『 あしたの風  ― (3) ― 』

 

 

 

 

 

 

  ポーーーン ・・・! パパパパ・・・・! パーーーン!

 

イブの夜空に 華やかな火の花が開いては散ってゆく。

地上のざわめきは 人々の歓声は ますます大きくにぎやかに盛り上がっていた。

誰もが陽気に 聖なる夜を楽しんでいる。

 

そんな中で。

 

街の賑わいを見下ろせる高台、その隅に建つ廃墟の回廊で二つの影が向き合っていた。

破れた窓の色ガラスが 時に星明りを捉え不思議な煌きに変えた。

それは ―  そう、まるで舞台のライトのごとく ・・・

ひとり、踊り続ける彼女を照らす。

 

「 踊らせて・・・! もっと もっと・・・ ずっと 踊っていたい・・・ 踊っていたかったのよ・・・! 」

「 フランソワーズ! しっかりするんだ!  ・・・あ! 足元・・・! おい、止まれ! 」

「 来ないで!  ・・・ 本当に ・・・撃つわよ! 」

「 フランソワーズ、お願いだ。 ぼくを・・・ぼくをよく見るんだ!  ぼくだよ。 ジョーだよ。 」

「 ・・・ ジョー ・・・? だあれ、それ。 兄さん・・・ 兄さん? 

 ジャン兄さんは・・・ どこ?  ああ、ナタリー? ねえ、もう開幕のベルは鳴った? ・・・ ああ ・・・ 」

「 目を覚ますんだ!  さあ・・・こっちにおいで。 」

古びて長い間放置されているテラスは あちこちが破損していた。 

手すりの半分は崩れ落ち、石作りの回廊もあちこちに穴が開きがたがたになっている。

フランソワーズの足元がジョーは気が気ではない。 

いくらサイボーグでもこの高さの回廊から落ちたら 無事では済まないだろう。

「 フランソワーズ ・・・ 皆、待っているよ? さあ・・・帰ろう。 」

「 ・・・ 皆? みんなって 誰?  兄さん? ナタリー・・・? バレエ学校の先生? 」

「 仲間たちさ。 博士もイワンも・・・ 皆ドルフィン号できみの帰りを待っているよ。 」

「 仲間? ドルフィン? ・・・ 知らない、知らないわ! わたしは ・・・ 踊りたい、踊りたいだけなの! 」

「 うん、きみの望みはよくわかっているよ。 でももう遅いよ。 一緒に帰ろう。 」

ジョーはじりじりと彼女に近づき、 スキを見て腕を引き寄せようとするのだが・・・

「 お願い・・・ 踊らせて わたしの赤い靴を脱がさないで・・・! 」

フランソワーズは回転しつつ一直線に進み始めた。 

クルクルクルクル ・・・・

亜麻色の髪がひろがり 華麗な線を描いてゆく。 

「 あ! 足元! フランソワーズ!! 」

ジョーは咄嗟に彼女を抱き止めに 一歩踏み出した ―

 

「 ・・・ 寄らないで・・・!! 」

 

   バシュ −−−−−−!!!

 

彼女のスーパーガンが信じられない速さで炸裂した。

「 ・・・ あ ・・・  」

「 ・・・ ふ らん  そわ ― ず ・・・ 」

目の前で 赤い防護服姿がゆっくりと ゆっくりと石床に倒れてゆく。

「 わ、わたし・・・?  な・・・に?   あ ・・・ジョー・・・? ジョーーー !

 わたし? わたしが ・・・ 撃った ・・・ の ・・・? 

フランソワーズは 銃を両手で握ったまま立ち尽くしていた。

脚が ・・・ 動かない   口の中がカラカラで 声が ・・・ 出ない

見開いた眼に写るのは ・・・ 愛しいヒト・・・

 

    わたし   かれを   撃った  ?

 

「 ふ ランソワーズ ・・・ 無事、かい。 どこも 怪我、してないかな。 

「 ジョー・・・! ジョー〜〜  大丈夫? ああ〜〜〜 どうして? なぜ わたし、ジョーを・・・?

 わからない、 わからないわ・・・! 」

「 ・・・ フランソワーズ ・・・ よかった・・・ 無事で・・・ 」

「 ジョー・・・? ジョー?? しっかりして! 」

握りしめていた銃を投げ捨て石床を蹴り、彼女は蹲っている赤い影を抱き起こした。

「 ・・・ フランソワーズ。  気が ・・・ 付いたかい。 」

「 ・・・ ジョー ! わたし、なんてことを・・・ ジョー、大丈夫? 」

「 ああ ・・・ よかった。  きみだ・・・碧い瞳の ・・・ ぼくの ・・・ フランソワーズ・・・ 」

ジョーは ゆっくりと手をあげ彼女の頬に触れた。

「 ジョー !! 」

フランソワーズは そのまま腕の中の赤い影を我が胸にしっかりと抱きよせた。

その時 ― ジョーの姿は夜の空気の中に溶け込んで消えてしまった。

 

「 ・・・ あ?? 」

「 あれ。  ああ フランソワーズ! 正気に戻ったかい。 」

彼女の目の前には ジョーが立っている。

セピアの瞳が じっと彼女を見つめていた。

「 わたし ・・・ 今、ジョー、あなたを 撃った・・・ の ・・・ 」

ジョーはゆっくりと首を振った。

「 ううん。 きみは 誰も撃ってないよ。  そう ・・・ 幻を 幻影を 撃っただけさ。 」

「 ・・・ まぼろし ・・・ ? あれは・・・ まぼろしだったの・・・? 」

「 きっとそうだよ。 ・・・ もう、忘れるんだ。  いいね? 」

「 でも! でも・・・ わたし、確かにこの手で・・・あなたを・・ 」

「 もういい。 ・・・ メリー・クリスマス、 フランソワーズ ・・・ 」

「 ・・・ あ ・・・ 」

ジョーは そのまま目の前に佇む女性 ( ひと ) を抱き締めると唇を重ねた。

 

 

 

 

    ポ −−−ン ・・・! 

