『 あしたの風 ― (1) ― 』
「 ひょお~~ ここからの眺めは絶品だな。 ・・・いい風だ・・・ 」
「 ・・・さいでんな。 このお国は ・・・ 暮らし易そうや。 」
岬の先端に 数人のオトコたちが所在無さ気に集まって眼下にひろがる海を眺めていた。
種々雑多、という言葉がこれほど的確にあてはまる一行も珍しいだろう。
年齢 ・ 人種 ・ そして外見 ・・・ みごとなまでにばらばらだ。
端に居たひときわ短躯な中年オトコが ぐう~っと腕を振上げ伸びをする。
― だん・・・!
彼は一歩、崖っぷちへと短いけれどがっしりとした脚を踏みしめた。
「 ・・・よっしゃ。 ワテはやったるで。 このお国に、根ぇ 張ったる。!
あしたの風は あした吹く、や。 」
「 明日は明日の風が吹く、だろ? 」
隣に立つスキン・ヘッドが のんびりとチャチャを入れた。
「 うんにゃ。 あしたの風は あした吹くんや。 あんさんもよ~く覚えておきなはれ。 」
「 ほう? それは我輩も知らない格言だぞ。 あした、吹く、 か。 」
「 そうや。 ・・・ 時に相談なんやが。 」
「 承って候・・・ 」
年長組の二人は ゆっくりと集団から離れぼそぼそと低い声で熱心に話を始めた。
「 ・・・ あした、吹く、 か。 」
断崖のすこし引っ込んだ岩に座りこんでいた少年が ぽつり、と呟いた。
さ ---っと海風が 彼の茶色の髪を弄ってゆく。
彼は気にする様子もなく、そのまま・・・髪を風に遊ばせ、じっと視線を水平線へ投げたままだ。
「 おい。 ・・・ 9番目! え~と?? 」
「 ・・・ ジョー、だよ。 島村ジョー。 」
「 はあん? オマエ ジョー っていうのか! え!? 日本人だろ? 」
ニンジン頭の長身が声をかけた。
「 うん。 でも・・・ジョーなんだ。 」
「 へえ? ・・・ま、いっか。 名前なんぞ・・・ おい、オマエはどうするつもりだ? 」
「 ・・・?? どうするって? 」
「 だ~からよ、 この後、ってこと。 」
「 ・・・ この後? 」
「 う~~~ じれって~ヤツ! だ~から! 」
「 この後、お前自身の身に振り方をどうするのか、と聞いているんだ。 」
一番後ろにいた銀髪が 静かに、しかし はっきりとした口調で言った。
「 あ・・・ うん。 ぼくは ・・・ 。 できればここに、あの邸に置いてもらえればなあ・・・って・・・ 」
「 へ?! オマエ~~ 帰らないのかよ? ここはオマエが生まれ育ったトコなんろ。 」
「 ・・・ 帰るトコ、ないんだ。 皆は? キミ・・・え~と・・・? 二番君は? 」
「 ジェット。 おれ、ジェットってんだ。 このオッサンは・・・ 」
「 アルベルトだ。 ジョー、お前はここに残るのだな。 」
「 ・・・ うん。 博士がいいって言ってくれたら、だけど。 」
「 そりゃ、いい。 老人とオンナ子供だけにしておくのは少々心許無い。 お前でも用心棒にはなるだろう。 」
「 オンナ子供って・・・ あの・・・ 女の子・・・え~と三番さん、国に帰るんじゃなかったの。 」
「 とりあえず、ここに居る、と言っていたが。 」
「 ふうん ・・・ あれ、彼女・・・ いないねえ? 」
茶髪の少年はきょろきょろと辺りを見回している。
「 買い物がある、と言っていた。 初めから一緒にここには来なかったぞ? 気がつかなかったのか、 」
「 ・・・ え、 うん。 皆一緒だと思ってたから・・・ 」
「 おいおい・・・ いつまでも集団行動すると思うな。 」
「 あ・・・うん、そうだね。 」
「 女性には買い物とかいろいろあるんだろう。 ここの家主の老人が熱心に教えていたぞ。 」
「 あ・・・そうか。 それなら大丈夫だよね。 」
「 そんなにアイツのことが気になるのか。 」
「 え・・・! そ、そんなコト・・・ないけど・・・ 」
「 やあ。 なにを熱心に話しあっているのかい。 」
「 あ・・・え~と・・・う~ん・・・8番君、だったよね。 」
「 008さ。 君、いい加減で仲間のコードを覚えろよ。 」
「 ・・・ うん ・・・ごめん ・・・ 」
「 008。 今後の身の振り方について、話していたんだ。 」
「 いよォ~~ 独立の闘士! アンタは帰国、だろ? 」
「 ああ、そうさ。 僕はもう明日にでも故郷 ( くに ) に帰りたいさ。
帰って、この身体を、新しく得たチカラを出来る限り役立てたい! 」
008と名乗った青年は引き締まった顔に精悍な笑みを浮かべた。
「 もっとも、故郷は内陸だから僕の能力 ( ちから ) は役に立つかどうかわからないけど。 」
「 ふん。 我々はみな一騎当千の能力がある。 そこいらの寄せ集め兵団とは比べモノにはならん。
尤も ・・・ 俺はもうドンパチは御免だが。 」
「 は~ん? 全身武器のオトコがそ~ゆ~かって。 」
「 お前には関係ないだろうが。 」
「 へ・・・ まあな。 オレは! オレも、国に帰る。 時間が経っていてもオレが帰るトコはよ、
あの小汚い街だけなのさ。 」
赤毛の長身は 小石を拾いあげぴゅ・・・っと空に向けて放った。
それはまさに弾丸の如く、あっという間に視界から消えた。
「 本当はな! オレ一人ででもヤツらを逆襲してぇんだ! 」
「 ったく。 喧嘩っぱやいヤツだな。 無事脱出できただけでも奇跡に近いと思え。 」
