『 伝説 ― (9) ― 』
これは 遠いとおい昔の そして 遠いとおい外国 (とつくに)
でのお話です。
いつの頃のことか・・・って?
どこの国のことか・・・って?
さあ ・・・・
― 貴方のお好みのままに・・・
********* 露西亜帝国 にて
ガサ ガサガサ ・・・・
ジョーは 馬を降りると街道の端に引いていった。
そして そのまま彼は道端に屈みこみ なにかを探している。
かなり熱中していて 周囲の目も気になってはいない様子だ。
フランソワーズも馬を引いて側に寄った。
「 ・・・ ジョー なにか気になることでも ?
あの 今ね ほら 国境からもってきた土、撒いてみたのだけど 」
「 ・・・ え? あ すいません、つい集中してて 」
彼は少し驚いたらしく 慌てて顔を上げた。
「 ごめんなさいね ジャマして 」
「 いえ。 あ なにかありましたか? 土って ・・・
あの大地の精からもらった土 ですよね ? 」
「 そうなの。 一握りだけど、革袋に入れて持っていたの。
それを ― 撒いてみたのよ 」
「 え あの土を この都市の大地に撒いたのですか 」
「 ええ。 大地の精さんが この土を撒けば どこでも
豊かな土壌になる って。 」
「 そうでしたね! それで・・・? 」
「 ヒト摘みだけど。 なんだかここの土が 硬そうに見えて 」
「 北方ですからね 凍てついているのかもしれません。 」
「 ええ ・・・ でもね ほら ・・・
この帝都の中は妙に その・・・もわ・・・っとしない? 」
「 はい ・・・ ちょっとヘンですよねえ ・・・
帝都まるごと こう・・・温かいテントに入っているみたいな 」
「 そうよね! それで 」
「 ・・・あの土は? 」
「 それが ― バチッて。 跳ね返されて 散ってしまったの・・・ 」
「 ― この土地が 精霊の土を拒否した ってことか 」
「 そう なるわね。 ・・・ ねえ ここは
やはり ヘン だわ。 ジョー、 なにか見つけたの 」
「 はい。 ぼくも なんかこう・・・違うなあ って感じてて。
そう ー 空気の肌触りが 硬い というのかな 」
「 空気が? ・・・ ここは北国だから じゃない? 」
「 う〜〜ん 寒い とか 冷たい じゃないんですよ。
< 硬い > っていうか ぼくを拒否してるってカンジ 」
「 空気が ― 優しくないってことね 」
「 はい ・・・ それに これ 」
ジョーは道端を指した。
そこは街道の端に残っている僅かな地面で しょぼしょぼ雑草と
思われる緑が点在していた。
街道は 石畳と舗道でいずれもしっかりと踏み固められていて
真ん中辺りに気楽に草が生えたりは していない。
「 ? なにか珍しい草なの? 」
「 いえ ・・・ どこの国でもみられる草ですが
フランソワーズ よおく見てください 」
「 ・・・ はい。 」
彼女も 道端に寄った。
「 あ この草ならウチのお城の庭にも生えていてよ?
わたし 小さいころ、よくおままごとに摘んで遊んだわ 」
「 それと よく似ていますか? 」
「 ・・・ 見た目は 似てる ・・・ けど
・・・え? ! やだっ !
突然 彼女はぱっと立ち上がり後退りした。
「 こ れ。 な に ・・・?
・・・ 同じ? 皆 同じカタチ・・・! 葉っぱが
これも こっちも ・・・ 大きさや 色まで! 」
「 気付きました? これ 葉っぱのカタチも大きさも色も
皆 同じ です。
」
「 そ ・・・ んなことって ・・・ 可能 ??