 

またひとつ、色とりどりの火がパリの夜空を染める。

「 ・・・ キレイだね。 」

「 ・・・ ええ。 パリではね、聖夜にはいつも花火を上げて祝うの。 ニューイヤーもそうよ。 」

「 ふうん ・・・冬の花火、か。  日本では花火は夏なんだ。 」

「 まあ、そうなの? 日本でも花火が見られるの?  」

「 うん。 夏には大きな花火大会が沢山あってさ。 そりゃ・・・ スゴイんだ。 」

「 そう・・・ 見てみたいわ・・・ 」

「 ・・・ 行こうよ。 ・・・ 次の夏、一緒に・・・さ。 」

ジョーは寄り添っている白い手をこそ・・・っと握った。

「 ・・・ ええ。 きっと。  ・・・ あの ・・・ わたしも博士とイワンと・・・ ジョー・・・と。

 一緒に ・・・ 住んでもいいかしら。 そのう・・・また日本に戻ったら。 」

「 え!! ほ、本当かい?! 」

こくん ・・・と隣で 亜麻色の頭が小さく頷いた。

「 ・・・ うわ〜〜・・・! それって! ぼくへの最高のクリスマス・プレゼントだ! 」

ジョーが夜空に向かって叫んだ。  ・・・ きっと 真っ赤な顔をしているに違いない。

フランソワーズは笑みを唇に浮かべ 不思議なほどに安らかな気持ちになっていた。

不意に 賑わうパリの夜空に懐かしい音が伝わってきた。

 

    メリー ・・・  クリスマス ・・・ ジョー

    ・・・あら ??   あの音・・・ 

 

    そうさ、あの飛行機が ぼくをここまで導いてくれたんだ。

 

    ・・・・ そう ・・・  ジャン兄さん ・・・ 

 

    メリー・クリスマス  ・・・ フランソワーズ・・・

 

    ・・・ ジョー ・・・・

 

 

夜空を焦す真冬の花火の中を 旧い旧い飛行機の影がゆっくりと横切ってゆき ・・・ 消えた。

もう会えないヒトの微笑みが フランソワーズにははっきりと見えた。

 

   ポポ −−− ン ・・・!  ポンポンポン ・・・・!!

 

聖夜を祝う火の華々は 寄り添う二人を優しく照らしだすのだった。

 

 

 

 

「 恐かったの。  皆が ・・・ 街中の皆が BGの手先に見えて・・・

 誰かが追ってくる 誰かが声をかける 誰かに ・・・ 浚われるって。  」

「 ・・・ ごめん。 ぼくが一緒に行けばよかったね。 」

「 ジョー、ここにいて!って。 側にいて・・・!って。 何回も何回も心の内で叫んだわ。

 ふふふ・・・ わたしって随分身勝手よねえ。 一人で行きたいの! なんて言ったくせに。 」

「 ・・・ もう、いいよ。 もう・・・こうしてきみはちゃんと帰ってきた・・・ ぼくの腕の中に ・・・ 」

「 ・・・ ジョー ・・・  」

ジョーは亜麻色の髪に顔を埋め、その柔らかな感触を楽しんでいる。

フランソワーズは彼のすべすべした胸板から首へ頬へ、と指でゆっくりとなぞってゆく。

「 わたし。 ほんとうに夢を見ていたのかしら・・・ 

 あなたを ・・・ 撃ったときの感覚、まだ 手に残っているのに・・・ 」

「 きみの首に装着されていた装置 ― 神経の撹乱を目的としていたらしいって博士が仰っていた。

 アレのせいだよ。 きみは惑わされていただけだ。 」

「 ・・・ ううん ・・・ わたしが、わたし自身が心のどこかで ずっと夢を見ていたかったのよ。

 だってその装置は壊れていたのでしょう? 」

「 うん、随分とチャチなシロモノだ・・・って博士も呆れていたよ。 」

「 そう・・・ やっぱりわたし自身の望みだったんだわ。 

 あれは・・・・幻ではなくて そう ・・・ 夢 ・・・ 」

「 夢? 」

「 ええ。 ずっと ずっと踊り続けていたい・・という夢。

 お話の女の子みたいに赤い靴が死ぬまで脱げなくてもいいの、踊ってさえいられれば・・・って

 それで幸せだって思っていたわ・・・ 」

フランソワーズの声はどんどん低くなってゆき、替わりに彼女の細い指がジョーのわき腹から

引き締まった腰へと降りてゆく・・・

ジョーの身体の中心の火が 再び炎となり燃え上がる。

「 く・・・ あ・・・ きみの夢 ・・・ 諦めることなんかないよ。 また踊ったらいいんだ。 」

「 ・・・ え ・・・? 」

「 踊りなよ、好きなだけ。 ・・・その ・・・ 日本で、さ。  ・・・ あ ・・・ぅ !」

ジョーはびくり!と一瞬身体を震わせると 彼自身をなぞっていた細い指を取り上げた。

「 ・・・ この指 ・・・イタズラなこの指、食べちゃいたいな。 

「 まあ。 わたしの指はお菓子じゃないわよ。 」

「 ・・・ お菓子みたいに・・・甘いよ。 デザートになって・・・ 」

ジョーは彼女の指を口に含む。 

熱い舌が ちらちらと絡みつき念入りに愛撫する。

「 ・・・ あ ・・・ そ、そんなのって ・・・ くぅ・・・! 」

思いもかけない刺激が指先から背筋に走り抜け 彼女の内奥の海を再び滾らせる。

「 ・・・ ァ ・・・ や・・・! もう・・・ わがままな坊やねえ・・・ 」

「 あ〜 また年上ぶって〜〜  ようし〜〜 女の子は素直がいちばん! って言ったろ。 」

「 ・・・え? あ ・・・ きゃ・・・! 」

ジョーはぱっと身をおこすと、腕の中の白い身体をもう一回組み敷いた。

「 では。 デザート・・・! 頂きます♪ 」

「 ・・・ あ ・・・ ヤだ ・・・そこ・・・!  くぅ ・・・!! 」

白い肢体が思い切りのけぞる。

ジョーの燃える手が しっかりと細い肩を引き寄せるのだった。

ドルフィン号の狭いキャビンは たちまち温気でいっぱいになった。

 

 

 

 

フランソワーズの故郷の街で 二人で聖夜を迎えた。

イブを祝い色とりどりの光の華の見守る中、ジョーもフランソワーズも 

気がつけば 腕を差し伸べ合い 絡ませ合い ・・・ 熱く唇を重ねていた。

 

そして

 

