『  あしたの風  ― (2) ―  』 

 

 

 

 

 

 

   ド −−−− ン ・・・・!

 

また雷が鳴った。

さきほどよりも随分と近づいてきた。  

 

   カッ ・・・・!!!!

 

稲妻が夜空を上から下へと真っ二つにしてゆく。  

雨模様のその夜、月も星も姿を隠していたが、空はかなり・・・ 賑やかだった。

手前の空間を そして 海に近い空間を雷鳴よりも多くの光が暴れまわっている。

 

   ・・・ 変だわ? この稲妻は ・・・ 自然発生したものとはちょっと様子がちがう・・・

 

003は慎重にサーチを続けつつ、<アイツ>の居た周囲もじっと観察していた。

009 ・・・ いや、 ジョーは加速装置を稼働させとっくに可視空間からは姿を消している。

ザ・・・・!   ガラガラ・・・!  

しかし あちこちに飛び散る土塊や小石で彼らが激しく闘っていることは容易に判断できた。

 

   あの光 ・・・ 0010のメインの武器は何なのかしら。 

   ・・・ わたしを狙ったときに指先から発したものはレーザーではなかった・・・

 

「 皆 ・・・ 大丈夫? ・・・ 004? 002や008は・・・ 」

003は肘で懸命に身体を起こし、周囲を見回した。

地面は至るところに抉れた跡があり、崖の一部は崩れ焼け焦げた松の幹が転がっている。

 

「 ・・・ おう。 生きてるぞ。 」

「 ・・・ ふうう ・・・ なんだろう、あのショックは? レイガンとは違うよね。 」

瓦礫の影やら 崩れた岩陰から仲間達はようように這い出してくる。

「 クッソ〜〜〜 ! ヤツの加速装置はオレより速いんだ! ウ〜〜〜 」

「 ・・・ 火、とはちゃうねんな、ヤツの<光線>は。 熱くない炎、ちゃうか。 」

「 ああ。 温かくはない火だ。 」

「 みんな・・・ よかったわ! お願い、009を援護して! もう・・・加速装置の使用限界にきているはずよ。」

「 どこにいる? この・・・エリアにいるのか?! 」

「 わからない・・・ でも でも ・・・ このままでは・・ ! 」

「 泣くな。 俺達は仲間じゃないか。  009を見殺しにはしない。 」

焦げ跡だらけな身体を引き摺ってサイボーグ達は 集まってきた。

「 003。 ともかく009の現在位置を見つけだせ! 」

「 おうよ! 全員で掛かればなんとかなるぜ。 」

「 海の中も忘れずに捜してくれよ? ・・・ あの崖から ・・・ 落ちてないといいんだけど。 」

 

「 ・・・ 雨  だ。 」

 

「 ・・・え? 」

005がじっと中空を睨んでいる。

「 とうとう降り出したか。  雷が雨雲を呼んだね。 どうだい、003? 方角だけでもわかったかな。 」

「 ・・・ わからない。 少なくともこの空間で、加速音は拾えないの。 」

「 003。 わかった、もういい。 俺たちも範囲を広げて捜そう。  002、空から頼む。 」

「 オーライ!  こんな小雨、どうってこと、ねえ。  行くぜ! 」

「 落雷に気をつけろ。 」

「 ・・・ あれ。 そういえば・・・ 雷鳴が静かになったね。 まだ稲妻は見えるけど。 」

008も 005と並んで夜空を見つめている。

「 そうね。 雷雲は離れていったわ・・・  あ! 」

「 見つけたか?! 」

「 いいえ。 でも、 わかったわ! あの・・・ 0010の武器、あの衝撃光は 雷よ!

 0010はなんらかの方法で一瞬で集中した強い放電攻撃ができるんだわ! 」

「 そうか! ・・・ なるほど、 <熱くない炎> か! 」

「 ええ。 だから対処法は・・・・ 」

「 よし、わかった。  作戦は俺達に任せて 009を捜せ! 」

「 了解・・・! 

 

     009 ・・・! 009、 009〜〜〜 ! お願い、返事して!

     声が無理なら ・・・ せめてなにか音を立てて・・・

 

     ・・・ < ジョー > !  加速を解いていたら  脳波通信をキャッチして・・・!

     < ジョー > !!  わたし、まだ あなたに名前、教えてないでしょう・・・?!

 

003は目と耳の能力をレンジ最大限に広げ 同時にやはり最大範囲で脳波通信を飛ばし続けた。

つ・・・・ 

雨の雫が亜麻色の髪を伝い 青白い頬で涙と一緒になり落ちて行く。

「 雨 ・・・ 恵みの雨、になる・・・! 」

005はぼそり、と呟くと003を抱え上げ肩に乗せた。

「 ・・・ あ・・・ ありがとう、 005・・・ 」

サイボーグ達は小雨の中、そろそろと移動をし始めた。

 

 

「 ふん! 運のいいヤツだ。 」

「 ・・・ な ・・・ なんだ・・・・って・・・ 」

「 トドメを刺す楽しみは お預けだ。  ・・・ あばよ! 」

「 ・・・ ?? ・・・  」

すこし離れた崖下で 009は辛うじて瞼をこじ開けた。

加速装置の使用限度オーバーで 身体は指先一本自力では動かない。

 

   ・・・ あ ・・・ 雨 、 か  ・・・

 

こまかな雨粒が 009の髪の目に鼻に ・・・ 音もなく落ちてきていた。

その冷たさを感じることもなく すとん・・・と009の全感覚は真っ暗になった。 

 

 

 

 

 ―  爆発のあと、しばらくは派手な火花が飛び散っていたが。

次第に勢いは衰えてゆき、やがて季節はずれの<花火大会>は終焉となった。

 

雨が ・・・ 細かい雨がまた落ち始めた。

そして 

折り重なり ぶすぶすとまだ薄い煙をあげている二つの物体に静かに 密やかに降り注いでゆく・・・

紛い物であれ、 かりそめにも<生命>のある間には彼らには許されなかったことだ。

 