「 ふ、ふん! 少なくとも こそこそ隠れているってのは性に合わねぇ。
へん!! BGのヤツラ、来るなら来てみやがれ! 」
「 なんとでも言っておけ。 005? 君は。 やはり、帰るのか。 」
「 ・・・ アア。 故郷は無くても・・・ 山や大地は残っている。 俺を呼んでいる。 」
「 ふん、全員決まったな。 これにて解散、ということだ。 」
銀髪がザ・・・!と足元の小石交じりの土を蹴った。
ぴゅ~~ 赤毛がひどく高く口笛を吹いた。
「 しかしね、まだ完全にBGを振り切ったわけじゃない。 臨戦態勢は解くべきじゃないよ。 」
008は黒い肌に光る理知的な瞳を眇めている。
「 ヤツらはあれ以上追ってこなかった。 俺たちの利用価値は低い、と踏んだのだろう。 」
「 ・・・ そうかなあ。 あの総力戦を思うとそう簡単に手を引くとは考え難いけど・・・ 」
「 採算が取れねェって判れば即時に手を引くってのは ダーティ稼業の鉄則だぜ。 」
「 ・・・ う~ん ・・・それは、そうかもしれないけど。 」
「 ともかく。 これ以上、ここに ― あの気のいいジイさんちに居候する必要もあるまい。 」
行くぞ ・・・ 銀髪はくるり、と踵を返した。
「 おうよ。 お~い? なんだァ~ アイツら、先に行ったのかよ。 」
松林の下を スキンヘッドと裾長の中国服のコンビがひょこひょこ進んでゆくのが見えた。
「 おい! ジョー? 晩飯までには戻れよ。 」
「 あ・・・ うん、今・・・行くよ。 」
茶髪の少年は慌てて腰をあげ、仲間達の後を追いはじめた。
― 皆 散ってゆくんだなあ・・・
「 ・・・ なんだァ~~?? なんか・・・言ったか!? 」
「 あ・・・ ううん、なんでもない~~ 」
くるり、と振り返った赤毛にぎこちなく手を揚げると、少年はちら・・・っと海を振り返った。
崖っぷちの上から眺める海は ― 穏やかな顔をみせていた。
もともと外海ではないし、冬も終ろうとしている今、季節風もそんなに強くはない。
目路はるか広がる海面は 藍色にたゆたい、白い波がのんびり寄せては返し・・・を繰り返している。
「 ・・・ あの日と海はちっとも変わっていないのに・・・・! 」
あの時。 ・・・ そう、雨の夜だった。
周囲に彼の言葉に耳を貸してくれるヒトはひとりもいなかった。
誰一人 ― 彼を信じてくれるヒトはいない・・・
追い詰められ 押し寄せる絶望と深い哀しみが彼を断崖から突き落とした・・・
「 この手・・・ この手は。 もう 人間の手 じゃないんだ ・・・
島村 ジョーは ・・・ 死んだ・・・ 」
茶髪の少年はきゅっと唇を引き結び足を速めた。
松林を抜け 小高い丘を回りこめば彼らが寄宿させてもらっている邸はもうすぐ目の前に現れる。
「 一雨 来そうだ。 」
「 はあん? 別にいいじゃん。 雨でもヒコーキは飛ぶだろ。 」
「 ・・・ ああ。 ちょっとな。 イヤな予感がする。 」
「 予感? へえ~~~ オッサン?? オッサンの口からそんなコトバ、聞くとはな。 」
「 ・・・ 雨がくる。 ・・・災いもくる。 」
「 005~~ イヤなこと、言うなよ! 」
「 イヤなこと、ではない。 現実だ。 」
「 ほう? ・・・ やはり登場、というわけか。 」
「 登場って・・・ アイツら、か。 」
赤毛の問いに銀髪のオトコは肩を竦めただけで すたすたと生垣を巡り門の中に消えていった。
「 お~い! オッサンってばよ! 」
バタバタバタ ・・・ ザ ザ ザ ・・・ タッ タッ タッ ・・・・
いくつもの足音が吸い込まれて行く。
日頃は森閑としている古い邸は 風体・人相の異なる面々を受け入れ、再び静まり返った。
「 ・・・ あ 皆もう・・・中か。 速いんだからなあ。 」
早足で一行を追ってきた少年は 足を止め、道路から邸を眺めた。
かなり広い敷地内にごく普通の日本家屋の母屋と離れがあった。
離れはおそらく主人であるコズミ氏の研究施設として使用していたのだろう、すこし古風な洋館だった。
ギルモア博士の古い友人だというコズミ氏の邸宅に彼らは転がり込み、
氏はまことに鷹揚に受け入れてくれたのだ。
なんだか・・・ 懐かしい気持ちになるよなあ。
こういう家には住んだことなんか ないのに・・・
少年は ゆっくりと門口を抜けた。
玄関と母屋を見るかぎり、どこにでもある昔風の日本の家、だ。
門から敷石を辿れば玄関があり、横の植え込みの奥にはおそらく縁側つきの部屋が続いているのだろう。
ふう・・・ 少年の口から感嘆にもにた溜息がもれる。
「 こんなウチに住んでみたかったんだ。 こう・・・帰ってくると、さ。 足音を聞きつけて・・・
中から オカエリナサイ って優しい声が ・・・ 」
「 お帰りなさい。 遅かったのね。 」
ガラリ・・・ と玄関の引き戸が開き、静かな声が彼を迎えた。
「 ・・・ えええ ??? だ、だれ・・・ 」
「 なに、驚いているの? ねえ、ちょっとキッチンを手伝ってくださらない?
この国の食材と調味料の名前と・・・ あと、家電製品で使い方がわからないモノがあるの。 」
引き戸の前には 碧い瞳の女性が亜麻色の髪を揺らして立っていた。
薄暗い玄関に 白い透き通った面輪がひどくはっきりと見える。
少年は 彼女から視線が離れない。
・・・ この ・・・ 目、だよ!
ぼくが ぼくを ず~っと引っ張っていてくれるのは・・・!