やっと停泊中のドルフィン号に戻り、そろそろ東の空に月が傾くころ。

   ― コンコン ・・・ コン

フランソワーズのキャビンのドアが密やかにノックされた。

「 ・・・ だれ? 」

「 ぼく。  もう 眠っていた? 」

「 ・・・ ジョー? ・・・ ううん ・・・ どうぞ。 」

シュ ・・・ ッ。 密かな音と共にドアが開く。

「 こんばんは、3番さん。  クリスマス・ディナーのデザートを持ってきましたよ。 」

「 ・・・ ありがとう ・・・ 9番さん? あら・・・美味しそうなオレンジね。  」

「 うん。 張大人がね、クリスマスには付き物だろうってわざわざ市場で仕入れてきたんだって。 

 はい。 あ・・・ 剥こうか。 」

「 ・・・ ジョー、剥けるの? 」

「 あ〜〜 言ったなあ? こう見えてもぼく、料理は結構できるんだ。 

 ほら・・・教会ではさ、いろいろ手伝いとかしなくちゃならなかったから。 」

「 そうなの・・・ わたし、何にもできないわ。 レッスンと舞台とバイトばっかりで・・・

 兄さんがいない時には食事なんてバゲットとチーズと。 カフェ・オ・レと林檎くらい。 」

「 ふうん? じゃあ任せて。 ぼくが剥くよ。  」

「 ・・・ ありがとう ジョー。 」

ジョーはフランソワーズと一緒にベッドに腰を下ろし 器用な手つきでオレンジを剥き始めた。

「 ぼくこそ、ありがとう! フランソワーズ。 」

「 え・・・なにが。 」

「 あの ・・・  一緒に、博士やイワンと ・・・ ぼくと ・・・ 一緒に暮らしてくれるって・・・言ってくれて。

 すごく ・・・ 嬉しかった! 」

「 まあ。 ずっとね。 コズミ博士のお家に居た時から ・・・ そう思っていたの。 でも・・・

 一回だけでいい、パリに、故郷に街に行って 確かめたかったの。 」

「 確かめるって・・・なにを。 」

「 ・・・ わたしにもよくわからないの。 でも・・・ もういいわ。 気が済んだわ。

 わたしの故郷は ・・・ わたしの家族も友達もバレエも。 いつだってちゃんと ここにあるのよ。 」

フランソワーズはそっと胸に手を当てた。

「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 」

「 だから・・・ もう平気。 皆と ・・・ ジョーと一緒に ・・・ 行くわ! 」

「 フラン!! 

ジョーはオレンジとナイフを両手に持ったまま、彼女に抱きついた。

「 きゃ・・・ ジョーってば。 ナイフを置いてちょうだい。 あ〜あ・・・ シミになってしまうじゃない。

 本当にしょうがないヒトねえ・・・ 」

「 ごめん ・・・ でも嬉しくて。  あ、ほら。 剥けたよ。 瑞々しくてすご〜く美味しそうだよ。 」

「 本当・・・ 頂きます。 ・・・ ああ ・・・美味しいわあ〜〜   あら、ジョーは? 」

「 うん・・・ ぼく? ぼくは さ。 」

「 ほら、ジョーも召し上がれ? ・・・ あ! な、なに・・・? 」

「 ・・・ ぼくはさ。 こうやって ・・・ 味わうよ・・・! 

ジョーはそのまま・・・しなやかな身体を抱き締めオレンジの香りのする唇を奪った。

「 ・・・ んんん ・・・ もう! なんてこのボウヤは悪いコなの・・・!  」

「 ああ オイシイ・・・! ねえ、もっと食べたいな。  ・・・ 食べても  いい? 」

セピアの瞳が じっと 翡翠の瞳を見つめる。

碧い瞳はいっぺんは 大きく見開かれたけれど すぐに す・・・っと長い睫毛が隠してしまった。

「 ・・・ ん ・・・ 」

こくん と頷いた亜麻色の頭ジョーはふんわりと抱いた。

一筋 流れ落ちた涙を 吸い取ると、 ジョーはもう一度ゆっくりと唇を重ねる。

そして

二人はそのまま ベッドに倒れた。 ・・・ 縺れあい絡み合い お互いの温もりに溺れ・・・

彼は彼女の中で爆ぜ その情熱のありったけを放ち。 

彼女は彼を呑み込み その熱さをしっかりと受け止めた。

 

    ・・・・ 愛してる・・・って 言っていいかい。

 

    いいわ。 沢山 たくさん 言って・・・!

 

    アイシテル ・・・ アイシテル ・・・ これでいいかな。

 

    もっと ・・・ もっと 言って・・・!

 

二人の身体は 言葉にならない会話を交わし合い溶け合ってゆく。

聖夜の果てに。

ジョーとフランソワーズは 自分の半身にめぐり合ったのだった。

 

 

 

 

 

「 どんどん南下してゆくわ・・・ まさか南極大陸に基地があるのかしら? 」

「 いや ・・・ あの地は基地を作るのには利便性が低い。 活動も天候の影響で制限されるしな。 」

「 そうだね。 多分オーストラリアかニュージーランドか、その辺りだろうね。 」

ピュンマはモニターの精度をアップし、しきりと首を捻っている。

「 なあ フランソワーズ? 君の耳で、なにか拾えないかい。  上から、さ。 」

つん・・・と彼の指はドルフィン号の天井を指している。

「 無理よ。 < 上 > はねえ、わたしの能力を一番よく知っている連中が作っているのですもの。

 がっちりシールドが罹っていて なにも見えないし音も拾えないわ。 」

「 そっか。 ・・・ そうだよな。 こんな時には案外旧式はレーダーが一番かもしれないね。 」

「 き、旧式とは失礼じゃぞ、ピュンマ! このドルフィン号に搭載してある数々のメカは

 すべて常に最新にバージョンアップが可能なのじゃ。  それを旧式とは! 」

「 あ、博士〜 すいません、そんな意味じゃないんですよ。 レーダーのモニタを見るって

 なんかこう・・・とってもクラシックな気分がして。 」

珍しくピュンマが大慌てで言い訳をしている。

「 そうだな。 わが方には美しきその瞳で全てを見透し 桜貝の耳朶ゆれる耳で全てを聞く

 たおやかなる美人がいるゆえ。 無粋な機械は年老いた駄馬同様。 」

「 ふん! グレート? そのセリフ、お前さん自身に投げ返してやるわい。 」

「 お〜〜 喜んで受け取りましょうぞ、 ギルモア翁 」

グレートはコクピットの中央で慇懃にレヴェランスをする。

「 ・・・ やあねえ もう。  皆して悪のりよ。 」

「 ふふふ・・・ 皆ね、 ちょっと退屈しているのさ。 だって何にもすることがないからね。 」

「 それは  そうだけど。 ・・・でも 油断しては・・・ 」

こそっと隣からジョーが囁き フランソワーズも表情を和らげた。

そう ・・・

<平穏な状況> などではないのだ。

 

   ビビビビビ ーーーーー  ビビビビ −−−−−

 