    これは ・・・ 涙雨 ・・・? そう、誰も弔ってもくれない彼らへの

    天からの お悔やみ、なのかしら・・・

 

物陰から003は <兄弟> と名乗った彼らの終焉を見据えていた。

完全に活動を停止して やっと触れ合えた兄弟の残骸の上にそめそめと天は優しい涙を落とす。

白く熱していた身体は次第に熱を失い黒く冷え切って 瓦礫となってゆく。

 

「 ・・・ 兄弟なのに・・・! 触れ合うこともできなかったなんて・・・ 」

 

荒い呼吸でふらつく脚を踏みしめ、009はじっと彼らの骸に視線を注いでいた。

 

    ・・・ 009? ・・・ あなたは。 あなたのこころは・・・

    自分達への暗殺者の死でさえも 哀しむことができるのね・・・ 

 

003はそんな彼の姿から目を逸らすことができなかった。

「 ・・・ 009 ・・・ 

彼はゆっくりと振り返ると 重い足取りで歩き始めた。

茶髪に見え隠れする頬に 一筋涙が伝った。

「 009 ・・・ 」

「 ・・・ ちがった出会いをしていたら ・・・ 仲間 ・・・ になれたかもしれない・・・ のに ・・・ 」

「 ・・・ 009。  あなたが楯になってくれなかったら・・・わたし達は全滅していたわ。 」

「 知らなかったんだ・・・! あの二人は 兄と弟・・・家族だったんだ・・・!

 ぼくは ・・・  仲間だった ・・・ かもしれない相手に 銃を向けてしまった。 」

 

  ズ ・・・ ズ ・・・ズ ・・・・

 

かなりのダメージを受けたのだろう、彼は脚を引き摺りぎくしゃくと歩いてきた。

「 ・・・ お帰りなさい。 ・・・ ジョー ・・・!  」

「 ・・・ え ・・・ 」

茶髪の少年は大きく目を見開き、 立ち止まってしまった。

「 大丈夫?  ほら ・・・ つかまって! 」

金髪碧眼の少女は駆け寄り 彼に手を差し伸べた。  白い手、ほっそりとした指が少年を迎えている。

「 ・・・ ぼくは ・・・  」

「 さあ。 行きましょう。 わたし達、仲間のところに・・・ 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

少年は おずおずと目の前の手に 強張った指を伸ばした。

「 博士がお待ちかねよ? ちゃんと治療が終らないうちに飛び出して!って・・・・

 かんかんになって怒っていたわ。 」

「 怒ってた・・・? 」

「 ええ。  もう真っ赤になってね。  ふふふ・・・でも、あれは心配で心配で・・・っていうカンジだわね。 

 しょうもない息子に腹を立てている父親・・・・そんな雰囲気よ。 」

「 ・・・  え ・・・ そっか・・・ 息子に ・・・ 」

「 ええ。 大事な末息子にね。 」

 

「 おお〜〜い・・・! 早く来いよ! 」

「 先に行くアルよ〜〜〜 ほいで美味しい晩御飯、た〜〜んと作りなおし、しとくさかい! 

「 お二人さ〜〜ん! 春巻の方が先に熱くなっちまうぞ〜〜! 」

先を歩く仲間達から 大声が飛んできた。

「 ま・・・! 007ったら! ・・・ あ、 大丈夫? 」

「 うん。   ・・・ 帰ろう。   ぼくたちの家へ ・・・・! 」

「 ええ。  ・・・ ジョー ・・・ 」

「 ・・・ 003! ぼくの名前 ・・・ ! 」

大きな手が きゅ・・・っと。 白い指を握り締めた。

 

    この人の手は ・・・ 暖かいわ。 いいえ、手だけじゃない・・・

    この人 ・・・ 009、ううん! ジョーのこころは暖かいわ! とても とても・・・!

 

「 フランソワーズ。 」

「 え? ・・・ なに? なんか言ったかい、003。 」

「 だから。 ・・・ フランソワーズ。 003 じゃなくて。 」

「 ・・・ え! あ、あの ・・・ それ。 もしかして・・・ きみの名前? 」

「 そうよ。 だって・・・ほら、約束したでしょう? 晩御飯の続きを食べる時に 名前を教えるって。

 ・・・だから。  もう 003 じゃなくて名前で呼んでね。 ・・・ ジョー。 」

「 うん!  ・・・ ありがとう!  フ ランソ ワーズ  」

「 ・・・・・・・・・ 」

ぼろぼろになったマフラーを引き摺り 二つの影が歩いてゆく。

ようやく雨の上がった夜空からは 遅い月が顔を覗かせた。

凄惨な焼け跡に 白い冷たい光が穏やかに降り注ぐ。  もう ・・・ 一筋の煙も見えない。

ゆっくりと去ってゆく影は やがてすこしづつ寄り添い始めていた。

 

 

 

 

その夜  ―  すでに深夜を通り越している時刻だったが。

ギルモア博士の山ほどの小言と 同じく山ほどの湯気のたつ夜食をサイボーグ達は満喫した。

「 よいな! 今夜から順番に応急メンテナンスじゃ! まったく・・・・

 どいつもコイツも無茶ばっかりしよってからに・・・! 」

「 まあまあ ・・・ ギルモア君、 そんなにカッカとせんで。 う〜ん・・・! ウマイ! これは絶品じゃよ〜 

 張大人 〜〜 素晴しい! 」

「 ほっほっほ♪ ちょいとワテの火ィを使い過ぎましたよって・・・ 心配やったけど。

 コズミ先生の太鼓判頂戴して安心しましたで。  ささ・・・ ギルモア博士もたんと召し上がらはって。 」

「 そう ・・・! 食は人生の基本なり、とな。 今宵はひとまず腹を満たすことに専念いたそう。 」

「 ・・・ う ・・・ それはまあ・・・そうじゃが。 」

「 あれ? 003は?  さっきまで楽しそうに手伝っていたよね。 」

「 ああ、009にもな、この御馳走を持っていった。 アヤツはまだ緊急メンテナンスの最中じゃでの。 」

「 そうですか・・・ しまったな、003に悪いことをしてしまったね。

 あとで 桃饅とか杏仁豆腐とか女の子が好きそうなものを届けておきますよ。 」

「 008、 お主、気が利くな。 

「 え・・・ だってさ。  彼女 ・・・ なんとなく。 妹みたいな気がしてさ。 」

「 えらく気の強い妹だな。 ま、それじゃ・・・これも一緒に持って行け。 」

004は卓上にあったワインのボトルをず・・・っと押し出した。

「 アイツの国のワインだ。 きっと ・・・ 喜ぶだろう。 」

「 へえ・・・ そうか、それじゃ。 」

「 ・・・ 雨 上がった。 だが また降る。 よくない雨が降る・・・それも近いうちに。 」

ふと・・・手を止めた005が ぼそり、と呟いた。

 

    よくない ・・・ 雨?

