『 うたかたの日々  −(6)−  』 

 

 

 

 

「 おはよ〜っす!」

「 お早うさん! 」

「 おはようさんです〜 」

 

威勢のよい声がつぎつぎと響き、あちこちから機械の唸りが沸きあがってくる。

静まりかえっていた工場は あっと言う間に賑やかな音で一杯になった。

 

「 おはようございます、係長。 」

「 お早うっす! ・・・あれ、島村〜〜?!」

「 忙しい時期に 休んですみませんでした。 」

ぱりっと洗い立てのつなぎを着た青年は すこし年長の男に深く頭を下げた。

「 いや、それはオ−ナ−から聞いてたから。 ・・・だけど、なんでお前ここに? 」

「 ・・・え? 」

訝しげな表情で係長とよばれた男は 青年の顔を眺めた。

「 島村は抜けるからって言われてるぞ。」

「 ・・・ 抜ける? 」

無断欠勤ではないものの、多忙な時期に前触れもなく休んだのだ。

この不景気なご時勢、クビになっても文句をいえる筋合いではない。

「 そうですか。 ・・・失礼しました。 」

「 あ、 おい! 島村〜! 」

もう一度頭を下げて その場を離れる青年の背に男の声が追いかけてくる。

 

「 なんだ、島村君。 こっちじゃないだろう? 」

作業場を出ようとしたときに、青年はぽん、と肩を叩かれた。

「 ・・・? ・・・ オ−ナ−・・・いえ、グレ−トさん?!」

つやの良い剥げ頭の男が 柔和な笑みを浮かべ立っていた。

「 いや〜 正直言ってうれしいね。 君の参加をアタマにおいて計画していたから・・・

 これで第二工場の方も本格的にスタ−トできるな! 」

「 ・・・ はあ ・・・ 」

ヤル気満々、といった風情のグレ−ト氏の笑顔を青年はぽかん、として見つめていた。

「 資金協力、感謝しているよ。 うん、軌道に載ったらもう・・・何倍にもして返すよ。

 あはは・・・なんだかイカサマ経営者の常套句みたいだなぁ〜 」

「 グレ−トさん・・・ あの、資金って・・・第二工場参加への出資金のことですか。 」

「 え? ああ、そうだよ。 うん、あの可愛い奥さんにもよろしく伝えてくれ。

 さ、行こう、島村君。 みんな君のことを待っているよ。 」

ばん、と背を叩かれ青年はなお一層困惑の表情である。

「 すみません、教えてください。 資金の件ですが。 いつ、振り込まれていましたか? 」

「 うん? え・・・・と・・・ああ、そうそう。 君の部屋を訪ねた2日後、だったかな。

 奥さんから、聞いているだろうって思ってたけど。 」

「 ・・・いえ。 僕は・・・なにも。 」

「 そうか。 出来た奥さんじゃないか! 知ってるか? そういうの<内助の功>っていうんだぞ。

 さ!彼女のためにも、頑張ってくれたまえ。 」

「 ・・・ はあ。 」

 

 − フラン・・・! そんなお金、どうしたんだ? 

 

青年は叫びだしたい気分だったが、ぐ・・っと言葉を飲み込んだ。

とにかく、今は。

自分の出来ることに全力を尽くそう・・・

きっと 彼女もそれを望んでいる、と彼は確信していた。

 

・・・ ありがとう。 フラン。 

 

「 グレ−トさん。 どうぞ宜しくお願いします。 」

かっきりと顔をあげ、青年は工場のオ−ナ−氏に挨拶を返した。

 

 

「 あ!島村さん! 」

「 ・・・ アポロンくん 。 」

真新しい建物に足を踏み入れると 横手の事務所から若者が勢いよく飛び出して来た。

クセっ毛の赤毛が アタマ全体で燃え立つようだ。

「 お早うです! グレ−トさんから 島村さんが参加なさるって聞いて

 いらっしゃるのを待ってました。  どうぞ、よろしく! 」

「 ぼくの方こそ。 よろしく頼みます。 」

「 よかったあ! また一緒に働けるなんて・・・ もう最高〜 」

赤毛の若者は屈託なく笑う。

「 きみから そのパワ−を貰いたいな。 」

若者たちの笑い声は 新しい工場を駆け抜ける。

 