微かな振動が伝わってくるのだが それはいつもの 心地よい揺れ とは違う。

ドルフィン号は 今、自力で航行しているのではない。 

BGの巨大航空母艦に捕獲されているのだ。

 

「 ・・・ あ〜あ・・・! オレ、ちょっくら寝るわ。 ヤツらの基地に着いたら起こしてくれ。 」

「 あ、ジェット! それはいくらなんでも ・・・ 」

サブ・パイロット席からジョーが振り向いたとき、 すでにジェットはコンソール盤に足を乗せ

<昼寝> を始めていた。

「 ・・・ もう寝ちゃったよ。  おい? ジェット・・・ ジェットったら! 」

「 ジョー。 ほうっておけ。 コイツは戦闘が近くなれば飛び起きる。 本能的に、な。 」

「 そう・・・ならいいけど。 でも ・・・ このままどこまで連れてゆくつもりなのかな。 」

「 ほっほ。 アチラさんが勝手にお連れやのんから、かまへんで。 

 タダで行かしてもらいまひょ。  ほんならこの間ァに今晩の仕込みをしとくさかい。 」

張大人は悠然と厨房に向かった。

「 ずっと思ってたけどさ。 僕達の中で最強って ― ウチの料理人氏 だよね。 」

少々放心の態で ピュンマが呟いた。

「 いつ、いかなる時も <食> を忘れず、か。 」

「 生命を大切にする人間は 強い。 」

「 左様、左様。 どれ・・・では我々も <生命を大切にする>ために征こうではないか。 」

「 ・・・・・・・・ 」

声にならない笑みがコクピット中に満ちた。

それは快い緊張に包まれ、間近に迫った闘いへのボルテージはますますアップしていった。

 

 

 

「 ・・・ なにか・・・来る!! 」

「 なんだと? 」

突然、003は宙を見据え鋭い声をあげた。

「 なにか とてつもなく大きなものがやってくるわ! 」

≪ 皆! 中央ニ集マッテクレ ≫

「 ?! イワン! 目が覚めたのね? 」

≪ ウン。 トニカク今ハ皆固マッテクレナイカ。 指示ヲ飛バスカラ。 ≫

「 おう・・・ 皆 寄れ! 」

「 博士 ! 博士もこちらに! 」

サイボーグ達は001を抱いた003を中心にコンソール盤の側に固まった。

「 003? 何が来るんだ? 見えるか。 」

「 それが ・・・ シールドが強くてぼやけてしまって・・・全体像しかキャッチできないの。 あ! 」

 

    ビビビビビビ −−−−  ッ !!!!  バリバリバリ −−−−!!

 

「 うわ〜〜〜 !!! 」

激しい衝撃がドルフィン号を襲った。

「 ! 危ない! フランソワーズ ・・・! 」

その瞬間 ジョーはフランソワーズを抱きかかえドルフィン号の床に転がった。

彼女の腕の中には 001がいるのだ。

「 ・・・大丈夫かい ・・・ ? 」

「 ・・・ え  ええ・・・ イワン? イワン・・・どこも打たなかった? 」

≪ ウン。 じょー、アリガトウ。 サ、次ノ攻撃ガ来ル前ニ、皆ヨク聞イテクレ.

「 ・・・って〜〜! なんだ〜今の衝撃は ・・・ 」

「 レイガンや普通の爆撃じゃないな。 電気系統、かなあ。 」

「 くそ〜〜〜 不意打ちかよ! 

サイボーグ達はふらつく脚を踏みしめ集まってきた。

≪ イイカイ。 コノ攻撃ハ ・・・ ≫

 

   バシュ!  ビビビビ  −−−− ッ !!!

 

   うわ 〜〜〜〜〜 !!!

 

再び衝撃がドルフィン号を激しく揺さぶり、次の瞬間コクピットは真っ暗になった。

 

 

 

 

 

サイボーグ達は BGの巨大空母にわざと捕獲されヤツらの基地に潜入した。

そして 基地内部撹乱と中枢機能の占拠を狙っていたのだが、 対サイボーグ用の磁力兵器に

捕えられてしまった。

 

 

  ガシャ −−−ン!!

 

派手な音をたて、またしてもジョーの身体が吹っ飛んだ。 壁に天井に投げつけられ ・・・ 加速中の

スカールにさんざんに攻撃を受けていた。

「 ・・・ ジョー・・・!!!! 」

「 く・・・っそう〜〜 スカールのやつ! ジョーを弄りものにしやがって! 」

「 ううう〜〜 なんとか身体の自由が効けば・・・! 」

サイボーグ達は切歯扼腕するのだが、磁力兵器にまったく動きを封じられている。

 

「 ジョー・・・! しっかりして! スカールをスキャンするわ! 弱点を捜すから! 」

フランソワーズの叫びに 髑髏の頭が振り向いた。

偏光レンズの瞳のない目が 真っ直ぐに彼女に注がれる。

「 ほう? ・・・ これは 私としてはとんだミスだな。 プロトタイプの中にこれほどの 女がいたとはな。

 ふふん このまま廃棄するのはちと 残念だ。  溶鉱炉に投げ込む前にたっぷり楽しませてもらうか。 

  その女を連れ出せ!   おい! 警護兵 ! 」

「 は!  」

 警護兵がコントロール パネルを操作し 003の腕を掴み引きずりだそうとした。

その時 ・・・・

 

    ズガ −−−− ン  !!

 

ぐらり、と足元が揺れた。

「 ・・・ なんだ? 

ジョーをさんざんに弄っていたスカールは一瞬、中空へ視線を逸らせた。

サイボーグ達があちこちに仕掛けた時限装置が起爆し始めたのだ。

しかし 今彼らは対サイボーグ用の新兵器によって一切の動きを封じられている。

「 ・・・むむむ・・・ 小細工をしおって!  ふん! 一纏めに溶鉱炉の放り込んでやるッ 」

シュ ・・・!

スカールの姿が消え 次の瞬間またしてもジョーの身体は激しく宙に浮き床に叩きつけられた。

「 ・・・ うう・・・・くそ・・・! 負けるもんかッ! 」

ジョーはぼろぼろになりながらも 猛然と立ち上がりスカールに身体をぶつけて突進した。

 

   ―  ガタンッ!!

 

フランソワーズが突然彼女自身の身体を床に打ち付け、拘束のウェーブから抜け出した。

彼女は床を覇って宙に浮く装置の元へと進んだ。

「 フランソワーズ! お、お前・・・大丈夫なのか!? 」

「 ・・・ なんとか・・・動けますわ。 さあ、博士! この装置を ・・・ スカールに向けて! 」

「 あ、ああ ・・・! くそう〜〜〜〜 !!! 」

 

   ウォ オ ーーーーー !!!