 

全員がぎくりとし、賑わっていた食卓はたちまちし・・・んとしてしまった。

「 へ・・・へん! そりゃまた上等じゃん! 今度こそオレの力を見せ付けてやるぜ! 」

「 いいから。 今は大人しく 食え。 」

「 そうアル。 今宵はワテらの記念ぱあちい、やで。 」

「 記念パーテイー ? なんだ、それ? 」

「 ほっほっほ。 それはやな、 ワテら皆での作戦が安生上手くいった、ゆう記念でっせ。 」

「 あ、そうか、なるほど・・・・ チームワーク記念だね。 」

「 ともかく! いざ、美酒の杯を空けではないか、諸君!  toast ! 」

「 Prosit ! 」

「 乾杯! ほい、ではマドモアゼルの分で ・・・ A votre sante! 

かちん・・・! 

グラスが鳴って部屋中に和やかな空気が流れ出した。

「 おっと・・・ 酔わないうちに 003の分を持って行ってくるよ。 ・・・ 006・・・じゃなくて。

 張大人! 僕の分、春巻、取っておいてくれるかな。 」

「 アイアイ。 安心していはなれ。 008・・・? 」

「 あ。 ・・・ ピュンマ さ。 」

008はに・・・っと笑い彼自身の胸をくい・・と指さした。

「 アイヤ〜〜 ほんなら。  ピュンマはん! 」

「 そういうこと。  じゃ・・・ちょっと失礼。 」

008 ・・・ いや、ピュンマはトレイを持つと広間を出ていった。

 

 

 

「 ・・・ 本当に・・・ 無茶して。 熱だってまた上がってしまったじゃない。 」

「 ごめん ・・・ でも本当にもう 大丈夫だから! さっきは気が緩んだだけだよ。 」

「 だ〜め。 博士からもしっかり見張っているように! って言い付かっているのよ。 」

「 だからさ、 その必要はない ・・・ あ ・・・ 」

ジョーはメンテナンス用のベッドから 無理矢理起き上がろうとしたがたちまち倒れ伏してしまった。

「 ああ、ほら・・・ だから大人しくしてって言ったのに・・・

 三半規管のバランスがまだ完全に回復していないの。 だから今晩は大人しく寝ていらっしゃい。 」

「 ・・・ う  ん ・・・ あ・・・ やっと天井が回らなくなった・・・ 」

「 ちょっとごめんなさい。 オデコ・・・ほうら・・・ 気持ちいいでしょう? 

 張大人がね、氷を沢山運んでくれたの。

 クスリで冷やすより、こうやって・・・自然のものが一番効き目があるのよね。 

「 ・・・ ああ ・・・ うん、ひんやりしていい気持ちだね  ・・・ ありがとう あ・・・え〜と・・・ 

 あの ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」

「 どういたしまして。  ジョー 」

セピアの瞳と翡翠の瞳が しっかりと見つめあう。 色違いの世界の中に彼女が、そして 彼が いる。

二人の頬には淡い微笑みが浮かび やがて 笑みは瞳にも唇にもいっぱいに広がった。

「 ・・・・・・・・・ 」

ジョーの手がゆっくりと上掛けの下から伸びて白い手に触れる。

「 ・・・ あ? なあに。 

「 ご ごめん!  あの ・・・ 晩御飯! きみ、食べ損なっちゃうよ。 

 ぼくはもう大丈夫だから。  ねえ、上に行って張大人の御馳走を食べておいでよ。 」

「 あら、 そうね。  でも ・・・ いいの。 ここにいるわ。  だって・・・ 」

フランソワーズは小さく笑って 点滴の量を調節した。

「 だって。 誰かさんは目を離したらまたきっと無茶をするんですもの。 」

「 もうしません。 きみこそ ちゃんと食べて休まなくちゃダメだ。 きみの能力って ものすごく

 神経疲労をするんじゃないのかな。 身体が保たないよ。 」

「 まあ・・・ 生意気なこと、言って。 今夜、ジョーが一番しなくちゃいけないことはね、

 ゆっくり休むこと、よ〜〜く眠ることでしょ。  ふふふ・・・オバアチャンの言うことは聞くものよ。 」

「 ・・・ ! 」

ジョーは突然、むくりと起き上がりフランソワーズの腕を引き寄せた。

「 あ ・・・ 起きてはだめだって言ったでしょう? ・・・え? 

「 きみは! 女の子だよ。 ・・・ おばあさんなんかじゃない。 」

「 あのね。 さっき説明したでしょう? わたしは第一世代の過去からきたサイボーグだって。

 闘いのショックで忘れてしまったの? 」

「 ・・・ いくつ? 」

「 ・・・ え? 