自然の神は そんなことも出来る の ? そんなことって
オカシイわ これ! 」
「 ・・・・ 」
ジョーは 黙って深く頷いている。
「 ・・・ そうよ 北国なのに この温かさも 土の硬さも
あまりに自然じゃない わ ! 」
「 そうなんです。 これは自然じゃありません。
一見 < 普通 > を装っていますが ・・・
かなり巧妙な まやかし ですよ 」
「 どうして・・・? 本来なら寒すぎて草とか育たないから
こういうモノを作ったのかしら 」
「 真意はわかりません。
ただ ― この街は 自然じゃない ものばかりな気がしませんか。
この温かすぎる空気も 硬すぎる大地も 」
「 そう ね ・・・ なんだか不気味だわ ・・・ 」
二人は ゆっくりと立ち上がり何気な風に馬の側に戻った。
「 ― 普通の速度で行きましょう。 」
「 はい ・・・ ああ なんだか身体が震えてきたわ 」
「 ぼくが先に行きますから。 付いてきてください。
あ ・・・ 途中の様子、しっかり観察をお願いします 」
「 わかったわ 」
カポ カポ カポ ・・・
二騎は のんびりと街道を辿ってゆく。
傍目には 裕福な外国の貴族の物見遊山の旅 に見えるだろう。
・・・ 平坦するぎるわね この道・・・
道の広さや 硬さ ・・・ 路地の位置まで
定規で引いてあるみたい
― 整然として ・・・ しすぎてる・・・?
フランソワーズはなんだかどんどん視線が 下がってきてしまう。
街路樹の葉も 同じ大きさ 同じ形 同じ色 であるのに気付いてしまうと
もう 景色を眺める気分ではなくなった。
・・・ 気味が悪い ・・・!
ここは ・・・ なんなの??
そんな彼女の側に ジョーはぴたり、と寄り添い
油断なく周囲を警戒している。
「 ― 大丈夫ですか。 顔色が悪い ・・・ 」
「 え ・・・ ああ ごめんなさい ・・・
大丈夫 ・・・ ちょっと気分が悪いだけ 」
「 少し休みますか 」
「 ― いえ 平気よ。 こんなことでへこたれてはいられないわ。
しっかり 観察しなくちゃね 」
「 無理なさらないでください 」
「 ・・・ ありがとう ジョー。 大丈夫。 」
「 ・・・・ 」
他所目には のんびりと 実は内心 悪寒に苛まれつつ
二騎は 帝都の大通りを進んでゆく。
このまま進んでゆけば 皇帝の宮殿に行き付くことができるはずだ。
カツカツ コツコツ タタタ コンコン
二人の周囲には この都に住まう人々 ― とおぼしき姿が
多過ぎず 少な過ぎず 通行している。
ごく普通の人々だ。 北国なので毛皮やら厚手の外套を
着込んでいるヒトもいるが 全体的には北国としては軽装である。
広い街道を そんな人々が行き交い 真ん中を時折大型の馬車やら
荷車が通ってゆく。
フランソワーズは ゆったりとした速度でなんとなく周囲を
もの珍し気に眺める < 旅行者 > を演じ ―
しっかりと観察していた。
「 ・・・ え ・・・? 」
手綱を握る手が また震えてしまった。
人々はみな きっちりと歩き淀みがない。 立ち止まり談笑したり
途中で引き返したりするヒトは いないのだ。
にこやかだが 整然とまるで軍隊の行進の如く ― 歩くのだ。
そう ・・・ ここには 余剰 とか 無駄 が 感じられない。
・・・ ヘン よ!
絶対に どうしても へん!
自分でも さっと顔色が変わるのを感じたが
つとめてにこやかに そして ゆっくりジョーの側の愛馬を寄せた。
「 ・・・ どうかなさいましたか 」
「 ジョー。 ・・・ ここ。 ヘンだわ 」
「 ・・・・ 」
流石にジョーも気づいていただろう、彼も一回だけ大きく頷いた。
そして − 口では全然違うコトを言った。
「 さあ そろそろ宮殿の城門です。 」
「 ・・・ あ ・・・ そ そう? 」
「 楽しみですね〜〜〜 皇帝陛下にお目にかかれるとは〜〜〜
」
ジョーが 彼には不似合い、というか 有り得ない感もあるほどの高声をだした。
「 ?? 」
一瞬 フランソワーズは目を見張ったが 彼の意図をすぐに呑み込んだ。
「 ・・・ あ え ええ そ そう・・ 」
フランソワーズは 俯いたが ― すぐに晴れやかな顔を上げた。
「 そうね。 やっとイワン皇帝に会えるわ!