 

フランソワーズは博士と共にたった今まで自分達の動きを麻痺させていた装置を反転した。

先ほどまで勝ち誇っていたドクロ面のオトコは 自らが開発した装置の攻撃を受け絶叫している。

「 ・・・ 今よ! ジョー ・・・・!! 加速してスカールを! 」

「 ・・・ ありがとう ・・・! 」

「 ジョー ・・・ 

短い言葉をのこし、赤い防護服姿はドクロ面をつけた黒服と縺れあいつつ宙に消えた。

「 ・・・ 009 ・・・!  おお・・・皆 無事か!? 」

装置の束縛から解き放たれ、サイボーグ達はよろめきつつ這い出してきた。

「 ・・・う ・・・くそ ・・・な、なんとか・・・ 」

「 う〜〜む ・・・・ なんて装置だ・・・・  ジョーは・・・どうした? 」

「 ・・・ ううう ・・・ これは神経系統に ・・・ 来るなあ。  フランソワーズ、大丈夫かい。 」

「 諸君 〜〜 よかった・・・  あ! フランソワーズ! おい! しっかり・・・ 」

フランソワーズは博士の足元にくたくたと倒れ伏していた。

「 おい! ジョーはどうした? スカールのヤツと一緒か!? 」

「 さっき 二人とも加速したぜ。 」

「 中枢部分の原子炉の方から反応があるよ。 ・・・え!? 」

「 ピュンマ! どうしたんだ? 」

「 ・・・ ジョーが アイツに スカールに組み付いたまま・・・溶鉱炉の中を落ちてゆく! 

「 !? なんだと?? 

≪ ・・・ツカマエタ! サア じょーヲ連レテ来ルカラ。 皆一緒ニ緊急脱出スルンダ! ≫

 

   「  了解 !!! 」

 

頭に響いてくるイワンの声に全員が反復した。

そして・・・

 

 

    ズズズズ   ゴゴゴ ・・・・・ ドカ −−−−− ン ・・・・!!!!!

 

断末魔の叫びを呑み込み、 黒い幽霊たちの基地は大爆発を起こしたのだった。

 

 

 

 

 

「 だから! この前も、いやその前もその前の前も! ワシは口を酸っぱくして言ったはずじゃぞ。 

 無茶をするな、お前達はロボットでも不死身でもなにのだ、と・・・! 」

ギルモア博士は二つのベッドの合間をせかせかと歩きまわり、

そのスピードとともに声のボルテージも上がってゆく。

「 うう〜〜 本当に 本当に ! 無茶をしおって〜! 

 ああ ああ・・・! ジョー! お前はワシに何回徹夜をさせるつもりなのかね! 」

「 ・・・ フランソワーズ、もう少し 頭を水平保っていておくれ。 

 お前の頭部は精密機器よりも数倍、いや! 数百倍精緻でデリケートなのじゃ!

 ・・・ それを! 自ら衝撃を受けるとは。 もう・・・信じられん! 」

 

「 ・・・ す、すみません 博士。 あのう・・・ ちょっと起きてもいいでしょうか。 」

「 ダメじゃ! 絶対安静!! ジェロニモ、この不届きモノをしっかり見張っておいてくれ。 」

「 ・・・ あのう・・・ 博士。 イワン、沐浴させてあげないと・・・・ もう眩暈はしませんから。 」

「 ダメと言ったらダメじゃ! グレート、イワンの世話を頼む。 ・・・ったく〜〜 」

 

メンテナンス・ルームに博士の怒号と足音だけが賑やかに響く。

博士の口からはやたら 深刻そうな言葉がぽんぽん飛び出している・・・のだが。

 

    ふふふ ・・・ まあ、大人しくしていろ。 それが <親父孝行> というものだ。

  

    ご苦労様だったね。 ・・・もっともかなり見せ付けられちゃったけどさ、お二人さん!

    あ〜あ・・・僕も早くいいコを捜そう〜

 

    マドモアゼル? 華の顔 ( かんばせ ) が無事でなにより、なにより。

    終わりよければ全てよし、だなあ。

 

    ったくよ〜〜 一人で派手に立ち回ってくれてよ! 次はオレにもまわせ。

 

    寝ていろ。 大地と空からのエネルギーをもらうのだ。

 

    ほ〜いほいほい! 二人とも、はよ元気にならな、あきまへん。

    ワテの美味しい御馳走がた〜んと待ってるよってに。

 

仲間達の間ではのんびりとした脳波通信が飛び交っていた。

彼らは代わる代わる顔を出しては ・・・ に・・・っと笑みを浮かべ、去ってゆく。

並んだ処置台に寝ている二人は 管やらコードに繋がれ頭部は物々しく半透明のブースで

覆われている。

しかし よく見れば透いて見える顔は唇には笑みがうかび、瞳は明るく輝いている。

包帯と点滴のチューブをぶらさげたジョーの手が そっと隣の処置台に伸びる。

医療着からむき出してなった白い腕に触れ、そっと撫で始めた。

 

「 ・・・ フランソワーズ・・・ 」

「 ジョー ・・・・ 」

たった一点での触れ合いから 熱い想いがちゃんと伝わってくる。

ジョーは思わず荒い息をもらし、フランソワーズは耳の付け根まで赤くなっていた。

 

「 ん?! なんだ、急に数値が変動したぞ!?  どこかまだ不具合部分があるのか?  」

モニターで数値を読んでいた博士が またまた頓狂な声を上げた。

「 しかしこのような急激な変化は・・・どこか隠れた不具合があるのやもしれぬ。

 すぐに緊急メンテナンスをした方が  ・・・・   ・・・! 」

検査機械から目を転じた途端に 博士は言葉を途切らせた。

ベッド越しに触れ合う二人の腕が 目に入ったのだ。

 

「 うぉっほん!  ・・・ ったく〜〜 絶対安静に身でナニをやっておるか!! 

 ・・・ ワシはもう知らん!  ・・・ 勝手に ・・・ 勝手にせい。 二人で・・・な。 」

 

バタン・・・!

手荒くドアをしめると、足音も高くギルモア博士はメンテナンス・ルームを出ていった。 

「 ・・・ あ〜あ ・・・ 怒らせちゃった・・・ 」

「 もう ・・・ ジョーがいけないのよ。 こんなトコで・・・手なんか握るから・・・ 」

「 だって ・・・ きみがすぐ隣にいるのに抱き締めることもできないんだもの。 せめて手だけでも・・・ 」

「 あ・・・ ほら、そんなに動いたら端子のコードが外れてしまうわよ? 