「 幾つなのさ。 きみが ・・・ その。 ヤツラに拉致された時は 幾つだったのさ。 」

「 ・・・ 19よ。 」

「 な〜んだ・・・!  ふふふふ・・・ 」

ジョーは声を上げて笑うと そのままフランソワーズの上半身を抱き込んでしまった。

「 ジ、ジョー・・・・? なにをするの。  具合が悪い? 」

「 え・・・ちがうよ! きみってぼくよりたった1歳年上なだけじゃないか。 年上ぶるなよ? 」

「 ・・・ ジョー、だから! わたしは・・・ 」

「 シ。 それ以上は聞かないよ。  ぼく達、皆の中で一番の若者だよね。 

「 だからね、ジョー。 わたしがサイボーグに改造されたのは  」

「 うん、19歳の時だろ? だから! きみは 女の子 さ。 」

「 ねえ、よく聞いて。 ・・・え?  ・・・あ ・・・ んん ・・・ 」

ジョーはそのまま・・・腕の中の少女のサクランボみたいな唇を盗んだ。

 

    ・・・・ あ ・・・  このボウヤ ・・・ ったら・・・!

    あ・・? なに ・・・ このキモチ ・・・ 心の奥がじんわり温かくなってきた・・・わ?

 

それは 思いの外甘い口付けだった。  むしろ不器用で子供っぽいキスだったけれど・・・

その素朴さが 皮膚感覚を通してフランソワーズの心に沁みとおった。

長い、長い間 ― そう、もう考えることも諦めていたほどの長い間、忘れていた なにか が

彼女の 奥  でそろり、と目を覚ませた。

 

    ・・・ ジョー ・・・ あなたって ・・・

 

「 ・・・ ほら、やっぱり。 フランソワーズは19歳の女の子だ。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ったら。 ・・・ もう ・・・ 」

やっと彼の腕から解放されると フランソワーズはぱさり・・・とベッドに伏してしまった。

「 もう ・・・ なんてヒトなの。 ジョー ・・・ 悪いコね。」

「 島村 ジョー っていうんだ。 

「 ・・・ し ま む ら ? 難しいファミリー・ネームなのね。 し ま む ら、ね。

 わたしは フランソワーズ・アルヌールよ。 」

亜麻色の頭が静かに起き上がりジョーに微笑みかけた。

ジョーは  ―  眩しそうにその笑顔を眺めていたがもう一度彼女の手をとった。

「 フランソワーズ。  さあ、きみも休まなくちゃダメだ。 」

「 わたし? 休むのはジョーでしょ。 安心して。 今晩はずっとここにいるから。 」

「 フランソワーズ。 きみも熱があるね? ・・・ いま、唇が熱かった。 」

「 ・・・ え ・・・ あら・・・・。 」

「 きみも休むんだ。  本当にこのままだったらきみの神経は擦り切れてしまうよ。 」

「 ・・・ まあ ・・・ ナマイキなこと言って ・・・ 」

「 女の子はさ、 素直なのが一番だよ。  きみのお兄さんだってきっとそう言うよ。 」

「 ジョ − ・・・・ 」

「 その椅子じゃ休めないよね。 きみの部屋に帰ってベッドでゆっくり寝たほうがいい。 」

「 ・・・ わたし。 今夜は ・・・ ここに居るって。 そういったでしょ。  」

「 え?? だってこの部屋には休む場所なんてないよ。 」

「 ・・・ あるわ。  ・・・ ここ。 」 

「 ええ!? こ、ここ? 」

「 そうよ。 ・・・わたしが一番 安心できる・場所。 」

フランソワーズは しずかにジョーの脇に寄り添って半身を伏した。

「 ・・・ お休みなさい。 ・・・ ジョー。 」

「 あ・・・あ ・・・ お休み  フランソワーズ ・・・ うわ ・・・! 」

ジョーの頬をすこし乾いた唇が さらり、と掠めていった。

 

  

 

カチン ・・・ カチャ ・・・!

メンテナンス・ルームのドアの外で 陶器が触れ合う音が続いている。

ドアは換気のためにほんのすこし、隙間を開けてあったのだ。

「 なんかさ・・・ 聞くつもりはなかったんだけど。 」

チリリ・・・とスプーンがトレイの端に転がってゆく。

「 ・・・ おっと。 杏仁豆腐がこぼれちゃうよ・・・  う〜ん、どうしたものか・・・ 

カチャ ・・・ カチャカチャ・・・

「 困ったなあ。  これじゃ・・・入るに入れないよ〜〜〜  おっと・・・ 」

ピュンマは危なっかしくトレイをささげもち、ドアの前をうろうろしている。

「 夜食を差し入れに来たけど。 こりゃ・・・どうもとんだオジャマムシだよな。 」

ふう ・・・  

溜息をつき、肩をすくめ。  でもピュンマの頬にも微笑みが浮かぶ。

「 ・・・ ま。 いいか。  仲良くゆっくり休んでおけよ、ヤング・ボーイ&ガール。

 ヤツラは  ヤツラの追っ手はこれきりじゃないだろうからね。 」

 

    よくない雨が ふる 

 

ピュンマの脳裏に 005の声が甦る。

「 009。 003。 僕達は9人揃ってこそ、なんだからね。 」

ふ・・・っと彼の口元がほころんだ。

「 ・・・ 目さめたらさ。 僕にも教えておくれよ  ・・・ 君達の名前を、さ。 

 僕はピュンマ。 どうぞ宜しく ! 」

カチャ・・・ カチャ・・・

「 夜食は。 明日の朝にでも食べればいい。 ・・・ お休み。 おっと・・・ぉ〜 」

ピュンマは再び危なっかしくトレイを捧げ、離れの部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

ぴちょん ・・・  ぴちゃ ・・・ ぴちゃ ・・・ ぴちゃん!