「 あ ・・・ ああ、 ああ! え~と。 3番さん! 」
「 そうよ、003 よ。 さあ、9番さん? 早くお入りなさい。 」
「 あ・・・ う、うん。 ・・・ あの ・・・ タダイマ ・・・ 」
「 ・・・ なに? 」
「 え?? なに、って? 」
「 今、アナタ、なにか・・・言ったでしょ? だから、なあに? 」
「 なにか??? ・・・・ ああ! タダイマ ・・・って。 これ、挨拶なんだよ。
タダイマカエリマシタ ってこと。 この国では皆 ウチに帰ってきた時にそういうんだ。 」
「 へえ・・? タダイマ、ねえ。 ふうん ・・・ 面白い習慣ね。 」
「 きみの国では ・・・ そんなコト、言わない? 」
「 別に・・・ ウチに帰れば・・・ 家族とキスをして。 それが挨拶だわ・・・ 」
彼女はさり気無く視線をそらせ、ぷい・・・と横を向いた。
「 あ、そ、そうなんだ? いろいろだよね、皆。
あれ? それじゃ・・・<お帰りなさい> ってどうして言ってくれたの? 」
「 え・・・? ああ、わたしの国でだって帰ってきたヒトを迎えるコトバはあるわ。 」
「 あ・・・ そっか。 そうだよね。 うん・・・ 」
「 ? 可笑しなヒトねえ。 ふふふ・・・実はコズミ博士の真似をしてみたのよ。 」
「 あ! そうか・・・・ 博士はいつもぼく達に おお、お帰り って言って下さるものね。 」
「 ええ、そうなのよ。 お気に召して? 」
「 あ・・・ うん! なんだかすごく嬉しかった! ・・・ありがとう。 」
「 え? どうして挨拶にお礼を言うの? 本当に可笑しなヒトねえ・・・009って。 」
「 そ、そうかな。 ごめん・・・ え~と・・・003さん。 」
「 さん、はいらないわ。 さあ、・・・ そんなトコに突っ立ってないで。 早く入ってくださる? 」
「 あ・・・ご、ごめん。 あ! 買い物、行ったんだって? その服、よく似合ってるよ。 」
少年はどぎまぎしつつも 彼女の姿をずっと追っている。
二人は引き戸を開けて玄関に入り、そのまま座敷の横を歩いてゆく。
あ。 ちゃんとスリッパ、履いているんだ・・・ よかった・・・・
他の皆も・・・ このウチのこと、気に入っているみたいだし。
障子の閉まった座敷の脇を抜け、さらにもう一つ低い潜り戸を通ると離れにつながる。
ドアをあければ 彼らが集まる大きな部屋に出られるのだ。
今現在は 誰もいなかった。
「 ・・・え? 服? ・・・ああ、これ。 これは ・・・ コズミ博士のお嬢さんのものよ。
防護服で出歩くわけにもゆかないでしょ、 博士から拝借したの。 」
「 ・・・そ、そうなんだ? あの! か、買い物は・・・ 」
「 スーパー、というの? マーケットの場所、教わったけど。 ・・・ふふふ・・・ちょっと勇気がなかったわ。
この国の言葉・・・いえ、文字は知らないし。 お店の形態とか全然勝手がわからないし。 」
「 あ! そ、そうだよね。 ごめん・・・! ぼくが一緒に行けばよかったね! 」
「 結構よ。 あなたがわたし達皆の用事を背負いこむ必要はないわ。 」
「 ・・・ そ、それはそうだけど。 でも ぼく、一応、日本人だし・・・ コトバの問題はさ 」
「 あのね。 わたし達、全員自動翻訳機ってものが組み込んであるのよ?
モジュールをアップしてゆけば、すぐに理解可能になるわ。 」
「 ・・・ そ、そうなんだ? 」
「 そうよ。 だからあなたはこうして・・・わたしと直に話しができるのよ?
わたし ・・・ 今、母国語で話しているの。 わかってる? それともあなたはフランス語が堪能なの? 」
「 ・・・ え!? そ、そうなんだ??? い、いや・・・全然・・・ 」
「 皆だってそうよ? 勿論・・・ あの島では英語が共通語だったけど。
わたし達は皆それぞれ母国語で喋っていたわ。 009、あなただってそうでしょう? 」
「 え・・・ あ・・・。 そうだね。 ぼくは普通に日本語、話してるよ。
きみの言葉とか皆の言うことも ぼくには日本語に聞こえるから・・・ ヘンだよね?
普通に考えてみれば。 でも ・・・ ぼくはなんとも思ってなかった・・・ 」
「 ・・・ あなたはまだ・・・ この身体になってほんの短い時間しか経っていないから勝手がわからないだけよ。
大丈夫 ・・・ すぐに 慣れるわ。 」
「 そ・・・ そうかな。 あ! キッチンに行かなくちゃね! 夕飯、作らないと・・・ 」
「 あら。 手伝ってくれるの。 」
「 だって! 10人 ・・・ いや 001はミルクだけ、か。 でもコズミ博士の分もあるよね、
10人分の夕飯づくりって。 きみ一人じゃ大変だよ。 」
「 あなた、料理なんて できるの? 」
「 あ・・・うん。ぼく、大勢の食事、つくるの慣れているから。・・・美味しいかどうかは保証なし、だけど。」
少年は大きな部屋を横切って奥のキッチンに歩いてゆく。
「 慣れている? ・・・ レストランかどこかで働いていたの? 」
「 ううん。 ぼく、教会の施設で育ったんだ。 だから ず~~っと大人数の生活さ。
・・・ 一人の部屋なんて、あの潜水艇のキャビンが初めてだったもの。 」
「 ・・・ あれは 部屋 なんてものじゃないわ。 そうなの・・・ あら? 」
「 ? あれ。 え~と え~と・・・ ゼロゼロ・・・ 」
「 006。 キッチンで何をしているの? 」
簡易キッチンともいえる小部屋には 先客がいた。
あの中国服を着た短矩の中年男が コトコトと調理台にむかって作業をしていたのだ。
「 おお・・・お帰り。 003はんに009はん。 なに・・・て料理に決まってますがな。
もうじき 出来まっせ~~ まあ、ワテの腕を信じなはれや。 」
「 ・・・ 006? ・・・料理、するんだ?? 」
「 あのな、009はん。 ワテはムカシも今も 料理人 やで。
ここは海が近いさかい、なかなか新鮮は魚介類が手ェに入ったよってな。 」
「 あら! 外に買い物に行ったの? 」
「 はいナ。 コズミ先生に教わって ・・・ 近所の商店街をざ~っとな。 」
「 まあ・・・勇気があるのね。 この国のコトバ、読めるの? 」