「 島村くんっ・・・・! 」

カンカンと早足の靴音が階段をおりてくると 今度は年若い女性が飛び込んできた。

事務服に不似合いな見事な黒髪が豊かにその背に揺れている。

 

「 ・・・アルテミス ・・・さん ・・・ 」

「 あれ、姉さん? ああ、僕らの声が聞こえた? 」

「 もう、朝から大騒ぎしてるんだもの。 島村君、お久し振り! 」

「 あ・・・こちらこそ・・・。 あの、君もここで・・? 」

黒髪の美人の爽やかな笑い声に 青年はどぎまぎと挨拶を返した。

「 そうなの。 弟が紹介してくれてね。 事務のお手伝い、してます。 

 ・・・もう、ゾクは卒業したわ。 」

「 そうなんですか。 ・・・よかった・・・ 」

「 ふふ・・・。 ココで、エンジンの音を聞いているのも いいものよ。 」

不意に彼女はすい・・・と視線を遠くに飛ばした。

そうか、今、このヒトの気持ちはとても落ち着いているんだな・・・

青年は ただ微笑んで彼女に手を差し伸べた。

 

「 ・・・これから。 よろしく。 アルテミスさん。 」

「 ・・・・ 」

かつてのレディ−ス・トップの握力が 青年の手をぐっと握りかえした。

「 ・・・島村くん。  あの可愛い彼女、幸せにしてあげてね。 」

 

去り際に残したアルテミスの言葉が いつまでも青年の耳に残っていた。

 

 

 

ギシギシギシ・・・

・・・ これじゃあ、皆眼を覚ましてしまうよな・・・

青年は盛大に鳴る自分の足音に 首を竦めてアパ−トの階段をあがった。

ついこの間まで どんなに遅くなっても明かりが灯り自分を待っていてくれた窓。

 − 今は 真っ暗である。

なるべく目を逸らそう、とすればするほど、青年の視線はその暗さから離れることができない。

 

・・・ フラン。  どこにいるんだ。

 

重い溜息をぐっと呑み込んで 彼はカギを回した。

 

「 ・・・ やあ、こんばんは。 」

思いがけなく、背後から声が掛けられた。

驚いて振り向いたその先には 褐色の肌の青年がにこやかに立っていた。

「 今晩は。 え・・・っと、 ピュンマ君 ・・・ 」

「 あは、名前、覚えててくれたんだ? ありがとう、島村君。 」

「 ごめん・・・ 寝に帰るだけなんでよく知らなくて・・・ 」

「 僕も君と大して変わりの無い生活だよ。 ふふふ・・・貧乏人は辛いね! 」

「 ふふふ・・・。 君は留学生? 」

「 うん。 一応国費留学なんだけど・・・僕の国は貧しいから。 学内で働かせてもらってるんだ。 」

「 ・・・そうなんだ。 」

「 あの、さ。 気に障ったらごめん。 あの、彼女・・・どうしたの?ここ2−3日姿が見えないけど。」

「 ・・・ お兄さんってヒトが 連れていってしまったんだ。 」

「 え・・・。 どうして。 君たち、近々結婚するって聞いたけど。 」

「 ・・・・・・・ 」

「 あ、ごめんね・・・。 でも、その兄さんは・・・反対なのかい? 」

「 わからない。 わざわざぼくの仕事場まで訪ねてきてくれて、自分の義弟だって・・・

 言ってくれたんだけど。 彼女が居なくなって・・・それきり連絡もなくて。 」

青年から少女が病院から連れ去られた経緯を聞かされ、ピュンマはふうん・・・と腕組みをした。

「 その、エッカ−マン海運ってのは僕でも知っている。 確かに大企業だけど・・・

 いろいろあるみたいだ。  そもかく、彼女の兄さんと連絡をつけることだね。 」

「 あのお兄さんが連れて行ったのだとしたら・・・ 」

青年は薄暗い廊下の電灯でもはっきりと判るほどに顔色を沈ませていた。

 