軒下からきらきらと 雫が落ちてゆく。

・・・ ぴちょん ・・・    ぴちょん   ・・・・

それは次第に間遠になってゆき やがて軒先に留まり射してきた日にきらきらと輝くだけとなった。

 

    ほう。  これも 『 雨だれ 』 だな。

    ・・・ ふん ・・・ ちがう解釈で弾いたら 面白いかも、な。

 

004は軒先をみあげ 無意識に指を動かしていた。

「 ・・・ おお ・・・ 晴れてきよったな。  」

この家の老主もいつもと変わらずのんびりと縁先から空を眺めている。

「 ええ、やっと。 随分と降ったもんだ。 」

「 ほっほ ・・・ ま、いろいろ・・・綺麗に洗い清めてくれたことじゃろうよ。 

 ・・・どうかね、 一局? 004君 」

コズミ博士は 縁先に碁盤をもちだし、のんびりと碁石を並べ始めた。

「 あ。 アルベルトです、コズミ博士。 ・・・ それじゃお手合わせ願いますか。 」

「 アルベルト君、か。 ほほう、独逸のお方かの。  うむ、よろしく。 」

「 ・・・ 家が ・・・ 半分になっちまいましたね。 

パチリ・・・・と碁石を打つと アルベルトは庭先に目を転じた。

趣のある日本家屋に続く離れの建物は半壊し、使いものにならなくなってしまった。

アルベルト達などの西洋人からみれば少々奇妙な造りだったがどこか懐かしい雰囲気が漂っていたのだ。

 

0010兄弟の攻撃をチーム・ワークで辛うじてかわしたサイボーグ達はすぐに次の敵と対峙した。

奇怪な姿の敵にさんざん手古摺り、最後には全員が猛毒の雨に苦しんだ。

004の渾身の一撃が敵を殲滅させたが コズミ邸の半分は滅茶苦茶になってしまった。

やっと雨が上がり サイボーグ達はようよう一息つくことができた。

 

「 あの離れはコズミ博士の研究室だったのですか。 」

「 うん?  ・・・ お。 こう来たか。それではワシは ・・・っと。 ああ?なんじゃね? 」

「 離れですよ。 俺たちが使わせてもらっていた。 」

碁盤をにらんだままの博士にアルベルトは苦笑し、次の一目を置く。

「 お・・・! ううむ〜〜 なかなかやりおるな、お主〜 ・・・ ああ、あの離れか。

 あれはなあ 昔・・・ほれワシがギルモア君らと共に学んだ地から帰国した頃にな、建てたのじゃよ。

 当時としては最新式での。 ワシ自身の研究室というよりも仲間や後輩・・・やがては教え子達の

 たまり場にしておったもんじゃ。 」

「 そうですか。 それで ・・・ 」

どうりで自分達第一世代には親しみのある風情だったわけだ。 

アルベルトは密かに溜息を洩らし、そっと離れの跡を眺めた。

自分自身を同世代のモノが ひとつ、姿を消してしまった・・・ 

「 思い出の場所を、巻き添えを喰わしてしまった。 申し訳ないです。 」

「 なあに ・・・ あの離れもな、最後に賑やかな時間を過せて喜んでおったことじゃろうよ。

 ・・・ あ! そうか! その手があったか・・・ う〜む・・・・ 」

「 囲碁ってヤツはなかなか面白いもんですね。 崩してまた置いて。 」

「 ま、形あるものはいずれ壊れるのじゃよ。 壊れたらまた造りなおせばよいだけじゃ。

 ・・・ 壊れたら元にはもどらないモノを大切にしておれば 後はなんとでもなる。 」

「 元には戻らない? 」

「 ああ。  仲間 とか 恋人 友人、家族 ・・・ みなかけがえのない宝じゃ。 そうじゃろう? 」

「 え。 ああ  あ そうですね。 」

旧い指輪が彼の胸の奥で チリリ ・・・ と揺れた。

「 君たちは 仲間じゃ。 たとえ離れていても仲間じゃ。 その絆を大切になされよ。 」

「 ・・・ 絆 か。  ああ、どうやら俺が勝ったみたいですね。 」

「 うん?? ・・・な! なんじゃと??  ・・・ おおお ・・・ まさしくこの一局は君の勝ちじゃ!

 しかし 何故だ? 初心者の君に〜〜 」

「 さあねえ?  いつだってお相手しますよ、博士。 」

アルベルトはじゃらじゃらと碁石を碁笥に収めた。

 

「 コズミ博士〜 あれ。 アルベルト。 こんなトコロにいたんだ? 」

「 あら アルベルト。 ピュンマが捜していたわよ? 」

庭先からひょっこりと二人が現れた。  どうやら買出しの帰りらしい。

ジョーもフランソワーズも両手にぱんぱんのレジ袋を提げていた。

「 ああ。 買出しか。  悪かったな、付き合えなくて。 荷物もちくらいにはなったぞ。 」

「 あら、いいのよ。 ジョーがすご〜く沢山運んでくれたから。 」

「 あは。 こんなに持てるとは思わなかったよ。 へへへ・・・便利なこともあるんだね。 」

ジョーは いまだに現在のサイボーグとしての身体に感覚的には慣れていないらしい。

「 博士。 お台所を拝借させてください。 今夜からお食事はわたしが作りますわ。 」

「 え。 おまえが? ・・・ 食えるのか? 」

「 まあ! その言い方はなあに? 随分失礼じゃないこと、アルベルト。 」

「 あ・・・ いや。 006 いや、張大人はどうした? 

