ ・・・ そのオジサンにわたしはもう夢中なの。 ず〜〜〜っとね♪
わたしには今のジョーが最高に素敵♪ 」
白い手が きゅっとジョーの手を握る。
「 ・・・ ありがと ・・・ きみがオクサンでよかったなあ 」
「 ジョー ・・・ あなたがわたしの旦那様で本当に幸せよ。 」
「 フランソワーズ〜〜〜 」
「 ねえ? 今度、編集部にご挨拶にゆくわ。校了日が終わったら・・・子供たちも一緒に。 」
「 いいけど ・・・? 」
「 子供たちの社会科見学で〜 とか言えばいいわね? 」
「 うん。 でも ・・・あ そっか! ああ〜〜 それ いいねえ〜〜
うん、 なんたって<現物>がイチバンさあ〜〜〜 」
「 ね?久しぶりにスズキ・イチロー編集長さんやアンドウ部長さんにもお目にかかりたいし 」
「 うんうん 校了明けなら大歓迎だよ〜〜 」
「 では〜〜 ヨロシクお願いします、島村チーフ♪ 」
「 おう 任せとけ。 」
するり、とジョーはしなやかな身体を引き寄せ ― 二人はそのまま縺れてベッドに倒れこんだ。
さて。 初夏の季節になってすぐ。 久々にのんびりした雰囲気の編集部に<見学者>があった。
「 島村 すぴか デス! 」
「 しまむら すばる です 〜 」
色違いのちっこいアタマが 緊張の面持ちで立っている。 後ろには亜麻色の髪の美女・・・
「 たくのしゅじんがいつもおせわになっております。 」
すぴかのはっきり透る声が 編集部に響いた。
「 うちのちちがおせわになってマス。
」
すばるもゆっくりだけどはっきりとご挨拶をした。
「 はい〜〜〜 すぴかちゃん〜〜 いらっしゃい! 」
「 すばる君 こんにちは! 」
部員の面々は もう〜〜〜 大ニコニコ〜〜で挨拶を返す。
「 見学かい? すぴかちゃんの 夏休みの自由研究〜〜 すごくよかったよ〜〜 」
「 えへへへ ・・・ そう? 」
「 ゆっくり見学していいよ〜 なんでも答えちゃう♪ 」
「 すばる君 最新型の新幹線の写真、あるよ〜 いっぱい見ていいから 」
「 うわ〜〜〜 ほんとう? 」
二人ともいろいろ話かけられて大喜びだが ちゃんと部屋のすみに立ってじっとしている。
「 たくのしゅじん?? 」
キラキラした爪のお姉さんが 真顔で聞いてきた。
「 ウン。 お姉さん、アタシのお母さんがねえ〜 こうごあいさつするもん。 」
「 ・・・ お おかあ さん ・・・?? 」
「 そ〜。 アタシのお母さん。 ね〜〜〜♪ 」
すぴかは後ろにいる母の手を引っ張った。
「 うちのちち?? 」
お姉さんは ますます真剣な顔だ。
「 うん。 お爪の長いお姉さん。 僕のお父さんだよ〜〜 」
「 お とう さん ・・・? 」
「 僕のお父さんデス。 ね〜〜〜♪ 」
すばるもお母さんの手を引く。
「 お父さん? うん おもしろいよ〜〜〜 ね すばる? 」
「 うん! それでもってね〜〜〜 おとうさんはぁ お母さんの おうじさま なんだ♪ 」
「 そうそう〜〜 アタシたちのお父さんとお母さんは らぶらぶなの〜〜 」
「 アタシ ・ 僕 達〜〜 ふたご なの (んだ) 」
「 いいねえ〜〜 うん、本当にいいねえ〜〜 」
「 きゃ〜〜〜 可愛い〜〜〜 いいわねえ〜〜〜 」
編集部のオジサン・オバサン・おにいさん・おねえさん達は み〜〜〜んなにっこにこだ。
・・・ただ一人 檀 珠緒嬢はどんどん口数が少なくなってゆく。
ジョー、いや 島村チーフ はもうヒモが解けたよ〜なでれでれ笑顔〜〜だ。
「 お忙しいところ ゴメンナサイ、 これはお詫びのしるし・・・というより
差し入れですわ。 夏ミカンのママレード・パイです。 皆さまでどうぞ。
この夏ミカンはウチの庭でとれたものですの。 」
フランソワーズ、 いや 島村チーフ夫人にして すぴか嬢・すばる君のお母さんは
にっこ〜〜り ・・・ 大きな包みを差し出した。
「 ・・・ 僕も手伝いマシタ。 」
「 夏ミカン、 木に登って取ったのはアタシです。 」
うわ〜〜〜〜い わっほ〜〜〜〜〜 やた〜〜〜〜
部員達はもう大騒ぎの大喜び ― 島村さんち・特製のママレード・パイを堪能した。
・・・ 新人嬢にはちょっぴりほろ苦い味だったかも しれない。
島村さんち の < ウワサの二人 > は ・・・ 誰なのかな。
****************************** Fin.
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Last updated : 29,04,2014.
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************ ひと言 ************
やっと終わりました〜〜〜
やっぱ主人公は 双子ちゃん ってことですね☆