「 そんなこと、ない。 」

「 ・・・ え? 」

あまりに明るくきっぱりとした返事に 青年は驚いてピュンマの顔を見つめた。

「 そんなこと、ありえないよ、島村君。 」

「 ピュンマ君・・・ 」

「 彼女の兄さんは 絶対にそんなコトはしないよ。

 兄さんは誰よりも、そうだね、君と同じくらい、彼女の幸せを願っているさ。 」

はっきりと言い切られた言葉に半ばほっとしつつも 青年はなおも問わずにはいられない。

「 君にそれが ・・・ どうして わかるんだい? 」

「 わかるさ。 ・・・僕にも 妹がいる、 いや。 いた、から。

 今でも 僕は妹の幸せを一番に祈っているよ。 」

「 ・・・・・・・・・ 」

大地いろのピュンマの瞳には 穏やかな光が満ちていた。

 

 ・・・ ありがとう ・・・ !

 

何も言わないまま、色違いの手が がっしりと握り合わされた。

 

 

 

・・・ああ・・・! ジョ−のにおいがする・・・・

 

紙袋の中から引っ張り出したジャンパ−に少女は顔を埋めてつぶやいた。

あふれてきた嗚咽を く・・・っと呑み込むと 彼女は手早く着替え始めた。

レ−スとフリルがやたらにびらびらと付いたネグリジェを素っ気無く脱ぎ捨てる。

少女の足元に捏ねられたその豪華な絹の塊は 天井のシャンデリアの光に艶々を輝いていた。

 

着替え、持ってこれてよかったわ。 それに仕立物も・・・

お兄さん、ありがとう! 

 

 − 着古したセ−タ−とスラックス、そして。 男物のジャパ−

馴染んだいつもの服装になり、少女はきゅっと口元を引き締めて風呂敷包みを手繰り寄せた。

 

ジョ−・・・・ 心配しているでしょうね、ごめんなさい。

お兄さんに頼んだ手紙、読んでくれたでしょう? ・・・ 待ってて。 必ず、戻るから。

今のわたしにできるコト、とにかくわたしのお仕事をしなくちゃ。

 

少女は広々としたその部屋を見回した。

大仰に豪華な寝台に ごてごてと鏡の周囲にまで彫刻のあるドレッサ−。

濃いロ−ズピンクの絨毯と同色のカ−テンは お世辞にも趣味がいいとはいえなかった。

おまけに一面に薔薇の花が飛んだ壁紙は 見るヒトを苛立たせるだけだ。

 

・・・わたし。 薔薇はあまり好きではないわ。

 

ふ、と視線を逸らせると少女は、きゅ・・・っと目を閉じた。

バイトの帰りに青年が摘んできてくれたタンポポや、あのアパ−トで大家の老人が

丹精している鉢植えの小菊が 生き生きと思い出された。

みんな少女の大事な<友達>だった。

 

みんな・・・ 元気、よね。 わたしも・・・!

 

仕立物と針箱をくるんだ風呂敷包みを引き摺って少女は部屋の隅ににじり寄り、

もつれるように座り込んだ。

 

・・・ ジョ−の杖。 一緒に来たはずなのに・・・。 どこへ・・・

あれさえあれば。 ここから・・・出られるかもしれないのに。

 

杖なしで歩くのは 少女の脚にはかなりの負担だった。

にぶい痛みに 彼女は投げ出した脚をそっとさする。

スラックスに包まれた、その左脚は右よりもかなり細くまったく頼りない。

自分自身の指先に、でこぼこと隆起が続く傷跡がはっきりと感じられる。

コズミ院長は、さり気なく整形手術を勧めてくれたが、少女にとってそれは心外なことだった。

 

「 ・・・いいんです。 わたし、気にしてませんから。 」

・・・ジョ−は、この傷跡も・・・愛してくれてますから・・・ 

- そっと心の中で彼女は付け足していた。

 

・・・そうよ、あの夜。 ・・・ ジョ−に初めて身体を預けた・・・あの夜・・・

 

 

きつく目を閉じて青年の腕に全てを委ねていた少女は びくり、と身体を震わせた。

彼の唇が 指が。

ヴェロアの羽根毛となって 少女の膝から内腿へ昇りつめてゆく。

傷跡をたどっているのだ、と気づいた時、少女は耳の付け根まで赤くなってしまった。

 

・・・ ジョ− ・・・ やめ・・・・て。 恥ずかしい・・・

やめない。 

 

意地悪。 ・・・ どうしてそんなに苛めるの・・・

このキズが羨ましいから。

 

涙にくぐもった少女の声に 青年の優しい声が被る。

 

羨ましい ・・・?