「 大人? ああ、彼はね、グレートと一緒にでかけたよ。 なんか・・・店を見るんだって。 」

「 店?? まあ、あの二人にはなにか計画があるのだろう。 」

「 だから! 今晩のお食事はわたしが作るの。  ジョー? 手伝ってね。 」

「 うん、いいよ〜。 ぼく、大勢の食事、作るのは慣れているからさ。 」

「 頼もしいわあ。 コズミ博士〜 それでは失礼しますわ。 」

フランソワーズは深く腰を折ってお辞儀をすると 縁側から廊下にあがった。

「 このお家・・・ 素敵ですわね。 わたし、ニッポンのお家って初めてなんですけれど・・・

 とっても落ち着くんです。 わたしが使わせて頂いているお部屋も大好きですわ。 

 優しくて柔らかいお家 ・・・ 」

「 ほっほ。 お嬢さんにそんなに褒めてもらって・・・ この古家も喜んでおりますわい。

 外国の皆さんには使い難いところも多いじゃろうが・・・ まあ、適当にやってくだされ。 」

「 ありがとうございます。 ・・・ こうやって・・・・座るのでしょう? 」

廊下から座敷に入り、フランソワーズはぎくしゃくと脚を折り座ってみせた。

「 へえ・・・よく知っているね。 ぼくだって正座は苦手だよ。 」

「 昔ね、なにか・・・そんな写真を見たことがあったの。 この床のマットもとてもキモチがいいわ。 」

「 あは。 それって、タタミっていうのさ。 ああ・・・久し振りだよなあ。 」

ジョーも一緒になって座敷に上がりこむとごろん・・・と寝転がった。

「 まあ、ジョー! お行儀が悪い。 」

「 ごめん・・・ でもキモチよくてさ。  あ。 コズミ博士、ごめんなさい・・・ 」

「 よいよい・・・ 畳の感触を存分に楽しみたまえ。 」

「 タタミ、ね。 ・・・ ここに こんなトコロに住んでみたいわ。 」

正座したまま フランソワーズはそっと畳の表を撫でたり、縁を触ったりして楽しんでいる。

「 ほう? お前、パリに帰ることにしたのじゃなかったのか。 」

「 え?! 」

アルベルトの何気ない問いに ジョーが飛び起きた。

「 ええ ・・・ そのつもり。 」

「 ・・・ ええ〜〜・・・ そうなのかい? やっぱり・・・故郷の方が・・・いいよね・・・ 」

飛び起きた勢いはどこへやら ジョーはしょんぼりと俯いてしまった。

「 あの! でもね。 帰る ・・・ のじゃなくて。 行く  の。 」

「 ・・・ え? 」

「 だから、ね。 どうしても一回あの街へ 行きたいの。 行って・・・確かめたいのよ。 」

「 ・・・ 行く ? 」

「 ええ、そうよ。 それで・・・それでね。 必ず帰ってくるわ。 

 そうしたら ・・・ あの。 わたしも あの。 この国に・・・一緒に居ても ・・・ いい? 」

「 ・・・・!!!! 」

ジョーは言葉が出て来ずに 真っ赤になってぶんぶんとやたらと頷いている。

「 そ、そう? それなら・・・嬉しいわ。  あ! 御飯、作らなくっちゃ。 あ・・・ あらら??? 」

「 あ、危ないよ! 」

立ち上がろうとして フランソワーズは大きく前にのめってしまった。

生まれて初めての正座で 痺れを切らしたらしい。

危うく畳にl転がるところを ジョーがしっかりと抱きとめた。

「 ・・・ きゃ・・・ わたしの脚??? 」

「 ほら・・・つかまって。  大丈夫だよ、ちょっと痺れただけさ。 」

「 そうなの?? こんな感覚、初めてよ。  あ・・・ あの ・・・ジョー。 放してくださる・・・? 」

「 え・・・ あ!!! わわわ・・・ご、ごめん〜〜! 」

「 あ ・・・ きゃあ〜 」

「 あわわわ・・・ ごめん、急に〜〜 ・・・わ! 」

  ― 結局 二人は縺れあって畳に上に倒れこんでしまった。

「 きゃ・・・ じょ、ジョー・・・大丈夫?? 

「 あ・・・う、うん ・・・ ごめん! 」 

ジョーは彼女の身体の上から飛び退くと 大慌てで抱き起こした。

「 そのう・・・ぼく ・・・ 重かっただろ。 その・・・妙なキモチじゃないんだ、あの・・・ 」

「 ま! 当たり前でしょう!? ・・・さ、 お台所へ行くわ。 お夕食を作らなくちゃ。 」

「 あ・・・歩けるかい? 」

「 ええ、勿論! 」

少々妙な歩調で それでもピンと背筋を伸ばし頬を引き締めフランソワーズは座敷から奥へ入っていった。

「 あ・・・ あ。 待って ・・・ 買い物持ってゆくから。 え〜と・・・これとあれと・・・あ、こっちもだ! 」

ジョーは二人分のぱんぱんになっているスーパーの袋を持ち上げた。

「 お〜い・・・! たまご、どの袋だっけ? 」

「 卵は! わたしが持ってます。 早くいらっしゃい! 」

「 う、うん・・・ 今、行くよ。 ご、ごめん・・・ 」

今度は バランスの悪さでよろけつつ・・・ジョーは彼女の後を追った。

 

   ったくなあ・・・ 若いってのはなあ。 

   ・・・ ま、せいぜい頑張るんだな、ボウヤ。  このお姉サンはちょいと手強いぞ。

 

「 ほっほ。 仲良きことは美しき哉、じゃ。  こりゃあ いい。 」

コズミ博士ののんびりとした相槌を聞きつつ、アルベルトはなかば呆れて二人を眺めていた。

 

 

 

 

「 どうしても行くのかね、ギルモア君。 」

「 うむ。 これ以上君にも、この国の人々にも迷惑をかけたくないのじゃよ。 」

「 ワシはちっとも迷惑なんかじゃないがの。  まあ・・・君も熟慮の上じゃろが。 」

「 ああ。 しかし。 必ずまた戻ってくる。 ワシはココを本拠地にするぞ、コズミ君。 」

「 おお、それは嬉しいことじゃ。  ・・・ 待っておるぞ。 」

「 うむ・・・ 」

両博士はともに白髪・白髭の老爺になっていたが 熱い心は変わってはいない。

かつての級友同士はしっかりと握手を交わした。

「 健闘を祈る。 」

「 ・・・ ありがとう! 」

 

サイボーグ達は新しく完成した水陸空をゆく船の中で 老友たちの別れを静かに見守っていた。

コクピットの中には 快い緊張感が漲っている。

 

    逃げ回るのは お終いだ。  

    今度はこちらから ゆくぞ!  そう、完全に自由になるために・・!

 

皆 頬を引き締め出立の時を待っていた。

  ― シュ・・・!