 絶対安静! って言われたでしょう? 」

「 きみだって・・・ きみの神経系統はずたずたになってしまったはずだよ。 まったく無茶してさ・・・ 」

「 まあ。 あなただってよ、ジョー。  あの装置はサイボーグの機能を麻痺させるものだったのね。

 だから ・・・ 生身の部分が一番多いわたしは麻痺の度合いが少なかったみたい。 

「 だけど! こんな無茶を続けていたらきみは身体もこころも壊れてしまうよ! 」

「 ・・・ ごめんなさい。 ・・・ありがとう、ジョー・・・ 」

フランソワーズは静かに目を閉じた。

濃い睫毛の合間から 涙の川が一筋 二筋 流れおちてゆく。

「 ねえ、フラン。 コドモの頃 明日が早くくればいいなあ・・・っていつも思ってたんだろ? 」

「 え? ・・・ええ、そうね。 毎晩わくわくして眠ったわ。 明日が楽しみで楽しみで。 」

「 今は?  この前は明日が恐いって言ってたよね。 」

「 ふふふ ・・・ 今はね。 とっても明日が楽しみ。 だって明日になれば元気になるわ。 」

「 そうだよね。 元気になって。 ぼくは。  ぼくは ・・・ 早くきみを愛したい・・・・ 」

「 ・・・ ジョー ・・・・ わ た し も ・・・・ 」

二つの手が重なりあい、そして色違いの瞳が見詰め合う。

殺風景なメンテナンス・ルームで 身動きもままならないままジョーとフランソワーズは

熱い想いを交わしあっていた。

 

   

 

 

 

「 ほな。 ジョーはん。 よろしゅう頼みまっせ。 」

料理人の声が ビシ・・・っと調理場に響いた。

 

ここは年中戦場よりも慌しく活気のある場所 ― 張々湖飯店の厨房である。

BGの基地を叩き潰した後、 日本に戻り張々湖は念願の店を開いたのだ。

しかし

本来ならばかき入れ時の金曜日、厨房はぴかぴかに磨き上げられたまま し・・・んとしていた。

一日中 炎が踊り 湯気が篭り油がはね 大鍋が唸る場所が 今日はまだ森閑としているのだ。

 

   ― 本日休業 ―  都合によりお休みさせて頂きます。 明日のお越しをお待ちしております。

 

白々した張り紙に 訪れた多くの人々はがっかりして帰ってゆく。

中には無遠慮に覗き込む輩もいたのだが、 中華飯店 張々湖 はかたく扉を閉じていた。

 ― ただの 休業日 ではない。

本日、 ここのオーナー・シェフである張氏は 一世一代の大勝負に挑戦したのだった。

高名な料理評論家・ 津山 宏二 が 張々湖飯店にやってくるのだ。

彼の<評論>は 地味だが確かなものであり、本当の食通 ( グルメ ) 達だけでなく、

本物を愛する人々から絶大な信頼を得ていた。

その人物を唸らせることができれば・・・! 張大人は ぶるり、と武者震いをする。

 

「 ええな。 まっすぐ帰ってきてな。 」

「 ・・・ うん、わかった。 でも ・・・ こっちは函館だろ、これは金沢だし・・・ 大丈夫かなあ。

茶髪の少年は書きつけを読みつつ首を捻っている。

彼は赤い特殊な服に身をつつみ、大きな箱を足元に転がしていた。

「 なに言うとるねん! なんの為の加速装置や? 博士の作ってくだすったその箱に入れて

 安生美味しいお魚やら貝類を買うてきてな。 時間厳守やで! 

「 う・・・うん。 それじゃ ・・・ 行ってくるよ。  あ、フランは? 」

「 ふん! フランソワーズはんにも手伝うて頂きますねん。 」

「 え! 彼女も買出しかい? 遠くまで行くの。 」

「 ジョーはん! アンタ 適材適所、いう言葉ァをしらへんのんか。 フランソワーズはんにそないな

 難儀なこと、頼むかいな。 」

「 ・・・ ぼくならいいわけ? 」

「 はん! <最強・最新>を誇る009がな〜に言うとりますねん! 早よ、行きなはれ! 」

「 う・・・ うん・・・ かそく ・・・そ 〜 ・・・ 」

ジョーがまさに奥歯のスイッチを噛もう ― としたその時。

 

 

「 あの。 ・・・ これで いい・・・? 」

 

 

奥の小房 ( こべや ) の帳が開き遠慮がちな声と共に ― 亜麻色の髪の中華美人が現れた。

「 なんでもええ、早うに・・・ おおおお〜〜〜 コレハコレハ・・・! 」

「 ・・・ わ ・・・! 」

「 う ひょ・・・・ これは。 ようお似合で♪ 美人はどんな服も瞬時に着こなすなあ。 」

「 ・・・ ほんとう・・・? 舞台以外でこんなに脚を出したのは初めて・・・よ。 

 ・・・ みっともなくない? こんな ・・・ おばあちゃんが・・・ 」

フランソワーズはもじもじしつつ 深いスリットの入ったチャイナ・ドレスの裾を引っ張った。

「 ええねん、ええねん! ほな お嬢はん! お給仕はよろしゅう頼みまっせ〜〜 !! 」

「 ・・・ いいけど。 でも・・・もう・・・今度だけ、よ? 」

「 ・・・ そ、そんな・・・・ きみのその恰好・・・・ぼくはそのぅ き、きらい じゃないよ・・・ カチ! 」

「 え・・・? あ・・・ ジョー・・・・ 」

フランソワーズはまだ頬を染めたまま、声の主をふりむいたが、

そこには小さなつむじ風が吹いているだけだった。

「 ・・・ ジョー ・・・  きこえたわ、ちゃんと・・・ 」

フランソワーズは誰もいない空間に にっこりと笑みを送った。

「 さあさ! 戦闘開始、でっせ〜〜。 そんならワテは仕込みの仕上げにかかりまひょ。 

 皆はん! 今日は・・・ どうぞ宜しゅう頼んまっせェ〜 ! 」

「 ・・・ 了解。 さあ・・・イワンもね。 バイバイ〜〜って。 オトナにしていてね。」

フランソワーズはクーファンに眠るイワンの上掛けを直し、ちょん・・・とまん丸は頬をなでた。

「 ほな。 いくで!」

張々湖飯店の厨房に ・・・ 情熱の炎が燃えたった・・・!