ねえねえ 陛下ってどんな方かしら〜〜 お若いのでしょう?
美形かな〜〜 ♪ 素敵ィ〜〜〜 」
こちらもいつもより高く 賑やかで華やかな女子声だ。
「 さ さあ ・・・ 」
ジョーは さすがに一瞬驚いた顔をしたが すぐに調子を合わせてくれた。
「 え〜〜〜 これはウワサですけどねえ〜
なんでも銀の髪で背の高い青年皇帝だってことですよ? 」
「 そうなの?? きゃあ〜〜〜 素敵ぃ〜〜〜♪
うふふ・・・ 見染められたらどうしましょう〜〜〜〜 」
「 姫様 ・・・ 」
「 ねえ? 北の帝国の皇妃って 素敵じゃない?
わたし〜〜 がんばっちゃうわ !
ねえねえ わたしの髪、くしゃくしゃじゃあない? 」
「 大変お美しいですよ ・・・ 足元にお気を付けてください 姫様 」
「 え? あらあ 大丈夫よぉ〜〜 ねえねえ 急ぎましょう?
わたし 早くお目にかかりたいわあ〜〜 」
「 ええと? ああ 城門が見えてきました。 」
「 ・・・・ 」
いよいよ ね ・・・
敵の本丸は近いわ。
まさか そうやすやすと黒い悪魔が
出てくるはずはないけれど
― 油断は禁物 !
二人は 仏蘭西国王からの信任状を携えた 一応公式の訪問者。
姫君は大きな真珠のピアスを輝かせ 豪奢な毛皮を纏う。
愛馬は真っ白で優美にタテガミを揺らせている。
従者も鞘に象嵌を施した太刀を穿き 立派な毛皮を身につけている。
栗色の駿馬は 主をしっかりと護る気概に溢れていた。
やがて 壮麗な宮殿とともに頑丈そうな門が見えてきた。
「 まあ〜〜 とうとう露西亜帝国の宮殿ね! すてき! 」
「 姫様 国王陛下からの書状はご用意されましたか 」
「 え? あ〜〜〜 そうねえ お父様からのお手紙〜〜
え〜〜〜と ?? ・・・ あ〜〜〜 あら?
どこにしまったかなあ〜〜〜 あれ? 」
「 ― 姫様 」
「 ・・・ ん〜〜 あった! これ よ これ。
これをねえ イワン皇帝陛下にお渡ししておいで って。
お父様の仰せなの。 わたしの 使命 なのよ〜〜 」
姫君は ひらひら・・ なにやら厚手の立派な書面を
振り回す。
「 姫様。 わかりましたから どうぞしまってください。
汚したりしたら 大変です 」
「 ああら そうねえ ・・・ あ ほら 城門よ〜〜〜 」
傍目にも 賑やかな若い姫君と忠実な従者となり 進んで行った。
ザワザワザワ ・・・ カツカツカツ
「 どうぞ お通りください 」
大きな城門は ほぼフリー・パスだった。
二人は騎乗のまま 近衛兵とおぼしき兵に誘導され
宮殿の中へと 足を踏み入れた。
中庭とおぼしきトコロは石畳に覆われていた。
「 お預かりいたします 」
どこからともなく現れた厩舎番と思しき男性が二人から手綱を預かり
二頭の馬を引いていった。
馬たちは大人しくしていたので ジョーとフランソワーズは
内心 ほっとした。
「 どうぞ こちらへいらしてください 」
慇懃な態度で無表情な召使いがやってきて 建物の中へと先導してゆく。
コツコツ ・・・ サ サ サ ―
二人の足音が変わった。
宮殿の廊下、大理石の床には 分厚い敷きモノがずっと敷き詰めてある。
風雨が おそらく 雪も吹き込むまだ屋外の回廊なのだが・・・
「 ・・・ さすが露西亜帝国ね すごい 」
「 はい。 そしてここは全く寒さを感じませんね 」
「 そう! 外なのに ・・・
ねえ 室内でもウチなんか冬季では暖炉だけじゃ全然ダメよ。
お父様はお居間でも防寒毛皮を着ていらっしゃるわ。
わたしも分厚い上着を着ているの。 」