これは ・・・ きみが頑張ってきた証拠 ( しるし )  きみのパ−トナ−

誰よりもきみの近くにいる、このキズが ・・・ ぼくは嫉ましい

 

ジョ−・・・ あ・・・ !

 

彼の指は唇は 傷跡を丹念に愛撫し遡り  ・・・ やがて その奥庭にある愛の泉へと沈んでゆく。

 

あの日から。

そう、あの時から。 この傷跡はわたし達の思い出になったのよ。

そうして、このキズは。 あなたとの愛の夜を全て知っているもの。

これは、 あなたとわたしの愛のしるし・・・

 

 

すう・・・と大きく一息吸い込んで。

目じりに一粒涙を挟んだまま、少女は針を取り上げた。

 

さあ。 一緒に頑張らなくっちゃね?

 

贅沢な設えに溢れた広い部屋の片隅で 少女は熱心に針を動かしていた。

 

 

「 ・・・ どこにいるのかと思いましたよ。 」

「 ・・・・!?  エッカ−マンさん ・・・ 」

突如、声を掛けられ少女はや驚いて顔をあげた。

目の前に 相変わらず瀟洒な身なりをした青年紳士が立っていた。

 

「 ちゃんと、ノックはしましたからね。 いくら待っても返事がないので、こうして失礼しました。 」

「 ・・・ お願いです。 わたしをウチへ帰してください。 」

少女は表情も固く、低い声で訴える。

「 ・・・ それしかあなたは僕に話しかけてくれないのですね。 

 ああ? 縫い物ですか・・・ 」

 

手元を覗き込まれ 少女は反射的に縫いかけのベビ−服をたくし込んだ。

不躾な半ば嘲笑するような視線から その無垢な布地を護りたかったのだ。

 

「 なんだってそんなコトを・・・ 」

内職の仕立物、と見て取り、彼は眉を顰めた。

「 これがわたしの仕事です。 引き受けたものはきちんと仕上げなくては

 迷惑がかかります。 」

「 あなたが そんなことをする必要はもうないのですよ。 」

「 ・・・・ 勝手に決めないでください。 わたしの問題です。 」

「 あなたはこの邸の女主人になる方なのですよ。 もっと大切なことをいろいろ学んでください。」

「 妙なことを仰いますのね。 わたしをウチに帰してください。

 兄の指図だ、とわたしを騙したヒトのところには居たくありません。 」

「 ・・・だから。 」

青年紳士は 肩をすくめ溜息をついた。

「 あなたの家はここです。 どうしてわかってくれないのですか。 」

「 ・・・・・!  触らないでっ! 」

すっと手を伸ばしてきた彼に 少女は身を竦め叫んだ。

「 これは・・・ 失礼しました。 結婚式までオアズケということですか。 

 いや、身持ちは良いに越したことはありませんね。」

青年は苦笑を浮かべたが 少女はそこに侮蔑の影を見逃さなかった。

 

「 わたしには 夫が、います。 」

少女はしゃんと身を起こし、まっすぐに彼の顔を見つめた。

青い瞳が つめたく青年紳士を見据えている。

 

「 別に正式に届けを出していたわけでは ないでしょう? まあ、若い頃の過ちは

 ・・・ 僕は気にしませんよ。 」

「 過ち? 」

「 あなたは。 僕の婚約者です。 以前・・・その、あの事故の前に僕の母があなたの

 お母上にお願いをしていたはずです。 」

「 ・・・ そんなこと。 全然聞いていませんわ。 」

「 ああ、・・・ あなたは記憶が混乱しているだけでしょう? 」

「 いいえ、いいえ。 母が・・・ そんなこと.