 

 

 

 

   ― 闘い済んで ・・・ まだ日は暮れてはいない。

 

「 しかし、だな。 なぜにあの評論家氏は突然に帰ってしまったのだ? 」

グレートは先ほどからつるり、つるりと丸い頭を撫で 首を捻り続けだ。

「 ・・・わからないわ。 本当にさっぱりわからないのよ・・・ 」

「 フランソワーズ。 きみ、給仕をしていたんだろ。 なにか気が付いた? 」

「 ううん ・・・ 全然。  注文のお茶を出して。 オードブルでしょ、スープを運んで・・・

 ほら、ツバメの巣・・・のスープよ。 あれをお出したの。 そうしたら・・・ 」

「 ― そうしたら・・・? 」

「 ええ・・・ 一口、二口 飲んで。 う〜む・・・って唸ったな・・・と思ったらそそくさと席を立ってしまったの。 」

「 ・・・ キライだったのかなあ。 」

「 まさか。 料理評論家がそんな・・・ 」

「 ふむ ・・・ しかし、メイン料理を一口も食べず、となあ? この店の味が口にはあわん、ということか。 」

「 そんなこと・・・! ぼくは大好きだよ! ・・・ あの ・・・きみのその恰好も・・・ 」

「 ・・・ え ・・・ジョーったら・・・ 」

「 おいおい! こんなトコでイチャイチャせんでくれ。

   ― ガタン!

厨房の真ん中で 当店のオーナーシェフは決然と立ち上がった。

「 ・・・もうええ! ワテはな。おエライ評論家はんらのために料理してるのんとちゃいますねんで!

 グレートはん! ずいぶん、遅うなってしもうたけど。 今から店、開けまひょ。 」

「 え・・・ 今からかい。 」

「 はいな。 ほいで、ジョーはんが一生懸命運んでくれた材料で おいし〜〜〜い御飯、作りまっさ。

 いっつも来てくれはるお客はんらァに ご馳走、させてもらいます。 」

「 ・・・まあ! それならたしもお手伝いするわ! ・・・あの、ちゃんと千切り、出来るようになったから。 」

「 ぼくも手伝うよ。 洗いものなら任せて。 」

「 ほい、拙者も。 マドモアゼルの艶姿に対抗して イケメン・ウェイターと行きますかな。 」

「 ・・・ おおきに・・・! ワテはほんまに幸せもんアルなあ・・・ こないなええ仲間に恵まれて ・・・ 」

グシ・・・! 涙とハナミズを拭うと、 料理人はしずかにガス台の前に立った。

「 ほなら。 お客さんら、入ってもらって・・・。 」

「 はいよ。 それでは 本日〜〜プロローグは終って本題の開幕〜〜 」

グレートの イケメン・ウェイター が足取りもかるく店を開けに出ていった。

「 お待たせいたしました。 皆様 どうぞ! 」

 

 

 

 

「 ・・・ あ、すいませ〜〜ん。 もう看板なんですよ〜 」

最後の客が ご機嫌で帰り <臨時従業員>一同がやれやれ・・・と思った時に、

店のドアがそっと開いた。

「 あ ・・・ いえ。 さっき御馳走になったものですが・・・ 」

グレートの声に おずおずと一人の中年男が顔を覗かせた。

「 ・・・あら? ええ、さきほどいらっしゃいましたよね。 確か・・・ふうようはい と ら〜めん を

 ご注文してくださいましたわ。 」

「 はい。 お嬢さん、よく覚えていておいでですね。 」

「 ・・・なにか? ・・・ あれ。 お客さん、常連さんですよね。 」

グレートはその中年男  ―  少々草臥れた背広に風采もたいして上がらない ・・・

どこにでもいる平凡なサラリーマン ー に見覚えがあるらしい。

「 はい。 こちらが店開きされて以来のファンです。 今日は本当に美味しかった・・・!

 ひと言、お礼が言いたくて ・・・ 」

「 アイヤ〜〜〜 お客はん! 嬉しいコト、言うてくれはりまんなあ〜〜

 常連サンに褒めていただくやて、こないに嬉しこと、あらしまへん! おおきに・・・おおきに! 」

張大人は戸口に転がり寄り、中年男に深く頭を垂れた。

「 いや・・・こちらこそ。 また寄らせてもらいます。

 あ・・・申し送れました、私はこういうモノです、どうぞ宜しく。 ・・・ それじゃ。 」

中年男は 名刺を渡すと、手をあげそのまま帰っていった。

 

「 ・・・ なんとマア 奇特なお人やなあ。 おおきに・・・おおきに ・・・ 」

大人は貰った名刺をささげもち 頭を下げている。

「 ふうん・・・常連に鏡・・・ってとこか。 どちらのどなたさんですかな・・・ 」

グレートが張大人の手からひょい、と名刺を摘みとった。

「 え〜と ・・・ なになに ・・・  ええ!? 」

「 あら、どうしたの、グレート。 わたしにも見せて?  ・・・ うそ・・・! 」

「 食器 全部洗ったよ〜 ・・・ なんだい、どうしたのかい、皆? 」

ジョーが厨房から前掛けで手をふきふき現れた。

「 誰が来たって・・? ・・・ え ・・・???? 」

「 なんやねん、皆。 このお名刺がどないしてん・・・   ひェ〜〜〜 !! 」

皆が絶句し みつめる先には ― 

 

      料理評論家   津山 宏二 

 

                              ― の名刺が あった。

 

≪ 覆面調査ダヨ。 昼間ノ ツヤマ ハ囮ダッタノサ。 ≫

イワンの声がぴんぴん 皆のこころに飛び込んできた。

≪ アアヤッテ ・・・地味ナ形 ( なり ) デ、ソノ店ノ イツモノめにゅう ヲ評価スルンダ。

 ダカラ 彼ノ記事ヲ皆、信頼スルンダヨ ≫

「 ・・・イワン ・・・ それなら早く言ってくれれば・・・ 

 あらあら、こんなに汗掻いて・・・ ほうら・・・気持ちいいでしょう。 」

フランソワーズはクーファンから赤ん坊を抱きげ タオルで顔やら首をぬぐった。

≪ ・・・アリガトウ ふらんそわーず。  ダッテ 僕ハ眠ッテイタンダモノ。 

 赤ん坊ハ 寝ルノガ仕事ナンダヨ ≫

「 まあ・・・! 」

 

「 ほっほ。 ええがな、ええがな。 

 ワテは。 皆はんにた〜〜んと美味しいモノ、食べてもろて。 喜んでもろたらそれでええ。 

 うんにゃ・・・ それが一番 ええんや。 」

「 大人 ・・・ そうね。 それが・・・一番ね。 」

「 そうであるな。 ・・・うん、まことに ≪ 終わり良ければ全て良し ≫ か。 」

「 うん。  あ、そうだ。 ギルモア博士とコズミ博士に お土産!