エア・ドアが開き、ギルモア博士が早足でやってきた。

「 ・・・ 諸君。 手間取ってすまなかったな。  さあ 出かけよう。 」

「 了解  ! 」

コクピット中から 小気味の良い返事が返ってきた。

 

「 ― 総員 配置に付け。   ・・・ 発進 ! 」

 

中央のコンソール盤の前からアルベルトが指示を飛ばす。

「 了解  ―  ドルフィン号、 発進します! 」

ひときわ高く フランソワーズが応える。

 

「 ・・・ どるふぃん 号 だって? なんだ、それ? 」

「 この艦 ( ふね ) の名前よ。 ず〜っと名前がなくて可哀想だな〜って思ってたの。 どう? 」

「 へえ〜 可愛いね、ドルフィンか。 うん、スマートなカンジがぴったりだよ。 」

「 ありがとう、ジョー。  なんか楽しいじゃない? 」

「 ふうん、確かにね。 水中も空中も OK なこの艦にはぴったりだね。

 ああ 早く潜航して機能をいろいろ試してみたいよ。 」

「 ふふふ・・・ ピュンマの兄弟分みたいなものよねえ。 」

「 へん! えらく少女シュミなネーミングじゃんか。 スマートってトコは買うけどよ。 」

「 じゃあ、決まり。 これからわたし達の艦は ドルフィン号 ね。 ヨロシク〜♪ 」

フランソワーズはコクピットの空間に キスを投げた。

「 お〜〜っと。 その熱き口付けは我輩が頂くとしよう。 我らが海豚に幸あれ。 」

「 ほっほっ。 ワテらのお船の名ァが決まったお祝いや。 ちょこ〜っとオヤツ、作りまひょ。 」

張大人は早々に厨房に篭ってしまった。

「 ・・・ この艦。 俺達の家になる。 海の底深く沈む日まで。 」

 

    え・・・? 海の底に?  そんな日・・・ 来ないわ。

    いいえ、 来させない。 わたし達はこれから自由になるために征くのよ。

 

ジェロニモJrの低い呟きを聞きとめたのは フランソワーズだけだったのかもしれない。

彼女はそうっと 小さな溜息を呑み込んだ。

≪ ・・・ フランソワーズ。 ≫

≪ ・・・ え?  ・・・ああ、ジョー。 びっくりした・・・ 急に脳波通信なんか使うから・・・ ≫

≪ 心配しないで。 そんな日は来ない。 ≫

≪ ジョー・・・ あなたも 聞いていたの? 

≪ うん。  ・・・ ぼくは。 ぼくはいつもきみの側にいるよ。 ≫

≪ ・・・ ジョー ・・・ わたし・・・わたし・・・も ・・・ ≫

 

ごく微かな振動さえ心地よく感じさせつつ 空を飛び・海に潜るイルカは軽快に潜航して行った。

 

 

 

 

 

 ・・・ ザ ・・・・  ザ ・・・ザ ・・・・

夜のセーヌの川面は思いの他 穏やかだった。

ジョーはボーパスを船着場に密かに係留すると クリスマス・イブの夜空を見上げていた。

お洒落な街の空にはそこここのイルミネーションが映り ほんのりと明るい。

星の姿も隠れがち、時間すらも止まってしまったかに見える。

  

   ・・・ もう・・・ そろそろ12時になるのに。 

 

ジョーはじっと時計を睨み 同時に彼自身の視力のレンジを最大限に引き上げた。

003の能力にはとても及ばないが、彼にも常人を遥かに凌ぐ視力が備わっている。

  ―  しかし。

川沿いに道は 恋人たちが行き来しているだけだった。

亜麻色の髪を乱し、息せき切って駆けてくる姿は   ・・・ 見当たらなかった。

 

「  ・・・ はい。 街の方に捜しに行ってきます。 ええ、ぼくだけで大丈夫です。 はい、それじゃ。 」

ジョーは博士への通信を切ると セーヌ河畔の闇に消えた。

 

 

「 ・・・ イブか。 そりゃ故郷の近くにくれば心は揺れるさ。  誰だってな。 」

「 イギリスにも寄港するそうだが。 」

「 我輩は いい。 お前さんこそドイツは陸続き、目と鼻の先じゃないか。 」

「 ・・・ 俺の故郷は はるか時間 ( とき ) の彼方だ。 」

「 ・・・・・・・ 」

パリを遥かに望む港、その暗がりに停泊する船からもオトコたちがイブの夜空を見上げていた。

 

ギルモア博士の旧友・コズミ博士の邸を離れ、サイボーグ達はBGと対峙すべく放浪の旅にでた。

世界各地で転戦し奮戦し ― BGの本拠地を入念に捜していた。

 

しかし

 

   たとえ ヤツらの基地を破壊したところで ヤツらは滅びるのだろうか。 

   自分達は 完全に自由に 解放されるのか・・・

 

決死の脱出、そして次々と襲ってきた暗殺者達を倒した 今、 なおも。

常にそんな思い ― 時には絶望感を ― 彼らはいつもいつも 心の底に持ち続けていた。

 

   クリスマス、か。

   ・・・ いつの時代もどこの地にも ベツレヘムの星は輝く・・・ な。

 

   メリー・クリスマス。  天には御栄 地には平和を ・・・ !

 

ぽつぽつと花火が上がり始めた。  パリは今 ―  聖夜を迎えようとしている。

 

 

 

 

 