「 冬季はどこでも仕方ないですよ。
― でも ここ ・・・ 仏蘭西王国よりずっと北方なのに。
この温かさは 不自然です。 」
「 そう ・・・ ここは とてもとても 不自然 だわ。
草や ヒトや ・・・ そう空気までも 不自然よ 」
「 ― あ 召使いの人ですよ < 姫様 > 」
「 ふふふ 了解。 ・・・ ねえ 馬さん達 大丈夫かしら 」
ぱっと彼女の声のトーンが上がった。
「 温かい厩で ぼ〜〜っとしちゃうかもしれませんね 」
「 ね クビクロ は 」
「 背中にいます。 大人しく < 詰まって > ますよ 」
ジョーは 背負っている背嚢をちょいと揺らした。
「 あらあ〜〜 偉いわね ヨシヨシ 」
フランソワーズは 袋の上からぽんぽん・・・と 軽く撫でてやった。
「 休息用の部屋に通されたら すぐに出してあげるからね 」
く ・・・ うん ・・・ 呟くみたいな返事が聞こえた。
「 ふふふ〜 頼もしい同士ね。 さて。 では ― 」
「 はい 姫君。 」
一呼吸 置いてから フランソワーズはやおら口を開いた。
「 ああ 温かくて気持ちがいいわあ〜〜〜
ねえ ねえ わたしのドレス。 持ってきてくれた? 」
「 申し訳ございません 姫様。 荷物は最少に との国王陛下の仰せで 」
「 も〜〜〜 お父様ったらあ〜〜〜〜 」
「 姫君 今のままで十分にお美しいです 」
「 そ〜れは わかってます。 でもね でもね 最高のドレスで
お目にかかりたいっていのが 乙女の願いだわ 」
「 我々は 長旅の末ですから 」
「 ん〜〜〜 ああ やっぱり馬車でくればよかったかしらあ 」
「 騎馬で、と願われたのは 姫様ご自身です・・・ 」
「 う〜〜ん そうなんだけどぉ〜
お気に入りのドレスが着たいのよう〜〜 」
「 その狩猟服 お似合いですよ。 毛皮もありますし・・・
姫様らしくてとてもよいと思いますが 」
「 ・・・ そぉ? それにしても広い宮殿ねえ 」
「 はい 」
「 どうぞ こちらの来賓室へ。 長旅でお疲れのことと思いますので 」
先導の召使いは 相変わらず無表情だ。
「 まあ ・・・ 」
ギ −−−− ・・・ 分厚い樫の扉が開かれた。
「 隣には従者さん用の控室がついております。
御用の際は この鈴を振って頂ければすぐに召使いが参りますので 」
どうぞ・・・と 彼は一礼し下がってしまった。
「 へ え ・・・ すご〜〜いわねえ ・・・・ 」
フランソワーズは 来賓室 を見回し ― 溜息をついた。
「 ・・・ ウチの城の お父様のお部屋よりずっと立派だわ・・・
あ ジョー ? そちらはどう? 」
「 姫・・・いや フランソワーズ 」
「 そちら 入ってもいい? 」
彼女は隣室の召使い控室の扉を開けた。
「 どうぞ どうぞ あ ・・・ こらあ〜〜 」
わん わん くうん〜〜 境の扉から茶色毛の犬が飛び込んできた。
「 あらあ〜〜 クビクロ〜〜〜 よかった〜〜 元気ね!
あ・・・ この部屋、テラスから中庭に出られるから おトイレ しておいで?」
「 わん! 」
茶色毛の犬は 飛び出していった。
「 ・・・! 大丈夫かな 」
「 さっき見たのだけれど 中庭にはこの部屋からしか出られないわ。
他からの侵入はできなさそうよ。
彼が < 遠征 > する気になれば ・・・ ダメかもしれないけど 」
「 あは ・・・ 問題はソレです!
あいつ 探検だ〜とか 冒険だ〜〜 とか 放っておけば
いつまでもほっつき歩くんだから 」
「 ふふふ ジョーの大切な相棒さんでしょ?