「 ほっほっほ・・・ ワテはな、ここのお隣の国出身や。 まあ、遠い親戚、みたいなモンやさかい、
大概の字ィの意味は見当がつきます。 お喋りはあんさんも判るやろ。 」
「 ええ・・・ まあ、そうなの。 ねえ、今度一緒に連れていってくださらない。 」
「 あ・・・ あのう~~ ぼく・・・ 」
「 ほっほ。 003はん? そ~れはこのお国のおヒトに頼んだらええ。 なあ、009はん? 」
「 ・・・え! あ、あのう・・・ うん、もし、よかったら・・・ 」
茶髪の少年は 突然話を振られて驚いたのか、真っ赤になり長い前髪の陰に隠れてしまった。
「 ? あら、いいの? 食料の買出しなんて・・・オトコノコには面白くないでしょ? 」
「 え・・・どうして?? 食べるって大事なことだよね。 ぼく、スーパーとかの食料品売り場、好きだよ。 」
「 へえ・・・ あなた、変っているのね。 あなたのガールフレンドは楽でいいわね。 」
「 ・・・ が~る ふれんど ・・・? 」
≪ ・・・ 009はん! カノジョ、のことやで。 このお嬢はんはち~っとばかり古風なんや。≫
≪ わ! 00・・・6? いきなり通信するからびっくりしたよ。 あ・・・そ、そうなんだ・・・ ≫
≪ はいナ。 ま・・・安生引き回したげてな。 ≫
≪ うん、わかった。 ありがとう! 00・・・6。 ≫
≪ ほっほ。 あのな、坊。 ワテ 張々湖、いいまんねん。 よかったら名ァで呼んだって? ≫
≪ え・・・いいの?! うん! 張・・・大人、だね! ≫
≪ そやそや、それがええ。 坊は ・・・ ジョーはん、やったな。 ≫
≪ うん! ジョー。 島村 ジョー というんだ。 あ・・・ よろしく、張大人! ≫
≪ よろしゅう、おたのもうします、ジョーはん ≫
「 夕食、お願いできるなら・・・ちょっと部屋にもどって着替えて来てもいいかしら。
エプロンも捜して来たいし。 すぐに戻ってくるけど。 」
「 ああ、ああ、焦らんでヨロシ。 ここはワテと えっへん、 ジョーはん とで引き受けるさかい。 」
「 ・・・ ジョー・・・? 」
「 この、坊のことやで。 なあ? ジョーはん。 」
「 う、うん。 こちらは ・・・ 張大人 さ。 」
「 ・・・ あら。 そうなの。 それじゃ・・・ 」
少女は ちらり、と二人の顔を眺めたが、ふい・・・と視線をそらしすたすたとキッチンを出ていった。
「 ほっほ。 ・・・どうも ご機嫌、ようないねんな。 お嬢はんは。 」
「 ・・・ うん。 名前 ・・・ 教えてくれないのかな。 」
「 ま、そのうちに、や。 さ~て、ジョーはん。 そんなら、こっちの野菜、洗うてな。 」
「 うん! 任せて~~ 」
簡易キッチンに 穏やかな空気とやがて・・・良い匂が満ちてゆくのだった。
離れには大きな部屋の他にあまり広くはないが個室が幾つかあり、男達はシェアして使っている。
ギルモア博士は母屋に寝泊りしていた。
003はたった今、歩いてきた道を戻り、母屋に上がった。
つるつる滑る階段をのぼる。 ・・・ 家の中とは思えないほどの狭さだ。
カタン ・・・
紙と木でできた簡単な引き戸をあけると 明るい色彩の部屋が現れた。
タタミという足に変わった感触のするマットが敷き詰められているのだが、隅は低いベッドがあった。
窓辺には ピンクを基調にした華やかな模様のカーテンがレースのものと二重にさがり、
壁はベージュ系の壁紙が張ってあり、所々に木の柱が顔を出していた。
やさしい、穏やかな部屋 ・・・ ところどころに可愛い小物も置いてあった。
しかし そのどれもが、かなり色褪せ時に埃をかぶっていた・・・・
本当に・・・不思議な部屋ね・・・
東洋風、ってこんなものなの? ・・・でもベッドやカーテンはあるし・・・
少女は改めてぐるりと部屋中を見回した。
そこは 当主・コズミ老の愛嬢の私室だったという。
彼らが大勢で転がり込んできた夜、老人はだまって彼女だけをこの母屋の部屋に案内したのだ。
「 ここはなあ。 ワシの娘が嫁に行く前に使っておった部屋じゃ。
どうぞ・・・ 好きに使ってください。 服なんぞも気に入れば着てやってください。
そこの箪笥に入っていますからの。 」
「 え・・・ でも・・・ そんな勝手に・・・ 」
「 いやいや・・・ 嫁に行ってもうかれこれ10年です、古着で申し訳ないが、の。 」
「 古着だなんて・・・ ありがとうございます。! 」
「 どうぞ、なんでも使ってもらって・・・ ベッドもよかったら。 リネン類は新品ですからな。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 お嬢さん・・・ いろいろあるじゃろうが。 しばし、全て忘れて・・・お休み。
明日のコトは 明日、考えたらいいのじゃよ。 」
「 ・・・ ・・・・・ 」
老人の眼差しは 限りなく温かく そして 穏やかだった。
・・・ ぽとり ・・・
「 ・・・ あ・・・? ・・・イヤね、わたしったら・・・ 」
頬から落ちた自分の涙に 少女はうろたえ、慌てて指で目尻を払った。
「 女の子ひとり、気を張っていなさっただろう。 たまには一人になることも必要じゃよ。
ああ、ワシとギルモア君はこの母屋におるでの、安心なさるがいい。 」
「 ・・・ は、はい・・・ 」
老人は 少女の涙にも微笑を向け、飄々として部屋を出ていった。
「 ・・・ わたし一人、なんだか申し訳ないけれど。 でも ・・・嬉しいわ。 」
少女は静かに引き戸をしめると、 ゆっくりと部屋を横切った。
隅にあるベッドに腰を降ろし ・・・ そのまま ふわり、とうつ伏せに身体を倒した。
・・・ 帰るわ。 絶対に。 どんなコト、してもパリに帰るのよ・・・!
いつまでも集団でいる必要なんか ないわ! わたしはわたし、だもの。
脱出計画を知らされてから ずっと<仲間たち>と協力しあってきた。
全員が ― そう、あの最後の少年も ― ひとつになっていなければ とてもヤツラの許からは
逃げ出すことは不可能だった。
― ともかく。 この島を出る! その為にはなんだってやる!