「 ・・・ しょっと。 足元、平気かい。 」

「 ・・・ ええ、 ありがとう ジョー。  あら・・・なあに? 」

ジョーはボーパスから彼女を抱き下ろすと そのままじっと彼女を見つめていた。

「 どこか ヘン? わたし・・・ 」

「 あ・・! え、う、ううん! そんなことない! 全然、そんなこと、ないよ。 」

「 ふふふ・・・何を慌てているの? 可笑しなジョーねえ。 」

真っ赤になってぶんぶん首をふる彼に フランソワーズはクスクスと笑いだしてしまった。

「 あ・・・ ごめん、あの・・・だってさ。 そのぅ〜 きみがあんまりキレイだから・・・ そのぅ〜 笑顔がさ。 」

「 あら・・・ ありがとう。 ふふふ・・・クリスマス・ケーキでも買ってきましょうか。 」

「 また〜 そんなコドモ扱いして! 」

「 だってコドモでしょう、18歳のボウヤ。  ・・・ ここでいいわ。 ありがとう。 」

フランソワーズはコートの襟を整え、スカーフを結び直すとにっこりと微笑んだ。

「 ・・・ あのさ。 本当に一人で大丈夫かい。 」

「 もう〜〜何回同じことを聞くの? 心配性ねえ、ジョーったら。 」

「 だって。 女の子が一人で ・・・ BGの手先だっているかもしれないし。 」

「 ジョー? ここはわたしの故郷の街、生まれ育った街なのよ?  それに・・・ 今夜はどうしても一人で

 ・・・ この街を パリを歩きたいの。 ・・・あの・・・ごめんなさいね。  」

「 ・・・ わかった。 今夜にはもう・・・ここに迎えに来なくちゃならないんだ。 

 短い時間だけど故郷のイブを楽しんでおいでよ。 」

「 いいの。 今日だけでわたしには充分だわ。 ・・・ イッテキマス、ジョー。 」

「 ・・・ いっておいで、フランソワーズ。  あ・・・・・ うわ・・・ 」

きゅ・・・っと抱きつくと フランソワーズはジョーの頬に軽くキスをした。

「 勇気を。 わたしに勇気を分けてね。  ・・・・故郷をしっかり見据える勇気を・・・ 」

「 きみは。 いつだって誰よりも勇敢だよ。 」

「 ・・・  メルシ。 」

ちらっと手を上げると フランソワーズはすたすたと街中へ消えていった。

亜麻色の髪に見え隠れする項の白さが なぜかジョーの目の奥底にやきついていた。

 

   ジョー ・・・ ありがとう。 出来れば一緒に故郷の街を歩きたかったわ。

   でも。

   今日だけは。  わたし、一人で行かせて。 

   ・・・ 確かめなくちゃ。 ・・・ そうよ、どんなに辛くても わたし一人で。

 

カツカツカツ ・・・・

 

軽い靴音は 石畳の道にすぐに馴染んであっと言う間に人々に中に紛れこんでしまった。

 

 

 

千年の都は 千の、いや幾千もの顔を持っている。

華やかで洒落た顔の裏には 深い闇もあれば ― 時の止まった場所すらもある。

そんなすべてが万華鏡となって 訪れる人々を酔わせ 惑わせ 溺れさせるのだ。

イブの夜へとごった返す人波にもまれつつも フランソワーズの脚はある区画に向かっていた。

 

目をつぶっていたとしても 脚が この足が覚えている路をたどり あの日のあのヒトの面影をたぐり

彼女は古ぼけたアパルトマンの前に立った。

 

    ・・・ まだ あったのね。 

    わたし。 帰ってきたわ ・・・ そうよ、確かめるために。

 

フランソワーズは じっと。 ただじっと人影も見られない古ぼけた建物を見上げていた。

そう・・・ 見届けたかったのは。  本当の自分。 そして 現実。

 

    さようなら ・・・ お兄さん。 さようなら ・・・ ちっちゃなフランソワーズ。

    ・・・ adieu Paris  ・・・ !

 

空の色はスミレ色から群青も濃く、夜の気配が漂ってきた。

「 ・・・ そろそろ帰らなくちゃ。 ねえ、 ジョー・・・ あ・・・ 」

振り向いた隣には。  夜風がつめたく吹きぬけてゆくだけだった。

 

    ・・・ お馬鹿さんね、フランソワーズ。  一人で行きたいの、なんて気取っていたくせに。

 

ふ・・・っと苦い笑みを唇の浮かべた途端に つ・・・・っと涙の堰がとうとう切れてしまった。

 

    泣いたって しょうがないでしょう?  誰も側にはいないのよ・・・

    今日 それも確かめにきたはずなのに。  

    ・・・ これはわたし一人のコトなのよ、 ジョーには ・・・ 関係がないでしょ・・・

 

彼女は そっと目尻を払うと くるりと踵を返し街中に戻っていった。

 

 

 

 

「 やめて! そこを退いて! ・・・ わたしの邪魔をしないで −−−− ! 」

「 フランソワーズ!!  やめるんだ、スーパーガンを 下ろせ! 」

「 ・・・ だれ? あなた、誰。 どうしてわたしの名前を知っているの?  やめて、来ないで! 」

「 ・・・ フランソワーズ ・・・ ぼくが わからないのかい? 」

「 だれ・・・ あなたなんて知らないわ! またわたしを捕まえて ・・・ 改造するの?! 

 いや、いやよ! わたし ・・・ 踊りたいの。 踊らなくちゃいけないのよ! 」

碧い瞳に炎が燃えていた。  きっかりとジョーを見据え銃を構えている。

「 フランソワーズ! ぼくだ、ジョーだよ! さあ・・・ 一緒に帰ろう。 」

「 ・・・ 帰る? なぜ? どこに・・・? ここは ・・・ 舞台だわ。 ああ・・・ ほら。もう幕が開く・・・

 ライトがついたわ ・・・ 音が音が流れ出すの。  踊らなくちゃ・・・! 」

フランソワーズは つ・・・っと脚を踏み出すと するするとステップを踏み始めた。

「 やめるんだ! 目を・・・目を覚ませてくれ! 」

「 ・・・ 邪魔しないで −−−− !! 

 

 

 

 

Last updated : 06,02,2009.                    back        /      index     /      next

 

 

 

********   途中ですが・アゲイン 

す、すみません〜〜〜 終わりませんでした〜〜〜 (;O;)

美味しいトコの前ですみません〜〜〜  あと一回! お付き合いくださいませ <(_ _)>

『 幻影の〜 』  を見直して・・・ う〜〜〜ん!! もっと甘くしてよ〜〜う!!!

って今更ながらに 唸って?いたのでした。 ・・・ふっふっふ〜〜 ワタクシが!

虫歯も腫れ上がる??激甘にしたるわい! ・・・って 次回!

こりゃ・・・ますます パロディ になってしまったです。

へ〜え・・・? って寛大にもお読み流しくださいませ。 

ご感想のひと言でも頂戴できますれば ・・・ 天にも昇る心地でございます。