いろいろ言っても一番信頼しているのじゃなあい? 」
「 ・・・ えへ ・・・わかりますか 」
「 はい。 ・・・ 羨ましいわあ〜〜って。 」
「 羨ましい ですか?? 」
「 ええ ずっと一緒なのでしょ? あの・・・ お母様のお城に
いる時から 」
「 はい。 アイツも母が拾って育てたんです、 ぼくと同じに 」
「 あら 違うわ。 」
「 え? 」
「 クビクロも ジョー、あなたも お母様の元に呼ばれて行ったの。
あなたのお母様が ジョーをお呼びになったのよ。
わたしの腕の中にいらっしゃい って。
クビクロも同じだわ 」
「 ― で でも ぼくは ・・・ 偶然母に拾われた・・ 」
「 いいえ。 お母様が あなたを我が子として育てる! と
決心なさって その腕で抱き上げられたの。
ジョーは 妖精ヘレンお母様の 息子 よ 」
「 ・・・ そ ・・・ う ・・・? 」
「 そうです、そうに決まってます。
クビクロもね 大切な我が子の相棒に って お母様が抱き上げて
育ててくださったの。
― みんな 同じよ。 わたしも あなたも ・・・ クビクロも。
それぞれのお母様が 抱き上げてくださったんだわ 」
「 ・・・ そんな風に 考えたこと なかった ・・・ 」
「 じゃあ これからはそう考えて?
わたしも ジャン兄様も ― お母様が 命をかけて愛し育ててくださったわ。 」
「 ・・・ そっか ・・・ あ でも 羨ましい って ・・・? 」
「 うふふ ・・・それは ね。
わたし ちょっぴりクビクロにヤキモチ妬いたの。
だあって ・・・ イチバンの相棒 の座を先に占めているんだもの 」
「 え ― あ ・・・ 」
「 わたし。 クビクロの次でいいから ・・・
ジョーが信頼してくれる相棒 になれるよう、努力してるの・・・ 」
「 ・・・ え え〜〜〜 ・・・ 」
ジョーは 耳の付け根まで真っ赤になっている。
「 だ か ら。 たまにはわたしのこと、相棒としてあつかってね? 」
「 ! も 勿論〜 いや 相棒なんて そんな〜〜 」
わんわん〜〜〜! テラスから茶色毛の犬が飛び込んできた。
「 あら お帰り〜〜 探検してきた? 」
「 く う〜〜ん わ わん! 」
クビクロは フランソワーズの指を舐めてから ジョーの元に駆け寄った。
そして じ・・・っと主人を見上げ低く鳴いた。
う う〜〜わん・・・! ( 気をつけてください! )
「 あ うん わかったよ、ありがとう。
やっぱりお前もそう思うかい? ここは ヘン だ
」
わん! 一声鳴くと 彼はジョーの足元にきっちりと座った。
「 ふうん・・・ やっぱりねえ。 クビクロはお利口さんねえ 」
「 よし。 わかったよ。 姫さ ・・・ いや フランソワーズ。
十分に注意して行きましょう。
」
「 ― はい。 いずれ 謁見できるはずだわ 」
「 姫様。 仏蘭西王国の王女として ― 」
「 ふふふ ・・・ 討伐隊の戦士として油断はしません。
― あら? 」
「 ? なにか ・・・? 」
「 ねえ 今 ・・・ 窓の外で音がしなかった? 」
ジョーの足元から 茶色毛の相棒がさっと立ち上がり窓の方向に
全身の注意を向けている。
「 なんだい? うん わかった ・・・ 」
彼は フランソワーズに向かって口に指を当ててから
すすす・・・っと 窓に寄った。
カタ カタン コンコン コン ・・・
明らかに 誰かが窓を叩いている。
「 ・・・だれ? 中庭に誰か いるの・・・? 」
「 お静かに ・・・ 」
ジョーは 壁に身体をぴたりと寄せ 窓の外を覗いた。
先ほど クビクロを入れてやった窓だ。
「 ・・・! 」
「 ??? 」
コン コンコン あのう ・・・ 失礼します・・・
細い声が聞こえてきた。
フランソワーズに軽く頷くと ジョーは低い声で応えた。
「 !? ・・・ どなたですか 」