それが その意識が彼らをずっと支えてきたのだ。
しかし。
縛めを解かれ、ぽ~ん・・・と <普通>の世界に飛び込んだ今、 彼らの意識は、いや 気持ちは
急速にばらばらに離れ始めている。
ともかく脱出は成功した。 あとは・・・! なんとかして巧くこの世界に紛れこむことだ。
「 ・・・ いつまでもココにいるわけにはゆかないもの。
ええ、コトバもよく判らない東の果ての国に隠れているのは ごめんだわ。 」
彼女は小声で呟くと、勢いをつけて起き上がった。
今は まだ、<仲間>達と行動を共にしている方が安全だ。
時期をみて、ふっとこの国を離れても 誰もなにも言わないだろう。
「 002や004も国帰るって言っていたし。 それに ・・・ 」
ベッドに脇には 背の低いチェストがあり引き出しの中にいくらかの衣類が収められていた。
彼女はブラウスの下からエプロンと思われる布を発見しひっぱりだした。
「 ・・・ それに。 たとえヤツラがまた追ってきたとしても・・・ 」
ぱん・・・!と取り出した布を捌くと、少女はすぐにそれを身に付けた。
新品ではなかったが 洗濯が効いているのでたいした抵抗はない。
あの島で 泥と血と硝煙の匂にまみれ、赤い服だけしか着られなかった日々を思えば・・・・
古着であろうが借り着であろうが 上等である。
「 それに・・・集団でいるよりも ばらばらの方が向こうの注意も散るんじゃない? 」
きゅ・・・っと紐を結ぶと 彼女は静かに部屋を出ていった。
「 ・・・ あら。 雨 ・・・? 」
離れに入る手前で ぱらり、となにか冷たいモノが額に感じられた。
お昼すぎまで、からっと晴れ上がっていた空は、灰色の雲にびっしりと覆われている。
ぽつ ・・・ ぽつ ・・・
ひそやかにほんの細かい霧雨にも似た雨粒が落ちてき始めた。
今夜は 雨。 そう、あの巨躯の持ち主の言葉が 当たったのだった・・・・
「 アイヤ~~ 003はん? ようお似合いでんな。 」
「 ・・・ァ ・・・ 本当だね。 女の子のエプロンっていいなあ。 」
離れの簡易キッチンでは 料理人と茶髪の少年がてんてこ舞をしていた。
なにをしていたのか・・・と文句のひとつも飛んでくるはず、と003は思っていたのだが・・・
二人は機嫌のいい顔を彼女に向けた。
「 ・・・あ ・・・ ご、ごめんなさい。 その・・・エプロンがなかなか見つからなくて・・・ 」
「 ヨロしヨロし。 ・・・ふん、こんなモンやろか。 蒸しモノもええ感じやし。
あ~ そやそや。 酢の物用に、て胡瓜もた~んと買うたんやった。 ほい・・・美味そうやで。
003はん、これ、千切りにしたって? 」
「 あ、ぼくが洗うよ。 その間に食器、出してくれるかな。 」
料理人はなにやら緑にひょろり、とした野菜を何本もつかみ出し、少年に渡している。
「 え・・・ ええ。 どんなお皿? 大きいのかしら。 」
「 うんにゃ、酢の物、でっせ。 ほんまやったら小鉢がええんやけど・・・今はそのスープ皿、出してんか。 」
「 ・・・ スープ皿・・・? ええ ・・・ それじゃ・・・ 」
危なっかしい手つきで食器をとりだした彼女の前に ごろごろと緑の野菜が差し出された。
「 じゃ・・・これ。 張大人~~ 千切りでいいのかな? 」
「 そや、ジョーはん。 お嬢はん? でっきるだけ細うに切ってや~~ 」
「 ・・・ せんぎり・・・? 」
目前には幅のひろいまな板と なんだかおそろしく大きな・四角い刃物が置いてある。
「 ・・・ これ。 ・・・野菜なの。 」
「 え・・・! ああ、胡瓜ってきみの国にないのかも・・・ 野菜だよ、ちょっと水っぽいけど美味しいんだ。 」
「 きゅうり ・・・ きゅうり ・・・・ あ! cornichon ? いえ、この大きさなら concombre かしら。 」
ようやく補助脳がはじき出してくれた結果にほっとして、彼女は改めて目の前の野菜を眺めた。
・・・ せんぎり・・・? 細く、って言ってたわね?
それじゃ・・・まず端っこから細かく切ってみようかしら。
うわ・・・ これ、なに? これでも包丁・・? なにか薪でも割りそうじゃない?
彼女はおっかなびっくり、中華包丁を手に取り・・・・
「 ふんふん・・・・ アイヤ~! 待ってえな!! お嬢はん、ナニやっとるねん!? 」
ガス台に向かっていたはずの料理人が頓狂な声をあげると 彼女の側に飛んできた。
「 なにって・・・ そのぅ ・・・ せん・・・ぎり? 」
「 胡瓜をみじん切りにしてどないするねん! ・・・ええか、よ~~く見ていなはれや! 」
「 ・・・ ハイ ・・・・ 」
料理人は フランス娘の手から包丁を取り上げると ―
トントントン トントントン ・・・・ サクサクサクサク ・・・・
じつにリズミカルに、そして彼の丸まっちい手は信じられないほどすばやく刃物を操り・・・
たちまち 緑の細長い野菜はこんもりした細い細~~い細工モノの山に姿を変えていった。
「 ・・・ すご・・・い ・・・! 」
「 はん! あんさん、これは基本の基ィでっせ。 おウチでお母はんの手伝い、せんかったんか。 」
「 ・・・ え ・・・ だって。 」
「 あ、ぼくが続き、代わるよ。 へへへ・・・大人みたいには切れないけど・・・ 」
「 よろし、よろし、ジョーはん。 ココはワテがこのお嬢はんにじ~っくり教えたるわな。
ええか。 包丁の持ち方、やけどな・・・ 」
料理人は今までの穏やかな表情から一変、厳しい表情となり、003を見据えた。
「 しっかり覚えておかな、あかん。 料理は生きる基本でっせ。 」
「 ・・・ ハイ。 」
彼の真摯は迫力に呑まれ フランス娘は大人しく手を動かし始めた。
「 ・・・ あ~~~ ちゃう、ちゃう! ちゃいまんがな! あんさん、どこを見てるんや! 」
「 ゆっくり ・・・ 焦らんでええ、 そやけど手早く、な。 」
「 ひと~つひとつ 覚えていったええがな。 けど、忘れたらあかんで。 」
狭いキッチンに びんびんと料理人の声が響き ・・・ 少年はひたすらはらはらと後ろで見守っていた。
「 ・・・ そや。 それでよろし。 これで今夜のお御馳走、できたで。 」
「 ・・・ あ あ ・・・ 手が ・・・ 固まっちゃった・・・ 」
「 お疲れ様。 うわ~~ 美味しそうな胡瓜だね。 皆も大喜びだよ。 」
「 ほな、こっちのお皿から運んでくれるか。 ワテは最後の味付けをするさかい。 」
「 オッケー。 う~~ん ・・・ どれも良い匂い! あ・・・ ぼくが運ぶから。 」
「 でも・・・ わたし、なんにもしていないし・・・ 」
「 ちゃんと胡瓜の千切りをしてくれたじゃないか、あんなに沢山!