 張大人〜〜 今からでも いいかな。 特製のシュウマイ と 肉マン、頼める? 」

「 はいナ!  先生方のお為やしたらいつだってお作りしまっせ〜〜 」

「 ・・・わたしも ・・・食べたいわ。 いいかしら。 」

「 ハイな!な〜んでん 言うてえな。 あんさんのお好みのもの、つくったるで。 」

「 あ、 あのね。 いつもの餃子が食べたいの。  ドルフィン号の中で教わったあの餃子よ。 」

「 おお、我輩も食べたいぞ! これから 従業員一同〜〜打ち上げだァ〜! 」

「 うわ〜〜い やったァ〜〜 !! 」

 

旧い港街、夏の夜風は重たい気分を鮮やかに吹き飛ばしてゆく。

明日も きっと・・・ 気持ちのよい風が吹きぬけるに違いない。

 

 

 

日本にもどって後 ギルモア博士は海沿いの崖っぷちに邸を構えた。

コズミ邸からすこし離れた街外れだが ある程度<普通の社会> と距離を置くためにも好立地だった。

足元には穏やかな海がひろがり 遠く水平線を望める地が 彼らのホームとなったのだ。

 

「 ・・・ きゃ・・・ うふふ・・・ もう冷たくないわね。 」

「 うん。 もうすぐ 夏だもの。 」

波打ち際で ジョーとフランソワーズが足を浸し、楽しんでいる。

「 う〜〜〜ん ・・・・ ! いい気持ち・・・! 海って 本当はこんなに優しいのね ・・・ 」

亜麻色に髪を海風に揺らし、 フランソワーズは思いっきり深呼吸をしている。

「 ・・・   あの時さ。スカールのお陰なんだよ。 

「 ・・・え? 」

「 あの時・・・ BGの基地でさ。 ぼく ・・・ ぼこぼこになったろ。 」

「 ・・・ ええ・・・ 」

「 全然歯が立たなくて。 アイツに組み付いて原子炉に飛び込もう、それしかない!って思って・・・ 」

「 えええ!?  」

「 でも、もうぼくの身体は動かなかった。 完全に叩きのめされていたからね。 

 そしたら・・・ ヤツが好色な目できみをじろじろ見てた。 一瞬、頭の中が怒りで吹っ飛びそうになった!

 あの瞬間 僕の中で なにか信じられないパワーが爆発したんだ!

 サイボーグとしての能力 なんててんで超越した 凄い力だった。 」

「 ・・・・  そう ごめんなさい ・・・・ 」

「 え? どうして?  」

わたしのせいで 余計に好戦的な気持ちにさせてしまったわ。もう これ以上戦うのは いやなのに・・・ 

「  ぼくは!  きみを護るためなら どんな戦いだって受けてたつさ!  」

「  ジョー  ・・・    あ・・・ きゃあ・・・ 」

ジョーはばしゃばしゃと海に入ると フランソワーズをひょい、と抱き上げた。

そして 波打ち際で彼女を抱いたままくるくると回った。

 

「 ぼくは・・・ きみを護るんだ! そのためならなんだって ・・・ やるよ。 」

「 ジョー・・・! わたし ・・・ わたしもよ、ジョーのためならなんでもできるわ。 」

「 ・・・ アイシテル・・・・愛してるよ・・! フランソワーズ・・・! 」

ジョーは満面の笑みでセピアの髪をゆらし 愛しいひとを抱き締める。

 

   ・・・   兄さん みたい ・・・・!   ううん  ちがうわね。

   わたし   ジョーでなくちゃ いやなのよ!  

   ジョー ・・・ ジョー・・・・! あなたが好き。 愛してるわ・・・!

 

 

 

「 ・・・お〜お・・・ 青空の下で堂々と。 若いモンは羨ましいなあ。 」

グレートがぼそりと呟き、テラスのカウチで伸びをしている。

「 コズミ先生? 冷たい梅酒でもどうでっか。  ギルモア博士、グレートはんも? 」

張大人が 露を結んだグラスを運んできた。

「 おお〜〜 これはこれは。 自家製ですかの。 」

「 ハイな〜〜 コズミ先生。 この邸の裏山にたんと花の咲く白梅があったんですワ。 

 ほっほ・・・オトナだけで美味しゅう頂きまひょ。 お子達は海で遊んでいるアルよろし。 」

張大人も 笑って海辺の二人を眺めている。

 

「 ほう? なにやら・・・ ジョーは最近 ぐっと大人びたカンジだな。 」

「  ふぉっふぉっふぉ・・・・ ギルモア君? 野暮は言いっこなし。

 昔からなあ、 いいオンナは 坊やを一人前のオトコにするものじゃよ。 」

ふ・・・

和やかな笑みが テラスに広がった。

「 そやからワテが言うとりまっせ。  明日の風は 明日ふく、ちゅうこっちゃ。

 今日には 明日の風は吹かへん。  明日、捕まえたらええ。 」

「 ・・・ ふん・・・ なるほど、な。 」

グレートは顔をあげ 遠く水平線の彼方に視線を飛ばした。

「 おお〜い ・・・! あんさんら。 ちょいと手ェ貸してくれへんか〜〜 」

 

   ザザザ −−−−−−

 

一陣の海風が 彼らの新しい家の上を吹きぬけ行く。

「 今度な。 またワテの店、手伝うて欲しいねんやけど ・・・ 

若い二人は 手を繋いで砂浜から駆け寄ってきた。

 

   ほい。  いい風アルねえ 〜〜 !

 

明日は 何色の風が吹くのだろう。

張大人の自慢のドジョウ髭がのんびりと海風に揺れていた。

 

 

 

*****************************    Fin.   **********************************

 

Last updated : 06,09,2009.                        back         /        index

 

 

 

********    ひと言    *******

や〜っと 終わりました〜よ 長々お付き合い下さいまして ありがとうございました <(_ _)>

最後の 飯店騒動記 はおまけです、原作も平ゼロ版も大好きですが こ〜んなオチもいかが?(^_^;) 

尚 お気付きの方も多いと思いますが 張大人の  明日の風は 云々〜 につきましては

田辺聖子先生のお作の中から拝借いたしました <(_ _)>

平ゼロ・前半 ぱろでぃ?になってしまったですが・・・ フランちゃん目線のつもりです♪

ご感想の一言でも頂戴できましたら幸せでございます〜 <(_ _)>