 

「 あなたは。 そう、薔薇の蕾より百合の花よりも可憐で美しかった・・・・

 僕はスキ−場で兄上と笑いあっていたあなたを拝見して 一目で恋に落ちましたよ。

 あの日から。 僕は決めたのです。 このヒトを得よう、自分の妻にしよう、と。 」

「 ・・・・・・ 」

「 あの笑顔・・・! あの天使の微笑みを得るためなら何でもする、と誓いましたよ。 」

「 ・・・あなた、自分の言っているコトがわかっているのですか。 」

なかば呆れ、そして同時に冷たいモノが背筋をはいあがった。

 

 − このひと。 本気だわ・・・

 

身を強張らせ、にこりともせずにいる少女に青年紳士は上機嫌で喋り続けている。

「 そうそう。 あの島村、という青年は大層優秀なようですね?

 彼が勤める工場もなかなかいい仕事をする。 あそこだけは残すことにしましたよ。 」

「 ・・・ ジョ−に・・・何をしたのですか?! ・・・ 残す ・・・? 」

少女は すっと血の気が引くおもいだった。

 

 − このヒトは。 にこやかに微笑んでいるけれど・・・ 目が・・・

 

常に笑みを絶やさない青年紳士の顔を 少女は突き刺すように凝視する。

 

 − 目が。 笑っていない。 目が・・・ 生きてはいないわ。

 

「 残す・・・ってどういうコトです?! 」

「 おや。 お気に召しませんか。 

 あの辺り一帯は古い家屋が多く、ゴミゴミしていて非生産的です。

 ですからあの近辺の土地を全てわが社が買い上げて大ショッピング・センタ−建設を

 計画しています。 」

「 ・・・ そんな ・・・! そこに住んでいる人々はどうなりますの! 」

「 なに、充分な保証金をバラまけばそれで充分でしょう。 」

青年紳士はこともなげに言ってのけ、楽しそうに笑った。

「 僕はヒトの無用なウラミは買いたくないのでね。 」

「 ・・・・・・ 」

もはや、声も無く少女は彼の得意満面な笑顔を冷ややかに見据えていた。

 

「 さあ。 もうそんなコトは忘れて。 微笑んでください、フランソワ−ズ。 

 僕に あの・・・微笑をください。 」

微笑みの欠片すらなく、ひどく無表情に自分を見つめている少女の頬に

青年紳士は そっと手をのばした。

「 あなたは僕のものです。 ・・・ああ!長年の望みがやっと叶いました・・・ 」

 

いかにも満足気に吐息をもらしつつ、内心彼は動揺していた。

彼の手に触れたモノは。

固く冷え切った・陶器の表面 − それは決して柔らかく温かな乙女の頬ではなかった。

凍りついたその顔には 嫌悪の表情すら見出すことができなかった。

 

「 ・・・とにかく。 結婚式はあなたの誕生日にしましたよ。 さすがに急で邸の者達は大騒ぎですが。

 それまでには兄上もお戻りになるでしょう。」

「 ・・・ 出て行ってください。 」

瞬きひとつせずに、少女は言い放った。

「 随分とキツいお嬢さんだ・・・・。 まあ、いいでしょう。

 おいおい僕のやり方に慣れていただきます。 」

 

相変わらず自信たっぷりな様子で カ−ル・エッカ−マンは踵を返した。

 

「 わたしが ・・・ あなたのものになる、と言ったら。 すべてを解消してくださいますか。 」

戸口から足を一歩踏み出したとき、室内から固い声が彼の背にぶつかってきた。

一瞬、足を止め彼はちらり、と肩越しに一瞥を投げ、独り言のように呟いた。

 

「 君の好きにすればいい。 」

 

ガチャリ・・・。 

豪華な牢獄のドアは 音をたてて閉じた。

 

 

青年紳士の姿が 視界から消えたとたんに少女の身体はくたくたと絨毯の上に崩れ落ちた。

不思議と 涙はわき上がってこなかった。

 