それじゃ・・・ テーブルを拭いておいてくれる? すぐにご馳走を運ぶから。 」
「 ええ、いいわ。 あのお部屋、片付けておくわね。 」
「 ありがとう! お願いするよ。 」
・・・ あ。 そんな ・・・ 無防備な笑顔、しないで・・・・
あなた ・・・ どうしてそんな笑みをうかべることができるの・・・?
003は 一瞬、彼の笑顔に見とれ・・・あわてて目を逸らせた。
009 ・・・ 確か・・・ < ジョー > という名前だったわね・・・
大きな部屋へと、キッチンのドアをあけつつ、003はちらりと振り返っていた。
少年は茶色の髪を揺らしつつ 熱心にトレイに夕食の皿を並べている。
ふうん ・・・ 最新式の最強~って本当なのかしら。
・・・ そりゃ 確かに戦闘中はなかなかよくやるな、とは思っていたけど・・・
でも、と003はかすかに首を振った。 自分には関係のないことだ。
あの島で 風にあおられ、運命の嵐にもみくちゃにされて。
混乱する意識の中・・・ でも じっと見つめ返してきたセピア色の瞳。
あのひたむきな彼の瞳は とても印象的だった。
そうね。 あの時も思ったわ。
009 ・・・いえ、 <ジョー>って。 縋りつくみたいな瞳をしているわって・・・
しかし、・・・ ここを離れてしまえばもう縁のないヒトなのだ・・・
この不思議な邸での穏やかな暮らしに不満はなかったが やはり彼女の心は故郷の街に向いていた。
「 ・・・ おう、これはこれは。 我らが姫君~~ エプロン姿もまた、魅力的ですな。 」
「 夕食の準備かい? 手伝うよ。 こっちのテーブルでいいかな。 」
大きな部屋では オトコたちが気侭に過していた。
隅の机に向かっていたスキン・ヘッドが立ち上がり、芝居がかったレヴェランスをした。
窓際のソファで本を読んでいた青年は気軽に腰を上げた。
「 なに言ってるの、007。 ああ、ありがとう 008。 え・・・っと そうね、そのテーブルと・・・ 」
「 ・・・ 全部で9人だ、これだけでは足らんな。 おい、007、そっちのテーブルも寄せてくれ。 」
肘掛椅子から銀髪がむくり、と起き上がり椅子をずらせ采配を揮い始めた。
「 ありがとう、004。 そうね、全員で食事ってなると狭いわね。 邪魔なものは外に出して
おきましょうか。 」
「 うん、テラスでもいいかな。 ・・・ 002? ごめん、ちょっと退いてくれるかな。 」
008は脇机を抱え、テラスへのサッシを開けている。
「 ? あのさ。 ここにコレ・・・置くから。 中に入ってくれるかい? もうすぐ夕食だし。 」
「 ・・・ このままじゃ ゴメンだぜ。 」
「 ああ? だから食事の間だけだよ。 002、君も手伝ってくれないか。 」
「 ・・・ 暢気にメシ、喰ってる場合かよ! 」
派手なジャンパーを揺すって赤毛が ・・・ 吠えた。
「 はあ?? 」
「 なんだ 002。 大声を出すな。 」
「 止めて頂戴。 ・・・ ええ、今から夕食なの。 食べる気がないのならそこを退いて。 」
「 だから! ココに隠れている気はねえってことを 」
「 夕食できたよ~~ ! ちょっと開けてくれるかな。 ぼく、両手が塞がっていてさ。 」
「 ・・・ 009。 うん、今開けるから。 」
「 ほら、邪魔だ。 メシを食う気なら座れ。 」
「 ほいほい・・・ これで宜しいかな。 お~ いい匂いであるなあ。 」
「 ああ! ちょっと待ってね。 今 ・・・ 急いでテーブルを拭くから。 ・・・ っと、これでいいわ。
008? このテーブル、もっとぴったり寄せて。 」
「 ああ。 ・・・ これでどうだい? 」
「 ええ、ありがとう。 009? どうぞ、お皿を置いて大丈夫よ。 」
「 ありがとう~~ えっと ・・・ まずは前菜と。 これはサラダだろ、それで酢の物も持ってきたよ。
これ! この酢の物、 003 ・・・さんが頑張って作ったんだよ、すごいね~ 」
「 ・・・ 009。 余計なコト、言わないで。 恥ずかしいから・・・ 」
「 ほう?? 胃薬でも飲んでおいたほうがよいかもしれぬな? 」
「 ははは ・・・ 僕はそれじゃ 博士を呼んでくるよ。 」
「 頼む。 おい! 聞こえなかったのか。 食う気がないのなら、この部屋から出てゆけ。
食うつもりなら 喚くのはやめてさっさと席につけ。 」
銀髪は赤毛と向き合ったが さらり、と言ってそのまま椅子に腰を掛けた。
「 ・・・ だからよ! オレは! 先手必勝・・・・って、ヤツらを叩き潰しに行こうって! 」
「 俺にはその気はない。 」
「 我輩は 我輩の人生を芸術に捧げたいのだ。 ・・・ ドンパチはゴメンだ。
この御仁が先ほど言ったとおりにな。 」
「 僕もさっき言った通りさ。 僕には使命があるんだ。 」
「 だけど ・・・! 」
「 ホイホイホイ~~~ さあ~~~ 美味しい美味しい御馳走アルよ~~
皆はん、お待た~~ おんや? 博士がまだやね? おらおら~~ はよ、座ったってや~ 」
陽気な声とともに さらに食欲をそそる香りがどっと部屋に満ちてきた。
「 おお~~ これは良い匂じゃなあ~ 」
「 おお、おお・・・・ なんとまあ。 ワシまでご相伴に預かってよいのかな。 」
母屋からギルモア博士がコズミ博士と一緒にやってきた。
「 博士~~~ どうぞ、どうぞ! ワテの料理をた~んと召し上がらはって。 」
和やかな雰囲気の中、赤毛は不承不承に口を閉じ、 ぼすん・・・!と端の席に腰を落とした。
「 ほな。 皆はん、 え~ ・・・ そうやそうや。 イタダキマス! やで。 」