「 あ あの ・・・ 失礼いたします ・・・
あのう ・・・ さきほど こちらに戻った犬さんが
落としていかれたので ・・・・ 」
「 え・・・ あ。 スカーフか・・・ 」
「 あのう 首に巻いていらした布だと思うのですが ・・・
お届けします。 ここにおきます ・・・ 」
「 あ ありがとうございます 」
ジョーは 身構えつつも 急いで窓を細めに開けた。
あ ・・・ あの ・・・ これ ・・・
窓の側には 少女が身体を竦ませ立っていた。
「 ああ そうです、クビクロのです〜 ありがとう! 」
「 ・・・ よかった・・・ くびくろさん ですか。
可愛い犬さんですね 失礼しました ・・・ 」
少女は かなり着古した服装をし、顔も手も汚れていた。
「 ― 待って。 あなたは ・・・ この宮殿に仕える方? 」
フランソワーズが たまらず顔を出す。
「 え ・・・ あ 失礼しました ・・・ 」
ますます彼女は身を縮めてしまった。
首に巻いたぼろぼろのスカーフを 懸命に直している。
― その手は 汚れ赤切れだらけだ。
「 わたし 外国から来たの。 あなたはこの宮で働いているの? 」
「 あ ・・・ あたし キャサリン といいます・・・
あたし・・・ 庭番の下働きでお庭の世話をしてて・・・ 」
「 まあ お庭番さんなのかしら? 小さな方なのに 」
「 あの あたし 規格に合ってないから ・・・
ごめんなさい 高貴な方の前に出て ・・ 」
「 規格? ・・・ それは なんの? 」
「 ・・・ ヒトも動物も植物も規格に外れたら ・・・ダメなんです
規格に外れたら 下働きしかできません。 」
「 そんなこと ― 誰が決めたの? 」
「 え ・・・ 皇帝陛下です、 勿論 」
少女は ひどく荒れた手でしきりに髪を撫でつけている。
「 ― 皇帝陛下 が ? 」
「 はい。 全ては皇帝陛下がお造りになった露西亜帝国ですから・・・ 」
「 そんなことって ・・・ 」
「 あたし 下働きですから。 お庭の手入れとか ・・・
赤さんのミルクのお世話とか。
皆さんが嫌がることしか できないんです。 」
「 それも 皇帝陛下がお決めになったの? 」
「 ・・・ はい あ すみません 余計なおしゃべりをして・・・
失礼します くびくろさん 可愛い・・・ 」
「 あ ちょっと ちょっとだけ 待って! 」
フランソワーズは ぱっと室内に引っ込みすぐに戻ってきた。
「 これ ね・・・ その手にお塗りなさい。 蜜蝋よ。
そして これ ・・・ ほら 似合ってるわよ 」
彼女は 小さな瓶を渡し、自分の首からスカーフを解き
少女の肩に掛けてやった。
「 ― え ・・・ 」
「 ね また 時間があるとき、いらして? 」
「 は はい ・・・ 失礼します ・・・ あ ありがとうございます〜〜 」
少女は さ・・・っと駆け去って行った。
「 フランソワーズ ・・・ 」
「 ジョー。 わたし 露西亜にきて初めて 人間 に
出会ったわ。
」
「 ― はい ・・・ 」
「 ここは この国は 一体どうなっているの?? 」
コンコン コン !
来賓室の扉が 高く鳴った。
「 ― はい どうぞ。 」
フランソワーズは 急いで肘掛椅子に座り ゆったりと応えた。
「 失礼いたします。
皇帝陛下には 仏蘭西国王女・フランソワーズ殿下にご謁見なさりたい
との御伝言でございます。 」
― 来たわね。
ええ わかった。 さあ 受けて立つ !
白い頬がきりりと締まり 碧い瞳が強い強い光を放っていた。
Last updated : 12.07.2021. back / index / next
********* まだ途中ですが
毎回 グダグダな展開で 申し訳ありませぬ <m(__)m>
多分 次回で終わります
つまらない話を 長々とすいません <m(__)m>