ジョ−の夢が・・・叶うのね。 ジョ−の幸せ・・・。

わたしを ・・・ 拾ってくれた ・・・ ジョ−。 大好きな ジョ−・・・

・・・ 愛しているわ ・・・・! 世界中でだれよりも。

そして

みんな・・・ こんなわたしに親切にしてくれた・・・あの土地の人々・・・

みんな、大好きよ。 

わたしに 出来ることは・・・。

 

きゅ・・・っと唇を噛み締め、少女は両腕で身体を支えおきあがった。

 

泣いてる時じゃない。

わたしの出来ることに 全力を尽くさなくちゃ・・・。

 

再び、部屋の片隅に座り込むと少女は懸命に針を動かし始めた。

 

 

 

その角を曲がったとき、青年は意識して目を逸らそうとしていた。

イヤでも一番初めに目に入る風景を見たくはなかったのだ。

それは。

つい最近までは一日の楽しみの始まりだった。

彼にとっての至福の場所、幸福の巣・・・・

その存在をしっかりと確かめ、噛み締めたくて毎日飽きずにその景色を見ていた。

あの、窓には。 どんなに遅い日でも明かりがともっていた。

早く帰れた日には窓辺には俯いている優しい影が映っていた。

 

 ・・・ フラン。 もうすぐきみの誕生日だね。

ぼく達、二人の出発になるはずの日なのに・・・。

 

その日も 反射的に視線を外そう・・・とした瞬間に彼の目は明かりを捕らえた。

 

 ー ウソだろ・・・!

 

見間違えか・・・とぎゅっと目を閉じそうっとまた開けて。

そこには 明かりがあった。

 

 

「 ・・・ フランソワーズっ! 」

どこをどう駆けてきたか彼はまるで記憶がなかった。

気付いたときには、自分の部屋のドアを開け放っていた。

 

「 あら。 お久しぶり。 」

聞き慣れた声がして・・・・ 豪華な毛皮に包まった美女が振り向いた。

その髪、 その瞳、 そのまつ毛、 その唇・・・・

すべて青年が一番よく知っていたはずの愛しくてたまらない肉体は

今、酷く余所余所しく彼を見つめていた。

 

「 ・・・・ フランソワ−ズ ・・・・ 」

「 今晩は。 島村さん。 」

飛び込んできた勢いで そのまま側に寄ってきた青年を

美女は取り澄ました声で牽制した。

 

「 ・・・ きみ ・・・? 」

 

 

 

 

 

「 島ちゃんっ! 居るんだろ? トメだよ、裏の。 ココを開けておくれっ 」

どんどんどん・・・

ドアを盲滅法叩く音に混じって 老婆の金切り声が響いた。

「 島ちゃん、島村くん? 私だよ、あんたの奥さんに仕立物を頼んでいる・・・

 どうぞ、開けておくれ。 」

中年女の切羽詰った声も聞こえてきた。

 

 

・・・・ がちゃ ・・・

 

のろのろとドアが開き、薄暗い室内から青年が無表情な顔を覗かせた。

「 ・・・なにか。 すみません、眠たいんで・・・ 」

「 フランちゃん・・・! フランちゃん!! あんたの奥さんはどこだいっ? 」

「 ・・・ぼくに妻はいませんよ。 なにかのお間違えでしょう。 ・・・失礼・・・ 」

むっとした顔で青年が閉じようとしたドアを 老婆はガシッと足で押さえた。

「 冗談言っているヒマはないよ。 島ちゃん、あんたの・・・いや、フランちゃんはどうした? 」

 

「 ・・・ あの女なら。 出てゆきましたよ。 ・・・もう貧乏には飽き飽きしたってね。 」

ふん、と嘯いて横を向いた青年の頬を 老婆の平手がしたたか打った。

 

「 ・・・島ちゃんっ! あんた・・・ほっんとうに大バカ者だよっ!

 その目は 節穴かいっ!?  ・・・ 目をお醒ましよっ !!! 」

 

 

 

Last updated: 09,06,2005.                             back    /    index    /    next

 

 

***  ・・・婆ちゃんパワ−、炸裂?! (^_^;)  妙なトコロで切れていてすみませぬ・・・(泣)

    あと1回で終わる・・・はず???