料理人の軽快な口調につられ、 皆ぼそぼそとなにか言うと一斉に箸やらフォークを取り上げた。
「 ・・・ わあ・・・ この酢の物、美味しいよ~~ 003・・さん、美味しいよ~ 」
「 さん、はいらないって言ったでしょ。 ・・・ねえ? これ、どうやって使うのかしら。 」
「 あ、ごめん・・・ え? ああ、お箸、初めてなのかな。 」
「 お は し? ・・・ ええ。 確か・・・アジアで使われている食器ね? 」
「 うん。 ナイフやフォークも使うけど、やっぱりぼくらはお箸の方が楽だなあ。 」
「 ふうん ・・・ どうやって持つの? 右手? 」
「 うん・・・ あ、こうやって・・・ 中指を支点にしてさ・・・ 」
「 ・・・ へええ??? ああ、テコの原理なのね、なるほどねえ・・・ 」
「 ホイホイ お二人さん♪ 熱々の春巻はいかがでっか。 ほ~れ・・・ 」
料理人はまだジュウジュウ音をたて湯気を上げる料理を 長い箸で巧みに配ってくれた。
「 まあ! 美味しそう・・・! 」
「 うん、アツアツだね ・・・ うわ・・・ すご~い ・・・ オイシ・・・! 」
「 ・・・ きゃ・・・ アツッ でも ・・・ 美味しいわあ~~ 」
「 あ・・・ほら、お茶。 大丈夫? 火傷しなかったかい。 」
「 ・・・ あ ・・・ありがとう。 うわ・・・美味しいわ、ものすごく美味しい~~ 」
「 うん! ね、春巻の後にきみが作った酢の物、食べると ・・・ う~~ん、いいよぉ~ 」
「 あ、あら。 そう・・・・? まあ ほんとうね! きゅうり がしゃきしゃき美味しい~ 」
「 ホッホッホ・・・ ま~あんさんら、仲ようてええこっちゃ。 アツアツ~は春巻だけやあらへんな。 」
「 え・・・ アツアツって ・・・ そそそ、そんな! ぼく達は ・・・あ! そのう~ そんなんじゃ・・・ 」
料理人にからかわれ茶髪の少年は 赤っぽい瞳をその前髪の陰に隠してしまった。
「 ・・・ あ、あら。 わたしはこの ・・・ お料理に感動していただけだよ。 妙に勘ぐらないでくださる?
彼も わたしも ・・・迷惑でしょ。 」
「 お~~ そりゃえろうすんまへんなあ。 さささ・・・ 博士方、ご酒もありまっせ。 」
「 おやおや・・・ 若いヒト達は賑やかでいいのう。 張大人、本当にコレは美味いですな! 」
「 ・・・ ん んん ・・・ こりゃ 本当に ・・・ 」
両博士の絶賛も浴び 料理人は満足の吐息を洩らしている。
しかし
賑わっていたのはほんの僅かな間だけで あとは全員黙々と箸やらスプーンを動かすだけだった。
時折 のんびりとしたコズミ博士の感想が聞こえたが・・・
あとのものは 黙りこくって皿の上の御馳走だけを相手にしている。
・・・ < 迷惑 > ・・・ なのかな。 ぼく、余計なコト、言っちゃったのかな・・・
そうだよね、女の子には迷惑だよね ・・・ 怒らせちゃった ・・・ かな。
そんなんじゃない、って。 ・・・・ そりゃそうでしょうね。 でも ・・・
でも。 ・・・ そんなに慌てて否定しなくても ・・ いいじゃない・・・
・・・ 綺麗な女の子だなあってずっと思ってたけど。
あの瞳がさ。 どうしてかな、 あの眼に見つめられると ・・・ かあ~っと熱くなるよ
何にも知らないコだと思って ・・・・ 脱出するまで協力してくれればいいわって思ってたけど。
・・・ 彼って。 彼の笑顔が ・・・ 気になるの、とても。 ・・・ どうして??
先ほどまでのウキウキした気分は急速にしぼんでしまった。
袖が触れ合う距離に座り 同じものを口に運びつつ・・・ < 二人 > は目も合わそうとはしなかった。
・・・ キモチはぴりぴりと相手を意識し、全身全霊が相手に向けられていたのだけれど・・・
ジジジ ・・・ ジジ ・・・
「 あれ? 電気がなんか・・変だね。 もう切れそうなのかな。 」
「 いや。 それにしては妙な具合だ。 ・・・ 電源の方になにかトラブルがあるのかもしれん。 」
008と004が 天井の灯りを見上げている。
「 ・・・ 嵐がくる。 災いを連れて。 」
「 む? なんだって 005。 ・・・お! 」
バシュ ・・・!!!
小さな音と共に 広い部屋は真っ暗になった。
窓辺に引き忘れていたカーテンが ふわり・・・・と闇に翻る。
ザ ・・・ ! 全員が一瞬身構え窓の外を凝視してしまった。
「 ・・・ なんだ。 停電だ。 どこか落雷でもあったとみえる。 我輩の耳にも遠雷が聞こえるぞ。 」
「 おお、おお。 この季節にはな、落雷が多いのじゃよ。 どれ・・・ローソクでも取ってこようかの。 」
コズミ博士が相変わらずのんびりと、口を挟んだ。
「 ・・・ あ。 ぼくが行きます。 場所を教えてください。 」
「 おお・・・ありがとうよ、 ジョー君。 あのな、座敷にある仏壇の引き出しの・・・ 」
「 ・・・ 来る・・・! なにか・・・ 来るわ! 」
「 なんだと? 003! どこだ、詳しい方角と距離を言え! 」
「 ・・・ 南西。 距離 1200 ・・・ 人数は ・・・ 一人よ! 」
「 一人ィ? へん、チョロイじゃん! オレがひとっ飛びしてやっつけてくら。 」
「 待って、002! ・・・ なにか ・・・ 妙だわ。 」
「 へ?! 妙ってソイツはロボット兵か、それとも ・・・ サイボーグ? 」
「 ・・・ よく ・・・わからない。 身体の表面がなにか発光体で覆われているみたいなの。 」
・・・・ ド ------ ン ・・・!!
「 な、なにアルね?! 」
「 落雷だな。 今はまだかなりの距離があるが・・・遠からずこっちにも来るだろう。 」
「 へ! 落雷がなんだ、 オレは 行くぜ!! 」
「 あ! 002 ・・・ッ !!! 」
赤毛は仲間達に一瞥も加えず、テラスからまっすぐ空に飛び上がっていった。
「 ・・・ったく! 気の短いヤツだ! 一人で飛び出してどうにかなると思っているのか。 」
「 003? もう少し詳しい情報を頼むよ。 やはりBGの追っ手かい? 」
「 ・・・ 最大レンジで見ているのだけれど。 ・・・だめだわ、身体全体にシールド加工してあって
わたしの能力を想定して作られているようね。 」
「 ふん。 やはりロボットじゃないか。 」
「 ・・・ わからないわ。 あの ・・・ 光はなんなのかしら。 あ。 こっちに来る・・? 」
― カタン ・・・・ !
小さな音がして さ・・・っと風が入ってきた。
「 な!? 誰だ? ・・・・ 009 ? 」
皆がぎくり、と振り向いたのだが。 茶髪の少年がドアを開けていた。
「 ・・・ ・・・・ 」
彼は すこし。 ほんのすこしだけ微笑し仲間達を見たが ― そのままスタスタと出ていった。
「 ・・・ 009! お前 ・・・! 」
・・・ ! ゼロゼロ・・・ ううん! < ジョ - > !
「 ・・・ ・・・・ 」
「 ?! うぉ ・・・? なんじゃ、003? おっと・・・001、揺らしてすまんな。 おい・・・003? 」
「 003?! どうしたんだ? 」
少女は黙って赤ん坊を揺り篭ごとギルモア博士に渡すと その足でドアから出ていった。
「 ・・・ ! オンナに先を越されるわけには行かんじゃないか。 」
ギシ ・・・ 004が革張りのソファから立ち上がった。
「 ふんふん・・・ワカモノどもに遅れをとるわけにはゆかん。 」
「 ・・・ 南西、だったね。 雨になるな。 」
「 行こう。 」
「 博士方? ちゃ~んと召し上がりはってな。 」
サイボーグ達はそれぞれ独り言めいた呟きを残し、夕食半ばで席を立っていった。
「 お・・ おい! 君たち・・・! 」
「 ・・・ 気を付けてな。 この雨は・・・恵みの雨、かもしれんよ。 」
ビュウ ・・・・・・・ !!
吹きぬける海風は一段と勢いを増し、雨の気配もいよいよ濃厚になってきていた。
「 ・・・ 俺か。 俺の名は ― 0010! 」
「 ゼロゼロ ・・・ テン、ですって・・?! 」
雷鳴を伴い、青白い発光をまとって現れた相手は 傲然と名乗った。
いきなりの攻撃をうけ、サイボーグ達は手も脚もでなかった。
いや、彼らの内臓し、あるいは所持する武器は一切歯がたたなかったのだ。
「 ・・・ まず、お前からトドメを刺してやろう。 」
細かい火花が纏わり付く指が 動けずにいる003に照準を合わせた。
・・・ もう だめだわ・・・!
バリバリバリ ---- !!!
閃光がわが身を貫いた ・・・ と覚悟した瞬間、赤い旋風が彼女を巻き込み救出した。
「 ・・・ 009!? 」
「 や・・・やあ。 大丈夫かい・・・ 」
「 009? あ・・・あなたこそ! もう・・・限界でしょう?! 」
「 ・・・ 003! ここにじっとしているんだ。 ぼくが ・・・ 相手になる! 」
「 だめよ! あなた、これ以上加速装置を使ったら・・・ 死んでしまうわ! 」
「 ・・・・・・・・ 」
009はなんも言わず、ほのかに笑みを浮かべただけだった。
・・・ このヒトは・・・! この笑みは・・・
「 009! 009・・・ どうして!? どうしてあなたは ・・・ 」
セピア色の瞳が じっと・・・腕に抱きかかえた彼女に注がれた。
「 あの時。 皆はぼくを必要としてくれた。 だから ぼくは仲間を見殺しにはしない! 」
「 ・・・ え ・・・・ 」
「 ・・・ 003。 もし ・・・ 夕食、続きを食べられたら。 名前・・・教えてくれる? 」
「 名前 ・・? 」
「 うん。 き、きみの ・・・ あ ・・・! くそ! 来たな・・・ よしッ! 」
009は 003の身体をそっと窪地に横たえると さっと立ち上がった。
「 ・・・ ジョー ! 」
「 あ。 ありがとう~ 003! 」
― カチッ !
淡い淡い笑みを残し ・・・ 赤い服を纏った茶髪の少年の姿は ― 消えた。
・・・ ジョー ・・・・! わたし。 わたし ・・・ あなたが ・・・!
003は泥と涙でぐしゃぐしゃの顔をあげ、懸命にサーチを続けた。
ぽつ・・・ ぽつぽつ・・・・
とうとう 雨粒が落ち始めた。
Last
updated : 05,26,2009.
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/
next
****** 途中ですが
すみませ~~ん、終わりませんでした~~~ <(_ _)> お宜しければ次回もお付き合いくださいませ。
え~と。 今更ですが
平ゼロのおさらいです♪ フランちゃん視点で始めてみよ~かなって思って。
まだ、ぜ~んぜん らぶらぶ・・・には程遠いです。 ジョー君はなにやら気になっているらしいのですが・・・
まだ 003 と 009 です。 さ~て・・・どうやって ジョーとフランソワーズ なるのかな??
え・・・ 平ゼロいろいろミックス・バージョン・・・とでも思って へえ・・・ こんなんもありかあ~?って
種々の矛盾点は寛大にお目こぼしくださいませ。 <(_ _)>
そしてひと言なりとでもご感想を頂戴できますれば幸せでございます<(_
_)>